晴れの日はANDANTE

私のライフワークである歌曲やオペラ、日々の練習やレッスンについて、気ままに綴っていきます。

2008年12月

苦しかった1年5

今年は、マジで苦しい1年だった。
まず今年3月の公開レッスンでのシューベルト【美しい水車小屋の娘】の失敗から始まりピアニストとの確執、苛酷な勤務情況から4月から喘息発作を起こし満足な練習やレッスンが行えなかった中で意地で歌い切ったヴェルディ、その後も喘息発作は9月まで続き、10月からは不明熱で発熱を繰り返し、12月のシューベルト演奏会の予定を変更しての初リサイタルの決断、11月には1年半付き合った彼氏と別れ(棄てて!)、体力的にも精神的にも非常に苦しい1年だった。実家に逃げ帰る事も考えた。
でも、救われた事も沢山あった。親父に音楽の勉強を勧められた事、先生方の丁寧な御指導と励まし、ギャラリーカフェの方々との出会い、ピアニストとヴァイオリニストとの出会い、ウィーンへの道が開けた事、初リサイタルの決意、いつも私の話を丁寧に誠実に聴いて下さる友人の方々の支え。
来年は、
『努力の重さ』
『それでも諦め無い者が最後に勝つ』
『試練はそれを乗り越えられる者にしか訪れ無い』
『道を切り開くのは自信と勇気』
by川藤(笑)
その覚悟と心意気で前進したいと思う。
皆様、今年1年間大変お世話になりました。
良いお年をお過しください(^ー^)/~

歌い納め1

昨日、今年最後のスタジオ練習終了。明日から4日間は夜勤で年明けまで1週間以上も声出し出来ない。しかしまだ9曲全て暗譜出来ていないから今後は次のスタジオ練習までに9曲全て暗譜しなければならない。来年初レッスンとピアニストとの合わせの時は必ず楽譜を外していなければならない。今まで一番多くて6曲暗譜したが、流石に9曲は多い。特に厄介な事に今回の9曲中、有節歌曲が3曲ある。全てゲーテ詩。暗譜に一番苦労しているのがこの3曲の有節歌曲である。その上9曲のうち5曲が名曲である。谷岡先生からも散々注意されたのだが《名曲は余裕を持って歌う》のが必須である。ようやく発声が少しづつ追い付いて来た???かな???先日、追い撃ちをかけられる出来事があった。来年末に予定しているヘンデルのリサイタルにピアノ伴奏をお願いしていたオクレール先生に改めて連絡したが中々お返事がなかったので再度ご連絡した。オクレール先生いわく、
『大体にしてヘンデル10曲も歌う必要あるの?依頼するなら曲目と日時が確実になってから依頼するのが常識。前回のヴェルディの時は(ミルヒー)先生がいたから僕も余り言わなかったけど、今度はもっと厳しい事言わせて貰うから、そのつもりでね』続きを読む

ジャパニーズ・スィーツは?vol.33

モーツァルト。これしか無い(自爆)取り敢えず一度本番に乗せた事がある歌曲【ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いた時】と、本番には乗せていないがハリセン先生からかなり気合いを入れたレッスンを受けた【菫】この2曲を谷岡先生の先生にレッスンを受ける筋で谷岡先生と合意した。モーツァルト・・・・・まあいい・・・・・せめてウィーンでドイツ語の発音だけでも修正されれば少しはマシになるやも知れん(爆死)
2月の初リサイタルが終わってからウィーンに行くまで1ヶ月しか無い。集中的におさらいしたとしても3曲が限度かなあぁ・・・と考える。とにかく今は恥も外聞も無い。自分が出来る最大限の事をやなければならないと自分で考えるから、全ての選択肢を排除しない方向で行きたい。ウィーンでの成果など、これ程の短期間では期待など出来ない事は重々承知であるので、後は自分の限界にチャレンジ!くらいのものである。恐らく、特にシューベルトの【こびと】のような曲はきっと勉強云々よりも、ウィーンのコンチェルトハウスのリハーサル室で歌うという事だけでも大変な意味があるのだろうと何となく思う。下手すれば、幾ら荒縄程度の太い神経の持ち主の私でもコンチェルトハウスでは声が出ないかも知れない。続きを読む

ジャパニーズ・スィーツは?vol.23

で、肝心のウィーン・シューベルト協会の教授のお土産なのだが、谷岡先生もお知り合いでは無いので直接谷岡先生の先生に確認する事になった。男性か女性かも判らないし、場合によっては食べ物でなくても和風小物などでも喜ばれるという事だった。やれやれ、お国が違うとこうも気を使うものなんだなあぁ(滝汗)でもま、こんな満足な音楽専門教育も受けていない私のレッスンをしてくださるというのだから、出来る限り失礼の無いように喜んでという訳には行かないだろうけど少しでも楽しんでレッスンをして頂ければ、と思う。ま、こ〜ゆ〜のは気持ちの問題で《気は心》だな〜(笑)
本題の歌に戻るが(爆死)、1レッスンで何曲見て貰えるかは直接交渉。ウィーン・シューベルト協会の教授にはシューベルトを見て貰うのだが、谷岡先生の先生には基本的にシューベルト以外の作曲家を見て頂きたい事を谷岡先生には相談した。基本的に2月の初リサイタルで歌うシューベルトの曲7曲の中からウィーンでレッスンを受ける事を考えている。最初は、どうせウィーンでレッスンを受けたとしてもドイツ語の発音しか見て貰え無いなら自分の好きな曲はレッスンに持って行かない予定だったが、この恵まれた状況では言語道断だ。続きを読む

ジャパニーズ・スィーツは?vol.13

先日、ウィーンからのメール第2弾が送られて来た。
取り敢えず、ウィーンのコンチェルトハウスでのレッスンはリハーサル室で行うという事だ。しかしだ、例えば日本のサントリーホールや新国立劇場や東京文化会館なんかのリハーサル室でレッスンやるって言われても、私ならドン引きモノである。ウィーンのコンチェルトハウスともなればいかばかりだろう(溜息)1910年代から続く歴史あるホール、多くの名指揮者がタクトを振ったであろう伝統のリハーサル室。そこで数多の名演が奏でられるための礎が築かれた場所なのである。
そう考えると、かなり疲れる(苦笑)ウィーンに行く前に疲れてど〜する!という話ではあるのだが。私なんかがマジで足を踏み入れても良い場所なんだろ〜か?不安≧疑問が頭の中を駆け巡る(汗)所で、メールは谷岡先生の先生からなのだが、色々私の疑問に答えて下さっていた。まず、コンチェルトハウスのリハーサル室でのレッスンだが、服装は「ジーンズとスニーカーで良い」という事で超驚いた(爆)海外旅行での荷物を最小限にという御配慮頂いた。ちなみに、オペラも立見ならジーンズとスニーカーでも良いらしい。多少びっくりした(笑)。ジーンズとスニーカーかあぁ〜(笑)続きを読む

ウィーンからのメールvol.25

費用は問題では無い。元々費用云々を言うのであればウィーンになど行かない。ホールの大小は別にしてもそれでも「コンチェルトハウス」はホントにマジで私が歌いに行く場所なのか。不安と疑問ばかりが募る。粗相をして恥をかくのは私では無い。谷岡先生やハリセン先生やお二人のウィーンの先生方なのだ。初めての海外旅行がこれだ。せめて何処でもいいからヨーロッパ観光旅行をしておくべきだった、と後悔しても遅いとかゆ〜問題では無い。一体ど〜すりゃ良いのか全然見当も付かず、朝方まで眠れず夜が明けた♪
今のこの状況は明らかに私の許容範囲のレベルを遥に越えている。何しろ海外旅行一つ取っても初体験なんだから経験値による判断が不可能なんだから始末が悪い。しかも、話が段々大きくなって行く所が余計に性質が悪い。神様も、幾ら人間を試すにしたってモノには限度っちゅ〜もんがあるだろうが
このブログに毒を吐いても最近はストレス解消の足しにもあんましならなくなって来ているので、頭を抱えている所である。ホントに何だか私が全く与り知らない所で話と状況だけがハイレベルになっている事が必要以上に不安を掻き立てられる。自分自身これでは駄目だと認識はしてるんだが。続きを読む

ウィーンからのメールvol.15

昨日は休日でいつもの通りスタジオ4時間練習した後で来年初リサイタルをやるギャラリーカフェに行った。会場費用とピアノの調律代金を今年中に納めないといけなかったから。それと、どれくらいの声量で歌うのが適当か実際に声を出してみて確認しなければならないと考えていたから。流石に4時間スタジオを借りて3時間近く声を出していると声帯も疲れて来るのだが、今年は後1回しか谷岡先生のレッスンが入れられない事、来年年明け早々にピアニストとの合わせを開始しなければならない事など、予定が詰まっている。少し疲れてはいたが2〜3曲軽目に声を出していたらメールが来た。誰かと思ったら谷岡先生からだ。さっき次のレッスンの件でメールしたばっかなんだがな〜と思いながらメールを見ると、何と谷岡先生の先生からウィーンのセミナーに関しての転送メールだった!最近音沙汰が無かったのでウィーン行きに一抹の不安を感じていたのだが(滝汗)
メールには、またまたとんでも無い事が書かれていた。
まず、人数が集まらないためセミナー開催の可能性が低い事、ウィーンのシューベルト協会の教授が個人レッスンでも受けて頂ける許可が取れた事、私がウィーンに来られる日程が知りたい事など。続きを読む

私の良いところvol.21

本当なら、自分の良い所も欠点や弱点もバランス良く把握するべきなのだが、こればかりは今までの経過や心理的要因も絡んで来るのですぐに方向転換はかなり厳しい。何よりも私自身一番避けたいのは自己判断による誤認である。どんなに比較検討してみたとしても、自己評価よりも先生方の評価の方が客観性も含め遥かに確実である事は間違いない。
地道にコツコツ努力するなどの方法論は私自身にも「自分の良い所」としての認識はあるのだが、問題は実際に自分が歌っている《声》に関しての良い所である。こればかりは、私自身が客席に座って自分の声を聴く事は不可能である。前回ブログにも書いたが、録音機器の声は実際の声とはかなり違う。これは、私が以前ドイツ歌曲のレッスンを受けていたバリトンの先生が指摘していた事である。それを敢えて使用したいとは考え無い。
今レッスンを受けている先生方だって滅多に褒められない。これはごく当たり前の事かも知れない(笑)。自己判断を行わないと決めた以上、後は先生方や私の歌を聴いた事のある人に尋ねてみるしかない。今、2〜3人の方々に御意見を伺っている。方法論としてはもう最後まで歌を歌い続けるしか無いのだが、それだけでは不十分である。続きを読む

私の良いところvol.11

先日の谷岡先生のレッスンで、来年のシューベルト&ベートーベンの初リサイタルで、
『あなたの良い所が活かせるといいわね』
と言われた。それを言われてから暫く考えて「観察・計画立案・評価・考察・修正」をブログに書き込んだ。私としては、来年の初リサイタルは是が非にも「自分の良い所」を最大限に活かした演奏をしなければならない、という焦りがある。理由は幾つかある。ピアニストにお断りされたくない事。今回お願いしたピアニストが音楽的にも精神性に於いても非常にハイレベルな方である事。本来であれば私がお願いする事が出来たかどうか、未だ疑問がある。ピアニストの背中に精一杯付いて行く事だけでも「自分の良い所」を最大限に活かさなければ困難だと考えているからだ。そして、初リサイタルの後にはウィーンにシューベルトのレッスンを受けに行く事を見据えなければならない。ウィーンにはシューベルトを勉強しに行くのであって自分の歌を評価して貰いに行く訳では無い。しかし、自分なりの形にしたシューベルトを歌う事が出来なければウィーンでの勉強も何をしに行くのか、と考える。自分のシューベルトを形にしてウィーンに勉強しに行くために、わざわざリサイタルを行うのである。続きを読む

観察・計画立案・評価・考察・修正vol.53

先にも述べたが、カルテ代わりにブログを使う事は記録保持に役立つ。記録(レコード)は記憶(メモリー)よりもその残存機能としては遥に客観的で実質的である。改ざんなどという愚弄さえしなければ記録は大切に保管されるべきものである。以前指摘を頂いた事なのだが、
『自分の考えを纏めるためにブログを利用する事はその性質上好ましい』と言って頂いた事がある。私自身、自分自身のバラついた考えを纏めて次のステップに進むためにこのブログというシステムは大変に重宝していると言って良い。初心に帰るという意味に於いても、仕切り直しという意味に於いても、自分自身に喝を入れるという意味に於いても、非常に利点は大きい。
しかし、その利点を得るためにも幾つかのお約束事が存在する。
改ざんしない事。
都合が悪い事だからと言って書き込みを止めない事。人間は自分自身に不都合な事は誤魔かしたくなるものだし、自分自身が忘れたい事は放置したくなるものである。しかし、自分自身がブログを有効利用しこのシステムから何らかの恩恵を受けて他者の眼に触れている以上、自律的にお約束を尊守する義務が存在し得ると考える。少なくとも、公開した時点でブログには公共性がある。続きを読む

観察・計画立案・評価・考察・修正vol.43

最も、哲学的倫理的見識など持たなくても適切な成長は充分可能である(笑)見識と知識と教養の深さは偉大である。つまり後天的に仕入れた知識でも人間は十二分に成長し得るのである。理由は「情報収集と情報の蓄積による認識の変化」があるからである。認識の変化や情報の蓄積による自己意識の変革があるからこそ人間は成長する。自己変革による視野の拡大は人間的成長を加速する。そのプロセスこそ「自尊心と謙虚」に他ならないと考える。例を挙げると、ウィーンに留学経験を持つ谷岡先生から聞いたドイツ・オペラの認識の違いが一番良い例えだ。日本人の意識として、ベートーベン【フィデリオ】のマルツェリーナやウェーバー【魔弾の射手】のエンヒェンといった役は、日本人から見れば一見レジェーロの役柄に思われがちだが、モーツァルト以前の古典と比べてオーケストラの編成人数も多く、かなり声量も要求されるために日本人ならもう一段階重い声質として解釈しなければならない事、例えばモーツァルトの【フィガロの結婚】の伯爵夫人は日本人ではリリコ・レジェーロやリリコの役柄だけれど、特にヨーロッパではワーグナー等のヘルデン・ソプラノが歌う役である事など認識の変革は文化を学ぶ事でもある。続きを読む

観察・計画立案・評価・考察・修正vol.33

要するに自律の問題と言える。デカルトが『方法序説』で自己の懐疑をより明快に説いた事は真理に近い。それを更に『自尊心と虚栄心』として明らかな区別を論理的に明確に発展した三木清は偉大である。とかく日本人は自尊心と虚栄心の区別がつかない。私はこの二つを意識的に意図的に区別して使い分けている人間に未だ遭遇した事が無い。意識と認識の課題と方向性の問題である。人間はとかく自己評価に寛大であり、自己批判には逃避的である。それを全てに於いて否定するものでは無いが、クラシック音楽という古典芸能・伝統芸能に関してはより厳しい方が適切な部分が多々ある。最も天才は別物ではあろうが。自己に適正に厳密に厳しい評価と考察が出来なければ、成長は望めないくらいの気概が必要不可欠である。例え自分が厳正に行ったと考える自己評価や考察であっても、繰り返し更なる認識の改訂が必要不可欠である。まず自分自身に対して懐疑的である所から始めなくてはならない。少なくとも他者から見て自己評価査定が厳しいと評価されるには、多数の人よりも厳しい自己査定でなければ評価はされないのが妥当である。それだけ「自分に厳しい」事は半端では無いのである。だが、まだ落とし穴がある。続きを読む

観察・計画立案・評価・考察・修正vol.23

では自分に厳しい評価をどうするか、という話しになる。自己評価が概して甘いものであるのだから評価は客観的でなくてはならない。自己評価の他に他者評価が必要不可欠である事は言うまでも無い。自分の先生は言わずもがな、であるがその他はどうだろう。演奏会に知人や友人などの身内を呼んで感想を聞いた所で悪い事は言わない。ではどうすれば良いか。私が毎年参加させて頂いている千葉の演奏会では毎年アンケートを実施している。聴いて気に入った演奏曲に丸をするだけで無記名もOKなので、なかなかシビアに判る。有名曲や好みも反映されるが、基本的に耳に残らない演奏には丸はつかない。これには私自身大分鍛えられた(超苦笑)
評価は客観性無くして成立しない。ではその客観性をどのように確保して行くのか。看護評価であっても単独の評価は有り得ない。必ずチェック態勢が存在する。主任や副主任、臨床指導担当看護師や看護過程・看護記録研究担当看護師等が看護計画評価に当たる。早い話しが、客観的評価というものは非常に厳しく手間がかかるものだという事た。何らかの成果を得るために人間に課せられた客観性とは考える以上に厳格かつ厳密なものである。私にとっては歌も何等変わり無い。続きを読む

観察・計画立案・評価・考察・修正vol.13

↑は何の事かというと、看護のシステムである。患者さんが入院して来ると観察した項目をこのような手順で進めて行く。病名や症状や年齢によっても様々だが、患者さんが退院や転院等次のステージに進むために治療や看護や介護の効果を上げて行くために必要なシステムである。この手順を私は自分の声楽に応用している。何しろ毎日仕事で使っている手法だがら手間が要らないし分かりやすい。看護の場合この一連の手順の記載はカルテにするが、私の場合カルテ代わりにこのブログを使用している。自分の思考や行動の経過や結果を文章化する事でかなり纏まるし客観化する事が出来る。人目に触れるとなれば余計に慎重に書くようにもなる。
観察・計画立案だが、これはある日突然思いついたからと言って急に出来るものでは無い。まず自己目標が必要であり、その目標を達成するための明確且つ強い意思や指向性が必要不可欠である。ただし、目標や指向が感覚的で抽象的では効果はほとんど期待出来ない。何故なら、目標や指向が漠然としていては充分な観察が出来ない。充分な観察が出来ないなら目標に即した計画を立案・試行する事は不可能で、それではより適切な評価は出来ず、より良い考察も不可能だからだ。続きを読む

サムライはどちらで会えマスか?vol.23

いつも指摘される事ではあるのだが、それでもこれだけの曲数こなしているにも拘わらず、指摘内容が倍増していないという事を考えれば、落ち込んで凹んで愚痴っている場合でも無いよ〜な気もする(笑)ここで一つ強く感じた事は、伴奏ピアニストの威力ってスゲ〜な〜&谷岡式トレーニング法の偉大さである。もともと私はバカの一つ覚えしか出来ないんだけど、今回は運良くその単純馬鹿さ加減が効を奏したのかなあぁ・・・(超苦笑)でもまあ、人間自分の持ってる分しか出来る事なんか無いんだがら、あれこれ分不相応な高望みなんかしてないで今自分が出来る事をひたすら頑張って行くしか無いのかもなあぁ・・・・・とか痛感した。だから、自分の目標は飽くまで《ピアニストにお断りされないようにウィーンを目指す事》でいいんぢゃないかなあぁ〜と今は素直に真面目に、でも気楽に考えている。それでもど〜せこれからまた凹んで落ち込んで泣き言をこのブログに書き込む日々が続く事には何等変わりわ無いんだとは思うけど(爆死)
取り敢えず何となく谷岡先生に励まされて今日のレッスンは終了した。今年中にこの9曲を可能な出来る限り何とかして、伴奏ピアニストとの合わせに臨まなければならない事は確かだ。続きを読む

サムライはどちらで会えマスか?vol.13

↑に書いた本日のお題が何を意味するものなのか判ったアナタは凄い(激爆)後程説明する。
本日は谷岡先生のレッスン。来年のベートーベン&シューベルトの初リサイタルの伴奏ピアニストと初合わせ後レッスンしてなかった。まずはピアニスト宅にお伺いした時の事を詳細に渡って御報告。全曲通した事や野望のハナシなどしたのだが谷岡先生からは一言、
『あなたは譜読みや暗譜やドイツ語に関しての勉強は丁寧に疎かにしないで頑張ってやっていく人だから、あなたの良いところをアピール出来るように演奏出来たら大丈夫よ。楽しんで演奏出来たらいいわね』
とだけ言われた。一瞬、石になり固まったが、谷岡先生に笑われて「そんなもんかなあぁ」と肩の力が少しだけ抜けた。何しろ私が谷岡先生に、
「とにかくピアニストに途中で伴奏をお断りされないよ〜に頑張らないと(号泣)」
と繰り返したからなぁ。でも私が、
「ハリセン先生と谷岡先生のお名前を聞かれたので答えたら、ピアニストはメモってました」
と報告したら、流石の谷岡先生も固まってましたわ・・・・・(滝汗)
取り敢えず今日はベートーベン&シューベルト9曲一通り通して歌う予定だったのだが、やはり1時間のレッスンで9曲通しは無理だった。続きを読む
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