晴れの日はANDANTE

私のライフワークである歌曲やオペラ、日々の練習やレッスンについて、気ままに綴っていきます。

2010年12月

歌い納め

今日は今年最後の休日。
そして、来年1月4日までは、明日から連続夜勤。

今日は体調は今一つだったけれど、スタジオ練習3時間を行なって来た。
最近、スタジオ練習のメニューが変化した。
まず最初の30分間は教授の呼吸練習メニューから。
次の10分くらいで発声練習。
これで曲の練習の下地が充分出来て、声帯にも負荷がかからないのだから、超驚き(笑)

今日は、まず来年ウィーンで演奏する予定のシューベルト歌曲「Der Konig in Thule」「Dem Unendlichen」「Du bist die Ruh」の3曲の発声と音程の調整を行なった。
この3曲に関しては、昨年〜今年のウィーンのレッスンでB先生に御指導頂いている曲なので、今後は暗譜とドイツ語のウムラウトの発音が最大の課題である。

その他に、来年末〜再来年初頭にかけて予定している、イタリア歌曲&イタリア・オペラのリサイタルで選曲予定のプッチーニのオペラ・アリア2曲、「蝶々夫人」から蝶々夫人登場のアリアと、歌劇「トゥーランドット」からトゥーランドット姫のアリア「In questa Reggia」の2曲のリズムとテンポと正確な音程の確認作業を主に行なった。
プッチーニのオペラ・アリアに関しては、オペラのストーリーや全体の音楽の流れは頭に入っているので、今後は発声と表現が一番大きな課題。
いずれも、焦らずに急がずに地道に確実にこれらの曲をレパートリーにして演奏会で歌う事が出来るようにコツコツ練習を積み重ねて行く以外に、他に方法は存在しない。

今日の今年最後のスタジオ練習で一番手応えを感じたのが、シューベルト歌曲「Dem Unendlichen」と、プッチーニ「トゥーランドット」から「In questa Reggia」だった。
シューベルト「Dem Unendlichen」はウィーンのB先生から今年のレッスンでお墨付きを頂いたけれど、シューベルト歌曲にしては珍しいレチタティーヴォの部分の表現はまだまだ大いに改善の余地があり、もっともっと表現豊かに歌う事が出来る可能性が大いに存在するので、今後はレチタティーヴォをどのように歌い込んで行く事が出来るかという方向性が掴めて来た事。
そして、プッチーニ「トゥーランドット」のトゥーランドット姫のアリアは、私の声質ではかなり厳しいアリアだとずっとずっと覚悟はしていたのだが、今日歌ってみた感触では自分が危惧していたよりも「行けるかも知れない!」という程に声の勢いが出始めていた。

これは、総て教授の2時間MAXの呼吸法レッスンの賜物であり、これが私の歌唱を今よりももう一段パワーアップ、レベルアップする事の出来る可能性を大いに広げて頂いた賜物であると、心から感謝している。


今年は、辛い事苦しい事悲しい事ばっかりの1年だったけれど、年末になってようやく今年も少し、ウィーンでのレッスンを最大の幸福として改めて感謝出来る年にする事が出来た。
来年はどうなるのか私には想像も付かないが、声楽に関してはほぼ休んでいる余地など欠片も無い。
新しい目標も出来たし、大舞台もある(予定)
そして何よりも、先日、千葉のヤンクミ御夫妻との忘年会で、私の人生に関わる非常に重要な約束、委託をお願い申し上げた。
この事は絶対に無駄には出来ない。

今は専ら、来年末〜再来年初旬のリサイタル予定のプッチーニのオペラ・アリアを物色中。
これから年末年始の連続夜勤の合間に、ヴェルディ歌曲や、プッチーニのオペラ・アリアや、シューベルト歌曲や、ブラームス歌曲の曲探しと楽譜作りに専念しなければならない。
まあ、いつも通りの年末年始という事だ。

では、皆様良いお年を(^^)/~~~

パニック状態だったシューマン・リサイタル

シューマン・リサイタルが終了してから少し日が開いてしまった。
リサイタルのための休日後の連続夜勤、職場のゴタゴタ、去年末からの疲労とストレス爆発!!!とでも言おうか、ブログの閲覧すら最近は気が進まなかった。
休日には2〜3時間の自己練習は行なっているが、レッスンは年末〜来年2月くらいまで入れられるかどうか分からない状況なので、取り敢えずシューマンのリサイタルについてだけはここに記録しておく必要性がある。

事件は、シューマン・リサイタル前日の最後のピアノ合わせでいきなり突然勃発した。
前半5曲のピアノ合わせは非常に順調だったのだが、一休みして後半5曲のピアノ合わせ開始、7曲目「歌手の慰め」の途中から急に歌詞が出て来なくなってしまい、演奏が止まってしまった。
シューマン・リサイタルの為に選曲を済ませたのは約2年くらい前。練習やレッスンを始めたのは約1年前。今年9月〜10月のウィーンでのレッスンから帰国したらもう細かい部分の表現と暗譜の確認作業だけだった。実際問題は無かった。ウィーン帰国後のY先生とのピアノ合わせでは、表現を重点的に行なっていた。
それが本番前日に、いきなり歌詞が出て来ない、約8小節。
しかも「歌手の慰め」1曲歌詞が出て来なくなった途端に、次に歌う2曲「胡桃の木」「女の愛と生涯〜全ての人にまさって」の途中の歌詞まで出て来なくなってしまった!!!流石の緊急事態に私も動揺を隠せなかった。ピアノ合わせすればする程、ドンドン混乱して行った。同じフレーズを何度も何度も繰り返しピアノ合わせし直しを行なった。私は青くなるばかり。ピアニストY先生は別段気にされていらっしゃらなかったようだが、私の方は慌ててしまい、いつもより少し早めにピアノ合わせを切り上げてた。このまま歌い続けていても混乱するだけだし、歌う事よりももう一度歌詞の暗譜をし直さなければならない。まだ24時間ある。リサイタルで歌うシューマン歌曲10曲、総て暗譜での歌詞の見直し作業をカフェで行なった。
その日の夜は、3〜4時間程しか眠れなかった。


リサイタル当日は、会場入りギリに目が覚めた。ほぼ朝方から眠った。
シューマン歌曲の歌詞の暗譜は、地道に行なったためか10曲中9曲は何とかイケる。細かい冠詞等は間違える可能性はゼロでは無かったが、やはり問題は7曲目「歌手の慰め」の歌詞の途中が出て来ない時と、出て来る時と非常に記憶にバラつきがある。
流石にこれではマズい。リサイタルで演奏を中断なんて、冗談じゃない。
だが、譜面台を置いて楽譜を見ながら歌う事もしたくない。
いつも演奏会やリサイタルで一番の懸念は声の事なのに、今回は声の問題は今までの演奏会よりも遥かに心配が少ない。
その代わりにこのような問題では、余計に精神的に参ってしまった。
それでも歌わなければならない。逃げる訳にはいかない。
心の中で、被害の無い程度の地震や台風などの天変地異を願いまくった。
が、そんな事をしている余裕も無かったので、本番前のリハーサルでは、いつもは一度は全て全曲通して歌うのだが、今回に限っては不安材料の多い曲を集中的に繰り返しピアノ合わせを行なった。
つまり、リサイタル本番直前リハでは歌っていない曲も約半数あった、という事になる。
兎に角、異例尽くしのリサイタル本番だった。
その割に、声に関する不安は一切無い、というこれもまた今までとは全く違った本番だった。

リサイタル開始。
お客様は今までより多少多い。これは緊張要因とは関連はそれ程大きくは無い。寧ろ、歌詞が出て来なくなるのではないか???という不安ばかりを抱えてリサイタルに立った。MCの笑顔が引き攣っていないかなどと考える余地すら存在しない。
1曲目「乙女の憂鬱」は、いつも通りこれは御約束で緊張して声は出無かったが、2曲目「憂鬱」からはかなり取り戻した。これは、ウィーンのN先生に感謝以外の何ものでも有り得ないだろう。
3曲目いきなり曲調が変る「あなたの声」では、私自身の演奏の切り替えの良い影響が、聴き手の御客様の表情に顕著に表れた。これは後日ピアニストのY先生も非常に驚かれていた事項なのだが、やはりこれはウィーンでのレッスンでの先生方の功績の偉大さだと考える。
4曲目「ミニヨン」は大曲。非常に体力も声帯も酷使する。途中、歌詞の2番と3番がドイツ語が一言入れ代わってしまったが演奏を止めるような状況では無かった。高音域はきちんと当たっていた事、ウィーンでのレッスン通りのブレスで歌えた事は何とかクリアできたが、問題はやはり有節歌曲のバリエーションの多彩さ、という点に於いて極度の緊張感やストレスフルな状況では足りない、と言わざるを得ない。
尤も、プロともなれば完璧にクリア出来て当然の項目なのであろうが。

前半最後の5曲目「レクイエム」これは、ウィーンでのレッスン通り、ピアノ合わせ通り、自分の考えていた通りに歌う事が出来た。
亡くなった妹の為に、ちゃんと歌う事が出来たと思う。今私が出来る表現、技術、総て出す事が出来た。上を目指せばキリが無いが今後はこの曲に関しては、もっともっと高いレベルを目指して行く事が出来る。
妹が、助けてくれたのかも知れない。
北海道の妹からも、
「姉ちゃん、思いっきり歌ってあげてください。私も聴いてみたい」
と前日メールがあった。これに、心から励まされた。


ここで15分間の休憩。
ピアニストのY先生に、思い切ってお話しした。
「7曲目の、歌手の慰め、は譜面台に楽譜を置く事に決めました。音楽はちゃんと体に入っている。だから楽譜を見て歌う事は無いと思うけれど、最悪の事態、途中で歌詞が出て来ない部分はもう分かっているので、MCの原稿と一緒に楽譜を譜面台に置く事にします」
と話すと、Y先生は快く了承してくださった。それどころか、Y先生御自身が演奏会で曲を忘れてしまった時の事を話して下さった。
メシアンのピアノ曲だったらしい。同じフレーズをフォルテ・ノーマル・ピアニッシモと3度繰り返し、それでも思い出せなかったので、いきなりコーダに飛んだ、との事だった。
この話しを聴かせて頂いて、どれだけ私の心が軽くなった事か・・・・・・・・・・。
Y先生ですら、そんな事があるんだ・・・と思ったら、何故か1曲の楽譜を持ってステージに立つ事が出来た。


後半5曲開始。
6曲目「私の美しい星」は、もともとピアニストY先生からも問題無しとのお墨付きを頂いていたのでかなりレガートにたっぷりと歌った。但しこれは私の悪い癖で、歌える曲に関しては声を押して発声してしまいがちになってしまうという注意事項が出てしまった。が、この曲はかなり落ち着いて歌う事が出来た。
問題の7曲目「歌手の慰め」これは、少し離れた所にMC用原稿と一緒に譜面台に置いておいた。結局、一番歌詞が出て来ない、忘れてしまう事の多かったフレーズの出だしを一度チラ見しただけで、済んだ。歌唱自体は、楽譜が近くに在るという安心感のためか、非常に伸びやかな歌唱が出来た・・・と考えている(超苦笑)
8曲目「胡桃の木」はこの流れに乗ってきちんと歌詞も出て来たが、歌詞に対する神経を集中し続けてきたためか若干体力的疲労が出て来たらしい。いつものテンポよりも遅れ気味になってきたのが、この「胡桃の木」からだった。
9曲目「女の愛と生涯〜全ての人にまさって」も、声は出ていたし音程も悪く無かったが、今までのピアノ合わせでのテンポやリズムから微妙に遅くなりずれていた。何とか、ピアニストY先生が合わせて下さったという状況だった。ただ、歌詞はきちんと出て来た。
「胡桃の木」「女の愛と生涯〜全ての人にまさって」は、前日のピアノ合わせで歌詞が出て来なかった部分に関しての修正はきちんと行なう事が出来たが、歌詞に集中する余り、本来出来ていた筈のテンポやリズムに大きな影響が出てしまった。
最後10曲目「献呈」幸か不幸か分からないが、もう7年前から勉強して来て2度程演奏会本番に乗せている曲だからこそ何とか歌いきる事が出来たが、総ての力を使い果たしてしまったせいか、いつもの30%程のエネルギーでしか歌う事が出来なかった。これは本当に残念な事だった。

しかし、何とか大きな事故も無く、シューマン・リサイタル10曲歌い終わった。


今回も例に漏れずにアンケートを取った。アンケートを書いて下さった方がいつもより多かったので、今回はアンケートを何十回も見直した。
今回私が歌ったシューマン歌曲は、ウィーンでのレッスンでN先生がシューマンの解説書(ドイツ語)を見ながらレッスンして下さったというくらい、マイナーな曲が多かった。日本ではシューマン歌曲は余程ドイツリートが好きな人でなければ、特にクラシック音楽を普段から聴く習慣の無い方々には非常に退屈であるかもしれない事は十二分に承知していた。しかも、日本人は耳に聞き覚えのある曲の方により反応を示し易い事は、千葉のヤンクミの15年継続している演奏会で毎年アンケートを取っている結果を見れば、一目了然である。
ただ、私が今回、日本でも殆ど知られていないシューマン歌曲のリサイタルを行なって、アンケートを分析して一つだけ分かった事がある。
例え、名曲ではなくても、良く知られた曲ではなくても、いや、殆ど知られていない曲であっても、歌い手の声と曲が合っていれば、声と曲の調和、バランスが良好に保持されている曲であれば、聴き手の印象に強く残る可能性は決して低くは無い、という事である。
これは、今回このシューマン歌曲のリサイタルを演奏した事の中で、最も大きな収穫だった。


リサイタル前日に、いきなりたった1曲の数フレーズの歌詞が出て来なくなってしまった事。
この原因、要因について相当な日数と時間を費やして考え続けた。
結論は幾つか出た。
まず、今の私自身の持てる実力に於いてシューマン歌曲10曲のリサイタルは、無理があった事。それは、まずドイツリートというジャンルというよりも寧ろ、シューマンという作曲者の特性に存在すると考えている。
子供の頃から多くの本の中で育ったシューマン。無論、シューマンに限った事では無い事は重々承知であるが、シューマンが作曲した歌曲の詩人の詩に関しては、ただ単にドイツ語の歌が歌える、ドイツ語が話せる、ドイツ語が分かる、ではNGであり、ドイツ文学の素養教養といった類の知識や勉強が必要不可欠なのであるという事。これが私が、シューマン歌曲の歌詞が頭に入っていても体に入っていても、リサイタルの結果としてこのような事態を招いてしまった事の最大の要因となったであろう事は、恐らく否めない。
ウィーンでのN先生のレッスンを受けられても尚、私がシューマンのリサイタルを行なうには全く非常に多くの不足ばかりが跡に残されてしまった、その結果それを認識していなかったために2年も前からシューマンのリサイタル用歌曲の選曲及び練習を行なって来て、しかもウィーンでのN先生のレッスンで全てシューマンのリサイタル用歌曲10曲レッスンを受けてN先生より許可を頂いたにも拘わらず、リサイタル本番で前代未聞の、例え1曲でも楽譜を譜面台に置く、という醜態を生む結果となってしまった。
反省に反省を重ねたとしても、自分を恥じる事には未だ何等変わりが無い。


先日、ピアニストのY先生と、リサイタルの打ち上げ&クリスマス会&忘年会を、日を改めて乾杯した。
その時、ピアニストのY先生が一つ、非常に重要な事を仰っていた。

「楽譜を見ながら演奏する場合と、暗譜で演奏する場合はね、使っている脳の部分が違うのよ。だから、暗譜で演奏するなら最初から暗譜で演奏するための(脳)の場所を使わなければいけないの。だから、練習方法も全然違うのよ」

成程、それは知らなかった。今後は、例え新曲でも何十曲でも、総て「暗譜」のための練習をしなければならない。今これから暫くは、このための知識を得る手段を考え勉強しなくてはならない。


それと、これはマジ驚いた事なのだが、シューマン・リサイタルのアンケートでお客様が選んで下さった曲と、ピアニストのY先生の評価が比較的良かった曲が、全然違った!!!という事(爆)これは少し笑ってしまった。


今は、新しい選曲に取りかかっている。

「プロフェッショナル」と「アマチュア」の違い

今年10月、ウィーンのレッスンから帰国してから、ウィーンのM先生から新しい声楽の先生を御紹介して頂いた。理由は、私が来年のウィーンでの演奏会で歌う、という事になったからである。お決めになったのは、ウィーンで主にシューベルト歌曲のレッスンを受けている、B先生。B先生が、今年私がウィーンのレッスンに持って行ったシューベルト歌曲6曲の中から2曲選曲されて、来年のウィーンでの演奏会で私に歌って貰おう、という事になった。
但し、条件が一つ。


「ドイツ語の発音をきっちり修正して来る事」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
これまた無理難題が出たものだ、と思い、最初この来年のウィーンでの演奏会の話を直接私にしてくださったウィーンのM先生には、即答でお断り申し上げた。理由はM先生からも、

「ウィーンでの演奏会は、今あなたがウィーンでレッスンを受けている先生方も演奏するし、他にもウィーンの音楽院などで優秀な成績の演奏家が出演する。日本のアマチュアの発表会のレベルとは違うのよ」

という発言もあったからだ。
あの、私はアマチュアである。音高にも音大にも専門学校にも行っていない。日本国内のアマチュアのコンクールすら出た事が無い。
ウィーンでレッスンを受けさせて頂いたのは、まだ2度目。
私はM先生に、「それなら尚更私はアマチュアだし、何よりもまず自分自身の声楽的レベルを全く把握していない。もう2〜3年勉強してからもう一度検討するべきだと思うので、今回は演奏会に出るべきでは無いと考える」とはっきり申し上げた。
ここで私の意見に頑張って反論したのが、ウィーンの音楽院を首席で卒業した現在大学院生のピアニストEさん。

「私は、あなたと一緒に演奏会をやってみたいと思う。あなたは音楽の造り方が良い、面白い。私だって幾ら(ウィーンで)学校に行っていても、他の演奏者は自分の先生とかだし、私だって、ペーペーだけど、でも周りの質の高い演奏をする人達に、一緒に引っ張って行って貰う事で、必ず大きく成長すると思う。また、そうでなきゃ成長するチャンスもなかなか無い。あなたなら、それが出来ると思う」

と、まるで25歳とは思えないような意志の強さとしっかりとした自分自身の考えを持っているEさん。私は少し涙ぐみながら考えた。私は、音楽の勉強としても、看護師の仕事としても、脳出血で倒れた親父の入院管理や借金の管理の面でも、今ギリギリ一杯状態でウィーンにレッスンに来ている。
果たして、来年自分に可能だろうか・・・・・・・・・・。それが大きな不安だった。
日本に帰国する前日の夜、M先生とピアニストEさんと私との3人で、アウグスティーナ・ケラーで飲み会を開いた時に、M先生とEさんからのアドバイスも含めて、来年ウィーンでの演奏会を目指してみる、という事で一応の決心をして帰国して来た。


日本に帰国して徹底的にドイツ語の発音を修正するのであれば、少なくともネイティブのオーストリア人またはドイツ人の先生、若しくは留学経験の長い声楽の先生が必要であることは絶対である。
ウィーンのM先生も探してくださるとの事だったがM先生ばかりを頼ってもいられないので、私自身も以前ピアニストの先生から教えて頂いたゲーテ・インスティトゥートや、谷岡先生から教えて頂いた日欧文化協会などを虱潰しに当たってみたが、結局ネイティブの先生など、何のツテも無い私が見つけるのは困難極まりないというよりも、不可能に近かった。
そこで、ウィーンのM先生にメールを送った。「今こちらでドイツ語に堪能な、出来ればネイティブの先生を探していますが、見つからない、現状は非常に厳しいです。このままでは来年ウィーンの演奏会に出る事はかなり難しいでしょう」と。
そこで、丁度ウィーンのM先生が来日されるという事で、一通のメールがM先生より届いた。
その内容が、来年ウィーンでの演奏会を歌うために新しくM先生が探してくださった先生の御紹介だった。

某大学の名誉教授。

これは、後日M先生が来日時にレッスン後一緒に食事をさせて頂いた時に伺った話だったのだが、もともとM先生が私に紹介する事を考えていた先生がいらっしゃったそうだが、レッスン料が高額であること(1レッスン¥35000!)、最近のお弟子さんの質を見ると余り良く無いとの事で、私の先生を新しく探して下さったとの事だった。



この某大学の名誉教授のレッスン、呼吸法だけで2時間びっちりぎっちり。ボイスレコーダーを用意して来るように要請されたので、てっきり自分の発声や歌唱を録音するものかと思ったら、トンでも大間違い(爆)ボイスレコーダーには、スーハースーハー、ハーフーハーフー、スッスッスッ、などの呼吸法バリエーションが1レッスン7〜8種類録音される。
胸郭を広げながら胸郭を決して動かさず、腹部の呼吸筋と舌と軟口蓋と下顎の動きを連動させ、声帯は歌うポジションの位置から絶対に動かさない。
これを毎回、1レッスン2時間。
まだレッスンを受けて3回目だが、既にシューマン・リサイタルのピアニストのY先生からは、

「あなた、随分中低音域の発声が良くなったわねえぇ・・・」

と感心されてしまった。某大学の名誉教授は私とのレッスンでシューマンのリサイタルが近日である事を話すと、

「リサイタル本番までに、ピアニストの方にあなたの発声が良くなった、と言って頂けるのが目標です!」

と仰っていた(爆)
それって、私の目標でしょうか・・・・・・・・・・?????ですよねえぇ・・・・・・・・・・(爆死)
とゆ〜事で、たった3回のレッスンで一応の初期目標に近づく事が出来た。
勿論は、私が音高や音大や専門学校に行っていない事も、外国語を話せない事も、全て御説明してあるし、今現状ほぼ夜勤の看護師の生活で、練習やレッスンにはある程度の体力的な限界がある事も御説明申し上げた。
それでも、某大学の名誉教授(今後は教授と呼ばせて頂く)は、非常にハイペースで、私がクリア出来たレッスンに関してはボイスレコーダーを使用して自宅で声を出せない時に練習するようにと、どんどん先にレッスン内容が難しくなって行く。一切、手は緩めない。教授のレッスンが2時間終了した後は、ヘトヘトのフラフラである。
しかし、今迄2〜3時間スタジオで曲の自己練習をやっていた時や、ピアニストのY先生とのピアノ合わせでがっつり1時間半シューマン歌曲歌いっ放しだった時には声帯疲労を強く感じたのだが、教授のレッスンを受けるようになってからは、声帯の疲労度はほぼ半減したといっても過言ではない。
その代わり、遠心疲労が物凄いけれど(苦笑)
これで、何とかシューマン・リサイタルや、来年のウィーンでの演奏会に向かって行けそうな気がして来た。
実際、ウィーンのM先生が教授とメールでコンタクトを取った時に、教授が私のレッスン内容を詳細に書いてくださったとの事。長年勉強しているだけあって、飲み込みが早い、と仰られていたらしい。それだけでも本当に有難い事だが、やはりレッスン内容が高度化して行くに連れて、出来ない事も多くなって来た。
それでも、今は何とか石にしがみついてでも教授のレッスンに付いて行こうと、決心している。


その教授が前回のレッスンの時に、こんな事を仰られた。

「プロとアマの違いは、お金を貰うか貰わないか、ではないんですよ。まずアマはね、自分が楽しんで聴く人が苦しむのがアマなんですよ。それから、プロは、自分が苦しんでお客様を楽しませるのがプロなんですよ。石川遼でもそうですけどね、我々は(彼のプレーを)あそこしか見てませんけど、彼は物凄い苦労していますよ」


私は、看護師というライセンスで収入を得ている。つまり看護のプロフェッショナルとして仕事をして収入を得ている。だから、クラシック音楽といえど収入を得る以上、プロとしての技術、自覚なぞあって然るべきであるのは言うまでも無い事なので、声楽に於いてもそのように分類し考えて来た。
教授の言葉は、非常に良い意味で私の固定観念の転換を図って下さったと感謝申し上げている。
成程、と。

但し、私は自分自身はアマチュアとしての認識を持っている。
大切な事は、プロとアマの区別なり基準なりを何処までも主体的に把握し、アマとして自分が目指すべき事は何か、不足している事は何か、やるべきでは無いプロの真似事は何か、自分自身の中に明確に厳格に基準を作る事によって、教授の仰る「プロとアマの違い」をより高く目指して日々練習勉強を続けて行く事にある。
適切な分析と認識と判断によって「プロとアマ」の明確な区別を知っておく事は非常に重要な事であると私は考えている。
でなければ、来年のウィーンでの演奏会の話しを、何の考えも無しに慎重さに欠けた無謀さだけで二つ返事でオーケーしていたに違いない。それは私にとっては、恥ずべき行為に等しい。
何がチャンスであり、それがどのようなチャンスであり、自分にとって不可避な条件を考えるためには、このような冷静な分析と判断能力が求められて、当然至極である。


ちなみに、プロであろうが、アマであろうが、自分の出来得る限りの勉強や努力や練習や鍛錬を継続的に行なう事は、演奏家として至極当然の事で、殊更取り挙げる程の事とは言えない。それが出来ないなら、上達やレベルアップなぞ有り得ないからである。
プロとアマの基準を、気にする若しくは都合の良い解釈をする事と、プロとアマの基準を明確に分析し認識した上で自分がどのような演奏を目指し、目標にして行くのか。
演奏家に問われているのは、正にその事であるという事が、教授の言葉の中に含まれていると私は認識している。
「プロとアマ」の基準を{気にする}事と、{プロとアマ」の基準を{主体的に分析、把握、認識}する事は大きく違う。気分の問題と、自己分析を混同するなど論外、笑止千万である。

M先生に、とても良い先生を紹介して頂けたと、感謝している。

ブログも善し悪し

当たり障りの無い事を書いていれば良いのかも知れないが、私はそういう性格でも無い。
しかも、いずれ本にして記録に残す事が一番の目的だ。
人間、同じ性格の人なんかいないので、意見の食い違いや考え方の違いは、あって当然。
別に反論されたり非難されたりするのをイチイチ怖がっていたら、ブログなんか書いていられない。
最も、怖くは無いが。

でも、不愉快な気分には、なる。
自分の主張を自分のブログで行なう分には、自分だって反論する事もあるし、他人にだって反論される事もある。
一番笑えるのは、ネットの文字列だけの世界で他人を巻き込んで、正義のヒーロー面して悲劇のヒロイン面して、ブログでしか接していない人間を「自分の真の理解者で旧知の親友」みたいな錯覚を起こしている人間。
ブログも、ここまで来るとマジで堕ちたものだなあぁ・・・と苦笑せざるを得ない。
アホらし。
実際にきちんと顔合わせをした事がある相手なら、まだしも・・・・・(呆)
鬱陶しいし、ウザいし、他者が絡むと自分がアクションを起こそうとしていた事にまでブレーキをかけざるを得なくなる。
正義のヒーロー紛いと悲劇のヒロイン紛いが、ど〜なろ〜と知ったこっちゃ無いが、新しく始めようと考えていた勉強まで中止を余儀なくされるのは、随分理不尽に考える。
これで、日本歌曲の勉強、ほぼ永久に延期予定。でもまあぁ、他にお願い出来る方がいるからいいものの。
不愉快、憤慨は、こっちの台詞だよ、全く。

オマケに、ブログのアクセス解析を見ると、明らかに人の上げ足取ろうと探し回って検索している形跡アリ。
ヤダヤダ。
ゲロ吐きそう。

しかも、ブログが詰まらなくなって来る。書く事が億劫になって来る。
もうシューマンのリサイタルも近づいて来ているのに、その練習やレッスン内容を一向にアップしたいという気分にならない。
しかも、他のブログを読んでも、詰まらない気分になるばっか。
どっかに、内容的に得られるものの多い楽しいブログは無いものか・・・・・とも思うが、探してるヒマも無い。シューマンのリサイタルの勉強、勉強。


でもま、今は「心の支え」があるからまだ多少気分的には、楽かな♪
歌う事にも、励みになるし。
あんまし、自分自身以外の人間を「心の支え」にしたくは無いのだけど。
無くなった時が、しんどいからなあぁ(笑)
でもま、最近始まったばっかしだし、たまにはいいか〜(爆)
不愉快でも、シューマンの勉強しなくっちゃって、頑張れるし。
当日、ちゃんと歌が伝わるといいなあぁ・・・・・。
ドイツ語は、分からないみたいだけど、ど〜しても聴きに来るって言うので(苦笑)
結構恥ずかしいとゆ〜か、どんな顔して歌っていいか分かんないとゆ〜か、いつも通りに歌えるかなあぁとゆ〜か、歌詞間違えちゃいそうで、怖いぞ!!!!!(爆死)
ああ、そうだ、目が合わないよ〜にしないと・・・・・(核爆)
歌ってる最中に、ふき出してはイカン!!!!!
好きな人の目の前で「愛の歌」を歌うのは、初めてだなあぁ・・・・・・・・・・。
当日、来れなくなるかも知れないケドね。
そしたら、きっと気楽に歌えるか(激爆)


こ〜ゆ〜時に、クリスマス・イブは夜勤なんだよなあぁ〜〜〜〜〜・・・・・^^;


あ、ブログの話題だった。
まあぁ、いっか♪
気が向いたら、シューマンのリサイタルの事を書く事にして、暫くブログは、のらりくらりと♪


呆れた連中、全部纏めてアクセス拒否か、呆れた連中が絶対来ないブログ、とかに出来ないもんだろ〜か・・・・・・・・・・(溜息)
マジで、疲れる。




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