晴れの日はANDANTE

私のライフワークである歌曲やオペラ、日々の練習やレッスンについて、気ままに綴っていきます。

2008年10月

声量は最大の武器なりvol.25

無論「歌スタ」の場合はクラシック音楽では無いのでキャパそのものが違うのだが、歌を歌う事に必要な条件はジャンルを越えて大切なのだと考えると、ポピュラー音楽ですら大切な事ならクラシック音楽では何をか云わんや、である。特にその場の比較論即メディアに丸映りというのはかなり恐ろしいなと思う。努力で改善が期待出来る事はまだ良いとしても、資質や天性は比較されても努力の及ばない部分は多々ある。それをこの番組から感じ取り考え自己分析し評価判断し自分で再勉強し努力するのはかなり厳しい事だと思う。
実際、私自身かなり以前から「声が大きい」「声量がある」と言われ続けて来たのだが、今の所全くそれを活かす事が出来ていない。歌スタではマイクが声を拾ってくれるがクラシックではマイク無しで1000人単位のホールの奥まで届く声でなければならない。以前ドイツ歌曲を習っていたバリトンの先生が、
『どんなに声を張り上げても、所詮響いてない声は聞こえない』
と言われた事がある。無論発声の問題として取り上げられるべき問題だが、今回は違う視点で考えたい。例えマイクを通しても通さなくても声量が大きいと判断できるならそれは技術を遥に越えた大きな資質である。続きを読む

声量は最大の武器なりvol.15

誰が言った言葉かというと、日テレで月曜深夜に放送されている《歌スタ》の審査員(作詞家・作曲家)の言葉である。2〜3ヶ月前から時間のある時にはこの番組を必ず見るようになった。御存知無い方のために簡単に説明すれば、カラオケBOXからエントリーして番組で自分の好きな曲または得意な曲を1コーラス歌い切ると合格なのだが、挑戦者に最初に与えられた時間は30秒で、4〜5人の審査員が挑戦者の歌を聴きたいと判断したら時間延長のボタンを押す。1コーラス歌い切るには審査員達に数回ボタンを押して貰わないと合格出来ない。審査員に選ばれて合格すれば、選んだ審査員が挑戦者のために新しい曲を用意して今度はレコード会社のスタッフが審査員となりメジャーデビューを賭けて歌う、という中々手の込んだ番組。挑戦者合格には追試として追加で違う曲を歌わされる事もある。
最初は何気にヒマ潰しに見ていたのだが、数回見ているうちにある「違い」に気付いて来た。挑戦者にも色々いて、舞台で「自慢のカラオケを歌う人」「好きな曲を自分なりの解釈と表現で歌う人」「曲を自分の世界として別物にしてしまって歌う人」「素直に曲の通りに歌う人」「自分の声に酔いながら歌う人」実に様々で大変興味深いのだ。続きを読む

グレートヒェンが駄目なワケvol.31

なまじ4〜5年も勉強して来た結果、グレートヒェンを歌う事に馴れてしまった。この曲に対する緊張感と集中力が欠如してしまった。この曲を最初に歌った頃に比べたら歌唱技術も発声も上達している。だから、本来なら新たにこの曲に向き合う場合は全く違う次元か若しくは全く新しい曲としてこの曲を再構築していくという甚大なエネルギーを使わなければならない筈である。それにも拘わらず昔と変わらない漠然としたイメージのまま、ただ積み重ねという惰性の上乗せでこの曲を歌おうとしてしまった事がこのような失敗に繋がった要因である事は間違い無い。ある意味【湖上にて】はノーマンの美しい歌唱だけが頼りだったのだが、中途半端で余計な何の裏付けも無い漠然としたイメージが無かった分、ノーマンの歌唱という高度なフォルム《型》に自分の歌唱をはめ込むという単純作業に極力集中する事を心掛けた結果、グレートヒェンと比べて大きな差を生んだ要因の一つとなった可能性は大きい。
イメージは、深い研究と分析に裏付けられていなければ妄想に等しい。熟練とは単純な反復作業では無い。つまり次にグレートヒェンを歌うなら全く視点を変えて勉強しなければならない事だけは私にも解るのだが・・・・・

グレートヒェンが駄目なワケvol.21

取り敢えず、曲の知名度や難易度の問題とも言い切れない。ではグレートヒェンが駄目な理由と原因は何処にあるのだろうか???
これは私に限った問題かも知れないが一つには《発声》が挙げられる。これは最近ハリセン先生に指摘された事なのだが、私の場合『モール(短調)の曲は気持ちが入り過ぎて良くない』のだそうだ。これは私が以前教わっていた先生方と違う指摘だった。以前は逆で、メジャーの曲(長調)は暗く聞こえるので短調の曲の方を評価された事の方が多かった位だ。要するに、ドイツ語の発音や発声よりもグレートヒェンに対する思い入れに比重が傾いてしまい、結果として発声が疎かになっているという非常に宜しく無い事態を認識不足のまま迎えているという大変不名誉な事態に陥っている可能性が高い。これは問題としては最重要課題である。全く恥ずかしいったらありゃしない。
そして、思い入れで歌っているのならこの他にも実に多くの問題も上がって来る。私はグレートヒェンを歌うが、余り固定的なイメージは持たないつもりでいた。悲劇的にとか美少女とか。敢えて言うならば、この曲の持つ《狂気》には興味があった。しかしこの《狂気》に対する自覚の無い興味が問題ではなかったのか?続きを読む

グレートヒェンが駄目なワケvol.11

先日書いたが、ドイツ歌曲の谷岡先生のレッスンでシューベルト歌曲【糸を紡ぐグレートヒェン】がお蔵入りする事になった。ドイツ歌曲習い始めに勉強し始めたので、歌い始めてかれこれ4〜5年になるし、演奏会にも4回くらい乗せている。観客の方から初めてブラボーを頂いた曲だし、今まで教わった先生方からも比較的私の声に合っていると言われて来た曲だし、ノーマンもレパートリーとして歌っている。私自身この曲を好きか?と聞かれるとイマイチ微妙(笑)なのだが、ドイツ歌曲習い始めの頃にしては何とか歌っていたし、ドイツ歌曲の女声の基本みたいな曲でドイツ歌曲を勉強するなら《歌えていなければならない曲》と私自身考えていた曲である。暗譜も出来てたし、最近はドイツ歌曲を演奏会で歌う機会も減っていたので久しぶりに歌ってみるのも良いな、と考えていた。正直ウィーンにも持って行くつもりだったし、谷岡先生からもそのように言われていた。それが今回のような結果になった事でドイツ歌曲のレパートリーが1曲減ってしまった。別にグレートヒェンに執着は無いのだが、今後歌えない事よりも寧ろ《何故駄目なのか?》という原因追求に関心が集中しているのでこの際ゆっくり考える事にした。続きを読む

大叔母さんの遺言vol.25

結局青森帰省の時にその大叔母さんの話を聞いて、私が何でこんなに歌う事に執念を燃やすのかあっさり得心した。昭和の終戦直後なんて、例えどんなにオペラが歌いたくてもリートが歌いたくてもシャンソンが歌いたくてもミサ曲が歌いたくても、不可能だった事、何より日本国民にそんな経済的な基盤も余裕もありはしなかった。それを思えば、幾ら月半分は夜勤の仕事をやっていたとしても、大叔母さんの時に比べれば自分の努力次第でちゃんと勉強出来る世の中には違いない。
今と戦時中を比べる事自体適切な比較対象方ではありえないし、評価すらすべきでは無い。
しかし、例えこんな自分でも、血縁的かつ姻戚関係に起因した、オペラの勉強の可能性が家系的に色濃く存在したのかと思うと、かなり意外である事には何等変わりがない。ちなみに私の姉妹の中で音楽を継続的に行っているのは現在は私だけだ。親戚中を探しても音楽関連の学校や仕事に携わっている者は一族では誰もいない事がわかった。私が大叔母さんの意思を継ぐのかな?
それは良くは解らないけれど、取り敢えず出来るだけの勉強は頑張ってみなければならないだろう。遺伝子学的には、偉く突然変異のような気もしなくは無いがな(爆)

大叔母さんの遺言vol.15

実は今年6月に実家の法事で久しぶりに青森に帰った。私の一つ下の妹が亡くなって最後に帰省してから8年になる。しかも親戚に会うのは30年ぶり位になる。法事は、北海道から来た父方の大叔母様、東京の叔父さん夫婦、仙台の叔母さん夫婦と叔母さんと従姉妹夫婦とその子供だった。法事の内容はさておき、この時すでに普通の酔っ払いならば既に救急車で運ばれても何等可笑しくない程空のビール缶と空のお銚子を空けまくった午前3時頃、私と親父は音楽の話になった。カラヤンやらベームやらオーマンディやらケンプやらリヒテルやらリヒターらや、とにかく懐かしい音楽の話になった。この時初めて知ったのだが、親父はカラヤンとハイフェッツが嫌いだと(爆笑)
私もクライバーンやマリークレール・アランなど古い演奏家が好きなのでかなり話が咲いた。でもそこで一つ私が今まで全く知らなかった我が一族の音楽的因縁の話が存在した事を、生まれて初めて親父から聞いた。
ウチの親父は樺太生まれで樺太在住、小さい頃は材木問屋で相当なボンボンだったらしい。問題は親父ではなく親父の叔母さんだったのだが、親父の叔母さんの一人がどうやらオペラ歌手になりたかったという話を聞いて仰天した。続きを読む

ベートーベンvol.11

先日東京文化会館にピアニストの演奏会を聴きに行ってから、少しベートーベンの勉強をしたいと考えていた。ベートーベンの【悲愴】を聴いてからベートーベンの音楽に再度興味が湧いたというか、中学〜高校時代は親父に呆れられる程毎日カラヤン指揮ベルリンフィルのベートーベン交響曲を聴いていたからかもしれないのだが。先日、秋葉原の某電気街でベートーベン【フィデリオ】MET・レヴァイン指揮のDVDを購入して来た。ウチには数年前のザルツブルク音楽祭の抜粋の映像しか無かったので。【フィデリオ】の録音はノーマン、ベーレンス、デルネシュと揃っていたのだが。ベートーベンはオペラは1曲だけ、歌曲の数もそれ程多くないし有名で良く歌われる歌曲となると限られて来るので、録音自体も決して多くは無い。しかし、声楽作品が限られているとは言え音楽的に学ばなければならない作曲家である事には何等変わりが無く、増してドイツ歌曲やドイツオペラを勉強して行くつもりならば外す事の出来ない作曲家である事は間違い無い。演奏会でベートーベンを歌うつもりでもあるし、特に【Ich liebe dich】は今後永く歌い続けて行く覚悟なので、少し遅いと言えば遅いのだが、勉強を始める事にした。続きを読む

『演奏家』としてのスタンスvol.35

アインシュタインの言う《仕事》が演奏をこなし他者の評価を高める事では無く、作曲家の一音を表現する事を永続する事なら彼女の演奏は非常に得心が行く。少なくとも比較論のみで自己評価と他者評価をした結果、他者との評価を避けるべくクラシック音楽の基礎から逸脱して自己陶酔の世界に入る人間は少なく無い。言語であれ基礎学力であれその一端に触れただけで自分がクラシック音楽を解すると誤認する人間は多い。その誤認に陥らない事が困難であるのはクラシック音楽に限った話では無いだろう。その地道な《仕事》を40年以上続ける事、ただ続けるのでは無くそこに明らかな意思が存在する事が彼女の音楽なのだろうか、その程度しか思いつかないから恥ずかしい。私は以前音楽の表現について書いた事がある。『表現とは指向性の問題というよりはむしろ内在された個人のポテンシャルの問題であり、その曲を表現するに足る資質と経験が備わっているなら演奏すれば自ずと表に表れる』と考えていた。つまり、自分の中に存在しない感情や経験に幾ら色をつけようと試みた所でそれを持ち得る者の表現する所には敵わないという事である。それが古典芸能・伝統芸能であるクラシック音楽の所以である。続きを読む

『演奏家』としてのスタンスvol.25

バッハの平均葎の4番やベートーベン【悲愴】やショパンのバラードに対するあの鬼気迫る切迫感は何なのかと考えた。恐らく、思い入れだけではあのような演奏は不可能だと思う。クラシック音楽の作曲家は、思い入れだけで聞き手の心を動かす事を目論めるような浅はかな作曲なぞしていない。そのような曲は歴史に残らないだろう。では、あのピアニストの演奏は何なのか。時間をかけて考えてみようと思ったが、まるで解らない。彼女は一言も「作曲家の何たるかを表現したい」とは言っていない。だからこそ考えさせられるのかも知れない。
彼女がショパンのバラードについて話した。
『本当は、あれこれこねまわさないでもっとシンプルに弾いた方が良いのかも知れないけど、弾いていると、冷たく凍るような旋律かと思えば熱くなる旋律が来て、一音一音力に入ってしまってetc・・・』
との事だ。一音一音にこだわる事は今までミルヒー先生に言われ続けて来たが、こういうものかと目の当たりにすると己の浅はかさを恥じるしか無い。自分は決していい加減な勉強はしてないと思ってもあれ程集中して取り組んでいるかと聞かれれば比較にならん。一体何がこの差を生むのか考えなければ真剣に考えなければならない。続きを読む

『演奏家』としてのスタンスvol.15

先日ギャラリーカフェで知り合ったピアニストの演奏会に招待されて東京文化会館に行って来た。曲目は、バッハの平均葎第1番〜4番、ベートーベンのピアノソナタ【悲愴】、シューマン【子供の情景】全曲、ショパンのワルツとバラード第1番だった。選曲としてはどうなのだろうか?私はピアニストでは無いから良く判らないのだが、誰かピアニストの方で御意見があればお聞きしたい。会場は30人程が入る部屋でスタインウェイがあった。用意された20余りの椅子はほぼ埋まり、前置きは殆ど無くすぐに演奏会が始まった。
彼女がピアノの前に座った途端、世界が変わった。室内の世界はピアニストの世界になった。彼女にはピアノしか見えていないのが、こちらから見ても充分に分かった。鍵盤すら見えているのかと思うくらい空間が彼女に凝縮された気がした。割と自由な揺れるバッハ。私がバッハを歌うなら、こうは演奏出来ない。かつてギャラリーカフェで『リヒテルのバッハは、バッハでは無くリヒテルを聴く事になる』と教えてくれた彼女のバッハは、私が感じた通りに言えば何だか《気軽なバッハ》だった。その気軽なバッハとは裏腹に弾いているピアニストは緊張感と気迫の漲る演奏だった。続きを読む

初リサイタルの意外な行方vol.23

取り敢えずピアニストはオクレール先生にお願いしてしまったので、ベートーベン&シューベルトの伴奏はお願い出来ない。一人の先生にそんなに負担はかけられないし、オクレール先生にもお仕事や予定は沢山おありだろうし、オクレール先生はミルヒー先生の伴奏もされている。だから、ベートーベン&シューベルトのリサイタルは本格的に別のピアニストを探さなければならなくなってしまった。ウィーンでのセミナーや来年の草津のセミナーがベーレンス氏の場合は参加を考えている事などを考えても、時期的にベートーベン&シューベルトの演奏会は来年早めにやらなくてはならないと考えている。が、伴奏ピアニストが見つからなければ演奏会を開く事は不可能なので、最悪の場合ベートーベン&シューベルトの演奏会は見送る事も視野に入れなければならなくなって来た。ギャラリーカフェの担当の方には、「ギリギリまで日程は確保しておくから、今年中かかっても良いからきちんとしたピアニストを探して下さい」と言って頂けた。有り難い話だ。とにかく、これからは曲の勉強や練習だけで無くピアニスト探しもしなければならない。こんな経験は正直今まで無かったので非常に苦心しているというのが現状だ(苦笑)続きを読む

初リサイタルの意外な行方vol.13

近所のギャラリーカフェでの初リサイタルの蓍が付いた。だが、ベートーベン&シューベルトでは無い。
実は、もう一つリサイタルの案がある。来年2009年は、ヘンデル没後250年のメモリアルイヤーである(1759年没)そこでヘンデルのイタリア語のオペラアリアを数曲集めてリサイタルをやりたいと考えていた。ヘンデルのオペラアリアに関しては去年演奏会で5曲歌っているので、それにもう数曲追加する形で考えていた。ミルヒー先生がヘンデル好きで勧められて来たし、バロックや古典でレパートリーを持つ事はクラシック音楽に親しむ者としては必須であると考えている事、そして何よりも私がヘンデルの音楽が好きだから。ヘンデルは名曲も多いし難しいが珠玉のように美しい曲が沢山ある。この機会に再度勉強し直して確実に歌えるようになりたいと考えていた。
ミルヒー先生にお伺いしたら、一発OK(爆)
ピアニストもオクレール先生にお伺いしたら、一発OK(激爆)
という事でイタリア系演奏会の方が先に確実となってしまった。時期的には来年末頃を考えている。ギャラリーカフェの担当の方にもおおよそのプランを相談したら御協力して下さるという事で、後は曲目と日程など詳細という事になった。続きを読む

ミューズの贈り物vol.35

それまでベートーベンの歌曲など幾らドイツ歌曲を勉強しても興味すら持たなかったどころか【Ich liebe dich】を自分のレパートリーとして勉強するなど微塵も考えた事は無かった。自分の意思や志向性だけでは決して辿り着けなかった曲である。ヴンダーリヒと神様のプレゼントのお陰で今やどんな困難があろうと初リサイタルに絶対に乗せると心に決めた曲である。
こう考えると、音楽の神様って本当にいるんだなあぁ〜・・・と改めて感動した。世の中捨てたもんじゃないかも(爆)自分の声が好きになれる曲なんて、そうそう滅多にお目にかかれる物では無い。結果は飽くまで後からしか付いて来ない。人間の努力は全て報われる訳では無い。幾ら欲しいと思っても人間の手に入れられる物はごくごく限られている。だからこそ思いもかけないプレゼントは本当に嬉しい。正直、これらの曲があれば一生歌を続けて行けると思う。それにしてもプライスやヴンダーリヒのお陰なのだ。多分これらの曲を歌っている時は私の背後にいらっしゃるのかも知れない(笑)それはとても嬉しい事だ。どんなに厳しいレッスンをしても自分の声が好きになれない中で、例え1曲でも自分の声を好きになれる曲に出会えた事は誠に幸運な事だ。続きを読む

ミューズの贈り物vol.25

結局その次の年の千葉での演奏会でピアニストに『大化けした』と言われたのだが。
次はハリセン先生に泣く程しごかれていた時、たまたまヴンダーリヒの録音を聴いてシューベルト【美しい水車小屋の娘】第19曲の勉強を内緒で始めた時の事。その頃散々モーツァルトに苦しみモーツァルトに泣きモーツァルト故に楽譜を開かなくなってしまった時、気分転換に聴いたヴンダーリヒのシューベルトを聴いて、この世の中にこんなに美しい曲があるのかと感動して、すぐに楽譜を仕上げて練習を始めた。とても幸せな気持ちだった事を覚えている。内緒でシューベルトの水車小屋の練習を始めたが、この曲はテノールのために書かれた曲だからレッスンに持って行く気など無く、本当に自分のくじけた気持ちを救いたくて譜読みを始めた事は決して忘れない。結局ハリセン先生に『違う曲やってみたら?』と言われレッスンに持って行ったら、ハリセン先生が『俺より良く歌ってるよ』と驚いていたが、私にしてみれば正に《ヴンダーリヒのお陰》だった。それから水車小屋全曲勉強する事になった。この水車小屋が契機になって谷岡先生から『シューベルトはあなたの声に合っている』と言われ本格的にシューベルトの勉強を始めた。続きを読む

ミューズの贈り物vol.15

今さっきまでフリッツ・ヴンダーリヒのDVDを観ていた。私はヴンダーリヒの大大大ファンで、DVDも良く観るしCDも良く聴くし、ドイツ歌曲とりわけシューベルトの歌曲を勉強する時はノーマンの他は主にヴンダーリヒの録音を聴いている。ヴンダーリヒへの称賛は置いといて(笑)ヴンダーリヒのDVDを観て改めて彼の素晴らさを感じるとともに、私は映像や録音だけのヴンダーリヒから実に多くの事を学び、与えれているなあぁ・・・と感嘆したトコロ(笑)
初めてヴンダーリヒの声を聴いたのは、確かNHKのクラシック音楽の特集番組か何かでシュツットガルトのモーツァルト【魔笛】のタミーノのアリアで、この世の中にこんなに美しい声で歌うテノール歌手がいるのか?と驚いたのを覚えている。まるで歌声そのものが神様からのプレゼントだ。私も歌を始めてもうすぐ10年位になるが、音楽の神様からプレゼントを貰ったなあ♪と思った事が少しだけ数えるくらい思いあたる。それは、外から即ち外的要因では無く全て内的要因に拠る。どういう意味かというと、音楽の神様からの贈り物とは自分以外から他人からもたらされたものでは無く自分自身の中から導き出された音楽、というお約束事が必要であると思うからである。続きを読む

伴奏ピアニストvol.23

これは良し悪しの問題では無い。適性と専門性の問題である。
しかも、私のような大学で専門教育を受けていないし留学もした事が無いような人間に関して言えば、昨日のシュワルツコップの話では無いが《歌うなど勘違いも甚だしい》という事にもなりかねない。相手がどんなに専門性の高いピアニストであって私が如何に不勉強なアマチュアであっても、一緒に音楽を造り上げるという作業が出来るピアニストでなければ困る。私達アマチュアは決して不勉強を棚上げしているのでは無く限られた時間と年齢とに向き合いながらそれでも好きだからこそスローペースで成長して行くために歌い続けているというのが、少なくとも私の現状であると言わざるを得ない。柔軟性に乏しく許容範囲の狭い至高のピアニストの方々には是非ともソリストとして御活躍頂きたい、という事である。早い話が、自分が伴奏やアンサンブルが好きか向いてると思ってるピアニストでないと、私はお願い出来ない可能性が高い。自分はプロだから報酬を貰えればアマチュアの伴奏もやりますよ的な《プロ志向》のピアニストではまた3月のような最悪の結果を招きかねない。それだけは避けたい。初リサイタルなら尚更避けたいと心を痛める。続きを読む

伴奏ピアニストvol.15

来年初リサイタルを開く予定で準備を始める所ではあるのだが、大きな問題が伴奏ピアニストである。実はまだ伴奏ピアニストが決まっていないのだ。本当なら、いつもレッスンで伴奏をして下さっている谷岡先生にお願いしたかったのだが、昨日のレッスンで谷岡先生からある提案をされた。『私達も最近忙しくなってしまったので、どこまでお手伝い出来るか分からない。先日あなたの伴奏をしてくれたピアニストの先生がドイツ歌曲の伴奏も出来るという話なら、その先生にお願いした方が良いのではないかと思う。大抵は歌う曲の種類によって伴奏者を分けるような事はしないし、あなたの声の状態を良く知っている人にお願いするのが良いのではないか?』
と谷岡先生に言われた。ただ、私の希望としてはイタリア系とドイツ系は分けたい。理由としては、イタリア系とドイツ系を同じ先生にレッスンを受けているのなら伴奏ピアニストも同じで良いと思うのだが、全く違う先生にそれぞれレッスンを受けているのである。つまり、発声から指導法までかなり先生によって違う。ハリセン先生はモーツァルトを得意としているのでドイツ系がメインだし谷岡先生もウィーンに留学経験を持つのでメインはドイツ系である。続きを読む

初リサイタル?vol.31

一通りレッスンを終えて方向性も決まって少しホッとした。谷岡先生もハリセン先生も、御自身の本番もおありで御多忙なのでレッスン回数自体が減っているが、少ない回数のレッスンから学んだ事を自分で勉強して活かさなければならない。先生方に依存してはいられない。リサイタルにしろウィーンにしろ草津のセミナーにしろ、もう少し精神的に強くならなければならない。アマチュアだのなんだのと甘えてはいられなくなって来た事は確かである。そういう意味でも今回の決断や取り組みは、自分が演奏家として成長する良い機会であると考えている。ギャラリーカフェでの出会いから変に腐らなくなった事、12月の演奏会を取り止めた事で変なストレスが無くなって少しだけ精神的余地が生まれた事、その分ドイツ語の勉強を始めようと思えて来た事も谷岡先生と話した。ドイツ語に関しては、取り敢えず《ホイリゲで通じる》程度のドイツ語から目指す事で谷岡先生からも許可頂いた(爆)今日レッスンの帰りに、どう見てもドイツ語よりもイラストの方が多いドイツ語会話の本を購入した。まあ、谷岡先生の勧め通り気長にやって行くつもり。以前より困難に向き合っているのに気楽になったので、不思議な気分である。

初リサイタル?vol.21

【菩提樹】は曲自体の音域が低いけれど、私は低音域が弱点なので克服を目標に勉強するという目的で可。セレナーデに関しては谷岡先生いわく『一番あなたの音域に合っている、この曲はいいカンジ』と言われた。言われて私もかなりびっくり仰天した(苦笑)一つだけ物凄く強く感じたのだが、プログラムの中にこれだけ名曲を揃えてたった一曲だけでも《自分の声に合っている名曲》があるという事は非常にホッとする、安心するという事(爆)それだけでも十数曲歌う価値があるもんなんだなあぁ〜と真面目に感じた。【月に寄せる】はもともとハリセン先生からも『割りと綺麗に歌えている』との評価を頂いていたのと、谷岡先生は私がこの曲を歌うのを聴くのが好きであるらしく、可。
残り【湖上にて】【糸を紡ぐグレートヒェン】で想定外の事が起きた。私としては【湖上にて】は削除する予定だった。【糸を紡ぐグレートヒェン】の方が長いこと歌ってきているし声にも合っていると言われたし。でも、幾ら自分の声に合う曲であっても《歌いどき》があるらしい。谷岡先生から『グレートヒェンは非常に不安定。歌うなら湖上にての方が良いと思う』と指摘された。かなり驚いた。続きを読む

初リサイタル?vol.11

今日、久しぶりの谷岡先生のレッスンだった。ハリセン先生はお忙しいらしく私と入れ違いでお出かけになられた。先生方もお忙しく最近レッスンが開いてしまった。まず草津のご報告から。ベーレンス氏の事などセミナーの様子を簡単に報告した。谷岡先生いわく『今はネット社会ですぐ評判が広まるから、どんなレベルの人が受講しに来ても丁寧に指導してくれる』らしい。谷岡先生の話で最も驚いたのが今は亡きシュワルツコップのぶったまげるお話。海外のセミナーでシュワルツコップは、参加費用をちゃっかり頂いておきながら東洋人はレッスン拒否、一曲も歌わせなかったという有名な話らしい。その後、今年12月の演奏会中止とウチの近所のギャラリーカフェの事を話して今後の演奏活動はそのギャラリーカフェを基盤に行いたい事、ウィーンに行く前に一度本番をやっておきたい事、ギャラリーカフェで歌いたい曲のリスト等を説明した。突然の予定変更に谷岡先生も相当驚いていたのだが、私がもう歌う曲まで十数曲リストアップして行くというかなり有無を言わせない展開に若干引き気味ながらも話しを聞いて下さったので、取り敢えずリストアップした曲を十曲程度歌ってみた。続きを読む
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