谷岡先生への御報告から何日か過ぎた。相変わらずヘンデルの練習はしていたが、ドイツ歌曲やドイツオペラの楽譜は開く気分になれず、録音や映像も観たり聴いたりしなかった。
今年7月に演奏会で歌う予定の千葉の仲間由紀江似のピアニストに連絡したら、5月初旬には楽譜を送って欲しいとの要請があった。余りのんびり呆けてもいられない。
しかしM先生からの御返事も来なかった。でも、ドイツ歌曲やドイツオペラから暫く離れてみてふと考えた。私が歌う事に関して、本当にM先生の御返事が必要なんだろうか。私がウィーンでレッスンを受けた時のシューベルト【こびと】に対するM先生の評価が無ければ私はドイツ歌曲やドイツオペラを歌う事が出来ないのだろうか。ただ私自身が、自分自身の拠り所とするためにM先生の評価を必要としているだけなのではないのだろうか。日毎に少しづつそう考えるようになった。
何故M先生の評価が必要なのだろうか。歌いたければ自分自身精一杯の努力を続ければ良いだけの話だ。一番の問題は《例え演奏会本番で歌う事が出来ない》それでも勉強して行くという強い《意思》と《覚悟》が自分自身にあるのかどうかという事なんだな、と薄々気付き始めていた。
本来、ベートーベン【フィデリオ】レオノーレやウェーバー【魔弾の射手】アガーテやワーグナーを勉強出来るだけでも有り難いと思わなければならない。少なくともウィーンで自分自身の大いなる勘違いを思い知らされたのだから。でも私自身が一番怖かったのは、例えどんなに頑張って勉強したとしても演奏会本番で歌う事が出来ない事だった。少なくとも今まで長い年月、2013年ワーグナーのメモリアルイヤーで【ヴェーゼンドンクの5つの歌】を演奏会本番で歌う事を目標として来ただけに、例えどんなに頑張って努力して勉強したとしても演奏会本番で歌う事が出来ないという現実は、耐え難い苦痛だった。一生懸命勉強すればする程、好きな曲なら尚更の事、演奏会本番で歌いたいし歌いたい気持ちが強くなる。そう考えるとやり切れなかった。それでも7月の演奏会は目前に迫って来ている。ウィーンでレッスンを受けて来たシューベルト歌曲から4曲歌う予定だ。本来ならもう4曲全て決定して暗譜もほぼ完了していなければならない時期である。シューベルト3曲はもう決まっていた。【野薔薇】【菩提樹】中声用キーの【トゥーレの王】しかし、4曲決めていた。今の問題は【こびと】以外に何を歌うのかという事だった。