晴れの日はANDANTE

私のライフワークである歌曲やオペラ、日々の練習やレッスンについて、気ままに綴っていきます。

2011年01月

「学ぶ」と「真似る」の履き違い

私は、自分で歌う曲の勉強や練習を行なう時には、なるべく多くの歌手の録音や映像を聴いたり観たりする。
理由は沢山ある。スタンダードな演奏、オリジナルな独創性を含む演奏、歌手によって異なる解釈、表現、声量、装飾音、外国語の発音、ブレスの位置、声質の選択。
基本的に自分が大好きな歌手や尊敬する歌手の録音を聴いたり映像を観たりするが、それだけでは無い。自分がレパートリーとしたいと考えているオペラは、数種類のCDやDVDを揃える。最近はYoutubeもかなり便利になっているので、大いに参考にする。少しでも多くの歌手の歌唱を聴いたり観たりして、参考、勉強にする事を心掛けている。

例え、名歌手でも、アマチュアでも、持っている声は全く違うものであるし、皆様々な師に教わっている。名演奏家が必ずしもそのまた上の名演奏家に師事している、有名演奏家に師事している、とは限らない。
そして、名演奏家や名歌手の演奏を参考にしたり勉強にしたりすれば、必ずその人も同じ様な名演奏家になる訳でも無い。
逆の言い方をすれば、名演奏家や名歌手、自分が師事している先生の演奏や歌唱を勉強すれば「真似」になるとは限らない、という事も充分に言えるという事になる。
そして、他人と違う演奏、他人と違う歌唱、他人と違う発声が即オリジナル、新しい素晴らしいものかというと、それもかなり怪しいと考えざるを得ない。

大体にして、クラシック音楽の特性の一つは「再現藝術」であるという事が挙げられる。
まず、自分の師事した先生から再現の手法を習得する。当然、演奏形態は師事した先生に似て近い事はあって然るべきかも知れない。
そして、自分が素晴らしい、美しいと感動した演奏家や歌手を参考に、自分が演奏する、歌う曲を勉強する。自ずと影響を受ける事は当然有り得る事である。
その中で敢えて違う部分を個々に探すとすれば、個人個人の持つ身体機能、声楽で言えば体格、骨格、身長、体重、声帯の太さや長さ、肺活量などの予備能力などが考えられる。
当然、師事している先生のレッスンを受ければその先生の癖なり習慣なりも同時に習得する可能性も高い。それは、自分自身が好んで聴いたり観たりする歌手や演奏家についても同じ事が言える可能性は高い。
それは、別に間違った事では無いだろうと私は考えている。
同じ先生にレッスンを受けている生徒の演奏の傾向性が類似するのは以上の視点からも無理からぬ事であると考えられる。それに、好きな演奏家や歌手の趣向に似てしまうという事も、上記の観点からも無理の無い事であると考えている。
逆に、全く影響を受けないというのは、非常に感性が鈍い若しくは鈍感である、という見方も可能である。

非常に重要な事は、師事している先生の何を何処を真似るのか学ぶのか、自分が尊敬する或いは好きな演奏家や歌手の何を何処を真似るのか学ぶのか、である。師事している先生、または自分自身が好きな演奏家や歌手を参考に勉強する時に、どのような事を参考に勉強したり学ぶのか、自分と違っている部分はどのような所なのかという事を、冷静に綿密に客観的に分析しながら学ぶ必要性は高い。ただ自分の耳に聞こえて来た事を自分の思い込みで真似ているだけでは、それは学習能力に疑問を持たざるを得ない。

人間が音楽を演奏する際に一番初めに使う身体器官は、まず「耳」である。まず音楽を聴く事。
そして、演奏する為には楽譜を見る事、それは「目」であると私は考えている。
その両方をフル活動し曲を演奏するための勉強や練習をして、その各身体器官の動きを「脳」が記憶して「筋肉」や「骨格」の動きを細部に渡りチェックする。それを繰り返して機能させる事により、演奏や歌唱手段を体自身が習得して行くと私は考えている。
そうでなければ、再現藝術にはなり得ないのではないのか、と私は考えている。

耳コピー、という事を言う人間がいる。耳コピーとは飽くまで耳だけを通じて脳に刻み込まれる現象であり、身体の各機関の稼働が連動しているという事になり得ないと私は考えている。つまり、耳コピーという脳の感覚だけで演奏したり歌っている演奏が、再現芸術であるクラシック音楽の演奏に適うものなのか、甚だ疑問に思わざるを得ない。耳コピーした自分の演奏や歌唱を自分自身の演奏や歌唱と思い込むのは誤認である可能性が非常に高いと言わざるを得ない。しかし「耳」で慎重に注意深く聴き取る事から何を得られるか、何を得ようとするのかは、その個人の感性や資質と言える事が出来ると私は考えている。それが、継続した学習内容の分析、習得、実践、評価、考察、再検討の繰り返しによる緻密な連続した技能習得能力なのではないだろうか。
耳だけで聴いた曲を、詳細な身体機能の運動分析による嗜好性と反発と軌道修正と弱点克服無しに、習得したと思い込む事は、単なる誤認であると言わざるを得ない。
では、耳から入る音楽無しに演奏技術や能力の習得を他者との比較論で位置付けし、自分自身への他者からの高評価を目的とするのは、単なる「奢り」であると私は考えている。

「個性」と「やりたい放題」は全くの別物である。他人との演奏や歌唱との違いを強調する事により自分の特殊性を主張するのは傲慢であると私は考える。自分の師事している先生と似ているのは真似、似ていないのがオリジナルという安易な発想は、己の思考機能を退化させるだけの怠惰に過ぎないというのが私の考えである。
その最たる理由が、クラシック音楽とは「再現芸術」だからであるというのが私の基本的姿勢である。
オリジナルとは個別性の最たるものであるが、クラシック音楽に於けるオリジナリティーは、他でも無い作曲者である。オリジナリティーと、比較論としての優劣とは全く別世界にカテゴライズされるべきものであり、同者を同次元で取り扱う事自体、無知に等しいと考えられる。演奏や歌唱を耳からのイメージに捕われる以前にまず演奏者や歌い手は、楽譜という確固たる資料を自分自身の「目」によって確認し、継続・連続した鍛錬や修練による身体機能や知覚機能の誤認や修正のチェック機能を適切に行なってこそ、初めて「自分自身の演奏」という特色が表現、表出されるものではないのかと私は考えている。

幾ら名演奏家や名歌手に、自分の演奏や歌唱を似せようとしたところで似る筈が無い。もともと与えられている「楽器」自体が違うのだから。似ていると誤認している自分自身の耳や感性を常に疑って見る検証する能力を培う努力を怠るべきでは無いと考えている。
それとほぼ同意義で、師事している先生と演奏や歌唱が似ている事は、個人の持つ資質や嗜好性などの特性との関連性は然程高く無いと私は考えている。似る理由があるとすれば、資質や嗜好性よりもそれは個人の持つ「楽器」の特性の類似点により多く依拠するものであると推察出来る。

これと類似した例として、「特定の歌手の演奏や録音を聴き続けると、その演奏者や歌手の癖がついてしまう」という事を平気で言う人間がいる。しかし、単なる耳コピーだけで、その個人特有の「癖」とやらが個人の身体機能に習得されてしまうという言い草は、運動機能や身体機能上、余りにも無理があり過ぎると言わざるを得ない。物真似は癖も含めて物真似だからこそ全くの他人と類似するのであって、自分の都合の悪い、師事している先生からレッスンで警告を受けた事を、過去の演奏家の単なる悪い「癖」として認識しようとするのは余りにも傲慢である。
第一、過去のどのような名演奏家も名歌手も、

「私の真似をして歌えば確実に世界的スターになれますよ」

なんて言った演奏家が存在したのだろうか。
それは過去の演奏家や名歌手や師事している先生の「癖」が自分に移ったなどという馬鹿げた話では無く、寧ろ自分の安易な「耳」に頼っただけの怠慢な学習態度の演奏・歌唱により身体機能や知識や技術の習得や鍛錬を怠った怠慢な演奏によって「自分自身の悪い癖」が露呈しただけの話ではないのか、と考えるのが私は妥当ではないかと考えている。
大体にして、演奏家や歌手や先生に対して、失礼極まりない(超苦笑)

いずれにしろ、比較論だけでしか自分自身の演奏や歌唱を評価出来ないとは何とも貧しい感性のように想う。
名歌手であろうが、師事している先生であろうが、自分の演奏の特性は自分自身の要因に起因するものであるという事を、肝に銘じておく必要性は高い。
大体にして、耳からインスタントに安易に入って来た演奏を、充分な分析や解釈や鍛錬無しに習得出来る再現芸術などあるだろうか。


私は、虚栄的な人間は、嫌いだ。

やっと決まった!!!

次のリサイタルの曲目。イタリア歌曲&イタリア・オペラで行く事は決まっていたのだが、細かい曲の詰めで、ミルヒー先生と何度かメールで話し合いを行なった。

当初の予定では、ベッリーニ歌曲とヴェルディ&プッチーニのオペラ・アリアを歌いたいと考えていて、去年ミルヒー先生のレッスンで御相談申し上げたら、
「ベッリーニの歌曲もいいけど、ヴェルディの歌曲もいいわよ。そろそろ勉強してみたら?」
とゆ〜事で、ヴェルディの歌曲を選曲する事になった。
オペラ・アリアに関しても、ミルヒー先生から、
「モーツァルトのフィオルデリージのアリアは歌わないの?今折角レッスンしてるのに?」
と言われたが、ベッリーニ歌曲とヴェルディ歌曲、ヴェルディ&プッチーニのオペラ・アリアに1曲だけモーツァルトを入れるのは、少しバランスが悪いような気がした。そこで、モーツァルト「Cosi fan tutte」のフィオルデリージのアリア「Come scoglio」は、別の演奏会で単発で歌おうと考えていた。

そこで、年末年始の6日連続夜勤の間は患者さんの急変も多くて、疲労困憊で音楽の勉強や練習は流石に無理だったので、取り敢えずプログラム探し、オペラのCDを聴いたりDVDを観たりしていた。
そこで浮上した問題が、歌曲はいいとしても、オペラ・アリアに関してはヴェルディとプッチーニを同時に歌うのは私の声には重すぎる、負荷が掛かり過ぎるのでは・・・という事。
ミルヒー先生から、これから勉強するように御指摘頂いているヴェルディは「Il Trovatore」「Aida」「Un ballo in maschera」「Don Carlo」「Otello」などであり、プッチーニに関しては「La Boheme」のミミや「Turandot」のリューは、今は勉強しなくても良いのでは???と指摘されている。そうすると、選曲するにしても非常に重い役柄のアリアを何曲も歌う事になる。
今回絶対に勉強して演奏会で歌う事に挑戦したかったのは、プッチーニ歌劇「Turandot」のトゥーランドット姫のアリア「In questa Reggia」である。これは前回のブログでも述べたが、レパートリーとして長々と歌うために今回取り組むワケでは無い。飽くまでも今の現時点での自分の声帯と発声を出来る限り強く鍛えるというのが一番の目標なのである。
2013年には、ヴェルディ生誕200年のメモリアル・イヤーが来る。その時にこそ、「Il Trovatore」「Aida」「Don Carlo」「Nabucco」「Macbeth」などを歌えるようになっていなければならない。
同じ2013年は、ワーグナー生誕200年のメモリアル・イヤーでもある。ウィーンの先生方からワーグナーに関しては、「Only study, Not concert!!!」と言われているが、実のところ最近少し迷っている。ウィーンでのレッスンで、シューマン歌曲や、特にシューベルト歌曲のレパートリーとして認められるようになった曲で、ドラマティックな曲が少しづつ増えている。それを考えると、せめてワーグナーの勉強だけでもしたい!!!でもそれには、今の程度の声の強さと勢いではまだまだ全く足りない。

そこで考えた事が、ヴェルディはいずれ2013年にメモリアル・イヤーがあるのでその時に歌う事にして、今回はオペラ・アリアに関してはプッチーニに統一しようと考えたのである。兎に角、「Turandot」の「In questa Reggia」はリサイタルの最後に歌うだろうから、その前に歌うプッチーニのアリアは出来る限り重く歌わないような選曲にしたい。そう考えて選んだのが「蝶々夫人」から「Spira sul mare」「Un bel di vedremo」と「Manon Lescaut」から「In quelle trine morbide」だった。一応楽譜も作り、蝶々夫人に関しては先日購入したCDもあり、譜読みも開始していた。

そこで、先日ミルヒー先生に次のリサイタルの曲目をメールで御報告した所、
「プッチーニのアリア4曲よりも、プッチーニの歌曲を入れたり、ヴェルディ仮面舞踏会のMorro, ma prima in graziaなどはどうですか?今せっかく(発声が)良くなって来ているところなので」
との御返事!!!!!私もMETのレヴァィン指揮、パヴァロッティ、アプリーレ・ミッロ、レオ・ヌッチ出演のVHSを購入して去年DVDにダビングしたものはあるし、楽譜もリコルディ布製ハードカバーのヴォーカル・スコアは持っているので勉強は出来るが、まさかここで「仮面舞踏会」アメーリアのアリアがミルヒー先生から飛び出して来るとは予想だにしていなかった。非常に、ドン引き(激爆&滝汗)
ここで相当悩んだ。折角ミルヒー先生から、アメーリアのアリアのようなドラマティックな曲を勧めて頂いて、こんなに良い勉強のチャンスは是非とも活かさなければならない。しかし、ではプログラムをどうするか・・・・・・・・・・(激悩)
プッチーニ「Turandot」だけは今回何としても是が非でも、挑戦したい。その旨はミルヒー先生にもお伝えしてある。しかし、アメーリアのアリアにトゥーランドットのアリアと続くと、これは他のアリアを重くは出来ない。長めの曲でも重く歌わない曲、若しくは多少重めでも短くて余り高音域の多く無い曲。
歌曲4曲、オペラ・アリア4曲を基本に考えているので、そのラインは崩したくない。

そこで5日間知恵を絞りに絞って考えた。
結局歌曲は、ベッリーニ歌曲2曲「La Farfalletta」「Il fervido desiderio」、ヴェルディ歌曲2曲「Stornello」「In solitaria stanza」
オペラ・アリアはモーツァルト歌劇「Cosi fan tutte」からフィオルデリージのアリア「Come scoglio」、ヴェルディ歌劇「Un ballo in maschera」からアメーリアのアリア「Morro, ma prima in grazia」、「Don Carlo」からエリザべッタのロマンツァ「Non pianger, mia compagna」、プッチーニ歌劇「Turandot」からトゥーランドットのアリア「In questa Reggia」
に決めて、今朝、朝一番でミルヒー先生にメールで御報告した所、無事御許可戴いた〜〜〜\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
ミルヒー先生から、
「コンサートの曲目、いいと思いますよ」
と一言書かれていた・・・・・う、嬉しい・・・・・・・・・・(滝涙)
これでよ〜やく一段落・・・・・・・・・・^^;
曲目が決定したので、後は勉強と練習あるのみ。
ポイントは、アリアで一番初めに歌うモーツァルト「Come scoglio」でどれだけ自分の発声を良い状態に調整出来るかに掛かっていると言っても過言ではない、と真面目に考えている。
私にはどうしても声を押し出ししてしまう悪い癖がある。特に、演奏時間が長くなり身体的に疲労状態になってくると、声を押し出ししてしまう傾向にある。この悪癖を修正しないと、声帯や声量を無駄に浪費する事になり、声帯を鍛える所か却って悪循環になってしまう。声を押さなくとも声量はあるのだから、如何にベルカント発声で響く声を作り上げて行く事が出来るかで、今後のリサイタルの成否が掛かっているといっても良いだろうと考えている。

取り敢えずは、なるべく喘息発作を起こさないように・・・と言ってもこれは非常に難しい(溜息)
後は、教授の呼吸法をガッツリ行なって行くしかないか、今の所は。
課題難題は多いけど、少しづつクリアして、来年、再来年に繋げて行けるような演奏が出来るように、頑張ろうと思う!(^^)!

トゥーランドット姫とイリア姫

昨日、次のリサイタルで歌う予定の、以前からネット注文していたプッチーニ歌劇「トゥーランドット」のDVDが3種類ようやく届いた。
元々はMET「トゥーランドット」のVHSは所有していたんだけど、最近ビデオの調子が悪くて、DVDにダビングしていないVHSは全て観られない状態だったので、元々所有していたMETのレヴァィン指揮エヴァ・マルトンのDVDと、新しくメータ指揮マリア・グレギーナのDVDと、リセウ歌劇場のカレッラ指揮ルアナ・デヴォルでリューがバルバラ・フリットリ(実はこの映像に関してはフリットリがお目当て)を購入した。

昨日は夜勤明けで親父の入院関連の雑事処理のために朝から日本橋へ行き、帰りに秋葉原の石丸電気ソフト館に行った。ヴェルディ歌曲のCDを探しに行くのが目的。でカバリエのヴェルディ歌曲を含むイタリア歌曲集のCDと、次のリサイタルで歌う予定のプッチーニ「蝶々夫人」のレナータ・テバルディのCDと、一昨年ウィーンのN先生から、モーツァルトのオペラのレパートリーとして勉強するよう指摘されていた「イドメネオ」のDVDを購入して帰宅、約25時間不眠でフル稼働した。帰宅後にプッチーニ「トゥーランドット」のDVD3種類が届き、余りのハイテンションで眠れずに、昨日は取り敢えず抜粋で「トゥーランドット」のDVDを一通り目を通してから休んだ。
そして、今日は休日だとゆ〜のに午後3時まで体が動かなかった。やはり、寄る年波には勝てない(自爆)

元々、トゥーランドット姫のアリアを勉強する事になったのには幾つか理由がある。
ちなみに、私はトゥーランドット姫をレパートリーとして長く続けて歌おうという気は、サラサラ無い。私は、元々はミルヒー先生が御得意としているリューを、ミルヒー先生から伝授して頂きたいというのが希望である。
理由は、まずミルヒー先生からトゥーランドット姫の勉強の許可が出た事が一番。
そして、自分の声に合った声質のオペラのレパートリーだけを勉強して歌うのでは無く、自分の「声」や「声帯」を鍛える、強くする事が目的である事、但しこれには師事している先生の許可が必要不可欠である事。
そして、今まで私が演奏会本番で使い物になった最高音は2点h、bだったけれど、今後は演奏会本番で3点c以上の高音域も使えるような勉強を始めなければならい事を、認識した事である。

演奏会で本当に使える高音域は、発声練習で出せる高音の約2〜3音下くらいであると、以前師事していたソプラノの先生から指摘された事がある。
それと、一昨年と去年のウィーンでのレッスンで、N先生とM先生の発声練習では確か3点dくらいまで発声出来たのだが、N先生とM先生は、
「あと4〜5音上まで出せる筈」
と、物凄い勢いで高音域の発声練習を行なわれたという現実がある。
私自身は、そんな無茶な・・・・・と思うものの、ウィーンの先生方が仰るのだから兎に角努力してみなければならない、いや、努力してみたい。
とゆ〜ワケで、総合的に自分の声質とは随分と違っているのは承知の上でも、ミルヒー先生の御許可のお陰で晴れてトゥーランドット姫の勉強を開始する事と相成りました、とさ♪
Youtubeで探したトゥーランドット姫の歌手は、マリア・カラス、モンセラ・カバリエ、ビルギット・二ルソン、エヴァ・マルトン、ギネス・ジョーンズ、ゲーナ・ディミトローヴァ、ジェーン・イーグレン、レオニー・リザネク、等々早々たる歌手陣。私が参考に出来るのかよおぉ・・・(溜息)と思われるドラマティックやヘルデン・ソプラノばっかし(ア然)
でも、一度勉強して歌うと決めて、ミルヒー先生から許可も戴いた以上は何が何でも勉強・練習して一度は演奏会本番に乗せなければならない。これには溜息ばかりだし、本当に相当性根の座った覚悟が必要。
勉強するアリア「In questa Reggia」の楽譜は既に作り終えているので、もう自己練習には入っている。入ってはいるのだが・・・・・高音は多いし、低音の鋭さと力強さは必用不可欠だし、しかも圧倒的な声量が必要、とゆ〜事で、練習するだけでも相当に疲労困憊してしまう。教授の呼吸練習が開始になってから、低音域もかなり強い響きで発声出来るようになって来たし、高音域も普通の自己練習の発声練習でも3点cis〜3点dまでは声になるようになって来た。以前の、掠る程度、からは結構な進歩と言わざるを得ない。何しろ、元々は「5線の上恐怖症」だったのだから。

今回購入したDVDの中で、一番強力なトゥーランドットは、エヴァ・マルトン。演技も伴い非常に迫力ある冷酷なトゥーランドット姫である。演技の面で少し惜しいのが、マリア・グレギーナ。声は申し分無い。
しかし、私が今回購入したDVDで最も注目したのは、60歳を過ぎてリセウ劇場でトゥーランドット姫を歌った、ルアナ・デヴォル。スピントで体も大きいが、年齢の為か若干力強さに欠ける。高音も多少ブレて聴こえる箇所があった。トゥーランドットの謎を歌う場面でも低音域では歌わず、同じ音域で歌っていた。
しかし、しかしです。ルアナ・デヴォルの非常に巧みな表現力。これはやはり若手には中々却って不可能な事なのかも知れない、と実感させられた。まず、語りの部分は比較的レガートにナチュラルに歌われている。が、イタリア語の言葉の意味の表現によって、歌詞のイタリア語も含めて、少しづつ少しづつ、巧みににじり寄るようにクレッシェンドして行く歌い方、表現は、デヴォルの表情や演技も併せて非常に、怖い(激爆)忍び寄る恐怖とでもいうか・・・・・(大汗)この歌唱には、唸らせられた。
私も、日本ではリリコ・スピント若しくはスピントかも知れないが、ウィーンではリリコなのである。だから、マルトンやグレギーナのような強い声で圧倒する歌い方では声帯を疲弊させてしまうだけだし、高音域を演奏会本番できちんと使い物になるような発声にするという目標から離れてしまわざるを得ない状況になってしまう可能性もある。
今後は発声の強さよりも、音楽的な表現でよりトゥーランドット姫に近づける歌唱を模索しながらも、自分自身の発声や声帯の強化を図って行く、とゆ〜トンでもないハードワークになりそ〜だ・・・・・(滝汗)
特に私にとって一番注意が必要なのは、低音域の発声の強さと鋭さ。これを何処まで追求し自分のテクニックとして獲得して行く事が出来るか・・・・・期待は薄いが・・・・・・・・・・頑張るしか無い(爆死)

いずれは、やっぱりリューを全幕通して勉強したい。何よりも、私の敬愛してやまないレオンティン・プライスがリューをレパートリーとして多くの録音が残されている。これが私の声楽の勉強を始めた時からの大きな目標の一つ。レオンティン・プライスのような美しい声の響きで歌えるようになる事。
リューという役柄も大好きだ。いつもDVDを見ると、リューのアリアの直後自殺する場面では大泣きしてしまうのだ(超苦笑)リューのアリアは非常に難易度が高い。高音をピアニッシモで美しく発声出来なければならない。しかも、トゥーランドット姫の心の底に訴えかけ優るものが存在する。その表現力が必要不可欠。声の表現力、演技の表現力。
「ナルシストも多い業界の、こんなに表現しているビバ自分」
なんて、フザケた戯言を垂れ流している場合では無い。
特にトゥーランドット姫に関しては、強さと鋭利さと情熱と冷酷さと、それらを自在に表現のテクニックとして駆使する事の出来る柔軟性が絶対必要不可欠になる事は間違いが無い。
これを課題として許可され自分で選択した以上は、どのような結果になろうとも取り組まなければならない。
非常に疲弊するが、これが今の私に与えられ回って来た「お鉢」である。
取り敢えず、頑張る。

ちなみに、私は「トゥーランドット」の映像はリューが死んだ所までしか観ない。プッチーニ亡き後補筆したアルファーノの草稿をトスカニーニが大幅に削除したという逸話がある。私も2〜3度リューの死後からラストまで観たが、何とも味気ない詰まらないと感じたので、それ以降はどの映像もリューが死ぬ場面までしか観ない事に決めている。


秋葉原の石丸電気のソフト館のクラシック音楽のフロアに行って、超ビックリこいた!!!
何と、3月で閉店!!!現在2〜3割引きセール中・・・・・(ア然)確かに去年12月に友人のプレゼント用ににCDを購入しに行った時よりも在庫が大幅に減っていた。都内でも結構クラシック音楽のソフトを取りそろえてくれている店舗がこれでまた減るのかあぁ〜〜〜・・・と思うと、寂しいやら悲しいやら。
とか言いながら、2〜3割引きの表示に夜勤明けのフル活動の眠気もぶっ飛び、約1時間は声楽・オペラのコーナーをウロウロと歩き回っていた。本来なら、次のリサイタルで歌う予定のヴェルディ歌曲のCDだけ購入出来れば良かったのだけれど、2〜3割引きならいつもはすぐに買わなくてもいいかなあぁ・・・と諦めている物にもついつい手が出てしまう。
そこで、モンセラ・カバリエのイタリア歌曲のCDを手にして、次のリサイタルで歌う予定のプッチーニ「蝶々夫人」のミレッラ・フレーニかレナータ・テバルディのCDが欲しかったのだが、フレーニは抜粋盤しか無かったのでテバルディ盤を手にした。

で、こういう割引のチャンスだからこそ、多少御高いDVDを購入したいなあぁ・・・と思い、結構ウロウロ探し回ったが、余り目ぼしいDVDは残っていないなあぁ・・・(溜息)と思った。が!!!その時私の目に留ったオペラが一つ。それは、モーツァルト歌劇「イドメネオ」。一昨年ウィーンでのレッスンでの最終日のレッスンを私のオペラのレパートリーの話し合いにわざわざお願いして変更して頂いて、N先生とじっくり1時間相談して来た時にN先生から挙げられたモーツァルトのオペラの私のレパートリーになるオペラだった。
「スザンナ、ツェルリーナ、コンテッサ、ドンナ・エルヴィーラ、パミーナ、イリア」
で、私が天地が引っくり返る程ビックリしたうちの一つ、「魔笛」のパミーナの他が、「イドメネオ」のイリア役。「クレタの王イドメネオ」の荒筋くらいは多少知っていたが、実際にオペラの映像を観た事も無かった。一昨年ウィーンのレッスンから帰国して、Ricordi版モーツァルトのオペラアリア集を購入して「イドメネオ」のイリアのアリアの楽譜を見てみたが、長いし難しいし、こりゃ堪らん〜〜〜・・・(爆死)とゆ〜事で暫く放置しておいた。恐らく時機が訪れれば必ず勉強しようと思える時が来るだろうから、今焦る必要性も無いだろうと踏んでいたからだ。
流石に石丸電気のクラシック音楽スペースのオペラのDVDでは、モーツァルトの中では結構多数売れ残されていた「イドメネオ」。モーツァルトの歌劇の中のダ・ポンテ3作よりは日本ではかなりマイナーだから仕方がないかもなあぁ・・・と想いながら幾つか手に取って見ていた。
すると、何と私が一昨年ウィーンのレッスンに行った時にレッスンして頂いたベートーベン歌劇「フィデリオ」のザルツブルグ音楽祭でマルツェリーネを歌っていたソプラノ、そして去年ウィーンにレッスンに行った時にブラームス歌曲のレッスンのために持って行った1曲「Madchenlied」を歌っていた、ユリアーネ・バンゼがイリアを歌っているDVD発見!!!!!\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
ユリアーネ・バンゼはリリック・ソプラノだが若干声質が太めというか寧ろ「深い」声だと私は評価している。そして何よりも、ユリアーネ・バンゼで勉強していったベートーベン歌劇「フィデリオ」のマルツェリーネ、ブラームス歌曲「Madchenlied」は、ウィーンのN先生から、
「あなたはこの歌を勉強しなければならない。これはあなたの歌だ」
と仰って戴いた経緯が存在する。そのユリアーネ・バンゼがウィーンのN先生が私のレパートリーにと推したモーツァルト「イドメネオ」のイリアを歌っているDVDを見つけたのだ!!!ケント・ナガノ指揮バイエルンのDVDだった。これはもう、Getしかないぃ〜〜〜〜〜!!!!!(激爆)

ちなみに、一昨年ウィーンのN先生からもう一つだけ、私が考えもしなかったオペラのレパートリーが一つ挙げられた。
そのオペラの役柄は、何とベルリオーズ「ファウストの劫罰」のマルガレーテ役。
しかも、ウィーンのN先生から一言念押しの御言葉付き。
「But, Not Gounod's Marguerite!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)
ベルリオーズって・・・・・(驚愕)それ、ワタシ本っ当〜に、歌えるんですかねえぇ・・・・・(ア然)
とゆ〜事で、今のトコロ、ベルリオーズ「ファウストの劫罰」は、思考停止の真っ最中。
何しろ、フランス語まで、手が回らないし・・・・・(言い訳)

とゆ〜事で無事に2割引きで荒遣い、お買い上げ〜〜〜・・・^^;
3月閉店なので、次またいつ来られるか分からないけれど、出来るだけ来てCDやDVDを探そうと思う。残り物に、福があるやも知れん。
本当は、貯金がカラになるくらい、あれもこれもおおおおおぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜・・・・・!!!!!と思う程色んな欲しいCDやDVDが沢山あったのだけれど、流石に今年のウィーン渡航費用、レッスン費用だけは確保しておかねばならぬ・・・・・↓

その後、本郷の「アカデミア」でRicordi版ヴェルディ歌曲集の楽譜を購入しに向かう。本当なら、朝夜勤明けですぐ電車に乗り日本橋への移動中に、銀座のヤマハに在庫確認の電話をしたのだが「在庫無し」との事で、急遽本郷の「アカデミア」に在庫確認の電話をしたら、Ricordi社のヴェルディ歌曲集の楽譜を取り置きしてくれるという事で、秋葉原でCDを探した後に、本郷まで向かった。もうヘトヘト(死)
アカデミアに到着して、これまたやっぱり声楽やオペラの棚の前をウロチョロしてしまう(苦笑)もう大概必要な楽譜は購入したというのに、それでも楽譜を見てしまうと、あれもこれもついつい欲しくなってしまう・・・(滝涙)
オペラの棚を見たら、ヘンデルやモーツァルトのオペラの全曲版ヴォーカルスコアでBarenreiterのハードカバー版が新しく入荷していた。いいなあぁ・・・欲しいなあぁ・・・と思い、値段を見て両目が飛び出た(核爆)
もう石丸電気で既に荒遣いしてしまったので、仕方がない・・・・・(号泣)
レジの脇のテーブルに、ヘンレ版仕様の5線紙ミニメモ帳&ポストイットがあって、余りにカワイかったので思わず購入♪ど〜せ勿体無くて使わないくせにいぃ〜〜〜・・・と思いながらも、ついつい・・・・・^^;
すると、アカデミアのレジのお兄さんが、スタンプを1コ多く付けてくれました(>_<)
自宅に着いたのは、午後5時。それからも興奮気味で眠れなくて、取り敢えず一通り「トゥーランドット」のDVDを抜粋で観てから休んだ。
しかし、このハイテンションは、一体何だったんだろう・・・・・・・・・・・・(謎)


今日は前日の無理が祟ってようやく体が動いたのが午後3時だったのだが、その後3時間のスタジオ練習に出掛けて、呼吸練習と発声練習に1時間、今年ウィーンで歌う予定のシューベルト歌曲3曲の暗譜作業を行なって帰宅した。
勿論帰宅後はすぐにモーツァルト「イドメネオ」のDVD鑑賞!(^^)!非常に驚いたのは、歌手陣のレベルの高さ。ケント・ナガノもクオリティの高い仕事してるんだなあぁ・・・と思わず感激してしまった。
今回、歌手に外れが無かった。イリア役のユリアーネ・バンゼは、数年前のザルツブルグよりも更に勢いが増している。ザルツブルグでヤッキーノ役だったライナー・トロストは最初はあれ?どうしちゃったのかな??こんな声だったかな???と感じたけれど、3幕では良く取り戻していたので、緊張していたのか、多少調子が良く無かったのか、少しホッとした。それにしてもトロストは声がリリックになって来た。今後が楽しみなテノール歌手の一人に名前が挙がった。
そして、今回の「イドメネオ」で一番の注目株は、エレットラ役を歌ったアンネッテ・ダッシュ。まだ30代の若さで、高音域〜低音域までのスムーズな発声の推移に加えて、迫力と鋭さのある声質、大きく響く声量、そしてエレットラの怒りと憎しみと呪いを「声」で表現出来るという天賦の才の持ち主とも思われる、ドラマティックともメゾとも判断し難い声。これには、新しい期待の新星発見〜〜〜〜〜(^^♪
しかも、「イドメネオ」のオペラの荒筋だけを読むと、トロイとの戦争の戦利品としてトロイの姫イリアを連れ帰国するとあるが、この舞台の演出にもよるとは思うのだが、イリアに手をつけようとする好色な王なんかでは全っ然無くて、愛する息子イダマンテの命を案じ苦悩し悲しむ、イイお父さん王なんだなあぁ〜〜〜・・・(滝涙)とゆ〜事で、3幕は観ながら泣きっ放しでしたわな(爆死)

それにしてもモーツァルト「イドメネオ」3時間は長い!!!しかも今回は日本語の字幕が無かった。でもまあ、ストーリーは知っているので然程問題は無いのだが。
モーツァルトの音楽は場面毎によって非常に変化に富んでいるので、流石に3時間ぶっ続けで聴くと多少脳味噌が疲れて来る。
三輪明宏氏のサイトにも書かれていたのだが、
「モーツァルトの音楽を聴くとIQが高くなる事が証明されている」のだそうだ。この3時間の脳味噌酷使状況の疲弊さ加減から推察すると、何気に分かる気がする・・・・・(核爆)
これからも時間のある時にはまたこの「イドメネオ」のDVDを観ようと思う。
しっかし、この「イドメネオ」というオペラ、本当に難しいオペラである。レチタティーヴォは長い、アリアも長い、アジリダも多い。ダ・ポンテ3作で作曲されているような短いアリア、例えば「フィガロの結婚」のケルビーノやバルバリーナのアリア、「ドン・ジョバンニ」のツェルリーナのアリア、「コジ・ファン・トゥッテ」のデスピーナのアリアのような、割と短くて取り組む事に負荷を感じないで済む、というアリアが無い・・・・・(死)
ウィーンのN先生、良く私にイリアをレパートリーに選んで下さったなあぁ・・・空耳だったかなあぁ・・・んなワケないんですけどねえぇ〜〜〜・・・(鬱)
兎に角、今日「イドメネオ」のDVDを初めて観て、イリアが難役だっちゅ〜事だけは、理解できた(誤爆)特に3幕最後のイダマンテを庇って「人質の私こそ生贄に相応しい!!!!!」と剣をかざして強い意思を以って歌う場面なんか、私に歌えるかなあぁ・・・(弱気)
いやいや、折角ウィーンのN先生がレパートリーに選んで下さった大きな役である。少しづつ、蟻の一歩だけれど頑張って勉強していきたいと心に染みた。


ここで一つだけ、蛇足。
プッチーニ「トゥーランドット」のアリア「In questa Reggia」をYoutubで探していた時に、トンでも無い歌手の映像を発見した。
そのソプラノは、アンジェラ・ゲオルギュー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(虚)
やりたい放題もここまで来ると大したものかもしれない。
当然、ライブ映像では無い。ゲオルギュー本人のモデル・ポーズ写真に流されている、バリバリ録音調整の効いた声が流れていた。
正直、こんな録音が流れている事自体、思考停止に陥る。
そのうち、アンナ・ネトレプコがトゥーランドット姫を歌い出さない事を只管祈るばかりである(超苦笑)
嗚呼、世も末だ・・・・・・・・・・(-_-)zzz


明日は、カバリエのヴェルディ歌曲と、テバルディの「蝶々夫人」を聴かなければ!!!!!

慌ただしい年明け

今年早々から歯科の本格的治療に入ったので、暫くレッスンはお休み。歯科治療が一段落着いたらレッスンを再開する予定。
だからと言って、決してヒマでは無い。

まず、今年春頃に声楽仲間とイタリア古典歌曲を歌う勉強会をしよう、という事になった。去年末、瓢箪から駒でひょんな事から出た話だったけど「やってみたい!!!」というメンバーがいたので実際に一人5〜6曲、全音「イタリア歌曲集1」からのみの選曲して歌う、という会。
年末、千葉のヤンクミ御夫妻と忘年会をした時に、伴奏をヤンクミにお願いしたら快く受けてくれたので早速準備に着手。
自分もスタジオ練習で、何年振りかのイタリア古典歌曲の勉強を9曲、練習を始めた。超久し振り、恐らく4年振りくらいになるだろうと思う。でも、4年前には出来ていなかった事も出来るようになっている事も結構あって、歌っているウチに結構楽しくなってきた(笑)
今は一緒に勉強する声楽仲間から曲目や楽譜も送られて来て、全部でイタリア古典歌曲15曲!!!
ヤンクミには大変だが、是非是非頑張って頂けるように・・・
今はイタリア古典歌曲15曲分のコピーを作ってヤンクミに送る作業中。15曲と言っても中声用、高声用あるので伴奏するヤンクミは15曲以上になる。
基本、暗譜では無いし、演奏会のように一通り通して歌ってハイ終了♪では無く、気になる曲やフレーズを歌い直したり、ピアニストのヤンクミと直接コミュニケーションを取って貰って、自分がどういう風に歌いたいのかとか、リズムやテンポや曲の表現をどう演奏したいのかなど、時間をかけてイタリア古典歌曲をピアニストの伴奏で歌ってみる、という勉強会である。
例え数名でも、他人の前でソロで歌うというものは緊張もするし、ピアニストとのコミュニケーションも経験としては非常に重要。実際の演奏をどういうふうに作り上げて行くのかはピアニストとの共同作業だし、いつも同じピアニストとも限らない。

ヤンクミが声楽の伴奏者として最も優れていると私が考えている点は、歌い手のやりたい演奏を汲み取ろう、理解しようと心を向けてくれる所だと思う。ヤンクミには私は随分成長を手伝って貰ったと考えている。
それに、発声や音楽性に関して自分の考えを押し付けない。余計な口出しはしない。
歌い手だって幾らアマチュアで初心者でも、ちゃんと自分が師事している先生がいてその先生の指導で勉強して歌っているのだから、それを否定したり自分の好みに変えようとされるのはかなり不愉快である。私も過去そのような経験を何度かした事がある。だから、今回この特殊な勉強会をヤンクミに協力して貰えた事は、とっても嬉しい事だ。

会場も、もう目星はつけてある。基本はグランドピアノのスタジオか練習室。一人5〜6曲は歌う予定なので3〜4時間はレンタルする。多少コストは高いけれど、分担して行く。こんな機会に急いで歌ってフラストレーションが溜まるような勉強会にはしたくないから(苦笑)都内に3件程、条件に適したスタジオを発見した。
ヤンクミからの注文は「出来ればカワイのピアノは相性が余り良く無いので、カワイ以外のグランドピアノで」という事だったので、仰せの通りに(爆)

まだ少し先の話だけど、とっても楽しみである。


それと、今年ウィーンで歌う予定のシューベルト歌曲3曲の細かい暗譜作業と発声の確認。この3曲のうち2曲「Dem Unendlichen」「Du bist die Ruh」はウィーンのB先生からの課題曲。それもレッスンの課題曲では無く、ウィーンでの演奏会での、課題曲。
今私が勉強しなければならない事は、この2曲を含む3曲の一つ一つの発声を今の自分に出来る限り、美しく一粒一粒の発声を如何に美しく仕上げて行く事が出来るか。
ドイツ語の発音は、歯科治療の目途がつき次第、昨年ウィーンのM先生から御紹介戴いた教授のレッスンで修正して頂くしか無い。それまでに、確実に暗譜しておく必要がある。
昨年のシューマン・リサイタルでの失敗を踏まえて、今からもう楽譜を外して歌う事を基本にして頭に入っていない事だけを楽譜で確認する、という作業を行なっている。
これを、地道に練習して行く事だけを今考えている。
本当に実際に今年ウィーンで演奏する事になるかどうかは分からない。
もし本当に私にウィーンで演奏する機会が与えられているのならその通りになるだろうし、今はまだその時期ではないのだとしたら歌う事にならない事もあるだろう、そう考える事にしている。


今年末〜来年初頭にかけての、リサイタルの選曲。
ベッリーニ歌曲2曲「La farfalletta」「Il fervido desiderio」と、プッチーニのオペラ・アリア「Madame Butterfly」から2曲「Spira sul mare」「Un bel di vedremo」、「Manon Lescaut」から1曲「In quelle trine morbide」、「Turandot」から1曲「In questa Reggia」。
その他にVerdiの歌曲を2曲ほど選曲しなければならないが、Verdiはまだこれから。早急にやらなければならない。ネットで楽譜もCDも購入出来るけれど、実際CDを探して、楽譜もどの社の楽譜を購入するのか、早めに出掛けたいと考えている。その上でネットでしか入手出来ないものに関してはネットで購入する予定。
今は、持っているCDやDVD、楽譜作成作業が中心。ミルヒー先生とピアニスト用の楽譜の準備もある。曲名をまだミルヒー先生に確認していないので近日中に確認する予定。
但し、これらのプッチーニのアリアの殆どは、ミルヒー先生から許可は頂いている。近日中にミルヒー先生にVerdi歌曲の確認を行なう。
今は、「Madame Butterfly」は木下美穂子氏の映像を勉強している。
「Turandot」は、新しくDVDを取り寄せ中。
「Manon Lescaut」は、レオンティン・プライスの録音で勉強する予定。
取り敢えずは、楽譜作りに集中しなければならない。


そして、連続夜勤で疲労が激しくて勉強や練習が何も手につかない時には、イタリア人メゾ・ソプラノ歌手Luciana D'intinoの演奏を聴いている。Luciana D'intinoは、主にVerdiのオペラ「Aida」のAmnerisや「Don Carlo」のEboliや「Il Trovatore」のAzucenaなどを得意としているが、ぺルゴレージやロッシーニのオペラもレパートリーとしていて、最近ではヨーロッパでムソルグスキー「ボリス・ゴドノフ」のマリーナも歌っている。
私が良く観ているのは、2001年「Verdi Gala」の「Don Carlo」からEboliのアリア「O don fatale」、2006年のチューリヒ・オペラの「Aida」のAmneris役の演奏を、繰り返し繰り返し聴いている。D'intinoの低音域の美しさ、鋭さ、迫力、声量は並み外れて素晴らしい。最も特筆すべきD'intinoの声の素晴らしさとは、本当に「声」だけでその役柄を表現出来得る才能を持っているという事だと、私は考えている。
私はいずれVerdei「Aida」を勉強したいと考えているので、CDを4種類、DVDを3種類所有している。
CDは、Aida-Maria Callas、Amneris-Fedora Barbieri、Aida-Mirella Freni、Amneris-Agnes Baltsa、Aida-Leontyne Price、Amneris-Rita Gorr、Aida-Jessye Norman、Amneris-Fiorenza Cossottoである。
DVDは、Aida-Aprile Millo、Amneris-Dolora Zajick、Aida-Margaret Price、Amneris-Stefania Toczyska、Aida-Violeta Urmana、Amneris-Ildiko Komlosi、Aida-Nina Stemme、Amneris-Luciana D'intino、である。
この私が所有している中で、最もAmnerisらしい、強烈で激しくでも愛情深いAmnerisは、やはりどれだけ過去の名歌手を聴いても、Luciana D'intinoであるという評価になってしまう。今の所は(笑)
最も、これから「Aida」を勉強するなら、テバルディやテオドッシューなども購入を考えなければならないだろう。
私には、D'intinoのように到底あんな素晴らしい声は逆立ちしても歌えるようになれないが、目標は飽くまでも、高く。


とゆ〜ワケで、結構忙しい日々である。
もう少し、疲労が取れて喘息発作が落ち着くといいのだけれど。
最近、喘息の病状が余り思わしく無い。喘息治療薬の感受性が低下している。喘息発作時にレスキューで使用する気管支拡張剤の吸入薬が去年〜一昨年の3〜5倍に増えている事、通常の内服薬(今の主治医は新薬を使って下さっている)だけでは喘息発作の発生頻度が確実に増加していて、最も効果のある副腎皮質ステロイドホルモン剤を、かなり大量に長期に渡って使用する頻度が増えて来た。
恐らく、喘息重積発作を起こす確率も年々増加しているものと推測出来る。


毎年、お世話になっている師事している先生方にお年賀を贈っている。私は毎年年末年始はほぼ連続夜勤なので、年賀状はどうも筆を取る気力も無い。
先生方は年賀状を下さる。先生方も色々御忙しく大変そうだけど、今年は一番お元気なのは教授かな(笑)と年賀状を見て思った。
今年も頑張って、ウィーンでレッスンが受けられて、演奏会で無事歌えますように♪






歌い初め

ようやく一週間振りに、スタジオ練習する事が出来た。
年末年始の6日連続夜勤の疲労から、本当なら今日は午前中には起床するはずだったのに、ようやく体を起せたのは14時。折角、近所の市民センターの音楽室が空いていたので借りようと思っていたのに、この時間に起きたのでは2時間も練習出来ない。歌い初めでこれでは困る。そこで、急遽スタジオに連絡して、ようやく3時間の練習時間を確保。

スタジオ練習に向かう前に、師事している先生やピアニストの先生に、近くのデパートでお年賀を送ってから急いでスタジオへ。

今日は、イタリア歌曲&イタリアオペラの練習初めにする事にした。
今年末〜来年初頭にはイタリア歌曲&イタリアオペラのリサイタルを行なう予定である。
それに、声楽仲間と近々ちょっと面白いイベントを行なう予定もあるから。

まず、ベッリーニ歌曲2曲から。「La Farfalletta」「Il fervido desiderio」を、教授のレッスンの呼吸法とミルヒー先生の発声を折り合わせながらゆっくり丁寧に音取り、譜読みから開始。この2曲は約2年程前に一度ミルヒー先生からレッスンを受けた事はあったのだが、その頃の自分が歌ってはみたものの難しすぎて少しお蔵入りさせておいた。今日本当に久し振りに歌って見て一番大きく感じた事は、2曲とも中低音域が非常に楽にしっかり響かせる事が出来るようになって来た事、音符の高低の大きなフレーズや音符の動くフレーズがワンブレスでレガートに歌えるようになって来た事。
これは、教授の呼吸法レッスンの賜物以外の何物でも無いと改めて実感した。教授にも本当に感謝しているが、教授を御紹介下さったウィーンのM先生に心より感謝申し上げた。
今日は約2年振りくらいに歌うという事もあり、曲の全体的な流れや方向性や表現というよりも、最初の音取りのようにゆっくりと丁寧に呼吸法と発声をワンフレーズ毎に確認しながら時間をかけて練習した。


少し休憩して、オペラアリアの練習へ。
本来なら、今年末〜来年初頭に予定しているイタリア歌曲&イタリアオペラのリサイタルの選曲として、ベルディ歌曲&ベルディ・オペラアリア&プッチーニ・オペラアリアにする予定だったのだが、急遽変更。
今の自分の親父の問題を含むプライベートに関するシビアな状況、看護師でほぼ夜勤勤務というハードワーク、更にウィーンでのレッスンを併せて熟慮した結果、歌曲は今迄歌い慣れて来たベッリーニ歌曲と新しくミルヒー先生に勧めて頂いたヴェルディ歌曲、オペラアリアはプッチーニのみとする事に決めた。
ヴェルディに関してはもうすぐヴェルディのメモリアル・イヤーが訪れる。その時に存分にヴェルディのオペラアリアを歌えば良いだけの事である。オペラアリアで4〜5曲、ヴェルディやプッチーニのグランドオペラのアリアを並べて歌うとすれば、今の自分の状況や環境、決して歌だけ歌っていれば良いという御身分には無い私にとって幾ら高度な呼吸法や発声法のレッスンを受けて練習してそれを実践出来たとしても、声帯を壊すハイリスク状態である事はまず間違いが無い。だから、オペラアリアは非常に慎重にセレクトされなければならない。
特に、プッチーニ「トゥーランドット」からトゥーランドット姫のアリア「In questa Reggia」を歌う予定であり、プログラムの構成としてはリサイタルの最後に歌うであろう事から、ミルヒー先生が私に勉強するべきと御指摘頂いているヴェルディのオペラアリアとプッチーニのオペラアリアを同時に歌う事は、ほぼ自殺行為に等しいと私が熟慮した結果である。
そこで、今日は本当に久し振り、いや約10年振り位にプッチーニ「蝶々夫人」からアリア「Un bel di,vedremo」を歌ってみた。年末年始にかけて、木下美穂子氏の二期会「蝶々夫人」の抜粋の録画ビデオを繰り返し繰り返し見ていたためか、アリア全体の曲の流れとしては今後地道に練習を積み重ねて行く事、教授の呼吸法とミルヒー先生の発声法を丁寧に実践して行く事が出来れば何とか歌える、という感触は得る事が出来た。が、どうも最後の2点hが自分のイメージ通りの声が出無い。ちょっと硬い発声になってしまっていた。教授の呼吸法も丁寧に行なっているし、細く声を当てようとしている訳でも無かったのだが、どうも上手くいかなかった。そこで、このプッチーニ「Un bel di,vedremo」は早々に切り上げて、ちょっと他のオペラアリアを歌う事にした。

以前からミルヒー先生に課題として頂いているモーツァルト「Cosi fan tutte」のフィオルデリージのアリア「Come scoglio」を練習してみた。レチタティーヴォから歌い始め、アリアのアジリダのフレーズを歌い始めた所から、大分声帯が柔軟になってきて高音も無理なくいつもの太さの声で響かせる事が可能になって来た。
勿論全身の疲労もあるだろうし、1週間振りにようやく声を出す事が出来たという要因もあるけれど、何よりもミルヒー先生の仰る通り、このモーツァルトのアリアは非常に発声練習としては格別の素材となるアリアであるという事を改めて認識させられた。
「モーツァルトは声楽の基本」と仰られた事、本当に実感させられた。

ここで少し長めの休憩を取ってから、少し声帯も動いて来た事だし、プッチーニ「トゥーランドット」のアリア「In questa Reggia」を練習した。
この曲の勉強をミルヒー先生から御許可頂いて練習するようになってから少し不思議な事がある。勉強する以前にかなりこの難曲に対して怖気づいていたのだが、自分が考えて恐れていたよりも歌っていて辛く無いのだ。
無論、カラスやカバリエやニルソンやマルトンのような声は私には出せないし、第一そのような声は持ち合わせてはいないのだが、丸っきりどう歌ったら良いのやら皆目見当も付かないという事が無い。これは、本当に不可解な事だと思わざるを得ない。強いて言えば、蝶々夫人の「Un bel di,vedremo」の方が私にとっては余程歌い辛い、という言い方が適当というか。このトゥーランドット姫という役を長く勉強して自分のレパートリーにしたいなどとは露ほども考えてはいない。飽くまで自分自身の声帯や発声を鍛える、強化するために、ミルヒー先生の御許可される範囲内で勉強して一度は演奏会本番の板の上に乗せる、という事である。
それでもこれ程歌い辛さを感じないという事に関しては、自分自身がドラマティコやヘルデン・ソプラノでは無かった事を残念に思う以外他は、無いだろうと思う。
それでも、モーツァルトのフィオルデリージ「Come scoglio」の練習の後に、中低音域の発声も含めて練習としてはまずまず声も整って来たし、高音域は問題は感じない程度に発声する事も出来た。音程が低い事も無く、全身疲労の割にはこの曲を丁寧に練習する事が出来たと思った。強いて言えば、やはりもっともっと発声の強さというか鋭さが欲しい所だが、今の自分の疲労度も含めてもともと自分の声質とは違う役を勉強という事で歌っているのだから、仕方がないだろう。


1週間振りの疲労困憊の今年歌い初めとしては、呼吸法と発声を丁寧に確認しながらの練習が出来た。今年の勉強と練習の方向性が非常に良く見えた、という事だと考えている。
ドイツ・リートに関しては、また別の日に新しく歌い初めという事になる。ドイツ・リート、特にシューベルト3曲に関しては、イタリア歌曲&イタリアオペラとは全く違う勉強をしなければならない。3曲とも、曲自体は既に形としては出来あがっているので、後は細かい音楽性や表現、ドイツ語のウムラウトの修正などより細かい丁寧な暗譜作業と共により完成に近づけていかなければならない。
イタリア系とドイツ系、日によって別々に練習する事にまたしなければならない。


取り敢えず、今年の歌い初めは無事終了。
帰宅してせんねん灸で喉のケアを行ったら、喉の疲労感も無くなった♪
去年のシューマンのリサイタルについて、北海道の妹から、
「録音は無いの?」
と聞かれてしまった(苦笑)去年ウィーンにレッスンに行った時に妹から、
「外国に行った事が無いからウィーンの写真が見たい」
と言われたのでレッスン通学路のウィーン市内の写真にコメントを書いて妹に送った事からだろうと思う。
近いうちに、北海道の妹に聴かせても恥ずかしく無いような、自主録音が制作出来るように頑張らなければならないと考えている。
ヴォイス・レコーダーだと、私の声の録音の音が割れてしまうので、流石にヴォイス・レコーダーの録音を北海道の妹に聴かせる気には、ならない(爆)

ウィーンから頂いたM先生とピアニストEさんからのお年賀メールでは、ウィーンは−10℃の樹氷の世界だそうだ。

今年も、何とか精一杯頑張ろうと思う。
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