シューマン・リサイタルが終了してから少し日が開いてしまった。
リサイタルのための休日後の連続夜勤、職場のゴタゴタ、去年末からの疲労とストレス爆発!!!とでも言おうか、ブログの閲覧すら最近は気が進まなかった。
休日には2〜3時間の自己練習は行なっているが、レッスンは年末〜来年2月くらいまで入れられるかどうか分からない状況なので、取り敢えずシューマンのリサイタルについてだけはここに記録しておく必要性がある。

事件は、シューマン・リサイタル前日の最後のピアノ合わせでいきなり突然勃発した。
前半5曲のピアノ合わせは非常に順調だったのだが、一休みして後半5曲のピアノ合わせ開始、7曲目「歌手の慰め」の途中から急に歌詞が出て来なくなってしまい、演奏が止まってしまった。
シューマン・リサイタルの為に選曲を済ませたのは約2年くらい前。練習やレッスンを始めたのは約1年前。今年9月〜10月のウィーンでのレッスンから帰国したらもう細かい部分の表現と暗譜の確認作業だけだった。実際問題は無かった。ウィーン帰国後のY先生とのピアノ合わせでは、表現を重点的に行なっていた。
それが本番前日に、いきなり歌詞が出て来ない、約8小節。
しかも「歌手の慰め」1曲歌詞が出て来なくなった途端に、次に歌う2曲「胡桃の木」「女の愛と生涯〜全ての人にまさって」の途中の歌詞まで出て来なくなってしまった!!!流石の緊急事態に私も動揺を隠せなかった。ピアノ合わせすればする程、ドンドン混乱して行った。同じフレーズを何度も何度も繰り返しピアノ合わせし直しを行なった。私は青くなるばかり。ピアニストY先生は別段気にされていらっしゃらなかったようだが、私の方は慌ててしまい、いつもより少し早めにピアノ合わせを切り上げてた。このまま歌い続けていても混乱するだけだし、歌う事よりももう一度歌詞の暗譜をし直さなければならない。まだ24時間ある。リサイタルで歌うシューマン歌曲10曲、総て暗譜での歌詞の見直し作業をカフェで行なった。
その日の夜は、3〜4時間程しか眠れなかった。


リサイタル当日は、会場入りギリに目が覚めた。ほぼ朝方から眠った。
シューマン歌曲の歌詞の暗譜は、地道に行なったためか10曲中9曲は何とかイケる。細かい冠詞等は間違える可能性はゼロでは無かったが、やはり問題は7曲目「歌手の慰め」の歌詞の途中が出て来ない時と、出て来る時と非常に記憶にバラつきがある。
流石にこれではマズい。リサイタルで演奏を中断なんて、冗談じゃない。
だが、譜面台を置いて楽譜を見ながら歌う事もしたくない。
いつも演奏会やリサイタルで一番の懸念は声の事なのに、今回は声の問題は今までの演奏会よりも遥かに心配が少ない。
その代わりにこのような問題では、余計に精神的に参ってしまった。
それでも歌わなければならない。逃げる訳にはいかない。
心の中で、被害の無い程度の地震や台風などの天変地異を願いまくった。
が、そんな事をしている余裕も無かったので、本番前のリハーサルでは、いつもは一度は全て全曲通して歌うのだが、今回に限っては不安材料の多い曲を集中的に繰り返しピアノ合わせを行なった。
つまり、リサイタル本番直前リハでは歌っていない曲も約半数あった、という事になる。
兎に角、異例尽くしのリサイタル本番だった。
その割に、声に関する不安は一切無い、というこれもまた今までとは全く違った本番だった。

リサイタル開始。
お客様は今までより多少多い。これは緊張要因とは関連はそれ程大きくは無い。寧ろ、歌詞が出て来なくなるのではないか???という不安ばかりを抱えてリサイタルに立った。MCの笑顔が引き攣っていないかなどと考える余地すら存在しない。
1曲目「乙女の憂鬱」は、いつも通りこれは御約束で緊張して声は出無かったが、2曲目「憂鬱」からはかなり取り戻した。これは、ウィーンのN先生に感謝以外の何ものでも有り得ないだろう。
3曲目いきなり曲調が変る「あなたの声」では、私自身の演奏の切り替えの良い影響が、聴き手の御客様の表情に顕著に表れた。これは後日ピアニストのY先生も非常に驚かれていた事項なのだが、やはりこれはウィーンでのレッスンでの先生方の功績の偉大さだと考える。
4曲目「ミニヨン」は大曲。非常に体力も声帯も酷使する。途中、歌詞の2番と3番がドイツ語が一言入れ代わってしまったが演奏を止めるような状況では無かった。高音域はきちんと当たっていた事、ウィーンでのレッスン通りのブレスで歌えた事は何とかクリアできたが、問題はやはり有節歌曲のバリエーションの多彩さ、という点に於いて極度の緊張感やストレスフルな状況では足りない、と言わざるを得ない。
尤も、プロともなれば完璧にクリア出来て当然の項目なのであろうが。

前半最後の5曲目「レクイエム」これは、ウィーンでのレッスン通り、ピアノ合わせ通り、自分の考えていた通りに歌う事が出来た。
亡くなった妹の為に、ちゃんと歌う事が出来たと思う。今私が出来る表現、技術、総て出す事が出来た。上を目指せばキリが無いが今後はこの曲に関しては、もっともっと高いレベルを目指して行く事が出来る。
妹が、助けてくれたのかも知れない。
北海道の妹からも、
「姉ちゃん、思いっきり歌ってあげてください。私も聴いてみたい」
と前日メールがあった。これに、心から励まされた。


ここで15分間の休憩。
ピアニストのY先生に、思い切ってお話しした。
「7曲目の、歌手の慰め、は譜面台に楽譜を置く事に決めました。音楽はちゃんと体に入っている。だから楽譜を見て歌う事は無いと思うけれど、最悪の事態、途中で歌詞が出て来ない部分はもう分かっているので、MCの原稿と一緒に楽譜を譜面台に置く事にします」
と話すと、Y先生は快く了承してくださった。それどころか、Y先生御自身が演奏会で曲を忘れてしまった時の事を話して下さった。
メシアンのピアノ曲だったらしい。同じフレーズをフォルテ・ノーマル・ピアニッシモと3度繰り返し、それでも思い出せなかったので、いきなりコーダに飛んだ、との事だった。
この話しを聴かせて頂いて、どれだけ私の心が軽くなった事か・・・・・・・・・・。
Y先生ですら、そんな事があるんだ・・・と思ったら、何故か1曲の楽譜を持ってステージに立つ事が出来た。


後半5曲開始。
6曲目「私の美しい星」は、もともとピアニストY先生からも問題無しとのお墨付きを頂いていたのでかなりレガートにたっぷりと歌った。但しこれは私の悪い癖で、歌える曲に関しては声を押して発声してしまいがちになってしまうという注意事項が出てしまった。が、この曲はかなり落ち着いて歌う事が出来た。
問題の7曲目「歌手の慰め」これは、少し離れた所にMC用原稿と一緒に譜面台に置いておいた。結局、一番歌詞が出て来ない、忘れてしまう事の多かったフレーズの出だしを一度チラ見しただけで、済んだ。歌唱自体は、楽譜が近くに在るという安心感のためか、非常に伸びやかな歌唱が出来た・・・と考えている(超苦笑)
8曲目「胡桃の木」はこの流れに乗ってきちんと歌詞も出て来たが、歌詞に対する神経を集中し続けてきたためか若干体力的疲労が出て来たらしい。いつものテンポよりも遅れ気味になってきたのが、この「胡桃の木」からだった。
9曲目「女の愛と生涯〜全ての人にまさって」も、声は出ていたし音程も悪く無かったが、今までのピアノ合わせでのテンポやリズムから微妙に遅くなりずれていた。何とか、ピアニストY先生が合わせて下さったという状況だった。ただ、歌詞はきちんと出て来た。
「胡桃の木」「女の愛と生涯〜全ての人にまさって」は、前日のピアノ合わせで歌詞が出て来なかった部分に関しての修正はきちんと行なう事が出来たが、歌詞に集中する余り、本来出来ていた筈のテンポやリズムに大きな影響が出てしまった。
最後10曲目「献呈」幸か不幸か分からないが、もう7年前から勉強して来て2度程演奏会本番に乗せている曲だからこそ何とか歌いきる事が出来たが、総ての力を使い果たしてしまったせいか、いつもの30%程のエネルギーでしか歌う事が出来なかった。これは本当に残念な事だった。

しかし、何とか大きな事故も無く、シューマン・リサイタル10曲歌い終わった。


今回も例に漏れずにアンケートを取った。アンケートを書いて下さった方がいつもより多かったので、今回はアンケートを何十回も見直した。
今回私が歌ったシューマン歌曲は、ウィーンでのレッスンでN先生がシューマンの解説書(ドイツ語)を見ながらレッスンして下さったというくらい、マイナーな曲が多かった。日本ではシューマン歌曲は余程ドイツリートが好きな人でなければ、特にクラシック音楽を普段から聴く習慣の無い方々には非常に退屈であるかもしれない事は十二分に承知していた。しかも、日本人は耳に聞き覚えのある曲の方により反応を示し易い事は、千葉のヤンクミの15年継続している演奏会で毎年アンケートを取っている結果を見れば、一目了然である。
ただ、私が今回、日本でも殆ど知られていないシューマン歌曲のリサイタルを行なって、アンケートを分析して一つだけ分かった事がある。
例え、名曲ではなくても、良く知られた曲ではなくても、いや、殆ど知られていない曲であっても、歌い手の声と曲が合っていれば、声と曲の調和、バランスが良好に保持されている曲であれば、聴き手の印象に強く残る可能性は決して低くは無い、という事である。
これは、今回このシューマン歌曲のリサイタルを演奏した事の中で、最も大きな収穫だった。


リサイタル前日に、いきなりたった1曲の数フレーズの歌詞が出て来なくなってしまった事。
この原因、要因について相当な日数と時間を費やして考え続けた。
結論は幾つか出た。
まず、今の私自身の持てる実力に於いてシューマン歌曲10曲のリサイタルは、無理があった事。それは、まずドイツリートというジャンルというよりも寧ろ、シューマンという作曲者の特性に存在すると考えている。
子供の頃から多くの本の中で育ったシューマン。無論、シューマンに限った事では無い事は重々承知であるが、シューマンが作曲した歌曲の詩人の詩に関しては、ただ単にドイツ語の歌が歌える、ドイツ語が話せる、ドイツ語が分かる、ではNGであり、ドイツ文学の素養教養といった類の知識や勉強が必要不可欠なのであるという事。これが私が、シューマン歌曲の歌詞が頭に入っていても体に入っていても、リサイタルの結果としてこのような事態を招いてしまった事の最大の要因となったであろう事は、恐らく否めない。
ウィーンでのN先生のレッスンを受けられても尚、私がシューマンのリサイタルを行なうには全く非常に多くの不足ばかりが跡に残されてしまった、その結果それを認識していなかったために2年も前からシューマンのリサイタル用歌曲の選曲及び練習を行なって来て、しかもウィーンでのN先生のレッスンで全てシューマンのリサイタル用歌曲10曲レッスンを受けてN先生より許可を頂いたにも拘わらず、リサイタル本番で前代未聞の、例え1曲でも楽譜を譜面台に置く、という醜態を生む結果となってしまった。
反省に反省を重ねたとしても、自分を恥じる事には未だ何等変わりが無い。


先日、ピアニストのY先生と、リサイタルの打ち上げ&クリスマス会&忘年会を、日を改めて乾杯した。
その時、ピアニストのY先生が一つ、非常に重要な事を仰っていた。

「楽譜を見ながら演奏する場合と、暗譜で演奏する場合はね、使っている脳の部分が違うのよ。だから、暗譜で演奏するなら最初から暗譜で演奏するための(脳)の場所を使わなければいけないの。だから、練習方法も全然違うのよ」

成程、それは知らなかった。今後は、例え新曲でも何十曲でも、総て「暗譜」のための練習をしなければならない。今これから暫くは、このための知識を得る手段を考え勉強しなくてはならない。


それと、これはマジ驚いた事なのだが、シューマン・リサイタルのアンケートでお客様が選んで下さった曲と、ピアニストのY先生の評価が比較的良かった曲が、全然違った!!!という事(爆)これは少し笑ってしまった。


今は、新しい選曲に取りかかっている。