今日で、ウィーンともまた来年までお別れ。

朝9時起床。荷物をまとめてゴミを捨てて食器を片づけてアパートの下でN先生をお待ちした。
10:30にN先生が私の滞在しているアパートまで車でお迎えに来て下さった。
車に乗ってN先生のオフィスまで行って、11時からウィーンでの最終レッスン。
今日も最後までピアニストEさんが伴奏を行なって下さる。

発声練習も修正される事がほぼ少なくなった。自分の声を構えないでそのまま自然に流れるように響かせてみる、という事に1週間かけてようやく慣れて来た、というトコロ。
発声練習中に、ピアニストEさんが到着。

今日の最終レッスンは、ブラームス歌曲2曲と、残りのシューマン歌曲2曲。
昨日は時間が無くてレッスン出来なかった「Es steht ein Lind」から。
フォルクス・リートなのでもっとテンポを前に進めるように指摘される。音符が動くフレーズでも流れるようなレガートを1つの声で歌うように。最初の歌い出しの「Es」の音も歌詞もアウフタクトなので、2小節目以降のメロディに向かって歌い出す準備を行なう事。それからもう御約束のウムラウトの発音の修正。
「ich」という歌詞をきちんとはっきり発音するように指摘される。
有節歌曲なので、これも御約束のバリエーションをもって動きと流れの表現を造り上げて歌う事。
もう、ウィーンのレッスンで7日間、毎日毎日同じ指摘を繰り返されている。ウィーンの先生方も、実に根気強く我慢強く(笑)毎日毎日私のレッスンで同じ指摘をして下さった。
それでも、この曲はN先生から、
「行けるでしょう。OKです」
と言って頂けたので、日本帰国後も引き続きこの曲に取り組んで行く。

次はブラームス歌曲「Madchenlied」
これは昨日のレッスンでN先生から、
「あなたはこの曲を勉強するべきだ。これはあなたの曲だ」と言って頂いた、私が今後レパートリーとして歌って行かなければならない曲。
まず一通り通して歌った。N先生より、
「テンポは非常に宜しい」
と、滅多に無い事だが、褒められた(滝涙)テンポは速いが必ずレガートを忘れずに、もっと自由に、フォルテ記号のあるフレーズはしっかりとしたフォルテで歌うように指摘された。
私自身、どうしても「乙女の歌」という日本的なイメージで勝手に捉えている部分があったようで、どうしてもそのような歌唱になってしまいがちである。もっとしっかり、ウィーンの「リリック」な声で歌う、という認識の転換を行なわなくてはならないなあぁ・・・と実感する。
最後のフレーズは、一つ一つの歌詞をマルカートに歌詞をしっかり歌い(これはブラームスの指示には無い)、不必要なritは行なわない事、幾つかのドイツ後の発音を修正された。
しかし、この曲に関してはN先生から、
「とても良いです」
と言って頂けた。これは、日本に帰国して機会があったら、是非演奏会本番に乗せたい曲である。

その他、N先生からブラームス歌曲1曲、初見で!!!!!!!!!!歌って見るように言われた!!!!!!!!!!これには大焦りだった。曲はブラームス歌曲「Der Schmied」2ページの短い有節歌曲だが、音の跳躍が激しい!!!しかも、初見なんてやった事無い・・・・・・・・・・(大涙)少しだけピアニストのEさんにピアノで弾いて貰ったけれど、とても今の私には歌う事が困難な曲だと感じた。ブラームス歌曲でもたった2ページで単純なメロディならすぐ歌える、などというレベルには私は無い。結局、Eさんのピアノ伴奏について歌う事は出来ず、この曲も日本に帰国してからの課題となった。後もう1曲、ブラームス歌曲でN先生から課題を頂いた。


残り2曲のシューマン歌曲。
まず「Mein schoner Stern!」この曲は、歌う前に絶対にN先生から御小言があるだろ〜なあぁ・・・と覚悟して来た(苦笑)案の定、N先生から、
「この曲はテノール用の曲だけど???」
やっぱりなあぁ〜〜〜・・・(汗)この曲は、実はエリー・アメリンクが歌っているCDを私が持っていたので、聴いてすぐに気に入ってシューマン・リサイタル曲に加えた。楽譜を購入してドイツ語の発音記号や日本語の意味を楽譜に書きこんで指示記号を蛍光ペンで色分けチェックして録音も毎日聴いて、さあ!!!歌の練習をするぞおおおおおぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜!!!!!と思ったら、楽譜の一番上の左に小さく「Tenor」と書いてある事に初めて気がついた・・・・・(爆死)もうこの時点ではピアニストのY先生にも楽譜を郵送してしまっていたので、今回はお許し頂きたい・・・・・とゆ〜事を、N先生に御説明申し上げた。
N先生は、苦笑いしながらも了承して下さった。
この曲は、ブレスをもっと前に流してフレーズの後半の歌詞を膨らませるように、母音を充分に軟口蓋を開いて、響きが流れるように歌う事、最後の低音域ははっきりとドイツ語を発音して、少しだけritするように、但し曲全体の流れはもう少し前に進むようにと指摘された。
最後の曲「Sangers Trost」
まず、ドイツ語の歌詞の子音をアウフタクトに取る事、音符の大きな跳躍が無く流れるようなフレーズなので、8分の6拍子である事を意識してフレーズをきちんと繋げて歌う事、最後の方の歌詞「die ich sang」をはっきりマルカート気味にしっかり発音する事、その後のブレスは急がず充分に取ってから、最後のフレーズのcresceを充分に行なう事を指摘された。
この2曲も、N先生からOKを頂いた。

私が今まで聴いているドイツ・リートのCD等は、テンポがゆっくりに歌われている事が多かったのだけれど、ウィーンの先生方、N先生もB先生もどちらかというと早めのテンポで歌うように指摘、修正を受けた事が非常に多かった。フレーズを前に進めて遅れないようにとか、歌い出しの歌詞やドイツ語の歌詞の最初の子音をアウフタクトに取る、というだけの「テンポの速さ」とは明らかに違う。
今後、ドイツ・リートを勉強して行く上で充分に配慮して注意していかなければならないと強く認識した。
その他は、やはりドイツ語のウムラウトの発音。これをどこまで修正出来るかに、掛かっていると言っても過言では無いだろう。

これでウィーンのレッスン全日程終了。
N先生にお礼を申し上げ、この7日間、毎日私の伴奏を続けて下さったピアニストEさんにも御礼を申し上げた。
最後にピアニストEさんから、手を差し出され、
「また連絡させて頂く事になると思う。日本で頑張って勉強してください。また会いましょう」
と言って頂けた。
どこまで出来るかは分からないけれど、兎に角、精一杯頑張って勉強して行くしか私に出来る事は無いから。


急いで、N先生のベンツでウィーン国際空港に向かった。搭乗手続きまで後1時間を切っていた。ウィーン市内の道路は非常に込んでいたので、空港までの道道路が空いてきた途端に、N先生120km/hでベンツをぶっ飛ばす!!!!!(仰天)
その途中、N先生に私が「Tea-Soba?」(茶蕎麦どうでしたか?)とお尋ねしたら、N先生が日本語で、
「とっても美味しかったで〜す」
と仰った(激爆)
ウィーン国際空港に到着して、大急ぎで搭乗手続きを行ない、N先生としっかり握手して御礼を申し上げて、お別れした。

成田行きのフライト中は、色々と覚悟しなければならない事が多く、非常に考え込んでいた。
去年のウィーン帰国時は、ワーグナーを歌えない事で泣きながら帰国となってしまったが、今年は違う。
私には考えられない程の大きな課題が、来年以降続いて行く予定である。
これらにどのように向かって勉強して成長して行かなければならないのか、真面目に考えなければいけない。
恐らく、困難や苦難の方が多い事だろうと思う。
自分自身、まだまだ迷っている事の方が、多い。
それでも、私が声楽の勉強を続けて行く事には、何ら変わりは無い。
ウィーン滞在中7日間、1日も休日が無かったので少し疲れた。
私には、安息日は頂けなかったようである(笑)
でも、充実し過ぎる位のウィーンでのレッスンだった事は、嬉しい。初体験も、いっぱいあったし(爆)

帰国したら、また連続夜勤。
早く、お寿司が食べたい。