先日、某ブログで、トンでもない暴言を吐いた、上っ面だけ上品ぶってクラシック声楽のプロ、らしき人間のブログの言い草を見て、思わずア然とした。


「何だか、いかにも情熱的に演技しながら歌うのは恥ずかしくて出来ない。もう一人の私が、ぷぷぷって笑ってる」
「感覚っていうか、目に見える上っ面でなくても伝わるって信じたい」
「ナルシストも多い業界の、こんなに表現しているビバ自分」


プロでありながら、聴き手から入場料を徴収して、よくもまあこんな暴言を公衆の面前で吐けたものだと、呆れを通り越して、憤慨の極み。
プロでも自由気ままに歌ってりゃ、ここまで世の中を見下す権利でもあると思ってんのか???
いかにも自分はクールに歌うけどちゃんと人に伝わるプロとしての歌唱はしますよ的な、高飛車で傲慢で横暴極まり無い。
表現力には長けていないが、歌う事に対する精一杯の情熱を全てこの一言で片づけるような人間が日本のクラシック音楽の声楽のプロ、というなら私は日本のクラシック音楽の声楽界を、軽蔑する。
日本では、歌いたくも無くなる。
よくもまあ、人間として恥ずかしくも無く、クラシック音楽に対してこのような暴言を吐く事が出来るものだ。
声楽家としてよりも、プロとしてよりも、何よりも芸術家としての神経を疑う。
気違いか、コイツは。

歴史の中の多くの詩人が、本当に真に美しい詩を造り上げた中から、偉大な作曲家が自身の才の限りを尽くして造り上げた、曲の数々。
それらの素晴らしい美しい、心から歌いたいと切望する名曲を、ある人は憧れて歌い、ある人は自身の人生に擬えて歌い、ある人は愛や贖罪のために、歌う。
その精一杯のあらん限りの演奏を、

「ぷぷぷ」
「上っ面の表現」
「ナルシストのビバ自分」

演奏者として以前に、人間として、絶対に、有り得ない。許せない。
この言い草。
おいこら、てめぇ、一体何様のつもりだ!!!!!いい気になるのも大概にしておけ。
例え私がアマチュアと言えども、鼻高々にナメてかかるなら、こっちは絶対に飽くまでも容赦しない。
音楽そのものを舐めているとしか、私には評価出来ない。
しかも、私がレッスンを受けている先生方に関して、

「幾ら有名な教授にレッスン受けているからって、そんなのどう感じようが、自由だしいぃ・・・」

をい、この人生落後者野郎。
人生もう一回生れ直してやり直して来い。
こんな人間だけは、例えどんな演奏者で綺麗な声だと言われていても、私は絶対に信用しない!!!!!

音楽を、人間を、皮肉って馬鹿にする人間なんか、見たくも聴きたくもない。
消えてしまえ。


本当に、腸が煮えくりかえる数日間だった。
嗚呼、不愉快。
ウィーンの先生方に、聞かせてやりたいわ。
マジで。
今後は、日本人のプロの声楽家、とやらの演奏会は厳選に厳選を重ねてセレクトする必要性を腹の底から痛感せざるを得なくなったわな。
このブログ、千葉のヤンクミも読んで、

「気分が悪くなりました」

との事。
やはり、ヤンクミは感性としては非常に信頼出来る。


このブログでゲロって、マジすっきり〜した♪