昨日は、演奏会のリハーサルだった。
一昨日は一晩中手術後の患者と夜明かし。リハーサルの時間が午前中なので慌てて仕事を終わらせて、速効帰宅して、全身せんねん灸尽くしでさっさと寝た。
しかし、昨日の朝目が覚めると、まず全身の関節が痛い、喉が痛い、ダルい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、37.8℃。
今日無理してリハーサルに行って出演者に風邪を伝染し、疲労も取れずに、ボロボロの演奏会本番を迎える・・・とゆ〜シチュエーションは是が非でも避けたい、とゆ〜事で、Y先生に早速メールをして、本日のリハーサル欠席をお願いした。
一安心して目が覚めたら、夕方の4時だった・・・・・(絶句)

昨日の、抗生物質やら消炎剤やら解熱剤やら去痰剤やらが効いたせいか、今日も起きたのは昼過ぎだったが、昨日に比べりゃ、まずまず好調。余り無理しない程度にスタジオ練習に出掛けた。

最近、ミルヒー先生のレッスンを御無沙汰している。去年のヘンデルのリサイタル直前のレッスンが最終。最近少しづつ夜勤生活にも慣れて来て、少しづつ音楽の勉強の量やら質を元に戻そうと試みている。
実は、ミルヒー先生からヘンデル後の課題に出されていたのが、モーツァルト歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」のフィオルデリージのアリア「Come scoglio」である。このアリアの譜読みをようやく開始し始めている。勿論、今年6月のヤンクミ一座演奏会でのヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラの新しいアリア「Non, disperar」をレッスンして頂かなければならない。けれども、やはりフィオルデリージの「Come scoglio」は、ミルヒー先生もレパートリーとして御自身が歌っていらっしゃるアリアである。ウィーンのN先生には、声質上既に私のレパートリーとはならない事を指摘されているので、この曲のレッスンを受けられるとしたら、ミルヒー先生以外にいらっしゃらない。
数日前から、コヴェントガーデンのカバリエの録音を聴いたり、数年前に録画したグラインドボーンの「コジ・ファン・トゥッテ」の抜粋のビデオを見たりしていた。
「Come scoglio」はとても大きなアリアだ。レチタティーヴォも長いし高度な表現力が要求される。しかも、超高難度のアリア。1オクターブ以上も音域の変動が幾つもあり、最高音は3点Cである。アジリダの音程も微妙な正確さを求められる。そして何よりも、ドラマティック・ソプラノが歌うアリアなので、強靭で伸びのある声が求められる。今のこの疲労MAXの状態の自分に、しかもウィーンのN先生に私のレパートリーにはならないと指摘されているのに、例え気持ちだけで練習して歌う事が出来るのか。いや、歌えるかどうかは自分自身には良く分からない。でも、ミルヒー先生が以前私に、

「あなたならきっと歌えるわよ!!!だって、こんなに難しいヘンデルのアリア、リサイタルで歌えるじゃない!!!」

その、ミルヒー先生の言葉を信じて、ミルヒー先生のレッスンはとっても遅れてしまったけれども、これからフィオルデリージのアリアの勉強を続けて行こうと思う。誰に聴かせる事は無くとも、ミルヒー先生のためにだけでも歌いたいアリアだと思っている。

今日は、最初はベートーベンのイタリア語テキストの歌曲を2曲。大分フレーズが繋がるように歌えるようになって来た。次の谷岡先生のレッスンには、持って行きたい。ただ、低音域(5線の下)が、まだきちんとした綺麗な響きを出せていない。勿論練習も行うけれど、谷岡先生からテクニックを学ばなければならないだろう。
ベートーベンの歌曲は、意外と繊細な装飾音がある。これを軽過ぎず、しかし美しく歌えるようになりたい。きっと、モーツァルトの装飾音とは違う筈だ。これを、ウィーンで掴みたい。でも、その前にきちんとしっかり確実に曲を自分の解釈で歌えるようにならなければならない。
ベートーベンの歌曲を勉強していて私が感じる事は、ベートーベンは、いついかなる時も、死を意識していたのではないのか、という事。これは私がベートーベンの曲を歌っていて飽くまでも「直感」なのだけれど、今後ベートーベンの声楽曲を勉強して行くにつれ、この命題を熟考していく必要性がありそうだと確信している。

最後に、演奏会本番曲のバッハ「Bist du bei mir」とモーツァルト「魔笛」のパミーナのアリアをざっと通して、本日は軽めの練習調整で終了♪


実は、先日超久しぶりに、千葉のヤンクミと電話で話しをした。
お互い、家族の健康上の理由で非常に余裕の無い生活をしてはいるのだが、私もヤンクミも、事、音楽に関してだけは絶対に手を緩めない性格で(爆)、私は去年末ヘンデルのリサイタルを開き、ヤンクミは去年末シューマンのリサイタルを開催したそうだ(激爆)
そこで、私のブログをたまに見てくれているヤンクミと、最近はピアニストのブログも非常に多いという話しになった。ヤンクミもまんざら興味が無いワケでもなさそうで、幾つかブログを見てみるようお勧めした。
そして、今日、あるブログを読んだヤンクミから、メールで感想が返って来た。

「ピアノ愛好家のブログですね。私も古き佳き時代のピアニストは好きだし、自分が修行中は苦しい(状況である)事もありましたから気持ちは分からなくもないけど、あまりにも自分勝手なブログですね。自分を反省しない人にレスしても無駄と思います。(このような状況では)密度の濃いピアノは弾けないでしょう。良い悪いはともかく、このブログの人にとってはピアノは食後のデザートのようなものと思います。私はそういった方には構いたくありません。(個人の)楽しみ方に水を差すのも嫌ですから。
ただ、取り組む以上は甘えてはいけないですね。私の愛するショパンやドビュッシーなどの作品は、それ相当の覚悟で挑むものです!
私は密度の濃いピアノを弾く方は応援しますが、某の言い訳をする方は無視します」

と、私のブログの文面など及びもつかないような超シビアな厳しいご意見が返信されて来た(核爆)
やはり、真の音楽家、演奏家たる者、これ位の覚悟、誠意、自律、自らに課す試練、当然あって然るべきでしょおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪と、思わず改めてヤンクミを大尊敬、拝んでしまった(人)(人)(人)
長く、ヤンクミと一緒に演奏活動を続けて来る事が出来て、本当に自分は幸福であると心から実感・認識した。
私もヤンクミも望むものは、上っ面の世辞や演奏内容の出来に関わらない拍手などでは無い。
自分自身が、たった一人の音楽家として強く深く音楽を愛し求めて、日々鍛錬と熟考に精進し、自分とともに自分自身の音楽を成長・昇華させて行く事なのだと、改めて知る事が出来て本当に幸せな気持ちになる事が出来た。
私はとてもこの長い間、どれ程ヤンクミに励まされ、引き上げられ、時には手を引かれ歩みを共にして貰って来た事が何度あった事だろうか。
心から、神とヤンクミに感謝した。
今年6月のヤンクミとの演奏会、今の私の最高のクレオパトラを歌いたい。


今日は、もう一つ大きな喜ぶべき事があった。
とある人間の憶病さと弱さから、私自身に長い間押しつけられ捨てる事も出来ず、保持していた物があった。
今日、ようやくそれを本来の持ち主の元へ、叩き返した。
これでようやく私は、解放される。
忌まわしい、不吉な、不敬な、憶病な、無責任な、低俗な、決して認めるべきでは無い人間に今後例え何百回輪廻転生したとしても、決して相まみえる事の無いよう、その負債を叩き返した。
これでもう、自由に歌える。
スザンナでも、ツェルリーナでも、ジルダでも、ヴィオレッタでも。

これから、夜勤の疲れが取れたら、少しづつ頑張って行こう♪