先日、谷岡先生のウィーンにいる先生に直接メールした。早速お返事が返って来た。返事の内容は普通に滞在やレッスンなど事務的な事なのだが、極めて私の事情に配慮してくださる内容だった。ウィーンの先生からのメールを読んで初めて、自分が本当にウィーンにレッスンに行く事が出来るのだと実感した。何だか至極興奮状態だ。
一つ思い出した事があった。去年、草津国際音楽アカデミーのヒルデガルド・ベーレンスのレッスンを聴講した時の事。色々なレベルの受講者がいたのだが、一人だけ随分慣れた若い女性がいた。彼女はレッスンで歌う時にピアニストに、
「あなたはどうせいつもウィーンに来てるんだからいつでもウィーンで教えて貰えるじゃない」
と言われていた。レッスンもドイツ語で進めていた。
聴講にいた私は、ああ、クラシック音楽の世界ってやっぱりこういうものでそれが当たり前なんだな、と無感動に認識させられた。特別不思議な光景とも思わなかったから。だから、例え私にウィーン行きの話しがあったとしてもイマイチ他惑星の話だった。
それが今、例えどのような状況であれウィーンに行きレッスンを受ける事に現実味が出て来たのである。多少パニック状態でハイテンションである。
ヒルデガルド・ベーレンス氏のレッスン聴講で感じた《差》。それは、現実にその場で直に味わなければ解らない《格差》である。それは決して良し悪しの問題では無い。私は極めて幸運なんだと考える。そのような辛酸の後でもきちんと、どのような形であれウィーンに行くチャンスだけでも与えられたのだから。糾し、帰国後の結果は全くの別問題ではあるのだ。改めて、クラシック音楽という分野の敷居の高さを認識させられた。それは、学歴や現状のレベルやコネクションや柵も含めた究めて複雑で難解な運命論である。
天性・資質・技術だけでははなから問題にならない。「運も実力のうち」である。今後はそれらも含めて、ウィーンで自分が何をするべきかをきちんと考えたい。
もともと、私には才能や資質などと呼べる物は全然無いのだから。
でも少なくとも、ひがみや卑屈な思いだけは持たないように努めて心掛けたい。
そしてウィーンに行きたいと思う(苦笑)
私は性格が悪いしひねくれてるから、これからが正念場だなあぁ♪
でも、正直ものすごく嬉しい事には変わり無いけどね(笑)