晴れの日はANDANTE

私のライフワークである歌曲やオペラ、日々の練習やレッスンについて、気ままに綴っていきます。

2010年09月

ようやく。

連続夜勤、終了。
明日は1日休日。
明後日は、ウィーンに向かう。

今は準備に追われまくり。今日、ようやくスーツケースを購入し荷物の8割方は準備完了した。
全く、超多忙どころの騒ぎでは無い。
この職業をしていると、長期休暇も殆ど取れないばかりか、今回のように長期休暇を取ると前後がとんでもない勤務になってしまう。
風邪をひかないようにするのが精一杯。
酷暑かと思えば、冬のような冷たい雨。
体力のある人間でも、おかしくなりそうな気候。


今回のウィーンでのレッスンは、悩むヒマすら無い程の多くの状況変動があり、また課題も山のように膨れ上がった。
このブログには書いていない激動の変化が相当ある。
兎に角、新しく始める事にした幾つかの勉強と今後の重要課題が存在する。
相当なロングスパンで思考していかなければならない。
勉強も練習も、今まで以上の忍耐力が必要となる。
必然的に、目指すレベルも難易度も相当高度なものに照準設定を行わなければならない。
日本でもウィーンでも、私を取り巻く音楽的環境が大きく変動していると考えて行動しなければならない。
現在、全く追いついて行けていない状況である事は、確か。
今回のウィーンでのレッスンは、自分の予定を遥かに上回る、勉強不足と練習不足。
これはもう言い逃れも言い訳も出来ない。
今回のウィーンでのレッスンで何とか今までの成果を挙げられる可能性があるものとしては、
去年ウィーンから帰国してからの演奏会を幾つかこなした事によるもの。

去年、
千葉のヤンクミ一座でのシューベルト歌曲4曲の演奏会。
ヘンデル・リサイタル。
今年、
バッハ歌曲とモーツァルト「魔笛」パミーナのアリアを歌った演奏会。
千葉のヤンクミ一座でのヘンデル・オペラアリア5曲の演奏会。

ここで学んだ事や得た事、発見した事や反省した事を、そのままウィーンでのレッスンに即応用しなければならない。
私に今出来る事は、それ以外には余り思いつかない。
先日、ウィーン行き直前の最後のレッスンを谷岡先生に見て頂く事が出来た。
ブラームス歌曲5曲。
ブラームスは、歌い込みが少ない事やピアノ伴奏に慣れていないという現実はあるのだが、谷岡先生からは、

「譜読みは頑張って出来ている」

との評価を頂いた。これは、自分自身に出来得る限りの努力を以ってウィーンでのレッスンに臨む以外他に手立ては無いのだから。
他レッスン曲として予定しているバッハ、モーツァルト、シューベルト、シューマンに関しては、得意というか歌い込みを行っている曲や、練習期間を長く取っている曲から順にレッスンに上げて行く事を想定している。
ウィーンにレッスンを受けるために準備して勉強・練習した曲だけでも30曲近いけれど、全ての曲のレッスンは無理である。
的確な状況判断と適応能力が、求められる事は間違い無い。


それから、今年のウィーンでのレッスンは去年と大きく違う事が、一つある。
ピアニストがいる、という事。
先日、ウィーンのM先生から紹介して頂く予定のピアニストから直メールを頂いた。
ウィーンでレッスンを受ける予定の曲目リストが知りたいという事だったので、送った。
私よりもかなりお若い女性ピアニストだったけれど、私の経歴を正直に説明しても、

「一緒に勉強したいと思っている。ウィーンで会えるのを楽しみにしている」

との御返事を頂いたので、最初はどうしたものか・・・と考えていたのだが、現在は非常に心強く感じている。
有難い事だと、思う。
ちなみにウィーンは日本の食品が高価なので、御煎餅をリクエスト頂いたので御土産に持って行く約束をした。確かに、日本を長く離れていたら、懐かしい味だろうと思う(笑)
今年は自分自身でも悔しくなる位に、勉強不足・練習不足である事には何等間違いは無い。
恐らく、ウィーンの先生方々にも指摘されるであろう事を十二分に織り込み済みの想定内としてレッスンに臨まなければならない事は、百も承知である。
少ないながらも、去年のウィーンでの初レッスンから1年半で学んだ事を出来る限り出したい。
それでウィーンの先生方々やピアニストに下された評価なら、甘んじて受ける覚悟である。
明後日に備えて、後は明日のスタジオ練習のみ!!!
明日は主にシューマンの練習を行う予定。




私はこのブログで、たまに批判を書く。
しかし、毎日毎日誰かの批判文を書き連ねている訳でも無い。
実名も上げないし、他者のブログに批判を書き荒らす事も、しない。
批判というのは、他者に対してであれ自己に対してであれ、時として大きな反動エネルギーとなって自分に返って来る事がある。
大切な事は、批判であれ批評であれ、偏見や自己憐憫や思い込みによらず、より適切または適正な認識に添うための自己努力と、見栄と虚栄心との明確な区別であると考えている。

最も惨めで愚かな事は、見栄と虚栄心と自己保身と僻み根性のために、ほぼ無意識に日常的に他者に対してまた自分自身に対しても「言い訳」を行い続ける事に気づかない、という愚であると私は考えている。


歪み僻んだ虚栄的人間になるくらいなら、傲慢な人間だと思われている方がまだマシである。
それが私の持論である。


いざ、ウィーンへ。

回心

先日、3連続当直の次の日の休日近所の市民センターの音楽室が空いていたのにも拘わらず、練習を中止した。
理由は、

このままの疲労困憊状態では、ウィーンのレッスンで声が出無い。

という事。
これでは、元も子も無い。
今の自分の体調でウィーンにレッスンに行った場合、自分の考えるどの程度の歌唱が出来るか、自分の勉強した歌唱や表現をどの程度出して歌う事が出来るか?????
どう考えても30%程度だろうと考えた。
まず、声帯そのものに負荷をかけていなくともこれだけ身体的に疲労困憊であれば、声帯も不調極まりない。
練習していても、声が掠れる事があった。

元々演奏会やリサイタルなど、本番は好きでは無い。
声楽の勉強や練習やレッスンがとっても楽しくて、このような生活を送っている。
実際問題、自分自身の成長や進歩や上達などを実感出来るのは、私の場合その殆どが練習やレッスンである。
演奏会やリサイタルなどの本番は、結果でしかない。
努力の結果。
どんなに努力したからといって、どんなに勉強や練習をしたからといって、必ず結果に表れるとは限らない。寧ろ結果に表れたらラッキーな方であると考えなければならいだろうと思う。
努力が全て評価されたら、世の中苦労する人間も報われない人間も存在しないだろうと思う。
しかし、練習や勉強すらしない人間に結果など表れる筈も無い、とも考える。
努力せずとも結果が表れるのは、天才か、評価されたと妄想する勘違い野郎、だと私は認識している。
だから、練習や勉強に否定的な人間のみすぼらしい言い訳で「娯楽」を語る輩を見ていると、非常に不愉快極まりない。最も、そのような言を弄した人間の戯言なぞ気にかける価値も無いが。

プライド=自尊心というものは、周囲に対して持つものでは無く寧ろ自分自身に対して持つものである、というのが私のスタンスである。
結局、ブログであろうが音楽の近親者に対してであろうが、自分自身のやるべき事を怠り逃避した結果は幾ら言い訳したとしても、還ってくるのは全て自分自身に、なのだから。
怠惰の言い訳を文章化してブログで公表する事を「自己主張」と正当化している人間とは、誠に御目出度いものであるなと実感出来る。このブログという世界。
まあ、ブログ活用法は個人の自由なので口出しする筋も無いのだろうが、人間性の本性と品性や品格が隗間見える面白い観察ツールではあると発見出来た。
私はそのような人間にはなりたくないし、そのような人間も決して尊敬しないし、同じ次元にも住みたく無い。真っ平御免。


取り敢えず、練習に関しては自分自身に御約束を一つ作った。
3連続当直の次の休日は、必ず丸一日オフ日とする事。
自分一人で練習、勉強する分にはどのような無茶苦茶をしようと自己満足で構わないだろう。
けれど、私のウィーンでのレッスンには、多くの方々が御尽力くださり、手間を惜しまず、最大限私の意向を尊重して御協力くださっている。
自分自身一人の下らない自己満足の簡単な話では済まされない。
そして何より、声楽の勉強や練習やレッスンを音楽の本場ウィーンで出来るという大きな幸運と喜びを、出来る限り長く大切にして行きたいと考えている。
連続夜勤の後の1日の休日でそれが少しでも改善されるのであれば、練習や勉強やレッスン出来ない悔しさや不愉快さや苛立ちや怒りや理不尽さや不公平感を、少し耐えてみなければならないとも考えた。
実際1日練習を中止して、料理をして看護師の後輩に御馳走したり、声楽の勉強をしている事を何故か知っていた患者さんが貸してくださった元オペラ歌手の手記などを一気に読み終えて、本当に充実・充電出来たおかげで一昨日の練習は3時間久し振りに大いに集中出来たと考えている。
今までウィーンのレッスンで歌うシューベルト歌曲を絞り込めないでいたのだが、ようやく7曲まで搾り込めた。シューベルト歌曲のレッスンはウィーンでは恐らく3レッスンとなる予定。1レッスン2曲としても最低6曲を用意しなければならないのだが、出来る限りレッスンを受ける曲の可能性を広く持つ事によって、そのレッスン時に最適な指導を受けられるようにしたい。
何しろ、ウィーンには最高でも年に1度しか行けないのだから。

頑張りすぎて、疲れ果てて、辛くて、苦しくて。
でもそれで空回りしたとしても、それを私は後悔は絶対にしない。
私の最も大切な生き方は、

紆余曲折を怠らない。

という事だからである。
私にとって一番大切な事は、悩まず苦しまず程々の努力で楽しみ程々の結果と評価を得てそれに自己満足する事では、決して有り得ない。紆余曲折に自分自身気がついた時に、自分自身の能力と判断力と冷静さと強い意志を以って方向の軌道修正を自力で行える事、なのである。
私は悩まず苦しまず楽しみに逃避し自己憐憫に浸るという考えを、良しとするようには生れついていない。
また私の声楽の先生に、そのような事を良しとする先生もまた存在しない。
音楽に誠実である、という事は私にとってそのまま先生方にも自分自身にも、そして何よりもこの後世に今私が勉強し歌っている曲が遺され生き続けている事を見ている多くの偉大な作曲家に向けての尊敬と誠意であるように自分自身そのように存在したいと、心から想う。


怠惰な者は、今現在生存しない過去の作曲者に対してその最も愚かな妄言を吐いている。
現代に生きる作曲者の作品を演奏するなら、今の現実を生き音楽を創りあげ表現している生きた作曲者の意志に対してそのような妄言は、音楽そのものに対する、また作曲者である人間に対する「冒涜」以外の何物でも有り得ない、と私は考えている。


自分自身の心の中で自分自身に言い訳するのならまだしも、ブログで自分自身の怠惰と怠慢を公言する愚者の非を、嗤う。


休養して、また練習&勉強♪

不愉快な日々

今年野ウィーンでのレッスンまで、あと3週間ほど。


今月の勤務も全て夜勤。
しかも、人手不足で休日を1日減らされた。
隔日で2〜3件の手術日が続く。
体が動かない。
部屋の中を歩く事も、辛い時がある。
連続夜勤が続いて、帰宅すると頭はクリア、というか逆に覚醒状態なのに何も出来ない。
連続夜勤と連日の酷暑で、確実に集中力が落ちて来ている。
全身の代謝機能が落ちている。
音楽を聴いても、頭に入らない。
楽譜を見ても、眼が疲れる。
連日、近所の日帰り温泉に通っているが、全身のあちこちが痛む。
何一つ準備が進まない。
隣の駅まで買い物に出掛ける事さえ、億劫だ。


勉強不足。
練習不足。
私にとって、これ程不愉快で腹の立つ現実は、無い。
今年のウィーンでのレッスンでは、明らかに指摘されるであろう事。
それでも何とかウィーンでのレッスンを実現させたかった、私の誤算だろうか。
もう、今現在は、これ以上の体調不良を招かないようにするという極めて消極的な調整しか出来ない。
この体調では、歌えない。
声が、でない。
兎に角、体を休めてウィーンのレッスンで「歌える」事にまず集中しなければならない状況。
何で、わざわざウィーンまでレッスンに行くのに、たったこれっぽっちの事しかさせてもらえないのか。
本当に、世の中は不公平だと、憤りを感じる。
不愉快も不愉快、極まりない。


努力が全部報われれば、誰も苦労する人間は存在しないであろう事は分かっているが、これだけ頑張って来たのに自分のやりたい事が殆ど出来ない状況というのは、本当に悪意を感じる。
何物にも、感謝出来ない。
イライラする。
ブログを書こうと思っても、こういう文章しか書けないので、今迄書きたく無かった。
今、殆どのブログを休業中。
でも、ガス抜きしないと全部破壊しそうな気分。


余りに不愉快で、反吐が出る。


ガス抜きしたら、また休む。
久し振りに、エアコンを使わなくても眠れそうな気温。
明日もまた、夜勤。
疲れた。


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