晴れの日はANDANTE

私のライフワークである歌曲やオペラ、日々の練習やレッスンについて、気ままに綴っていきます。

2009年07月

悲しい後悔5

まだ喉が快復せずに歌う事や声を出す事以外で何かやれる事が無いかと考えていた時だった。今年ミラノスカラ座が来日するのだが、ヴェルディ【アイーダ】【ドン・カルロ】が上演される予定だ。今年来日のヴェルディ・オペラの期待のメゾソプラノ、ルチアーナ・ディンィテーノが来日するのだ。
しかし、お値段がかなり高いためちょっと考えて迷っていたが流石に喉の炎症で歌えなかった頃、毎日毎日辛い事が決して少なくはなかったのでミラノ・スカラ座のチケットがまだ高額な席でも良いから残っていないかかなり調べたのだが無駄だった。
ルチアーナ・ディンティーノは2001年イタリア、パルマのヴェルディ・ガラ・コンサートを開いてから注目をしヴェルディのオペラを歌うメゾソプラノだった。彼女は【ドン・カルロ】エポリ公女、【アイーダ】アムネリスを歌っていた。とにかくもの凄い迫力の声で、チューリッヒ、ドレスデン、ウィーン、そして今年はミラノ・スカラ座で歌うワケだ。私はルチアーナ・ディンティーノの【ヴェルディ・ガラ】や【アイーダ】など持っているが、私が必ず死ぬ前にはディンティーノの生声をナマで聞いて見たい。あと8年あれば何とかディンティーノの歌声が聴く可能性があるかも知れない。

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【路上のソリスト】5

先日、喉が回復せずにレッスンも練習も出来ずにブログも休止していた時、とにかく声を出す事や歌う事以外で何か出来る事をやろうと考えて以前から気になっていた映画【路上のソリスト】を観に行った。もっと早く観に行けば隣の駅の映画館で上映していたのだけど、今はもう日比谷シャンテでしか上映していなかったので、休日なのに珍しく早起きして日比谷まで出掛けた。(笑)
この映画、解説では「統合失調症のチェリストと新聞記者との心の交流etc」と書いてあったのだが、そんな生やさしい映画とは思えなかった。実話だという事だった。恐らく日本でこのような映画は創れないだろうと思う。この映画は、プロアマ問わずどの楽器かも問わずとにかく演奏者には観て欲しいと強く感じた。しいて言えば、ベートーベンの交響曲がとても美しく効果的に使われていると感じた。それ以外は・・・・・人間の音楽を奏でる事に対する欲求というか執着というか、演奏する人間にとっての音楽っていうのは、心の一部というか命の一部というか、音楽を演奏する人間と演奏しない人間との大きな隔たりというか乖離というか、違いをかなり具体的な映像というツールで実感する事が出来たというか、かなり私としては衝撃的だった。

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再開5

ようやく気持ち的に落ち着いて来て、喉の調子も少しづつ戻って来た。
先日練習を再開した。まだまだ完全ではなかったが、先日の千葉での演奏会に比べたらだいぶマシになった(笑)なにしろ、ヘンデル【エジプトのジュリアス・シーザー】のクレオパトラがわりかし楽に歌えたし、最高音2点B音もきちんと声として出せた(笑)
ミルヒー先生にも来月からレッスン再開をお願い申し上げた。

最近、急激に環境が変わった。40歳にもなると環境の変化に適応するのに時間が掛かるかな〜?と思ったら意外とど〜にでもなるらしい(笑)今まであったものを失くしてしまったが、無い事に慣れてしまえば案外人間って大丈夫なものだ(笑)
幾つか自分自身に対するお約束を作り直した。
まず、歌だけに集中する事。
寿命はあと8年と考える事。
好きなだけ酒を飲む事。歌う事に困る病気、喘息や風邪以外の病気の治療は全て中断。
毎年ウィーンに行く事。
一番大きな決断。ヴェルディ【La Traviata】のヴィオレッタは一生歌わない事。

自分で蒔いた種だから自分自身の手で苅るが、刈り方は自分自身で決める。反省はしているが、心が届かない時はどんなに頑張っても無駄な事がある。そういう時は無理しない。

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お知らせ

都合により、暫く休止致します。

白紙徹回vol.35

先日の演奏会が終わってから、風邪で喉を痛めて本番で充分に歌う事が出来なかった事にかなり落ち込んで、その上演奏会のための連休のせいで夜勤が続き中々喉の状態が改善せずにかなり辛い日々が続いている。いつになったら歌えるようになるのか不安で不安で仕方が無かった。自分自身ここまで落ち込んでしまうと大概ネガティブ思考になってしまうのは仕方が無いし、何より誰も助けてくれる訳では無いのでとにかく喉の回復を毎日泣きながら待つしかなかった。流石にこれではいけないと思い、なるべく外へ出掛けて友達や親しい人と過ごしていた。
それでも不安が抜けないまま前回のブログをアップした時に真っ先にメールをくれたのが、千葉のヤンクミだった。明けない夜のような気持ちが少しだけ和らいだ。
そこで私からもヤンクミにメールを送った。今回の演奏会で約1年振りにウィーンでのレッスンを経て私の声を聴いた感想をヤンクミからまだ聴いていなかったし、自分の声で今後どのような方向性で歌って行ったり勉強して行ったりすれば良いのかすっかり見えなくなっていたからだ。しかも喉の調子が回復せずに歌う事が出来ない。そのストレスはマックス寸前だった。ヤンクミから返信メールが来た。

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白紙徹回vol.25

私自身が他人の評価に振り回され過ぎた事は私の落ち度である。だからこそきちんと自分自身で考えて自分自身で決めて行くしか他にやりようは無いだろうと考える。私は何が歌いたいのか、という事を。勿論、先生方々から勉強するように勧められた曲に関してはきちんと勉強して行くというスタンスは変わらない。糾し、誰かが私に対して言った意見に関しては今まで以上に注意深く吟味する必要性を強く認識しなければならないという事である。ヨーロッパの権威主義に右倣えする必要性は無いだろうが、それ以上に日本人の権威主義に振り回される必要性も全く無い、という事である。谷岡先生のような、何よりも高い知性に裏付けされた強い意思と使命による選択には意欲的に臨んで行きたいが、それ以外の事に振り回されるのはいい加減御免被る。今回、演奏会直前に風邪で喉を痛めた経験からよくよく考えた。今回喉を痛めても何とかギリギリ頑張る事が出来た理由は幾つかあるが、何よりも私自身が歌いたかったシューベルトの曲だからこそあれだけの集中力を持って演奏会本番の舞台に穴を開けずに済んだという事は大きな要因だと考える。少なくとも歌うにはハイリスクの生活をしている事は紛れもない現実である。

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白紙徹回vol.15

最悪の演奏会を終えてから暫く一人で考えた。ウィーン以前のレパートリーや演奏会本番で歌う曲について、イタリア歌曲&イタリアオペラもドイツ歌曲&ドイツオペラも全面的に見直す。理由は幾つかある。
一つには、私自身が歌いたい曲だけ歌えば良いのだと改めて考え直した事が挙げられる。自分の声質に向いていない曲やキャラクターが合わないと判断した役を無理に歌う必要性が無いと思い直した。だって、誰の為でも無い《自分の為に歌う》のだから。糾し、パミーナは歌う。理由は、谷岡先生が私がパミーナを歌う事を強く望んだからである。谷岡先生は非常に強い意思を私に示してくれた。私がオペラを歌う以上パミーナは絶対に歌わなければならないという一種例外的な強い姿勢を示してくれた。だからこそ私自身パミーナを勉強して歌う事を決心する事が出来たと言える。あれ程「パミーナは違う」と言われたのにも拘わらず。心からの強い意思はしばし人の心を動かす。ウィーンでコンチェルトハウスのB先生からシューベルト【こびと】のレッスンを受けた時の事は、このブログにも何度となく書いた。恐らくウィーンのB先生は私がシューベルト【こびと】をレッスンして欲しいとお願いした時、驚いたはずだ。
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最悪の声vol.21

私の苦しみは誰にも理解出来ない。歌手しか理解出来ない。理解出来るとホザく方は詐欺師だ(笑)歌わない人間が私の苦しみは理解出来ない。理解してくれなんざお願いすらしない。それでも、私を励まして下さった演奏者の方々は、きっと私の事を精一杯理解しようと御厚意を下さったと思う。本当に涙が流れるくらい感謝申し上げる。私も流石に今だけは、本当に心の底から誰かが、助けてくれとは言わない、でも、せめてほんの少しの力や慰めでも力を貸してくれたなら、と心の底から願わなければ歌って行く事すら困難だろう。
本当に辛く苦しかった。私以外の方々は本当に困難な曲に相対してくれているのに、よりによって私自身が一番不甲斐ないのだ。私自身頑張った。だって、この先もう【こびと】を歌う機会は無いかも知れない、そう思うと意地でも歌わなければならないと頑張った。
でも、この声ではどうしようも無い。結局、結果は最低最悪だった。
もう誰も私の演奏来て欲しくない。私自身だって自分がこんなに声の調子が悪い本番には誰にも来て欲しくない。本当に悲しい。私の声が好きではないのなら、余計な人達には聞いて貰う必要は無い。
今度はいつになったら歌えるようになるのだろうか。

最悪の声vol.11

千葉での演奏会本番、恐らく今までの演奏会の中では最低の声で歌ったと思う。今回私自身が最大の目標としていた、ウィーンでレッスンを受けて来た成果を出したい、その事は半分くらいは達成したと思う。曲の表現、解釈などウィーンのB先生から教えて貰った事は出来る限り再現しようと努力した。でも一番の問題は本番前1週間前に風邪で潰した《声》だったと思う。1曲目の『野薔薇』から既に「苦しそうに聞こえる」と批判を受けた。仕方が無い、本当の事だ。演奏者が幾ら演奏会本番直前までどれ程声の調整に難儀して声の不調に苦しもうが、歌わない《聞き手》には何の言い訳にもなりはしない。そんなフザケた言い訳をしようと思わない。ただ、ウィーンの先生方に申し訳無い気持ちと、自分自身もう演奏会で歌いたく無い気持ちで嫌になる。それでも演奏会本番当日の朝も出来る限り薬を飲みまくり、胃が痛くて吐くまで大量の薬を飲んだ。風邪薬、消炎剤、鎮痛剤、胃薬、抗生物質、ステロイド剤。それでも咳と喉の痛みは治まらず鎮痛剤の座薬を極量使用して演奏会本番直前ようやく喉の痛みを感じなくなる程度に治まった。仕方がなかった。今更舞台を降りる訳にはいかない。自分が意地でも歌うと決めた舞台だ。

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千葉から帰宅1

今日の午後、千葉での演奏会本番を終えて帰宅した。
喉の痛みと疲労と悲しさと後悔で、今は千葉での演奏会本番について書く事が大変難しい状態であるので、また後日、自分自身の気持ちが落ち着いたらこのブログに書きたいと思う。

最終調整vol.23

千葉のヤンクミ宅に到着。ヤンクミは笑顔で迎えてくれた。ブログを読んでいてくれたヤンクミもとても心配してくれていたとの事だった。ヤンクミとも話して、今日のピアノ合わせは軽目にして曲のチェックと確認する程度にしておこうという事になった。私も、スタジオの発声練習では無理をせずに発声とシューベルト【野薔薇】【トゥーレの王】の2曲だけ軽く歌って来ただけだった。【菩提樹】と【こびと】は全く歌っていない。もう10日以上も歌っていなかったので、今日のピアノ合わせでも一体どうなる事やら、と思っていた。しかし、高音域は流石に少し低めに出てしまっていたが、その他は余りいつもと変わりが無いくらいには歌えた。本当に、リズムやテンポの詳細を調整するだけで済んだ。これはやはりヤンクミの力に依る所が大きいと思う。4曲一通り通して今日はピアノ合わせは終了した。
ヤンクミも今日の私の声を聴いて多少安心してくれたみたいだった。最低でも今のピアノ合わせと同じ状態なら明日は何とか歌える。もの凄くホッとした。ヤンクミが、
『この前のピアノ合わせの時は、何が何でも成果を出そうとしていてかなり力んでいた感じだったけど、今日の方がシューベルトらしく聴こえるわ』

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最終調整vol.13

昨日の夜勤明けで話し声も出ない程喉の状態が悪かった。夜勤が終わってから病院を受診、ポリープは病理検査の結果class砧廟との診断だった。取り敢えず青森に無治療で帰省は無くなった。少しホッとして帰宅した。緊張が緩んだせいか帰宅後は爆睡(笑)目が醒めたのは夜だった。
久しぶりにぐっすり眠ったのかも知れないが、起きてみると喉の痛みも少しだけ緩和していた。ようやく薬の効果が出て来たのだろうか。今日の朝夜勤明けのままの状態だったら演奏会本番はお断りしなければならないかも知れないと覚悟していた。とにかく休養と睡眠と食事と薬、それでも喉の状態が戻らなければそれはそれで仕方が無いと半ば諦めていたが、今の状態なら何とか無理さえしなければ演奏会本番は行けるかも知れない。そう思って、ヤンクミに取り敢えずはピアノ合わせのお願いをメールした。演奏会前日のピアノ合わせで声が出なければ、ヤンクミに素直に演奏会に出演は中止をお願いするつもりだった。今日はまずスタジオで1時間だけ発声練習。もう10日近く声を出していないので不安で仕方が無かった。それでも勇気を出して、軽目に発声練習を始めた。意外に喉の痛みは無く、発声の音域もいつもと変わらなかった。

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