晴れの日はANDANTE

私のライフワークである歌曲やオペラ、日々の練習やレッスンについて、気ままに綴っていきます。

2009年12月

Chage Year

今年一番の大きな出来事は、ウィーンでレッスンを受けられた事。
生まれて初めての海外旅行が、観光では無く声楽のレッスンでウィーンだった事。
これは私の人生に大きな衝撃と豊かな変革をもたらした出来事だった。私自身、非常に変化したと実感している。勿論、現実と向き合わなければならなかったので、色々と辛い事や悲しい事はあったけれど、それでも余りある「幸運」だったと実感している。

ウィーンの空、ウィーンの風、ウィーンの雪、ウィーンの雨、ウィーンの大気、そしてウィーンの音楽。

モーツァルトが、ベートーベンが、シューベルトが、永い音楽の歴史の中で今も生き続け息づいている街。
今迄、日本しか知らなかった私にとって、歌う事の厳しさを最も教えてくれた街、ウィーン。
私が持っているもの、私に足りないもの、私に出来る事、私がやらなければならない事、それをとってもとってもたくさん教えてくれた、ウィーン。
私のウィーンへの挑戦は、永遠に続く。
私が歌い続ける限り、永遠に。


もう一つの大きな出来事は、年に2回もリサイタルを開いた事(笑)
今年の2月、初リサイタルなんて言っていたけれど、リサイタルを2回歌い切った事はとても大きかった。
看護師の仕事をこなしながら、ウィーンへレッスンに行き、年に2度のリサイタル開催。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、流石にハードだったなあぁ(爆死)と、自分自身でも結構呆れているカンジ(苦笑)
2月のドイツリートのリサイタルでは、シューベルトがある程度の形になった事とドイツオペラの勉強に着手出来た事。
今月のヘンデルのリサイタルでは、クレオパトラという大きなレパートリーを獲得出来た事。
何れも、私自身の声楽人生にとって大きな転換期となった事はもはや言うに及ば無い。
バロック音楽の中に一つでも自分自身のレパートリーが存在するという事が、これ程の大きな自信と希望に繋がるものなのか、と喜びで胸が躍る。オペラ全幕通して一つの作品、一つの役柄と向き合い学び歌うという事は、本当のオペラ歌手になるために必須であり、これ程に大きく重要な事であったのだと心から感激し実感した。
リサイタルで歌っていた私は、正にクレオパトラだったと、断言出来る。
ヘンデルのリサイタルは本当に本当に勉強になったし、非常に良い経験になったと思う。
改めて、ヘンデルの音楽の素晴らしさと美しさを実感している。ヘンデルはやはり「音楽の母」であり音楽史上に残る大天才だったんだなあぁ、と思う。
ヘンデルの音楽に出逢い向き合い学び歌う事が出来た事、本当に私自身にとって大きな変革と豊かな実りをもたらしてくれた年だったと、改めて想う。

人との出逢いも大きかった。
私の声と歌の理解者と初めて出逢えた事は、これからの私の声楽人生の中で大きな心の支えとなるだろう。
私の歌声から、青空を感じてくれたこと。
これからも私の歌声を聴いてくれる人に、ずっとずっと心に青空が見えるように歌い続けて行きたい。
いつまでも、私の歌声を聴いてくれるそこに座っている唯一人のために、心から歌える歌手でありたい。
私が伝えられる事を、一つでも多く受け取って欲しい。
そして、一緒に歌い続けて行く事が出来たなら、私の声楽人生にとって、これ以上の幸福は無いと想う。
歌を愛する者同士、共に在る事が出来ますように。

思い起こすと、歌って歌って歌いまくって、それでも目の前には大きな課題ばかり。勉強しても勉強しても、すぐに大きな壁が幾つも立ちはだかり、でもその度にまた勉強出来る事が嬉しくて、歌う事が楽しくて、どんなに辛い事や悲しい事や苦しい事ばかりで心無い人間に出会っても、またいつものスタジオのアップライトピアノの前に座って、泣きながらでも歌い始める自分がいつもそこに有った。
ウィーンのレッスンで歌える事、リサイタルや演奏会で悔い無く歌える事だけを目指しそれを心から望み、たくさんたくさん辛く苦しく悲しい事を乗り越えて来た。
もう、あんまし怖い事は無いのかも知れない。
私は、一人でもちゃんと歌って行ける人間なんだよなあぁって、ちょっとだけ気持ちを強く持つ事が出来るようになった。
それは、きっと私が持っている大きな宝物の一つなんだと思う事が出来るようになった。

来年の目標?????
シューマンのリサイタルを歌い切る事。
クレオパトラを全て勉強する事。
表現のためのコロラトゥーラを勉強する事。

希望としては、来年またウィーンの国立歌劇場前の焼きソーセージ屋さんで、チーズ入りフランクフルトとチョリソーを食べたい。
ウィーン国立歌劇場のラウンジで、キャビアと生ハムのバケットが食べたい。
勿論、シャンパン付きで(笑)

では、このブログを御覧くださった皆様、今年1年大変お世話になりました。
来年もまた、御付き合いくだされば大変嬉しいです。
どうぞ、良い御年を(^^♪

今日は病院で、年越し・・・・・・・・(核爆)

夢は止められない。

今日は、今年最後の自己練習。
来年リサイタル予定のシューマン歌曲11曲の速度の確認。メトロノームを使用して曲の速度を調整する。ピアニストにどの程度の速度で歌うのかを伝えるために、それと、作曲者指定の速度で歌えるようになるための調整と、調整可能範囲での速度をある程度セレクトしておかなければならない。シューマンの指定速度通り歌う事が出来ればベストだが、ブレスが続かない場合や、曲の表現の幅による最低限度の微調整が必要である。
11曲と言っても、シューマンのリサイタルの選曲は今年春にはもう済ませてあったし、過去に谷岡先生からレッスンを受けた曲もあるし演奏会で歌った事のある「献呈」もある。だから、それ程声をしっかり出す必要も無い。今日は、先日の練習時よりは多少疲労も取れて体力も回復したが、それでも少しきっちり声を出そうとすると、すぐ声帯の疲労を感じてしまう程度の調子だった。だから、飽くまでも鼻歌程度の自己練習に留めた。
今日もシューマンを歌っていて一番感じた事は、シューマンが非常に歌い易くなったというか、表現がしやすくなったというか。これはやはり、クレオパトラを含めてヘンデルのリサイタル9曲を歌い切る事が出来たという結果に大きく起因していると考えている。今迄は、ドイツリートを歌う時には比較的軽めの発声を心掛けて来たのだが、今は今年のドイツリートのリサイタルの時に比べてかなり声の響きが太くなってはいるのだが、自分の声の響やふくよかさや丸さを考えると、これ以上声の響きを細くしたり軽くしたりは、したくないし出来ないな、という感覚を強く感じた。来年の谷岡先生のレッスンでどのように評価されるのかは分からないが、取り敢えず今はこのままの発声で歌う予定である。
特に、シューマンは楽譜に速度指定が多い。きちんと歌えるようにしておかなければならない。

それと、来年ウィーンに行けない場合も想定して練習をしなければならない。ウィーンに行く事が出来ても行く事が出来なくても、シューマンのリサイタルを行う事は既に変えようが無い現実である。但し、そうすると来年夏の千葉でのヤンクミとの演奏会で何を歌うのかを考えなければならない。シューマンはウィーンでレッスンを受けてきてから歌いたいと考えている。しかし、シューベルトのバラードやバッハやベートーベンなどのような難易度の高いリートは、日本でのレッスンだけでは演奏会では歌えない。そう考えると、日本である程度のレベルに持って行けるのは、ハリセン先生&谷岡先生のお家芸、モーツァルトとなる。それも考慮しながら今後の練習やレッスンを行っていかなければならない。

クレオパトラを含めたヘンデルのアリア9曲を歌った結果、非常に声帯を鍛える事が出来たし、声も強さを増したと今日の練習で認識出来た。今後喉を壊さない痛めないように慎重に練習を重ねて行く事が出来れば、モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」のドンナ・エルヴィーラはイケる、と考えている。今の私の声ならドンナ・エルヴィーラをウィーンに持って行く事が出来なくても、何とか演奏会本番に乗せられるレベルに持って行く事は出来る。そういう意味では、やはり夏のヤンクミの演奏会は、モーツァルトか。

自己練習の最後、少し余った時間でシューベルトの歌曲を3曲歌った。「Fischerweise」「Dem Unendlichen」「Thekla」の3曲。どれも来年のウィーンのコンチェルトハウスのB先生のレッスンに持って行こうと考えている曲である。「Dem Unendlichen」は以前バリトンの先生のレッスンの時に持って行った事のある曲である。ジェシー・ノーマンの録音をもう何年も何年も聴いてずっと練習して来た。今の自分の発声ならばきっと演奏会で歌えると考えているが、これも出来ればウィーンでレッスンを受けてから演奏会本番で歌いたい。そういう意味ではシューベルト「Der Zwerg」と同じであるのだ。

取り敢えず、来年に入ったらイタリアオペラの勉強や譜読みや音取りも始めなくてはならない。当面、ミルヒー先生のレッスンはモーツァルト「コジ・ファン・トッテ」フィオルデリージのアリア「Come scoglio」になるが、同時にヘンデルの勉強も行う。まずクレオパトラの残りのアリアとレチタティーヴォの勉強と、件の「輝かしいコロラトゥーラでは無く、表現のためのコロラトゥーラ」を目指すべく、まずはヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」のシーザーやトロメーオやニレーノのアリアも勉強の視界に入れている。ヴェルディ「La traviata」ヴィオレッタのアリアを、そこいら辺のソプラノ歌手のような輝かしい見世物紛いのコロラトゥーラで歌うという愚を犯さないためには、まずコロラトゥーラを表現として十分に歌えるような技術と実力を自分自身のものにしなければならない。そのためにヘンデルの勉強を続ける。
今迄は、ヴィオレッタの勉強に関しては色々な歌手を聴いたり観たりしていた。マリア・カラス、モンセラ・カバリエ、エヴァ・メイ、レナータ・スコット、マリエッラ・デヴィーアなど。でも、ミルヒー先生の御指定はマリア・カラスである。私は、マリア・カラスは非常に素晴らしい歌手だとは思うのだが、はっきり言って好みの歌手では無い。しかもヴィオレッタともなると余り参考にしようとは考えていなかったというのが正直な所である。カラスの声は、所謂典型的なヴィオレッタ歌いの美声とは異なるというのが私の認識である。
しかし、この私自身の認識に非常に大きな落とし穴があった事にようやく気が付いた。ヘンデルのリサイタルの勉強で読んだ、ウィントン・ディーン著「ヘンデル・オペラセリアの世界」での著者の言葉、

「コロラトゥーラの目的は表現であり、輝かしさのためのものではない」

という記述で認識を新たにした。何故、美声では無いマリア・カラスが稀代のヴィオレッタ歌いとして世界の高い評価を受けたのか。今更言うまでも無い。カラスのヴィオレッタに於けるコロラトゥーラの技術は、輝かしい声自慢のための技術の手段では無く、適切な表現に適ったコロラトゥーラであったからである。それが今だからこそ分かる。何故ミルヒー先生がカラスを勉強するよう私に言ったのか。私は決して世の中の多くのありふれたヴィオレッタ歌いのような美声のソプラノでは無い。だから、敢えてカラスを勉強する価値は大いに存在する。
今後、ヴィオレッタの勉強に関してはカラスに絞って行こうと考えている。その他は、せいぜいカバリエに留めるつもりである。自分の表現したい歌いたい演奏を作り上げるためには必要最低限のものがあれば良い。その他大勢の他人と同じ事を努力してまでやる必要はどこにも存在しない。私は私自身にしか出来ない事をやりたい。カラスの真似でも何百回もやれば、決してカラスと同じにはなり得ない。それが勉強と研究という事の真の意味に於いての結果と結論であるというのが私自身の持論である。

単に聴き手を喜ばせるような美声も歌唱も技術も、ただ歌を勉強し歌う事をのみを望みとする私にとっては、何等不必要な事である。

今日、練習から帰って来た時、丁度フィギアスケート全日本選手権フリーの真央ちゃんの出番だった。ちゃんとビデオ録画して行ったのだけれど、ちゃんと真央ちゃんの出番で帰宅出来る辺り、いいカンジ(笑)
真央ちゃん、優勝おめでとう!!!4連覇おめでとう!!!バンクーバー・オリンピック代表選出おめでとう!!!
やっと真央ちゃんが戻って来ました。嬉しいです。
試練を乗り越えると、人の美しさは何十倍にも大きくなるものなんだなあぁ・・・と改めて思った。
私も、来年ウィーンに行く事が出来なくても、頑張らなければならない。その元気と勇気を真央ちゃんから頂いた。

これから年明けまで連続勤務。今年1年の振り返りは、また後日年末に。

のりこえること。

23日、休日でスタジオ練習に行った。
風邪はひいていなかったが、青森行きからの蓄積疲労と精神的緊張とストレスで、声がガラガラだった。
殆ど声を出す事が出来なかった。こんな事は、久しぶりだった。それでも、レッスンや演奏会が無いせいか圧迫感が無く、今日は声は出なくても別にいいや、という気楽さがあった。これも久しぶりだった。
その代わり、ベートーベン、シューベルト、シューマンの歌曲16曲の譜読みをした。きちんとした発声で歌うのでは無く、音取り・譜読み程度で良いからゆっくり休みながら、無理しないで練習した。疲労やストレスは、こんなにも声がでなくなってしまうものなんだと、本当に久しぶりに実感した。想えば、去年ウィーンでのレッスンを決めた時から全速力で走り続けて来た。体調や喉が不調な事などあってはならない事だった。しかも、今回の親父の事で相当参っている自分を改めて自覚した。

シューベルトは、歌っていてとても楽しかった。こんなに緊張無く楽しく歌うのは本当に久しぶりだった。こんなに気楽に歌ったのは、最後いつの事だったのか忘れてしまった。
シューマンは歌っていて懐かしかった。特に「献呈」は5年くらい前演奏会で歌った事もあり、久しぶりに歌える喜びが大きかった。去年、谷岡先生にシューマン「リーダークライス」を数曲レッスンを受けた時よりも、自然な感じでシューマンを歌えているような気がした。今年「クララ・シューマン〜愛の協奏曲」の映画を観に行った時には、シューマンの歌曲をどう演奏したら良いのかすっかり分からなくなってしまっていた。でも、その大きな迷いすら思い出せないくらい、何となくしっくりシューマンが身に染みるように譜読み出来た。

頑張らなくても良い事に少しだけホッとする。

明日も休日だ。本当は、明日は今年最後の休日なので谷岡先生のレッスンを受けたかったのだが、それももう余り無理したくない。
親父の件で、来年はウィーンには行けないかも知れない。ウィーンに行けないのなら、無理して突っ走って我武者羅に練習しなくたって、いいだろう。たまには諦めなきゃならない事だってあるんだよな、と思ったら、今までただただ只管に頑張って突っ走って来た自分自身が、とても愚かで哀れに思えて来て何だか悲しかった。

苦しみや悲しみは、自分にしか分からない。他人が理解出来る筈が無い。だから、もういい。



今日、フィギアスケート日本選手権を観た。
真央ちゃんが、帰って来た。
真央ちゃんがショートプログラムでリンクに滑り出て来たその瞬間から、ずっと手を合わせて祈っていた。
神様、
真央ちゃんが、トリプルアクセルジャンプを跳ぶ事が出来ますように。
真央ちゃんが、バンクーバー・オリンピックに行けますように。
グランプリ・ファイナルに出場出来なくて、この2ヵ月間、本当にどんな想いだっただろう。
ショートプログラムを滑り終わって、真央ちゃんから笑顔が見えた時、私にも涙が零れた。
苦しみは、やっぱり乗り越えるためにあるものなんだなあぁ、と思う事が出来た。
今、自分が苦しい中で喜ぶ事が出来て良かった。
真央ちゃんから、ほんの少しだけ、元気と勇気を頂いた。


私も、来年は駄目でも、その次の年はまたウィーンに行く事が出来るだろうか。
ウィーンで撮った写真、コンチェルトハウスと市民公園のベートーベンの像を見ながら、涙が止まらない。

明日も、練習に行こうと思う。


終ってしまってガッカリしていたのに「のだめカンタービレ」が再スタート!!!オペラ編、しかもモーツァルトのオペラ「魔笛」を、千秋がライジング☆スターオケで指揮して、峰が演出家、高橋君がコンマス、清良や黒木君(ターニャ連れ)真澄ちゃんやや菊池や沙悟浄や萌・薫姉妹も集まり、でも「魔笛」のパミーナ役がブー子こと菅沼沙耶・・・(笑)
楽しみが一つ増えた♪





リサイタル終了、その後雑感

リサイタルが終了してから急遽青森に飛び、急ぎ東京に戻り連続勤務と夜勤、疲労困憊。10日も歌っていないのだが、今私自身にとって一番必要且つ重要な事は、休養と休息と睡眠である。

明日は休日なので、ようやく10日振りに声を出せる。スタジオが何処も空いていなかったので、新しいスタジオを予約する事が出来た。音楽スタジオの入会カードと、クレジットカードの数が同じ位になってしまった(笑)明日は、何の曲の練習をしようか、それだけがとっても楽しみ♪でも迷ってしまう。シューベルトにしようか、シューマンにしようか、モーツァルトにしょうか、ベートーベンにしようか、バッハにしようか・・・・・・・・・・(自爆)

リサイタルが終わって、最近お知り合いになった方と夕食を御一緒させて頂いた。一緒に新宿でご飯を食べながら(私は酒を呑みながら)沢山お話をさせて頂いた。目が見えない方なのに、私のセルセのアリアで「綺麗な青空が見えた」と仰ってくださった。目の見えない方が私の「Ombra mai fu」を聴かれて心の中に描かれた青空はどれ程の綺麗な青空だったのだろうか?彼女は必死に、
「私も歌えるようになるでしょうか???」
と心配そうに尋ねられていたが、私でも10年かけてここまで歌えるようになれたんだから、絶対に大丈夫。私自身がその証明の論拠ですよ♪とお伝えした。無論、誰でも10年真面目に地道に勉強・練習を「怠りなく」努め励めば、少なくとも私程度には、御本人の努力と資質があればそれ以上になられる事が十分可能だと、私は自信を持ってお勧めする(笑)それに、彼女とは今後アンサンブルを歌いたいと考えており、今選曲中である。第一の候補はA.Vivaldi「GLORIA」RV.589から「Laudamus te」という二重唱がある。ソプラノ2人のアンサンブルである。7ページ程の短いミサ曲で、音域も中低音〜中高音で、複雑なテクニックも余り無い。しかし、長くソロで歌うとアンサンブルの感覚が鈍ってしまうので、是非彼女と一緒に歌いたいと考えている。これから点字楽譜に依頼しようかと考えている。
まだ、彼女の声を聴いた事がないので、早く聴いてみたいしとっても楽しみである。

青森に帰っている最中に、ミルヒー先生に無事リサイタルを「何とか歌い切りました」と御報告申しあげた。すると、ミルヒー先生からメールが返信されて来た。ミルヒー先生は風邪をこじらせて咳が酷かったらしく、リサイタル本番には御越し頂けなかった。でも、ミルヒー先生、あんまし心配してないみたいだったんだけど(激爆)それで、ミルヒー先生から、

「コンサートお疲れ様でした。あのプログラムを歌い切ったとは凄いです
あなたの歌にもの凄いプラスになったと思いますこれからが楽しみです

とメールを頂いた・・・(滝汗)そうかあぁ・・・、私ってミルヒー先生にとって今後とっても楽しみな弟子なのかあぁ・・・。とシンプルに考えたら、青森で涙が流れた。リサイタルを中止せず諦めずにヘンデルのオペラアリア9曲歌って来て本当に良かったと、やはり辛く苦しい時こそ感謝の涙が流れた。ミルヒー先生にはまだウチの親父の事は話していないのだが。

東京に帰って来て、リサイタルを聴きに来てくれた友人やお客様のアンケートやメールから、
「(クレオパトラの衣装が)今迄で一番似合っていましたそれよりも歌の方に気持ちが引き込まれてました。来年が楽しみです
「スゴイ迫力で感動しました」
「苛酷な運命に涙を流しの曲、最高です。感動しました。声も素敵です」
「夜勤明けだったから眠たくなるかなと思ったけど全然でしたやっぱり高音が綺麗ですね。ピアノの音をなぞるところも綺麗にピアノと合わさって凄いなと思いましたまた来年楽しみにしてます。素敵な一時ありがとうございました。夜勤の疲れも取れますね」
などの御感想を頂いた。
そして、ブログのコメントも頂く事が出来た。
無論、皆様お褒めの言葉を沢山下さったのだが、これらの御意見と自己評価考察から、これからの課題を熟慮して結果を出し新たな課題と目標を作って行かなければならない。ここから自分の弱点の捻出に躍起にならなければならない。要するに弱点や欠点を克服して行かなければ、進歩向上は無い。後日疲労が少し取れて考えられるようになったらゆっくり考察したいと考えている。少し疲労が取れてからイタリアオペラに関してはレパートリーの再考をしなければならないであろうと考えている。

リサイタルを歌い終わってみると、何だかまだまだ無性にヘンデルを歌いたくなってしまい、連日グラインドボーンの「エジプトのジュリアス・シーザー」のDVDを観ている(激爆)特にシーザー役のサラ・コノリー、コルネーリア役のパトリシア・バートン、トロメーオ役のクリストフ・デュモー、ニレーノ役のラシッド・ベン・アブデズラムのアリアを頭出しで観ている。この4人の歌手は本当に素晴らしい。連日ヒマさえあればDVDを観ているので、一つ気が付いた事がある。それぞれの歌手が歌っている時の、下顎が上に浮いているか首に埋まっているのかで、どのような発声を行っているのかの区別が若干分かるようになって来た。
ミルヒー先生のベルカント発声法では、

「下顎は極力首や肩に埋めるように深くブレスを取り下半身で支える」

事が基本なのである。DVDの映像上これに最も近いのが、シーザー役のサラ・コノリーとトロメーオ役のクリストフ・デュモーである。クレオパトラのダニエル・ド・ニースやセストのアンゲリカ・キルヒシュラーガーは、歌う時下顎が若干上昇傾向である。これは発声方法の違いであろうから特にコメントするべきでもないのかもしれないが、私は今後はサラ・コノリーやクリストフ・デュモーの歌唱も参考に勉強して行きたいと考えている。これは、やはり毎日DVDを見続けている賜物であろう(自爆)
改めて、クリストフ・デュモーが学んだパリ国立高等音楽院、コンセルヴァトアールは凄い、と思った。国際的に有名な学校だから凄いと私が考えている訳では無い。私がコンセルヴァトアールの凄さを一番に認識する理由は、クリストフ・デュモーのような演奏家を、世界のクラシック音楽界に貢献するべき神から与えられた才能を世に輩出する教育を行い演奏家を育て、現実にこのような素晴らしい声楽家を世に輩出しているという「凄さ」である。鳥肌が立つ。

特に、ウィントン・ディーン著「ヘンデル・オペラ・セリアの世界」にも書かれていた事であるが、

「コロラトゥーラの目的は表現であり、輝かしさのためのものではない」

との記述通り、今後はサラ・コノリーやクリストフ・デュモーの録音なども探して行きたいと考えている。それが今後の私の大きな課題の一つになる事はまず間違いないと言っても過言では無いだろう。

そういう意味から考えると、今後のイタリア・オペラの選曲や勉強に関して、一つの非常に有名なオペラの役柄が浮かび上がって来る。無論、G.Verdiのオペラ「La Traviata」(椿姫)のヴィオレッタである。
私は、以前非常に心無い人間の無責任な言動や態度により非常に激怒し、二度とこのヴィオレッタは一生死ぬまで歌わないと心に誓ったのだが、やはりミューズはどうしても私にヴィオレッタを勉強させたいと見える(超苦笑)
ミルヒー先生のレッスンでも、次はモーツァルトのオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」のフィオルデリージのアリア「Come, scoglio」であるが、その後の予定はヴェルディのオペラ「リゴレット」のジルダ「Caro nome」だったのだが、これも以前非常に心無い人間の無責任な言動により、

「ジルダは違うと思うよ」

の放言で、勉強する事が嫌になってしまった。
しかし、このヴェルディの2つのオペラの勉強に関しては、今回のヘンデルのオペラアリアのリサイタルを何とか歌い切る事が出来た事によって、再考の余地あり、と考えている。
この件に関しては、また暫く考えてブログにアップしたいと考えている。
今、この私の太い響きの声でミルヒー先生が、私にどのようにジルダやヴィオレッタを歌わせようと考えていらっしゃるのか、それは私自身にとっても非常に興味深い事項である(笑)

今日はそろそろ休む♪

リサイタル評価考察

リサイタル当日は、前日の不調に比べて喉の調子が良かった。痛みも無かった。ただ空気の乾燥が相当厳しかったため、水分摂取に努めた。
リサイタル前の発声練習は、リサイタル本番のために10分程に留めオクレール先生を待った。
オクレール先生がリサイタル会場のギャラリーカフェに到着してから、本当は前日の不調のためGPはヘンデルのアリアの前半4曲だけを通して歌う予定だったが、調子が良いのでやはり全曲9曲通して歌う事にした。GPは多少マズいトコロがあっても構わず通して歌うだけに留めた。声はリサイタル本番に大事に取っておかなければならない。しかし、会場のギャラリーカフェで一通り通して流れを掴みたいという気持ちが強かった。
リサイタル本番1時間前にはGP終了。後はメイクや着替え。会場のギャラリーカフェ内も非常に乾燥が激しく、水を飲み続けていた。
リサイタル本番は私の友人の到着が遅れたため20分程遅れて開始した。しかし、その分声帯を休める時間が出来た。

リサイタル開始。まずヘンデルについて、今日歌うオペラの概説のMC。

1曲目「アルチーナ」のオベルトのアリア「一体誰が知っているのか、愛する父が何処にいるのか」は、やはり緊張のため前半は体が硬くなりブレスが続かなかった。長年超スロースターターであるため(爆死)今回の経過も想定内の事ではあったので、後半とダ・カーポの部分から持ち直した。最近は他人も出る演奏会などでは1曲目でもそれ程酷い緊張は無くなって来たのだが、流石にやはり自分一人で行うリサイタルはそう簡単には行かない。この「スロースターター問題」は一生の課題になる。今回のリサイタルでの成長は、立て直しが若干速くなったという事か(超苦笑)
2曲目「リナルド」のリナルドのアリア「愛しい花嫁よ」は、恐れていた事が起きた。この曲は長く伸ばす音と休符が複雑なのだが、拍のカウント間違いとブレスの機会を逃してしまった所が2ヵ所あった。これはピアノ合わせの時点から度々あった事だった。ピアノ合わせ時には発声に気を取られて拍のカウントを間違う事が多かった。リサイタル本番では緊張していたので集中力を欠いてしまった可能性が高い。しかし、ピアノ合わせの時点から起こっていた事だったので、オクレール先生が上手くフォローしてくださり大崩壊は免れた。失敗は無いに越した事は無いのだが、やはり本番は何が起こるか分からない(苦笑)練習を多く積み重ねる事によって自分がどのような失敗を起こしやすいのかをきちんと把握しておく必要性は非常に高い。特に私はテンポやリズムに対する感覚が低いように思う。今後、更に勉強と努力と練習が必要だと超反省した。
3曲目「リナルド」のアルミレーナのアリア「私を泣かせてください」は、ほぼレッスン通りに歌う事が出来た。目立った失敗も無く、アルトのキーで何とかここまで歌う事が出来たか、とここでようやく一安心。
4曲目「セルセ」のセルセのアリア「懐かしい木蔭よ」も、ほぼレッスン通りに歌う事が出来た。しかし、レチタティーヴォを歌っていてブレスがやや前に出てしまっていたように感じた。ミルヒー先生の発声のオーダーは、

「ブレスは前に出すのでは無く、下を通って後ろから上に」

という事である。アリアに入ってこれをやや修正出来た。アリアは最初と最後が最も難易度の高い曲である。この修正が良い契機となり、レッスン時と同じく歌う事が出来た。

ここで15分の休憩。メイクをクレオパトラ用に直し、アクセサリーを変え、黒のレースの大きなショールをドレスにくっつけて・・・。休憩時間とは思えない程忙しかった。

後半「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラのアリア5曲。
まず、私のクレオパトラという人物についての解釈を話し、オペラの概要を説明した。私のクレオパトラ像は「絶世の美女ではなく、才智に長け野心的で時に冷酷な策略家であり情熱家」である。

5曲目「貴方は私の希望の星」は、レチタティーヴォからアリアまで、いつものテンションでレッスン通りに歌う事が出来た。この後半のクレオパトラのアリアは高音2点Aが連発で来る。ただ、発声練習やGPで声をケチったのが効を奏したのか(激爆)、高音域は思っていたよりも楽に出せた。
6曲目「敬愛する瞳よ」は、いつものレッスン通りに歌う事は出来たが、飽くまでもレッスン通りでしかなかったので、相当に気落ちした。この曲は「エジプトのジュリアス・シーザー」の中でも最も美しいアリアと言われている曲なのである。このアリアをどれだけ美しく妖艶に歌う事が出来るかにより、コルネーリアとの対比やコルネーリアの悲劇性とのコントラスト、最後の2曲のクレオパトラのアリアのドラマ性と高慢とも言える自尊心の高さとがクローズアップされるか決まって来る非常に重要なアリアなのである。まあ、結果として、いつものレッスン通りの歌唱である。流石に自分自身の勉強不足と練習不足を嫌でも思い知らされる事になった。今後、より自分の発声を磨き、より美しくこのアリアを歌う事が希求の課題である事がより明確となった。いささかがっかりした。
7曲目「美しいヴィーナスよ」は、これもレチタティーヴォからアリアまでレッスン通りに歌う事が出来た。この曲も最高音2点Aが頻繁に出てくる。そろそろ疲労が出始める頃なのだが、ここで踏ん張って発声を整えて歌わなければ残り2曲をドラマティックに歌えない。その調整が非常に難しかったが、この曲は私にとって相性が良いらしく(笑)ほぼ予定通りに歌う事が出来たと考えている。
8曲目「公正な天よ、もしも私に慈悲を感じないなら」は、ロングブレスと中高音域がラルゴで延々と続くという殺人的なアリアである。例外無く、2点Aが頻繁に出て来る。このアリアは2年前の演奏会にも歌った事があるので、慣れという意味から言えば本当にいつものレッスン通りに歌う事が出来た。しかしこのアリア、声をセーブして歌う事が出来る曲では無い。ロングブレスと中高音域の連続の上に力強さの必要なアリアなので、非常に声帯を疲労させやすい。緩める場所が一つも無い曲である。しかも、オペラの後半で歌われるアリアである。実際のオペラとしては、勿論シーザーやコルネーリアやトロメーオやセストのアリアの間に歌われるのだが、リサイタル形式で休憩無しで歌うとすればこれ程厳しい曲も存在しない、と思わせるような体力&声帯消耗度の激しいアリアである。しかし、このハードな演奏環境を乗り切りこなす事によって、自分自身の声帯筋肉の強化と歌唱に必要な体力の増強という事で、このプログラムを組んだ。しかし、流石に自覚する程の声帯疲労が感じられて来たが、音程やブレスには影響を出さずに歌う事が出来た。
最後の曲9曲目「苛酷な運命に涙を流し」は、やはり相当に疲労していたのでレチタティーヴォで渾身の力を使い果たしてしまったカンジ(凹)アリアの前半はほぼレッスン通りに歌う事が出来たが、後半のアジリダはやはり声の回りが良くなかった。しかし最後の全身の力を振り絞って高音域やロングブレスは何とか歌う事が出来た。後半のアジリダがレッスン通りに歌う事が出来なかったがここで気を抜いたらリサイタルそのものが崩壊してしまう。アリアのダ・カーポは自分自身可能な限り、ピアノで歌わなければならない。この時の集中力は非常に高かったと思う。きちんとレッスン通りの弱声で歌う事が出来た。

リサイタルが終ってからの観客の方々への御挨拶で、オクレール先生に一言お願いした。ビックリ仰天大慌てしていたオクレール先生は、

「本当に、プロでも大変なプログラムで、忙しい仕事をしてるのに、良く勉強してるなあぁと思います」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(爆)オクレール先生精一杯の褒め言葉を言って下さったのだと思った。
本当に、涙が出そうになった。

2度目のリサイタル、しかも今回は初リサイタルよりも非常にハードなプログラム、しかもこの上無い厳しい精神的ストレス。その中でも当然不十分な演奏である事には間違い無いが、歌い切った事、そして諦めずにリサイタルを開催出来た事が嬉しかった。
恐らくこれだけのプログラムを歌い切る事が出来れば、今後はもっともっとハードな難曲に取り組む事の出来る可能性も出てくる。今回のリサイタルで相当声帯を鍛える事が出来たと考えている。
勿論、最も大切な事はほぼ1年前から今回のリサイタルに関しての準備を行い練習を続けて来たという事である。選曲は1年以上前に済ませ、練習は今年の3月ウィーンから帰って来てからすぐに開始した。10月に入り暗譜も終了する事が出来た。

勉強と練習に勝るものは無い。
資質も才能も感性も意欲も音楽に対する愛情も、地道な勉強と練習が全てを進化・昇華させて行く。
練習しない怠惰な人間は例えどのような言を弄したとしても、資質も才能も音楽に対する愛情も、側溝に放り投げているのと同じである。それを実感した。
尤も、天才は別であろうが(笑)

今後のイタリア・オペラのプログラムに関して、再考を要すると認識を改めた。

青森の親父の病状は変化は無かったが、積極的治療を望まないという事で、治療を点滴ではなく鼻からの経管栄養に切り替えたためか高カロリーの栄養が行く事になり、顔の褥創がかなり改善していた。
高度な治療だけが必ずしも人間の回復に繋がるとは言い切れない。

来年のウィーン行きは非常に厳しいが、出来る限りウィーンを目指す。

リサイタル本番へ

一週間前、田舎の青森の親父が脳出血で倒れた。
12月2日頃自宅の玄関手前で倒れたらしく、警察に発見されたのが12月5日だった。
左側を下にして3日間倒れていたので、左半身が褥瘡、血圧200以上、30℃の低体温、意識不明で、1晩持たないと搬送先の病院の主治医に言われた。
独居だったので、発見が遅れた。

北海道にいる、音信不通だった妹2人が青森に賭けつけて、親父は多少状態が改善し、現在は小康状態。

リサイタルを中止するべきかどうか、かなり悩んだ。
何故、今この大切な時に倒れるんだよ??????????

3日間考えて、リサイタルは行う事に決めた。
私が看護師の仕事をしながら、親の力を借りずに音楽の勉強を続けている事、
ウチの一族で、初めてウィーンへ行って音楽の勉強をしたのは、私だけであること、
それを一番喜んでくれたのが、親父だったから。

それにウチの親父なら、

「ちゃんとリサイタルをやって、自分のやるべき事をやってから来い」

と言うだろうと思った(苦笑)
リサイタル本番までの間、高額療養手当や介護認定、年金や銀行口座の処理など、私の病院の医療相談員と連日相談し、青森の妹と毎日連絡を取り、妹が出来る事を先に手続きしてもらったり、書類を探してもらったりしていた。
今日、リサイタルが終ったら、その足で青森に帰省する。
1週間、全ての処理を行ってから、東京に戻って来る。
親父の入院費の捻出のため、来月からは夜勤専門の勤務に変更してもらった。
来年は、ウィーンには行けないかも知れない。

暫く、ブログの更新は出来ない。
でも、青森にはシューマンのリサイタル用楽譜、ウィーンのB先生とN先生の宿題の楽譜を持って行く。
勉強する事だけは、諦めたくないし止めたくない。

人間、自分が本当に成すべき事をきちんと理解・認識・自覚してさえいれば、強く在る事が出来るものだ、と思った。

ラストスパート

今日は、11時から発声練習、美容院へ行ってカット&カラー(クレオパトラ風)、諸々用事を済ませてからオクレール先生との最終ピアノ合わせ、で、今帰宅。

今日は外気の乾燥が酷いのと疲労困憊で、声が普段の半分くらいしか出なかった。
喉が掠れて少し痛む。でも、歌い過ぎで痛い訳では無いので、調整可能だろう。
今日はヘンデルのアリア9曲通して、その後細かい所を微調整した。
本番でどのくらい歌えるかは解らないけど、出来る事しかやれないのは確か(笑)
オクレール先生は、今日は発声の事に関しては殆ど触れなかった。
前回のミルヒー先生とのピアノ合わせで、私の今後の方向性を御理解頂けたのか・・・。
一つオクレール先生に言われた事は、

「(ミルヒー)先生は、あなたを太く重い声の方向で育てたいんだねえぇ〜」

とだけ(超苦笑)
先生によっても御意見は様々だろうけれど、私自身が納得していればそれで十分だ。

今日もヘトヘト(爆死)
ここの所、連続勤務と不眠で休む時間も余り無かった。
良くも風邪をひかなかったものだ、と思う(苦笑)

泣いても笑っても、あと僅か。
今日はもう風呂入ってゆっくり休む。

リサイタルが終わったら、今度は新たな課題や問題が山積みだし(核爆)

サバイバル・カウントダウン

リサイタル本番直前に、非常に深刻な事態に巻き込まれた。
リサイタル中止を考えた。3日間、迷った。

でも、今リサイタルを中止するならば、それは私自身を失う事でもある。
私自身にとって逃げる事は、立ち向かって倒れる事よりも遥かに屈辱的であり、それは私の生き方では無い。
ベターよりもべストを選択する事に決めた。

リサイタルのための休日が1日減り、休日を2日にしなければならなくなった。
リサイタル直前のピアノ合わせは、予定変更によりミルヒー先生は来られなくなった。
この3日間喘息症状も不安定で、今日勤務の合間に強いステロイド剤の点滴治療を受けた。
全ての状況は芳しく無く、私に味方してくれないが、私自身の力と意思で切り抜け乗り越えなければならない。

不眠・不休で勤務が続いてのリサイタルまで、私に与えられた時間は僅かしか無い。
でも、リサイタルで歌うと決めた以上、例え最悪リハーサル無しでも歌う覚悟は出来ている。
それだけの準備はして来たつもりだ。
今の私が持っているものは、決断力と強固な意志だけ。

でも、以前このブログにも書いたけど、
「神様は、その試練を乗り越えられる人にしか、与えない」
そう信じるしかない。

ついさっき、ミルヒー先生からメールが届いた。

「お仕事大変ですね。予定が入っているため(最終ピアノ合わせに)伺う事は出来ませんが、先日のレッスンであなたの歌はバッチリでしたので、自信を持って伴奏合わせをしてください。(リサイタル本番)楽しみにしています。」

今の私には、祈る事と歌う事しか、出来る事が無い。
でも、ミルヒー先生のメールで、やっぱり歌う事だけは何があっても絶対に諦めない、そう誓った。

不眠と疲労と神経衰弱との戦いの、ラスト・スパート。

クレオパトラの「お婆さん」

昨日の夜調子が悪く、いつもならボトル1本半は空ける赤ワインが1本も呑めず、早々に休んだ。てっきりリサイタルが近いのに発声が今イチ安定していない不安のせいかと思っていたら、発熱、37.7℃(怒)しかし、先日久しぶりの喘息発作で最近非常に痰が増えてしまい、解熱剤を使用すると喘息発作の副作用の誘因となってしまうので、熱に耐えるために早々に休んだ。

今日は、ヘンデルのリサイタルの直前のミルヒー先生の最終レッスン。今日目が覚めたら熱は下がっていたが全身倦怠感が非常に強く、昼まで寝ていた。流石に、幾らレッスンが夕方からだと言ってもいい加減起床しなければ体も声帯も目覚めない。昼過ぎにのそのそと起きて、目覚ましにギャラリーカフェに行ってお茶した。
今日は、ミルヒー先生のレッスン前に敢えて発声練習を行わなかった。
自分自身、昨日の自己練習でミルヒー先生に指摘された「元の以前の発声」の状態に戻っているのかどうか非常に不安が強かった。何しろ、リサイタル本番まで日が無い。昨日の練習で自分の発声が元に戻っていないのだとしたら、自己練習を重ねるのは無意味な徒労。それならいっその事何もせずミルヒー先生のレッスンで全て修正して頂く事の方が余程賢明な選択と言える。無論、リサイタル本番まで間に合わない可能性が高いが、自分の声帯を無駄に浪費しないという至上命題も含めて、ミルヒー先生にお任せする覚悟でレッスンに行く事にした。
ギャラリーカフェでも非常に体がだるく、リサイタル用楽曲解説の原稿すら受け付けなかった。ギャラリーカフェの社長とプロデューサーがいつもと変わりなく笑顔で元気付けてくれた事が嬉しくて、とても感謝した。

早速世田谷のスタジオに向かった。ミルヒー先生が少し心配そうにされた。私の喉の調子を非常に心配されていたのだが、私自身は自分の発声が元の状態に戻ったのかどうかが一番不安で、昨日も自己練習したけれど本当に元に戻ったのかどうか解らなくて不安がある、今日は発声練習もしないで来たので、発声を再確認して欲しいという事を正直にミルヒー先生に話した。
ミルヒー先生は了解された。そして、

「ピアニストだけど、歌を習った人ではないので、もう言う事は聴かない方がいいと思う。これは結構誰でもぶち当たる事なのよ。特に音大なんかでは、それまでは自分の先生の言う事だけ聞いていれば良かったけど、音大なんかでは色んな人に色々言われるから、混乱するのよ。だから、あなたも今同じだと思うから。」

と言われた。成程、そういう事も十二分に有り得る。特に私の場合、元々声も太いし響きが纏まりづらかった事もあり、オクレール先生から見たら正に「ツッコミ所満載」的生徒だったのだろうと思う。でも、ミルヒー先生曰く、

「今迄プロ相手の仕事だったけど、プロじゃないあなたの伴奏をする事で、あなたを対等には見なかった、あなたを下に見た結果こういう事になってしまったのかもね」

まあ、学歴も無い自分相手にプロのピアニストが歌い手として対等な立場で伴奏してくださるとも期待はしていなかったので、別段驚きもしなかったのだが。まあ・・・これを機に、日本のクラシックで生計を立てている「プロフェッショナル」な方々に対しては、益々以って警戒を強める事にさせて頂くという事で、決着♪
まず、視るべきは、人間性♪こういう所で、人間そのものの本性が出る(笑)

取り敢えず発声練習から。基本的には、前回のピアノ合わせの時と比べてちゃんと元の発声に戻りつつある、とミルヒー先生から言われた。少しホッとした。そして時間も無いので、早速ヘンデルのアリアのレッスンへ。自分的に、非常に重要と思われるアリア4曲をレッスンして頂いた。
まずは、1曲目に歌う「アルチーナ」オベルトのアリア。これは前回のピアノ合わせも含めて以前よりも良い状態に仕上がっているとの事で、問題無し\(^o^)/
次は、前回のピアノ合わせでレチタティーヴォで声が当たっていないと指摘されたアルミレーナのアリア。これも、発声を修正する努力の甲斐が多少あり、かなり改善されたとミルヒー先生に言って貰えた♪ただし、楽譜の強弱記号を意識し過ぎだと注意を受けた。ミルヒー先生曰く、

「わざわざピアノやフォルテにしようと思わなくても、発声がきちんと出来ていれば自然に楽譜通りに聴こえるようになるから」

と諭された。これは、歌っていても未だ自分自身実感が得られない部分ではある。リサイタル本番直前までの集中力に依るしかないだろう。
次は、クレオパトラのアリア「敬愛する瞳よ」「苛酷な運命に涙を流し」の2曲。クレオパトラのアリアに関しては、恐らくこの2曲がリサイタル本番前にある程度の完成度を以って歌う事が出来れば、他のクレオパトラのアリアにも相当な割合で自然に応用出来るアリア2曲である。クレオパトラのアリアの中でも最も有名で美しく難易度の高いこの2曲のアリアだけは、何が何でも今日のうちに元の「太くて深い発声」に戻しておかなければならなかった。この2曲のアリアに共通して言えた事は、高音域で細めの発声に移行しそうになってしまい息の流れが前に出てしまう事で逆に声の響きが失われてしまう事で、特に「苛酷な運命に涙を流し」のレチタティーヴォに顕著に現れていた。丁度2点Fの近辺の音域は、私の声のチェンジ部分であり、余計に発声を押してしまいがちになってしまい、トータルの発声の流れから言っても力で押し出してしまいがちになる。ここを今日は集中的にミルヒー先生に修正して頂いた。
ポイントは、吸気時に下顎と下腿のポジションの流れを繋げる事。これでかなり修正する事が出来た。特に、クレオパトラの最後に歌うアリア「苛酷な運命に涙を流し」に関しては、オクレール先生から、

「そんなに太く歌うの???それじゃ、クレオパトラのお婆さんの声みたいになっちゃうよ。(ミルヒー)先生からは何も言われないの???」

と指摘され割と凹んだ(超爆死)その事を、極秘とゆ〜事でミルヒー先生にお話ししたら、

「失礼しちゃうわねええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・。もう、新しいピアニスト、探してあげるわねえぇっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!」

と、超お怒りモード(サゲ)
でもまあ、自分としては元々発声も太すぎたし頭のポジションも低かったし開き方も足りなかったので、オクレール先生の指摘は勉強になったという事はミルヒー先生にもお話したのだが・・・(汗)
兎に角、昨日の自己練習でミルヒー先生のオーダー通りに修正の方向に向かえたという事で、今日は心の底からホッと一安心。後は、リサイタル本番当日まで今よりも少しでもミルヒー先生のオーダーに近づけるように調整を行って行く事に尽きる。するとミルヒー先生が、

「本番前最終のピアノ合わせ、私も行くわ!!!!!!!!!!」

とのお申し出を頂いた(超苦笑)
いい先生に巡り逢えたなあぁ・・・・・と思った。まだオクレール先生から最終的な日程の御連絡を頂いていなかったので、スタジオが確保出来たらすぐにミルヒー先生にもご連絡する事になった。
最後に、私が参考にしている「エジプトのジュリアス・シーザー」のダニエル・ド・ニースについて少しミルヒー先生に話した。モーツァルトのバルバリーナやスザンナを歌っているアメリカ人のソプラノで、でもキャスリーン・バトル程は声は細く軽くは無いと思うのだけど・・・という話をしたら、ミルヒー先生も、

「もっとドラマティックでもいいのにねえぇ〜・・・」

と言われた。私が「やっぱ、日本人のソプラノって、細くて軽くて綺麗な声の、幸田浩子みたいなソプラノじゃないとダメなんでしょうねえぇ・・・(溜息)」と言った途端、ミルヒー先生が・・・・・、

「そうよ!!!そうなのよ!!!日本人って、ああいう細くて軽くてキーンと張った綺麗な声、好きなのよ!!!ああいう声、好きなんだよねえええええぇぇぇぇぇっ!!!日本人。でもね、イタリア人ってね、凄く若い女の子でも、ボン・ジョルノって結構低い声で言うけど、日本だったら低い太い声で挨拶したら、怖いっていうふうになるじゃない!!!だから、ホント、日本人は仕方が無いのよ!!!etc・・・・・」

と、爆裂マシンガントーク勃発(超核爆)何だか、自分が日本人じゃないよ〜な気がしてきた(サゲ)でもま、ミルヒー先生は私の声の最も重要な数少ない理解者の一人で、日本の既成概念に捕われないで私を育てようとしてくれている事は疑いが無い。それだけでも、本当に涙が出そうなくらい嬉しかった。まあ、幸田浩子が日本の典型的美声ソプラノだったら、私は別に「綺麗なソプラノ」には全く属しない「美しく無い」種類のソプラノと判別されても、別にど〜でもいいや〜♪

今迄声楽の勉強を始めて10年以上の間、頑張って続けて来てこれて本当に良かったと思った。
普通は、賞とか順位とか序列とか、自身が評価の対象となった途端に「自分のやって来た事は間違っていなかった」みたいな事をほざく輩が多いが私はそうは考えない。今回のような試行錯誤や紆余曲折を繰り返し、時には先生から破門を喰らうような間違いを犯しながら、自らの進む道を軌道修正して来たからこそ今の自分自身が存在するのだ。私は、いつも迷い他人の甘言に左右されながら来てしまったが、今は幸せだと実感している。

レッスンが終わって帰宅したら、フィギアスケートのグランプリファイナルの女子ショート・プログラムの最終滑走に間に合った。今回のグランプリ・ファイナルは真央ちゃんが出ていなかったので録画していなかった。でも、キム・ヨナがミスして現在安藤美姫がトップ。やはり、本番は何が起きるか分からない(笑)今シリーズでショートプログラム史上歴代最高得点を叩き出したキム・ヨナがミスで2位。人生は航海の如し。
年齢を重ねるという事は、智慧を獲得する事と同義でありたいと思う。新しいものは常に誕生している。古いものが良い、という価値観は人類史上常に使い古された手法であり、かのエジプトのピラミッドにも「今時の若い者は!」という落書きがされていたと高校の歴史で学んだ。新しい価値の感じられない煩雑で雑多な者の中から至宝を発掘するかも知れない。そしてそれは、歴史の転換期に立ち会う千載一隅の機会であるかも知れないのである。尤も、それは後の歴史の判断に委ねられる事ではあるのだが。
新しいものに目を向けず古いものに固執する事は、謙虚な老化では無く「偏狭な退化」と私は位置付けている。
年を取らない人間も死なない人間も、存在しない。
少なくとも、自分の不足な脳味噌だけで物事に固執しないよう老体に鞭打って短い生を生きなけれればならいと切に思う(苦笑)

それにしても、真央ちゃんがいないのが、寂しいねえぇ・・・(涙)

ヘンデルのオペラを想う

明日は、ヘンデルのリサイタル直前のミルヒー先生の最終レッスン。今日は、ミルヒー先生に指摘された以前の発声に戻すべくスタジオ3時間練習。今日は少し声を出し過ぎた。少し焦ってしまった。以前の発声を戻そうとする余り、声量をコントロールし誤った。スタジオ練習の後、話声が掠れた。寧ろ、以前の発声に戻すコントロールの間合いが取り辛くなってしまった可能性が高い。リサイタル本番まで時間が無い事に焦ってしまうのは仕方が無い。この問題に関しては、明日のミルヒー先生のリサイタル直前の最終レッスンでギリギリ可能な範囲まで戻す事に努め、後は体調コントロールを徹底する以外に方法は無いだろうと考えている。
考えて見れば、ミルヒー先生からレッスンを受けているベルカント発声で、オペラ・アリア9曲も歌う事は生まれて初めてである。長い曲は1曲7〜8分にも及ぶ。リサイタルそのものも、15分の休憩を含めて1時間30分以上に及ぶ。

これは今現在の私自身の声の基礎体力の限界だと考えている。

間違い無く、リサイタル本番まで調整との戦いになる事は既に百も承知の事であるので、これに失敗したら全て自己責任となる。仕事上の疲労などのハイリスクは織り込み済みなので、一種我慢大会と似ている。7月に歌った風邪をひいてのシューベルト4曲のように、ラッキーを期待する事は出来ない。リサイタル直前の調整を構成する要素どれ一つとっても失敗したら、恐らくリサイタル本番で待っているのは「破綻」である。特に、後半5曲歌わなければならない「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラのアリア。よくよく胆に銘じなくてはならないだろう。リサイタル本番までの練習回数も限られている。

本当に、演奏会本番までの道程は、私達アマチュアの歌い手にとっては正に「ナーバス・ブレイクダウン」の連続である。向き合い続ける以外に、他に手は無い。

今日ようやく「ヘンデル・オペラ・セリアの世界」を読み終えた。このリサイタル直前に読み終えるとは、相当に遅いのだけれど、私的には「リサイタル本番前に読み終わって超ホッとしたあああぁぁぁ〜〜〜♪」とゆ〜カンジ(爆)勿論、本の内容的には私が今回のリサイタルで歌わないヘンデルのオペラに関する記述も非常に多いので、この短期間に読み終える事は体力的にも精神的にもかなりキッつかった(苦笑)
ただ、この著書は今回私がメインで歌う「エジプトのジュリアス・シーザー」についての記述も非常に多く、読み終わってみたらペンで線を引いて折り目を付けたページも結構多かった。この著書を、2005年グラインドボーンの同映像を観聴きしながら並行作業で読んで来た事は、非常に集中力の必要な作業ではあったが良いシチュエーションだったと思えなくも無い。
特に、ヘンデルのオペラの特性や様式や調性の幅広さ、選択楽器のオリジナリティー、アリアの形式の展開の多彩さ、レチタティーヴォの重要性、歌手の声質的特性の使い分けなど、まるで近・現代にも通じるかそれ以上に有り余って尚語り尽くせ無い音楽的創造性の深さを、いっちばん端っこながらも触れられた事には鳥肌が立つ程の驚きと喜びを感じた。

私がずっと観ている「エジプトのジュリアス・シーザー」の2005年グラインドボーンの映像に話は尽きてしまいそうになる(笑)
以前もこのブログで述べたが、シーザー役のサラ・コノリーは声は言うに及ばず、その姿もカウンターテナーに勝るとも劣らない声と容貌で、クレオパトラ役のダニエル・ド・ニースやセスト役のアンゲリカ・キルヒシュラーガーに比べたら、まるで「男性」に見えなくもない位に非常に凛々しいシーザーである(爆死)これ程の説得力を持つ適役というものは、正に「神様からの贈り物」と思う以外に無い(笑)ソロ・デビューは30歳を過ぎてからで長くグラインドボーンの合唱で歌っていたとは、もの凄い逸材だと素直に驚いた。しかも、コロラトゥーラの軽やかさといい美しさといい歌唱の表現の激しさといい、マジで惚れちゃうくらいのメッゾ・ソプラノである(自爆)ベーレンライターの楽譜上のシーザーの指定されている声質は、Alt Castratoである。メッゾ・ソプラノのコノリーは彼女自身の持つ身体的なポテンシャルも全て活かしてのシーザー役である事はDVDを観て納得するしかない。
最近、この2005年グラインドボーン「エジプトのジュリアス・シーザー」のDVDをほぼ毎日観ているのだが、私が観聴きするのは限られている。シーザーのサラ・コノリー、コルネーリアのパトリシア・バートン、トロメーオのクリストフ・デュモー、ニレーノのラシッド・ベン・アブデズラムの歌うアリアばかりを頭出しで観ているのである(激爆)現段階では、クレオパトラに関しては既に自分自身の解釈実現の段階に入っていると考えているので、録音や映像を参考にするよりも寧ろ、自身の歌唱を反芻・見直す事の方が重要な時期であると考えている。それでも「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラ以外の映像を観聴きする事は、このオペラの作品そのものに関する理解や解釈をより深めるために、非常に重要な事であると考えている。特に、シーザー・コルネーリア・トロメーオに関しては、クレオパトラとの人物像の対比や音楽的対比や効果という点に於いては非常に重要である事は間違いない。
コルネーリアを観察する事は、以前私がブログで述べたように、ベーレンライター社の楽譜で指定されている声質としてはコルネーリアはContraltoでありクレオパトラはSoparoである。女声の声質としては対極に位置するが、役柄の存在感としては対等でなくてはならない、という私自身の解釈にも依拠する。
ちなみに、ポンペイウスとコルネーリアの息子セストは、ベーレンライター社の声質の部分にはSopranoとの記載がなされていた(笑)

そして、エジプト王トロメーオ役のフランス人カウンターテナーのクリストフ・デュモーは「のだめカンタービレ」でも超お馴染みのパリ国立高等音楽院、即ちコンセルヴァトワール出身である。デュモーはこの2005年グラインドボーンの公演からトロメーオ役を当たり役とし、若い世代のカウンターテナーの期待の星となったとある。声はややハイ・カウンターテナーで、若き好色な狂気のエジプト王を非常に高度なテクニックでドラマティックに歌い上げている。このクリストフ・デュモーのトロメーオ役の歌唱を聴いて、改めてコンセルヴァトアールの凄さを目の当たりにしたように思う。

私はクリストフ・デュモーは、コンセルヴァトワールのヘンデルの至宝、とも言えると思いながら聴いている。

以前もこのブログに書いたが、ダニエル・ド・ニースのクレオパトラに関しては殆ど興味を持つ気持ちには到底なれない。これは「ヘンデル・オペラ・セリアの世界」にも度々表現されていた内容であると私自身解釈しているのだが、アリアの曲の調性やテンポと、キャラクターそのものが混同されてはならいと考えている。つまり、明るい陽気な長調の軽いテンポのアリアだからと言って、クレオパトラが陽気なお転婆キャバ嬢では困る。誇り高いのと高慢ちきを混同してはならない。そこには次元の違いが存在する。それが、歌い手の知能レベルの解釈的能力に依拠するのか、年齢や経験に依存するのかは私の伺い知る所では無い事は確かだが、私自身の判断能力が過ちを看過しない事をより自己に求める以外に方法は存在しないと考えている。
表現は、既にヘンデルが楽譜上の音楽を通して非常に確実な指針を与えてくれている。歌い手の役割は、再現芸術としての作品の実現とヘンデルの創造力や構想力の美的展開と推進力に尽きる、と私は考えている。

無論、この点に於いて自分自身はヘンデルの音楽の末席にも存在する事は許されないかも知れない。

一つ、今後あらゆるオペラを歌い勉強して行くに当たって、一つ大いに重要な指針とも言える言葉を見つけた。「ヘンデル・オペラ・セリアの世界」の著者、ウィントン・ディーン氏は、

「コロラトゥーラの目的は表現であり、輝かしさのためのものではない」

と述べている。
クレオパトラのアリアにもコロラトゥーラは在る。しかし、歌い手の声の誇示に繋がるパッセージとは決してならないような作りになっていると私自身考えている。特に、クレオパトラのアリア「苛酷な運命に涙を流し」のような、またシーザーのアリア「立ち去れ、邪悪な者め」のように、コロラトゥーラそのものがその役柄やアリアの感情表現に正に直結している事が、何よりの実証となっていると考えるのは、私だけであろうか。

コロラトゥーラを美声の目的と終着点のように誤認して持て囃す聴衆と歌手の「愚」を嗤う。

イタリアの偉大なオペラ作曲家、ジュゼッぺ・ヴェルディが「La Traviata」(椿姫)の最終幕で、ヴィオレッタにコロラトゥーラのパッセージを楽譜に残さなかった事と大きな乖離が存在しないであろう事は、オペラに於ける表現の世界という視点から考えればヘンデルのオペラアリアの創造性は、私の想像力を非常に掻き立てるという意味に於いては何等変わりないという事が言える。これは、飽くまで私の発展的想像の域を出ない事ではあるのだが。

多少辛辣ではあろうが、少なくとも例えアマチュアであってもソプラノの端くれであるならば、是非とも胆に銘じておこうと留意すべき事項である。

今日は、もう休む。


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