晴れの日はANDANTE

私のライフワークである歌曲やオペラ、日々の練習やレッスンについて、気ままに綴っていきます。

困った事3

今日のレッスン終了後にミルヒー先生から、
『随分頑張ったね』
と珍しく誉めて頂く事が出来た。しかし頑張るのは至極普通で当たり前の事なのだ。何しろヘンデルの次にはヴェルディのオペラを勉強しなければならない。2013年はヴェルディ生誕のメモリアルイヤーである。是非とも2013年にはヴェルディのオペラアリアでリサイタルを開きたいと考えている。それにはまだまだ修行が足りな過ぎる。ヴェルディのオペラアリアは昨年3曲歌っているのだが、勿論、とゆ〜かかなり不十分なものであった事は言うまでも無い。ミルヒー先生に「私も確かに何とか頑張っているんですが、ヘンデルの次はヴェルディを勉強したいし、でも高音を出すのは恐いし・・・」と言ったら、ミルヒー先生が、
『は???』
とのたまった(超苦笑)いやいや、それだけではない。「アジリタも慣れていないし、とにかく少しでも安定して歌えるヘンデルで少しでも勉強してレベルアップしておかないとヴェルディを勉強出来ないので・・・」という話をした。今ここで立ち止まっていては次のヴェルディにいつまでたっても進む事が出来ない。しかも更に困った事に気が付いてしまった。これは特に、クレオパトラを歌う場合に言える事である。


続きを読む

本日のレッスンvol.35

とゆ〜ワケでクレオパトラのアリア【苛酷な運命に涙を流し】をレチタティーヴォから通して歌ったのだが、一度も止められなかった(爆)ミルヒー先生いわく、
『一番難しくて一番大変な筈のクレオパトラが、一番良かったわ〜♪』
との評価を頂いて、私自身かなり石化状態だった(核爆)今日は他の曲はきちんと前準備していなかったので、リサイタルに歌う予定の他の曲も聞かれたのだが今日はここまででお願い申し上げた。しかし、余りにもレッスンがスムーズに進んで時間が余ってしまったので今一番苦労している【リナルド】のアリア《私を泣かせてください》のアルトのキーをもう一度レッスンして頂いた。とにかく音域が低いので響かせる発声に慣れなければならない。体に不必要な力を入れずに息を流れるように発声する事を繰り返し練習した。
とゆ〜事で本日のレッスン終了。ミルヒー先生からは、喘息や喉を痛めたという割にはかなり発声が良くなったと指摘頂いた。この調子でリサイタル本番まで頑張って行きましょうという事で本日のレッスンは無事終了した。
かなりホッと一安心したし、それ以上にとても嬉しい気持ちで一杯だった。最近、本当に苦しい事や辛い事が多く続いたから。

続きを読む

本日のレッスンvol.25

幾らウィーンでメゾに間違われた私でもソプラノなので流石にアルトのキーは苦しい。歌っていても声が響いている感じがしないのだ。このリナルドのアリアには少し時間が掛かった。どうやら低い音域を声で出そうとする余り、体全体に力が入り息の流れが止まっていたらしい。低い音域でも体幹の力、特に腹部に余り力を入れ過ぎないように指摘された。それでもこのリナルドのアリアも2回程繰り返して終了。何だか今日はレッスンのテンポが早〜い(爆)
そこでいつもなら【セルセ】の《懐かしい木陰よ》をレッスンして頂くのだが、とにかく12月のヘンデルのリサイタルに一番心配なのが【エジプトのジュリアス・シーザー】のクレオパトラだ。前回までのレッスンでもクレオパトラのアリアは1曲通して歌う事が稀な程、発声で躓いていた。ミルヒー先生いわく、
『今の声でも確かに悪くはないんだけど、でもね、あなた、クレオパトラなのよ!女王なのよ!』とか、
『どうせ歌うなら、世界の基準を目指しましょうよ!』
とか言われていたので、オクレール先生との合わせが始まる前までに多少なりともクレオパトラの方向性だけでも掴まなければならない。だからクレオパトラのアリア《敬愛する瞳よ》を歌った。

続きを読む

本日のレッスンvol.15

今日は久しぶりのミルヒー先生のレッスンだった。喘息やらポリープやら風邪で喉を痛めたりと随分問題が立て続けだったので、かなり期間が開いてしまった。本当なら千葉での演奏会が終わった直後の先月半ばにはミルヒー先生のレッスンを再開したかったが、とにかく喉の状態がきちんと戻るまで無理は出来なかった。何しろ、発声をベルカントに戻すには体力と喉の強靭さが必要不可欠だから。昨日まで7日連続勤務(3日勤&4日夜勤)だったのでかなり疲労困憊だったけど、今日はミルヒー先生のレッスン前に1時間だけスタジオで発声練習をして行った。来月9月からは、そろそろ伴奏をお願い申し上げているオクレール先生との合わせ練習を開始しなければならない。たがら今日のミルヒー先生のレッスンは私自身非常な意気込みで行った(笑)体は疲れているが喉の調子は悪く無い。何とか今日のレッスンで今年12月に行うヘンデル・オペラアリア・リサイタルの蓍をつけたい気持ちで一杯だった。
まずレッスン室に着いてから病気の報告(爆)ミルヒー先生もかなり驚かれていた。それでも何とか今日のレッスンに来る事が出来た事をとても喜んで下さった。とにかく私の仕事が激務である事を心から心配して下さっていた。

続きを読む

遺された歌5

先日、私が新たに惚れ込んだイタリア人メゾソプラノ歌手ルチアーナ・ディンティーノの話題をブログに取り上げた。結局、ミラノ・スカラ座公演には行けないのだが、悔しいので最近毎日ルチアーナ・ディンティーノの映像を観ている。
そこで、一つ気が付いた事があった。ディンティーノはメゾソプラノだから今まで余り気に留めずに映像を観ていたのだが、1曲だけ、メゾソプラノではなくソプラノだが私が是非とも歌うべき曲を見出だす事が出来た。曲はヴェルディのオペラ【ドン・カルロ】のエポリ公女のアリア【O don fatale】「宿命的な授かり物」。残念ながら私はエポリ公女のような絶世の美女で己の美貌に自惚れるような人間では無いが(笑)、このオペラアリアの歌詞、『私の美貌』を『私の命』と書き換え、また『私の王妃様』を『私の妹』と書き換えれば、正にこれほどまでに私が歌うべき使命を受けたオペラアリアもこの世には存在しないであろうと思われる程に、私自身の魂と命の歌として歌う事が出来るだろう。私は、もともと私自身の歌声に商品価値なぞ微塵も見出ださない。ヴェルディのオペラアリアはウィーンに持って行くつもりも無い。後は、私自身が墓に入る前に亡くなった妹のために歌うだけだ。

続きを読む

忘れていた事5

今日まで仕事が7日連続勤務だったので、最近超疲労困憊気味だった。ここの所心身ともに辛い事が続いたので、一つだけすっかり忘れていた事があった。千葉での演奏会の自己評価と総括。ヤンクミ、申し訳無いっす(笑)千葉のヤンクミの演奏会に毎年出させて頂いているには、非常に貴重な理由がある。ヤンクミの演奏会では毎年必ず聴き手の方々からアンケートを頂いている。クラシック音楽に詳しい方も詳しく無い方も、聴き手が多い時も少ない時もある。私はいつも思うのだけれど、拙いアマチュアの演奏会に足を運んで下さってその上きちんと感想を残して下さる、とても勤勉で丁寧な聴き手の方々にはとても感謝している。少なくとも、プロの演奏と比較して聞き流してアンケートなど気にも留めない人よりも遥に感謝申し上げるのは当たり前の事である。今年も演奏会終了後の打ち上げ前から(爆)、演奏者みんなでアンケートを引っばりだこ(笑)無論、演奏者はみんな気になるものだ。アンケートは、一つの現実的な評価として私達演奏者の励みにもなれば戒めにもなる、理屈抜きの現実だ。そのアンケートで、今年、私の場合に限りなのだが非常に興味深い結果を見つける事が出来た。不思議な現象だった。

続きを読む

悲しい後悔5

まだ喉が快復せずに歌う事や声を出す事以外で何かやれる事が無いかと考えていた時だった。今年ミラノスカラ座が来日するのだが、ヴェルディ【アイーダ】【ドン・カルロ】が上演される予定だ。今年来日のヴェルディ・オペラの期待のメゾソプラノ、ルチアーナ・ディンィテーノが来日するのだ。
しかし、お値段がかなり高いためちょっと考えて迷っていたが流石に喉の炎症で歌えなかった頃、毎日毎日辛い事が決して少なくはなかったのでミラノ・スカラ座のチケットがまだ高額な席でも良いから残っていないかかなり調べたのだが無駄だった。
ルチアーナ・ディンティーノは2001年イタリア、パルマのヴェルディ・ガラ・コンサートを開いてから注目をしヴェルディのオペラを歌うメゾソプラノだった。彼女は【ドン・カルロ】エポリ公女、【アイーダ】アムネリスを歌っていた。とにかくもの凄い迫力の声で、チューリッヒ、ドレスデン、ウィーン、そして今年はミラノ・スカラ座で歌うワケだ。私はルチアーナ・ディンティーノの【ヴェルディ・ガラ】や【アイーダ】など持っているが、私が必ず死ぬ前にはディンティーノの生声をナマで聞いて見たい。あと8年あれば何とかディンティーノの歌声が聴く可能性があるかも知れない。

続きを読む

【路上のソリスト】5

先日、喉が回復せずにレッスンも練習も出来ずにブログも休止していた時、とにかく声を出す事や歌う事以外で何か出来る事をやろうと考えて以前から気になっていた映画【路上のソリスト】を観に行った。もっと早く観に行けば隣の駅の映画館で上映していたのだけど、今はもう日比谷シャンテでしか上映していなかったので、休日なのに珍しく早起きして日比谷まで出掛けた。(笑)
この映画、解説では「統合失調症のチェリストと新聞記者との心の交流etc」と書いてあったのだが、そんな生やさしい映画とは思えなかった。実話だという事だった。恐らく日本でこのような映画は創れないだろうと思う。この映画は、プロアマ問わずどの楽器かも問わずとにかく演奏者には観て欲しいと強く感じた。しいて言えば、ベートーベンの交響曲がとても美しく効果的に使われていると感じた。それ以外は・・・・・人間の音楽を奏でる事に対する欲求というか執着というか、演奏する人間にとっての音楽っていうのは、心の一部というか命の一部というか、音楽を演奏する人間と演奏しない人間との大きな隔たりというか乖離というか、違いをかなり具体的な映像というツールで実感する事が出来たというか、かなり私としては衝撃的だった。

続きを読む

再開5

ようやく気持ち的に落ち着いて来て、喉の調子も少しづつ戻って来た。
先日練習を再開した。まだまだ完全ではなかったが、先日の千葉での演奏会に比べたらだいぶマシになった(笑)なにしろ、ヘンデル【エジプトのジュリアス・シーザー】のクレオパトラがわりかし楽に歌えたし、最高音2点B音もきちんと声として出せた(笑)
ミルヒー先生にも来月からレッスン再開をお願い申し上げた。

最近、急激に環境が変わった。40歳にもなると環境の変化に適応するのに時間が掛かるかな〜?と思ったら意外とど〜にでもなるらしい(笑)今まであったものを失くしてしまったが、無い事に慣れてしまえば案外人間って大丈夫なものだ(笑)
幾つか自分自身に対するお約束を作り直した。
まず、歌だけに集中する事。
寿命はあと8年と考える事。
好きなだけ酒を飲む事。歌う事に困る病気、喘息や風邪以外の病気の治療は全て中断。
毎年ウィーンに行く事。
一番大きな決断。ヴェルディ【La Traviata】のヴィオレッタは一生歌わない事。

自分で蒔いた種だから自分自身の手で苅るが、刈り方は自分自身で決める。反省はしているが、心が届かない時はどんなに頑張っても無駄な事がある。そういう時は無理しない。

続きを読む

お知らせ

都合により、暫く休止致します。

白紙徹回vol.35

先日の演奏会が終わってから、風邪で喉を痛めて本番で充分に歌う事が出来なかった事にかなり落ち込んで、その上演奏会のための連休のせいで夜勤が続き中々喉の状態が改善せずにかなり辛い日々が続いている。いつになったら歌えるようになるのか不安で不安で仕方が無かった。自分自身ここまで落ち込んでしまうと大概ネガティブ思考になってしまうのは仕方が無いし、何より誰も助けてくれる訳では無いのでとにかく喉の回復を毎日泣きながら待つしかなかった。流石にこれではいけないと思い、なるべく外へ出掛けて友達や親しい人と過ごしていた。
それでも不安が抜けないまま前回のブログをアップした時に真っ先にメールをくれたのが、千葉のヤンクミだった。明けない夜のような気持ちが少しだけ和らいだ。
そこで私からもヤンクミにメールを送った。今回の演奏会で約1年振りにウィーンでのレッスンを経て私の声を聴いた感想をヤンクミからまだ聴いていなかったし、自分の声で今後どのような方向性で歌って行ったり勉強して行ったりすれば良いのかすっかり見えなくなっていたからだ。しかも喉の調子が回復せずに歌う事が出来ない。そのストレスはマックス寸前だった。ヤンクミから返信メールが来た。

続きを読む

白紙徹回vol.25

私自身が他人の評価に振り回され過ぎた事は私の落ち度である。だからこそきちんと自分自身で考えて自分自身で決めて行くしか他にやりようは無いだろうと考える。私は何が歌いたいのか、という事を。勿論、先生方々から勉強するように勧められた曲に関してはきちんと勉強して行くというスタンスは変わらない。糾し、誰かが私に対して言った意見に関しては今まで以上に注意深く吟味する必要性を強く認識しなければならないという事である。ヨーロッパの権威主義に右倣えする必要性は無いだろうが、それ以上に日本人の権威主義に振り回される必要性も全く無い、という事である。谷岡先生のような、何よりも高い知性に裏付けされた強い意思と使命による選択には意欲的に臨んで行きたいが、それ以外の事に振り回されるのはいい加減御免被る。今回、演奏会直前に風邪で喉を痛めた経験からよくよく考えた。今回喉を痛めても何とかギリギリ頑張る事が出来た理由は幾つかあるが、何よりも私自身が歌いたかったシューベルトの曲だからこそあれだけの集中力を持って演奏会本番の舞台に穴を開けずに済んだという事は大きな要因だと考える。少なくとも歌うにはハイリスクの生活をしている事は紛れもない現実である。

続きを読む

白紙徹回vol.15

最悪の演奏会を終えてから暫く一人で考えた。ウィーン以前のレパートリーや演奏会本番で歌う曲について、イタリア歌曲&イタリアオペラもドイツ歌曲&ドイツオペラも全面的に見直す。理由は幾つかある。
一つには、私自身が歌いたい曲だけ歌えば良いのだと改めて考え直した事が挙げられる。自分の声質に向いていない曲やキャラクターが合わないと判断した役を無理に歌う必要性が無いと思い直した。だって、誰の為でも無い《自分の為に歌う》のだから。糾し、パミーナは歌う。理由は、谷岡先生が私がパミーナを歌う事を強く望んだからである。谷岡先生は非常に強い意思を私に示してくれた。私がオペラを歌う以上パミーナは絶対に歌わなければならないという一種例外的な強い姿勢を示してくれた。だからこそ私自身パミーナを勉強して歌う事を決心する事が出来たと言える。あれ程「パミーナは違う」と言われたのにも拘わらず。心からの強い意思はしばし人の心を動かす。ウィーンでコンチェルトハウスのB先生からシューベルト【こびと】のレッスンを受けた時の事は、このブログにも何度となく書いた。恐らくウィーンのB先生は私がシューベルト【こびと】をレッスンして欲しいとお願いした時、驚いたはずだ。
続きを読む

最悪の声vol.21

私の苦しみは誰にも理解出来ない。歌手しか理解出来ない。理解出来るとホザく方は詐欺師だ(笑)歌わない人間が私の苦しみは理解出来ない。理解してくれなんざお願いすらしない。それでも、私を励まして下さった演奏者の方々は、きっと私の事を精一杯理解しようと御厚意を下さったと思う。本当に涙が流れるくらい感謝申し上げる。私も流石に今だけは、本当に心の底から誰かが、助けてくれとは言わない、でも、せめてほんの少しの力や慰めでも力を貸してくれたなら、と心の底から願わなければ歌って行く事すら困難だろう。
本当に辛く苦しかった。私以外の方々は本当に困難な曲に相対してくれているのに、よりによって私自身が一番不甲斐ないのだ。私自身頑張った。だって、この先もう【こびと】を歌う機会は無いかも知れない、そう思うと意地でも歌わなければならないと頑張った。
でも、この声ではどうしようも無い。結局、結果は最低最悪だった。
もう誰も私の演奏来て欲しくない。私自身だって自分がこんなに声の調子が悪い本番には誰にも来て欲しくない。本当に悲しい。私の声が好きではないのなら、余計な人達には聞いて貰う必要は無い。
今度はいつになったら歌えるようになるのだろうか。

最悪の声vol.11

千葉での演奏会本番、恐らく今までの演奏会の中では最低の声で歌ったと思う。今回私自身が最大の目標としていた、ウィーンでレッスンを受けて来た成果を出したい、その事は半分くらいは達成したと思う。曲の表現、解釈などウィーンのB先生から教えて貰った事は出来る限り再現しようと努力した。でも一番の問題は本番前1週間前に風邪で潰した《声》だったと思う。1曲目の『野薔薇』から既に「苦しそうに聞こえる」と批判を受けた。仕方が無い、本当の事だ。演奏者が幾ら演奏会本番直前までどれ程声の調整に難儀して声の不調に苦しもうが、歌わない《聞き手》には何の言い訳にもなりはしない。そんなフザケた言い訳をしようと思わない。ただ、ウィーンの先生方に申し訳無い気持ちと、自分自身もう演奏会で歌いたく無い気持ちで嫌になる。それでも演奏会本番当日の朝も出来る限り薬を飲みまくり、胃が痛くて吐くまで大量の薬を飲んだ。風邪薬、消炎剤、鎮痛剤、胃薬、抗生物質、ステロイド剤。それでも咳と喉の痛みは治まらず鎮痛剤の座薬を極量使用して演奏会本番直前ようやく喉の痛みを感じなくなる程度に治まった。仕方がなかった。今更舞台を降りる訳にはいかない。自分が意地でも歌うと決めた舞台だ。

続きを読む

千葉から帰宅1

今日の午後、千葉での演奏会本番を終えて帰宅した。
喉の痛みと疲労と悲しさと後悔で、今は千葉での演奏会本番について書く事が大変難しい状態であるので、また後日、自分自身の気持ちが落ち着いたらこのブログに書きたいと思う。

最終調整vol.23

千葉のヤンクミ宅に到着。ヤンクミは笑顔で迎えてくれた。ブログを読んでいてくれたヤンクミもとても心配してくれていたとの事だった。ヤンクミとも話して、今日のピアノ合わせは軽目にして曲のチェックと確認する程度にしておこうという事になった。私も、スタジオの発声練習では無理をせずに発声とシューベルト【野薔薇】【トゥーレの王】の2曲だけ軽く歌って来ただけだった。【菩提樹】と【こびと】は全く歌っていない。もう10日以上も歌っていなかったので、今日のピアノ合わせでも一体どうなる事やら、と思っていた。しかし、高音域は流石に少し低めに出てしまっていたが、その他は余りいつもと変わりが無いくらいには歌えた。本当に、リズムやテンポの詳細を調整するだけで済んだ。これはやはりヤンクミの力に依る所が大きいと思う。4曲一通り通して今日はピアノ合わせは終了した。
ヤンクミも今日の私の声を聴いて多少安心してくれたみたいだった。最低でも今のピアノ合わせと同じ状態なら明日は何とか歌える。もの凄くホッとした。ヤンクミが、
『この前のピアノ合わせの時は、何が何でも成果を出そうとしていてかなり力んでいた感じだったけど、今日の方がシューベルトらしく聴こえるわ』

続きを読む

最終調整vol.13

昨日の夜勤明けで話し声も出ない程喉の状態が悪かった。夜勤が終わってから病院を受診、ポリープは病理検査の結果class砧廟との診断だった。取り敢えず青森に無治療で帰省は無くなった。少しホッとして帰宅した。緊張が緩んだせいか帰宅後は爆睡(笑)目が醒めたのは夜だった。
久しぶりにぐっすり眠ったのかも知れないが、起きてみると喉の痛みも少しだけ緩和していた。ようやく薬の効果が出て来たのだろうか。今日の朝夜勤明けのままの状態だったら演奏会本番はお断りしなければならないかも知れないと覚悟していた。とにかく休養と睡眠と食事と薬、それでも喉の状態が戻らなければそれはそれで仕方が無いと半ば諦めていたが、今の状態なら何とか無理さえしなければ演奏会本番は行けるかも知れない。そう思って、ヤンクミに取り敢えずはピアノ合わせのお願いをメールした。演奏会前日のピアノ合わせで声が出なければ、ヤンクミに素直に演奏会に出演は中止をお願いするつもりだった。今日はまずスタジオで1時間だけ発声練習。もう10日近く声を出していないので不安で仕方が無かった。それでも勇気を出して、軽目に発声練習を始めた。意外に喉の痛みは無く、発声の音域もいつもと変わらなかった。

続きを読む

ナーバス・ブレイクダウン1

喉の調子を崩して4日目。今は焦り不安、更に辛さや孤独感や疎外感の方が遥に強い。私は本当に演奏会本番で歌えるのだろうか、演奏会本番までに声の調整が出来るのだろうか、演奏会でウィーンでレッスンを受けて来た事をきちんと形にする事が出来るのだろうか。ヤンクミや知人が励ましてくれた。それには本当に慰められた。とても優しく私の切実な思いに大変配慮して下さったメールだった。
一番辛い事は、頑張って大量の薬を飲み、いつもは適当に済ませるはずの食事をきちんと食べて、夜更かしはしないで早めに休んでいる。だがしかし、それでも取れない喉の痛みと腫れが、歌う事以外については極めて無頓着な私の神経をかなり逆なでし、演奏会本番が近づくにつれて苛立ちと悔しさと悲しさとやり切れなさに追い詰められている。どうせ歌えないなら癌にでもなってさっさと青森に帰ってしまおうか、そんな事を考えてしまう。だって私は所詮プロで無いのだから。歌えないのに此処にいたって仕方が無いではないか。そんな風に自暴自棄になったとしても、今更演奏会本番に穴は空けられない。
演奏家というのはつくづく孤独であり、演奏するという事もつくづく孤独な作業だと改めて実感させられた。

続きを読む

痛みに耐える5

昨日《ROOKIES〜卒業〜》を観て帰って来てから食事をして早めに休もうと思ったけど、喉の痛みが取れなくて中々眠れなかった。微熱かと思っていたのだが結局38℃近くまで発熱して薬を飲んで眠った。流石に参った。体の他のどの場所が痛くても大して気に留めた事など無い。看護師をしていれば気が付かないうちにあちこち怪我していて知らないうちに青なじみが沢山出来ているなんて日常茶飯事だし。でも、私自身にとって喉の痛みはかなり意味合いが違う。しかもこの演奏会本番直前だ。危機感ばかりが募る。それでも少しでも休まなければ、せめて喉だけでも何とかしなければと思うと不安で涙が流れた。泣いているうちに眠ってしまった。
今日の朝、目が醒めても喉の痛みと腫れは変わらなかった。本当に演奏会本番に私は歌えるのだろうか?そう思い肩を落としながらも、それでも喘息発作は落ち着いていて熱も微熱だったので仕事に向かった。今日から2日間はリーダー業務、あさってからは夜勤。もう休んでもいられない。
休憩中に携帯を見たら、2つのメールが目に入った。一つは千葉のヤンクミからのメール。もう一つは同じアマチュア演奏家の方からのメール。メールを見て、本当にビックリした。

続きを読む

アクシデントvol.31

喘息発作を抱えながら更に病気を持って歌を続けて行けるだろうか。例えどのような状況であっても来週の千葉での演奏会本番はもう既に穴を開ける事は出来ない。そんな事を考えながら、気候の変動も激しくここの所夜勤が続いたり、ちょっとした不安事があったりしたせいか体調のコントロールが上手く出来なかったのかも知れない。元来疲労にもストレスにも強いというか無頓着なのでこういう時に一気にまとめて出てしまうのだろう。それはそれで仕方が無いのだが、ヤンクミに御迷惑をかけてしまった。自分の弱さが情け無い。それでも、こんな時はきっと神様が「少し休みなさい」と言ってくれているのかも知れないと前向きに考えたりしている。今まで、演奏会に歌う4曲については一所懸命勉強して来たし練習もして来た。暗譜も出来ている。しかしそれでも演奏会本番ではどんなアクシデントが起こっても不思議では無いし、練習時間が減ってしまった事に対する不安は消えない。だからこそ余計に弱気になってしまっているのかも知れないが、全て私自身の問題であり自分自身で解決するなり乗り越えるなり、とにかく私しか決めなられない事なんだから仕方が無いとしか言いようが無い。逃げる訳にも行かない。<
続きを読む

アクシデントvol.21

ヤンクミには今日のピアノ合わせは中止という事で了承して貰ったが、本当に申し訳無い事をしてしまった。今後のヤンクミのスケジュールを逼迫してしまう事になる。ヤンクミは演奏会で私の伴奏をするだけでは無い。2台ピアノの演奏も行うのだ。本当に言葉が無いくらい申し訳が無い。スタジオだって予約制だから未使用でも料金は払わなくてはならない。これだけアクシデントが重なってしまうと、幾ら人並み以上に図太い私でも流石にマジで凹む。それでも、歌に関してだけはパニックに陥らず、それ相応の対処が取れて多少なりとも冷静に行動出来る事に関しては、自分が看護師である事に少なからず感謝している。それにしてもウィーン帰国後初めての演奏会本番でこの体たらくでは情けなくなるのだが、今は自分に出来る事をやるしか無い。まずは喉の調子を整えて回復しないと演奏会本番どころか声を出す事さえ困難になる。今日ヤンクミとのピアノ合わせを中止して貰ったのだから、今後のスケジュールにもう余裕はカケラも無い。演奏会本番前までに後1回夜勤をやらなくてはならない。それでも風邪を治して喉の調子を整え、演奏会本番前日のピアノ合わせとゲネプロに向けて良い状態で調整しなければならない。
続きを読む

アクシデントvol.11

昨日夜勤から帰って来てからすぐに眠ったのだが、約30℃近い気温でなかなか休めなかった。昨日の夜勤でも夜中から喘息の調子が悪くかなり疲労困憊だった。昨日昼に一休みして目が覚めたら、喉が痛い。鏡で見てみたら咽頭が真っ赤!どうやら蓄積疲労による風邪の初期症状かと思い、早めに抗生物質と消炎剤の内服を開始してイソジンのうがいを何度も始め、一日安静にして過ごし、きちんと食事も食べた。今日はスタジオ練習の後千葉でヤンクミとのピアノ合わせの予定だった。いつもならこのくらいケアすれば次の日には大概喉の炎症も軽快している筈なのだが、今日朝目が醒めても喉の痛みと腫れは治っていなかった。それでもギリギリスタジオ練習の時間まで様子を見たが、症状が良くなる気配が無い。仕方が無くスタジオにキャンセルの電話をしてからヤンクミに今日のピアノ合わせの中止をメールでお願いした。ここ3〜4年は体調不良でレッスンを休む事も無く、歌に関してだけは体調管理が何とか出来ていた。流石にショックだった。仕方が無い。今日は歌う事以外で出来る事を前倒しでやるしか無い。本当は千葉入り前日に行くつもりだったカット&カラーに行き、少し遅い昼食後にギャラリーカフェに行く。

続きを読む

M先生からのメールvol.25

この事はまだ谷岡先生にも話していない。ウィーンでN先生にドンナ・アンナは声質が違うからレパートリーにはならないと指摘されてしまったが、私はどうしてもドンナ・アンナを勉強したい。ハッキリ言ってドンナ・アンナが歌えるなら、ツェルリーナもスザンナも歌えなくても構わない。日本ではど〜せ誰も私のツェルリーナもスザンナも聴きたく無いらしい(超苦笑)辛うじて谷岡先生だけが私のパミーナを望んでくれているだけだ。それなら、M先生が来日した時ならN先生に内緒でドンナ・アンナのレッスンを何とかお願いする事は出来ないだろうかと小さな希望を胸にメールでM先生にご相談申し上げたら、何と!!!
『私でお力になれるならば喜んで。でも今年は来日の予定はもう無いので』
との事。別に今年中なんて贅沢は申しません(笑)N先生に内緒で、しかもM先生にドンナ・アンナのレッスンをみて貰えるなんて、それだけでモーツァルトのオペラアリア、どんな曲だってどんなにか辛くても勉強する勇気や元気が湧くというものだ♪今日先程スタジオ4時間練習から戻ってすぐにM先生から返信メールが届いたので、余りの嬉しさにすぐブログを書き始めた。最近、落ち込む事や病気や辛い事が多かったから。

続きを読む

M先生からのメールvol.15

昨日ウィーンのM先生にメールを送った。いよいよ本格的にモーツァルトのオペラの勉強を始める事にようやく決心がついたから。昨日は自分が勉強する予定のモーツァルトのオペラアリア約10曲余り楽譜をコピーして楽譜作りにようやく手を付けた。
まずM先生にはウィーンから帰国してから私のモーツァルトのレパートリーに対する混迷振りを御報告した。何しろウィーンのM先生やN先生の指摘されたモーツァルトのレパートリーと日本のクラシック好きやアマチュア歌手の評価が余りにもエラく違い過ぎた。谷岡先生と話し合い、ツェルリーナやスザンナは何とか演奏会本番で歌う事は勘弁して貰い免れたが、パミーナは
『いつでも歌えるようにしておいて』
と谷岡先生に言われてしまったので、急遽M先生にSOSをお願いした(笑)モーツァルトのオペラアリアでもドンナ・エルヴィーラやイリアは何とか頑張って勉強して演奏会本番で歌うつもりでいるが、ツェルリーナやスザンナやコンテッサに関しては日本人の好みの声質と私の声質とはかなり掛け離れている事もあり、また私自身まだ誰にも内緒でM先生にご相談したい事もあったので、ようやく決心してM先生にメールを差し上げて今日すぐにご返事頂けたのだった。続きを読む

驚きのモーツァルト・レッスンvol.55

パミーナを歌っていてかなり重たい声だな〜と自分自身思ったが、谷岡先生的には
『今くらいの重さで丁度良い。これ以上重くも軽くもしないで。ウィーンで習って来た発声の枠内であなたが持っている引出しの中にあるものだけでパミーナを歌って下さい。パミーナは今迄あなたが歌ったモーツァルトの曲の中で一番あなたに合っていると思う』
と言われた。自分としては心の整理も納得も出来てないが来年ウィーンのN先生のレッスンには持って行くつもりで考えていたので勉強する事は構わない。しかしやはり演奏会本番に人様の前にお出しするとなると、まるっきり話が違って来る。谷岡先生と御相談の結果ドンナ・エルヴィーラよりも先にパミーナを勉強する事になった。レッスンが終わって帰る前に谷岡先生から言われた。
『ツェルリーナもスザンナもあなたのキャラとは違うし、自分のキャラではない役を歌う事は勉強にはなるけれどとても苦労する。でもパミーナはあなたの中にきちんと存在するキャラなんだから歌えると思う』
そう言われても今一つピンと来ない。でもN先生と谷岡先生には見えているものがあるのだ。モーツァルト【魔笛】というオペラを理解していないのは私の方である事は間違い無い。

続きを読む

驚きのモーツァルト・レッスンvol.45

それから去年草津でのヒルデガルド・ベーレンスのレッスン聴講の時も、コロラトゥーラかレジェロに近い女の子がパミーナをレッスンで歌っていた事も話した。すると谷岡先生がとんでも無い事を話し始めた。
『あのね、そういうカワイイ声のソプラノがパミーナを歌うから【魔笛】っていうオペラがつまらなくなるのよ!パパゲーナでも歌ってろ!みたいなソプラノがパミーナ歌ってるんだから!パミーナとタミーノの試練の部分なんかパミーナはかなりドラマティックに歌われるんだから、パミーナにはドラマティックさも要求されなければいけないのよ。あなたの声にはやっぱりドラマティックな所があるのね。以前歌ったモーツァルト歌曲【ルイーゼ】で勉強した良い所がパミーナを歌った時にちゃんと出てる。多分、あなたが歌うパミーナがモーツァルトが考えていたパミーナにとても近いものがあると私は思うわ』
・・・・・・・・・・・・・・・。↑が谷岡先生のお言葉とは思えない位なのだが、谷岡先生はかなり真剣に語っていた(滝汗)それでも私も負けず引き下がらずに谷岡先生に「でも確かにパミーナはウィーンに持って行こうと思ってますけど、流石に演奏会本番では・・・・・」と言いかけた所で谷岡先生が私の言葉を遮った。


続きを読む

驚きのモーツァルト・レッスンvol.35

スザンナに関して指摘された注意点はそれ位だったが谷岡先生は
『全体的に丁寧にレガートに歌えてるし、特に低音はかなり綺麗に出ている。いいと思うけどな〜・・・・・』
との事。しかし私も「スザンナは飽くまで来年ウィーンのN先生のレッスンに持って行く為だけで、演奏会で人様の前で歌うつもりは無い。自分自身かなり違和感がある」と説明した。谷岡先生も多少は了承してくれたかな?というカンジ(笑)声質はどうあれ谷岡先生が聴いてみてそれ程悪くは無いのであれば、来年ウィーンのN先生のレッスンにスザンナを持って行く事は可能だろう。スザンナのアリアもう1曲とモーツァルトのドイツ歌曲集に入っているスザンナの《隠れアリア》なる曲が宿題に出された。谷岡先生にスザンナの次はドンナ・エルヴィーラを勉強したいと話した。谷岡先生に
『あなたの声ならドンナ・エルヴィーラよりもコンテッサの方がいいんじゃない?』
と尋ねられたが、前のソプラノ先生のレッスンでコンテッサを歌ったが非常に難しかっので先送りをお願いした。
今日はスザンナだけで帰ろうと思っていたら谷岡先生から
『今日はスザンナだけ?後は何か歌わないの?ドンナ・エルヴィーラ歌ってみる?(笑)』
と聞かれた。

続きを読む

驚きのモーツァルト・レッスンvol.25

先日モーツァルト【ドン・ジョバンニ】【魔笛】のDVDも購入して少なくともドンナ・エルヴィーラの勉強はやる気になった。まさか最初から谷岡先生に「ドンナ・エルヴィーラ歌います!」とは流石に言えないので、先日のスタジオ練習でまずモーツァルト【フィガロの結婚】スザンナのアリアと【魔笛】パミーナの譜読みをした。スザンナのアリアは5年位前に以前レッスンを受けていたソプラノの先生の元でかなり丁寧にレッスンを受けたのでおさらいした。5年前に比べたら流石に歌唱技術はレベルアップしているので以前よりもかなり楽に練習出来た。パミーナのアリアは始めて譜読みというか音取りのレベルだった。楽譜もきちんと作っていなかったし、ドイツ歌曲の勉強とウィーンでのレッスンのお陰で読めないドイツ語は無かったので簡単に音取りだけやってみたのだが、音域の高低差が激しい事や最高音がかなり高い事(2点H)という事もあり、パミーナは暫く後回しにする事にした。
今日のレッスンでは主にスザンナのアリアを谷岡先生に見て頂いた。最初にまず千葉のヤンクミとのシューベルトの合わせ練習の報告、ヴィーナーリートの途中経過、先月ウィーンのM先生が実は来日されていた事など御報告した。

続きを読む

驚きのモーツァルト・レッスンvol.15

ここの所、ホントに酷い状態だった。15日の夜勤で夜中に大雨が降った直後、夜勤の仕事中に喘息発作を起こした。それでも休めないので早めに仕事を切り上げて昨日は通常の3倍の薬を使って一日中寝ていた。
今日は、午前中に久しぶりの谷岡先生のレッスンと午後は来月の千葉での演奏会のために3時間スタジオ練習だったので、何とか体調を戻さなければならなかった。幸い今日の天気はまずまずで、喘息発作はおさまった。今日の谷岡先生レッスンは千葉の演奏会で歌う予定のシューベルトでは無い。シューベルト4曲はウィーンでのレッスンを良い形で出せそうなので、もう余り下手に弄らないでヤンクミと二人で詰める事にした。後3回は合わせ練習も出来るし。だから今日の谷岡先生のレッスンは全く違う事をやる事にしていた。一つはウィーンのN先生の発声練習のバリエーションを増やして貰う事。これは自己練習でかなり発声に時間を割くようになって来たのでそろそろ必要だった。もう一つはモーツァルトのオペラアリアのレッスンを再開する事だった。何故モーツァルトのオペラアリアのレッスンをこの早い時期に再開する事に決めたのかには幾つか理由がある。来年ウィーンのN先生のレッスンに持って行く為だ。


続きを読む

発想の転換vol.25

それに、例えば今回ウィーンで指摘されたモーツァルトのオペラのレパートリーに関して。ウィーンではレパートリーでも日本では〔おかしい、違う〕みたいな評価や判断が存在する訳だ。自分自身ウィーンでレパートリーと言われても、日本で違うと言われてしまうと勉強したり歌う自信も無くなってしまう訳だ。
それでも何とか頑張って勉強しようと考える、増して誰かに聴いて欲しいと思って頑張って勉強しようと思ったりする訳だけれど、
『他人の為じゃなくて、自分の為に歌うんでしょ?』
とか言われたりすると、そんなに苦しんでも頑張って歌えるようになりたいと思った自分の気持ちって一体・・・・・無駄か?(爆)と思う。確かにその通りだから、それなら誰も私の歌を聴きたいと思っていないのなら、そんなに頑張る必要性なり必然性なりが存在するのか?自分が頑張って歌えるようになって誰かの為に歌えるようになりたいという気持ちも意味が無くなってしまった。それなら、ただストレスと違和感だけを感じながら歌うなら、勉強やレッスンだけで充分お腹一杯御馳走様、という話になる。何だか自分の気持ちまで無駄なものに思えてしまったら、それこそ本当に歌う事が出来なくなってしまうだろう。
続きを読む

発想の転換vol.15

最近随分と長い間、喘息のお陰もあり後ろ向きな考え方で過ごして来た。「もうワーグナーは歌えない」「モーツァルトはウィーンと日本では評価が全然違う」「ドイツオペラのレオノーレもアガーテも歌えない」etc・・・。でも最近、とある事が契機となり少し考え方を変えてみようかな、と思い立った。契機となったのは、モーツァルトのオペラ【ドン・ジョバンニ】のDVDを観た事だった。ドンナ・アンナ:キャロライン・ジェームス、ドンナ・エルヴィーラ:キャロル・ヴァネス、ツェルリーナ:アンドレア・ロストの映像だった。
自分自身で納得出来ない曲や役は、レッスンだけ受けて演奏会本番で歌わなけりゃいいじゃないか!ウィーンの先生方から駄目だと判断された曲や役は勉強だけして演奏会本番で歌わなけりゃいいじゃないか!どうしても演奏会本番で歌いたい曲や役は、ウィーンの先生方が譲歩して許可をくれる位歌えるようになるまでトコトン勉強してみるしか無いんじゃないか!ようやくここまで開き直る事が出来て来た。要するに、先生方や他人からどんなに私の声に合っているとか聴いてみたいとか言われても自分自身納得していない又は歌いたくない理由があるなら、勉強やレッスンだけで演奏会では絶対歌わない。


続きを読む

私にとって最も大切な人5

私の歌声を大好きでいてくれる人
私の資質と限界を理解してくれる人
私を《獅子の谷》に突き落としてくれる人
私が成長する事を待ち望んでくれる人
私が逃げた時に叱ってくれる人
私が歌に戻る事を心から信じて待ち望んでくれる人
私が歌から逃げても待っていてくれる人
私に希望を持っいても期待はしないでくれる人
私が本当に必要としている事を解らなくても解ろうと試みてくれる人
私の歌声を必要としてくれる人


難しいよな〜(自爆)
でも、これ以外はいらないな。私以外で代わりが利くとか、もともと私自身が誰かの歌声の代わりとか、たまに自分の好みとは違う声も聞いてみる価値はあるかも、みたいな興味本位は勘弁亀吉、御免被る、呆れて話しにならない、論外、話もしたくない顔も見たくない、一生関わりたくない。

私の歌声を、素直に感じてくれる人がいい。
自分の好きな歌手と比較し批評する人はお断り。私が好きな歌手の、私が好きな理由を理解しようと試みてくれる人
私の演奏を、必ず聴きに来てくれる人
私に諦める事ではなく挑戦する原動力を貸してくれる人
全部に当て嵌まる人はいないが、私を突き放して自分はやりたい放題楽しんでごまかしている人は御免だ。

ポンちゃん5

《ポンちゃん》
それは長年私のピアニストをしてくれている千葉のピアニスト・ヤンくみの旦那様の事である。通称ポンちゃん。ヤンくみが、彼が狸に似ているという事で付けたあだ名らしい(笑)ポンちゃんは、クラシック音楽とはほぼ無縁の生活をされていたらしいのだが、ヤンくみと十数年前に御結婚されてからは、自宅の2台のヤマハのグランドピアノの健康管理に気を配り、毎年演奏会には会場準備やカメラマンとして御活躍あそばされているという大変頼もしいご主人である。お酒が大好きで、私も何度かヤンくみ御夫妻と飲みに行った事がある、明るくて優しくて無邪気なご主人である。まだ私が千葉の病院で勤務していた20歳台後半の頃、もの凄い下手くそで到底ウィーンに勉強に行くなぞ考えられなかった頃からヤンくみのサークルで歌っているのだが、確かヤンくみのサークルに参加して2度目くらいの演奏会の時だったと思う。ポンちゃんが千葉での演奏会でヤンくみに私の歌を聴いてボソッと話したらしい。
『彼女の歌には彼女の人間性が出てるね〜』
これが良い意味の言葉であるとヤンくみから聞いた時にかなり驚いた。それ以来妹が死んで歌から離れていた私はポンちゃんのこの言葉に励まされて来た。

続きを読む

本番前3

最近ようやく喘息発作が改善して来た。まだ本調子とまではいかないが、何とか来月の演奏会本番までには体調を調えないといけない。
ピアニスト・ヤンくみとの初合わせがまずまず順調に行った事は安心材料となった。まだ自己練習では楽譜を外せなかったシューベルト【こびと】もヤンくみとの合わせでは楽譜無しで歌う事が出来た。ようやく暗譜も出来て来た。ただし、歌う事に冷静さを欠くと発声が崩れて歌唱が雑になり音程が不安定になるので細心の注意と集中力が必要だ。
先日、ウィーンのM先生からメールが届いた。M先生がコンチェルトハウスのB先生にヴィーナーリートの選曲をお願いしてくれたとの事で、選曲して頂いたら日本に楽譜を送って下さるらしい。それから、M先生が来年私がバッハのソロを歌う予定のウィーンの教会に、予約というかお願いしてくれたという事で(超苦笑)かなり驚いている所だ。来年もウィーンに行く予定だが、こんなに話が進むとは思っていなかった。
別に、日本にいなければならない理由も見当たらないみたいだし(笑)
何だか最近喘息発作が良くなかった事、それからウィーンから帰国して自分の声やレパートリーの事で心の整理がつかなかった事で随分落ち込んでいた。


続きを読む

ピアノ合わせvol.45

ヤンくみに続けて尋ねられた。
『あなたはこの曲をどんな風に解釈しているの?』
私はまずウィーンでコンチェルトハウスでB先生から【こびと】のレッスンを受けた時に【こびと】の解釈について自分自身の考えをひっくり返された事から話した。私は最初、こびとが王妃を愛していたのに、王妃が王に嫁いでこびとを忘れ去ってしまった事によって王妃を憎んで殺してしまったと考えていた。しかし、王妃とこびとがたった二人きりで小船に乗る事、王妃が自分の死を受け入れながらこびとに殺されて行った事、王妃を殺した後こびと自身も二度と姿を現さなかった事などから、私も今ではウィーンのB先生に質問されたように《もしかしたらこびとは自分の意思で王妃を殺したのではなかったのかも知れない》説を取り入れて歌っていると説明した。
ヤンくみが私の話を聞いて言った。
『ではこの曲は、こびとの《愛の成就》ではないんですね!』
ヤンくみの言葉を聞いて私の方がびっくりした(超苦笑)凄い表現だと改めて思った。《愛の成就》って、凄い表現だ。でも私自身最初はそういう感じで考えていたのに、決してこびとが王妃を殺して愛が成就した歌だと感じて歌った事は、ただの一度もなかったと思う。続きを読む

ピアノ合わせvol.35

歌曲の難易度の問題というよりもむしろ、自分が知らない曲である事や情報の少ない曲に関しての演奏方法や解釈の問題だろうと考える。私自身この【トゥーレの王】や【こびと】に関しては、日本初演並みに演奏機会や録音が少ないため出来る限り曲の解説や解釈や自分の希望を卒直にヤンくみに話そうと決めていた。私の拙い説明と歌唱からでもヤンくみなら何か感じ取ってやりたい演奏なり伴奏なりしてくれる筈だから(猛爆)あはは、ピアニスト頼りの情けない最低なワタシ♪
でも考えてみればすぐに解る事なのだ。ヤンくみはラフマニノフのピアコンを弾く《プロ》なのだ。ヤンくみの楽曲解釈のプロセスに私なんかが口出しする必要性はゼロ。ヤンくみが尋ねてくれた事だけに答えれば良い。ヤンくみは言った。
『この【トゥーレの王】は、あなたがシェイクスピアのジュリエットみたいなハイウエストのドレスを着て語り歌いながら、私が側で宮廷楽士のようにリュートをつまびくように演奏したらいいわよね〜♪』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。恐るべし、ヤンくみの想像力(苦笑)こ〜ゆ〜発想力は私には無い(爆死)でも幾ら酒瓶片手に歌っている私でも、ヤンくみに勧められるとジュリエットになってみる気になる。続きを読む

ピアノ合わせvol.25

楽譜とはかなり違う曲の揺らし具合いに、ヤンくみも多少面喰らったようだったが、すぐに反応が返って来た。
『あなたにシューベルト、すごく合ってる!楽譜送って貰った時は解らなかったけど、あなたが何をやりたいのか今ので解った!』
(笑)ただ単純に嬉しかった。長年、もう10年近く一緒に演奏して来たけれどシューベルトを演奏するのは初めてだった。決して楽譜通りとは言えない演奏。でもヤンくみはびっくりしながらも楽しそうに言った。【菩提樹】は伴奏がかなり難しい。長調の部分はレガートにメゾピアノに、短調の部分はテンポアップはしないが曲そのものが前に進む、という私の謎の我が儘な要求にヤンくみは集中して演奏してくれる。リサイタルの時にピアニスト先生から教えて貰った、
『【菩提樹】の中間部分の長調に変化した所は、ディースカウが《魔王の魅惑》と表現した』
という話をしたら、ヤンくみはすぐに反応した(笑)
『それ、いいですね〜』流石、音楽家は違う。反応が早い事と理屈抜きすぐ演奏に反映される所が素人とはかなり違う。当前かも知れないが、やはり専門教育の違いを思い知らされる。【菩提樹】に関してヤンくみは、和音の響きを少し単純化すると言った。続きを読む

ピアノ合わせvol.15

今日は、何だか凄く良いお天気で、毎日こんなに良い天気だったら喘息発作も起きないだろ〜にと思うような快晴。朝起きた時は昨日の喘息の気管支拡張剤の吸入薬の副作用も喘息発作も嘘のように無く、久しぶりに快調な目覚めだった。喘息の薬や吸入剤の量も規定量で済んだ。
昼頃に1時間だけ発声練習をスタジオで行った。来月演奏会本番で歌うのは4曲だけど、大概最初の1曲目が無難にこなせれば後は落ち着いていつもの勘を取り戻せるので、取り敢えずシューベルト【野薔薇】に時間をかけて、後は先日の演奏会で失敗した【トゥーレの王】を少しだけおさらいして千葉のピアニスト宅に向かった。
思ったより乗り換えがスムーズに行ったので予定よりも30分近く早く到着してしまったのだが、ピアニストに連絡したら問題無いとの事で少し早めにピアニスト宅にお伺いした。
ピアニスト宅に到着したら出迎えてくれたのはヤンくみ(爆)もとい、仲間由紀江似のピアニスト(笑)最近「ごくせん」を意識してか、コンタクトからメガネに変えたらしい(激爆)ピアニスト宅に到着してから少しだけウィーンの話などした。今回の演奏会の私の選曲はヤンくみから見てもかなり難易度が高かったらしく、色々質問された。続きを読む

副作用1

この時期はほぼ毎年のように喘息発作が出る。去年の今頃は、余りに喘息が酷くてマトモに仕事すら出来なかったくらいだった。それでも去年の6月にはベッリーニ歌曲2曲とヴェルディのオペラアリア3曲の演奏会を2つこなした。去年は入院や休職を勧められそうになっが何とか逃げまくり許否して何とか仕事も歌も頑張った。
今年は、新薬のお陰で去年よりは喘息の発作は頻度としては少ないが、やはりこの5月後半〜6月にかけては発作はやはり避けられ無いようだ。いつもは近所のクリニックで済んでいるのだが、ここの所喘息発作が続いてしまって、少し離れた総合病院まで受診しに行かなければならなくなっている。薬の量も今までの2.5倍、その上強いステロイド剤(副腎皮質ホルモン剤)を内服しなければならなくなった。
喘息発作が起きると、呼吸がきちんと出来なくなる。しかも、気管支拡張剤の副作用が非常にキツい。内服も吸入薬も、動悸・頻脈・手指の振戦が出て来る。喘息の発作が起きたり起きそうな時には臨時で吸入薬を使う事が多い。昨日〜今日は天気のせいか調子が悪くて、いつもより吸入薬を多めに使わなければ仕事が出来なかった。その結果、喘息発作は今日は何とか免れたが、副作用が酷かった。続きを読む

ウィーナーリートの勧めvol.25

M先生からのメールは、『お気持ちをお知らせ下さい』
と締め括られていた。
私は本当に驚き、本当に嬉しくて涙が流れた。たった3日間しかレッスンを受けていない私の声をB先生が覚えていて下さった、そして私の声に合わせてウィーナーリートを選曲して下さるというのだ。そして、私に是非日本でウィーナーリートを歌って欲しいと思って下さっている。
最近、自分の声の事で本当に落ち込んで凹んで後ろ向きになっていたので、ただただ単純に嬉しかった。今もまだ苦しくてまだまだモーツァルトを歌う気持ちにはとてもなれないけど、それでも何とか自分自身の力で来月の演奏会は乗り切りたいと思った。ウィーンでレッスンを受けた事だけは形にしたいと思った。
どんなに辛くても苦しくても悩んでいても、あさってにはピアニストとの合わせが始まる。ウィーンでレッスンを受けた事を可能な限り再現したかったので例年より早めにピアニストとの合わせをお願いした。
先日の演奏会で失敗したシューベルト【トゥーレの王】も、まだ一度も演奏会本番で歌った事の無い【こびと】も、恐らくピアニストは知らない曲だろう。まだ一体どのような演奏になるのか、全く想像もつかない状態である。続きを読む

ウィーナーリートの勧めvol.15

今日のような天気は、喘息に良くない。
最近モーツァルトのオペラのレパートリーに散々頭を悩ませていた事、でも来月には千葉で演奏会本番が近付いている事等で、ストレスがMAXになりかけていた。来月の演奏会の事やモーツァルトの悩みを話そうと思って、先日ウィーンのM先生にメールを送った。昨日の夜、M先生から返信メールが届いた。
M先生は一昨日までフランスでコンチェルトハウスでレッスンを受けたB先生と一緒にお仕事をされていたらしい。そのフランス滞在中にどうやら私の話が出たらしく、丁度私に連絡しようと考えていた矢先に私がM先生にメールを送ったという事だった。私自身、今悩みまくりの真っ最中だった事で少しウィーンでの出来事を思い出したかったし、ウィーン滞在中にM先生やB先生が来日するご予定があると伺ったので、もし日本でお会い出来る機会があったらきっと何か新しい気持ちが見つかるかも知れないという思いがあった。出来る事なら、そんなにも私に合っていないと言われているモーツァルトのオペラアリアのレッスンをM先生に受けられたらきっと何か新しい発見があるのではないかと期待する気持ちもあり、M先生の来日スケジュールを教えて頂けたらと思ってメールした。続きを読む

無いものねだりvol.35

モーツァルトのツェルリーナ、スザンナ、パミーナは今はもう楽譜を開くのも嫌気がさしてしまう程になってしまった。逆に、ツェルリーナやスザンナやパミーナの勉強に力を使う位なら、ドンナ・エルヴィーラやコンテッサの勉強により力を注いだ方が余程有意義に思えてならない。先日購入したキャロル・ヴァネスがドンナ・エルヴィーラを歌っているモーツァルト歌劇【ドン・ジョバンニ】の映像を観ていて非常に痛感している。ツェルリーナやスザンナやパミーナの勉強を無期限先送りするならば、その代わりとして、演奏会では歌わないであろうがドンナ・アンナやフィオルディリージの勉強をしてみても良いのではないだろうか、と考えている。ウィーンのN先生の御指摘通り、勉強やレッスンだけで演奏会本番で歌わなければ良いだけである。その方が今の私の心理状態としては非常にストレスが少ない。モーツァルトのオペラのレパートリーに関しても希望が持てる。非常に逆説的だが仕方が無い。ウィーンでレパートリーになると勧められたツェルリーナやスザンナやパミーナは楽譜を開く事さえ躊躇われ、レパートリーにならないと指摘されたドンナ・アンナやフィオルデリージに希望が見える。皮肉なものである。続きを読む

無いものねだりvol.25

帰宅して二つの映像を観た。
結論として言える事は、【ドン・ジョバンニ】のドンナ・エルヴィーラは今後の勉強の意思や方向性や可能性は見出だす事は出来たが、【魔笛】のパミーナに関しては勉強する事だけでも非常に厳しいという結果である。私はモーツァルト【フィガロの結婚】の映像もルチア・ポップのものを所有している。私はルチア・ポップは非常に好きなソプラノ歌手である。しかも珍しく私とはかなり声質を異にするレジェロのソプラノなのだ。
でも流石に今現在の私が今以上に苦しむ事が余りにも見えすいている現状で敢えてモーツァルトのパミーナやスザンナを勉強を決意するだけの要因にはならなかった。モーツァルト【ドン・ジョバンニ】のツェルリーナに関しても同様である。今の自分の現状とは違い過ぎる事、いずれ私自身の声が成長すれば可能であるのかも知れないが、現時点では私にとってドンナ・エルヴィーラの何十倍もパミーナやスザンナやツェルリーナの方が歌う事、勉強する事が地獄のように困難で苦痛な事に思えてならない。理由は多分に心理的・精神的な問題である事は言うまでも無いであろう事は自分自身嫌になる程自覚している。でも、現時点の私自身の現状に於いては仕方が無い。続きを読む

無いものねだりvol.15

昨日新宿に行ったので、モーツァルト歌劇【ドン・ジョバンニ】と【魔笛】のDVDを購入した。
ハッキリ言ってモーツァルトのオペラの勉強は当分先送りしたかったのだけれど、今後将来的にウィーンにレッスンに行く以上、シューベルト同様にモーツァルトの勉強は無視する事が出来ない。自分自身でも、歌曲であれオペラであれモーツァルトの勉強が決して無視したり軽視したり出来ない事を認識しているだけに余計に質が悪い。いつまでも毛嫌いしている訳には行かない。そこで中古販売でリーズナブルに購入する事がベターだと考えた。
新譜は殆ど無いが、少なくとも幾つかは私が勉強出来ると思えるような録音や映像があるかも知れない、そう期待するしかなかった。
私が見つけた【ドン・ジョバンニ】はドンナ・エルヴィーラをキャロル・ヴァネスというソプラノ歌手が歌っている。キャロル・ヴァネスは、メトロポリタン歌劇場ジェームス・レヴァイン就任25周年記念ガラ・コンサートでモーツァルト【コジ・ファン・トゥッテ】のフィオルデリージを歌っていた、どちらかと言うとモーツァルトではドラマティックなソプラノ歌手。【魔笛】のパミーナはルチア・ポップ。今は亡きドイツ・オペラ界のソプラノの至宝である。続きを読む

《死》の歌声vol.45

ここで私自身の《死》に関する認識を書いておく。私の尊敬する哲学者で三木清という人がいる。三木清が「人生論ノート」という論文に書いている事を少し紹介したい。
三木清は「人生論ノート」〔死について〕で、
『ゲーテが定義したように、浪漫主義というのは一切の病的なものの事であり、古典主義というのは一切の健康なもののことであるとすれば、死の恐怖は浪漫的であり、死の平和は古典的であるということもできるであろう』
と述べている。私はこの部分を読んだ時に真っ先に考えた事が、シューベルト歌曲【魔王】は浪漫的であり、【トゥーレの王】は古典的であるという事である。少なくともそう強く感じた。これはシューベルト歌曲を歌ったり勉強したりする上で非常に興味深い。
それから三木清は「人生論ノート」〔幸福について〕で実にシュールに表現しているのが、
『死そのものにはタイプがない。死のタイプを考えるのは死をなお生から考えるからである』
と述べている事だ。シューベルトが様々な詩人の詩に実に多様な曲をつけている事は、シューベルト自身がかなり強く生から《死》を意識していた可能性も有り得るという仮説が考えられる。シューベルトの死生観が垣間見える気がする。続きを読む

《死》の歌声vol.35

私自身シューベルトに関してもシューベルト以外の作曲家に関しても《死》を特別殊更表現する事を目指していた訳では無いのだ(笑)飽くまで他者の評価は客観的である。私にシューベルト歌曲、特に《死》を連想させる曲を歌う事に何らかの感銘を持って戴けたのだから、敢えてそれは私自身の声楽的な特性として認識して行くべきなのではないのだろうか。私は強くそう考える。
別に、愛や美や喜びなどの表現はそれらに適した声質の歌手に任せておけば宜しい。私は私自身にしか出来ない事を歌でやりたい。私の声が持つ私自身の特性を発揮したい。他人と同じ事を目指しても、演奏家・芸術家・表現者としては全然面白く無い。《死》を歌い《死》を表現するという事は私にとって最高に魅力的だ。
ウィーンでのレッスンでも、バッハ【Bist du bei mir】やシューベルト【こびと】など難曲の評価が想定外に良かった事もこの私自身の考察を後押しするものだと考えている。
この事について既に1週間程考え続けている。
まず、シューベルト歌曲だけで《死》に関連した曲を探した。簡単に探しただけでも14曲あった。【魔王】【死と乙女】【こびと】【トゥーレの王】以下10曲(爆)とにかくかなりの曲数がある。続きを読む

《死》の歌声vol.25

つまり、私自身が表現しようとしていなかった事が聞き手に伝わったというか感じ取れた、という事になる。
これは私自身の持論であるが他の演奏者に当て嵌まるとは思わないので他人には絶対にオススメしない考えなのだが、
《表現とは志向性の問題ではなく寧ろポテンシャルの問題である。表現を頭で考えたり楽譜から読み取る努力よりも、寧ろ曲に表現されている内容が自己の経験や認識として内在されているのならば、それをわざわざ表現しようと躍気にならなくとも声や楽器を媒体として自然に自ずから表に現れるのが芸術に於ける表現である》
というのが私の持論である。要するに、私自身あれこれ【トゥーレの王】に関する解釈やら講釈やらに苦心しなくとも、私自身の中に【トゥーレの王】という曲にリンクされた経験や自己認識が印象付けられて自分自身のものとなって内在されていれば、意図的に何かを表現しようとしなくても自然に私の歌に表れるはずである。
今回この【トゥーレの王】で以上の事が起きた。私自身が表現したいと躍起になった事など皆無であったシューベルトの死に対する概念?憧憬?予感?とにかくそれらのいずれかを聞き手が感じたと実際に私に伝えて来たのだ。続きを読む

《死》の歌声vol.15

先日の演奏会でシューベルト歌曲【トゥーレの王】を歌った時に観客の方の一人の男性からある感想を頂いた事は以前ブログに書いた。
『あなたの【トゥーレの王】を聴いた時、シューベルトはあれ程の若さで、いつも常に死を考えていたという事が非常に伝わって来た。とても素晴らしかった』
私は彼の言葉を聞いて非常に励まされた。勿論、「素晴らしかった」と評価された事では有り得無い(笑)恐らくは日本では殆ど歌われる事は無く、海外の有名歌手であっても殆ど録音が残されていない、私が歌ったシューベルト【トゥーレの王】を聴いてシューベルトの《死》の表現を予感させたという事実に非常に驚きと感動を覚えた。
私自身【トゥーレの王】を歌う時にシューベルトの《死》の観念を表現しようなどとは微塵も考えて無かったので余計に驚いたし感動した。このシューベルト歌曲【トゥーレの王】はゲーテの戯曲「ファウスト」の中でマルガレーテが鼻歌のように歌う小さなバラードで、北方伝説を単調なメロディで歌われている小曲である。トゥーレという国の王が亡くなった最愛の后から贈られた黄金の杯を大切にして、王の死の間際にも誰にも譲らず自分の死の時に海に沈めて瞳を閉じるという物語である。続きを読む

コンプレックスvol.25

過去レッスンを受けた先生方からも色々な事を言われた。
『あなたにモーツァルト歌いになれとは言わない』
『あなたがモーツァルトを歌って余計な苦労をしなくてもいいと思う』
『あなたはモーツァルトを歌う声は持っていない』
その指摘のどれも間違っているものでは無かった事は私自身が一番良く理解納得している。非常に的を得た指摘の数々である事は何等間違い無い。たがらこそ私自身にとってモーツァルトはコンプレックスなのだ。自分自身が一番良く認識していて身に染みて自覚しているからこそ、苦しい。ただ今回例外的だった事は、私自身の声質の適性に於いて日本の認識とウィーンでの認識がかなり大きく違ったという現実である。これが私自身を混乱に招く一因になった事は否定出来ない。しかし飽くまでもコンプレックス自体が自分自身の要因以外に原因を転嫁する事自体不可能である事は言うまでも無い。少なくとも声楽の個人レッスンを10年近く続けて来た人間が他人の評価をアテにするという馬鹿げた事を今更するなら今まで間違った認識で自分が歌い続けて来たと判断する事の方が余程理屈としては筋が通る。何にせよ全て自分自身の責任に於いて歌の勉強をして来たはずなのだから。続きを読む
記事検索
楽天市場
アクセスカウンター

livedoor プロフィール
最新コメント
livedoor プロフィール
オリンピック応援パーク
livedoor × FLO:Q
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ