M先生からも厳しい指摘が飛んで来た。
『もっと声の緊張感を持って!途中で歌を切らないで!歌がつまらなくなる!』
以前の私だったら、多分既に泣き出してレッスンを途中で放り投げてしまっていたと思う。でも今私はどんなにか不可能だと自分で思われる事であっても決して諦めたくない、諦められない、歌いたい、でも私が無駄に出来る時間などほんの少しも無い。
【菩提樹】を通して歌い、最後の部分でB先生から、
『最後のテキストのフレーズは、もっとゆっくり落ち着いて歌うように』と言われた。しかし、たった一つだけ非常に不思議な事があった。【菩提樹】の中間部のソプラノや女声にはかなり厳しい低音部には、ドイツ語や発声はおろか表現に関しても全くB先生のチェックや指摘が無かった。
全身の力を使い果たして2日目のレッスンがようやく終了した。全身汗だくでヘトヘトだったが、自分の欠点や不得意部分や今後の重要課題はかなり思い知らされた。今後もドイツ歌曲を歌い続けて行くならば、非常に厳しい練習を積まなければならない。無論、それは覚悟の上でウィーンまでレッスンに来ているのだ。非常に有り難い事だ。帰る支度をしていたら、B先生から思いもよらない言葉を頂いた。
B先生が仰った。
『あなたは、ドイツ語の発音も良く聞こえるように歌っている。良く曲を勉強して来ている。私が示した事にすぐ対応しようとしている。忙しい看護師という仕事の中で良くこれだけ勉強して来ている。私も教えていて楽しい。あなたを教えている先生はとても良い先生だと思う』
B先生とM先生の前で思わず涙が零れた。B先生にただただお礼を申し上げる事しか出来なかった。私が泣いているとB先生が、
『明日は何の曲を歌いますか?』
と尋ねられた。私が「【トゥーレの王】と【こびと】を歌います」と話すとB先生は少し驚いたような、でも楽しそうな表情をされた。笑顔で握手をしてコンチェルトハウスを後にした。
M先生はこの後すぐお仕事という事でコンチェルトハウスの前で別れた。帰り道歩きながら考えた。自分は今非常に貴重ななにものにも変えられ無いレッスンを経験しているのだ。B先生もN先生もM先生も、誰一人私を日本人の趣味で歌うアマチュア歌手としてレッスンしたり指導したりは決してされてはいないのだという事。すぐ臍を曲げる私だが、このウィーンでのレッスン、絶対に歌い切って見せる!そう心に決めた。のだめじゃないけど、私の心の中のBGMでベト7が聞こえた。