晴れの日はANDANTE

私のライフワークである歌曲やオペラ、日々の練習やレッスンについて、気ままに綴っていきます。

2009年04月

ピアノの発表会vol.35

自分自身の貧しい心を実感すると同時に、今日この演奏会に出る事が出来なかった事がとても寂しく悲しかった。
仕方が無い。今猛勉強中の自分が何もかも自分の思い通りの演奏なんか出来ない。それでも、ウィーンに行って得るものだけは多過ぎる程だと思っていたのだが、ウィーンから帰国後、私自身ワーグナーを演奏会で歌え無い事に落ち込んで投げやりになりかけてそれでも周囲の人達の助けがあって、せめて勉強だけでも続けようと考えた時にウィーンのM先生から頂いたメールを思い出した。『あなた自身が演奏したい曲を出来るたけ沢山演奏して、それをあなた自身が楽しむ事』
課題と高い目標を出来るだけ多く自分に課してそれに邁進する事は、伝統芸能・古典芸能であるクラシック音楽を演奏する者としては確かに必要であり、自分が理想とする演奏に近付きたいならばそれは避けて通る事は出来ないだろうという事を自分自身認識はしている。でも昨日のピアノの発表会を聴いて、本当に楽しかった事、自分自身とても大切な事を置き去りにして忘れて勉強しているのではないのかという不安というか寂しさを感じずにはいられなかった。欲張っても仕方が無い。必要な落ち込みならば受け入れて行くしか無い。

ピアノの発表会vol.25

さて後半。大人の部という事は分かっていたが、いざ演奏者は御高齢な方々ばかりだった(笑)まずこの年齢の落差に眠気が醒めた(笑)でも私自身の職業から考えても、これは非常に喜ばしい事である。指先の細かな動作は何より認知症状予防にかなり高い効果がある!!!と、いきなり話題が逸れたが、思わずワクワクしてしまった(爆)
が、聴いてビックリ!!!凄い。恐らく70〜80歳代と御見受けした。曲が、バルトーク・メンデルスゾーン・シューベルト・モーツァルト・ショパン・ベートーベン・ガーシュイン・・・・・etc。子供はまだブルグミューラーとかあったのだが、流石に度肝を抜かれた。まず、曲が進まない。度々同じ小節を繰り返し弾いてしまっている。一体いつこの曲は演奏が終わるのだろうかとハラハラドキドキしながら聴いた。特に私自身先日のリサイタルで歌ったシューベルト【セレナーデ】を弾かれたご婦人の時は他人事とは思えず超緊張して、ご婦人が曲を弾き終えた時には相当安堵した。夜勤明けの眠気は遥彼方太陽系外にふっ飛んだ(笑)
でもこれだけは確かに言えるという事が一つだけある。聴いていて本当にとっても楽しかった。ハラハラドキドキしながらいつ曲が終わるのか心配でも楽しかった。続きを読む

ピアノの発表会vol.15

昨日夜勤明けだったのだが、リサイタルでピアノ伴奏をして下さったピアニスト先生のお教室発表会を聴きに行って来た。本当なら私も出て歌う事を勧められていたのだが、ウィーンでの長期休暇(?)とゴールデンウイークとで休みの希望が却下された(苦笑)せめて聴きに行きたいと思って夜勤明け2時間睡眠で駆け付けた。
コンサート前半は小学生までのお子ちゃま、中半にピアニスト先生とジュリアード首席卒ヴァイオリニストのブラームスのソナタとサラサーテ【ツィゴイネルワイゼン】、後半は大人の部で、最後にピアニスト先生がショパンのノクターンとバラード3番を弾いた。
ピアニスト先生のお教室発表会なので、客席もとても賑やかだった(笑)子供もホントに色々なんだなあぁ〜と聴いてみて感心した。もの凄く緊張してる子、なに気にサラっと弾く子、楽しそうに弾く子、etc・・・・・。そんなにバリバリの天才肌の子供はいない気がしたが丁寧に弾いている子の演奏は非常に好感が持てた。これは技術的な事というよりも寧ろ、ピアノが好きとか曲が好きとかそういう事なんだなあぁ〜ととても実感した。まあこれは私自身の感じ方や好みなのかも知れないが、子供の演奏はストレートに聴き手に伝わって来た。続きを読む

ウィーンでの成果vol.45

久しぶりに歌ってとても優しい気持ちになる事が出来た。褒められたからでは無い。私自身がちゃんと歌を歌い続ける道程が見えたからだ。無論今だって自分がレオノーレやアガーテやワーグナーを歌える声などとは微塵も考えてはいない。でもそれ以上に、谷岡先生もウィーンのM先生も私の大切な人が、私自身にレオノーレもアガーテも例えワーグナーであっても歌う事を諦めないで頑張って歌い続けて欲しいと心から思ってくれているのだという事、どんなに不可能だと私が思った事であっても必ずしも不可能とは限らないかも知れない事、誰かが私自身の歌声を待っていてくれているのかも知れない、そう信じる事が出来るのならば例えワーグナーであっても私は頑張る事が出来るかも知れない、それがどんなに不可能な事だと思われる事であったとしても。何となくそんな気持ちになってしまった今日のレッスンだった。私の好きな曲を出来るだけ沢山楽しんで歌う事。M先生は何故私にそのように話して下さったのだろうか。私自身今は分からない。きっと、私がその本当の意味を心から知るまではもっともっと永く多くの時を経なければならない。それでも尚私は、歌に関してはとても幸せな人間だと感謝している。

ウィーンでの成果vol.35

レッスン終了後、谷岡先生と今後のレパートリーについてもお話した。谷岡先生は、
『声はね、これからも変わっていくのよ。日本で歌って行けばいいのよ。N先生は勉強するのはいいって言ったんだから、勉強して堂々とウィーンにレッスンに持って行けばいいのよ!』
と笑いながら仰っしゃって下さった。私がM先生からメールで御返事を頂いた内容をお話したら、黙って頷いていた。何だかもう、私がワーグナーを勉強出来ない確たる言い訳は何処にも存在しないのではないのか、そんな気持ちになってしまった。でも、それでも谷岡先生からレオノーレやアガーテやワーグナーの勉強に関しては注文が付いた。
『今は発声練習で、低音域→高音域の声の移行よりも、高音域→低音域の移行後の声の方がきちんと発声出来ている。それが最初からコンスタントに発声出来るようになってからワーグナーの勉強をした方がいいと思う』その通りだと得心した。無論私自身ウィーンから戻って来てから一日も早くワーグナーの勉強を始めたいなどと考えてはいない。ウィーンでN先生に出されたモーツァルトの課題、ツェルリーナ、ドンナ・エルヴィーラ、スザンナ、コンテッサ、イリア、パミーナを勉強した後の話だ。続きを読む

ウィーンでの成果vol.25

恐らく、ウィーンに行く前に行った初リサイタルの時のレッスンよりもかなり高度な要求をされていると思う。重要な事は、これをウィーン帰国後の一過性の現象に終わらせてはならないという事である。かなり厳しいがそれが今の私自身の一番大きな課題だと改めて得心した。果たして私にそれが可能だろうか?
2曲目【菩提樹】もほぼ同じ指摘を受けた。ドイツ語がかなり自然に近い形に近付いて歌えるようになった事で曲のフレーズが繋がりウィーン以前よりもよりはっきり丁寧に歌詞を聞き取る事が出来るようになったという事である。ただし、ウィーン以前には余り問題とは意識されなかった新たな課題が表面化した。高音域である。私が歌うドイツ歌曲は高声用を中声用に移調したり、もともとが男声用の曲を歌っている事が少なくない。本来中高音域のパワーが強い事もあり、特にウィーン帰国後の感じでは高音域だけが《出し過ぎ》に聞こえてしまう事が気になると谷岡先生から指摘された。やはり問題はいつでも発声だ。ウィーンでM先生も仰っしゃっていたが、歌い手にとって発声は永遠の課題なのだ。【菩提樹】に関しては、低音のポジションをもう少し高く取る事でかなり改善されると指摘された。続きを読む

ウィーンでの成果vol.15

今日は谷岡先生のレッスンだった。ウィーンから帰国して初めてドイツ歌曲のレッスンを受けた。前回は谷岡先生にウィーンでの御報告だけだった事、レパートリーの事で凹んだり悩んだりでドイツ歌曲を歌っていなかったのだが、自分自身の気持ちやスタンスにようやく整理がついてふっ切れたので谷岡先生のレッスンを受ける事が出来た。今日のレッスンは、ウィーンでレッスンを受けて来たシューベルト歌曲で7月に千葉の演奏会で歌う予定の4曲。シューベルト【野薔薇】【菩提樹】【トゥーレの王】【こびと】をレッスンして頂いた。まず発声から。体の力を抜く事以外は殆ど指摘は受けなかった(笑)発声練習のバリエーションとして谷岡先生がウィーンのN先生がレッスンしてくれた幾つかで歌ったが、谷岡先生はウィーンでかなり長い間N先生からレッスンを受けていたので、これから発声のバリエーションを増やして難易度を上げて行きましょうという話になった。低音は1点下のEから高音は3点Cまでかなり楽に出た。発声は私自身の思い込みだけでは無く確実にウィーンで得たものがあった事が解って少しホッとした(苦笑)すぐ曲に入った。まず【野薔薇】から歌ったが、ウィーンでB先生に習った通りに歌った。続きを読む

グローバル・スタンダードvol.35

確かにミルヒー先生もイタリアで【椿姫】のセミナー&レッスンを受けているし、イタリアで《トスティ記念コンサート》に出演して歌っている経験者である。今でも十二分に可愛らしいとはお世辞にも言えない私の声なんだが、ウィーンで《リリック・ソプラノ》と指摘された現実とはかなりの落差がある気がするのは私だけだろうか。
私自身すっかり困惑してしまった。どちらが正しいかとかそういう問題では無い。少なくとも、イタリア歌曲&イタリアオペラにしろ、ドイツ歌曲&ドイツオペラにしろ、恐らくどちらも間違った方向性に進んでいる訳ではなさそうなのにも拘わらず、この乖離現象が私自身理解不能な状態である。ミルヒー先生のあのまるで先が見えているかのような、
『あなたはもっと太くて恐い声が出るはず』
発言は、私も恐い(笑)しかし、本当にミルヒーの言う通り、今よりもっともっと太くて恐い声を私が出す事が出来るのだろうか?何よりも、私自身ミルヒーが指摘するような《太くて恐い声》を持っているのだろうか?ウィーンから帰って来たばかりの私にはどう理解して良いのやらさっぱり理解不能なんだけれど、取り敢えずミルヒーの言う方向でクレオパトラが歌えるなら素晴らしい事だ。続きを読む

グローバル・スタンダードvol.25

ウィーンでの発声レッスンから、ウィーン渡欧以前よりもかなり体が楽に使えるようなカンジがしていた。特に中低音域の踏ん張りが効くようになった気がした。高音域⇔低音域がもっともっとスムーズにレガートになれば申し分無いのだが、そんなに簡単には行かない(苦笑)それでも、以前に比べてかなり自由に体を使って歌えるようになったし、何よりミルヒー先生から、
『【セルセ】、かなりいいカンジになったわね〜!』
と言って頂けたので、ウィーンでのレパートリーの暗〜い悲し〜いハナシは半ば忘れそうになった(笑)【アルチーナ】も【セルセ】も、今の調子で勉強・練習して行くようにミルヒー先生から言われた。レッスン時間は既に1時間を超えていたのだが、ミルヒー先生が『もう1曲やろうか!』と言って下さったので、最後に【エジプトのジュリアス・シーザー】のクレオパトラの短いアリアをいつものように歌った。私は他に歌った3曲と余り変わらないようにウィーンでレッスンを受けた発声をなるべく出すよう心がけながら歌い出したのだが・・・たった2小節で歌を止められた。正直驚いた。ミルヒーは仰せになった。
『あなたはもっともっと太くて恐い声が出るはず。これはクレオパトラの曲なのよ』続きを読む

グローバル・スタンダードvol.15

先日、ウィーン帰国後初めてミルヒー先生のレッスンがあった。ちなみに諸事情からミルヒー先生は私がウィーンに行った事は御存知無い(笑)
ウィーン帰国後ヘンデルのリサイタルのために自己練習を再開した時、かなり発声が改善されたと自分自身認識出来るくらいだったので、これは年末のヘンデルのリサイタルも何とか行けるんじゃないだろうか???とかなり自分的にも頑張る気満々でミルヒーのレッスンに行った。「相変わらず月の半分が夜勤なんですうぅ〜(涙)」とか何とか言いながらも、発声練習開始。ミルヒー先生も少し驚いた様子で、
『いいじゃない、いいじゃない、夜勤で疲れてるのに随分いいわよ!』
との仰せだった。やっぱりウィーンの影響はデカいな〜♪とか考えてると、ミルヒーには珍しくハイCまで発声された。私は自己練習での発声練習は20〜30分の時間はかけるけど、余り高音域は出さない。逆に低音域中心に発声練習する。理由は声帯に余り負荷をかけないためだ。自己練習の時間は平均3〜4時間。高音域ばかり発声してたら声帯がもたない。珍しく超高音域まで発声されたのだがミルヒー先生は私の高音域のパワーに御不満らしく、私が「普段自分で練習する時はこんなに高音は出さない」続きを読む

M先生からのメール5

それから間もなくしてウィーンのM先生から先日の御返事が届いた。やはりM先生は大変お忙しいかったようで、かなりお疲れの中御返事を下さったのが分かった。

『(前略)私は、あなたの音楽と音楽を愛する心と姿勢に少なからず驚きました。結論として、誰でも、いつでも、何でも、興味のある時、したい時に好きな音楽に打ち込めば良いのだと思いました。もし手を付けてその段階で演奏が難しいと思われたらまたの機会まで待っていれば良く、演奏会に歌う事もどの曲を演奏する事も自由であるべきで誰にも指示されるべきでもなく、自身で判断し、大事な事、演奏を御自身が楽しめる事です。あなたは多くの演奏してみたい曲を持っているので、それを出来るだけ多く演奏して楽しまれる事をお勧めします。どうぞ多くの喜びがありますように。そして歌声で、お仕事で、いつでもどこでも人生を精一杯生きて歌って下さい。(後略)』

M先生からのメールを何度も何度も涙を流しながら読み返した。

頑張って勉強しなければ、また来年もウィーンに行かなければならない。私にはもうそれ程多くの時間は無いのだから。

決断vol.35

私は辛さや苦しみだけに囚われて《勇気》がなかった。強い心と勇気が無ければレオノーレもアガーテもワーグナーも勉強していく事は不可能だ。自分自身の声質とは違う曲を勉強して行くからには、自分の声を壊さないよう慎重に注意深くコントロールしながらバランスを維持していかなければならない。それだけの意志の強さと慎重さを持たなければ不可能だ。増して、私は声楽家の声質とレパートリーに関しては非常にシビアだ。特にプロでもアマでも、一旦演奏会で人前で歌っ曲に関しては非常に厳しく聴く。例を挙げれば、佐藤しのぶの【トスカ】や【蝶々婦人】などもっての他、有り得ない話だ。では尚更自分自身のレパートリーには厳しくあって然別。自分自身だけを特別扱いなど無知で無分別な事など許されない。ではやはり私自身の声質に合っていないレパートリーにはならない曲を演奏会本番で歌う事は出来ないという事なのだ。要は、それでも勉強していく覚悟があるかどうかなのである。M先生からの御返事を待つ事は止めにした。私自身の意志と覚悟が一番重要なのだから。そう決めてM先生と谷岡先生に、レオノーレもアガーテもワーグナーも例え演奏会本番で歌えなくても勉強する事をメールでお伝えした。続きを読む

決断vol.25

シューベルト【こびと】を歌う事以外は考えていなかった。ではどうしたら良いのか。発想を逆にしてみた。ではN先生に『No!』
と言われた【こびと】を歌うとする。しかし一つだけ希望もある。B先生のレッスンで実際に【こびと】を歌ってある程度は認めて貰う事が出来た。恐らく、N先生から
『No!』
と言われたレオノーレやアガーテやワーグナーを歌う勉強を始める決心をするのであれば、このシューベルト【こびと】は避けて通る事は出来ないだろう。この曲だけなら何とか演奏会本番に乗せる事が出来る。N先生には私が歌った【こびと】は聴いて頂いていないがB先生には実際にレッスンを受けている。しかし、このシューベルト【こびと】を歌うならば他のドラマティックなシューベルト歌曲【若い尼僧】【全能】【無限】【解消】などを含めレオノーレやアガーテやワーグナーを勉強して行く事になるだろう。ただし重要な事は《例え演奏会本番で歌う事が出来なくても勉強する》という但し書きが付くのだ。勉強したい、諦めたくない。そして何より谷岡先生が、
『あなたが諦めたり棄ててしまう事は、私は違うと思う』
と言って下さった。他でもない私にウィーンでの勉強を勧めて下さった方なのだ。続きを読む

決断vol.15

谷岡先生への御報告から何日か過ぎた。相変わらずヘンデルの練習はしていたが、ドイツ歌曲やドイツオペラの楽譜は開く気分になれず、録音や映像も観たり聴いたりしなかった。
今年7月に演奏会で歌う予定の千葉の仲間由紀江似のピアニストに連絡したら、5月初旬には楽譜を送って欲しいとの要請があった。余りのんびり呆けてもいられない。
しかしM先生からの御返事も来なかった。でも、ドイツ歌曲やドイツオペラから暫く離れてみてふと考えた。私が歌う事に関して、本当にM先生の御返事が必要なんだろうか。私がウィーンでレッスンを受けた時のシューベルト【こびと】に対するM先生の評価が無ければ私はドイツ歌曲やドイツオペラを歌う事が出来ないのだろうか。ただ私自身が、自分自身の拠り所とするためにM先生の評価を必要としているだけなのではないのだろうか。日毎に少しづつそう考えるようになった。
何故M先生の評価が必要なのだろうか。歌いたければ自分自身精一杯の努力を続ければ良いだけの話だ。一番の問題は《例え演奏会本番で歌う事が出来ない》それでも勉強して行くという強い《意思》と《覚悟》が自分自身にあるのかどうかという事なんだな、と薄々気付き始めていた。続きを読む

谷岡先生への御報告vol.45

谷岡先生と約2時間ウィーンでの事を御報告した。谷岡先生から、1曲でも良いから私がウィーンでレッスンを受けた曲を歌っていかないかと言われたのだが、既に大泣きした後の私は歌う状況では無かったので、お土産のワインとチョコレートをお渡ししてその日は帰って来た。せっかくのウィーンでの成果を楽しみにして下さっていた谷岡先生には本当に大変申し訳無いと思った。
帰り道、谷岡先生にウィーンでの事を話す事が出来たせいか少しづつ冷静に色々と考え始める事が出来た。
一つ気付いて驚いた事があった。私は帰国してからまだ一度もジェシー・ノーマンの録音も映像も聴いたり観たりしていなかった。こんなに長い間ノーマンの音楽や声から遠ざかった事は今までには無かった事だと思う。無論、ドイツ歌曲やドイツオペラの録音や映像も同じく聴いたり観たりしていなかった。今この迷っている自分からどうやったら抜け出せるのか皆目見当が付かなかった。諦めるにしろ続けるにしろ、結局は自分自身で決めて結論を出さなければならない事だけは確かなのだが、私はどちらにも動く事が出来なかった。ワーグナー、勉強したら絶対に演奏会で歌いたくなるんだろうなあぁ・・・・・そう考えるとやり切れなかった。続きを読む

谷岡先生への御報告vol.35

日本に帰国してからどうしたら良いのか解らず、ウィーンで通訳をして下さったM先生に「N先生からレオノーレもアガーテもワーグナーも全て、練習だけで本番は駄目だと言われてしまった。私がB先生の前でレッスンを受けた【こびと】の感想をお聴きしたい。ただ、この件についてはN先生には内緒にして欲しい」というメールをお送りした。M先生は丁度お仕事でイタリアにいたらしく、忙しいので落ち着いて改めて返事をくれる事とN先生には内緒にしてくださる旨の返信は頂いたのだが、実際の御返事はまだだった。その事も谷岡先生にお話した。
谷岡先生は少し黙って考えた後に静かに話し始められた。
『あなたの気持ちは良く解る。私もウィーンに留学してN先生にレッスンを受けていた時に自分自身レジェロのメゾソプラノと指摘されたので、物凄く自分のレパートリーにこだわった時期があった。でも私は自分のレパートリーにこだわり過ぎて却って遠回りをしてしまったので、あなたには色々な勉強をして欲しいと思う。確かにあなたが今そういう気持ちになれない事は良く解る。ウィーンでN先生やB先生やM先生から教えられた事を素直に受け止めて日本に帰って来てくれた事を私も本当に嬉しいと思っている』続きを読む

谷岡先生への御報告vol.25

谷岡先生に話した。「B先生からシューベルト【若い尼僧】はコメント付きで許可を頂く事は出来たがN先生からは許可が出なかった事、理由は【若い尼僧】はワーグナーなどを歌うドラマティックなソプラノが歌う曲だから。【こびと】もB先生のレッスンは受ける事が出来て許可を頂く事は出来たがN先生からは【こびと】のようなドラマティックな曲ではなくもっと小さくて美しい曲を歌う事を勧められた」 それを聞いた谷岡先生から少し驚きの様子が見えた。『N先生【若い尼僧】はダメって・・・?そうか、ワーグナーか・・・』
ここまで話したので全部話した。「ベートーベン【フィデリオ】のレオノーレもウェーバー【魔弾の射手】のアガーテも、ワーグナーの歌劇や楽劇は無理でもせめて【ヴェーゼンドンクの5つの歌】だけでも勉強したいと話したけどN先生からは全て『Only study, Concert No(勉強だけで本番は駄目)』と言われました」谷岡先生は黙って聞いていた。私は続けた。「もし勉強だけで演奏会本番で歌えないなら自分自身本当に勉強する必要があるのか、少なくとも今までワーグナーの勉強をしたくてドイツ歌曲を始めた。ワーグナー【ヴェーゼンドンクの5つの歌】は前の先生から一通りレッスンを受けている」続きを読む

谷岡先生への御報告vol.15

帰国してから約10日間は夜勤続きの勤務だった。友達にウィーンの事を色々聞かれて楽しかった事を沢山話した。流石にウィーンのチョコレートは大好評だった(笑)
夜勤の合間の休日に自己練習を再開した。取り敢えず暫くの間休んでいたヘンデルを早急に軌道に乗せなくてはならない。ヘンデルのリサイタルの日程もほぼ決まっている。こんな時、ドイツ系だけでなくイタリア系も勉強している事にとても感謝した。少なくとも今ドイツ歌曲やドイツオペラを観たり聴いたりする気持ちにはなれなかった。それでもウィーンから帰って来てヘンデルを練習してみて、明らかに発声が変わった事を実感した!これは、ヘンデルのリサイタル、何とかイケるかも知れない、そう思ったら何だか物凄く救われたような気がした。
帰国してから1週間程してからようやく谷岡先生とのスケジュールの調整が付いて、谷岡先生にウィーンでの御報告が出来る事になった。お土産のチョコレートとワインを持って谷岡先生のお宅に伺った。谷岡先生もウィーンでの事を大変楽しみにしていて下さったようだった。N先生やM先生が大変お元気だった事、コンチェルトハウスのB先生もとても素晴らしい先生だった事、レッスンの事全て話した。続きを読む

帰国5

成田行きの飛行機に乗ってからN先生のお話を少し落ち着いてから思い出そうとした。でも殆ど思い出せなかった。離陸。短かったウィーン滞在も終わった。飛行機から窓の外を眺める気にはならなかった。何とか少しでも思い出してメモに書き留めようとした時も、機内食を食べていても、ワインを飲んでいても、目の前のモニターの航路を眺めていても、自然に涙がこぼれ落ちていた。別に、もの凄く悲しくて思わず涙込み上げて来たという訳では無かった。不思議と悲しいとか辛いとか殆ど感じてはいなかったのだけれど、何をしていても涙だけがこぼれ落ちた。人間って、余り悲しいとか苦しいとか辛いとか思わなくても自然に涙がこぼれ落ちる時もあるんだな、くらいにしか思わなかった。とにかく少し疲れているのかも知れないと思って、成田に到着するまで薬を飲んで少し眠る事にしたのだけれど、余り眠れなかった。何だかウィーンに来る時とは随分違うな、でもそれについてあれこれ考える気にもならなかった。仕方が無いじゃないか、まさかN先生の前で無く訳にもいかなかったのだし。でも、2013年ワーグナーのメモリアル・イヤーはもう私には何の関係も無いんだな、と思ったら何ともやりきれない気持ちだった。続きを読む

レパートリーvol.35

N先生は、
『確かに勉強してはいけない曲はありませんが、あなたはもっと小さくて美しい曲を沢山勉強して歌った方が良い。レオノーレを勉強するのは構わないが、勉強だけでコンサートは駄目です。』
はっきり言われた。私はウェーバー【魔弾の射手】のアガーテはどうか尋ねたら、
『勉強だけで、コンサートは駄目です』
N先生から同じ回答が返って来た。ここまで来たらもう後には引けなかった。私は最後と思いN先生に、自分はもともとワーグナーの勉強をしたいと考えていた、ワーグナーのオペラや楽劇は無理でもせめて歌曲【ヴェーゼンドンクの5つの歌】を勉強して歌いたいと考えているという事を話した。N先生は、
『Only study, concert No(勉強だけで、コンサートは駄目です)』
同じ答えが返って来た。
それ以降N先生に教えて頂いた事や指摘された事は余りはっきり覚えていない事が多い。何だか急に周りの世界が硝子越しに見える他人事のような気がしていた。仕方が無いな・・・とは思ったし、ショックといえばショックだったのだけれど、それでもまるで想定外の事でも無かったし。幾つかN先生が話された事を思い出すのには少し時間が掛かった。確か、非常に有名な世界的な歌手の話だった。続きを読む

レパートリーvol.25

その他のモーツァルトのレパートリーについてN先生に尋ねた。今までモーツァルトのオペラでレッスンを受けた曲は、【フィガロの結婚】のケルビーノもあるし、今までは【魔笛】のパパゲーナや【コジ・ファン・トゥッテ】のフィオルデリージなどもミルヒー先生から勧められているし、更にドラベッラのアリアなどもリクエストに上がった事がある。私自身【ドン・ジョバンニ】では、以前はドンナ・エルヴィーラに興味があったが今は寧ろドンナ・アンナに興味がある。これらの事をN先生に話したら、N先生は驚いた後に少し厳しい表情で、
『フィオルデリージとドンナ・アンナはドラマティック、ドラベッラはメゾソプラノ、ケルビーノやデスピーナやパパゲーナやブロンデはスーブレッドだから、あなたが歌うべき役柄ではありません。』
とかなりはっきり《No!》と言われてしまった。レパートリーに関しては予想以上に厳密な選別がされているのだと実感せざるを得なかった。
それではモーツァルト以外で私が勉強するべきオペラの役は???N先生に続けて尋ねた。
『ロルツィングのオペラ、マスネの【マノン】、ベルリオーズ【ファウスト】のマルガレーテ、ただしグノー【ファウスト】は駄目』
との事だった。続きを読む

レパートリーvol.15

日本へ帰国の日のレッスンは、N先生との話し合いに決めた。だけど、このウィーン最後の日が私の人生の中でも非常に悲しい日となってしまった。
朝、N先生がペンションの前に車で迎えに来て下さった。N先生のオフィスに着くまでの間、N先生は私がお土産に差し上げたお蕎麦がとても美味しかった事、自分は日本酒も大好きである事など話して下さった。
オフィスに到着すると、出勤前のM先生が慌ただしいく準備されていたが、すぐいなくなってしまった。さあ、会話をどうしようか・・・(滝汗)でも黙り込んでも仕方が無いので、超ド下手な英語でN先生に話しかけた。以下、日本語で表記。
「今日はお話がしたいんです」と言うとN先生はグランドピアノの蓋に置いた手を止めて了承して下さった。
まず、私の声質について尋ねた。私は日本では先生方や音楽に詳しい方からはリリコ・スピントまたはスピントと言われている。それを話すとN先生はかなり驚いた様子で私に向かって、
『あなたはヨーロッパではリリック・ソプラノです!!!』
と答えられた。かなり日本と違う。実際はN先生と同じ評価の日本人もいるのかも知れ無い。ヨーロッパでは日本よりももう1〜2段は軽い声と評価されるかも知れ無いとは考えた。続きを読む

最終レッスンまでvol.25

でもこのコリンが詩を書いた時代、シューベルトが【こびと】を作曲した時代はどうだっただろうか。映画【アマデウス】でシカネーダーの劇団に沢山のこびとが出て来た。一体、何百回【アマデウス】を観たか分からないのに自分はモーツァルトの曲やドラマしか観てなかったんだな・・・・・と考えると、もの凄く自分が情けなくなった。本当に現代だからこそ、ザルツブルク音楽祭でトーマス・クヴァストホフが歌ったり、ジェシー・ノーマンやキャスリーン・バトルやグレース・バンブリーやサイモン・エステスが歌う訳で、やはり私達日本人にはかなり難しい問題なのだ。許し難いが、今は亡きシュワルツコップが公開レッスンで東洋人から金は貰っても1曲たりとも歌わせなかったというのは余り不自然な話ではないのかも知れない。今の自分は本当に恵まれているだけなのかも知れない、そう考えると何だか切なかった。B先生やN先生に誉めて貰えた事すら、素直に喜んではいられないような気持ちになった。シューベルト歌曲【こびと】は私自身の永遠の課題曲になってしまった。
凹んでばかりはいられない。明日のN先生の最終レッスンの事を考えなければならない。自分自身ウィーン最後のレッスンで一体何を勉強したいのか?続きを読む

最初レッスンまでvol.15

レッスン3日目の夜、本当ならウィーン楽友協会にコンサートを聴きに行く予定だったのだが、この3日間のレッスンの事を少し考えたかったのでペンションへ戻る事にした。夕食はペンションでとるので、帰り道でM先生オススメの焼きソーセージ屋さんで全種類の焼きソーセージを1本づつ買って、楽譜屋さんへ向かった。取り敢えずバッハ【シュメッリ歌曲集】の楽譜だけでも購入して帰りたかった。私が楽譜屋さんに入ると昨日楽譜を探してくれたお兄さんがちょこっと気にしていたが、余り誰かに頼らないで分からないなら分からないなりに自分自身できちんと探したかった。だが、日本の青山のカワイ楽器の3分の1くらいのスペースなのに楽譜の在庫数はかなりあった。今日は別に急がないのでゆっくり探す事にした。バッハ【シュメッリ歌曲集】の楽譜は見つかったのだが【アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳】の低声用が見つからない。原典版が高声なので難しいのかな?困ってあちこち探し回っていたら、店員さんでとっても美人のお姉さんが、
『Can I help you?』
と話しかけてくれた。う〜ん、ウィーンでもやはり美人さんに声をかけられるのは悪い気はしないな〜♪いやいや、そうじゃなくて、楽譜。続きを読む

レッスン3日目vol.105

B先生にお聞きしたかった事は聞けた。最後にB先生が、
『あなたのように、非常にきちんと勉強して来てくれる人とレッスン出来て、私もとても楽しかった』
と仰っしゃって下さった。私自身、3日間最後まで冷汗滝汗の連続だったのだが(苦笑)それでも、日本からわざわざドイツ語の発音を直されるだけでも構わないから!と単身コンチェルトハウスに乗り込んで来た私に、ドイツ語も含めて曲の解釈から表現まで丁寧に御指導して下さったB先生に言葉では言い表せない程感謝している。本当に何物にも変えられない貴重な宝物になった。何度も御礼を言ってコンチェルトハウスを後にした。それにしても、厳しいハードなレッスンだった。
M先生とシューベルト【こびと】について話した。この【こびと】という曲は目まぐるしい転調を繰り返している実にシューベルトらしい難曲なのだが、その転調の法則性は私には解らない。解釈にしてもB先生から指摘されたような解釈がある事すら知らない。日本のシューベルト歌曲やドイツ歌曲の本でも殆ど取り上げられている事は無く、楽曲解説があったとしても極めて短いか感想文程度にしか解説されていない。無論600曲はあるシューベルト歌曲全て網羅する事は不可能だろう。続きを読む

レッスン3日目vol.95

歌い終わった後でB先生が、
『この【こびと】の伴奏はベートーベンの交響曲第5に近い響きがある。だからシューベルトはいつもベートーベンの事が念頭にあったのではないでしょうか?』
と説明しながら【こびと】の後半の伴奏部分を弾いて下さった。恐らく、今B先生が御指摘されたような事は日本では学ぶ事は出来ない事かも知れない。
最後にB先生のシューベルト・スタンダード【野薔薇】をレッスンした。3日連チャン。最初は「こんな難易度の高い曲連日レッスンされるんなら一番最初に歌うんじゃなかったあぁ〜!」と後悔していたのだが、今では多分B先生がただ1曲だけこの【野薔薇】を3日間通してレッスンされたのには何かB先生の意図なりお考えなりがあるのだろうと思った。でもその理由をB先生に尋ねようとは思わなかった。まず私自身がこの短い3日間でシューベルト【野薔薇】と正面から向き合い取り組んだ事が自分自身にとって最も大切な事だったんじゃないかと何となく自然にそう得心した。シューベルト【野薔薇】を歌い終わってB先生が仰っしゃった。
『この3日間よく勉強しましたね。とても良くなりました。まだ完全ではありませんが、それはあなた自身が一番良く解っている事だと思います』続きを読む

レッスン3日目vol.85

飽くまで後出しジャンケン的な話だが、確かにこの詩をコリンが書いた時代に王妃とこびとが二人で船に乗るというシチュエーションは大概想像出来なかった。王妃とこびとが船に乗った理由???必然的な理由なり根拠なり・・・・・こびとは本当に自分自身の意思で王妃を殺したのか???これはもう日本人には、とゆ〜かオーストリア人やドイツ人以外にはアナザー・ワールドだな(超苦笑)アナリーゼとかそ〜ゆ〜次元を超えてる気がした。ど〜りで録音が少ないワケだ。要するにこんな難解極まりない曲を歌いたがる歌手は少ないという事か。当たり前だな(滝汗)そりゃ〜わざわざ日本からこんな曲レッスンしにウィーンに来る日本人がいれば、B先生もさぞ楽しかろ〜なあぁ〜・・・(自爆)私はこのシューベルト【こびと】のノーマンの録音をず〜〜〜っと7年間くらい聴いて来て、この曲のこびとの悲しみや憎しみを表現出来るようになりたいと考えていたのだが、いざレッスンで歌う直前に自分が考えていた事をまるでオモチャ箱をぶちまけるみたいにひっくり返されてしまったのでただ一人ボー然と考え込んでいたら、B先生が伴奏を開始した(爆死)ごるあぁ、歌えねぇ!!!この【こびと】に自分の解釈も表現も挟む余地は無い。続きを読む

レッスン3日目vol.75

それでもB先生はいつもながら、
『良く勉強して来ている』
と言って下さった。今後この【トゥーレの王】は中声用のキーで歌うよう勧められた。
そしてウィーンでB先生の最後のレッスン曲、シューベルト【こびと】実は昨日まで【こびと】のレッスンをB先生にお願いするかどうかかなり迷っていた。無論この【こびと】という曲がかなりの難曲である事、日本人はおろか名歌手やオーストリア人やドイツ人の録音ですらかなり希少である事、その曲を私が今本当にレッスンを受けるべきなのかどうか、今レッスンを受ける必然性が存在するのかどうか、直前まで自分自身判断する事が出来なかった。昨日のかなり厳しいレッスンでせめてこのドイツ歌曲の難曲【こびと】の中に存在する何か一つでもいいからシューベルトの生きていたこのウィーンから僅かでも見つけて日本に帰りたい、自分にはかなり分不相応な《欲》が出て来た。このコンチェルトハウスでシューベルトの専門家B先生の前で【こびと】を歌う事、実際にどれ程の御指導を頂けるのか余り余計な期待は出来ない。それでも是が非でもこの【こびと】のレッスンを受けたい、いや例えどのようなレッスンであっても受けて帰らなければならない。そう決めた。続きを読む

レッスン3日目vol.65

特にこの【トゥーレの王】に繰り返し出て来る3連符で何度も繰り返し止められた。どうやらこの3連符の捉らえ方を間違っていたようだ。B先生から繰り返し、
『もっと落ち着いてゆっくり3連符を取るように』
と指摘されるが中々出来ない。リズムの取り方も不安定。やはり楽典やソルフェージュを勉強していない事はこんなに痛いものか・・・・・と愕然とした。これは昨日の2日目のレッスンでB先生にも言われ、日本でも谷岡先生にも言われた事だが、シンプルなメロディの有節歌曲ほどドイツ歌曲の中でも難しい曲は無い。要するに、歌詞が大事で歌詞の表現が非常に重要だという事だ。そこでB先生からチェックが入った。
『まずこの詩を読んでみて下さい』
・・・・・・・・・・。
ドイツ語を話す事も出来ない日本人がオーストリア人のシューベルト歌曲の専門家の前でゲーテの古典の詩を朗読する。アナタ、やった事ありますか?幾ら最終レッスンとは言え私がドン引きどころか石になった事は説明の必要も無かろう。無論、リサイタル前にこの【トゥーレの王】のディクションはかなりやった。と言っても比較論は成り立たないのでどの程度かは私の与り知る所では無い。本場のレッスンって本当に厳しい、悲しくなった。続きを読む

レッスン3日目vol.55

日本に帰ってバッハのシュメッリ歌曲集の録音を探して購入して聴いて自分で選曲してから改めて谷岡先生やハリセン先生のレッスンで御相談して曲を決めようと考えている事をM先生に説明した。私の話を聴いたM先生が仰っしゃった。
『あなたぐらい歌えるんだったらもう歌手の録音を聴いて曲を覚えるのではなく、まず最初に楽譜を見て、楽譜を見ながらどんな曲なんだろう?って想像して自分で音楽を造って行く事、あなたぐらいの音楽性があったら絶対に出来るはず。それから歌手の録音を聴くべきじゃない?これからはそのようにして行ったら?』
と指摘された。痛い。はっきり言って、痛い。ウィーンに来てまさかそこまで要求される状況になるとは考えてはいなかったが、少なくとも日本であれウィーンであれ、いつかは指摘される事は覚悟してはいたのだけれど、仕事の忙しさと勉強するために抱えている曲数の多さからこの事の必要性やら重要性に関しては、頭の片隅に追いやって余り考えないように振り返らないようにしていた。が、M先生に指摘されてしまってはもう見ないフリは出来ない。全曲初見勉強は無理でもせめてバッハのシュメッリ歌曲集だけでも初見から勉強を始めなくてはならないだろう。続きを読む

レッスン3日目vol.45

ベートーベン【我汝を愛する】を通して歌い終わって、N先生が一言ドイツ語で、
『美しい』
と言って下さった。M先生も、
『やっぱ、あなた歌が上手いわ、充分聴かせて貰ったわ』
と仰っられた。このベートーベン【我汝を愛する】は、ハリセン先生も嫌がる名曲中の名曲で難曲中の難曲。私はこの曲を自分のレパートリーにしたいので、もっともっとビシバシ鍛え直されるつもりでかなり鼻息も荒かった。今回レッスンが受けられなかったら、次回ウィーンに来た時にレッスンを受けるつもりでいたのだが、かなり固まったとゆ〜か拍子抜けしたとゆ〜か・・・(滝汗)取り敢えずこのベートーベン【我汝を愛する】は私に合っている曲なんだろうか・・・という事で引き続き日本で勉強を続けてきちんと自分自身のレパートリーに出来そうだ。
これで3日間のN先生のレッスンは終了した。お礼を言うとM先生から、
『明日日本への帰国の飛行機がお昼だから、ウィーン国際空港まで車で送って行くけど、午前中にもしあなたが良ければもう1回レッスンする時間がある。私(M先生)は仕事でいないから通訳無しで少ないドイツ語と英語で何とかやってもらうしか無いけどどうする?』とお話があり、勿論是非お願いしたいと伝えた。続きを読む

レッスン3日目vol.35

指摘が飛んで来る(超凹)やはり楽典やソルフェージュを勉強していないという弊害はこういう所で表れるのだろうか。
更にベートーベンのマルツェリーネのアリアに関しては、16分音符の捉らえ方が長すぎると指摘された。特にPiu Mossoからはテンポが早くなり、しかもリサイタルで歌ったテンポの倍は早いかと思われるテンポがN先生から要求された。16分音符と16休符が繰り返された後に2点G音が10拍以上要求される。N先生から『ブレスが足りなくなる事を途中で怖がらないで歌ってごらんなさい』
と言われたが、私が「もう既に歌う前からブレスは絶対に続かない、無理だ!と不安におののきながら歌っています」と答えたら、N先生もM先生も高笑いされた。最後のPiu Mossoをリサイタルの倍の速さで歌ったら途中ドイツ語が続かないかと内心ヒヤヒヤしたが、N先生から、
『最後のフェルマータまでritしないように』
との御指示で何とか歌い切った。かなりヤバかったのだがN先生もM先生も『このマルツェリーネのアリアは、リサイタル本番に乗せただけあってきちんと音楽を作って歌えている。普通ここまでアップテンポの曲にドイツ語をきちんと乗せて歌う事はプロでも難しい。あなたの努力の跡がちゃんと見える』続きを読む
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