晴れの日はANDANTE

私のライフワークである歌曲やオペラ、日々の練習やレッスンについて、気ままに綴っていきます。

2009年05月

《死》の歌声vol.45

ここで私自身の《死》に関する認識を書いておく。私の尊敬する哲学者で三木清という人がいる。三木清が「人生論ノート」という論文に書いている事を少し紹介したい。
三木清は「人生論ノート」〔死について〕で、
『ゲーテが定義したように、浪漫主義というのは一切の病的なものの事であり、古典主義というのは一切の健康なもののことであるとすれば、死の恐怖は浪漫的であり、死の平和は古典的であるということもできるであろう』
と述べている。私はこの部分を読んだ時に真っ先に考えた事が、シューベルト歌曲【魔王】は浪漫的であり、【トゥーレの王】は古典的であるという事である。少なくともそう強く感じた。これはシューベルト歌曲を歌ったり勉強したりする上で非常に興味深い。
それから三木清は「人生論ノート」〔幸福について〕で実にシュールに表現しているのが、
『死そのものにはタイプがない。死のタイプを考えるのは死をなお生から考えるからである』
と述べている事だ。シューベルトが様々な詩人の詩に実に多様な曲をつけている事は、シューベルト自身がかなり強く生から《死》を意識していた可能性も有り得るという仮説が考えられる。シューベルトの死生観が垣間見える気がする。続きを読む

《死》の歌声vol.35

私自身シューベルトに関してもシューベルト以外の作曲家に関しても《死》を特別殊更表現する事を目指していた訳では無いのだ(笑)飽くまで他者の評価は客観的である。私にシューベルト歌曲、特に《死》を連想させる曲を歌う事に何らかの感銘を持って戴けたのだから、敢えてそれは私自身の声楽的な特性として認識して行くべきなのではないのだろうか。私は強くそう考える。
別に、愛や美や喜びなどの表現はそれらに適した声質の歌手に任せておけば宜しい。私は私自身にしか出来ない事を歌でやりたい。私の声が持つ私自身の特性を発揮したい。他人と同じ事を目指しても、演奏家・芸術家・表現者としては全然面白く無い。《死》を歌い《死》を表現するという事は私にとって最高に魅力的だ。
ウィーンでのレッスンでも、バッハ【Bist du bei mir】やシューベルト【こびと】など難曲の評価が想定外に良かった事もこの私自身の考察を後押しするものだと考えている。
この事について既に1週間程考え続けている。
まず、シューベルト歌曲だけで《死》に関連した曲を探した。簡単に探しただけでも14曲あった。【魔王】【死と乙女】【こびと】【トゥーレの王】以下10曲(爆)とにかくかなりの曲数がある。続きを読む

《死》の歌声vol.25

つまり、私自身が表現しようとしていなかった事が聞き手に伝わったというか感じ取れた、という事になる。
これは私自身の持論であるが他の演奏者に当て嵌まるとは思わないので他人には絶対にオススメしない考えなのだが、
《表現とは志向性の問題ではなく寧ろポテンシャルの問題である。表現を頭で考えたり楽譜から読み取る努力よりも、寧ろ曲に表現されている内容が自己の経験や認識として内在されているのならば、それをわざわざ表現しようと躍気にならなくとも声や楽器を媒体として自然に自ずから表に現れるのが芸術に於ける表現である》
というのが私の持論である。要するに、私自身あれこれ【トゥーレの王】に関する解釈やら講釈やらに苦心しなくとも、私自身の中に【トゥーレの王】という曲にリンクされた経験や自己認識が印象付けられて自分自身のものとなって内在されていれば、意図的に何かを表現しようとしなくても自然に私の歌に表れるはずである。
今回この【トゥーレの王】で以上の事が起きた。私自身が表現したいと躍起になった事など皆無であったシューベルトの死に対する概念?憧憬?予感?とにかくそれらのいずれかを聞き手が感じたと実際に私に伝えて来たのだ。続きを読む

《死》の歌声vol.15

先日の演奏会でシューベルト歌曲【トゥーレの王】を歌った時に観客の方の一人の男性からある感想を頂いた事は以前ブログに書いた。
『あなたの【トゥーレの王】を聴いた時、シューベルトはあれ程の若さで、いつも常に死を考えていたという事が非常に伝わって来た。とても素晴らしかった』
私は彼の言葉を聞いて非常に励まされた。勿論、「素晴らしかった」と評価された事では有り得無い(笑)恐らくは日本では殆ど歌われる事は無く、海外の有名歌手であっても殆ど録音が残されていない、私が歌ったシューベルト【トゥーレの王】を聴いてシューベルトの《死》の表現を予感させたという事実に非常に驚きと感動を覚えた。
私自身【トゥーレの王】を歌う時にシューベルトの《死》の観念を表現しようなどとは微塵も考えて無かったので余計に驚いたし感動した。このシューベルト歌曲【トゥーレの王】はゲーテの戯曲「ファウスト」の中でマルガレーテが鼻歌のように歌う小さなバラードで、北方伝説を単調なメロディで歌われている小曲である。トゥーレという国の王が亡くなった最愛の后から贈られた黄金の杯を大切にして、王の死の間際にも誰にも譲らず自分の死の時に海に沈めて瞳を閉じるという物語である。続きを読む

コンプレックスvol.25

過去レッスンを受けた先生方からも色々な事を言われた。
『あなたにモーツァルト歌いになれとは言わない』
『あなたがモーツァルトを歌って余計な苦労をしなくてもいいと思う』
『あなたはモーツァルトを歌う声は持っていない』
その指摘のどれも間違っているものでは無かった事は私自身が一番良く理解納得している。非常に的を得た指摘の数々である事は何等間違い無い。たがらこそ私自身にとってモーツァルトはコンプレックスなのだ。自分自身が一番良く認識していて身に染みて自覚しているからこそ、苦しい。ただ今回例外的だった事は、私自身の声質の適性に於いて日本の認識とウィーンでの認識がかなり大きく違ったという現実である。これが私自身を混乱に招く一因になった事は否定出来ない。しかし飽くまでもコンプレックス自体が自分自身の要因以外に原因を転嫁する事自体不可能である事は言うまでも無い。少なくとも声楽の個人レッスンを10年近く続けて来た人間が他人の評価をアテにするという馬鹿げた事を今更するなら今まで間違った認識で自分が歌い続けて来たと判断する事の方が余程理屈としては筋が通る。何にせよ全て自分自身の責任に於いて歌の勉強をして来たはずなのだから。続きを読む

コンプレックスvol.15

先日のモーツァルト歌劇【魔笛】パミーナの一件から暫く考えた。
結論として、暫くはモーツァルトのオペラの勉強は無期限で棚上げする事に決めた。
理由は幾つかある。
まずこのモーツァルトのオペラの役柄に関する声質や適性の問題はもう今に始まった事では無い、という事。2006年モーツァルトのメモリアルイヤーに、千葉で演奏会にモーツァルト歌曲2曲とオペラ【ドン・ジョバンニ】からツェルリーナのアリアを歌って大崩壊、ハリセン先生の元で暫くツェルリーナのアリアの勉強を続けたが、余りに辛かったためおよそ3ヶ月以上も楽譜を開かなくなってしまった時があった。その頃は、どんなに長くても20分程の演奏を本番で行い、しかも演奏会の申し込みも2〜3ヶ月前位で良かったしピアニストも特定してお願いしていなかった。しかし今現在は今年は既に後1回4曲演奏会で歌う事やリサイタルで9曲歌う事が決まっている。自分の都合だけでお断り出来る状況には無く、リサイタルに関してはもう会場も確保してある。自分自身のコンプレックスがどれ程深刻かつ重要な問題であったとしてもキャンセルは社会的・人間的信用や信頼関係に多大な損失をもたらす。だから楽譜を開けない状況は避けなければならない。続きを読む

『パミーナは違うんじゃない?』vol.31

7月には千葉でシューベルト4曲の演奏会と12月にはヘンデルのオペラアリア9曲のリサイタルが控えている。それでなくても昨日の演奏会でシューベルト【トゥーレの王】の課題が露呈した形となった。ここで今歌えなくなるような事になる訳にはいかない。暫くモーツァルトの勉強を再開する時期について見合わせる事も必要かも知れないと思った。もともとパミーナをどう歌って良いのか解らなかった上に今回余計に混乱してしまった感がある。期限付きの苦しみならば耐える事も可能だろうが、この件に関しては何処に出口があるのか見当すらつかない状況である。パミーナを勉強する気持ちはあるが、これ程までに根強い違和感、しかも自他共に根着いてしまっている認識を一体どうしたら自分自身克服出来るのだろうか。確かに、例え演奏会で歌う事が無くてもワーグナーの勉強を諦めないと決めた時も自分自身の気持ちに踏ん切りが付いて開き直る事が出来るまでに相当苦しんだ。
開き直る、という事は存外難しく厳しい事なんだと改めて認識した。こんな苦しみは期限付きにして貰いたいものだな、と改めて思い直した。演奏する人間の孤独な闘いのモノローグ(笑)

『パミーナは違うんじゃない?』vol.21

他人が聴いてもパミーナは違う、自分自身でもパミーナは違うのではないかと思いながら勉強する事は出来たとしてもわざわざ演奏会で歌う事が出来るだろうか。ウィーンで歌うなら構わないだろう。日本の認識とヨーロッパの認識が違うのは当然の事で、どちらが善し悪しの問題では決して無い。一番の問題は、自他共に違和感を持っているパミーナやスザンナなどを自分自身勉強して歌う事について心の整理がついていない、という事である。今日スザンナやデスピーナを歌ったソプラノの彼女、私がスザンナを歌ったとしても本当に全く違うスザンナにならざるを得ない。パミーナにしてもスザンナにしても、聴き手に例えどれ程の違和感を与えたとしても開き直って歌うだけの心の整理と気持ちの強さを持てないでいる、という事が一番辛く苦しい問題である。しかも、この問題に関しては誰も助けてくれない。自分一人で乗り越えるか、諦めるかしかない。今まで散々オペラの声質やレパートリーにはこだわり続けて来た。プロやアマ、自分自身にも厳しく考えて来た。だからこそウィーンでワーグナーをNOと言われて帰って来た時も本当に泣きながら考え、目標としていた演奏会本番を諦めても勉強すると苦汁の決断をした。続きを読む

『パミーナは違うんじゃない?』vol.11

昨日、ハリセン先生&谷岡先生のお教室演奏会が終わって打ち上げの時の事だった。ハリセン先生のお教室の方々はモーツァルトが好きな方々が多い。私が今年3月にウィーンへ行ってレッスンを受けて来た話をしていた。そこでウィーンの先生からモーツァルトの課題を沢山出された話になった。私自身こんなにモーツァルトの課題が多い事や勉強する役柄が多い事、また自分自身が考えていたレパートリーとは違う事が多い事など、やはりモーツァルト好きな方々に聞いて欲しいという気持ちもあった。2回ほど一緒にモーツァルトのオペラのアンサンブルを歌って下さった方もいたので、また来年一緒にアンサンブルをお願いしたいと思った。そこで私がウィーンでN先生からモーツァルト【魔笛】のパミーナを是非勉強するように指摘された話をした。中には今日の演奏会で初めて私の歌声を聞かれた方々も多かったのだが、皆さん口々に言われた事が、
『パミーナは(声が)違うんじゃないの?』
という事だった。自分自身、そうした指摘はされるだろう事は考えていたが、こうも皆さんに口を揃えて同じ事を言われると流石にやり切れない思いが強くなった。もちろん日本の認識とヨーロッパの認識がかなり違う事は書いた。続きを読む

移調の落とし穴vol.21

リサイタル本番の時には、歌い出しの音すら弾いてもらわなくてもよかった位に歌い込んでいたので声の響きの感覚としては高声用のキーが体に馴染んでいたので中声用のキーの響きにかなり違和感を感じた。歌い出しの和音を弾いて貰わないと歌い出す事すら困難だった。考えてみると確かに仕方が無いのかも知れない。【トゥーレの王】を中声用のキーに変えて練習し始めてからたった1ヶ月半しか経っていないのだ。4ヶ月集中して高声用のキーで練習していた事を考えると仕方が無いのかも知れない。しかも、7月には千葉でシューベルト歌曲4曲の演奏会本番があり、そこでも【トゥーレの王】を中声用で歌う事になっている。この演奏会で中声用【トゥーレの王】を歌った事で新たな課題が発覚したが、まだ2ヶ月あるので何とか修正して行かなければならない事は明らかになった。なかなか厳しい。
余談だが、演奏会を聴きに来て下さったお客様の中に一人だけ【トゥーレの王】とても感動して下さった方がいらっしゃった。彼はこう話された。『シューベルトはいつも死について考えていたのだと、あなたの歌を聴いてとても強く感じた。それがとても伝わって来た。』
私の歌声は、生よりもより死に近いのだろうか?

移調の落とし穴vol.11

昨日ハリセン先生&谷間先生のお教室演奏会だった。久しぶりの本番、ウィーンから帰って来てからは初めての本番だった。演奏会に出る事は急遽決まったので歌う曲はシューベルト【トゥーレの王】1曲のみ。一度リサイタルで歌っている曲なので暗譜も出来ているし、前日喘息発作で多少体調は良くなかったが、声の調子は悪くなかった。本番前に2時間スタジオでゆっくりストレッチと発声練習をして会場へ向かった。会場は以前2度程歌った事がある小規模な練習室で、響きは悪くない。余り声を出そうとしなくても充分に響く。リハーサルで私の番になり舞台へ上がった。伴奏の谷岡先生に、【トゥーレの王】は前奏が無いので最初の音が欲しいと話したら、歌い出しの1音だけ弾かれた。でもその歌い出しの音を聴いても歌い出せなかった。声を出す事に少し戸惑った私は谷岡先生に最初の歌い出しの和を和音で弾いて頂くようお願いした。歌ってみた時、かなり自分自身の声の響きに違和感を感じた。音程が下がりやすい。上手く音がはまらない。かなり焦った。焦るとブレスが続かなくなる。どんどんテンポが遅くなる。途中歌詞まで一語間違えそうになってしまったが、何とかリハーサルを終えた。続きを読む

移調楽譜作成vol.25

私と谷岡先生の間にしばしの沈黙が流れたのは言うまでも無い(石化)頼むよ〜谷岡先生〜(号泣)しかし谷岡先生は楽譜を見て、
『原調はEs-dur、それを低声用に転調したらC-dur、出来る出来る!たった2ページだし、勉強にもなるし!最初から高いお金払って移調楽譜を依頼するのも悪くないけど、せっかくハ長調なんだから自分で頑張ってみなさい。出来上がった楽譜をチェックする事は私にも出来るし、その上できちんとした綺麗な楽譜を作りたいなら改めて移調楽譜制作会社に見積もりして貰って作ってもらえばいいんだから。とにかくまずは自分で頑張って移調譜作ってごらんなさい♪』
・・・・・・・・・・・・・・・。実に楽しそ〜に軽やか〜に谷岡先生は私にそう言った。あの〜、私はピアノを習った事はありません。ピアノも弾けません。それでピアノ伴奏の移調楽譜自分で作るの???マジですかあああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜・・・・・?????というワケで自分で【Bist du bei mir】の移調楽譜を作る事になってしまった。楽譜が出来たら谷岡先生にチェックして頂く事になってしまった(自爆)嗚呼、どうしませう(誤爆)取り敢えず頑張ってみますとは言ってみたものの、内心かなり冷汗滝汗だった。出来るかいな〜???続きを読む

移調楽譜作成vol.15

前回の谷岡先生のレッスンである相談をした。
ウィーンでN先生からバッハ《アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳》からの歌曲【Bist du bei mir】のレッスンを受けた時に、N先生やM先生から、
『高声用よりも低声用のキーの方があなたの声に合っている』
とアドバイスされたのでウィーンから【Bist du bei mir】の楽譜をピースで購入して来たのだが、私が持っているヘンレ版とは歌詞が少し違った。そこで先日、青山のカワイに行って《アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳》の楽譜を探した。しかし原調版しか存在しないらしく、今度はバッハの歌曲集を探した。ペータース版もベーレンライター版も無く諦めかけていたら、ブレイトコプフ版にようやく【Bist du bei mir】が掲載されているのを見つけた。しかもバリトン用と書かれていたのだが、要するに低声用で私がウィーンから購入してきた楽譜と同じ調だった。しかしやはりヘンレ版と歌詞が違う。こだわった私は結局楽譜を購入しないで帰って来た。仕方が無いのでウィーンから購入して来た楽譜をコピーして歌詞だけ一言書き直して楽譜を使用しようと思ってヘンレ版の楽譜と見比べていたら、何ととんでもない事に気が付いてしまった。続きを読む

久しぶりの本番3

近日中に、ハリセン先生&谷岡先生のレッスン生のお教室演奏会がある。仕事で今月のシフト希望を〆切った後に聞いた話だったので出られないだろうと思っていたのだけれど偶然休日になったので歌わせて貰う事にした。ただし、歌う事を決めてから本番まで時間が無いので、1曲だけ歌う事にした。
ウィーンでレッスンを受けたシューベルト【トゥーレの王】を歌う。ウィーンから帰国してから谷岡先生のレッスンで、
『この曲は何も言う事は無いから、もし演奏会出られるならこの曲歌って欲しいな〜』
とリクエストされた(笑)ウィーン帰国後初の演奏会である。ウィーン帰国後、まだ私の歌をハリセン先生には聴いて頂いていない。何だかとても緊張している。例え1曲だけでもウィーンでの具体的な成果が表れる演奏会になる。きちんとウィーンでの成果が出せれば良いんだけれど、余り自信は無い(苦笑)それでも出来るだけ集中して取り組む事が出来ればいいな、と考えている。余り考え過ぎないで自然にウィーンでレッスンを受けた通りに歌う事が出来ればいいかな〜と思う。良い評価というよりも寧ろ、ウィーンで受けたレッスンを良い意味で演奏会で形に出来たら嬉しいな、と考えている。でも緊張するな(笑)続きを読む
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