9月29日、朝3時間半睡眠でヘロへロになりながら重いスーツケースを引き摺りながら、駅までの登り坂を汗だくになって駅に到着。
本当なら始発電車で行きたかったけれども、始発に乗り遅れてしまたっけれども成田エキスプレスには充分間に合う時間だった。

成田空港に着いてセキュリティを通って、免税店でウィンドーショッピングをした後に、先にトイレに行こうと思ってバックの中身をハンカチを探していたら、携帯電話とMDプレーヤーが無い事に気がついた。急いでインフォーメーションにお願いして、セキュリティに連絡して貰ったら、スタッフが出国審査の場所まで持って来てくださった。私の携帯電話のストラップは、非常に特徴的♪阪神タイガースの黒と黄色のスワロフスキービーズを使って手作りしているので、超目立つ。すぐに見つかって良かった。

成田空港、南ウイングのオーストリア航空のゲート近くの寿司屋で朝飯を食べていて(呑んでいて)、少し落ち着いて、友人や先生や友達に行って来ま〜すメールを送って、時間にはオーストリア航空に搭乗して、一路ウィーンへ向かった。

ランチを持って来てくれた、オーストリア人(多分)のキャビンアテンダントの女性がドリンクを配りに回っていた。私はドイツ語で「赤ワイン」と頼んだら、その綺麗なキャビンアテンダントさんが、

「CoKe?」

と聴いてきた。
私は子供ぢゃあねええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!
と心の中で絶叫、内心穏やかでは無かったのだけれど、隣の席に座っていた若いヨーロッパ人(国は不明)が、キャビンアテンダントさんに小声で、
「ワイン」
と言ってくださった。
その他、私は窓際の席だったので、トイレに行こうと思って席を経ったら、彼も一緒に席を立ってしかも私に先にトイレを勧めて下さるという、ジェントルマンっぷり〜\(◎o◎)/
惚れた♪
でも、オーストリア空港のランチが、シーフードかチキンだったのだけれど、魚好きの私がシーフードを頼んだら、ちょっぴしのエビとイカの入った焼きソバが出て来た。余りのショックで、チキンにすれば良かったと後悔先に立たず。フツ〜、シーフードって言ったら、焼き魚とかムニエルじゃあないのか?????

とゆ〜事でウィーンに到着したのが1時間も早かった。
私はN先生とM先生がお迎えに来てくださるのを待っている最中に、自分の携帯を海外仕様にセッティングしていたら、先生方が迎えに来てくださった。御土産の日本酒と御蕎麦と茶蕎麦とお醤油を差し上げた。やはり、ウィーンでは日本食は非常に高価のようである。先生方も大変喜んでくださった。

アパートに案内された。去年は聖シュテファンの目と鼻の先だったのだが、今年はかールス・プラッツまで歩いて約20分程かかる所にアパートがある。とても綺麗なアパートだった。
荷持を運んで、M先生にウィーン滞在中にかかる費用をお支払いして、先生と別れた。

まず、ウィーン国立歌劇場まで一人で行った。ほぼ一本道だから分かりやすい。カールスプラッツ駅まで歩いて約20分。そこから右にまっすぐ行くと、レッスン会場になるB先生のオフィスがある、コンチェルトハウスもある。ウィーン国立歌劇場で演目を見たら、ドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」のプレミエが数日後にある。これを是非観て見たいと思った。グルべローヴァを生で聴くのも初めてだし。その他は、チャイコフスキー「スペードの女王」だったが、やはりイタリアオペラを久し振りに観たいと考えた。


帰り道、スーパーに寄って買い物をした。M先生が野菜やおにぎりを持って来てくださったので、少し自分で料理して食べようと思って、調味料やハムなどを購入した。朝も、ウィーン市内中心部から少し離れているので、毎日カフェで過ごすのではなく、スープなどを購入して少し自炊しなければならいだろうと考え、ノンビリ買い物していたら、外は既に真っ暗!!!!!
ケルントナー通りから真っ直ぐカールスプラッツを過ぎて真っ直ぐ進んで行くだけだから、と思いアパートへの道を真っ直ぐ進んでいったのだが、これは大きな誤算だった。
初めて来た場所や土地は、明るい昼の景色と暗い夜の景色とが、かなり違うものなのだという事に今更気がついた。あちこちぐるぐる1時間程歩き回ったけれども結局見つからず、疲れ果てて困り果てて、M先生に電話で連絡した。M先生とM先生の御友達の御協力を得て、やっとの事でアパートを発見したのが夜8時過ぎ(凹)

この日は、シャワーを浴びて、M先生が持って来て下さった野菜炒めとおにぎりとワインで夕食を取り、この日記を書いてすぐ、気絶(爆死)
長旅と迷子で、疲労困憊。ワインも殆ど呑めなかった。

明日は、コンチェルトハウスのB先生のレッスンが午後2時から。
今年ウィーンでの初レッスン。

zzzzz