晴れの日はANDANTE

私のライフワークである歌曲やオペラ、日々の練習やレッスンについて、気ままに綴っていきます。

声楽

ゆく年、来る年。

今年は、
他人様に例えると正味5年分の人生を1年でやってのけたカンジ。

転居2回。
勤務病院の変更。
ウィーンでのシューベルト歌曲の演奏会。
妹の再婚。
生れて初めて合唱団のヴォイス・トレーナーをする。


ハッキリ言ってかなり疲労困憊。
特に、ウィーンでの演奏会に関しては、実名検索を掛けるとまだ引っ掛かるので・・・・・
早く消去して欲しい・・・・・(超苦笑)


疲れてな〜んにもやる気が起きないくらい・・・・・なら宜しいのだけど、
残念ながらやらなきゃアカン事ばっかで、
今年後半は声楽の勉強に割く時間がエラく減ってしまった(怒)
それでも、
流石に1年でこれだけのイベントがあると、

「燃え尽き症候群」

状態だな(超苦笑)


ところがどっこい・・・・・・・・・・
来年もゆっくりノンビリ声楽の勉強に平穏に勤しむ、
などとゆ〜呑気な事はちっとも期待出来ない・・・・・らしい・・・・・

来年は、
コンクール年。
今日、大晦日の朝から10曲程コンクールで歌う曲を選曲するために、
Youtubeを徘徊、
楽譜をコピーしていつでも歌唱練習に入れるように、
いつもの如く楽譜を総てチェックし、
一通り録音を聴いて譜読みしたら、
も〜こんな時間(呆)

取り敢えず、
明日は新年早々、
通して歌えるように譜読み、
時間があれば新しい楽譜を購入しに近くの楽器屋さんへ・・・・・行けるか・・・・・?????
無理ぽ。

ピアニストY先生に御不幸があったため、
来年2月に予定していたリサイタルは中止&延期。
それはちょっと残念なのだが、
別に声楽で生計立ててるワケでも無いので別に構わない。


一番の問題は、
何でいつの間にコンクール目指す事になったのか、
最近良く思いだせ無くなって来た(死)

アルチューハイマーか・・・・・・・・・・


兎に角、無事終了。

今年のウィーンでのレッスン&演奏会、無事終了。
ウィーンから帰国したのは2週間弱前になるが、ウィーンの先生からの評価のメールを今日頂いた。
実際に、ウィーンの先生の評価を聴くまでは、心休まる日は無かった。
従って、ブログを書く気にもならなかった。
自分では当然ベストを尽くした。
でも、自分のベストと先生の評価が、必ずしも一致するとは限らない。

ウィーンのB先生が、演奏会で私の伴奏も引き受けて下さって、演奏会の出来には満足して頂けた、とのメールを今日ようやく頂く事が出来て、ようやく生きた心地がした。

喜ぶヒマも無く、既に来年への準備に追われている今日この頃。

暫く、新曲の譜読みに専念したい。

久し振りに突然ですが・・・

明日からウィーンに行きます。
今回は、レッスンと演奏会。
1週間の予定。
日本とも少しの間、おさらば〜( ^^) _旦~~
あ〜、スッキリんこ\(^-^)/

紆余曲折

3月、東北大震災での仙台の親戚の状況不安、4月の引っ越し、病棟異動、気管支喘息の悪化、その合間を縫っての勉強会と演奏会。

ヤンクミに、大泣きで、電話。
「私には、ウィーンでの演奏会なんか、絶対に無理だよおおおおおぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・」
随分長い時間話を聞いて貰って宥められて、ようやく気を持ち直す。

多くの事に煩わされていたので、ウィーンの演奏会で歌うシューベルト歌曲3曲の前哨戦演奏会は、テンヤワンヤ。私ともう一人のピアニスト以外は、全員プロ。
前日の台風のような大雨の大荒れの天気のため、気管支喘息発作勃発。初めての会場で、迷う。ゲネプロで会場の音響確認していて歌詞を忘れる。ゲネプロの時間が押していて、3曲のうち2曲しか歌えず本番へ。
本番前、ピアニストのY先生が、私の今夏ウィーンでの演奏会で歌う事を紹介されちゃってしまう。一気に緊張倍増。それでもシューベルト歌曲3曲「Der konig in Thule」「Dem Unendlichen」「Du bist die Ruh」は無事歌う事が出来た。
その演奏会の打ち上げワイン・パーティーでの出来事。
某音大のピアノ科卒業で副科で声楽を専攻していたソプラノ歌手が某声楽・オペラ団体の研修生になってその日はフランス・オペラを歌っていた。
そのソプラノ研修生が、私と他の声楽・ピアノ出演者と楽しくワインを呑みながら歓談中にいきなり横から入り込み、啖呵を切って来た。確か、他のプロのソプラノ歌手の方々と、メゾのアリアも歌ってみたいですね〜的な話題で、私はあんまし5線の上の音が出て来るアリアは歌うの結構疲れますから〜みたいな話の時。
その若いソプラノ研修生のお姉ちゃん、私の面前に来て私に向かって突如吐いた言葉が、

「それだけ低音が出てれば、別にいいんじゃないですか?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
皆、無言。興醒め。
私は、ア然。妙な不快感で一杯。
反応しない私達を見て、そのソプラノ研修生はいつのまにか去って行った(超苦笑)
ヤンクミに相談したトコロ、
「どこにでも、そういう困ったちゃんは、いるのよねえぇ〜〜〜〜〜・・・・・」
との事。
暫く、人前で歌う気にならない。

一昨日、ウィーンのM先生からメールを頂いた。ここ数か月のゴタゴタで、今年夏のウィーンでのタイム・スケジュールをなかなか御連絡出来なかったのだが、ようやく新しい異動先の病棟課長に声楽の勉強と年1回のウィーンでのレッスンの事を説明して長期休暇の許可を貰ったので、ようやくウィーンのM先生に予定をメールでお送りした。その驚くべき御返事の内容。

「新しい提案です。ウィーンでの演奏会での伴奏は、日本人留学生のピアニストでは無く、(ウィーンでシューべルト歌曲の先生である)B先生に伴奏して頂けないか問い合わせた所、基本的には喜んでお引き受け致します、との回答を頂きました。伴奏に関しては伴奏謝礼が発生しますが、B先生の謝礼はそんなに高いものではないと思います」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・^^;
まだ2度しかウィーンに行っていない、アマチュアのレッスン生の演奏会のピアノ伴奏を直接B先生が弾いて下さるなど、破格の御計らいである事をよくよく胆に銘じておかなければならない(凹)
でも、マジで、本っ当〜に、大丈〜夫なのか、ワタシ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・??????????
謝礼の問題では無い。
Noの返事も、有り得ない。
しかし、御返事メールを送るのにも相当の勇気が必要である事は、確か。

ラッキーなんだかアン・ラッキーなんだか、さっぱり訳ワカメな、今日この頃。

前哨戦

昨日は教授のレッスンと、今月末の演奏会でのY先生とのピアノ合わせ。

教授は、私がウィーンで歌う事が決まってから、呼吸訓練のレベルをグンと上げて来た(滝汗)
正直、難しくて出来ない事も増えてきた。チェックも更に細かく厳しくなってきた。
特に下腹部周囲筋と横隔膜の連動が上手くいっていない。
それと、ドイツ語のウムラウトの訓練。これはほぼ全然ダメ。。。。。(滝涙)
教授は、声楽の歌唱のための外国語を4〜5ヶ国語専門で勉強されているから、私のドイツ語なんてドイツ語の内に入らないかも知れん。それでも根気強く教えて下さる事は、本当に有難い。

昨日の教授のレッスンでシューベルト歌曲を歌ったのだけど、そのうち一番問題が残ったのが「Der Konig in Tuhle」ピアニストのY先生とも、表現方法についてちょっと困惑していたトコロだった。
教授曰く、この「Der Konig in Tuhle」では、

「あなたの一番良い声が、まだ出ていない」

との事だった。
それでも今月末の演奏会では現時点でのベストで歌わなければならない。これを夏までにどのようにベストな声に仕上げて行くのかが、今一番の課題。
シューベルト歌曲のレッスンでは、主に歌詞と声の強弱とブレスとの関連についてのレッスンとなった。
ピアノ伴奏の指示記号の意味、何故クレッシェンドになるのか、どの言葉を強調してシューベルトが作曲しているのか、詩の韻の大切さ、転調の違いと重要性、シューベルトは歌詞の言葉によって微妙に音楽の表現を変えている事。
ドイツ語も、語尾の子音に母音が混ざって発音が聴こえてしまうので、ドイツ語の母音をもっと長めに取って子音をきちんと処理する事を繰り返し何度も修正された。

挙げると、キリが無い。私がウィーンで歌うのなんか、まだまだ足りない事だらけ。結構、凹んだ。
正直、こんな状態ではウィーンで歌う事は御辞退申し上げたいくらいだ。
チャンス、と皆が言う。
本当に、チャンスなのか??????????
そこをきちんと弁えて判断しないといけない。本当はチャンスなのでは無く、落とし穴になるかも知れない。
でも、もう逃げる訳にはいかない。

教授が面白い事を教えて下さった。先日、話題になったバーバラ・ボニー「スーパー・オペラ・レッスン」について。
教授曰く、
「他の人が誰かもし、ボニーは素晴らしい!と言っていたら、ああそうですか、と言っておいて下さいね。ボニーの番組は、あれはダメです。もう50年近く前の発声法です。ボニーは、頭部の共鳴と胸部の共鳴、という事を(英語)言っていましたが、胸部に共鳴機能はありませんからね。それに、ボニーの一度のレッスンであんなにレッスン受講者が変化するなんてあり得ません。先生によっては、まず最初に歌い方を指示しておいてレッスンを受けた後にきちんと歌う、という指示を出す先生もいますからね。あれは裏にそういうやり取りがあった可能性が大きいですね」
成程(笑)
私は、「スーパー・オペラ・レッスン」の放映は1度しか見ていない。バーバラ・ボニーの指摘と、私のウィーンの先生や教授の指摘とは違う部分が結構あったので、見るのを止めた。それは教授にもはっきり申し上げた。どうやら、正解のようだ。自分の耳や判断能力を、もう少し信用しても良いもかも知れない、と思った。

最後に教授から、
「本番頑張って下さい。声は悪くは無いですよ」
との仰せ(苦笑)

その後、ピアニストY先生とのピアノ合わせ。
前回のピアノ合わせよりも幾分私自身と、そしてY先生の持ち味が出せて来たピアノ合わせになったと思う。
相変わらず一番難しいのは「Der konig in Tuhle」だったが、それでも教授のレッスンのお陰で大分歌い易く、また表現も作為的では無く自然な歌い方に近くなって来たように思った。
「Dem Unendlichen」は、あまりピアノ伴奏を意識し過ぎない事、レチタティーヴォは多少ずれても気にしないで進んで行く事でY先生にも了解を得られた。
「Du bist die Rhu」は、まずまずの歌唱だった。

Y先生から一言頂いた。

「あなたは、多くの他のソプラノと違って、太くて深い声だから、もっと技術が伸びれば、もの凄くいい演奏が出来ると思うのよ。その声は他の人とは違うから。きっといいトコまで行けると思うのよ。技術があれば、ね♪」

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。(超苦笑)
仰る通りでして。
でも、こうやって期待して下さる方々がいる事は、この今のウィーンに向けての辛い時期に、Y先生もヤンクミも、本当に励まして頂いてると、思う。
昨日は何だか、ウィーン・ナーバスブレイクダウンで、相当呑み過ぎて吐きまくってしまった。
それでも何だかんだ言いながら、今月末のウィーン前哨戦演奏会は何とか乗り切らなくてはいけない。
去年の12月以来、久し振りの演奏会。
自分の歌唱を、したい。

運命

昨日、声楽仲間に自分の師事している先生を紹介しようとしていた時のこと。

自分がウィーンの演奏会に既にクレジットされているのを始めて知った。
いつのまに?????
今年のウィーンでのレッスンは場合によっては非常に厳しいのではないかと考えていた。
理由は、原発問題。
今のところ、ウィーンへは欠航便はあるものの大丈夫の様子。

それにしても、もう逃げも隠れも出来ない状況になってしまった。
もう「歌えるかどうか」では無い。
意地でも「歌わなければならない」状況である。
今から焦っても仕方がないが、慌てても出来る努力は限られているが。
それでも、今まで生きて来た人生の中でも、最大限の勇気を振り絞らなければならない。
固まっている場合では無い。
解ってはいるのだが、久し振りに、震えた。

誰も助けてはくれない。
自分で「歌う」しか無い。
声楽の個人レッスンを始めた時には、考えも、思いもしなかった事。
ウィーンでのレッスン、ウィーンでの演奏会出演。
焦って、親しい人達みんなに、メールしまくり。
自分でも相当動揺しているのを感じた。


ヤンクミからメールの返信を貰った。
朝の4時。
こんな時間に、心配してメールをくれるヤンクミの心が、ただひたすら嬉しい。

「ここまで来たならやるだけやる事と思う。望むと望まざるとに拘わらずあなたの歌を歌ってください。これは多分、神様があなたの歌を聴きたいのだと思う。私にはそれしか考えられない。健康に留意して・・・。やりうる限りの音楽を楽しんでください。これしか今の私には言えないけど、大きな運命の力の強さに私も驚いています」

そうだな。
14年前、初めてヤンクミと出逢って歌っていた時に、一体誰が今日の私を想像しただろうか。
誰も、いない。
私自身も、ヤンクミも、ただ二人とも永く楽しく演奏する事だけを考えて、いた。
Jessye Normanの手を握る事が出来た時には?????
初リサイタルを無事終えた時には?????
初めてウィーンの地に降り立った時には?????
こんな日を予想もしていなかった、懐かしくも力強い思い出。


私に出来る事も、私がやるべき事も、何一つ変わらない。
自分の歌を自分の声で歌うだけ。

でも、震えるのは何故だろう。

声帯

本日、3ヶ月振りの教授のレッスン。
昨日は、地震直後にも拘わらずコンサートがあり、友人を誘って訪れた。
教授も大変喜んで下さった。
ソリストだったプロのソプラノ、メゾ・ソプラノ、テノール、バリトン歌手の中で唯一友人も含めて私もドン引きしたのが、メゾ・ソプラノ歌手。先日まで海外で歌っていたらしいが、あまりに聞くに堪えない発声だったので、本日教授にメゾ・ソプラノ歌手のソリストについて尋ねた。体調が悪かったのかと思いきや、ところがどっこい、
「ただの練習不足ですね。プロは言い訳になりません。もうクビ」
と教授の一言。教授、厳し〜〜〜・・・^^;

今日は歯科の治療中ですぐにインプラント出来ないのでブリッジでのレッスンとなった。が、教授からは、
「ブリッジか本当の歯かわかりませんね」
という程、ブリッジの出来が良かったらしい。歯科医師は、口は超最悪に悪いがどうやら腕は確からしい(超苦笑)

今日は3ヶ月振りのレッスンだったのだが、教授の呼吸法レッスンだけはずっと続けて自己練習を行なっていたので、呼吸法のレッスンを以前のメニューである程度受けて見ても、以前と比較しても呼吸法としては3ヵ月前にレッスンを受けていた時とほぼ変化無し、という事で今日の呼吸法は3ヶ月前のレッスンよりも難易度がアップした。呼吸訓練も、8分や16分のマルカート呼吸の連続になり、十数回同じ呼吸を行なうだけでも途中で呼吸が崩れる程に難易度がアップした。それでも前回レッスンよりも格段に呼吸法練習の難易度がアップしたので、教授からは、
「ご自分で練習する時には、特に基礎練習と応用練習を重点的に。曲も1ページ位ずつ進めて行って、飽くまでも一辺に全部を練習しないように」
との事だった。
今日は地震の影響もあってか、私以外のレッスンが総てキャンセルになってしまったせいもあり、教授もかなりゆっくり余裕でレッスンしてくださった。いつもよりも多いバリエーションでの呼吸練習で、室内暖房無しでも汗をかくほどの呼吸法レッスン。それでも、教授の呼吸法レッスンの効果があってか、本当は今月知人の非公開の演奏会で、ヘンデルのオペラ・アリアで1曲コントラルトの役のアリアを歌う予定だった。それ位、中低音域が非常に響くようになり声量もアップしたのだ。残念ながら地震の影響でその演奏会は中止になってしまったが、機会があれば是非歌いたいと考えている。
今日の呼吸練習の他に、私以外の生徒さんのレッスンがドタキャンになってしまったためか、教授はいつもの呼吸法レッスンの他に今日は少し曲も歌ってみましょう、という事になった。そこで呼吸法レッスンの他に発声練習も加わった。その発声練習の時に、教授から思いもよらない言葉を頂いた。ド真ん中Cの下の音域の発声練習の時の事だった。教授曰く、

「あなたは非常に低い音域まで声が出ている。私にもこの低音は出せない。私よりも低い音域が出ている。私が今迄何十年も沢山の生徒を外国人も含めてレッスン見てきましたが、ソプラノでここまで低い音域の声が出る生徒は生れて初めてです。これは相当に長い声帯をお持ちであるという事。声帯というのは身体の楽器であり、私達人間は造る事が出来ません。持って生まれた楽器なので変えようが無い。それでこんなに貴重な楽器をお持ちであるという事は本当に恵まれた事です。あなたの今後が非常に楽しみです!!!!!」

と仰られて、超ビックリ。嬉しいやら恥ずかしいやらで、何と御返事申し上げて良いのか正直困った(激爆)ただただ、ありがとうございます、そう言って頂けたのは初めてです、嬉しいです、の繰り返し(猛爆)でも、私がソプラノである事は、音域では無く声の音色で決定されるべき事と教授が仰ったので、やはり私は基本的にはソプラノである。ただ、ウィーンのレッスンでウィーンのN先生にも、

「随分低い音程まで声が出ますね」

と指摘されていた。それを教授に御説明申し上げたら非常に納得されていた。
これを何とか良い方向性で活かす事の出来るようなレパートリー作りを心掛けたい。
教授は、来年ヨーロッパに演奏会に行かれる御予定があるとの事で、

「来年、是非御一緒にヨーロッパに行けたらいいですねえぇ〜」

と仰せだった。もう、ただただビックリ・・・・・(ア然)
まあ、荷物持ちくらいは喜んで〜\(^-^)/だけど、そんな風に教授に言って頂けるとは思っても考えても見なかったので、今日は思わず口から心臓が飛び出しそ〜なレッスンだった。

昨日の演奏会は一緒に行った友人達も非常に喜んでくれた。特にソリストのテノール歌手が大人気で、友人もとっても素晴らしいと言って演奏会を楽しんでくれていたので、演奏会にお声をかけて下さった御礼にゴディバの新製品チョコをお土産にお持ちした。
酒よりも甘いものがお好きだという事(酒は飲めないならしい・・・)なので、丁度良い少し遅れたバレンタインデーのプレゼントにもなって、良かった。

最後に、友人で声楽のレッスンを始めて1年に満たない若いテノール君が、今のレッスンに行き詰っていて歌う事が辛くなっていて、いっそ個人レッスンよりも合唱団もいいかも・・・と言っていたので、教授の合唱団の入団資格についてお尋ねしたら、初心者でも全く構わないので自分に適したと感じる合唱団に来られるといいです、と丁寧な御返事を頂戴した。勿論、声楽のレッスン初めは迷う事も行き詰る事も多いだろうけれど、私も友人のソプラノさんも、若いテノール君に声楽を諦めてしまって欲しく無い!!!という気持ちが強かったので、これで少しでも選択肢が増えて声楽を続ける契機になってくれたら嬉しいなあぁ・・・と考えている。

それにしても、自分の声帯がそんなに長いとは、誰も考えない・・・・・(^_^;)
指摘されて、超ビックリ〜〜〜〜〜・・・・・(滝汗)
まあ、非常に嬉しい事には間違いない・・・・・・・・・・(照)
でも、声帯が長くて、今後どんな事が楽しみなのだろうか・・・・・・・・・・(謎)

オペラ歌手のレパートリー

最近、あるサイトにハマっている。

「オペラ配役プロジェクト」

オペラ歌手のレパートリーをオペラファンが直接書き込みして、オペラ歌手のレパートリーWiki版を作るという試みのようだ。
但し、オペラ歌手のレパートリーとして書き込むのは、オペラ全曲盤のDVDやCDの存在が明らかなもので、オペラ・アリア集で1曲だけ歌っているものは、含まないらしい。
ここの管理人様は、非常にオペラを愛し、賢明な方と推察した。
そこで、私の大好きな尊敬するオペラ歌手から順番に、寝る間も惜しんで書き込んでいる(爆)
今迄、頑張って書き込んだオペラ歌手は、Leontyne Price, Jessye Norman, Luciana D'intino, Monserrat Caballe, Karita Mattila, Angera Denoke, Jane Eaglen, Barbara Frittori, Olga Bolodina, Tuva Semmingsen, Patricia Bardon等々。
これらの歌手のレパートリーを、丹念に調べ上げた。
まず、自分の所有しているCDやDVD、オペラ歌手の所属会社のサイト(殆どが国外のサイト)、日本版Wikipedia、英語版Wikipedia、AmazonやTowerRecord等の録音探しを行ない、丁寧に情報を集めた。

これらの歌手のレパートリーを丁寧に調べて、一つ大きく認識した重要な事が存在する。
殆どの歌手が、例えヴェルディやプッチーニやワーグナーなどを主にレパートリーとしていたとしても、バロックや古典の作曲家のレパートリーとしてきちんと録音として残されているオペラが意外にも多かった事、である。
これは、Youtubeでも充分に検索可能な事である。
如何に、バロックや古典の勉強がオペラに於いて大切で重要な事であるのか。
これは、一昨年に私がヘンデル没後250年リサイタルを行なった時に、非常に痛感させられた事でもある。
無論、レパートリーであるという事は、オペラ全幕レチタティーヴォもアンサンブルも含めて全て歌える事が、当然の事ながら最低条件である。
オペラ・アリア数曲歌えて「これが私のレパートリー」なんて、浅はかな勘違いは存在しない。
という事は、私にもまだ、本当のレパートリーになるオペラの役は無い、という事になる。
極めて近いのが、ヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラ役。
まず、バロックである事に非常に感謝した。
このクレオパトラの勉強を私に勧めて下さった、ミルヒー先生に非常に感謝申し上げている。

要するに、声質にだけ拘ってヴェルディやプッチーニやワーグナーを歌える可能性に一喜一憂しているのは、単なる「お門違い」であるという事。
自分自身の声質や声域に併せて、多くのバロックや古典の勉強も並行して同時に進めていかなければ、片手落ち以外の何物でも無い、という事。
以前、ヤンクミにも何度か言われた事がある。
「バロックはクラシック音楽の基本」
これを、オペラ歌手のレパートリーが何よりも証明していた、という事である。
ヴェルディ、プッチーニ、ワーグナー、シェトラウスなどの根底に、パーセル、ラモー、ヘンデル、グルック、ハイドン、モーツァルト、ベートーベン、ロッシーニ等の作曲家の底力の重要性を改めて再認識させられた。
これだけでも「オペラ配役プロジェクト」の書き込みに血道を上げた事の最大の効果であり、報酬であると嬉しく思う。
今後は更にヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラ役の全曲習得に地道に根気強く取り組んで行きたいと考えている。残っているのは、アリア2曲と、短いレチタティーヴォ5か所、2重唱1曲である。
特に、ヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラ役は、Leontyne PriceやMonserrat Caballeなどの映像がYoutubeで多数確認出来た。このヘンデルのクレオパトラ役を丹念に習得する事により、これらのオペラ歌手のレパートリーに少しでも近づけるよう、そして更にバロックや古典のレパートリーを常にアンテナを張り巡らして探す、新たな突破口としたいと考えている。

きちんとした音楽的「土台」が無ければ、幾ら近代・現代の大作曲家のオペラ作品を勉強出来る声質だと自己過信し思い込んだ所で、所詮は「砂の山」であるというのが、私の今回の大きな認識的変化である。

今回の「オペラ配役プロジェクト」から勉強したお陰で、新たに注文したバロックや古典のCDやDVD等幾つかある。早く届くのが待ち遠しい。
来月に、声楽の知人の主宰する音楽会で歌う曲も、ヘンデルとモーツァルトのオペラ・アリア1曲づつに決めた。
4月には、この事を予測だにしていなかったがグッドタイミングで、声楽仲間とヤンクミとで、イタリア古典歌曲の勉強会も開く事が決まっている。
これだけタイミングが揃うと、今ヴェルディやプッチーニを主に勉強を始めて行こうとしている時だからこそ、基本に立ち返るように自分自身の音楽人生に、ミューズから指針を頂いたのではないか???と感謝したくなるくらい、嬉しい。

特に、私が尊敬して止まないJessye Normanのバロックや古典のオペラのレパートリーの広さには、ただただ感嘆するばかりである。

私が所有しているCDやDVDのある、オペラ歌手のレパートリーはほぼ「オペラ配役プロジェクト」に書き尽くした。
今後は、新しくオペラ歌手のレパートリーとしているオペラを、他の書き込みから色々と多くの情報を得ながらオペラの勉強をして行きたいと考えている。

最近、去年からお世話になり始めてレッスンを受けている、教授のレッスンのお陰で非常に中低音域の声量がアップして来て、尚且つ低音域の音域も広がって来た。バロックや古典の曲も、ソプラノと言えども中低音域を必要とされる曲は多い。何もヴェルディやプッチーニやワーグナーだけでは無い。これは、今後の勉強がとっても楽しくなりそうである。
自分の自己満足だけで「自分の声域は広い」と思い込むような独断にならないような今後の状況も大変有難い。
来月、知人の音楽会で歌う2曲のうちの1曲のヘンデルのオペラ・アリアは、コントラルトの役のオペラ・アリアである。
是非、教授のレッスンの成果と「オペラ配役プロジェクト」の恩恵を実際の歌唱の成果に少しでも繋げられるように、勉強し続けて行きたい。

やっぱり、バロックや古典って、いいですよね〜\(^-^)/

「学ぶ」と「真似る」の履き違い

私は、自分で歌う曲の勉強や練習を行なう時には、なるべく多くの歌手の録音や映像を聴いたり観たりする。
理由は沢山ある。スタンダードな演奏、オリジナルな独創性を含む演奏、歌手によって異なる解釈、表現、声量、装飾音、外国語の発音、ブレスの位置、声質の選択。
基本的に自分が大好きな歌手や尊敬する歌手の録音を聴いたり映像を観たりするが、それだけでは無い。自分がレパートリーとしたいと考えているオペラは、数種類のCDやDVDを揃える。最近はYoutubeもかなり便利になっているので、大いに参考にする。少しでも多くの歌手の歌唱を聴いたり観たりして、参考、勉強にする事を心掛けている。

例え、名歌手でも、アマチュアでも、持っている声は全く違うものであるし、皆様々な師に教わっている。名演奏家が必ずしもそのまた上の名演奏家に師事している、有名演奏家に師事している、とは限らない。
そして、名演奏家や名歌手の演奏を参考にしたり勉強にしたりすれば、必ずその人も同じ様な名演奏家になる訳でも無い。
逆の言い方をすれば、名演奏家や名歌手、自分が師事している先生の演奏や歌唱を勉強すれば「真似」になるとは限らない、という事も充分に言えるという事になる。
そして、他人と違う演奏、他人と違う歌唱、他人と違う発声が即オリジナル、新しい素晴らしいものかというと、それもかなり怪しいと考えざるを得ない。

大体にして、クラシック音楽の特性の一つは「再現藝術」であるという事が挙げられる。
まず、自分の師事した先生から再現の手法を習得する。当然、演奏形態は師事した先生に似て近い事はあって然るべきかも知れない。
そして、自分が素晴らしい、美しいと感動した演奏家や歌手を参考に、自分が演奏する、歌う曲を勉強する。自ずと影響を受ける事は当然有り得る事である。
その中で敢えて違う部分を個々に探すとすれば、個人個人の持つ身体機能、声楽で言えば体格、骨格、身長、体重、声帯の太さや長さ、肺活量などの予備能力などが考えられる。
当然、師事している先生のレッスンを受ければその先生の癖なり習慣なりも同時に習得する可能性も高い。それは、自分自身が好んで聴いたり観たりする歌手や演奏家についても同じ事が言える可能性は高い。
それは、別に間違った事では無いだろうと私は考えている。
同じ先生にレッスンを受けている生徒の演奏の傾向性が類似するのは以上の視点からも無理からぬ事であると考えられる。それに、好きな演奏家や歌手の趣向に似てしまうという事も、上記の観点からも無理の無い事であると考えている。
逆に、全く影響を受けないというのは、非常に感性が鈍い若しくは鈍感である、という見方も可能である。

非常に重要な事は、師事している先生の何を何処を真似るのか学ぶのか、自分が尊敬する或いは好きな演奏家や歌手の何を何処を真似るのか学ぶのか、である。師事している先生、または自分自身が好きな演奏家や歌手を参考に勉強する時に、どのような事を参考に勉強したり学ぶのか、自分と違っている部分はどのような所なのかという事を、冷静に綿密に客観的に分析しながら学ぶ必要性は高い。ただ自分の耳に聞こえて来た事を自分の思い込みで真似ているだけでは、それは学習能力に疑問を持たざるを得ない。

人間が音楽を演奏する際に一番初めに使う身体器官は、まず「耳」である。まず音楽を聴く事。
そして、演奏する為には楽譜を見る事、それは「目」であると私は考えている。
その両方をフル活動し曲を演奏するための勉強や練習をして、その各身体器官の動きを「脳」が記憶して「筋肉」や「骨格」の動きを細部に渡りチェックする。それを繰り返して機能させる事により、演奏や歌唱手段を体自身が習得して行くと私は考えている。
そうでなければ、再現藝術にはなり得ないのではないのか、と私は考えている。

耳コピー、という事を言う人間がいる。耳コピーとは飽くまで耳だけを通じて脳に刻み込まれる現象であり、身体の各機関の稼働が連動しているという事になり得ないと私は考えている。つまり、耳コピーという脳の感覚だけで演奏したり歌っている演奏が、再現芸術であるクラシック音楽の演奏に適うものなのか、甚だ疑問に思わざるを得ない。耳コピーした自分の演奏や歌唱を自分自身の演奏や歌唱と思い込むのは誤認である可能性が非常に高いと言わざるを得ない。しかし「耳」で慎重に注意深く聴き取る事から何を得られるか、何を得ようとするのかは、その個人の感性や資質と言える事が出来ると私は考えている。それが、継続した学習内容の分析、習得、実践、評価、考察、再検討の繰り返しによる緻密な連続した技能習得能力なのではないだろうか。
耳だけで聴いた曲を、詳細な身体機能の運動分析による嗜好性と反発と軌道修正と弱点克服無しに、習得したと思い込む事は、単なる誤認であると言わざるを得ない。
では、耳から入る音楽無しに演奏技術や能力の習得を他者との比較論で位置付けし、自分自身への他者からの高評価を目的とするのは、単なる「奢り」であると私は考えている。

「個性」と「やりたい放題」は全くの別物である。他人との演奏や歌唱との違いを強調する事により自分の特殊性を主張するのは傲慢であると私は考える。自分の師事している先生と似ているのは真似、似ていないのがオリジナルという安易な発想は、己の思考機能を退化させるだけの怠惰に過ぎないというのが私の考えである。
その最たる理由が、クラシック音楽とは「再現芸術」だからであるというのが私の基本的姿勢である。
オリジナルとは個別性の最たるものであるが、クラシック音楽に於けるオリジナリティーは、他でも無い作曲者である。オリジナリティーと、比較論としての優劣とは全く別世界にカテゴライズされるべきものであり、同者を同次元で取り扱う事自体、無知に等しいと考えられる。演奏や歌唱を耳からのイメージに捕われる以前にまず演奏者や歌い手は、楽譜という確固たる資料を自分自身の「目」によって確認し、継続・連続した鍛錬や修練による身体機能や知覚機能の誤認や修正のチェック機能を適切に行なってこそ、初めて「自分自身の演奏」という特色が表現、表出されるものではないのかと私は考えている。

幾ら名演奏家や名歌手に、自分の演奏や歌唱を似せようとしたところで似る筈が無い。もともと与えられている「楽器」自体が違うのだから。似ていると誤認している自分自身の耳や感性を常に疑って見る検証する能力を培う努力を怠るべきでは無いと考えている。
それとほぼ同意義で、師事している先生と演奏や歌唱が似ている事は、個人の持つ資質や嗜好性などの特性との関連性は然程高く無いと私は考えている。似る理由があるとすれば、資質や嗜好性よりもそれは個人の持つ「楽器」の特性の類似点により多く依拠するものであると推察出来る。

これと類似した例として、「特定の歌手の演奏や録音を聴き続けると、その演奏者や歌手の癖がついてしまう」という事を平気で言う人間がいる。しかし、単なる耳コピーだけで、その個人特有の「癖」とやらが個人の身体機能に習得されてしまうという言い草は、運動機能や身体機能上、余りにも無理があり過ぎると言わざるを得ない。物真似は癖も含めて物真似だからこそ全くの他人と類似するのであって、自分の都合の悪い、師事している先生からレッスンで警告を受けた事を、過去の演奏家の単なる悪い「癖」として認識しようとするのは余りにも傲慢である。
第一、過去のどのような名演奏家も名歌手も、

「私の真似をして歌えば確実に世界的スターになれますよ」

なんて言った演奏家が存在したのだろうか。
それは過去の演奏家や名歌手や師事している先生の「癖」が自分に移ったなどという馬鹿げた話では無く、寧ろ自分の安易な「耳」に頼っただけの怠慢な学習態度の演奏・歌唱により身体機能や知識や技術の習得や鍛錬を怠った怠慢な演奏によって「自分自身の悪い癖」が露呈しただけの話ではないのか、と考えるのが私は妥当ではないかと考えている。
大体にして、演奏家や歌手や先生に対して、失礼極まりない(超苦笑)

いずれにしろ、比較論だけでしか自分自身の演奏や歌唱を評価出来ないとは何とも貧しい感性のように想う。
名歌手であろうが、師事している先生であろうが、自分の演奏の特性は自分自身の要因に起因するものであるという事を、肝に銘じておく必要性は高い。
大体にして、耳からインスタントに安易に入って来た演奏を、充分な分析や解釈や鍛錬無しに習得出来る再現芸術などあるだろうか。


私は、虚栄的な人間は、嫌いだ。

やっと決まった!!!

次のリサイタルの曲目。イタリア歌曲&イタリア・オペラで行く事は決まっていたのだが、細かい曲の詰めで、ミルヒー先生と何度かメールで話し合いを行なった。

当初の予定では、ベッリーニ歌曲とヴェルディ&プッチーニのオペラ・アリアを歌いたいと考えていて、去年ミルヒー先生のレッスンで御相談申し上げたら、
「ベッリーニの歌曲もいいけど、ヴェルディの歌曲もいいわよ。そろそろ勉強してみたら?」
とゆ〜事で、ヴェルディの歌曲を選曲する事になった。
オペラ・アリアに関しても、ミルヒー先生から、
「モーツァルトのフィオルデリージのアリアは歌わないの?今折角レッスンしてるのに?」
と言われたが、ベッリーニ歌曲とヴェルディ歌曲、ヴェルディ&プッチーニのオペラ・アリアに1曲だけモーツァルトを入れるのは、少しバランスが悪いような気がした。そこで、モーツァルト「Cosi fan tutte」のフィオルデリージのアリア「Come scoglio」は、別の演奏会で単発で歌おうと考えていた。

そこで、年末年始の6日連続夜勤の間は患者さんの急変も多くて、疲労困憊で音楽の勉強や練習は流石に無理だったので、取り敢えずプログラム探し、オペラのCDを聴いたりDVDを観たりしていた。
そこで浮上した問題が、歌曲はいいとしても、オペラ・アリアに関してはヴェルディとプッチーニを同時に歌うのは私の声には重すぎる、負荷が掛かり過ぎるのでは・・・という事。
ミルヒー先生から、これから勉強するように御指摘頂いているヴェルディは「Il Trovatore」「Aida」「Un ballo in maschera」「Don Carlo」「Otello」などであり、プッチーニに関しては「La Boheme」のミミや「Turandot」のリューは、今は勉強しなくても良いのでは???と指摘されている。そうすると、選曲するにしても非常に重い役柄のアリアを何曲も歌う事になる。
今回絶対に勉強して演奏会で歌う事に挑戦したかったのは、プッチーニ歌劇「Turandot」のトゥーランドット姫のアリア「In questa Reggia」である。これは前回のブログでも述べたが、レパートリーとして長々と歌うために今回取り組むワケでは無い。飽くまでも今の現時点での自分の声帯と発声を出来る限り強く鍛えるというのが一番の目標なのである。
2013年には、ヴェルディ生誕200年のメモリアル・イヤーが来る。その時にこそ、「Il Trovatore」「Aida」「Don Carlo」「Nabucco」「Macbeth」などを歌えるようになっていなければならない。
同じ2013年は、ワーグナー生誕200年のメモリアル・イヤーでもある。ウィーンの先生方からワーグナーに関しては、「Only study, Not concert!!!」と言われているが、実のところ最近少し迷っている。ウィーンでのレッスンで、シューマン歌曲や、特にシューベルト歌曲のレパートリーとして認められるようになった曲で、ドラマティックな曲が少しづつ増えている。それを考えると、せめてワーグナーの勉強だけでもしたい!!!でもそれには、今の程度の声の強さと勢いではまだまだ全く足りない。

そこで考えた事が、ヴェルディはいずれ2013年にメモリアル・イヤーがあるのでその時に歌う事にして、今回はオペラ・アリアに関してはプッチーニに統一しようと考えたのである。兎に角、「Turandot」の「In questa Reggia」はリサイタルの最後に歌うだろうから、その前に歌うプッチーニのアリアは出来る限り重く歌わないような選曲にしたい。そう考えて選んだのが「蝶々夫人」から「Spira sul mare」「Un bel di vedremo」と「Manon Lescaut」から「In quelle trine morbide」だった。一応楽譜も作り、蝶々夫人に関しては先日購入したCDもあり、譜読みも開始していた。

そこで、先日ミルヒー先生に次のリサイタルの曲目をメールで御報告した所、
「プッチーニのアリア4曲よりも、プッチーニの歌曲を入れたり、ヴェルディ仮面舞踏会のMorro, ma prima in graziaなどはどうですか?今せっかく(発声が)良くなって来ているところなので」
との御返事!!!!!私もMETのレヴァィン指揮、パヴァロッティ、アプリーレ・ミッロ、レオ・ヌッチ出演のVHSを購入して去年DVDにダビングしたものはあるし、楽譜もリコルディ布製ハードカバーのヴォーカル・スコアは持っているので勉強は出来るが、まさかここで「仮面舞踏会」アメーリアのアリアがミルヒー先生から飛び出して来るとは予想だにしていなかった。非常に、ドン引き(激爆&滝汗)
ここで相当悩んだ。折角ミルヒー先生から、アメーリアのアリアのようなドラマティックな曲を勧めて頂いて、こんなに良い勉強のチャンスは是非とも活かさなければならない。しかし、ではプログラムをどうするか・・・・・・・・・・(激悩)
プッチーニ「Turandot」だけは今回何としても是が非でも、挑戦したい。その旨はミルヒー先生にもお伝えしてある。しかし、アメーリアのアリアにトゥーランドットのアリアと続くと、これは他のアリアを重くは出来ない。長めの曲でも重く歌わない曲、若しくは多少重めでも短くて余り高音域の多く無い曲。
歌曲4曲、オペラ・アリア4曲を基本に考えているので、そのラインは崩したくない。

そこで5日間知恵を絞りに絞って考えた。
結局歌曲は、ベッリーニ歌曲2曲「La Farfalletta」「Il fervido desiderio」、ヴェルディ歌曲2曲「Stornello」「In solitaria stanza」
オペラ・アリアはモーツァルト歌劇「Cosi fan tutte」からフィオルデリージのアリア「Come scoglio」、ヴェルディ歌劇「Un ballo in maschera」からアメーリアのアリア「Morro, ma prima in grazia」、「Don Carlo」からエリザべッタのロマンツァ「Non pianger, mia compagna」、プッチーニ歌劇「Turandot」からトゥーランドットのアリア「In questa Reggia」
に決めて、今朝、朝一番でミルヒー先生にメールで御報告した所、無事御許可戴いた〜〜〜\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
ミルヒー先生から、
「コンサートの曲目、いいと思いますよ」
と一言書かれていた・・・・・う、嬉しい・・・・・・・・・・(滝涙)
これでよ〜やく一段落・・・・・・・・・・^^;
曲目が決定したので、後は勉強と練習あるのみ。
ポイントは、アリアで一番初めに歌うモーツァルト「Come scoglio」でどれだけ自分の発声を良い状態に調整出来るかに掛かっていると言っても過言ではない、と真面目に考えている。
私にはどうしても声を押し出ししてしまう悪い癖がある。特に、演奏時間が長くなり身体的に疲労状態になってくると、声を押し出ししてしまう傾向にある。この悪癖を修正しないと、声帯や声量を無駄に浪費する事になり、声帯を鍛える所か却って悪循環になってしまう。声を押さなくとも声量はあるのだから、如何にベルカント発声で響く声を作り上げて行く事が出来るかで、今後のリサイタルの成否が掛かっているといっても良いだろうと考えている。

取り敢えずは、なるべく喘息発作を起こさないように・・・と言ってもこれは非常に難しい(溜息)
後は、教授の呼吸法をガッツリ行なって行くしかないか、今の所は。
課題難題は多いけど、少しづつクリアして、来年、再来年に繋げて行けるような演奏が出来るように、頑張ろうと思う!(^^)!

トゥーランドット姫とイリア姫

昨日、次のリサイタルで歌う予定の、以前からネット注文していたプッチーニ歌劇「トゥーランドット」のDVDが3種類ようやく届いた。
元々はMET「トゥーランドット」のVHSは所有していたんだけど、最近ビデオの調子が悪くて、DVDにダビングしていないVHSは全て観られない状態だったので、元々所有していたMETのレヴァィン指揮エヴァ・マルトンのDVDと、新しくメータ指揮マリア・グレギーナのDVDと、リセウ歌劇場のカレッラ指揮ルアナ・デヴォルでリューがバルバラ・フリットリ(実はこの映像に関してはフリットリがお目当て)を購入した。

昨日は夜勤明けで親父の入院関連の雑事処理のために朝から日本橋へ行き、帰りに秋葉原の石丸電気ソフト館に行った。ヴェルディ歌曲のCDを探しに行くのが目的。でカバリエのヴェルディ歌曲を含むイタリア歌曲集のCDと、次のリサイタルで歌う予定のプッチーニ「蝶々夫人」のレナータ・テバルディのCDと、一昨年ウィーンのN先生から、モーツァルトのオペラのレパートリーとして勉強するよう指摘されていた「イドメネオ」のDVDを購入して帰宅、約25時間不眠でフル稼働した。帰宅後にプッチーニ「トゥーランドット」のDVD3種類が届き、余りのハイテンションで眠れずに、昨日は取り敢えず抜粋で「トゥーランドット」のDVDを一通り目を通してから休んだ。
そして、今日は休日だとゆ〜のに午後3時まで体が動かなかった。やはり、寄る年波には勝てない(自爆)

元々、トゥーランドット姫のアリアを勉強する事になったのには幾つか理由がある。
ちなみに、私はトゥーランドット姫をレパートリーとして長く続けて歌おうという気は、サラサラ無い。私は、元々はミルヒー先生が御得意としているリューを、ミルヒー先生から伝授して頂きたいというのが希望である。
理由は、まずミルヒー先生からトゥーランドット姫の勉強の許可が出た事が一番。
そして、自分の声に合った声質のオペラのレパートリーだけを勉強して歌うのでは無く、自分の「声」や「声帯」を鍛える、強くする事が目的である事、但しこれには師事している先生の許可が必要不可欠である事。
そして、今まで私が演奏会本番で使い物になった最高音は2点h、bだったけれど、今後は演奏会本番で3点c以上の高音域も使えるような勉強を始めなければならい事を、認識した事である。

演奏会で本当に使える高音域は、発声練習で出せる高音の約2〜3音下くらいであると、以前師事していたソプラノの先生から指摘された事がある。
それと、一昨年と去年のウィーンでのレッスンで、N先生とM先生の発声練習では確か3点dくらいまで発声出来たのだが、N先生とM先生は、
「あと4〜5音上まで出せる筈」
と、物凄い勢いで高音域の発声練習を行なわれたという現実がある。
私自身は、そんな無茶な・・・・・と思うものの、ウィーンの先生方が仰るのだから兎に角努力してみなければならない、いや、努力してみたい。
とゆ〜ワケで、総合的に自分の声質とは随分と違っているのは承知の上でも、ミルヒー先生の御許可のお陰で晴れてトゥーランドット姫の勉強を開始する事と相成りました、とさ♪
Youtubeで探したトゥーランドット姫の歌手は、マリア・カラス、モンセラ・カバリエ、ビルギット・二ルソン、エヴァ・マルトン、ギネス・ジョーンズ、ゲーナ・ディミトローヴァ、ジェーン・イーグレン、レオニー・リザネク、等々早々たる歌手陣。私が参考に出来るのかよおぉ・・・(溜息)と思われるドラマティックやヘルデン・ソプラノばっかし(ア然)
でも、一度勉強して歌うと決めて、ミルヒー先生から許可も戴いた以上は何が何でも勉強・練習して一度は演奏会本番に乗せなければならない。これには溜息ばかりだし、本当に相当性根の座った覚悟が必要。
勉強するアリア「In questa Reggia」の楽譜は既に作り終えているので、もう自己練習には入っている。入ってはいるのだが・・・・・高音は多いし、低音の鋭さと力強さは必用不可欠だし、しかも圧倒的な声量が必要、とゆ〜事で、練習するだけでも相当に疲労困憊してしまう。教授の呼吸練習が開始になってから、低音域もかなり強い響きで発声出来るようになって来たし、高音域も普通の自己練習の発声練習でも3点cis〜3点dまでは声になるようになって来た。以前の、掠る程度、からは結構な進歩と言わざるを得ない。何しろ、元々は「5線の上恐怖症」だったのだから。

今回購入したDVDの中で、一番強力なトゥーランドットは、エヴァ・マルトン。演技も伴い非常に迫力ある冷酷なトゥーランドット姫である。演技の面で少し惜しいのが、マリア・グレギーナ。声は申し分無い。
しかし、私が今回購入したDVDで最も注目したのは、60歳を過ぎてリセウ劇場でトゥーランドット姫を歌った、ルアナ・デヴォル。スピントで体も大きいが、年齢の為か若干力強さに欠ける。高音も多少ブレて聴こえる箇所があった。トゥーランドットの謎を歌う場面でも低音域では歌わず、同じ音域で歌っていた。
しかし、しかしです。ルアナ・デヴォルの非常に巧みな表現力。これはやはり若手には中々却って不可能な事なのかも知れない、と実感させられた。まず、語りの部分は比較的レガートにナチュラルに歌われている。が、イタリア語の言葉の意味の表現によって、歌詞のイタリア語も含めて、少しづつ少しづつ、巧みににじり寄るようにクレッシェンドして行く歌い方、表現は、デヴォルの表情や演技も併せて非常に、怖い(激爆)忍び寄る恐怖とでもいうか・・・・・(大汗)この歌唱には、唸らせられた。
私も、日本ではリリコ・スピント若しくはスピントかも知れないが、ウィーンではリリコなのである。だから、マルトンやグレギーナのような強い声で圧倒する歌い方では声帯を疲弊させてしまうだけだし、高音域を演奏会本番できちんと使い物になるような発声にするという目標から離れてしまわざるを得ない状況になってしまう可能性もある。
今後は発声の強さよりも、音楽的な表現でよりトゥーランドット姫に近づける歌唱を模索しながらも、自分自身の発声や声帯の強化を図って行く、とゆ〜トンでもないハードワークになりそ〜だ・・・・・(滝汗)
特に私にとって一番注意が必要なのは、低音域の発声の強さと鋭さ。これを何処まで追求し自分のテクニックとして獲得して行く事が出来るか・・・・・期待は薄いが・・・・・・・・・・頑張るしか無い(爆死)

いずれは、やっぱりリューを全幕通して勉強したい。何よりも、私の敬愛してやまないレオンティン・プライスがリューをレパートリーとして多くの録音が残されている。これが私の声楽の勉強を始めた時からの大きな目標の一つ。レオンティン・プライスのような美しい声の響きで歌えるようになる事。
リューという役柄も大好きだ。いつもDVDを見ると、リューのアリアの直後自殺する場面では大泣きしてしまうのだ(超苦笑)リューのアリアは非常に難易度が高い。高音をピアニッシモで美しく発声出来なければならない。しかも、トゥーランドット姫の心の底に訴えかけ優るものが存在する。その表現力が必要不可欠。声の表現力、演技の表現力。
「ナルシストも多い業界の、こんなに表現しているビバ自分」
なんて、フザケた戯言を垂れ流している場合では無い。
特にトゥーランドット姫に関しては、強さと鋭利さと情熱と冷酷さと、それらを自在に表現のテクニックとして駆使する事の出来る柔軟性が絶対必要不可欠になる事は間違いが無い。
これを課題として許可され自分で選択した以上は、どのような結果になろうとも取り組まなければならない。
非常に疲弊するが、これが今の私に与えられ回って来た「お鉢」である。
取り敢えず、頑張る。

ちなみに、私は「トゥーランドット」の映像はリューが死んだ所までしか観ない。プッチーニ亡き後補筆したアルファーノの草稿をトスカニーニが大幅に削除したという逸話がある。私も2〜3度リューの死後からラストまで観たが、何とも味気ない詰まらないと感じたので、それ以降はどの映像もリューが死ぬ場面までしか観ない事に決めている。


秋葉原の石丸電気のソフト館のクラシック音楽のフロアに行って、超ビックリこいた!!!
何と、3月で閉店!!!現在2〜3割引きセール中・・・・・(ア然)確かに去年12月に友人のプレゼント用ににCDを購入しに行った時よりも在庫が大幅に減っていた。都内でも結構クラシック音楽のソフトを取りそろえてくれている店舗がこれでまた減るのかあぁ〜〜〜・・・と思うと、寂しいやら悲しいやら。
とか言いながら、2〜3割引きの表示に夜勤明けのフル活動の眠気もぶっ飛び、約1時間は声楽・オペラのコーナーをウロウロと歩き回っていた。本来なら、次のリサイタルで歌う予定のヴェルディ歌曲のCDだけ購入出来れば良かったのだけれど、2〜3割引きならいつもはすぐに買わなくてもいいかなあぁ・・・と諦めている物にもついつい手が出てしまう。
そこで、モンセラ・カバリエのイタリア歌曲のCDを手にして、次のリサイタルで歌う予定のプッチーニ「蝶々夫人」のミレッラ・フレーニかレナータ・テバルディのCDが欲しかったのだが、フレーニは抜粋盤しか無かったのでテバルディ盤を手にした。

で、こういう割引のチャンスだからこそ、多少御高いDVDを購入したいなあぁ・・・と思い、結構ウロウロ探し回ったが、余り目ぼしいDVDは残っていないなあぁ・・・(溜息)と思った。が!!!その時私の目に留ったオペラが一つ。それは、モーツァルト歌劇「イドメネオ」。一昨年ウィーンでのレッスンでの最終日のレッスンを私のオペラのレパートリーの話し合いにわざわざお願いして変更して頂いて、N先生とじっくり1時間相談して来た時にN先生から挙げられたモーツァルトのオペラの私のレパートリーになるオペラだった。
「スザンナ、ツェルリーナ、コンテッサ、ドンナ・エルヴィーラ、パミーナ、イリア」
で、私が天地が引っくり返る程ビックリしたうちの一つ、「魔笛」のパミーナの他が、「イドメネオ」のイリア役。「クレタの王イドメネオ」の荒筋くらいは多少知っていたが、実際にオペラの映像を観た事も無かった。一昨年ウィーンのレッスンから帰国して、Ricordi版モーツァルトのオペラアリア集を購入して「イドメネオ」のイリアのアリアの楽譜を見てみたが、長いし難しいし、こりゃ堪らん〜〜〜・・・(爆死)とゆ〜事で暫く放置しておいた。恐らく時機が訪れれば必ず勉強しようと思える時が来るだろうから、今焦る必要性も無いだろうと踏んでいたからだ。
流石に石丸電気のクラシック音楽スペースのオペラのDVDでは、モーツァルトの中では結構多数売れ残されていた「イドメネオ」。モーツァルトの歌劇の中のダ・ポンテ3作よりは日本ではかなりマイナーだから仕方がないかもなあぁ・・・と想いながら幾つか手に取って見ていた。
すると、何と私が一昨年ウィーンのレッスンに行った時にレッスンして頂いたベートーベン歌劇「フィデリオ」のザルツブルグ音楽祭でマルツェリーネを歌っていたソプラノ、そして去年ウィーンにレッスンに行った時にブラームス歌曲のレッスンのために持って行った1曲「Madchenlied」を歌っていた、ユリアーネ・バンゼがイリアを歌っているDVD発見!!!!!\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
ユリアーネ・バンゼはリリック・ソプラノだが若干声質が太めというか寧ろ「深い」声だと私は評価している。そして何よりも、ユリアーネ・バンゼで勉強していったベートーベン歌劇「フィデリオ」のマルツェリーネ、ブラームス歌曲「Madchenlied」は、ウィーンのN先生から、
「あなたはこの歌を勉強しなければならない。これはあなたの歌だ」
と仰って戴いた経緯が存在する。そのユリアーネ・バンゼがウィーンのN先生が私のレパートリーにと推したモーツァルト「イドメネオ」のイリアを歌っているDVDを見つけたのだ!!!ケント・ナガノ指揮バイエルンのDVDだった。これはもう、Getしかないぃ〜〜〜〜〜!!!!!(激爆)

ちなみに、一昨年ウィーンのN先生からもう一つだけ、私が考えもしなかったオペラのレパートリーが一つ挙げられた。
そのオペラの役柄は、何とベルリオーズ「ファウストの劫罰」のマルガレーテ役。
しかも、ウィーンのN先生から一言念押しの御言葉付き。
「But, Not Gounod's Marguerite!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)
ベルリオーズって・・・・・(驚愕)それ、ワタシ本っ当〜に、歌えるんですかねえぇ・・・・・(ア然)
とゆ〜事で、今のトコロ、ベルリオーズ「ファウストの劫罰」は、思考停止の真っ最中。
何しろ、フランス語まで、手が回らないし・・・・・(言い訳)

とゆ〜事で無事に2割引きで荒遣い、お買い上げ〜〜〜・・・^^;
3月閉店なので、次またいつ来られるか分からないけれど、出来るだけ来てCDやDVDを探そうと思う。残り物に、福があるやも知れん。
本当は、貯金がカラになるくらい、あれもこれもおおおおおぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜・・・・・!!!!!と思う程色んな欲しいCDやDVDが沢山あったのだけれど、流石に今年のウィーン渡航費用、レッスン費用だけは確保しておかねばならぬ・・・・・↓

その後、本郷の「アカデミア」でRicordi版ヴェルディ歌曲集の楽譜を購入しに向かう。本当なら、朝夜勤明けですぐ電車に乗り日本橋への移動中に、銀座のヤマハに在庫確認の電話をしたのだが「在庫無し」との事で、急遽本郷の「アカデミア」に在庫確認の電話をしたら、Ricordi社のヴェルディ歌曲集の楽譜を取り置きしてくれるという事で、秋葉原でCDを探した後に、本郷まで向かった。もうヘトヘト(死)
アカデミアに到着して、これまたやっぱり声楽やオペラの棚の前をウロチョロしてしまう(苦笑)もう大概必要な楽譜は購入したというのに、それでも楽譜を見てしまうと、あれもこれもついつい欲しくなってしまう・・・(滝涙)
オペラの棚を見たら、ヘンデルやモーツァルトのオペラの全曲版ヴォーカルスコアでBarenreiterのハードカバー版が新しく入荷していた。いいなあぁ・・・欲しいなあぁ・・・と思い、値段を見て両目が飛び出た(核爆)
もう石丸電気で既に荒遣いしてしまったので、仕方がない・・・・・(号泣)
レジの脇のテーブルに、ヘンレ版仕様の5線紙ミニメモ帳&ポストイットがあって、余りにカワイかったので思わず購入♪ど〜せ勿体無くて使わないくせにいぃ〜〜〜・・・と思いながらも、ついつい・・・・・^^;
すると、アカデミアのレジのお兄さんが、スタンプを1コ多く付けてくれました(>_<)
自宅に着いたのは、午後5時。それからも興奮気味で眠れなくて、取り敢えず一通り「トゥーランドット」のDVDを抜粋で観てから休んだ。
しかし、このハイテンションは、一体何だったんだろう・・・・・・・・・・・・(謎)


今日は前日の無理が祟ってようやく体が動いたのが午後3時だったのだが、その後3時間のスタジオ練習に出掛けて、呼吸練習と発声練習に1時間、今年ウィーンで歌う予定のシューベルト歌曲3曲の暗譜作業を行なって帰宅した。
勿論帰宅後はすぐにモーツァルト「イドメネオ」のDVD鑑賞!(^^)!非常に驚いたのは、歌手陣のレベルの高さ。ケント・ナガノもクオリティの高い仕事してるんだなあぁ・・・と思わず感激してしまった。
今回、歌手に外れが無かった。イリア役のユリアーネ・バンゼは、数年前のザルツブルグよりも更に勢いが増している。ザルツブルグでヤッキーノ役だったライナー・トロストは最初はあれ?どうしちゃったのかな??こんな声だったかな???と感じたけれど、3幕では良く取り戻していたので、緊張していたのか、多少調子が良く無かったのか、少しホッとした。それにしてもトロストは声がリリックになって来た。今後が楽しみなテノール歌手の一人に名前が挙がった。
そして、今回の「イドメネオ」で一番の注目株は、エレットラ役を歌ったアンネッテ・ダッシュ。まだ30代の若さで、高音域〜低音域までのスムーズな発声の推移に加えて、迫力と鋭さのある声質、大きく響く声量、そしてエレットラの怒りと憎しみと呪いを「声」で表現出来るという天賦の才の持ち主とも思われる、ドラマティックともメゾとも判断し難い声。これには、新しい期待の新星発見〜〜〜〜〜(^^♪
しかも、「イドメネオ」のオペラの荒筋だけを読むと、トロイとの戦争の戦利品としてトロイの姫イリアを連れ帰国するとあるが、この舞台の演出にもよるとは思うのだが、イリアに手をつけようとする好色な王なんかでは全っ然無くて、愛する息子イダマンテの命を案じ苦悩し悲しむ、イイお父さん王なんだなあぁ〜〜〜・・・(滝涙)とゆ〜事で、3幕は観ながら泣きっ放しでしたわな(爆死)

それにしてもモーツァルト「イドメネオ」3時間は長い!!!しかも今回は日本語の字幕が無かった。でもまあ、ストーリーは知っているので然程問題は無いのだが。
モーツァルトの音楽は場面毎によって非常に変化に富んでいるので、流石に3時間ぶっ続けで聴くと多少脳味噌が疲れて来る。
三輪明宏氏のサイトにも書かれていたのだが、
「モーツァルトの音楽を聴くとIQが高くなる事が証明されている」のだそうだ。この3時間の脳味噌酷使状況の疲弊さ加減から推察すると、何気に分かる気がする・・・・・(核爆)
これからも時間のある時にはまたこの「イドメネオ」のDVDを観ようと思う。
しっかし、この「イドメネオ」というオペラ、本当に難しいオペラである。レチタティーヴォは長い、アリアも長い、アジリダも多い。ダ・ポンテ3作で作曲されているような短いアリア、例えば「フィガロの結婚」のケルビーノやバルバリーナのアリア、「ドン・ジョバンニ」のツェルリーナのアリア、「コジ・ファン・トゥッテ」のデスピーナのアリアのような、割と短くて取り組む事に負荷を感じないで済む、というアリアが無い・・・・・(死)
ウィーンのN先生、良く私にイリアをレパートリーに選んで下さったなあぁ・・・空耳だったかなあぁ・・・んなワケないんですけどねえぇ〜〜〜・・・(鬱)
兎に角、今日「イドメネオ」のDVDを初めて観て、イリアが難役だっちゅ〜事だけは、理解できた(誤爆)特に3幕最後のイダマンテを庇って「人質の私こそ生贄に相応しい!!!!!」と剣をかざして強い意思を以って歌う場面なんか、私に歌えるかなあぁ・・・(弱気)
いやいや、折角ウィーンのN先生がレパートリーに選んで下さった大きな役である。少しづつ、蟻の一歩だけれど頑張って勉強していきたいと心に染みた。


ここで一つだけ、蛇足。
プッチーニ「トゥーランドット」のアリア「In questa Reggia」をYoutubで探していた時に、トンでも無い歌手の映像を発見した。
そのソプラノは、アンジェラ・ゲオルギュー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(虚)
やりたい放題もここまで来ると大したものかもしれない。
当然、ライブ映像では無い。ゲオルギュー本人のモデル・ポーズ写真に流されている、バリバリ録音調整の効いた声が流れていた。
正直、こんな録音が流れている事自体、思考停止に陥る。
そのうち、アンナ・ネトレプコがトゥーランドット姫を歌い出さない事を只管祈るばかりである(超苦笑)
嗚呼、世も末だ・・・・・・・・・・(-_-)zzz


明日は、カバリエのヴェルディ歌曲と、テバルディの「蝶々夫人」を聴かなければ!!!!!

慌ただしい年明け

今年早々から歯科の本格的治療に入ったので、暫くレッスンはお休み。歯科治療が一段落着いたらレッスンを再開する予定。
だからと言って、決してヒマでは無い。

まず、今年春頃に声楽仲間とイタリア古典歌曲を歌う勉強会をしよう、という事になった。去年末、瓢箪から駒でひょんな事から出た話だったけど「やってみたい!!!」というメンバーがいたので実際に一人5〜6曲、全音「イタリア歌曲集1」からのみの選曲して歌う、という会。
年末、千葉のヤンクミ御夫妻と忘年会をした時に、伴奏をヤンクミにお願いしたら快く受けてくれたので早速準備に着手。
自分もスタジオ練習で、何年振りかのイタリア古典歌曲の勉強を9曲、練習を始めた。超久し振り、恐らく4年振りくらいになるだろうと思う。でも、4年前には出来ていなかった事も出来るようになっている事も結構あって、歌っているウチに結構楽しくなってきた(笑)
今は一緒に勉強する声楽仲間から曲目や楽譜も送られて来て、全部でイタリア古典歌曲15曲!!!
ヤンクミには大変だが、是非是非頑張って頂けるように・・・
今はイタリア古典歌曲15曲分のコピーを作ってヤンクミに送る作業中。15曲と言っても中声用、高声用あるので伴奏するヤンクミは15曲以上になる。
基本、暗譜では無いし、演奏会のように一通り通して歌ってハイ終了♪では無く、気になる曲やフレーズを歌い直したり、ピアニストのヤンクミと直接コミュニケーションを取って貰って、自分がどういう風に歌いたいのかとか、リズムやテンポや曲の表現をどう演奏したいのかなど、時間をかけてイタリア古典歌曲をピアニストの伴奏で歌ってみる、という勉強会である。
例え数名でも、他人の前でソロで歌うというものは緊張もするし、ピアニストとのコミュニケーションも経験としては非常に重要。実際の演奏をどういうふうに作り上げて行くのかはピアニストとの共同作業だし、いつも同じピアニストとも限らない。

ヤンクミが声楽の伴奏者として最も優れていると私が考えている点は、歌い手のやりたい演奏を汲み取ろう、理解しようと心を向けてくれる所だと思う。ヤンクミには私は随分成長を手伝って貰ったと考えている。
それに、発声や音楽性に関して自分の考えを押し付けない。余計な口出しはしない。
歌い手だって幾らアマチュアで初心者でも、ちゃんと自分が師事している先生がいてその先生の指導で勉強して歌っているのだから、それを否定したり自分の好みに変えようとされるのはかなり不愉快である。私も過去そのような経験を何度かした事がある。だから、今回この特殊な勉強会をヤンクミに協力して貰えた事は、とっても嬉しい事だ。

会場も、もう目星はつけてある。基本はグランドピアノのスタジオか練習室。一人5〜6曲は歌う予定なので3〜4時間はレンタルする。多少コストは高いけれど、分担して行く。こんな機会に急いで歌ってフラストレーションが溜まるような勉強会にはしたくないから(苦笑)都内に3件程、条件に適したスタジオを発見した。
ヤンクミからの注文は「出来ればカワイのピアノは相性が余り良く無いので、カワイ以外のグランドピアノで」という事だったので、仰せの通りに(爆)

まだ少し先の話だけど、とっても楽しみである。


それと、今年ウィーンで歌う予定のシューベルト歌曲3曲の細かい暗譜作業と発声の確認。この3曲のうち2曲「Dem Unendlichen」「Du bist die Ruh」はウィーンのB先生からの課題曲。それもレッスンの課題曲では無く、ウィーンでの演奏会での、課題曲。
今私が勉強しなければならない事は、この2曲を含む3曲の一つ一つの発声を今の自分に出来る限り、美しく一粒一粒の発声を如何に美しく仕上げて行く事が出来るか。
ドイツ語の発音は、歯科治療の目途がつき次第、昨年ウィーンのM先生から御紹介戴いた教授のレッスンで修正して頂くしか無い。それまでに、確実に暗譜しておく必要がある。
昨年のシューマン・リサイタルでの失敗を踏まえて、今からもう楽譜を外して歌う事を基本にして頭に入っていない事だけを楽譜で確認する、という作業を行なっている。
これを、地道に練習して行く事だけを今考えている。
本当に実際に今年ウィーンで演奏する事になるかどうかは分からない。
もし本当に私にウィーンで演奏する機会が与えられているのならその通りになるだろうし、今はまだその時期ではないのだとしたら歌う事にならない事もあるだろう、そう考える事にしている。


今年末〜来年初頭にかけての、リサイタルの選曲。
ベッリーニ歌曲2曲「La farfalletta」「Il fervido desiderio」と、プッチーニのオペラ・アリア「Madame Butterfly」から2曲「Spira sul mare」「Un bel di vedremo」、「Manon Lescaut」から1曲「In quelle trine morbide」、「Turandot」から1曲「In questa Reggia」。
その他にVerdiの歌曲を2曲ほど選曲しなければならないが、Verdiはまだこれから。早急にやらなければならない。ネットで楽譜もCDも購入出来るけれど、実際CDを探して、楽譜もどの社の楽譜を購入するのか、早めに出掛けたいと考えている。その上でネットでしか入手出来ないものに関してはネットで購入する予定。
今は、持っているCDやDVD、楽譜作成作業が中心。ミルヒー先生とピアニスト用の楽譜の準備もある。曲名をまだミルヒー先生に確認していないので近日中に確認する予定。
但し、これらのプッチーニのアリアの殆どは、ミルヒー先生から許可は頂いている。近日中にミルヒー先生にVerdi歌曲の確認を行なう。
今は、「Madame Butterfly」は木下美穂子氏の映像を勉強している。
「Turandot」は、新しくDVDを取り寄せ中。
「Manon Lescaut」は、レオンティン・プライスの録音で勉強する予定。
取り敢えずは、楽譜作りに集中しなければならない。


そして、連続夜勤で疲労が激しくて勉強や練習が何も手につかない時には、イタリア人メゾ・ソプラノ歌手Luciana D'intinoの演奏を聴いている。Luciana D'intinoは、主にVerdiのオペラ「Aida」のAmnerisや「Don Carlo」のEboliや「Il Trovatore」のAzucenaなどを得意としているが、ぺルゴレージやロッシーニのオペラもレパートリーとしていて、最近ではヨーロッパでムソルグスキー「ボリス・ゴドノフ」のマリーナも歌っている。
私が良く観ているのは、2001年「Verdi Gala」の「Don Carlo」からEboliのアリア「O don fatale」、2006年のチューリヒ・オペラの「Aida」のAmneris役の演奏を、繰り返し繰り返し聴いている。D'intinoの低音域の美しさ、鋭さ、迫力、声量は並み外れて素晴らしい。最も特筆すべきD'intinoの声の素晴らしさとは、本当に「声」だけでその役柄を表現出来得る才能を持っているという事だと、私は考えている。
私はいずれVerdei「Aida」を勉強したいと考えているので、CDを4種類、DVDを3種類所有している。
CDは、Aida-Maria Callas、Amneris-Fedora Barbieri、Aida-Mirella Freni、Amneris-Agnes Baltsa、Aida-Leontyne Price、Amneris-Rita Gorr、Aida-Jessye Norman、Amneris-Fiorenza Cossottoである。
DVDは、Aida-Aprile Millo、Amneris-Dolora Zajick、Aida-Margaret Price、Amneris-Stefania Toczyska、Aida-Violeta Urmana、Amneris-Ildiko Komlosi、Aida-Nina Stemme、Amneris-Luciana D'intino、である。
この私が所有している中で、最もAmnerisらしい、強烈で激しくでも愛情深いAmnerisは、やはりどれだけ過去の名歌手を聴いても、Luciana D'intinoであるという評価になってしまう。今の所は(笑)
最も、これから「Aida」を勉強するなら、テバルディやテオドッシューなども購入を考えなければならないだろう。
私には、D'intinoのように到底あんな素晴らしい声は逆立ちしても歌えるようになれないが、目標は飽くまでも、高く。


とゆ〜ワケで、結構忙しい日々である。
もう少し、疲労が取れて喘息発作が落ち着くといいのだけれど。
最近、喘息の病状が余り思わしく無い。喘息治療薬の感受性が低下している。喘息発作時にレスキューで使用する気管支拡張剤の吸入薬が去年〜一昨年の3〜5倍に増えている事、通常の内服薬(今の主治医は新薬を使って下さっている)だけでは喘息発作の発生頻度が確実に増加していて、最も効果のある副腎皮質ステロイドホルモン剤を、かなり大量に長期に渡って使用する頻度が増えて来た。
恐らく、喘息重積発作を起こす確率も年々増加しているものと推測出来る。


毎年、お世話になっている師事している先生方にお年賀を贈っている。私は毎年年末年始はほぼ連続夜勤なので、年賀状はどうも筆を取る気力も無い。
先生方は年賀状を下さる。先生方も色々御忙しく大変そうだけど、今年は一番お元気なのは教授かな(笑)と年賀状を見て思った。
今年も頑張って、ウィーンでレッスンが受けられて、演奏会で無事歌えますように♪






パニック状態だったシューマン・リサイタル

シューマン・リサイタルが終了してから少し日が開いてしまった。
リサイタルのための休日後の連続夜勤、職場のゴタゴタ、去年末からの疲労とストレス爆発!!!とでも言おうか、ブログの閲覧すら最近は気が進まなかった。
休日には2〜3時間の自己練習は行なっているが、レッスンは年末〜来年2月くらいまで入れられるかどうか分からない状況なので、取り敢えずシューマンのリサイタルについてだけはここに記録しておく必要性がある。

事件は、シューマン・リサイタル前日の最後のピアノ合わせでいきなり突然勃発した。
前半5曲のピアノ合わせは非常に順調だったのだが、一休みして後半5曲のピアノ合わせ開始、7曲目「歌手の慰め」の途中から急に歌詞が出て来なくなってしまい、演奏が止まってしまった。
シューマン・リサイタルの為に選曲を済ませたのは約2年くらい前。練習やレッスンを始めたのは約1年前。今年9月〜10月のウィーンでのレッスンから帰国したらもう細かい部分の表現と暗譜の確認作業だけだった。実際問題は無かった。ウィーン帰国後のY先生とのピアノ合わせでは、表現を重点的に行なっていた。
それが本番前日に、いきなり歌詞が出て来ない、約8小節。
しかも「歌手の慰め」1曲歌詞が出て来なくなった途端に、次に歌う2曲「胡桃の木」「女の愛と生涯〜全ての人にまさって」の途中の歌詞まで出て来なくなってしまった!!!流石の緊急事態に私も動揺を隠せなかった。ピアノ合わせすればする程、ドンドン混乱して行った。同じフレーズを何度も何度も繰り返しピアノ合わせし直しを行なった。私は青くなるばかり。ピアニストY先生は別段気にされていらっしゃらなかったようだが、私の方は慌ててしまい、いつもより少し早めにピアノ合わせを切り上げてた。このまま歌い続けていても混乱するだけだし、歌う事よりももう一度歌詞の暗譜をし直さなければならない。まだ24時間ある。リサイタルで歌うシューマン歌曲10曲、総て暗譜での歌詞の見直し作業をカフェで行なった。
その日の夜は、3〜4時間程しか眠れなかった。


リサイタル当日は、会場入りギリに目が覚めた。ほぼ朝方から眠った。
シューマン歌曲の歌詞の暗譜は、地道に行なったためか10曲中9曲は何とかイケる。細かい冠詞等は間違える可能性はゼロでは無かったが、やはり問題は7曲目「歌手の慰め」の歌詞の途中が出て来ない時と、出て来る時と非常に記憶にバラつきがある。
流石にこれではマズい。リサイタルで演奏を中断なんて、冗談じゃない。
だが、譜面台を置いて楽譜を見ながら歌う事もしたくない。
いつも演奏会やリサイタルで一番の懸念は声の事なのに、今回は声の問題は今までの演奏会よりも遥かに心配が少ない。
その代わりにこのような問題では、余計に精神的に参ってしまった。
それでも歌わなければならない。逃げる訳にはいかない。
心の中で、被害の無い程度の地震や台風などの天変地異を願いまくった。
が、そんな事をしている余裕も無かったので、本番前のリハーサルでは、いつもは一度は全て全曲通して歌うのだが、今回に限っては不安材料の多い曲を集中的に繰り返しピアノ合わせを行なった。
つまり、リサイタル本番直前リハでは歌っていない曲も約半数あった、という事になる。
兎に角、異例尽くしのリサイタル本番だった。
その割に、声に関する不安は一切無い、というこれもまた今までとは全く違った本番だった。

リサイタル開始。
お客様は今までより多少多い。これは緊張要因とは関連はそれ程大きくは無い。寧ろ、歌詞が出て来なくなるのではないか???という不安ばかりを抱えてリサイタルに立った。MCの笑顔が引き攣っていないかなどと考える余地すら存在しない。
1曲目「乙女の憂鬱」は、いつも通りこれは御約束で緊張して声は出無かったが、2曲目「憂鬱」からはかなり取り戻した。これは、ウィーンのN先生に感謝以外の何ものでも有り得ないだろう。
3曲目いきなり曲調が変る「あなたの声」では、私自身の演奏の切り替えの良い影響が、聴き手の御客様の表情に顕著に表れた。これは後日ピアニストのY先生も非常に驚かれていた事項なのだが、やはりこれはウィーンでのレッスンでの先生方の功績の偉大さだと考える。
4曲目「ミニヨン」は大曲。非常に体力も声帯も酷使する。途中、歌詞の2番と3番がドイツ語が一言入れ代わってしまったが演奏を止めるような状況では無かった。高音域はきちんと当たっていた事、ウィーンでのレッスン通りのブレスで歌えた事は何とかクリアできたが、問題はやはり有節歌曲のバリエーションの多彩さ、という点に於いて極度の緊張感やストレスフルな状況では足りない、と言わざるを得ない。
尤も、プロともなれば完璧にクリア出来て当然の項目なのであろうが。

前半最後の5曲目「レクイエム」これは、ウィーンでのレッスン通り、ピアノ合わせ通り、自分の考えていた通りに歌う事が出来た。
亡くなった妹の為に、ちゃんと歌う事が出来たと思う。今私が出来る表現、技術、総て出す事が出来た。上を目指せばキリが無いが今後はこの曲に関しては、もっともっと高いレベルを目指して行く事が出来る。
妹が、助けてくれたのかも知れない。
北海道の妹からも、
「姉ちゃん、思いっきり歌ってあげてください。私も聴いてみたい」
と前日メールがあった。これに、心から励まされた。


ここで15分間の休憩。
ピアニストのY先生に、思い切ってお話しした。
「7曲目の、歌手の慰め、は譜面台に楽譜を置く事に決めました。音楽はちゃんと体に入っている。だから楽譜を見て歌う事は無いと思うけれど、最悪の事態、途中で歌詞が出て来ない部分はもう分かっているので、MCの原稿と一緒に楽譜を譜面台に置く事にします」
と話すと、Y先生は快く了承してくださった。それどころか、Y先生御自身が演奏会で曲を忘れてしまった時の事を話して下さった。
メシアンのピアノ曲だったらしい。同じフレーズをフォルテ・ノーマル・ピアニッシモと3度繰り返し、それでも思い出せなかったので、いきなりコーダに飛んだ、との事だった。
この話しを聴かせて頂いて、どれだけ私の心が軽くなった事か・・・・・・・・・・。
Y先生ですら、そんな事があるんだ・・・と思ったら、何故か1曲の楽譜を持ってステージに立つ事が出来た。


後半5曲開始。
6曲目「私の美しい星」は、もともとピアニストY先生からも問題無しとのお墨付きを頂いていたのでかなりレガートにたっぷりと歌った。但しこれは私の悪い癖で、歌える曲に関しては声を押して発声してしまいがちになってしまうという注意事項が出てしまった。が、この曲はかなり落ち着いて歌う事が出来た。
問題の7曲目「歌手の慰め」これは、少し離れた所にMC用原稿と一緒に譜面台に置いておいた。結局、一番歌詞が出て来ない、忘れてしまう事の多かったフレーズの出だしを一度チラ見しただけで、済んだ。歌唱自体は、楽譜が近くに在るという安心感のためか、非常に伸びやかな歌唱が出来た・・・と考えている(超苦笑)
8曲目「胡桃の木」はこの流れに乗ってきちんと歌詞も出て来たが、歌詞に対する神経を集中し続けてきたためか若干体力的疲労が出て来たらしい。いつものテンポよりも遅れ気味になってきたのが、この「胡桃の木」からだった。
9曲目「女の愛と生涯〜全ての人にまさって」も、声は出ていたし音程も悪く無かったが、今までのピアノ合わせでのテンポやリズムから微妙に遅くなりずれていた。何とか、ピアニストY先生が合わせて下さったという状況だった。ただ、歌詞はきちんと出て来た。
「胡桃の木」「女の愛と生涯〜全ての人にまさって」は、前日のピアノ合わせで歌詞が出て来なかった部分に関しての修正はきちんと行なう事が出来たが、歌詞に集中する余り、本来出来ていた筈のテンポやリズムに大きな影響が出てしまった。
最後10曲目「献呈」幸か不幸か分からないが、もう7年前から勉強して来て2度程演奏会本番に乗せている曲だからこそ何とか歌いきる事が出来たが、総ての力を使い果たしてしまったせいか、いつもの30%程のエネルギーでしか歌う事が出来なかった。これは本当に残念な事だった。

しかし、何とか大きな事故も無く、シューマン・リサイタル10曲歌い終わった。


今回も例に漏れずにアンケートを取った。アンケートを書いて下さった方がいつもより多かったので、今回はアンケートを何十回も見直した。
今回私が歌ったシューマン歌曲は、ウィーンでのレッスンでN先生がシューマンの解説書(ドイツ語)を見ながらレッスンして下さったというくらい、マイナーな曲が多かった。日本ではシューマン歌曲は余程ドイツリートが好きな人でなければ、特にクラシック音楽を普段から聴く習慣の無い方々には非常に退屈であるかもしれない事は十二分に承知していた。しかも、日本人は耳に聞き覚えのある曲の方により反応を示し易い事は、千葉のヤンクミの15年継続している演奏会で毎年アンケートを取っている結果を見れば、一目了然である。
ただ、私が今回、日本でも殆ど知られていないシューマン歌曲のリサイタルを行なって、アンケートを分析して一つだけ分かった事がある。
例え、名曲ではなくても、良く知られた曲ではなくても、いや、殆ど知られていない曲であっても、歌い手の声と曲が合っていれば、声と曲の調和、バランスが良好に保持されている曲であれば、聴き手の印象に強く残る可能性は決して低くは無い、という事である。
これは、今回このシューマン歌曲のリサイタルを演奏した事の中で、最も大きな収穫だった。


リサイタル前日に、いきなりたった1曲の数フレーズの歌詞が出て来なくなってしまった事。
この原因、要因について相当な日数と時間を費やして考え続けた。
結論は幾つか出た。
まず、今の私自身の持てる実力に於いてシューマン歌曲10曲のリサイタルは、無理があった事。それは、まずドイツリートというジャンルというよりも寧ろ、シューマンという作曲者の特性に存在すると考えている。
子供の頃から多くの本の中で育ったシューマン。無論、シューマンに限った事では無い事は重々承知であるが、シューマンが作曲した歌曲の詩人の詩に関しては、ただ単にドイツ語の歌が歌える、ドイツ語が話せる、ドイツ語が分かる、ではNGであり、ドイツ文学の素養教養といった類の知識や勉強が必要不可欠なのであるという事。これが私が、シューマン歌曲の歌詞が頭に入っていても体に入っていても、リサイタルの結果としてこのような事態を招いてしまった事の最大の要因となったであろう事は、恐らく否めない。
ウィーンでのN先生のレッスンを受けられても尚、私がシューマンのリサイタルを行なうには全く非常に多くの不足ばかりが跡に残されてしまった、その結果それを認識していなかったために2年も前からシューマンのリサイタル用歌曲の選曲及び練習を行なって来て、しかもウィーンでのN先生のレッスンで全てシューマンのリサイタル用歌曲10曲レッスンを受けてN先生より許可を頂いたにも拘わらず、リサイタル本番で前代未聞の、例え1曲でも楽譜を譜面台に置く、という醜態を生む結果となってしまった。
反省に反省を重ねたとしても、自分を恥じる事には未だ何等変わりが無い。


先日、ピアニストのY先生と、リサイタルの打ち上げ&クリスマス会&忘年会を、日を改めて乾杯した。
その時、ピアニストのY先生が一つ、非常に重要な事を仰っていた。

「楽譜を見ながら演奏する場合と、暗譜で演奏する場合はね、使っている脳の部分が違うのよ。だから、暗譜で演奏するなら最初から暗譜で演奏するための(脳)の場所を使わなければいけないの。だから、練習方法も全然違うのよ」

成程、それは知らなかった。今後は、例え新曲でも何十曲でも、総て「暗譜」のための練習をしなければならない。今これから暫くは、このための知識を得る手段を考え勉強しなくてはならない。


それと、これはマジ驚いた事なのだが、シューマン・リサイタルのアンケートでお客様が選んで下さった曲と、ピアニストのY先生の評価が比較的良かった曲が、全然違った!!!という事(爆)これは少し笑ってしまった。


今は、新しい選曲に取りかかっている。

「プロフェッショナル」と「アマチュア」の違い

今年10月、ウィーンのレッスンから帰国してから、ウィーンのM先生から新しい声楽の先生を御紹介して頂いた。理由は、私が来年のウィーンでの演奏会で歌う、という事になったからである。お決めになったのは、ウィーンで主にシューベルト歌曲のレッスンを受けている、B先生。B先生が、今年私がウィーンのレッスンに持って行ったシューベルト歌曲6曲の中から2曲選曲されて、来年のウィーンでの演奏会で私に歌って貰おう、という事になった。
但し、条件が一つ。


「ドイツ語の発音をきっちり修正して来る事」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
これまた無理難題が出たものだ、と思い、最初この来年のウィーンでの演奏会の話を直接私にしてくださったウィーンのM先生には、即答でお断り申し上げた。理由はM先生からも、

「ウィーンでの演奏会は、今あなたがウィーンでレッスンを受けている先生方も演奏するし、他にもウィーンの音楽院などで優秀な成績の演奏家が出演する。日本のアマチュアの発表会のレベルとは違うのよ」

という発言もあったからだ。
あの、私はアマチュアである。音高にも音大にも専門学校にも行っていない。日本国内のアマチュアのコンクールすら出た事が無い。
ウィーンでレッスンを受けさせて頂いたのは、まだ2度目。
私はM先生に、「それなら尚更私はアマチュアだし、何よりもまず自分自身の声楽的レベルを全く把握していない。もう2〜3年勉強してからもう一度検討するべきだと思うので、今回は演奏会に出るべきでは無いと考える」とはっきり申し上げた。
ここで私の意見に頑張って反論したのが、ウィーンの音楽院を首席で卒業した現在大学院生のピアニストEさん。

「私は、あなたと一緒に演奏会をやってみたいと思う。あなたは音楽の造り方が良い、面白い。私だって幾ら(ウィーンで)学校に行っていても、他の演奏者は自分の先生とかだし、私だって、ペーペーだけど、でも周りの質の高い演奏をする人達に、一緒に引っ張って行って貰う事で、必ず大きく成長すると思う。また、そうでなきゃ成長するチャンスもなかなか無い。あなたなら、それが出来ると思う」

と、まるで25歳とは思えないような意志の強さとしっかりとした自分自身の考えを持っているEさん。私は少し涙ぐみながら考えた。私は、音楽の勉強としても、看護師の仕事としても、脳出血で倒れた親父の入院管理や借金の管理の面でも、今ギリギリ一杯状態でウィーンにレッスンに来ている。
果たして、来年自分に可能だろうか・・・・・・・・・・。それが大きな不安だった。
日本に帰国する前日の夜、M先生とピアニストEさんと私との3人で、アウグスティーナ・ケラーで飲み会を開いた時に、M先生とEさんからのアドバイスも含めて、来年ウィーンでの演奏会を目指してみる、という事で一応の決心をして帰国して来た。


日本に帰国して徹底的にドイツ語の発音を修正するのであれば、少なくともネイティブのオーストリア人またはドイツ人の先生、若しくは留学経験の長い声楽の先生が必要であることは絶対である。
ウィーンのM先生も探してくださるとの事だったがM先生ばかりを頼ってもいられないので、私自身も以前ピアニストの先生から教えて頂いたゲーテ・インスティトゥートや、谷岡先生から教えて頂いた日欧文化協会などを虱潰しに当たってみたが、結局ネイティブの先生など、何のツテも無い私が見つけるのは困難極まりないというよりも、不可能に近かった。
そこで、ウィーンのM先生にメールを送った。「今こちらでドイツ語に堪能な、出来ればネイティブの先生を探していますが、見つからない、現状は非常に厳しいです。このままでは来年ウィーンの演奏会に出る事はかなり難しいでしょう」と。
そこで、丁度ウィーンのM先生が来日されるという事で、一通のメールがM先生より届いた。
その内容が、来年ウィーンでの演奏会を歌うために新しくM先生が探してくださった先生の御紹介だった。

某大学の名誉教授。

これは、後日M先生が来日時にレッスン後一緒に食事をさせて頂いた時に伺った話だったのだが、もともとM先生が私に紹介する事を考えていた先生がいらっしゃったそうだが、レッスン料が高額であること(1レッスン¥35000!)、最近のお弟子さんの質を見ると余り良く無いとの事で、私の先生を新しく探して下さったとの事だった。



この某大学の名誉教授のレッスン、呼吸法だけで2時間びっちりぎっちり。ボイスレコーダーを用意して来るように要請されたので、てっきり自分の発声や歌唱を録音するものかと思ったら、トンでも大間違い(爆)ボイスレコーダーには、スーハースーハー、ハーフーハーフー、スッスッスッ、などの呼吸法バリエーションが1レッスン7〜8種類録音される。
胸郭を広げながら胸郭を決して動かさず、腹部の呼吸筋と舌と軟口蓋と下顎の動きを連動させ、声帯は歌うポジションの位置から絶対に動かさない。
これを毎回、1レッスン2時間。
まだレッスンを受けて3回目だが、既にシューマン・リサイタルのピアニストのY先生からは、

「あなた、随分中低音域の発声が良くなったわねえぇ・・・」

と感心されてしまった。某大学の名誉教授は私とのレッスンでシューマンのリサイタルが近日である事を話すと、

「リサイタル本番までに、ピアニストの方にあなたの発声が良くなった、と言って頂けるのが目標です!」

と仰っていた(爆)
それって、私の目標でしょうか・・・・・・・・・・?????ですよねえぇ・・・・・・・・・・(爆死)
とゆ〜事で、たった3回のレッスンで一応の初期目標に近づく事が出来た。
勿論は、私が音高や音大や専門学校に行っていない事も、外国語を話せない事も、全て御説明してあるし、今現状ほぼ夜勤の看護師の生活で、練習やレッスンにはある程度の体力的な限界がある事も御説明申し上げた。
それでも、某大学の名誉教授(今後は教授と呼ばせて頂く)は、非常にハイペースで、私がクリア出来たレッスンに関してはボイスレコーダーを使用して自宅で声を出せない時に練習するようにと、どんどん先にレッスン内容が難しくなって行く。一切、手は緩めない。教授のレッスンが2時間終了した後は、ヘトヘトのフラフラである。
しかし、今迄2〜3時間スタジオで曲の自己練習をやっていた時や、ピアニストのY先生とのピアノ合わせでがっつり1時間半シューマン歌曲歌いっ放しだった時には声帯疲労を強く感じたのだが、教授のレッスンを受けるようになってからは、声帯の疲労度はほぼ半減したといっても過言ではない。
その代わり、遠心疲労が物凄いけれど(苦笑)
これで、何とかシューマン・リサイタルや、来年のウィーンでの演奏会に向かって行けそうな気がして来た。
実際、ウィーンのM先生が教授とメールでコンタクトを取った時に、教授が私のレッスン内容を詳細に書いてくださったとの事。長年勉強しているだけあって、飲み込みが早い、と仰られていたらしい。それだけでも本当に有難い事だが、やはりレッスン内容が高度化して行くに連れて、出来ない事も多くなって来た。
それでも、今は何とか石にしがみついてでも教授のレッスンに付いて行こうと、決心している。


その教授が前回のレッスンの時に、こんな事を仰られた。

「プロとアマの違いは、お金を貰うか貰わないか、ではないんですよ。まずアマはね、自分が楽しんで聴く人が苦しむのがアマなんですよ。それから、プロは、自分が苦しんでお客様を楽しませるのがプロなんですよ。石川遼でもそうですけどね、我々は(彼のプレーを)あそこしか見てませんけど、彼は物凄い苦労していますよ」


私は、看護師というライセンスで収入を得ている。つまり看護のプロフェッショナルとして仕事をして収入を得ている。だから、クラシック音楽といえど収入を得る以上、プロとしての技術、自覚なぞあって然るべきであるのは言うまでも無い事なので、声楽に於いてもそのように分類し考えて来た。
教授の言葉は、非常に良い意味で私の固定観念の転換を図って下さったと感謝申し上げている。
成程、と。

但し、私は自分自身はアマチュアとしての認識を持っている。
大切な事は、プロとアマの区別なり基準なりを何処までも主体的に把握し、アマとして自分が目指すべき事は何か、不足している事は何か、やるべきでは無いプロの真似事は何か、自分自身の中に明確に厳格に基準を作る事によって、教授の仰る「プロとアマの違い」をより高く目指して日々練習勉強を続けて行く事にある。
適切な分析と認識と判断によって「プロとアマ」の明確な区別を知っておく事は非常に重要な事であると私は考えている。
でなければ、来年のウィーンでの演奏会の話しを、何の考えも無しに慎重さに欠けた無謀さだけで二つ返事でオーケーしていたに違いない。それは私にとっては、恥ずべき行為に等しい。
何がチャンスであり、それがどのようなチャンスであり、自分にとって不可避な条件を考えるためには、このような冷静な分析と判断能力が求められて、当然至極である。


ちなみに、プロであろうが、アマであろうが、自分の出来得る限りの勉強や努力や練習や鍛錬を継続的に行なう事は、演奏家として至極当然の事で、殊更取り挙げる程の事とは言えない。それが出来ないなら、上達やレベルアップなぞ有り得ないからである。
プロとアマの基準を、気にする若しくは都合の良い解釈をする事と、プロとアマの基準を明確に分析し認識した上で自分がどのような演奏を目指し、目標にして行くのか。
演奏家に問われているのは、正にその事であるという事が、教授の言葉の中に含まれていると私は認識している。
「プロとアマ」の基準を{気にする}事と、{プロとアマ」の基準を{主体的に分析、把握、認識}する事は大きく違う。気分の問題と、自己分析を混同するなど論外、笑止千万である。

M先生に、とても良い先生を紹介して頂けたと、感謝している。

近況、徒然。

来月にはシューマンのリサイタルが迫っているとゆ〜のに、イマイチ暗譜が進んでいない。
音楽造りは、悪くない。ピアニストのY先生も、去年のドイツリート&ドイツオペラのリサイタルの時よりも、意欲的とゆ〜か、希望が多いとゆ〜か、工夫を多く持って来られるとゆ〜か、歌っている事は、楽しい。
でもこれがリサイタル本番となると普通のレッスンとはワケが違うので、ストレス&プレッシャーが数倍増になるのだからして。
しかも、今回のシューマンのリサイタル用歌曲は、全てウィーンでレッスンを受けて来ているので、自分としてもなるべくウィーンのN先生からレッスンを受けた事を実行したい、という気持ちも強い。それも、プレッシャーの原因の一つだろうとは、思う。
今回のシューマンのリサイタルで歌う曲の中には、10年程前に亡くなった妹のために歌う曲もある。この曲に関しては今の自分の持てる完成度の全てで歌いたい、そういうプレッシャーもある。
歌って見て、とゆ〜か暗譜を試みてみて初めて分かった事なのだが、シューマン歌曲の詩は、非常に難しい詩が多いように感じる。
シューベルトよりも何倍も暗譜が難しいと思う。これは、詩人の選択の違いによるものだと考えられるが、勿論シューベルトとは時代も違うし。でも、子供時代を本の中で生きたロベルト、詩人も流石にマニアック(爆)
そして、そんなシューマン歌曲の中でも日本で殆ど歌われない曲をわざわざ選んで歌っている私も私、なのだと思う(自爆)
先日、とある非公開の趣味の演奏家の少数の演奏会でシューマン歌曲2曲歌ったのだが、そのうちの1曲は若いピアニストさんも「調べたけど見つからなかった」と言っていた。無論、実際に合わせてみたらボロボロのズレズレだったのだが、これは全く持って仕方が無い。でも取り敢えず、自分的にリサイタル本番での注意事項は多少確認出来たし、2曲とも暗譜で歌ったのでそれは良かった。
でも、こればっかりは、自分自身との戦いでしかない。


先日の、イチャモン騒ぎも、相当にウザかった。私はシカトぶっこいているが、粘着輩はまだ続けている。ホントにマジで、ウザ過ぎ。しつっこいたら、ありゃしねえぇ・・・・・^^;
ヘンな奴が1人ならまだ収集つくけど、ヘンな奴が2人集まってタックを組んだら世の中何でも通るものなのか・・・と思うと、思わずゲロ吐きそうだった。客観的な判断の出来ない狭い世界の俺様・私様が、非難の数集めで正義面出来るなら世の中簡単でさぞ面白ろかろうて♪
一応専門職業として収入を得ているくせに、自分の言動に責任も持てず、反論された途端に足跡全部消去して、さも自分は何も悪い事してません、私いぢめられただけです〜、酷いです〜、逃げます〜、と言って報復を他人にさせている人間の神経たるや、そっちの方がホントにマトモな演奏が出来るのか?と疑って然り。
何を以って「マトモな対応」とするのかは個人の主観にもよるかとも思うが、流石に成人越して「トンズラ」がマトモな対応というのは、私も生れて初めて聞いたわあぁ。
ヤンクミも曰く、

「ああいう性格の人は、年を経って太ってシワが増えてローブ・デ・コルテが似あわなくなったら、すぐ仕事が来なくなるでしょう。結局は、演奏の内容なんですから。一応終息したいようですが、随分と御粗末な対応でしたけどね。」

ヤンクミも、中々言う(笑)流石、伊達に長年音楽を真剣に続けている人間の一人だと、感心した。
確かに民主主義は多数決だが、そこに客観性や公正さが存在しなければ、独裁と大して変わりが無い。
ヤンクミがワタシに言った事は、
「御自分の信念を貫かれますように」
との事で私も非常に気持ちが落ち着いたのだが、暫くはブログをアップしようという気すら起こらない。
正義面振りかざして個人非難・個人攻撃を繰り返す輩には、私は用は無い。
プロもアマチュアも、謙虚なフリした「誉められたい、私の方があなたより上です症候群」もういい加減に止めねえぇ???
嗚呼、こんな事に関わっている事の方が余程、きちんと歌えなくなりそう(鬱)


先日、まだシューマンのリサイタルがこれからだっていうのに、早速ウィーンのM先生からメールが送られて来てしまった。

「来年の演奏会で歌うシューベルト歌曲のプログラムを送ってください」

との事。
そう、来年はウィーンでの演奏会でシューベルト歌曲を歌う予定になっている。今年のウィーンでのレッスン時にB先生が決定された。
当初の予定は2曲。選曲はB先生が行なったのだけれど、先日M先生が日本に来日された折に、ブラームス歌曲を1曲レッスンを受けた後に一緒にお食事をさせて頂いたのだけれど、その時に、1曲増えた(核爆)
まあ、これは一応決定という事らしいのだが、私が途中で演奏会に出られない理由が発生したとしても他の出演者の演奏曲目が多少増えるだけなので、ウィーンの先生方々次第、と私は考えている。
ちなみに、来年ウィーンでの演奏会でシューベルト歌曲を歌うための勉強のために、M先生が新しい先生を探して御紹介下さった。
某大学の、名誉教授・・・・・・・・・・(無言)
これまた、超厳しい。がっつり2時間レッスン。もう2回程レッスンを受けさせて頂いたけれども、ヘトヘトのボロボロになるよ〜な超ハードなレッスン。その代わり、ピアニストのY先生とのシューマンのピアノ合わせで、
「随分低音域の声が良く出るようになったわねえぇ」
と、たった2回のレッスンを受けただけでこのような御指摘を受けた。シューマンのリサイタルの直前にも、レッスンをお願いしている。
ヤンクミにも来年ウィーンでの演奏会について相談したが、

「やれると思う」

との事で、何とか頑張ってみようとは思う。
しかし、可能かどうかは来年ウィーンの演奏会の舞台に実際に立ってみるまで、分からないと考えている。
大体にして、アマチュアの私が普通に立てる舞台では、無い。
これもまた、有り得ないプレッシャー&ストレス。
でも、こればっかりは、シューマンのリサイタルと同じで、自分との闘いとゆ〜か自分との大戦争状態なので、自分自身に勝つしか無い。


もう一つ困った事は、最近付き合い始めた人が、シューマンのリサイタルを聴きに来る!!!と言って止めるのも聞かない・・・・・(滝汗)
しかも、正装して来る!!!とか言い出すので、慌てて止めた(誤爆)
演奏中の写真撮影も、止めた(真面爆)
これは流石に相当、こっっっ恥ずかしい・・・・・・・・・・。
「女の愛と生涯」の2曲目「Er, der Herrlichste von allen」とか「Widmung」とか歌うのに。
マジで、これはど〜ゆ〜顔して歌えばいいんだあああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜・・・・・(爆死)
リサイタル当日、何か用事とか出来てくれないかなあぁ・・・・・?????

いや、真面目に頑張ろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・。
さて、最終の細かい暗譜作業継続、継続♪

傲慢、慢心、不愉快且つ有り得ない「自称プロ声楽家」の暴言

先日、某ブログで、トンでもない暴言を吐いた、上っ面だけ上品ぶってクラシック声楽のプロ、らしき人間のブログの言い草を見て、思わずア然とした。


「何だか、いかにも情熱的に演技しながら歌うのは恥ずかしくて出来ない。もう一人の私が、ぷぷぷって笑ってる」
「感覚っていうか、目に見える上っ面でなくても伝わるって信じたい」
「ナルシストも多い業界の、こんなに表現しているビバ自分」


プロでありながら、聴き手から入場料を徴収して、よくもまあこんな暴言を公衆の面前で吐けたものだと、呆れを通り越して、憤慨の極み。
プロでも自由気ままに歌ってりゃ、ここまで世の中を見下す権利でもあると思ってんのか???
いかにも自分はクールに歌うけどちゃんと人に伝わるプロとしての歌唱はしますよ的な、高飛車で傲慢で横暴極まり無い。
表現力には長けていないが、歌う事に対する精一杯の情熱を全てこの一言で片づけるような人間が日本のクラシック音楽の声楽のプロ、というなら私は日本のクラシック音楽の声楽界を、軽蔑する。
日本では、歌いたくも無くなる。
よくもまあ、人間として恥ずかしくも無く、クラシック音楽に対してこのような暴言を吐く事が出来るものだ。
声楽家としてよりも、プロとしてよりも、何よりも芸術家としての神経を疑う。
気違いか、コイツは。

歴史の中の多くの詩人が、本当に真に美しい詩を造り上げた中から、偉大な作曲家が自身の才の限りを尽くして造り上げた、曲の数々。
それらの素晴らしい美しい、心から歌いたいと切望する名曲を、ある人は憧れて歌い、ある人は自身の人生に擬えて歌い、ある人は愛や贖罪のために、歌う。
その精一杯のあらん限りの演奏を、

「ぷぷぷ」
「上っ面の表現」
「ナルシストのビバ自分」

演奏者として以前に、人間として、絶対に、有り得ない。許せない。
この言い草。
おいこら、てめぇ、一体何様のつもりだ!!!!!いい気になるのも大概にしておけ。
例え私がアマチュアと言えども、鼻高々にナメてかかるなら、こっちは絶対に飽くまでも容赦しない。
音楽そのものを舐めているとしか、私には評価出来ない。
しかも、私がレッスンを受けている先生方に関して、

「幾ら有名な教授にレッスン受けているからって、そんなのどう感じようが、自由だしいぃ・・・」

をい、この人生落後者野郎。
人生もう一回生れ直してやり直して来い。
こんな人間だけは、例えどんな演奏者で綺麗な声だと言われていても、私は絶対に信用しない!!!!!

音楽を、人間を、皮肉って馬鹿にする人間なんか、見たくも聴きたくもない。
消えてしまえ。


本当に、腸が煮えくりかえる数日間だった。
嗚呼、不愉快。
ウィーンの先生方に、聞かせてやりたいわ。
マジで。
今後は、日本人のプロの声楽家、とやらの演奏会は厳選に厳選を重ねてセレクトする必要性を腹の底から痛感せざるを得なくなったわな。
このブログ、千葉のヤンクミも読んで、

「気分が悪くなりました」

との事。
やはり、ヤンクミは感性としては非常に信頼出来る。


このブログでゲロって、マジすっきり〜した♪

日本帰国搭乗手続き直前まで、ウィーンでのレッスン7日目

今日で、ウィーンともまた来年までお別れ。

朝9時起床。荷物をまとめてゴミを捨てて食器を片づけてアパートの下でN先生をお待ちした。
10:30にN先生が私の滞在しているアパートまで車でお迎えに来て下さった。
車に乗ってN先生のオフィスまで行って、11時からウィーンでの最終レッスン。
今日も最後までピアニストEさんが伴奏を行なって下さる。

発声練習も修正される事がほぼ少なくなった。自分の声を構えないでそのまま自然に流れるように響かせてみる、という事に1週間かけてようやく慣れて来た、というトコロ。
発声練習中に、ピアニストEさんが到着。

今日の最終レッスンは、ブラームス歌曲2曲と、残りのシューマン歌曲2曲。
昨日は時間が無くてレッスン出来なかった「Es steht ein Lind」から。
フォルクス・リートなのでもっとテンポを前に進めるように指摘される。音符が動くフレーズでも流れるようなレガートを1つの声で歌うように。最初の歌い出しの「Es」の音も歌詞もアウフタクトなので、2小節目以降のメロディに向かって歌い出す準備を行なう事。それからもう御約束のウムラウトの発音の修正。
「ich」という歌詞をきちんとはっきり発音するように指摘される。
有節歌曲なので、これも御約束のバリエーションをもって動きと流れの表現を造り上げて歌う事。
もう、ウィーンのレッスンで7日間、毎日毎日同じ指摘を繰り返されている。ウィーンの先生方も、実に根気強く我慢強く(笑)毎日毎日私のレッスンで同じ指摘をして下さった。
それでも、この曲はN先生から、
「行けるでしょう。OKです」
と言って頂けたので、日本帰国後も引き続きこの曲に取り組んで行く。

次はブラームス歌曲「Madchenlied」
これは昨日のレッスンでN先生から、
「あなたはこの曲を勉強するべきだ。これはあなたの曲だ」と言って頂いた、私が今後レパートリーとして歌って行かなければならない曲。
まず一通り通して歌った。N先生より、
「テンポは非常に宜しい」
と、滅多に無い事だが、褒められた(滝涙)テンポは速いが必ずレガートを忘れずに、もっと自由に、フォルテ記号のあるフレーズはしっかりとしたフォルテで歌うように指摘された。
私自身、どうしても「乙女の歌」という日本的なイメージで勝手に捉えている部分があったようで、どうしてもそのような歌唱になってしまいがちである。もっとしっかり、ウィーンの「リリック」な声で歌う、という認識の転換を行なわなくてはならないなあぁ・・・と実感する。
最後のフレーズは、一つ一つの歌詞をマルカートに歌詞をしっかり歌い(これはブラームスの指示には無い)、不必要なritは行なわない事、幾つかのドイツ後の発音を修正された。
しかし、この曲に関してはN先生から、
「とても良いです」
と言って頂けた。これは、日本に帰国して機会があったら、是非演奏会本番に乗せたい曲である。

その他、N先生からブラームス歌曲1曲、初見で!!!!!!!!!!歌って見るように言われた!!!!!!!!!!これには大焦りだった。曲はブラームス歌曲「Der Schmied」2ページの短い有節歌曲だが、音の跳躍が激しい!!!しかも、初見なんてやった事無い・・・・・・・・・・(大涙)少しだけピアニストのEさんにピアノで弾いて貰ったけれど、とても今の私には歌う事が困難な曲だと感じた。ブラームス歌曲でもたった2ページで単純なメロディならすぐ歌える、などというレベルには私は無い。結局、Eさんのピアノ伴奏について歌う事は出来ず、この曲も日本に帰国してからの課題となった。後もう1曲、ブラームス歌曲でN先生から課題を頂いた。


残り2曲のシューマン歌曲。
まず「Mein schoner Stern!」この曲は、歌う前に絶対にN先生から御小言があるだろ〜なあぁ・・・と覚悟して来た(苦笑)案の定、N先生から、
「この曲はテノール用の曲だけど???」
やっぱりなあぁ〜〜〜・・・(汗)この曲は、実はエリー・アメリンクが歌っているCDを私が持っていたので、聴いてすぐに気に入ってシューマン・リサイタル曲に加えた。楽譜を購入してドイツ語の発音記号や日本語の意味を楽譜に書きこんで指示記号を蛍光ペンで色分けチェックして録音も毎日聴いて、さあ!!!歌の練習をするぞおおおおおぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜!!!!!と思ったら、楽譜の一番上の左に小さく「Tenor」と書いてある事に初めて気がついた・・・・・(爆死)もうこの時点ではピアニストのY先生にも楽譜を郵送してしまっていたので、今回はお許し頂きたい・・・・・とゆ〜事を、N先生に御説明申し上げた。
N先生は、苦笑いしながらも了承して下さった。
この曲は、ブレスをもっと前に流してフレーズの後半の歌詞を膨らませるように、母音を充分に軟口蓋を開いて、響きが流れるように歌う事、最後の低音域ははっきりとドイツ語を発音して、少しだけritするように、但し曲全体の流れはもう少し前に進むようにと指摘された。
最後の曲「Sangers Trost」
まず、ドイツ語の歌詞の子音をアウフタクトに取る事、音符の大きな跳躍が無く流れるようなフレーズなので、8分の6拍子である事を意識してフレーズをきちんと繋げて歌う事、最後の方の歌詞「die ich sang」をはっきりマルカート気味にしっかり発音する事、その後のブレスは急がず充分に取ってから、最後のフレーズのcresceを充分に行なう事を指摘された。
この2曲も、N先生からOKを頂いた。

私が今まで聴いているドイツ・リートのCD等は、テンポがゆっくりに歌われている事が多かったのだけれど、ウィーンの先生方、N先生もB先生もどちらかというと早めのテンポで歌うように指摘、修正を受けた事が非常に多かった。フレーズを前に進めて遅れないようにとか、歌い出しの歌詞やドイツ語の歌詞の最初の子音をアウフタクトに取る、というだけの「テンポの速さ」とは明らかに違う。
今後、ドイツ・リートを勉強して行く上で充分に配慮して注意していかなければならないと強く認識した。
その他は、やはりドイツ語のウムラウトの発音。これをどこまで修正出来るかに、掛かっていると言っても過言では無いだろう。

これでウィーンのレッスン全日程終了。
N先生にお礼を申し上げ、この7日間、毎日私の伴奏を続けて下さったピアニストEさんにも御礼を申し上げた。
最後にピアニストEさんから、手を差し出され、
「また連絡させて頂く事になると思う。日本で頑張って勉強してください。また会いましょう」
と言って頂けた。
どこまで出来るかは分からないけれど、兎に角、精一杯頑張って勉強して行くしか私に出来る事は無いから。


急いで、N先生のベンツでウィーン国際空港に向かった。搭乗手続きまで後1時間を切っていた。ウィーン市内の道路は非常に込んでいたので、空港までの道道路が空いてきた途端に、N先生120km/hでベンツをぶっ飛ばす!!!!!(仰天)
その途中、N先生に私が「Tea-Soba?」(茶蕎麦どうでしたか?)とお尋ねしたら、N先生が日本語で、
「とっても美味しかったで〜す」
と仰った(激爆)
ウィーン国際空港に到着して、大急ぎで搭乗手続きを行ない、N先生としっかり握手して御礼を申し上げて、お別れした。

成田行きのフライト中は、色々と覚悟しなければならない事が多く、非常に考え込んでいた。
去年のウィーン帰国時は、ワーグナーを歌えない事で泣きながら帰国となってしまったが、今年は違う。
私には考えられない程の大きな課題が、来年以降続いて行く予定である。
これらにどのように向かって勉強して成長して行かなければならないのか、真面目に考えなければいけない。
恐らく、困難や苦難の方が多い事だろうと思う。
自分自身、まだまだ迷っている事の方が、多い。
それでも、私が声楽の勉強を続けて行く事には、何ら変わりは無い。
ウィーン滞在中7日間、1日も休日が無かったので少し疲れた。
私には、安息日は頂けなかったようである(笑)
でも、充実し過ぎる位のウィーンでのレッスンだった事は、嬉しい。初体験も、いっぱいあったし(爆)

帰国したら、また連続夜勤。
早く、お寿司が食べたい。

シューベルト・ミニコンサート、ウィーンのレッスン6日目vol.2

昼食後、M先生とピアニストEさんと3人でゆっくり歩いて、B先生のオフィスへ向かった。B先生のレッスンは今日が最終日。そして、本日のレッスンはシューベルト歌曲6曲のミニ・コンサート。御客様は、M先生御一人様。
それにしても、どんな下手なリサイタルよりも緊張するわあぁ〜\(゜ロ\)(/ロ゜)/

B先生のオフィスに到着。
早速レッスン準備、とゆ〜かシューベルトのミニ・コンサートの準備に取り掛かる。
B先生が6曲の曲順をその場で決められた。
1.Dem Unendlichen 2.Teahkla 3.An den Mond 4.Fischerweise 5.Du bist die Ruh 6.Wiegenlied
の順番となった・・・・・・・・・・(大汗)
あっのおぉ〜〜〜〜〜・・・・・B先生、1曲目からいきなり「Dem Unendlichen」でせうか?????

まずは、B先生がピアノの前に座られた。楽譜は見てOKだったが、一切中断無しでノンストップで歌った。
やはり、普通のレッスンとは大いに違う。聴いていらっしゃるのがM先生という事もある。滅茶苦茶緊張したせいか、1曲目「Dem Unndlichen」のレチタティーヴォは声が多少出無かった、とゆ〜か、震えた。それでもこの曲の後半のアリア部分からは持ち直して、後はそのままレッスンを受けた事をなるべく出すようにと集中して歌う事が出来た。が、やはりB先生のレッスンで何度も指摘・修正を受けたウムラウトの発音や、フレーズを大きく切らさない事など幾つか出来なかった事、発声の強弱や装飾音符の軽やかさと下腹部〜下腿の支えによるロングブレスのなどの幾つか出来た事が、非常に明白になった。一番レッスン通りに歌えていたのは「Du bist die Ruh」一番成長が見えた(聴こえた)のは「Fischerweise」だと自分でも実感出来た。これは非常に大きな収穫だった。恐らく、今日ここで歌った6曲は、日本に帰国しての演奏会でもすぐ本番に上げる事が出来るだろう。

M先生は、目を閉じて静かに聴かれていた。

一通りB先生のピアノ伴走で歌った後は、ピアニストのEさんの伴奏で今度は修正レッスン。毎度御馴染み、B先生が私の正面にがっつり張り付いて50cmの至近距離で立ちはだかる(爆死)
でも、何故か「Dem Unendlichen」だけはB先生が伴奏されて、ピアニストのEさんには伴奏させてくれない!!!!!折角二人でピアノ合わせしたのにいいいいいぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜・・・・・(涙)
この6曲を繰り返し2クール目の演奏。もう指摘される事は決まっている。ウムラウトの発音、ロングフレーズをレガートに。これはもう、今すぐ修正出来て日本に帰国するという類の問題では無い事は千も承知。日本に帰国してからも、いや、ドイツ・リートを歌って行く以上は一生涯かけて取り組まなければならない問題である事は既に明白。逆に、B先生から繰り返し繰り返し指摘・修正されれば、一生決して忘れる事は無いだろうから。
最後「Du bist die Ruh」「Wiegenlied」の2曲は、ピアニストEさんも渾身の伴奏。私は、ピアニストEさんに向かってこの2曲を歌った。この6日間、いや、明日も日本に帰国直前までN先生のレッスンはあってEさんも最後の伴奏に来て下さるのだけれど、それでもこの1週間の間、こんな日本のワケ分からないアマチュアのオバサンのソプラノの伴奏をウィーンで引き受けて下さった事への、私の精一杯の感謝の気持ちで、ピアノの前に座っているEさんに向かってEさんの為に、歌った。

シューベルト歌曲6曲×2回。フツーのリサイタル並の全身の体力・精神力を使い果たした。汗だくでフラフラだった。立っているのがやっとだった。B先生から、
「本当に良く勉強して来た。これからも、このまま更に続けて勉強するように。あなたは本当に真面目な人だ」
と、一言御褒めの言葉を頂いた(滝涙)

ここで、最後にB先生に超マイナーなシューベルト歌曲「Teahkla」について質問をさせて頂く事が出来た。兎に角この曲の解説本は日本では見つからなかった。どんな文献を探せば良いのか、またシラーの詩集ならば日本語訳のものもあるだろうが、確実に自分自身のレパートリーにしたい曲だから少しでも勉強のヒントが欲しい。他人が歌わない曲、名歌手すら中々歌わない曲であるならば、尚更の事である。B先生から、
「ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウがシューベルト歌曲の解説書にこの曲の事を書いている。それを読めば、どのシラーの詩集を読むべきかも解るはずだ」
と教えて下さった。日本に帰国したら、神田の古本屋からネットまで大捜索開始だ!!!!!


ここで、B先生とM先生が、来年の私の事についてある御相談をされた(と後日伺った)らしい。
このブログでは、この件は、パス。

B先生と握手して、また来年もレッスンに御伺いする事を御約束して、B先生のオフィスを御邪魔した。
オフィスから出てすぐに、私は足腰が立たなくなってしまい、廊下でよろけて躓いて転んでしまった。流石に1時間で6曲×2回、計12曲歌って疲労困憊どころの騒ぎでは無かった。少し、ロビーのソファで座って休む事になった。
M先生が、
「あなたって、本当にこんなにも歌が好きなんだなあって、思った」
と涙ながらに語って下さった。そんなに涙ながらに喜んで頂けるような歌唱では決して無かったのだけれども。
取り敢えずは、ちゃんと頑張ってレッスンを受けられたのかな、と自分ではホッとした。
充実感としては、もう最高♪


この後、夕方からM先生とピアニストのEさんと私と3人で、アウグスティーナ・ケラーで夜のホイリゲ弾けて飲み会開催となった。
これは、また後日。

無事、ウィーンでのB先生のレッスン終了と相成りました♪


私のレパートリー、ウィーンのレッスン6日目vol.1

ここの所、来月のシューマン・リサイタルの準備と、今月から新しい先生にレッスンを受け始めたので、余りにも忙し過ぎてブログを書くヒマが無かった。


午前中からN先生のレッスン。ウィーン到着して1日目のレッスン以来M先生もおいでになった。
発声練習はM先生が行なわれた。
比較的低音域の発声から。発声の始めはどうしても体に力が入ってしまう事、高音域になればなる程口を縦に開ける事、ブレスの量をなるべく少なくして軟口蓋が開くように声をコンパクトに纏める事(M先生曰く、エコで!)、音符が動いても一つのポジションと一つの声で歌う事、レガートに音符と音符が繋がって聴こえるように繰り返し修正された。M先生は、
「発声は美しい声を出す必要は無いんだから、難しい事は考えなくていいから。アナタ、真面目だから(笑)」
と仰られた(苦笑)


本日のレッスンはM先生もいらっしゃるので、ブラームス歌曲。約1ヶ月半前にM先生からブラームス歌曲を課題に頂いて、殆どが付け焼刃状態。この6曲、どこまで歌えるか・・・・・・・・・・(不安)
まず「Wie Melodien」から。選択した理由は、ジェシー・ノーマンとナタリー・シュトゥッツマンが非常に美しく歌っている録音がウチにあったから。
ドイツ語のウムラウトと子音の発音を幾つか修正された。フレーズを大きくレガートに取る事、これも毎回ウィーンの先生方に修正されている事の一つなのだけれど、私自身が考えて歌っている以上にもっともっとレガートに歌うよう心掛けて行かないと、自分では大袈裟に感じるくらいにレガートに歌う事が必要である、という事を指摘された。ロマン派の音楽は、この大袈裟なまでの荘大なフレージングの緩やかな流れるようなレガートが非常に重要であり必要なのだと感じる事が多くなった。
高音域をもっともっと楽に発声するために下腹部〜下腿の支えをしっかり取る事、欠伸のように後頭部〜頚部を開けるように何度か修正されたが、この曲は悪く無いとN先生から評価を頂いた。

次に「Lerchengesang」この曲は、ヴェッセリーナ・カサロヴァの録音に収録されていた、非常に美しい曲。
この曲はテンポの取り方が非常に難しい。無論、ピアノ伴奏にも慣れていない。ピアノ伴奏について行くのが精一杯。リズムが上手く取れない。
全体的にもっと緩やかにレガートに歌うよう指摘されたが、基本的にこの曲を歌う事はある場面では非常に難しいという事だった。ネイティブなドイツ語を流暢に話せる人が歌うのなら良いが、日本人でドイツ語を話せないきちんとしたドイツ語の発音を身に付けていない日本人が歌うためには、もっとしっかりとしたドイツ語の勉強が必要であり、日本人の私達がドイツ・リートを歌うための利点が見つけられるような選曲を行なうように、という事を指摘された。この曲は、引っ込める事にした。

「マゲローネのロマンス」からの1曲「Wie schnell verschwindet」
これは曲を出した時点で、N先生からもM先生からも、止められた。理由は「マゲローネのロマンス」は男声用の曲だから、という事。それでも私が「この曲はマゲローネの曲なので女声で歌われる事もあるという記述があった」とお話ししたのだが、N先生もM先生も首を縦に振られなかった。この曲も「Lerchengesang」とまた違った意味である場面で歌われる事は非常に厳しい、難しい選択であるから、女声用の曲を勉強するようにと指摘された。この曲は、結局1フレーズも歌わずに引っ込めた。

「Meine liebe ist grun」この曲は、大分以前に演奏会本番にも乗せていた曲。但し、もう7年も前の事なのでピアノ伴奏について行く事が非常に難しかった。勘が随分鈍っていた。どうしてもピアノ伴奏を聴きながら、気にしながら歌ってしまう。一度歌い終わってからN先生から、
「あなたの中で、この曲がまだ纏まっていないのではないか?」
と質問されてしまった。7年前とは言え一度は演奏会本番に暗譜で乗せている曲。曲の理解は出来ているのだけれど、如何せんピアノ伴奏に神経を向けてしまう。この曲の伴奏は非常に複雑である。勿論、ピアニストのEさんは非常に難しい曲でもきっちり合わせて下さるので心配いらないのだろうが、私自身がブラームスの歌曲をもう既に2曲、今後早急に勉強して行く目途がつかなくなってしまった事に対する焦り、みたいなものも若干あったのかもしれない。N先生とM先生に、「色々な事を気にしながら歌ってしまいました」とお話ししたら、ピアニストのEさんが、
「歌曲ですから、もっと自由に歌っていいですよ」
と、アドバイス頂いた(超苦笑)伴奏やテンポなどは気にせずに歌うように、と。このEさん、本っ当〜に25歳なのかあああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜・・・・・(自爆)とゆ〜事で、今度は自分が7年前に歌ったように、自由にフレーズを大きめに取りながら少し早めのテンポで歌ってみた。最初に比べて非常に自由に(笑)伸び伸び歌う事が出来たので、M先生とピアニストのEさんからは、
「悪く無い。合ってると思う」
との事だった。少しホッとした。多少、勘が取り戻せた。但し、N先生から、
「最初の出だし4小節をノンブレスで歌う事が出来ないのなら、この曲は歌わない方がいい」
との指摘を受けた。でも、考えてみたら、7年前の本番はちゃんとノンブレスで歌っていたのだ。今は本当に色々と気にしながら考えながら歌っている状態なので、勿論この曲を再度きちんと歌い込んでいけば、ちゃんとノンブレスで歌える。これでも、ブレスの長さだけは(爆死)私の長所の一つである。(Byミルヒー先生)
M先生からも、
「あなたなら大丈夫でしょう」
と一言頂けた。とゆ〜事で、この曲は今後も継続して取り組んで行く事になった。

時間が余り無かったが、最後に「Madchenlied」をざっと通して歌った。
この私の歌を聴いたN先生が一言、
「あなたはこの曲を勉強するべきだ。これは、あなたの曲だ」
と、言われた!!!!!ビックリ仰天!!!!!去年のパミーナをレパートリーにするべきだとN先生に指摘された時とまるで同じ!!!!!
去年のパミーナに引き続き、今年もまた同じような事が起こった。この去年と今年の「あなたの曲」事件が続いて思わず直感した事がある。私が生きて歌っている限り私自身が絶対に歌わなければならない、勉強しなければならない曲が必ず存在するのだ、という事。去年はモーツァルト、今年はブラームス。これが本当の真の意味での「レパートリー」なのだという事である。しかも、このブラームス「Madchenlied」は、私がどの先生にも指摘を受ける事無く、自分で録音を購入して、自分で聴いて探し当てて、譜読みしてウィーンに持って来た曲である。ちゃんと、N先生が私の声から考える私自身のレパートリーを、私が自分自身の力だけで探して見つけてこのウィーンのレッスンに持って来る事が出来た事を、大変光栄に想う。そして、これ以上歌い手として、嬉しい事は無い。
自分自身が、声楽に於いてきちんと適切な道や方向に進んでいれば、ちゃんと自分自身が歌うべき曲、レパートリーに出逢う事が出来るんだ、と確信した。


今日のレッスンはここまで。明日は、ブラームスのフォルクス・リート1曲と、またこの「Madchenlied」を時間を掛けてレッスンする事になった。
M先生お手製のお昼ご飯を頂いて、すぐに今度はコンチェルト・ハウスのB先生のレッスンへGo!!!
本日、シューベルトのミニコンサート予定(爆死)

一番嬉しかった、ウィーンのレッスン5日目vol.2

N先生のレッスン後、私の滞在するアパートでピアニストEさんに、たぬき蕎麦を作って食べて頂いて、それからちょっとしたハプニングがあったのだけれど、何とかB先生のレッスンに間に合った。

昨日の日曜日1日開いてのB先生のレッスン。まず、先週のおさらい「Du bist die Ruh」から。指摘・修正される事はもう決まっている。ウムラウトの発音。それと、所々下腹部から下の支えを発声で指摘されたが、これは一度通してB先生からOKが出た。
次に「Fischerweise」この曲は、初日のレッスンでボロボロだったのでこの曲もB先生のレッスンの度に歌っているが、苦手な曲なりにもようやく慣れて来たという所か。この曲も指摘・修正される事はもう決まっている。中低音域できちんと下腹部から下の支えで発声する事、自由な漁師なので伸び伸び歌う事、ウムラウトの発音と幾つかのドイツ語を丁寧に発音する事。それでもB先生から「大分良くなった」と言って頂けた。それでもこの「Fischerweise」に関してはまだまだ私に苦手意識があるので、もっともっと勉強・練習を継続してきちんと演奏会本番に乗せられるレベルになりたいという意識を強く持っている。こういう曲を丁寧に表現力豊かにきちんとしたドイツ語で歌う事が出来るようになる事が、シューベルト歌曲の勉強では非常に基礎的な重要な勉強だと、私は考えている。

次に、一昨日からの続き「Dem Unendlichen」をレッスンするとの事。今日は先にてっきり新曲だと思っていたのだが。昨日のピアニストEさんとの合わせ練習で、この曲のレチタティーヴォのリズムとテンポの合わせを行なったので、ピアニストEさんが伴奏をされるのかと思いきや、B先生がピアノの前に座られる。他の曲は、ピアニストEさんにも弾いて頂いているのだが。
レチタティーヴォの細かいテンポのチェックから。ドイツ語の歌詞でも重要な言葉は相当にマルカートに歌われるように指摘された。ちなみに、これはシューベルトの楽譜にマルカートの指示は無い。いつも通り御約束にウムラウトと幾つかのドイツ語の発音を修正されながら2〜3度通して歌って、B先生からOKが出た。でも、折角昨日ピアニストEさんと伴奏合わせをしたのに、B先生の伴奏で歌ってこの曲は本日終了。

B先生から、
「他にレッスンしていない曲はあるか?」
と尋ねられたので、去年のウィーンでの初めてのレッスン前におこなった初リサイタルで歌った、ゲーテ詩の「An den Mond」をレッスン曲に出した。本当は「Die Forelle」にしようかとも考えたのだが、止めた(苦笑)このゲーテ詩の「An den Mond」は、ドイツ語の詩の朗読CDを購入した中にも入っていたので、去年のドイツリート&ドイツオペラのリサイタル前にかなりドイツ語の詩のディクションを気合いを入れて行なった曲でもある。去年のウィーンでのレッスンは正味3日間だけだったのでB先生のレッスン曲からは漏れたのだけれど、この曲が何故かとても気に入っていた事、シューベルトのこのような小さな有節歌曲をきっちりと表現力豊かに歌えるようになる事が非常に大切な勉強だと私が強く考えているので(FischerweiseやWiegenliedなども含めて)この曲を是非B先生のレッスンを受けたかった。
最初一通り通して歌って、御約束のウムラウトの発音を修正された後に、テキストのディクションを行なった。ただこの曲は、流石にドイツ語の詩の朗読CDを聞きながらテキストの朗読の勉強をしただけあって、然程ドイツ語の修正は少なくて済んだ(ウムラウトの発音は別だけど)
その後再度歌のレッスンに戻る。今度はピアニストEさんが伴奏をして、B先生は譜面台斜め45度の位置、約50CMの距離でがっつりレッスン。歌詞を自分が考えている以上にもっともっとはっきり発音して歌う事、音符の動くフレーズや装飾音符のフレーズは柔らかく発声する事、同じドイツ語の歌詞が続く時、そしてこの曲は有節歌曲なので必ずコントラストを明確にして歌う事等々を指摘されたが、これも2〜3度通して歌ってB先生からOKが出た。

明日は、ウィーン滞在のB先生の最後のレッスン。明日はM先生もレッスンにいらっしゃる予定。そこでB先生から、
「明日は今日までやったレッスン曲を全て通して、コンサート形式で歌いましょう。Mさんにコンサートを聴かせるつもりで」
との仰せ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)
マジですか?????(核爆)
大きく不安に駆られる(死)

帰り際、一つどうしても気になる事があったので、ピアニストのEさんにお願いして一つB先生に質問して貰った。それは、今回B先生にレッスンを受けた「Dem Unendlichen」を自分のレパートリーとして日本の演奏会で歌っても良いかどうか、という事。
これは去年B先生にレッスンを受けたシューベルトのバラード「Der Zwerg」と同じ意味合いがある。要するに、殆どドイツ・リート歌手の録音も少ないし、歌っている歌手が揃ってドラマティックな歌手またはワーグナーを歌うようなヘルデン歌手なので、これをウィーンでリリコの私がきちんと自信を持ってレパートリーとして歌う事が出来るかどうかは、B先生の御判断にお任せする事にしている。
去年のウィーンでのレッスン帰国直前に、B先生ともN先生とも、私のレパートリーに関しての御相談をしたが、相当に厳しい御意見が返って来た事に起因する。このウィーンでのレパートリーに関しては、極めてデリケートな問題であると言わなければならない。
ピアニストのEさんがB先生に「このDem Unendlichenをレパートリーとして日本の演奏会で歌っても良いですか?と彼女が聞いています」と質問して貰ったら、B先生から、

「勿論OKだ!とても良く歌えているし、あなたに合っている曲だ!!!」

との返答を戴いた!!!!!!!!!!!
これは、流石に涙が零れ落ちそうになった。
7年間、諦めずに勉強してあたため続けて来て、本当に良かった。
ジェシー・ノーマンのこの曲の録音を初めて聴いた時から、いつかこの曲を自分のレパートリーに出来るように、演奏会本番で歌えるようにと、ひたすら諦めずに自分の気持ちを大切に持ち続けて来た事が今、本当に報われた。これでまた、ジェシー・ノーマンに1歩、いや、半歩近づく事が出来たかもしれないと思えるだけで本当に幸せだった。
谷岡先生、ハリセン先生、ウィーンで私のマネジメントをして下さっているM先生、そして何よりも私のような人間のレッスンを2度も受け入れて下さっているB先生、皆さんのお力によるものだと思う。
私一人だけの努力なんて、本当にちっぽけなものだ。
どんなに褒められる事よりも、このジェシー・ノーマンがレパートリーとする曲と同じ曲を自分自身がレパートリーとして歌う事を、このウィーンで認めて頂く事が出来た事が何よりも嬉しい。
私の歌う事の目標は、ジェシー・ノーマンのような美しい歌唱が出来るようになる事が一番なのだから。
感無量。
今日のB先生のレッスンが終わって御挨拶して帰ろうとした時に、B先生が「Dem Unendlichen」のメロディを鼻歌で歌っていた。ピアニストEさん曰く、
「B先生、この曲相当気に入ってますよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(笑)

帰りに、ピアニストEさんと一緒にウィーンの路面電車に初めて乗って帰った。私はひたすら嬉しい、嬉しいの連発で、時々万歳しながら道を歩いていた(苦笑)
ピアニストEさんも、
「Dem Unendlichenはあなたに合っている曲だと思う。気持ちが前に向いてちゃんと歌えている。私もこの曲の伴奏をしてみたい」
と言って下さった。明日は、ピアニストのEさんの伴奏でこの曲を歌ってみたいなあぁ、と思いながら帰宅した。

今日は、ウィーン国立歌劇場でチャイコフスキー「スペードの女王」を立ち観する事にした。
ドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」は観られなかったが「スペードの女王」のキャストを見たら、ワーグナーも歌うアンゲラ・デノケがリーザ役で出演する!!!
ワーグナー歌手の生の声を聴く事の出来るチャンス!!!これは、非常にラッキーな誤算だった。「スペードの女王」非常に楽しみだ。
オペラの感想は、また後日。

軌道修正、ウィーンのレッスン5日目vol.1

今日は午後1時からN先生のレッスン。シューマン歌曲。今日も通訳のソプラノYさんがレッスンに通訳に来るとの事だったが、もう気にならなくなった。別にYさんに好印象を持ったとかそういう事では無く、自分自身のペースを取り戻した、という事。昨日の夜、ウィーン楽友協会にツィンマン指揮ブラームス交響曲第1番とブラームスピアノ協奏曲第1番のコンサートを観に行った。余りにも素晴らしい美しい演奏会だったので、楽友協会で非常にに大きなパワーとエネルギーを頂いたような感じ。美しい音楽というものは、本当に魂の栄養になるものである。

シューマン歌曲「Requiem」から。N先生から「Requiemとはどういう曲ですか?」と尋ねられた。私は、
「死者の魂を慰めるためのミサ曲です」
とお答えした。N先生から、その通りです、との御答が返ってきた。亡くなった妹の為に歌う曲だ。間違える筈も無い(苦笑)
発声も、大分体全体の力を抜く事が早く出来るようになって来たのか、時々体の力の抜き具合が足りない事と口を縦に下に開く事を指摘はされたが、スムーズに進んだ。
シューマン「Requiem」は、前回のレッスンは相当に酷かったとは言え2回目のレッスンである事と、昨日ピアノ合わせとテキストのディクションを行なった事で、レッスンでの歌唱の流れとしては悪く無かった。相変わらずウムラウトの発音と、フレージングをもっともっと大きく取る事と、曲の中間部分の速度をもっともっと前に進める事を指摘されたけれど、あっさり終了(誤爆)N先生、ちょっとあっさり進み過ぎでないですか???と疑問に思うくらいにすぐレッスンが終わってしまった。

次の曲は、N先生的には私の12月のシューマン・リサイタルの曲順通りにレッスンするおつもりの様子だったけれど、私とピアニストEさんの強い希望(爆)で、シューマン「Widmung」のレッスンを見て頂いた。でもこの「Widmung」も指摘された事は意外と少なかった。中間部の曲調がレガートに変化するメロディでは、いきなりテンポをゆっくりにするのでは無く飽くまでもインテンポで歌う事を強調された。多くの有名歌手がこのフレーズを相当なLangsamで歌っているのだが、N先生の指摘は大きく違うものだった。
「ピアノ伴奏で、きちんと音楽がレガートに聴こえるような曲の造りになっているのに、わざわざテンポをゆっくりにする必要性が無い。音楽はゆったりと聴こえるように既にシューマンが造り上げているのだから、そこはインテンポで歌われるべきだ」
とのN先生の御指摘。確かに、仰る通り。楽譜に書いていない事をわざわざ歌手のモノマネをしてまでやる必要性は無い。クラシック音楽という再現芸術は本来そのように在るべきなのだろうと改めて実感させられた。
フレージングを長めに取る事は必用だが、ブレスはしっかりきちんと取るようにブレス箇所を増やしブレスの位置の確認を行う。インテンポできっちりと歌う代わりに、楽譜にritの指示があるフレーズは、充分にたっぷりとritを行なうようにとの御指摘。その他はドイツ語の発音を若干修正されて、この曲も終了。余りに早すぎないか???名曲だよ????と、些か不審に思う(爆)

今度はN先生の御希望で「女の愛と生涯」から「Er der Herrlichste von allen」をレッスンする事になった。もう、この曲はリサイタルの最後に歌う予定で、昨日もピアニストEさんとピアノ合わせ練習してないんだけど・・・(汗)あっちゃ〜・・・。
この曲は、まずN先生から「どのようなテンポで歌いますか?」と尋ねられた。谷岡先生とのレッスンで、ジェシー・ノーマンのように少しゆったりめのテンポで歌った時に、
「この曲だけならいいんだけれど、女の愛と生涯という全曲を考えたら、今のテンポは少しゆっくり過ぎる」
と指摘された事があるので、谷岡先生のレッスンでは慣れないながらも務めて早めのテンポで歌うようにしていたので、N先生にも、
「私は少しゆったりめのテンポで歌っていたんですけど、この女の愛と生涯という曲全体から考えると、私の歌うテンポでは少し遅すぎて他の曲がもっともっと緩やかなテンポで歌わなければならなくなるという事だったので、少し早めのテンポで歌うように心掛けています」
とお答えした。それに対してN先生も同じ御意見だったので、早速歌唱に入る。自分にしては少し早めのテンポで歌う。
音符が動くフレーズもきちんとインテンポで歌う事、楽譜にritと書かれている箇所以外は全てインテンポで歌う事、幾つかドイツ語の発音を修正された。
しかし、この曲で最もN先生から一番に指摘された事は、
「もっと気持ちを前に、ドキドキしながら、恋をしているそのもので歌って下さい。あなたの歌い方では、普通過ぎる!!!」
と仰りながら、N先生ご自身で歌詞を読み始めた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)
「Er! der Herrlichste von allen! wie so milde! wie so gut!!! Holde Lippen! klares Auge! heller Sinn! und fester Mut!!!」
と・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ア然)N先生、若過ぎ(爆死)私はN先生を見て大爆笑だったのだけれど、「20年位前の事を思い出して頑張って歌ってみます・・・」とだけお答えした。するとN先生が、
「僕もほんの少し前の事だけど、ちゃんと思い出しながら歌っているよ♪」
との事(無言)これも、もう一度一通り通して歌って、N先生からまずまずのOKが出た。マジですか???これ、すんげえ難曲ですよ???と思いつつ、次の曲へ。
しかし、ピアニストEさん、この「女の愛と生涯」は一度全曲通して伴奏を弾いているとの事で、ブレスの位置からritのタイミングから何から何まで、私が何もお願いしなくても、完璧。本当に25歳とは、思えない。

次は、予定通り昨日ピアニストEさんと合わせた「Nussbaum」取り敢えず一通り通して歌って、N先生から「もっと自然に穏やかに。ピアノと歌がデュエットで歌うように。少し歌に力が入ってしまっているように思う」と指摘された。歌のメロディは穏やかで繰り返しが多いけれど、ピアノ伴奏はとても動きがある。歌詞のためか歌のリズムが多少不規則なためもっと正確にリズムを取るように指摘された。ウムラウトの発声はもう、どの曲でも繰り返し修正、これは仕方が無い。兎に角、ritと書かれている箇所以外はきっちりとインテンポで歌う事を何度も指摘される。これがシューマンの音楽の御約束という事なのだろうか。この曲で一つとても重要な事をN先生から御指摘頂いた。3ページ目最後の方の歌詞、
「flustem von Braut'gam und nachstem Jahr というのはどういう意味だと思いますか?」
と尋ねられた。私は素直に歌詞の和訳通り、来年の事と、花婿からの囁きと・・・と答えた所、N先生から、
「これは、来年赤ちゃんが出来ますよ、という意味です」
と教えて頂いた。これにはかなり驚いた。しかし、私が購入したディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウ著「シューマンの歌曲をたどって」にも確かに、この曲「Nussbaum」は、ロベルト・シューマンがクララとの結婚をクララの父ヴィークとの裁判で争っている間に書かれた曲で演奏旅行中のクララに宛てた書簡に一緒に添えられて「そっと、きみ自身のように素直に、歌ってみてください」とクララへの手紙に書かれていた、という記述があったので、私が、
「つまり、この曲はクララとの結婚前に既に作曲されていた曲なので、ロベルトがクララに、来年自分達が結婚して赤ちゃんが生まれる、という事をクララに伝えたという事ですか?」
質問したら、N先生から、そういう事です、と答えられた。この時代は結婚したら1年後には普通に女性は子供を産んで、家庭を守るのが当たり前の時代だった、だから、この歌詞、このフレーズはとても大切に歌って欲しいとN先生から教えられた。
やはり、こういう事はウィーンでなければ勉強出来なかっただろうなあぁ・・・と実感する。

今日のN先生のレッスンは、ここまで。
今日のレッスンは結構難しい曲のレッスンの割に、至極スムーズに進んだ。勿論、まだまだ勉強して改善して修正していかなければならない部分は沢山あるが、今の私の勉強の方向性としては継続して頑張って行くように、という事なのだろうと考えた。
N先生に「シューマン、行けそうでしょうか?」と尋ねたら、「大丈夫でしょう」という事だった。これは、今年のシューマン・リサイタルに大きな弾みになるN先生からの一言だった。何とか、行けそうなシューマン歌曲。

これから、ピアニストEさんとお昼を食べてからすぐにB先生のレッスンに向かう。



ピアニストEさんとのピアノ合わせ、ウィーンのレッスン4日目vol.2

午後はピアニストEさんと、通訳をして下さったソプラノのYさんとのシェアルーム自宅でのピアノ合わせ練習。
地下鉄に乗って行かなければならなかった。去年はウィーンで地下鉄に乗る事は無かったので、今回初めてウィーンで地下鉄に乗る事になった。でも、地下鉄の乗り方はガイドブックにもきちんと掲載されていたし、チケットの購入方法はピアニストのEさんからも少し教えて頂けたので、初めての券売機でチケットの購入に少し手間取ったけれど、地下鉄の乗り換えはスムーズに行く事が出来た。
ウィーンの地下鉄は、日本の地下鉄に比べて物凄くスムーズ。1.8ユーロでウィーン市内なら乗り放題だし、改札口も日本の地下鉄のように矢鱈と多く無いし、営団線や都営線などという区別も無い。ホームからホームへは改札無しで通過出来るので、基本的に乗り換え駅さえ間違えなければ、とても便利である。

途中、ウィーン西駅のパン屋さんで、ピアニストEさんと通訳のソプラノYさんに、チョコバナナケーキをお土産に買って、ピアニストEさんのお宅に向かった。

ピアニストEさんと、通訳のソプラノYさんのお宅に着いた。二人ともお土産をとても喜んでくれた。
通訳のソプラノYさんが、「N先生から、明日のレッスンで歌う予定のシューマン歌曲のテキストを一緒に読み合わせしてはどうか?と提案されたので、ピアノ合わせが終わったらテキストの読み合わせをしませんか?」と聞かれたので、お願いした。N先生の門下という事もあり、割と熱心にドイツ語に関しては協力してくれているので、余り私自身が神経質にならないように気を付けなければならないな、とも考えた。何しろ、私よりも17歳程も年下だし全く知らない人だったし、連日の苛酷なレッスンスケジュールと焦りから、少し自分も大人げ無かったように考えた。まあ、職場の新人みたいなカンジに考えていれば然程ストレスにもならないかも知れない。

早速ピアノ合わせ開始。シューマン歌曲3曲「Requiem」「Nussbaum」「Widmung」の3曲と、レッスンをうけられるかどうかは解らないけれど一応可能性も考えて、モーツァルト歌劇「ドン・ジョバンニ」のドンナ・エルヴィーラ登場のアリア「Ah! chimi dice mai」を合わせて見る事になった。
それと、B先生のレッスンでのシューベルト「Dem Unendlichen」のレチタテーヴォのテンポ・リズム調整の確認作業を行う事になった。B先生のレッスンではピアニストEさんはまだ「Dem Unendlichen」の伴奏は行なっていない。明日のB先生のレッスンで弾くかもしれないから。

主に、ブレスの位置の確認、曲のテンポと、フレーズの歌い出しで合わせ辛い箇所を相談しながら練習を行った。私は楽典やソルフェージュを勉強していない事からテンポやリズム感が悪いと自分でも認識している。伴奏付きで歌う事にも慣れていない曲が多いので、ついついピアノ伴奏を聴きながら歌ってしまう事も非常に多い。この事に関しては、ピアニストEさんにも非常にお手数をかけてしまっているな、と痛感している。
ただ、ピアニストEさんは、私の音楽の作り方というか表現に興味を持って下さっている。それに、今日の午前中のN先生の発声練習で大分発声も改善されて息の流れもスムーズになって来たので、Eさんからも「大分良くなってきてますね」と言って貰えた。兎に角、声の細い太いは余り気にせず、全身の力をなるべく抜く事と、下腹部の支えと、口の縦と下への開きだけに注意して後は余り他の事は気にせず、ピアノ合わせで歌った。
シューマン「Requiem」に関しては、最初私がテンポを進めて音楽を動かして行きたいと考えていた箇所を、N先生から修正されたので、その練習を主に行なった。シューマン「Widmung」は、ritのテンポの確認とブレスの取り方や箇所の確認を主に行なったが、中間部の曲調がレガートに変る部分は珍しく私がロングブレスで歌えるテンポとEさんの伴奏がピッタリ一致(驚)余り問題にならずに楽に歌う事が出来た。これは嬉しかった。シューマン「Nussbaum」は最初遅れないようにテンポを勧めるよう心掛けたが、少し前に走り気味になってしまったので、もう少し落ち着いてゆったりと歌うように修正。
最後、「ドン・ジョバンニ」ドンナエルヴィーラのアリアは、軽くざっと通した。高音域もきちんと発声出来ていたし、アジリダもまずまず声が回っていたので、余り無理しないように軽く済ませた。尤も、ドンナ・エルヴィーラのアリアのレッスンの余裕は無い可能性が大きい。まだブラームス歌曲のレッスンも1曲も行なっていないからだ。
最後に、B先生のレッスン曲シューベルト「Dem Unendlichen」のレチタティーヴォのテンポ、リズムの確認作業だけ行なった。若干、私のリズムが不正確な部分があったので修正して、レチタティーヴォだけを通してピアノ合わせ終了。これでも約1時間はみっちり掛かった。

次に、通訳のソプラノYさんと一緒にお茶を頂きながら、シューマン「Requiem」「Widmung」「Nussbaum」のテキストのディクションを行なった。やはり問題は、ウムラウトの発音に集中した。その他は「ざじずぜぞ」に当たる子音の発音が私は弱いと先生から指摘される事が多かったため、歌い出しの子音の発音の修正を行なった。ただ、この3曲は日本で練習していた時から、比較的歌い込んで来た曲だった事や、「Widmung」に関しては約7年ほど前に一度演奏会本番に乗せている事から、テキストのディクションは比較的スムーズに行った。と言っても、またN先生やB先生のレッスンになったら、ウムラウトの発音に関しては修正の嵐になる事は容易に想像できるのではあるが。

正味1時間半、ピアニストEさんとのピアノ合わせと、通訳のソプラノYさんとのシューマン歌曲のテキストのディクションを終えた。二人にお礼を言って、アパートに戻った。
今日は比較的ストレスも緩和していたので、疲労度は昨日に比べたら随分楽だった。
幾分、初対面の人に慣れる事も必要だと実感、反省した。
看護師の仕事としてならば、プライベートとは比較にならないほど穏やかににこやかに和やかに笑顔で対応するだが、それはサラリーを得てプロフェッショナルとして国家資格で仕事をしている以上至極当然の事である。
案外プライベートでは、その反動作用があるのかも知れない。


今日は、これから、ウィーン楽友協会で、ツィンマン指揮ブラームス交響曲第1番と、ブラームスピアノ協奏曲第1番のコンサートを立ち観の予定。とっても楽しみ。コンサートについては、レッスン記録が終わった後にこのブログに掲載しようと考えている。

少し落ち着いた、ウィーンのレッスン4日目vol.1

昨日の疲れはB先生のレッスンで精神的に多少取り戻した事と、ウィーン国立歌劇場のグルベローヴァのドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」を諦めて休養に徹した事で、大分回復出来た。
でも天気も悪く寒い。喉の調子も余り良く無い。

10時にN先生のオフィスでレッスン。今日はピアニストのEさんはいない。N先生と通訳のソプラノYさんと私の3人で行う。今日は主に発声練習という事だった。
先に私がN先生のオフィスに到着したため、早速発声練習開始。その直後、通訳Yさん登場。

発声練習の主な課題は、全身の力を抜く事。去年から、今年も、何度も何度も同じ事を指摘され続けている。逆に言うと、発声はそれだけ良い状態を保持するのが非常に難しい事であるのだという認識が非常に重要だという事になる。これは以前レッスンを受けていた先生にも言われた事がある。
「発声は、我々にとっても永遠の課題です」
本当にその通りだと、痛感させられるウィーンでのレッスン。
発声は、主に頚部〜下顎〜前胸部の力を抜く事。何度もN先生の指摘・修正されるが中々N先生のオーダー通りに出来ない。日々少しづつ体の余分な力は抜けて来てはいるものの、ウィーンの先生方の要求と理想はアマチュアの私の考えを遥かに上回る。
頚部〜鼻腔の奥〜頬骨と、下肢〜下腹部の支えを意識して口を縦に開ける事。最初の中低音域は口を開き過ぎず、高音域に上がるに連れて口を縦に開けて行く事。声を出そうとするのでは無く、ただ体という楽器が鳴っているのだと考える。息を押すのでは無く頭の後ろ〜上から通すように。
N先生から指摘されている事は通訳のYさんを通して言われている事は頭では理解出来る。同じ事を連日指摘されているのだから。問題はそれをどのように自分の体で体現して行くのかと、という事。慎重に考えながら発声を行っていたが、時々考え込んでしまう事も多くなって来た。

通訳のYさんに関しては、余り気にせず、なるべくジェスチャーも含めてN先生の仰っている事を自分が通訳のYさんよりも先にキャッチしようと努めた。それによってまず自分自身が意欲的にN先生の仰る事を理解しようと努める事によって、他人の介入による精神的ストレスを緩和するという、多少前向きな方向性を選択する事が出来た。ドイツ語そのものの理解よりも、ジェスチャーなども踏まえて私がきちんとN先生の指摘を理解して修正出来れば、それだけ通訳のYさんに依存する割合も減少する。それも、ストレス減少に正比例する。

立ったままの発声である程度声が少し響くようになったが高音域になると声が掠れたり出無かったりする事も出て来た。今日は恐らく2点Aくらいから上の高音域が、出づらい。椅子に座ってリラックスして体の力を抜きながら発声を行うようN先生から提案された。色々とN先生から指摘されるが、中々進まない事も多く、私が英語でN先生に、
「Very difficult」
と一言お伝えすると、一瞬、通訳のYさんがN先生のドイツ語を日本語に訳そうとするのを中断する場面も見られた。自分自身のレッスンなのだ。こうでなくては、ならない。
N先生は、
「誰にとっても大変難しい事ですが、出来るようになれば容易にやれるようになりますから」
と仰った。
私は、何か新しい事を習得する場合、普通の人の3〜4倍は時間がかかると自分自身考えている。だから、他人と同じ事を同じ習得速度でやろうとする場合、必然的に他人の3〜4倍の努力が必要となる。だからウィーンでのレッスンも指摘・修正された事を総てその場でクリア出来るなどとは考えていない。ただ、出来る限りその場でウィーンの先生方の指摘に対応して修正出来るような努力を行うだけの事である。日本でも継続してウィーンで指摘された課題を忘れずに取り組むために、こうしてわざわざウィーンのレッスン記録を行っているのだから。
N先生より、下腹部のポジション、ブレスのタイミング、口の開き方を一度に指摘されながら発声を行っていくという緊張感もあるし、考えると時間も掛かる。N先生から、
「何も考えないで、やってごらんなさい」
と仰られると、却って出来なくなってしまう場面も何度かあった。途中色々とN先生から指摘や質問をされる事も多かったが、私は解らない事、実感出来ない事、理解出来ない事は、必ずはっきりと、
「今の自分には理解出来ません。掴む事が困難です。少しは出来たという実感はあります。確実ではありません。少しだけ掴めたと思う」
など、かなり出来る事出来ない事を正直にはっきりと先生に申し上げる。この事については日本の先生でもウィーンの先生でも、同じ対応をさせて頂いている。知ったかぶりは論外、実際に出来なければ何もならない。それは本末転倒だからだ。
N先生から、椅子に座ったまま、複数の母音の種類で少しづつ音程を上げたり下げたりする発声練習に切り替えられた。異なる母音を交えて発声する時であっても、高音域に移行する場合には必ず口を縦に下に開く事。
ここくらい辺りから、ようやく発声が楽になって来たかな?と思えるようになった。喉の調子も大分回復して来た。良い発声、適切な発声は、声帯にも良い影響を与えるという事か。

最後に、椅子に座ったまま今の体に余分な力の入らない状況で口を縦に下に開ける状態で、モーツァルト「魔笛」のパミーナのアリアの最初のフレーズを歌ってみるように言われた。非常に声が出やすくなった。2点Aや2点Hも別に苦しくも辛くも何ともなかった。N先生からウムラウトの発音だけもう少し口を狭くするように修正された。自分の声がこんなにも少ない力でこれだけ響くものか???と思うような声が流れた。決して細く無く太く無く。N先生も思わず日本語で、
「そうです。その通りです!!!」
と仰っていた。ここで本日の発声練習でN先生からOKが出た。N先生から、
「あなたがこのレッスンで、こんなにも上達してくれた事を、私は大変嬉しく思います」
と仰られた。ああ、こういうふうに発声するものなのか・・・という事を幾分か掴む事が出来たような気がした。問題は、この発声を、パミーナのアリアの他にも、シューベルトやシューマンやブラームスの歌曲で活かされなければならない、という事である。
しかし、N先生からのこの言葉は、非常に嬉しかったが、反面非常に重くもあった。

レッスンが終わり、少しだけN先生の要求に近づける事が出来たためか、少しだけ精神的にも穏やかになっていた。少しだけストレスフルな状態から解放されつつあるかな、と思えた。しかし、ここで終わった訳でも何でも無い。まだレッスンは続くし、日本に帰国してまずシューマンのリサイタルでこのN先生のレッスンで受けた発声を少しでも活かさなければならないからである。
最後に通訳のYさんが随分ニコニコ笑いながら「とっても綺麗な声ですね」と何度も話しかけて来た。
この人、どうしてこんなにもハイテンションなのか?それとも私がローテンション且つナーバスなのか?と考えたけれど、もともとピアニストEさんのように日本にいる時からコミュニケーションを取っていた人では無いのだから仕方が無いかも、と思った。第一私は、もの凄く人見知りが激しい方だ。私が複雑な表情をしていたら、通訳のYさんから「大丈夫ですか?」と聞かれた。私は、
「今まで、日本でも綺麗な声と言われた事は無かったので、かなり不思議に思ったものですから」
と答えた。通訳のYさんは、不思議そうな顔をしていたが、兎に角今日の通訳のお礼を申し上げて帰宅した。午後には、通訳のYさんとシェアルームに住んでいるピアニストYさんとのピアノ合わせがある。また、通訳のYさんとも顔を合わせるが、自分のペースを掴めて来た事もあるし、他人や部外者の介入に精神的に左右されないという忍耐力もある程度培われなければならないので、これはこれで少し慣れて来た。
通訳のYさんも別に悪い人では無く、寧ろN先生に頼まれてわざわざ見知らぬ日本人オバサンのアマチュアのレッスンの通訳に来てくださっているので、感謝しなければならないのが筋だろうとも考えた。
ただ、私自身、自分のレッスンに部外者を介入させる事に非常に慣れていない事と、人見知りの強さが災いしたのだろうと、反省もした。


昨日のウィーン国立歌劇場のドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」のグルベローヴァを観に行く事が出来なかった事が、残念でならなかった。

久々のミルヒー先生のレッスン

今日は久し振りにミルヒー先生のイタリア・オペラのレッスン。
最近、ウィーンのレッスンのためにずっとドイツ・リート漬けの生活だった。
今年の7月くらいからの猛烈な酷暑で体力消耗、喘息発作が増え、8月は休日の3分の1は自己練習も出来なかった。9月は急に寒くなり、連続夜勤の蓄積疲労も重なり鼻水バリバリの鼻風邪をひきっぱなし。連続黄色のベンザブロックのお世話になっていた。
3ヶ月程レッスンを受けていなかった。これではイタリア系の発声を忘れてしまうし、曲も全然進まない!それでなくとも、12月のシューマン・リサイタルまではまだまだドイツ・リート漬けの日々になってしまう。
そこで先日急遽、意を決してミルヒー先生に御連絡して久し振りのレッスンをお願いしたら、快く承諾して下さった。こんなにも期間が開いてしまってもちゃんとレッスンをして下さる。本当に有難い。

ここの所イタリア・オペラで自己練習していた曲は、モーツァルト歌劇「Cosi Fan Tutti」フィオルデリージのアリア「Come scoglio」と、ヴェルディ歌劇「La Travita」ヴィオレッタのアリア「E strano〜Sempre libera」の2曲。6月に千葉のヤンクミ一座でのヘンデル歌劇「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラのアリア5曲の演奏会以来は、この2曲に集中している。でも、どちらもレチタティーヴォも合わせて非常に大曲だし、高度な歌唱テクニックを要する曲であり、中々練習も進まなかった。
まず、ミルヒー先生の場合、どんなに高度なアジリダでも3点C以上の高音域でも、私がちょっとでも軽く抜いて発声しようものならすぐにNGが出る。ミルヒー先生のレッスン通り、非常に全身を使った深くて力強い発声で高度なアジリダも超高音域も全て歌われなければならない。この練習に非常に体力・集中力・忍耐力を要する。要するにフィオルデリージもヴィオレッタも、ヴェルディ「運命の力」のレオノーラのアリア「Pace, pace mio Dio」並みの発声で歌われなければならないのである。

本日のレッスン。発声練習は何とかOK。
早速フィオルデリージのアリアから。
レチタティーヴォはOKだった。但し、このアリアに入った最初の部分からいきなりオクターブ跳躍が続く。その音符の飛躍する箇所の低音の処理、これに指摘・修正が集中した。流石にモーツァルトが嫌いなソプラノ歌手のために作ったアリアと逸話が残っている、非常に難易度の高いアリア。特に真ん中のC以下の低音域の発声は体や頭部のポジションが下がり易く、これを何度も修正された。
それと、中高音域もミルヒー先生曰く「ちょっと声の響きが纏まっていない」という事で、ミルヒー先生曰くの所謂スピントな発声に何度も修正される。もっと下顎を下げて前胸部を広げて上げて、体幹を伸ばして、息の流れを下から後ろへ。それを何度も繰り返しレッスンした。
この曲のアジリダの部分は修正無しでクリア。やはり極端な音符の跳躍が難関。
それでもこのアリアは大分以前のレッスンよりもかなり良くなっているとの事。少しホッとした。

2曲目のヴィオレッタのアリア。
全体を通して、大分コロラトゥーラやレジェロの声真似では無く、私自身の深くて強い発声で歌う事に慣れて来たと言って貰えた。アジリダはまだまだ慣れていないけれど、3点C以上の超高音域もきちんと発声出来ているし、これもかなり良くなって来た、悪く無いとの事。但し、やはりもっともっと深くて重い声が出せるはず、とミルヒー先生はレッスンの力を緩める事は無い(笑)フィオルデリージのアリアと同じ指摘、下顎をもっともっと下げて、前胸部を上げて体幹を伸ばしてブレスを思いっきり地面の下から取って後ろから頭の上に響かせて深くて強い声を要求される。
そしてやはり、低音の処理を何度も修正された。どうしても5線の下の音域は体全体のポジションが下がってしまう傾向にある。今後の大きな課題の一つである。
それでも、クレオパトラのアリアを何度か歌ってから、ヴィオレッタを軽やかな俗に言う綺麗な声で歌おうとは思わなくなったので、アリア全体の流れと発声の作りとしてはこの曲も私自身の歌唱になって来た。


1時間みっちりこの2曲をレッスンして結構ヘトヘトだったが、ミルヒー先生からレッスン後に、フィオルデリージのアリアは今後小さな演奏会でいいから一度本番に上げてみるように勧めて頂けた!!!!!これはとっても嬉しかった♪

そして、来年の末辺りにはイタリア歌曲とイタリア・オペラでリサイタルを行いたい事をお話ししたら、ミルヒー先生からも是非頑張ってやってみましょう!という話になった。
問題は、選曲。
私は、今までミルヒー先生にレッスンを受けて来たベッリーニ歌曲を数曲と、今までに歌っていないヴェルディのオペラアリア、特に「Il Trovatore」のレオノーラのアリアや、「Don Carlo」のエリザベッタのアリアなど。そしてプッチーニのオペラアリアも新しく勉強して歌いたい事、以前からミルヒー先生から勉強の御許可は頂いていたのだけれど、「トゥーランドット」のリューでは無くトゥーランドット姫のアリア「In questa Reggia」を先に勉強しておきたい事、そして「蝶々夫人」の蝶々さん登場のアリアなどを考えている事をお話しした。
ミルヒー先生からは、
「あなたは、椿姫よりはトロヴァトーレだわね」
との事で、その方向性でヴェルディは進めて行く事になった。その他にも歌曲はベッリーニもいいけど、ヴェルディの歌曲の勉強を新しく勧めて頂いた。今後はヴェルディ歌曲の勉強も始める事になった。
私としてはヴェルディ「マクベス」のレディ・マクベスのアリアも念頭に置いているが、これはまだミルヒー先生にお話ししていない。まだ勉強に取り掛かった事が無いので、いずれレオノーラやエリザべッタと比較検討して頂く機会があればレッスンに持って行こうと考えている。
そしてプッチーニのオペラアリアについては、ミルヒー先生からも是非トゥーランドット姫のアリアの勉強をするように勧められた。
但し、私が、トゥーランドットのリューやボエームのミミなどはミルヒー先生のレパートリーなので、一度来年のリサイタルでヴェルディとプッチーニの勉強をして演奏会本番を行った後でゆっくり時間を少しかけてリューやミミの勉強をしたい、とお話ししたら、ミルヒー先生からトンでも無い言葉が発せられた。

「ミミは、別に今歌わなくていいんじゃない?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
これにはビックリ仰天。
しかも、リューの勉強に関してもミルヒー先生は首を縦に振らなかった。

ミルヒー先生は、御自身で「自分はリリコ・ソプラノ」と仰っている。
ミルヒー先生は、私をスピント・ソプラノと御判断されている。
そのためだろうか?????
それにしても、非常に意外だった。ミルヒー先生、一体どんだけ私をスピントに育てるおつもりなのか・・・・・。
まあ、でも私はミルヒー先生が私を育てたいと考えていらっしゃる方向性で成長したいと考えている。
もし私が声帯を壊すのだとしたら、それは私の発声方法が悪い、という事だと考えている。
現実、一昨年の演奏会で、ヴェルディ「椿姫」の「Addio, del passato」と、「オテロ」の「Ave Maria」と、「運命の力」の「Pace, pace mio Dio」を含む5曲演奏会に乗せた事があったが、声帯には何の問題も無かった。
ミルヒー先生は、レオノーラもエリザべッタも蝶々さんもトゥーランドット姫も、私に歌う事が可能だとお考えなのであれば、それは非常に光栄な事だし嬉しい以上の言葉は無い。
実際に、今日のレッスンでも何度も、
「あなたはもっともっと深くて強い大きな声が出るはず!!!」
と指摘された。流石、ミルヒー先生とお呼びしているだけの事がある。一切妥協ナシ(笑)


さあ、これからが面白くなって来た。
途中の紆余曲折や修正はあるかも知れないが、イタリア歌曲&イタリア・オペラは今後この方向性で頑張って勉強して行きたいと、意欲満々(笑)


今日のレッスンの疲れが出たのか、寝過ごして「相棒」を見逃してしまった・・・・・(爆)

立て直し、ウィーンのレッスン3日目vol.2

すぐにB先生のオフィスへ、ピアニストEさんと二人で向かった。私は非常にストレスが蓄積していたので余り喋らなかった。第一、ピアニストEさんのルームメイトの事をあれこれ私が言っても始まらない。Eさんには責任の無い事だし、Eさんは精一杯ピアノ伴奏をしてくれている。

B先生のオフィスに到着。早速レッスン開始。
まずは、昨日レッスンを受けたシューベルト歌曲「Du bist die Ruh」のおさらいから。
B先生のレッスンは、B先生と私とピアニストのEさんの3人だけなので、本当に何も気に病む事も無く何の気兼ねも無く歌う事が出来る。さっきのN先生のレッスンでのストレスMAX状態の反動か、非常に調子がいい(激爆)声も響くし前向きに歌える。本当に心からリラックスして歌う事が出来た。多少のストレスはあって当然だし、全くストレスの無い人間はいないが、ストレスフルというのは非常に宜しく無い状態なのだな、と実感。
「Du bist die Ruh」も、ウムラウトの修正は当然の如く指摘されたけれども、曲そのものとしては、昨日B先生からレッスンを受けた事はかなり実行出来ていたと思う。そのため、この「Du bist die Ruh」のおさらいは、一通り通して終了。でも、恐らく来週の月曜日のレッスンでも繰り返しレッスンして歌う事になりそうだ。B先生はどうやら私がこの曲を歌う事に感心を示して下さっている御様子。私としても、この曲を中声用で勉強して来た事で音域的にも非常に歌う事が楽だし、B先生のレッスン通りに歌うなら、いつでも日本の演奏会に乗せられそうだと感じた。
この曲は、ピアニストEさんの伴奏。相変わらず、B先生は譜面台の真正面約50cmの近距離でがっつり構えている・・・・・(滝汗)

本日の1曲目はシューベルト歌曲「Thekla」から。
昨日B先生のレッスン終了後に本日のレッスン曲を尋ねられた時に2曲「Thekla」「Dem unendlichen」の2曲の楽譜をお見せした時にB先生からニヤリと笑って「Ja!ja!ja!ja!ja!」と歓声にも似た声が挙がった(苦笑)これは、B先生がかなり驚いている、若しくは、臨戦態勢(超苦笑)しかも、全く目だけは笑っていない笑顔で、「簡単な曲では無いね」と一言。
今日もこの「Thekla」のレッスンを開始する前にB先生から、
「どこでこの曲を見つけたのか?」
と質問された。キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ^^;
やっぱり、絶対にB先生から聞かれると思っていた。こんな余りにも超マイナーな曲、私が考えただけでも恐らくオーストリア人でも、ドイツリート専門歌手でもそうそう歌わないだろう・・・・・(笑)B先生のこの質問からも、如何にこの曲が珍しい曲か頷けるというものだ。
私がピアニストEさんにお願いして「ビルギッテ・ファスベンダーのCDで見つけました」とB先生に伝えて貰った。B先生は何度か頷いていらっしゃった。
但しこの「Thekla」に関しては、日本で私が見つけたファスベンダーの録音以外は何も見つける事が出来なかった。シューベルト歌曲に関する本にも曲の解説を見つける事は出来なかったし、増して日本人で歌っている歌手などいない。CDも輸入版のため日本語訳は無し。自分でドイツ語の辞書で調べて大体の大雑把な歌詞の流れは掴めたものの、一体どんな内容のテキストなのか全く解らない。
唯一の手掛かりは、Peters版の楽譜の「Thekla」の副題にドイツ語で「Eine Geisterstimme」と書かれている事、そして詩はSehillerの作であるという事。私がこの曲に惹かれた最大の理由は、副題。日本語に直訳すれば「ある魂の声」である。
私は、どうしても、このような曲に魅かれる傾向がある。

B先生から歌い始める前に一言テキストについてのコメントを頂いた!!!!!
「ヴァィシュタインの魂とその娘のティークラとの対話のテキストによる曲だという事を良く頭に入れて歌うように」
と、ピアニストEさんから。そしてEさんが楽譜を指して、「moll部分が幽霊の部分で、durの部分がティークラさんの部分です」と、教えて下さった。
ようやくこの曲の概要が掴めて来た。要するに、亡くなった魂のヴァィシュタインと、生きている娘ティークラとの対話の曲、という事なのだろう。mollとdurが同じメロディで繰り返されるのである種の対話的要素のある曲だという事だけは理解出来た。
やはり、こういうレッスンはウィーンでなければ受けられない。本当に貴重な経験、貴重なレッスン。
これで私のやる気は倍増!!!!!!!!!!
まず、テキストの朗読から始まった。この「Thekla」のレッスンに関しては曲の細部の修正は行なわれずに、まず通して歌った。B先生的に、私がこの曲をどの程度勉強して来てどのように歌うのかに、関心がおありだったのだろうと考えた。
修正された事は、ウムラウトの発音、幾つかのドイツ語の発音、ピアノ伴奏に合わせた声の強弱の付け方と、GeisterとTheklaのパートのコントラストを付ける事。
B先生から「悪く無い」とのお言葉。これは非常に驚いた(驚愕)このような非常に珍しい曲をテキストの内容も充分な勉強が出来ずにそれでも出来る限りの僅かな練習で、B先生から「悪く無い」という事は、今後きちんとテキストの勉強を行い、曲に対する理解を深めて行く事が出来れば、充分に私自身のレパートリーになり得る、私のシューベルト歌曲の歌唱にはまだまだ伸び代がある、という事にも受け取れる。
この曲に関しては、B先生の最終レッスンでテキストに関しての文献など、幾つかお聞きして帰国しなければならないと決意した。


本日2曲目「Dem Unendlichen」のレッスン。
この曲も結構マイナーな曲である。私が7年程前に、ジェシー・ノーマンのCDを購入した中に入っていた曲。数年前にワルトラウト・マイアーが来日公演でドイツ・リートのリサイタルを行なった時のビデオ映像を持っているが、その時マイアーも歌っていた。が、それ以外の録音は見つけられなかった。ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウならば録音を行っているだろうけれど、女声の録音はこれくらいだった。
シューベルト歌曲の中では非常に珍しい、かなりドラマティックなレチタティーヴォから始まり、流れるような壮大なメロディーへと移って行く。ドイツ・リートというよりも寧ろ、オペラ・アリアに近い。日本で一度だけ谷岡先生にレッスンして頂いた時にも、「この曲ってどういう風に造られたのかしら?オペラ・アリアなのかカンタータなのか、そんな感じの曲よね」と仰っていた。
この「Dem Unendlichen」に関しては、まず「Geistliche Lieder」と記されている。そして、日本のシューベルト歌曲に関する本に若干の説明書きはあったものの、テキストの詳細は一切記されていない。
ただ、7年前にジェシー・ノーマンの録音を聴いてから、ずっとず〜っとず〜〜っと、この曲を歌えるようになる事を目標にして来た。谷岡先生とハリセン先生にレッスンを受ける以前のドイツ・リートの先生にも一度だけレッスンを受けた事がある。
しかし、やはりシューベルトの歌曲でこれだけドラマティックなオペラ・アリアのような、しかも非常に難しいレチタティーヴォがある曲をそうそう簡単に演奏会本番に乗せられるような歌唱力は私には無かった。
去年初めてウィーンでB先生にレッスンを受けて、「来年こそはこの曲のレッスンをB先生に受けたい!!!」と強く願っていた曲でもある。このような曲は、やはりB先生にレッスンをして頂きたかった。念願が叶った。
最初のレチタティーヴォは正確なリズム、それもかなり細部に渡ってリズムやテンポの修正をされた。
それと、私自身ず〜〜〜っとジェシー・ノーマンの歌唱を参考に勉強、練習して来たのだけれど、B先生からは私が考えていた以上に、大切な歌詞を強調して、相当なマルカート、アクセントを付けて歌うように指摘を受けた。レチタテーィヴォで私が考えていた以上に、多めにタップリとブレスを取り、決して歌い急がないように自由に歌わせて頂く事が出来た。
私自身、自分に出来得る限りドラマティックに歌った。遠慮無し!!!まるで、ヘンデル歌劇「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラのアリア並みに、自分の持てる全ての声で歌った、という感じ。
アリア部分は、ドイツ語の母音をかなり長めに取る事、8分音符のリズムを若干修正された事、フレーズの流れに遅れないように歌い出しをインテンポでしっかりと入る事、ウムラウトの修正は指摘されたが、これもB先生から一言、「悪く無い」と言って頂けた!!!!!!!!!!これには流石に心の中で、ガッツポーズ\(^o^)/

7年間、ひたすらジェシー・ノーマンを目標にして諦めずにこの曲に取り組み続けて来て、本当に良かった。
ピアニストのEさんに、B先生に「7年前からこの曲のレッスンをきちんと受けたいと思い続けて来て、今日レッスンを受けられて本当に嬉しい」とお伝えしてほしいとお願いした。EさんがB先生に伝えてくれると、B先生も喜んで下さった。
これからも、諦めずに地道にジェシー・ノーマンを目標に、色々な曲に取り組んで行きたい。
諦めない事って、本当に大切な事なんだな、と実感する事が出来た。本当に充実した幸福なレッスンだった。
流石にこの2曲は非常にマイナーな曲のためか、B先生が全て伴奏された。
しかし、やはりB先生は凄い。流石にシューベルト歌曲の専門家の中の専門家。
私がレッスンに持って来た曲は全てきちんと伴奏される。弾き損じ、無し。私はレッスン時に楽譜のコピーをB先生にお渡しするが、レッスンが終わると楽譜は全て返される。
シューベルトの名曲なら当然の事であろうが、今日レッスンした「Thekla」「Dem Umendlichen」などの曲もきちんと知り尽くされていらっしゃる。
日本でこのようなレッスンは、望んでも不可能だろうと考える。


今年、B先生のお土産に、ウィーンの人にも好まれそうな日本のブランドの上品なお菓子を!!!と思い、上野・風月堂のゴーフルを差し上げたのだけれど、B先生が「とても美味しいお菓子だった」と仰ってくださった!!!流石、上野の老舗、風月堂〜〜〜♪


今日の最初のN先生のレッスンでの極度のストレス状態と、B先生のレッスンでの目一杯限界以上の歌唱とで、レッスンが終って帰宅した時には食事を取る事も出来ない程疲労困憊だった。
本当なら、今日はウィーン国立歌劇場でドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」のプレミエを立ち観に行く予定でいた。グルべローヴァの生の声を聴いてみたいと思っていたのだが、止めた。
こんなに疲れきっていたのでは明日のレッスンに差し支える。
明日は日曜日だが、午前中にN先生のレッスン、午後からはピアニストEさんとのピアノ合わせを予定している。疲労のため声に支障を来すのは御免だ。
私は、ウィーンにオペラ鑑賞に来た訳では無い。
レッスンを受けに来たのだから。
オペラは時間があれば別の演目を観る事にした。
レッスンから帰宅してから一眠りしてしまった。目が覚めたら、夜10時を過ぎていた。
軽く食事をしながら、今日のレッスン日記を書いて、早々に休んだ。
今回、まだ一度も外のレストランで食事していないし、酒を飲みにも行けていない。
ちょっと寂しいが、今年のウィーンでのレッスンは去年に比べて格段にハードだという事と思い、休養を心掛ける事にした。

甘かった、ウィーンのレッスン3日目vo.1

本日午後1時からN先生のレッスン。引き続きシューマン歌曲。ピアニストEさんとN先生のオフィスの前で待ち合わせた。すると、ピアニストEさんからあるお知らせがあった。
「今日は、私の、声楽の勉強をしているルームメイトが通訳がてら聞きに来る事になった。N先生の門下生なので、発声や声楽の事に関する通訳は彼女の方がいいだろうと、N先生からの要請があったので。但し、この事はM先生には内緒でお願いします」
との事。まあ、N先生がそう言ったのならいいけど・・・と思いつつ、待ち合わせ。
すると若干サイズ大きめの関西弁の若い女性登場(笑)Yさんとしておく。
しかし、その後にもう一人若い女性が来た。は???と思っていたら、その若い女性も、先日ウィーンに留学して来たソプラノ歌手だという。
何だよ!!!今日は、公開レッスンかあぁ??????????聞いてねえぇ!!!!!!!!!!
と、ゆ〜事らしい(溜息)
それなら、事前に、せめて前日に一言報告が欲しかった。私は、自分のレッスンを、同じアマチュアならまだしも、音大で勉強して留学に来てるような連中に聞かせなきゃならない筋合いも義理も、全く無い。そんな事は、留学生同士でやればいいじゃないか・・・・・・・・・・(不満)
大体にして、親に勉強の金出して貰ってる分際で、アマチュアのレッスンなんかアテにするんじゃあね〜よ。音大出てて若くて下手に出れば、誰でも何でも許して貰えると思ってやがるのか???思い上がるのもいい加減にしろ!!!!!この甘ったれ連中が!!!!!
差し出された厚意を有難く受け取る事と、厚意にかこつけてちゃっかり土足で入り込む事の区別も付かない青臭いガキの分際で。ど〜せレッスン聴講するなら、プロのレッスンを金払って聴講しやがれ。アマチュアのレッスンならN先生の御厚意で、ダダ観出来るっていうそのミエミエの、アマチュアを見下す下世話な根性が全く気に入らない。何もいらないから、帰ってくれ!!!!!!!!!!!(呪)
とは思ったが、ここでお断りする訳にもいかず、兎に角皆でN先生のオフィスの中へ。

オフィスに入ると、にこやかなN先生登場。
早速私は発声練習から始まる。
非っ常〜〜〜〜〜に、ストレスフル。プレッシャーならまだ撥ね退けられるのだけれど、こう酷いストレスはホントにマジで、想定外。
余計な緊張ばかりが体中を走る。幾ら力を抜こうと思っても、余計に力が入るばっかり。特に高音域になると声が詰まってしまったように、出無い。同じバリエーションの発声を繰り返し繰り返しやり直しされるが、ある一定の音域になると、パタリと声が出無くなってしまう。多分、2点Gくらいから上。
N先生は「出来るはずだ!」と何度も仰るが、繰り返しているうちにどんどん私の表情が困惑してきた。溜息も出て来た。声帯に余計な負荷がかかる気がしてしまい、余計に声が出無くなる。
発声練習の最後、ようやく2点Aくらいが掠って届いた。いつもなら寝起きの発声練習だけでも3点Cまでは発声出来るのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(頭痛)
N先生は頷かれていたけれど、私は心の中では、
「もういい加減にしてくれ」
状態だった。にこやかに満面の笑顔でN先生のドイツ語を訳してくれるのはいいが、通訳に集中するのでは無く途中で自分の話をしだす事もある。通訳に来たんなら通訳に集中しやがれ!!!!!このKY野郎・・・・・。
もう一人の若い留学生は何度も頷きながらN先生の話を聞いている。お前、聴講料払ってんのか?????
一体、誰のレッスンで、誰がレッスン料払ってると思ってやがるんだあぁ!!!!!!!!!!(激怒)

シューマン歌曲1曲目「Mignon」から。
歌い出しの小節の歌詞は、問いかけの台詞なので問いかけるように歌うように、と指摘される。有節歌曲なので、3度ともこの問いかけの歌い方で歌い始めるように、とN先生より。歌い直しするとN先生から「もっとはっきりとしっかり声を出してうたうように」と指摘された。
本来なら、何も言わずに先生に指摘されたようにやってみようと試みるのだが、今日の私はストレスフルで非常に機嫌が悪い!そこでN先生に、
「ここの小節には楽譜にpの指示がありますが?」
と、珍しく反抗してみせた。N先生は「幾らpと言っても、きちんと聞こえないような声ではダメだ。小さな声で歌うのではなく、問いかけるように歌う事で充分出来る」との御指摘。仰せの通り。溜息が出る。
ドイツ語の発音は上のポジションで口を開き過ぎないように発音する事、そしていつものウムラウトの発音の修正。ドイツ語の母音は長めに取る事、繰り返されるドイツ語の歌詞は違いを分かるようにコントラストをつけて、高音域は下で支えて頭の上のポジションを高く取る事。多少細かいテンポを数か所修正され、曲の最後はpでゆっくり問いかけるように充分ブレスとritを取るように指摘された。N先生から、「もっとオペラアリアのように歌う事」との事。
私はひたすら他は無視して、ピアニストEさんに「伴奏付きで歌う事に慣れていないので、ごめんなさい」と謝り続けた。

2曲目「Requiem」
最悪。この最低のシチュエーションの中で、私にとってこんなにも大切な曲をレッスンしなければならないなんざ、不本意極まりない。どんどんイライラして来て溜息が増える。表情もどんどん険しくなる。気がつくと、N先生の顔を見ないで下ばかり向いているようになっていた。笑顔は既に、無い。
おいこら、そこの外野2人、いい加減空気読め!!!!!!!!!!(激怒)
この曲もピアノ伴奏に慣れていない事を、ピアニストEさんに予めお断りしておいた。ピアニストEさんは、殆ど喋らずに伴奏に集中している。この外野達とEさんの違いは、一体何なんだ?????
歌い出しのテンポからもう少し前に進んで歌うように、と指摘された。ブレスの箇所をもう少し増やしてもっともっとレガートに歌うように、と。
私は最初は、2ページ目辺りからテンポアップして曲に動きをつけて行きたかったのだけれど、N先生から3ページ目の頭辺りからもっともっと早く前に進んで歌うように、との修正を受けた。テンポを速く前に進める代わりに4小節フレーズを繋げて歌うように、と。
曲の歌詞「darein die schone Engelshalfe singt」は徐々にritしてピア二ッシモに歌いたかったのだけれど、N先生からは「Erstes Tempo」まではしっかりfで歌うようにとの修正をされた。もっと体を開いてたっぷりの声量で広げて歌うように、と。
この曲は、亡くなった妹のために私が選んで歌う曲だ。
今日は本当にストレスMax状態で、表情も硬い、溜息も多い、声も硬くて全く伸びない、イライラする。この状況の中でレッスンを受けなければならない事に本当に腹が立って悔しくて仕方が無かった。
私がほぼ仏頂面になり顔が引き攣ってきた時、N先生が、
「今日のレッスンはここまでにしましょう。次のレッスンはまたRequiemからやりましょう」
という事になった。

私の横で、空気の読めない通訳兼ソプラノのYさんが、
「Requiem、とってもいい曲ですねえぇ〜〜〜!!!」
と何度も繰り返していた。
私は無言で「だったらアンタが歌えよ!!!歌手だろ???」と心の中でぶつくさ捨て台詞を吐いて、無視・無言で次のB先生のレッスンに行く準備を始めた。
ピアニストEさんも、ルームメイトとお喋りするでも無く素早く準備してくださったので、助かった。
やっと苦痛なレッスンから解放された。
幾らN先生の教えを少しでも受けたい、という気持ちは分からなくも無いが、これだけの思いをしてようやくウィーンにレッスンに来ている私にとっては、たまったモンじゃない。
ピアニストEさんとの約束なので、どんなに腹が立ってもM先生には内緒にしておく。
明日の日曜日の午前中にN先生と2人のレッスンがあるのだが、そのレッスンに通訳兼のYさんがまた来るとの事。もう好きにしてくれよ・・・・・(呆)と思いながらも、明日はピアニストEさんに今日のように御迷惑を掛ける事も無いだろうと、それだけは多少ストレス緩和傾向。

大体にして、全てのドイツ語を理解出来なくても、N先生はスコットランド人なので英語も美しい発音で聴きとり易いし、奥様の影響で日本語も少し話してくださる。
その他、ジェスチャーも交えればレッスンとしてはちゃんと成立する。去年がそうだった。
私は自分のレッスンに完全に集中したい。
今回の事は「注意力散漫」では無い。それは私の看護師という職業上、有り得ない。
但し、看護師は、一度に非常に多くの患者さんに多くの注意を払わなくてはならない。手術患者さんと、重症患者さんと、末期患者さんと、認知症で不穏行動の患者さんと、全て一度に注意力を適切なバランスで「分散」するという作業が中枢神経反射的反応になっている。それは職業病とも言えるので、仕方が無い。
こういう所で裏目に出るのは、不本意不愉快極まりないが、仕方が無い。
あわよくば便乗という根性で、日本のアマチュアのオバサンのレッスンなんざわざわざ聞きにくるんじゃね〜よ、このタコ連中!!!!!(怒)
最後に、いきなり現れた留学生のソプラノは、私にレッスン聴講のお礼の言葉一つ無かった。当たり前だと思っているのか。やはり、アマチュアは何処でも相当下に見られている現実。反面教師〜♪くらいのノリだ。だったら二度と私のレッスンは見に来るな。全く呆れて、本当に親の顔を見て見たいもんだ。ロクな躾や教育がされていない事位、容易に察しが付くわな(呆)


ピアニストEさんと、急いでコンチェルトハウスに向かった。
今日のB先生のレッスンは、今回のウィーンでのレッスンの、最大の山場だ!!!!!

ウィーンのレッスン2日目vol.2

夜19時からB先生のシューベルト歌曲のレッスン。
ちょっと張り切ってデジカメ撮影に周り過ぎたかな???とも思ったけれど、日本での連続夜勤に比べたら、全然平気。

まずは昨日のおさらい「Fischerweise」から。
昨日に比べたら多少疲労も取れたし、今日は昼間にN先生のレッスンを先に受けてシューマン歌曲3曲目一杯歌って来たので、発声も充分に出来たので、昨日に比べれば苦手な曲とは言え、日本で練習している時の少し不調、くらいのコンディションにはなれた。でも、相変わらずウムラウトは修正の嵐。まだまだだけれども、昨日に比べたら大分良くなったと、B先生より。今年は、毎日この「Fischerweise」を歌うのだろ〜か・・・???と思ったら、最初のレッスン曲の選択を間違えてしまったよ〜な気分に、若干鬱気味(自爆)

本日は1曲目。まず「Du bist die Ruh」
この曲、日本にいる時に谷岡先生のレッスン時から中声用でレッスンを受けた。音域に関しては見事にビンゴ〜♪
まず、いつものよ〜に静かにピアニッシモでロングブレスに最大限の注意を払いながら歌った途端に、B先生からストップ!!!を喰らう。B先生から大きな声で、
「下の支えが足りない!!!」
と・・・・・。ブレスの箇所はカンマ通りとの指摘は無かったけれども、フレーズを大きく取って繋げて歌うように指摘されたけれど、一番大きく修正されたのは下腹部〜下肢のしっかりとした支えによる深く豊かな響きの声を求められた。まるでメゾソプラノかコントラルト並みの深い声。日本でシューベルト歌曲のレッスンを受けた時にこんな声を要求された事は恐らく、無い。
まるで、ヘンデル歌劇「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラ並みの深い発声。
これで本当にこの「Du bist die Ruh」という曲に聴こえるのか?????と思うくらいだった。
日本とウィーンとの、大きな違いを実感させられる。
私がこの曲の録音で持ってるCDが、バーバラ・ボニー(死)
仕方が無い。本当に、音取りのためだけだから構わないと思ってボニーの録音を聴いていたのだが、このような事態になるという事は私自身の認識が甘い!!!という事。
今後は、本当に購入する録音に関して歌手のセレクトを厳密に行う必要性を痛感した。耳から録音技術を駆使して調整された「綺麗さ」で自分の耳を慣れさせる事から、何としても脱却する必要性を認識せざるを得ない。本当なら、録音を聞かずに自分で譜読み、音取り出来ればそれに越した事は無いけれど、日本にいる間の連続夜勤では、その時間も体力も、無い。ならば、方法論から変える必要性がある。
でも、これはこれで良しとしようと考えた。逆に、自分の間違った認識を改めるために今このウィーンのレッスンに来ているのだと。例え誰の録音を聴いたとしても、ちゃんと自分自身の声、発声で、自分自身の音楽を美しく創り上げて行くために、今自分はこの場に立っているのだと考える事にした。
ドイツ語の発音では、子音で終わる言葉と母音で始まる言葉のフレーズをレガートに繋げて歌うという指摘を数か所に渡って繰り返し指摘された。
歌詞の内容、ドイツ語の言葉の意味によって、声量を落としてピアニッシモに聴かせようとするのではなく逆に音楽をレガートに繋げて創る事によって緩やかな表現に聴こえるように歌う、というテクニックの方向に向かうように何度も何か所も指摘された。
フレーズの繋がりとレガートを最も重要視されたが、ブレス箇所の細かい指摘は殆ど無かった。日本でレッスンを受けていた時は、カンマから次のカンマまでは出来ればノンブレスで歌う、等の指摘が多く私自身もそのような事に留意して発声から注意して練習して来た。
声量に関しても、ピアノ伴奏に合わせた声量ではあったが、決して控えめにならないように、逆に私自身が考えていた何倍もたっぷりと大きな声量で豊かに歌うようにB先生から何度も指摘・修正を受けた。
コントラストは必要だけれど、それは声量を絞るという意味では決して有り得ない。飽くまでも「音楽的に」
ロングブレスが必要なフレーズは、声量を絞らずにフレーズを前に進めるように、という指摘だった。
B先生の御指摘通り歌ってもちゃんと「Du bist die Ruh」に聴こえるのだから、本当に不思議だ。
これでは余りに声が大き過ぎやしないか???と心配しているのは、ど〜やら私一人だけらしい(苦笑)
B先生はこの「Du bist die Ruh」に関してはかなりの力が入っていた。一通り通してレッスンした後は、ピアニストEさんが伴奏を行った。
B先生が譜面台の真正面に立っている。その距離、50cm足らず。物凄い迫力。B先生、近過ぎ(自爆)

本日2曲目「Wiegenlied」
まず最初の1小節で止められる。B先生から大きな声で、
「テンポが遅すぎる!!!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
B先生、今年はスパルタ度500%増。気合い入り過ぎでないかなあぁ・・・・・?????
ドン引きしながらストップ。矢継ぎ早にB先生から指摘が飛んで来る。Schlafeの2回繰り返される歌詞は、2回とも違うアクセントとコントラストを明確にして歌われる事。「ざじずぜぞ」の発音が弱い事。冠詞の発音は余り長く発音しないけれどもはっきりと聞こえるように(違う意味の言葉に聴こえる事多し!)
そして、子守唄だからと言って決してピアニッシモで声量を絞って歌うのでは無く、飽くまでもレガートに豊かに膨らませて「音楽的」に子守唄に聴こえるように歌われなければならない、とB先生より。
有節歌曲にバリエーションが必須項目である事は、昨日の「Fischerweise」で既に指摘済みの事項。B先生曰く、
「小さな声で子供を寝かしつけるのでは無く、豊かな声で子供に語りかける」のが「Wiegenlied」なのだ。
という事。
相変わらず、日本で慎重に指摘されたブレス箇所には殆ど触れられず、フレーズの繋がりをレガートに歌う事が重視された。特に音符の動くフレーズのレガートな発声に指摘が集中する。レガートにフレーズを丁寧に繋げながら、はっきりとドイツ語を発音し、尚且つウムラウトの発音に最大の神経を使う。
恐るべし、シューベルトの名曲・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)
この曲も、最後はピアニストEさんの伴奏で歌って、譜面台左斜め45度の角度の位置に約50cm程の距離でB先生ががっぷり構えて凝視されながらのレッスン、1時間が終了した・・・・・(爆死)

ヘろへろになりながら、本日のレッスン終了。
B先生から「明日は何の曲を歌うのか?」と聞かれて、2曲の楽譜をお渡しした。
はい、今回のB先生のシューベルト歌曲のレッスンの、メイン・イベント〜♪
「Thekla」「Dem Unendlichen」
この2曲の楽譜をB先生にお渡しした時、B先生がニヤリと笑いながら、
「Ja,ja,ja,ja,ja!!!!!」
と、Jaを5回連発。このB先生のJa!の連発は、要注意(核爆)
去年のB先生のレッスンの最終日に、シューベルト「Der Konig in Thule(トゥーレの王)」と「Der Zwerg(こびと)」を持って行った時は、B先生の連続Ja!は3回だったと記憶している。
今回は、Ja!が5回。しかも、ニヤリと顔は笑っているが、目は全く笑っていない(大汗)
楽譜を見たB先生が何度も頷きながら、
「確かに、簡単な曲ではないね」
と仰った・・・・・・・・・・と、ピアニストEさんの直訳(笑)

とゆ〜ワケで、明日は大変な事になりそう・・・・・(無言)


帰りに、ピアニストのEさんとカールスプラッツまで歩いて来た。
私が、日曜日にウィーン楽友協会のコンサートに行くつもりで、今日B先生のレッスン前に楽友協会のチケット販売場所をウロウロ探していた事を話したら、親切にチケット売り場を案内して下さった(涙)
ツィンマン指揮の「ブラ1」と、ピアコン1番を聴きに行く予定。
明日は、ウィーン国立歌劇場に、グルベローヴァのドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」のプレミエを立ち観鑑賞予定。恐らく、立ち観でも相当の混雑が予測されるので、今日は早めに休むつもり。
ピアニストEさんも、毎日私のレッスンに良く付き合って下さる。1回の伴奏で、10ユーロお礼を差し上げているが、通訳も兼ねてくださっているので本当に有難い限りである。それでもピアニストEさんは、
「自分もとても勉強になっている。音楽の造り方が、いいと思う」
と何度も言って下さった。本当かなあぁ・・・・・とイマイチ不思議だが、ここは素直に喜ぶ事にした。
普段、日本では超捻くれ曲がった根性で日々生活しているので、せめてウィーンにいる時くらいは素直な心で♪

カールスプラッツ駅で別れて、私はゆっくり歩いて帰った。
帰り道20分程、プラプラ歩きながら考えた事。
「明日のレッスン、ど〜しよ〜・・・・・」
夕食は、白ワインと、スモークサーモンと、スライスハムと、ブルーチーズ。
帰宅後、ほぼ気絶状態でソファで眠った。

ウィーンのレッスン2日目vol.1

本日13時から、N先生のシューマン歌曲のレッスン開始。今年12月に予定しているシューマン・メモリアルのリサイタル用歌曲9曲を全部、ウィーン滞在中にレッスンするとのN先生のお達し。しかも、昨日のレッスン終了後に、ピアニストのEさんの御都合を踏まえて、今日のシューマンのレッスン曲をピアニストEさんとN先生がピックアップしていたのにも拘わらず、N先生が、私のリサイタルでの歌う曲順にレッスンをすると仰り始めた。これにはピアニストEさん、N先生が解らないように、日本語で大ブーイング!!!!!
「昨日やるって言った曲と、違うじゃん!!!!!!!!!!」ByピアニストEさん。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(苦笑)

シューマン歌曲のレッスン開始。
「Madchen Schwermut」から。
8分の3のリズムを再確認。飽くまで8分の3のリズムでレガートに繋げて歌う事。
Seh(ゼー)の発音が非常に弱く聞こえるとの事で、日本語の「ぜ」とほぼ同じ発音で良いとN先生より指摘される。普段、日本語で「ざじずぜぞ」の発音のつく単語なんて、確かに余り多くは無いように思う。
音符が動く音型やフレーズは上昇音型でも下降音型でも、兎に角レガートに修正される。これは、難しい事なのだろうか?それとも単に私が苦手、または不得意なだけなのだろうか、分からなくなって来る。
ウムラウトはどの発音でもほぼ100%の確率で、修正される。これはもう、仕方が無い。
諦めて、当然の事と考えるしか、無い。
逆に、ウムラウトの正確な発音を習う為にウィーンにレッスンに来ている、と発想の転換を余儀なくされた。
シューマン歌曲は、ロングブレスというか、ロングフレーズというか、そのような歌曲が非常に多いのだけれど、基本的に4小節ブレスに修正される事は多くは無いけれど、カンニングブレスを行ったとしてもフレーズの切れ目が絶対に分からないようなテクニックを要求される(実際、要求されている)その代わり、ブレスを取れる箇所では相当にきっちりとブレスをたっぷりと取る事も指摘された。
主な理由としては、シューマン歌曲は、必要不可欠なブレスの後に沢山のritが存在する。これをクリアして尚且つ充分なブレスを以ってritを保ち、尚且つクレッシェンド〜ディミネンドのコントラストを明確に保持するためには、当然の必要不可欠なテクニックとなる。

「Melancholie」へ。
シューマン歌曲であっても、オペラアリア並みにドラマティックに歌い表現するようにN先生から修正が入る。
たった1音2拍でf(フォルテ)とp(ピアノ)を歌い分けなければならない。そのコントラストを何度か歌い直し修正。
幾らドラマティックに歌うとは言っても、歌詞の内容から静かで平穏なレガートとのコントラストを多く要求される曲。
こういう曲を歌っていていつも思い出すのが、映画「クララ・シューマン〜愛の協奏曲」でのロベルト・シューマンの人物像である。激しさと静けさ。これがシューマンの個別的な特徴、言うなれば「シューマン節」として確実に表現出来てこそ、のロベルト・シューマンなのだろう。
1か所、繰り返される歌詞で、私の解釈とN先生の指摘が異なる部分があった。
Schmerzを2度繰り返すのだけれど、私は1回目の方を強調して歌ったがN先生の指摘は2回目のSchmerzの方を強く強調するように指摘される。詩人ギーベルの文脈としては、Schmerzの繰り返しの前のフレーズでWundeの繰り返しがあり、その音型は繰り返される2回目の言葉の方が音として強調される作りになっているので、そのシューマンの作った音楽に忠実に、という事なのだと考えた。
ついつい憂鬱さを強調しようと考えて、レガートにピアノで歌おうとしていたのだが、私の声でも最後のフレーズは例えfの指示が無くてもマルカート気味に歌うように、とN先生から修正される。
録音を歌ってるのは、クリスティーネ・シェーファー。スーブレッドの真似事は、やはり良く無い影響しか齎さないのだと、強く実感した。
ピアニストEさんからも「声量の強弱よりも、音楽的対比を」と指摘を受けた。

本日最後の曲「Ihre Stimme」
この曲は緩やかなレガートで通して歌われる曲。主にフレーズを大きく流れるように取るように何度も何度もどの個所でも指摘され修正を受ける。自分自身としては、もう目一杯レガートに歌っているつもりでも、まだまだ相当に不足、という事である。N先生は指摘・修正の手を決して緩めない。N先生の要求通りのレガートさに限り無く近づくまで、何度も何度も繰り返しフレーズを歌う。
そして、このようなレガートで優しいイメージの曲は、私は声量を抑えめにして歌う「癖」が身についてしまったらしく、これはかなり修正・指摘の的となった。N先生から、喜びや情熱を表わす歌詞は、決してpで歌い表わすのでは無く、深く温かい声の響きが必要であると、耳にタコが出来る程要求された。

ピアニストEさんも、本当に25歳か?????と思う程の指摘をされる。
やはり、伊達にウィーンで7年間勉強して主席卒業をして来た訳では無いのだと実感させられた。
こんな、本業看護師の、日本のオバサンのアマチュア相手に、これ程の音楽性を要求して来る辺りは、日本の同じ位の年齢のピアニストとは比べ物にならないのでは、と思われた。
N先生から、途中、前奏・間奏・後奏の部分で多少の指摘は受けていたものの、私が歌うと日本からのメールを見てから非常に良く弾かれているな、と感じた。
シューマン歌曲9曲、この短期間ではかなり大変だったろうと思う。本当に、有難いと感じた。

シューマン歌曲レッスンの1日目としては、N先生、意外にアッサリ終ったんじゃあないかなあぁ・・・(不解)とも思ったが、まあいい。多分、これからN先生の本領発揮、パワー全開になるだろう。
それに、これからコンチェルトハウスでB先生のシューベルト歌曲のレッスンもある事なので、余り飛ばされても後が持たない(爆)


流石に、ピアニストEさんは明日のレッスン曲の予定の相談をN先生とはしなかった。
多分、私のプログラム通りにレッスンするだろうから、N先生に聞いても無駄だろうとの事(超苦笑)
「スコットランド人なのに、そ〜ゆ〜トコロはオーストリア人みたいなんだから!!!」
と、ピアニストEさん談(笑)


B先生のレッスンは今日は夜19時から。一度ピアニストEさんと別れて、ウィーン中心部を北海道の妹の御希望の写真をデジカメで撮りながら、少し散歩した。
結構歩き回って疲れたけれど、少しだけ観光っぽいカンジを満喫してから、少し早めにコンチェルトハウスに向かった。






ウィーンのレッスン1日目vol.2

コンチェルトハウスでのB先生のシューベルト歌曲のレッスンを終えてから、ゆっくり歩いて約20分。
N先生とM先生ご夫妻のオフィスに到着。本日2回目のレッスン。
B先生のシューベルト歌曲のレッスンでは殆ど声が出無かったので、これからN先生とM先生に何の曲をレッスンして頂くのか、歩きながら非常に迷っていた。
まず、12月リサイタル予定のシューマン歌曲9曲のうち、少しでも多くの曲のレッスンを受けたかった。
でも、今年から、しかも約1ヶ月半前から始めたブラームス歌曲もレッスンを受ける必要がある。
しかし、去年N先生から、
「あなたは、パミーナの声だ」
と指摘された事から、本当に私がモーツァルト歌劇「魔笛」のパミーナをレパートリーとして歌って行けるのかどうかは、今回のウィーンのレッスンで必ず確認してから帰国しなければならない。
でも、今日の発声と声帯の調子から言って、パミーナのアリアはちょっと音域的に高いかも知れないetc。

途中、M先生がN先生とピアニストEさんと私の分も含めて、ケーキを買って下さった。私はショコラムースを御馳走になった。やはりウィーンのケーキは、とっても美味しい。

ケーキを頂いてからすぐに、発声練習が始まった。
発声練習も去年とほぼ同じ指摘。構え過ぎ。もっともっと全身の力、特に前胸部〜頚部の力を抜くように何度も指摘される。N先生とM先生からは、
「声を出そうとしないで。声はちゃんとあなたにあるんだから、黙っていても声は出る。もっと預けなさい」
ただ、去年よりも幾分力を抜けるようになるのに時間は掛からなかった。大分前胸部〜頚部の力が抜け始めて息が流れ始めると、今度はまた別の指摘がN先生から飛び出す。
「高音域でもっと下の支え(下肢〜下腹部)をしっかりと行うように。声をもう少しまとまった響きにして、自分の立ち位置よりももっともっと向こう側の遠くに自分の声を届けるように。例え発声でも、もっと喜びを以って声を出すように。」
先ほどのB先生のレッスンよりも、かなり声の伸びが良くなった事を実感した。調子が良くなったワケでは無いが、日本での練習でちょっと疲労気味、くらいのコンディションにはなって来た。
N先生からも、時々日本語で、
「そうです。それでいいです」
など、随分修正して頂けた(笑)
それでも、声帯の調子が今一つの時はどうしても高音域の発声を怖がってしまう。すると折角体から抜けた力がまた戻ってしまう。
N先生とM先生が交互に指摘される。
「口を開け過ぎないように。低音域〜高音域の発声で、低音域から口や体を開きすぎると、結局高音域で口や体が開き過ぎになってしまうので、良くバランスを考えて口や体を開くように。声をコントロールしようとしない、自分で自分の声の心配をしなくていい。ただ自然に声が出るに任せれば良い。声の心配をするのは歌っているあなたではなく、聞いている私達の方の役目だから」
ここ位まで発声練習を行って、大分声が響くようになった。先ほどのB先生のレッスンでの不調が本当に不思議になる位声が響き始めた。ただ、まだ少し高音域には怖気づいていたのだが。

今日のレッスンは何を歌うのか、という話になった。
シューマンのリサイタル用歌曲9曲、ブラームス歌曲6曲、モーツァルトのオペラアリア「魔笛」のパミーナと「ドン・ジョバンニ」のドンナ・エルヴィーラを用意して来た事を説明した。中でも、パミーナのアリアは去年のN先生のレッスンでパミーナの勉強をするように御指摘頂いた事をお話しした。するとM先生が、
「シューマンやブラームスのレッスンを始めてしまうとパミーナのアリアをレッスンする時間が無くなってしまうかも知れないから、今日はパミーナのアリアをやりましょう」
という話になった。伴奏は、ピアニストEさんが行ってくれる事になった。
とても緊張していたし、今日は声帯の調子も良く無かったので、幾つかピアニストのEさんにお願いをした。まず、Andanteと楽譜にあるけれどもAdagioくらいのテンポで歌う事、なるべく声量を抑えてピアニッシモで歌いたい事、僭越ながらお願いした。するとM先生が、
「大丈夫よ。このコはそんなに注文しなくてもちゃんと合わせられる、ちゃんと弾けるから」
そりゃ、そうだよな。ウィーンで勉強してるんだし。私がゴチャゴチャ言う事の方が、おこがましいか。
一通りパミーナのアリアを歌った。するとN先生から、矢継ぎ早に指摘が飛ぶ。

「幾らピアニッシモで歌いたいと言っても、最初の歌い出しの声や言葉がきちんと聴こえなければダメ。ウィーンでパミーナのアリアをメトロノームのAndanteで歌う歌手はいない。今の歌唱だって決してゆっくりには聴こえない。逆にもっともっとゆっくり歌う歌手もいる。もっと声のボリューム出して歌う事。♯の音にかなりの注意を払って歌う事。ドイツ語で(ア)になる発音をもっとはっきりと聞こえるように歌う事。アジリダの部分は、時計の振子が揺れるように一つの音を支えて歌う事。きちんとブレスを取り途中カンマの無い箇所でも充分なブレスを取り、その代わりアジリダのブレス後の歌い出しは落ち着いて丁寧に慎重に緊張感が伝わるように歌い出す事」
兎に角ウィーンの先生方は、実にいっぺんに多くの事を指摘される(超苦笑)
何度かアジリダの部分を繰り返し歌い直し(高音域なのに!!!)するが、
「アジリダは一音を通して繋げて歌うように、音階が声で音程を取っているように聞こえないようにレガートに歌われなければならない。」
と、兎に角M先生はさっきのB先生のシューベルト歌曲のレッスンの私の不調を忘れてしまわれたのか???と思う程繰り返された。
ようやく先に進んで、アリアの最後の部分。M先生から、
「Todeというドイツ語は、俗に言う綺麗な声ではダメ!!!もっともっと暗く悲しい深い声が必要。16分音符はもっと前に進み、8分音符はゆったりと死の悲しみを歌うように。パミーナは、タミーノもパパゲーノも一言も話してくれない事に絶望して自分には死しかない!!!と死の決意を歌っているのよ!!!パミーナはねえぇ、そんなに弱い女性じゃないのよ!!!ザラストロに剣も持って立ち向かって言ったり、母親の夜の女王と対峙したり、本当はとても芯の強い女性なのよ!!!!!」
と、激を飛ばされた。
そこで私がやった事は、去年と今年の演奏会で歌ったヘンデルの歌劇「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラのアリア「Se, pieta」で歌ったのと同じ様な音色。これで、N先生とM先生からパミーナのアリアのOKが出た!!!そして、伴奏をして下さったピアニストEさんから、ドイツ語で、

「美しい」

と、私のパミーナを評価して頂く事が出来た。
非常に目一杯の体力を使ったけれど、何とか1時間かけてパミーナのアリアのレッスンを終えた。

N先生からは、
「パミーナはあなたのレパートリーとして何の問題も無い。是非勉強するべきだ」
と御指摘を受けた。M先生とピアニストのEさんも、賛同下さった。
私が、日本のパミーナと言えば、エディト・マティスやバーバラ・ボニーやルチア・ポップが相場で私はほぼ誰にも日本ではパミーナの声では無いと否定された事を改めて説明した。人によっては、バーバラ・ボニーがパミーナのグローバル・スタンダードとまで言われて本当に悔しい腹の立つ思いをした事を話したら、M先生が、

「マティスのパミーナをシュタット・オパーで観たけれど、マティスのパミーナは本当に素晴らしかった。でも、ボニーはパミーナじゃなくて、パパゲーナの声だろう!!!」

と、いとも簡単にはっきり仰った。これには私も非常に驚いた。ここまではっきり言われると何だか悔しい思いをしていた自分が妙にバカらしくなった(笑)
今回のパミーナのアリアのレッスンを受けた事に於いての一番の教訓は、私は歌を綺麗に聞こえる風に歌うのではダメなのだという事。綺麗に歌うのでは無く、美しい音楽を作り上げて行くという発想の転換を自らが主体的に行っていかなければ、去年のパミーナの件のように今後も振り回され混乱する事がまた起きるであろう、という事。
今後は、歌曲にしろアリアにしろ、レジェロやスーブレッドの歌手の録音は極力慎重に、選択肢から外す方向で行きたいと身に染みて実感した。


今後のN先生とM先生のレッスンスケジュールの話をした。
まず、M先生は今後は私が日本に帰国する前日にしかレッスンに来られないとの事だったが、何かあればいつでも電話で連絡して構わないという事。
N先生のレッスンは、今日から日曜日も含めて私が日本に帰国する日の午前中までの計7回!!!!!のレッスンとなった。明日からは、12月にリサイタル予定のシューマン歌曲9曲と、私が緊急に勉強して来たブラームス歌曲6曲、全てレッスンを行う事となった。
これは、ピアニストのEさんが、私が日本にいる時から、ウィーンでのレッスンに持ってくる予定の曲目リストを教えて欲しいとメールを下さった時に私が送った、シューマンとブラームスの歌曲のリストをパソコンでプリントして来て下さった。それを、N先生が御覧になって、

「全部レッスンしましょう」

と仰った。さあ、トンでも無い事になりそうだ・・・・・・・・・・(滝汗)
明日は、まずシューマン歌曲から。


ここで、ピアニストのEさんの事を少し御紹介しておこうと思う。
25歳で、日本の公立高校の音楽科を経てウィーンに留学して7年。小柄な日本人女性。若く見える(笑)
勿論ウィーンの音楽院で勉強して主席で卒業、現在は大学院に在籍。
ソリストとしての勉強もされているのだけれど、伴奏ピアニストも志望されていて今回の私のウィーンでのレッスンの話をM先生より聞いて、伴奏を希望されたとの事。
私の声の事も、
「でも、N先生の所で発声をしてから随分声が良くなった。音楽の作り方が、いい」
と話して下さった。これは、意外(爆)

今日も、ヘトヘト。外に行って食事したり酒を飲みに行く元気はカケラも無かった。
結局、アパートの帰りにスーパーで買い物して自炊する事にした。
今年のアパートはカールスプリッツから歩いて20分くらいはかかるし、去年よりもレッスン内容が格段にハードなのでなるべく休養を心掛ける事にした。
オペラやコンサート、今年は観に行けるだろうか・・・・・・・・・・(凹)

但し、去年ドレスを購入したブティックで、今年はゴールドのドレスをオーダーメイドでお願いした。
それでも500ユーロで作って下さるとの事で、喜んでお願いした。
日本でオーダーメイドしたら、倍額は取られるだろう♪
出来あがるのが、超楽しみ〜(笑)

ウィーンのレッスン1日目vol.1

去年なら朝7時には目が覚めて、市立公園を少し散歩した後でそのまま楽譜を持ってカフェでコーヒーを飲みながらレッスン曲のチェックをしていたのに・・・・・。
今年は、日頃の連続夜勤の蓄積疲労からなのか、朝7時に目は覚めるのだが体が動かない。従って、レッスンのギリまでベットでウダウダしていた。勿論、昨日の迷子騒動もあったのだとは思うが。

9月30日、14時からコンチェルトハウスのB先生のシューベルト歌曲のレッスンが入った。10分前にはコンチェルトハウス前で待ち合わせ。
今回のウィーンでのレッスンで特筆するべきは、若いピアニストと一緒にレッスンを行うという事。
本当なら、本日2つめのレッスン、N先生とM先生のレッスンで初顔合わせとなるはずだったのが、ピアニストのEさんもB先生のレッスンを聴講したいという事で、お見えになった。
疲労が酷くて喉の調子は最悪。朝にちょっとアパートで声を出して見たら、声が掠れていた。でも、ここで頑張って張り切って声を張り上げてた所で、ど〜しょ〜も無い。レッスンはまだ6日間も続くのだから。コンチェルトハウスの前で待ち合わせたM先生とピアニストEさんに、正直に今日の喉の調子は最悪である事を話した。M先生は、
「調子の悪い時に無理して押して声を出さない方がいいわよ」
と仰って下さったので、遠慮無く軽めの発声で歌う事に努めた。そして、この喉の調子の悪い時に比較的得意とまでは言わないが歌い込んでしまいがちな曲を選曲すると、後に響くし辛くなるばかりだと踏んだので、今日は敢えてウィーンにレッスンに持ってきたシューベルト歌曲の中でも一番不得意で苦手な「Fischerwise」を選択した。この曲は中低音域も多いので、無理して声を出そうと張り上げたりさえしなければ、ある意味高音域を出さなければならないような曲よりも声帯の負担が軽いだろうと考えたからだ。
日本人ピアニストEさんは、まだ25歳で、日本の公立高校の音楽科を経てウィーンに留学して今は大学院生だという。とてもお若かったが、ハキハキしたカンジの方。

約1年半振りのB先生は、全くお変わり無く陽気なウィーンのジェントルマンだった。今回の御土産は、B先生と奥様が甘いもの好きという事で、日本の代表的なお上品なお菓子、これならウィーンの方にも好まれるのではと思い散々悩んで選んだ「風月堂ゴーフル」♪
御挨拶も程々に、早速シューベルト歌曲のレッスン開始。
案の定、全く声は響かないしブレスも続かない。しかし、なるべく押さない、押さない、と頭の中で念じつつ丁寧に楽譜を読み歌う事だけを心掛ける。変則的な有節歌曲のため演奏時間もちょっと長め。一度歌い終わってから早速B先生から矢継ぎ早にドイツ語での指摘が大きな声で話される。
「テキストの読み方が足りない。ウムラウトの発音が違う。最初はもっとゆっくりのテンポから練習するように。明るく楽しく陽気な漁師の歌なのでもっと曲に表情を付けて。ドイツ語はもっとレガートな発音で母音を長めに取る事。」
そして、テキストの朗読から再開始。テキストを読む時もきちんと漁師を演じながら読むように指摘された。これを数回繰り返して行った。その後、再度歌唱に戻る。
こういう所で難曲はボロが出る。練習不足はテキメンに表れる。ウィーンにレッスンに来る大分以前から今年の自分の練習不足は嫌という程認識していた。
だからこそ、ここで凹んでイジケてはいられない。私はウィーンのレッスンに完成品を持って来たワケでは無い。一からのレッスンに来たのだ。それで余りにも不足過ぎだからレッスンを断られるならば、それはそれで仕方が無いのだ。
私は、日本で出来る限りの事は、やって来たのだから。
何度かドイツ語の発音を修正されながら歌い続けて、B先生から更なる指摘が飛ぶ。
「ドイツ語の歌詞の言葉の内容によって音色を変えなければならない。有節歌曲はバリエーションが必要である。音符の動くフレーズは音程が下がらないように音程を高めに取る事を心掛ける事。ピアノ伴奏に留意して特にピアノ伴奏の和音と半音でハモる音はきっちりと合わせるように。テキストがちゃんと頭や体に入っていないと音楽の表現まで行きつかない。ドイツ語の語尾まできちんと聴こえるように発音する事」
兎に角、多くの事を一度に指摘される。しかし、もしB先生がこれらの指摘が私にとって不可能な指摘なら、敢えてここまで多くの指摘はしないだろう、そうポジティブに考える事にした。何しろ、これからまだまだレッスンは続く予定なのだから。
何度か歌って行き、B先生から、
「これから良くなって行くだろう」
と何とかお許し頂けた。私がホッと胸を撫で下ろしていると、M先生が今日の私の状態を説明して下さった。日本での仕事の疲労と長旅で喉の調子が良く無い、という事。するとB先生が、
「去年、あなたは随分大きな声で歌っていたのにどうしたのかと思ったら、調子が悪かったのか!!!」
と(笑)言い訳にはならないけれど、この6日間のレッスン中に何とかいつもの調子に近い状態にだけでも持って行く事が出来たらと思った。

レッスンが終了して、今後のレッスン予定の話し合いを行った。最初の予定ではB先生のレッスンは3回程という事だったのだが、ウィーン滞在中に後4回レッスンをして下さるとの事。B先生のレッスンは計5回となった。これはちょっと想定外だったが、レッスン予定の曲を多めに持って来ておいた事はラッキーだった。最初は3回のレッスンなら6曲と考えていたのだが合計10曲レッスン予定の曲を準備だけはしておいた。無論、練習不足ではあったが、何とか楽譜を読みこめている曲から順番にレッスンに挙げて行ければ良い。去年のリサイタル本番に乗せて歌ったシューベルト歌曲でまだB先生にレッスンを受けていない曲もある。取り敢えず、次の日のレッスン曲を決めてB先生のオフィスを後にした。

M先生は、
「こんなに調子が悪いのだったら、先に少し発声練習をしてくれば良かった。御免なさいね」
と仰って下さった。大変有難かったが、これが今の自分の実力なのだから、体調管理も含めて当然の状況と考えていたので、それ程凹んではいなかった。却ってM先生に気を使って頂いて申し訳無いくらいだった。それに、聴講に来ていたピアニストにも私の最悪の状況をまず聴いて頂けて良かったと考えた。これでもまだ私と一緒にレッスンを受けて頂けるのならそれは大変有難い事だし、逆に今日の調子の悪さで私とのレッスンを中止するのもアリな事だと考えたからだ。これはピアニストの自由。私もピアニストのEさんに、
「調子が悪いとこんな状態ですから、一緒にレッスンして頂くのは却って申し訳ないと思っている」
と正直にお伝えしたが、ピアニストは然程問題にしていないようだった。逆に、私が声帯の調子が最悪の状態でレッスンに持ってきた曲の中で一番苦手な曲を歌った、という事に大変驚かれていた様子だった。M先生もピアニストのEさんも、
「普通調子悪い時に苦手な曲は持って来ない。どちらかと言えば、得意な曲を持ってくる。それはスゴいと思う」
と一様に驚いていた。でも、私にしてみれば、比較的歌い込んでいる曲は折角ウィーンでのレッスンでみて頂くのなら、調子の良い時にこそ歌いたいというのが正直な心情だったから(苦笑)
今日歌った「Fischerwise」は「Die Forelle」と同じくらい苦手な歌曲。
魚を食べるのは大好物なのだが、歌うのは苦手。


コンチェルトハウスを出てゆっくり歩いて、少し時間をおいてからN先生とM先生のオフィスで今日2回目のレッスンを行う。
まだまだ、これから。始まったばかり。

ウィーンレッスン日記「ウィーン到着!!!」

9月29日、朝3時間半睡眠でヘロへロになりながら重いスーツケースを引き摺りながら、駅までの登り坂を汗だくになって駅に到着。
本当なら始発電車で行きたかったけれども、始発に乗り遅れてしまたっけれども成田エキスプレスには充分間に合う時間だった。

成田空港に着いてセキュリティを通って、免税店でウィンドーショッピングをした後に、先にトイレに行こうと思ってバックの中身をハンカチを探していたら、携帯電話とMDプレーヤーが無い事に気がついた。急いでインフォーメーションにお願いして、セキュリティに連絡して貰ったら、スタッフが出国審査の場所まで持って来てくださった。私の携帯電話のストラップは、非常に特徴的♪阪神タイガースの黒と黄色のスワロフスキービーズを使って手作りしているので、超目立つ。すぐに見つかって良かった。

成田空港、南ウイングのオーストリア航空のゲート近くの寿司屋で朝飯を食べていて(呑んでいて)、少し落ち着いて、友人や先生や友達に行って来ま〜すメールを送って、時間にはオーストリア航空に搭乗して、一路ウィーンへ向かった。

ランチを持って来てくれた、オーストリア人(多分)のキャビンアテンダントの女性がドリンクを配りに回っていた。私はドイツ語で「赤ワイン」と頼んだら、その綺麗なキャビンアテンダントさんが、

「CoKe?」

と聴いてきた。
私は子供ぢゃあねええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!
と心の中で絶叫、内心穏やかでは無かったのだけれど、隣の席に座っていた若いヨーロッパ人(国は不明)が、キャビンアテンダントさんに小声で、
「ワイン」
と言ってくださった。
その他、私は窓際の席だったので、トイレに行こうと思って席を経ったら、彼も一緒に席を立ってしかも私に先にトイレを勧めて下さるという、ジェントルマンっぷり〜\(◎o◎)/
惚れた♪
でも、オーストリア空港のランチが、シーフードかチキンだったのだけれど、魚好きの私がシーフードを頼んだら、ちょっぴしのエビとイカの入った焼きソバが出て来た。余りのショックで、チキンにすれば良かったと後悔先に立たず。フツ〜、シーフードって言ったら、焼き魚とかムニエルじゃあないのか?????

とゆ〜事でウィーンに到着したのが1時間も早かった。
私はN先生とM先生がお迎えに来てくださるのを待っている最中に、自分の携帯を海外仕様にセッティングしていたら、先生方が迎えに来てくださった。御土産の日本酒と御蕎麦と茶蕎麦とお醤油を差し上げた。やはり、ウィーンでは日本食は非常に高価のようである。先生方も大変喜んでくださった。

アパートに案内された。去年は聖シュテファンの目と鼻の先だったのだが、今年はかールス・プラッツまで歩いて約20分程かかる所にアパートがある。とても綺麗なアパートだった。
荷持を運んで、M先生にウィーン滞在中にかかる費用をお支払いして、先生と別れた。

まず、ウィーン国立歌劇場まで一人で行った。ほぼ一本道だから分かりやすい。カールスプラッツ駅まで歩いて約20分。そこから右にまっすぐ行くと、レッスン会場になるB先生のオフィスがある、コンチェルトハウスもある。ウィーン国立歌劇場で演目を見たら、ドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」のプレミエが数日後にある。これを是非観て見たいと思った。グルべローヴァを生で聴くのも初めてだし。その他は、チャイコフスキー「スペードの女王」だったが、やはりイタリアオペラを久し振りに観たいと考えた。


帰り道、スーパーに寄って買い物をした。M先生が野菜やおにぎりを持って来てくださったので、少し自分で料理して食べようと思って、調味料やハムなどを購入した。朝も、ウィーン市内中心部から少し離れているので、毎日カフェで過ごすのではなく、スープなどを購入して少し自炊しなければならいだろうと考え、ノンビリ買い物していたら、外は既に真っ暗!!!!!
ケルントナー通りから真っ直ぐカールスプラッツを過ぎて真っ直ぐ進んで行くだけだから、と思いアパートへの道を真っ直ぐ進んでいったのだが、これは大きな誤算だった。
初めて来た場所や土地は、明るい昼の景色と暗い夜の景色とが、かなり違うものなのだという事に今更気がついた。あちこちぐるぐる1時間程歩き回ったけれども結局見つからず、疲れ果てて困り果てて、M先生に電話で連絡した。M先生とM先生の御友達の御協力を得て、やっとの事でアパートを発見したのが夜8時過ぎ(凹)

この日は、シャワーを浴びて、M先生が持って来て下さった野菜炒めとおにぎりとワインで夕食を取り、この日記を書いてすぐ、気絶(爆死)
長旅と迷子で、疲労困憊。ワインも殆ど呑めなかった。

明日は、コンチェルトハウスのB先生のレッスンが午後2時から。
今年ウィーンでの初レッスン。

zzzzz

先程ウィーンから帰国5

今、成田空港の寿司屋。
何しろとんでもないウィーンレッスン日程だった。

最初の予定では、スコットランド人と日本人の先生が毎日交互にレッスンして、オーストリア人の先生は全部で3回くらいのレッスンと言われていた。
大きな大誤算。

結局レッスンをしなかったのはウィーンに到着した日だけ。
その他は毎日1日2レッスン。日曜日も無し。
今日も、ウィーン国際空港の搭乗手続き直前まで最後のレッスン。
話ちげ〜よ(爆死)
キリスト教でも週イチ安息日があるはずなのに、ウィーンで私には安息日は、無かった(死)

取り敢えずウィーンで大変な事になったので、ウィーンでのレッスン記録はまた後日。

今日は帰って、寝る。

ようやく。

連続夜勤、終了。
明日は1日休日。
明後日は、ウィーンに向かう。

今は準備に追われまくり。今日、ようやくスーツケースを購入し荷物の8割方は準備完了した。
全く、超多忙どころの騒ぎでは無い。
この職業をしていると、長期休暇も殆ど取れないばかりか、今回のように長期休暇を取ると前後がとんでもない勤務になってしまう。
風邪をひかないようにするのが精一杯。
酷暑かと思えば、冬のような冷たい雨。
体力のある人間でも、おかしくなりそうな気候。


今回のウィーンでのレッスンは、悩むヒマすら無い程の多くの状況変動があり、また課題も山のように膨れ上がった。
このブログには書いていない激動の変化が相当ある。
兎に角、新しく始める事にした幾つかの勉強と今後の重要課題が存在する。
相当なロングスパンで思考していかなければならない。
勉強も練習も、今まで以上の忍耐力が必要となる。
必然的に、目指すレベルも難易度も相当高度なものに照準設定を行わなければならない。
日本でもウィーンでも、私を取り巻く音楽的環境が大きく変動していると考えて行動しなければならない。
現在、全く追いついて行けていない状況である事は、確か。
今回のウィーンでのレッスンは、自分の予定を遥かに上回る、勉強不足と練習不足。
これはもう言い逃れも言い訳も出来ない。
今回のウィーンでのレッスンで何とか今までの成果を挙げられる可能性があるものとしては、
去年ウィーンから帰国してからの演奏会を幾つかこなした事によるもの。

去年、
千葉のヤンクミ一座でのシューベルト歌曲4曲の演奏会。
ヘンデル・リサイタル。
今年、
バッハ歌曲とモーツァルト「魔笛」パミーナのアリアを歌った演奏会。
千葉のヤンクミ一座でのヘンデル・オペラアリア5曲の演奏会。

ここで学んだ事や得た事、発見した事や反省した事を、そのままウィーンでのレッスンに即応用しなければならない。
私に今出来る事は、それ以外には余り思いつかない。
先日、ウィーン行き直前の最後のレッスンを谷岡先生に見て頂く事が出来た。
ブラームス歌曲5曲。
ブラームスは、歌い込みが少ない事やピアノ伴奏に慣れていないという現実はあるのだが、谷岡先生からは、

「譜読みは頑張って出来ている」

との評価を頂いた。これは、自分自身に出来得る限りの努力を以ってウィーンでのレッスンに臨む以外他に手立ては無いのだから。
他レッスン曲として予定しているバッハ、モーツァルト、シューベルト、シューマンに関しては、得意というか歌い込みを行っている曲や、練習期間を長く取っている曲から順にレッスンに上げて行く事を想定している。
ウィーンにレッスンを受けるために準備して勉強・練習した曲だけでも30曲近いけれど、全ての曲のレッスンは無理である。
的確な状況判断と適応能力が、求められる事は間違い無い。


それから、今年のウィーンでのレッスンは去年と大きく違う事が、一つある。
ピアニストがいる、という事。
先日、ウィーンのM先生から紹介して頂く予定のピアニストから直メールを頂いた。
ウィーンでレッスンを受ける予定の曲目リストが知りたいという事だったので、送った。
私よりもかなりお若い女性ピアニストだったけれど、私の経歴を正直に説明しても、

「一緒に勉強したいと思っている。ウィーンで会えるのを楽しみにしている」

との御返事を頂いたので、最初はどうしたものか・・・と考えていたのだが、現在は非常に心強く感じている。
有難い事だと、思う。
ちなみにウィーンは日本の食品が高価なので、御煎餅をリクエスト頂いたので御土産に持って行く約束をした。確かに、日本を長く離れていたら、懐かしい味だろうと思う(笑)
今年は自分自身でも悔しくなる位に、勉強不足・練習不足である事には何等間違いは無い。
恐らく、ウィーンの先生方々にも指摘されるであろう事を十二分に織り込み済みの想定内としてレッスンに臨まなければならない事は、百も承知である。
少ないながらも、去年のウィーンでの初レッスンから1年半で学んだ事を出来る限り出したい。
それでウィーンの先生方々やピアニストに下された評価なら、甘んじて受ける覚悟である。
明後日に備えて、後は明日のスタジオ練習のみ!!!
明日は主にシューマンの練習を行う予定。




私はこのブログで、たまに批判を書く。
しかし、毎日毎日誰かの批判文を書き連ねている訳でも無い。
実名も上げないし、他者のブログに批判を書き荒らす事も、しない。
批判というのは、他者に対してであれ自己に対してであれ、時として大きな反動エネルギーとなって自分に返って来る事がある。
大切な事は、批判であれ批評であれ、偏見や自己憐憫や思い込みによらず、より適切または適正な認識に添うための自己努力と、見栄と虚栄心との明確な区別であると考えている。

最も惨めで愚かな事は、見栄と虚栄心と自己保身と僻み根性のために、ほぼ無意識に日常的に他者に対してまた自分自身に対しても「言い訳」を行い続ける事に気づかない、という愚であると私は考えている。


歪み僻んだ虚栄的人間になるくらいなら、傲慢な人間だと思われている方がまだマシである。
それが私の持論である。


いざ、ウィーンへ。

回心

先日、3連続当直の次の日の休日近所の市民センターの音楽室が空いていたのにも拘わらず、練習を中止した。
理由は、

このままの疲労困憊状態では、ウィーンのレッスンで声が出無い。

という事。
これでは、元も子も無い。
今の自分の体調でウィーンにレッスンに行った場合、自分の考えるどの程度の歌唱が出来るか、自分の勉強した歌唱や表現をどの程度出して歌う事が出来るか?????
どう考えても30%程度だろうと考えた。
まず、声帯そのものに負荷をかけていなくともこれだけ身体的に疲労困憊であれば、声帯も不調極まりない。
練習していても、声が掠れる事があった。

元々演奏会やリサイタルなど、本番は好きでは無い。
声楽の勉強や練習やレッスンがとっても楽しくて、このような生活を送っている。
実際問題、自分自身の成長や進歩や上達などを実感出来るのは、私の場合その殆どが練習やレッスンである。
演奏会やリサイタルなどの本番は、結果でしかない。
努力の結果。
どんなに努力したからといって、どんなに勉強や練習をしたからといって、必ず結果に表れるとは限らない。寧ろ結果に表れたらラッキーな方であると考えなければならいだろうと思う。
努力が全て評価されたら、世の中苦労する人間も報われない人間も存在しないだろうと思う。
しかし、練習や勉強すらしない人間に結果など表れる筈も無い、とも考える。
努力せずとも結果が表れるのは、天才か、評価されたと妄想する勘違い野郎、だと私は認識している。
だから、練習や勉強に否定的な人間のみすぼらしい言い訳で「娯楽」を語る輩を見ていると、非常に不愉快極まりない。最も、そのような言を弄した人間の戯言なぞ気にかける価値も無いが。

プライド=自尊心というものは、周囲に対して持つものでは無く寧ろ自分自身に対して持つものである、というのが私のスタンスである。
結局、ブログであろうが音楽の近親者に対してであろうが、自分自身のやるべき事を怠り逃避した結果は幾ら言い訳したとしても、還ってくるのは全て自分自身に、なのだから。
怠惰の言い訳を文章化してブログで公表する事を「自己主張」と正当化している人間とは、誠に御目出度いものであるなと実感出来る。このブログという世界。
まあ、ブログ活用法は個人の自由なので口出しする筋も無いのだろうが、人間性の本性と品性や品格が隗間見える面白い観察ツールではあると発見出来た。
私はそのような人間にはなりたくないし、そのような人間も決して尊敬しないし、同じ次元にも住みたく無い。真っ平御免。


取り敢えず、練習に関しては自分自身に御約束を一つ作った。
3連続当直の次の休日は、必ず丸一日オフ日とする事。
自分一人で練習、勉強する分にはどのような無茶苦茶をしようと自己満足で構わないだろう。
けれど、私のウィーンでのレッスンには、多くの方々が御尽力くださり、手間を惜しまず、最大限私の意向を尊重して御協力くださっている。
自分自身一人の下らない自己満足の簡単な話では済まされない。
そして何より、声楽の勉強や練習やレッスンを音楽の本場ウィーンで出来るという大きな幸運と喜びを、出来る限り長く大切にして行きたいと考えている。
連続夜勤の後の1日の休日でそれが少しでも改善されるのであれば、練習や勉強やレッスン出来ない悔しさや不愉快さや苛立ちや怒りや理不尽さや不公平感を、少し耐えてみなければならないとも考えた。
実際1日練習を中止して、料理をして看護師の後輩に御馳走したり、声楽の勉強をしている事を何故か知っていた患者さんが貸してくださった元オペラ歌手の手記などを一気に読み終えて、本当に充実・充電出来たおかげで一昨日の練習は3時間久し振りに大いに集中出来たと考えている。
今までウィーンのレッスンで歌うシューベルト歌曲を絞り込めないでいたのだが、ようやく7曲まで搾り込めた。シューベルト歌曲のレッスンはウィーンでは恐らく3レッスンとなる予定。1レッスン2曲としても最低6曲を用意しなければならないのだが、出来る限りレッスンを受ける曲の可能性を広く持つ事によって、そのレッスン時に最適な指導を受けられるようにしたい。
何しろ、ウィーンには最高でも年に1度しか行けないのだから。

頑張りすぎて、疲れ果てて、辛くて、苦しくて。
でもそれで空回りしたとしても、それを私は後悔は絶対にしない。
私の最も大切な生き方は、

紆余曲折を怠らない。

という事だからである。
私にとって一番大切な事は、悩まず苦しまず程々の努力で楽しみ程々の結果と評価を得てそれに自己満足する事では、決して有り得ない。紆余曲折に自分自身気がついた時に、自分自身の能力と判断力と冷静さと強い意志を以って方向の軌道修正を自力で行える事、なのである。
私は悩まず苦しまず楽しみに逃避し自己憐憫に浸るという考えを、良しとするようには生れついていない。
また私の声楽の先生に、そのような事を良しとする先生もまた存在しない。
音楽に誠実である、という事は私にとってそのまま先生方にも自分自身にも、そして何よりもこの後世に今私が勉強し歌っている曲が遺され生き続けている事を見ている多くの偉大な作曲家に向けての尊敬と誠意であるように自分自身そのように存在したいと、心から想う。


怠惰な者は、今現在生存しない過去の作曲者に対してその最も愚かな妄言を吐いている。
現代に生きる作曲者の作品を演奏するなら、今の現実を生き音楽を創りあげ表現している生きた作曲者の意志に対してそのような妄言は、音楽そのものに対する、また作曲者である人間に対する「冒涜」以外の何物でも有り得ない、と私は考えている。


自分自身の心の中で自分自身に言い訳するのならまだしも、ブログで自分自身の怠惰と怠慢を公言する愚者の非を、嗤う。


休養して、また練習&勉強♪

不愉快な日々

今年野ウィーンでのレッスンまで、あと3週間ほど。


今月の勤務も全て夜勤。
しかも、人手不足で休日を1日減らされた。
隔日で2〜3件の手術日が続く。
体が動かない。
部屋の中を歩く事も、辛い時がある。
連続夜勤が続いて、帰宅すると頭はクリア、というか逆に覚醒状態なのに何も出来ない。
連続夜勤と連日の酷暑で、確実に集中力が落ちて来ている。
全身の代謝機能が落ちている。
音楽を聴いても、頭に入らない。
楽譜を見ても、眼が疲れる。
連日、近所の日帰り温泉に通っているが、全身のあちこちが痛む。
何一つ準備が進まない。
隣の駅まで買い物に出掛ける事さえ、億劫だ。


勉強不足。
練習不足。
私にとって、これ程不愉快で腹の立つ現実は、無い。
今年のウィーンでのレッスンでは、明らかに指摘されるであろう事。
それでも何とかウィーンでのレッスンを実現させたかった、私の誤算だろうか。
もう、今現在は、これ以上の体調不良を招かないようにするという極めて消極的な調整しか出来ない。
この体調では、歌えない。
声が、でない。
兎に角、体を休めてウィーンのレッスンで「歌える」事にまず集中しなければならない状況。
何で、わざわざウィーンまでレッスンに行くのに、たったこれっぽっちの事しかさせてもらえないのか。
本当に、世の中は不公平だと、憤りを感じる。
不愉快も不愉快、極まりない。


努力が全部報われれば、誰も苦労する人間は存在しないであろう事は分かっているが、これだけ頑張って来たのに自分のやりたい事が殆ど出来ない状況というのは、本当に悪意を感じる。
何物にも、感謝出来ない。
イライラする。
ブログを書こうと思っても、こういう文章しか書けないので、今迄書きたく無かった。
今、殆どのブログを休業中。
でも、ガス抜きしないと全部破壊しそうな気分。


余りに不愉快で、反吐が出る。


ガス抜きしたら、また休む。
久し振りに、エアコンを使わなくても眠れそうな気温。
明日もまた、夜勤。
疲れた。


ウィーン行き準備開始

今月は最初から、3連続当直(6日連続夜勤)が3回も続いた。この酷暑と連続夜勤の蓄積疲労で、昨日まで21日間の間たった3日の休日は、殆ど練習にならなかった。風邪もひきかけてしまったけれど、無理せずオフ日を増やして、何とか喉を痛めたり喘息発作を悪化させる事は免れた。

先日、ウィーン行きの航空券を購入しにJTBへ行ったら、13万円のチケットは売れ切れで23万円のチケットしか無いと言われた。流石に10万円の差は大きかったので、調べて貰った所、多少日程をずらせば11万円のチケットが取れると言われて、急ぎウィーンの先生と連絡を取り、何とか2日程ウィーン行きの日程をずらして貰う事が出来た。で、ようやく11万円の航空券をゲット!!!
一度ウィーン行きを中止して、今度は日程をずらして貰い、本当にウィーンの先生方には御迷惑をかけてしまった。

しかも、先日急遽今年のウィーンでのレッスン曲が大幅変更という緊急事態となってしまった。
私が新しく始める勉強のためのレッスンを、来月のウィーン行きで行ってはどうか、とのウィーンのM先生からの御提案だった。
本当ならバッハ「シュメッリ歌曲集」や、モーツァルト歌曲、モーツァルト「魔笛」パミーナのアリアや「ドン・ジョバンニ」ドンナ・エルヴィーラのアリアのレッスンを行う予定で今迄練習を行って来たが、全く違う作曲家の曲をこれから1ヵ月ちょっとで勉強しなければならない。
最初は、幾ら何でも無理だ!!!と思ったのだが、ウィーンの先生方は私が新しい勉強を始めるためのピアニストや新しい先生まで探して下さっていて、私が来月ウィーンに行くまでに私の事を説明して御紹介して下さる準備まで行ってくれていた。
後1ヵ月ちょっとで、最低でも新曲を10曲は勉強していかなくてはならない。
でも、やってみもしないで、努力もしないで「出来ません」なんて、これだけ私の声楽の勉強に対して充分過ぎる程の準備をしてくださっているウィーンの先生方に、大変失礼だし申し訳無い。
やってみて努力してみて、それでも出来なかったら仕方が無いが、敵前逃亡は卑怯者や憶病者のやる事だ。
だから、これから約1ヵ月ちょっとで新しい曲の勉強を開始する事に決めた。
1曲でも多く楽譜を作り譜読みをしていかなければならない。
選曲はこの2〜3日でほぼ出来てきている。
8月後残り10日間の間に、休日が5日ある。今日から3連休。だから、なるべく体を休めながらも出来る限り練習と勉強を行って行く。
たった1ヵ月ちょっとの練習で、新曲をどれだけ歌えるようになるのかはたかが知れているかも知れないけれど、ヤンクミにも褒めて頂いた持ち前の「集中力」で、出来る限り頑張って行きたい。
ウィーンのM先生も、

「出来れば、参考程度に(新しい)曲をお持ち下さい」

とメールを頂いた。
後は勉強するのみ!!!!!



最近非常に鬱陶しく思う事がある。

どこのブログでも似たり寄ったりなのかも知れないが、「ウザいコメント」が多い。
プロフを読んで私がアマチュアだと知ると、先輩気取りで頼みもしないのに的外れなアドバイスをする輩。
初コメントなのに挨拶無しで上から目線で命令口調でコメントを書く輩。
ブログの内容とは全く違う自分の言いたい事だけ書き殴り、挙句の果てには暴言コメントする輩。
正直呆れて言葉が出て来ない。
無視すれば無視するでしつこくコメントして来るし、反論すれば反論するで逆ギレコメントが返って来るケースもある。
そうかと思えば、私がちょっと不快感を表わす厳しいコメントをした途端に、掌を返したような御機嫌取りとも受け取れるコメントを返して来る輩もいる。

私は、言葉の丁寧で優しい人当たりの良いブログは書いていないが、自分の言いたい事は自分のブログで書く事は基本原則だろう。
反論のコメントを書くなら言葉を選ぶか、もしくはメッセージとして人目に触れない形で行う。
私は基本的に、自分の練習やレッスン記録のためにブログを活用しているし、時々はガス抜きにもブログを活用している。でも、他人のブログを回って歩いて、

「私のブログ是非読んで下さい、コメント書いて下さい」

なんざ、頼んだ覚えは無いっちゅ〜の(呆)
まあ、今日余りにも目に余るブログのコメントがあったので、今後サイト管理者などにも相談して、そろそろ然るべき対応を取るつもりではある。
ブログは書くのも自由、読むのも自由。
但し、人を不快にさせないような配慮なんざ、ブログに限った事でも無いだろうが。
全く、いい大人が恥ずかしくも無く、よくもまあコメント書き込んで来るもんだ、とただただ呆れかえるばっかりだけど。
私のブログが面白く無いなら、二度とアクセスして来るなよ。全く。
まあ、誰にも相手にして貰えない寂しい人間だから構って欲しくてイチャモンコメント書いてるなら、放置プレイもアリかもしれないがね。


さて、阿呆に構っているヒマは1分たりとも私には無い。
勉強、練習♪


忍耐の6日間

今月19日、超久しぶりの谷岡先生のレッスンだった。
レッスンで見て頂かなければならない曲が、しこたまあった。モーツァルト、シューベルト、シューマン歌曲と、モーツァルト「ドン・ジョバンニ」ドンナ・エルヴィーラのアリア3曲。
今現在、病棟で横暴・暴言の限りを尽くしているバカ医者のお陰で、タダでさえ苛酷な労働にストレス倍増で病棟中が殺気立っているのに、一向に進展しない親父の借金問題で弁護士さんから連絡を待つのも疲れ切ってしまっているのに、この日のレッスンで私の精神的緊張は限界を超えた。

レッスン前に、谷岡先生からお話しがあった。
谷岡先生は、6月下旬に御自身が御指導されている合唱団の方々とウィーンに行かれていた。
そのウィーン滞在中に、私がウィーンのレッスンでお世話になったM先生と、何やらトラブルがあったとの事だった。私も谷岡先生に詳細をお尋ねする事は出来なかったのだけれど、谷岡先生から非常に厳しい内容の事を宣告されてしまった。
谷岡先生曰く、

「私はもうウィーンのMさんやN先生とはコンタクトを取らない事になりました。でも、あなたは私達の助けが無くても御自身でウィーンのMさんとのパイプも出来たようだし、私が協力してあげられなくても大丈夫だと思う。私は、ウィーンのMさんのレッスンをあなたが続けるからと言って、ウチに出入り禁止、なんて事は考えていないし、あなたは自分できちんと勉強できる人だから大丈夫だと思う。」

との事だった。
しかし、私がこれから始める新しい勉強に関して、ウィーンのM先生から、

「出来れば、ドイツ語会話の出来るネイティブの先生のレッスンを受ける事が望ましいと思います」

との御指摘を受けていた。でも私はそのようなドイツ語会話の出来るネイティブな先生なんて、知るワケが無い!!!だから、この日のレッスンで谷岡先生にご相談申し上げて、ドイツ語会話のネイティブ先生を探さなければならないと思ってレッスンに行ったのだが、谷岡先生からは、

「ごめんなさい。私も知っている、紹介してあげられるドイツ語会話の出来るネイティブの先生はいないから、ウィーンでMさんに紹介してもらった方がいいと思う」

との事だった。
谷岡先生とウィーンのM先生のトラブルに関しては、これは私が介入していない問題なのでもうどうしようも無い。私は谷岡先生に、今迄通り谷岡先生とハリセン先生のレッスンを受けたい事、ドイツ語のネイティブの先生はウィーンのM先生と御相談させて頂く事をお伝えした。
谷岡先生とハリセン先生のレッスンから離れたく無い。谷岡先生もハリセン先生も、私がレッスンを受けるようになってからもう5年になろうとしている。私の声がこの5年間でどのように成長したのか、ドイツ・リートやドイツ・オペラで私がどのような曲の勉強をするべきなのか、そして私の声が日本とウィーンとでどれ程の大きなギャップがあるのかを誰よりも一番理解して下さっているのは、谷岡先生とハリセン先生である事は疑いようが無い事だ。
でも今後、私が新しく始める勉強に関して余り協力を得られない可能性も否定出来ない。
特に、現代曲の勉強に関しては、恐らく新しいネイティブの先生を探して見つからない限りは、レッスンを受ける事は不可能かも知れない。

もう一つ、大きな心配があった。
今年のウィーンでのレッスンである。
それでなくとも、親父の入院騒動で一度ウィーンでのレッスン予定をキャンセルしているのだ。
谷岡先生がウィーンから帰国してから3週間余り、ウィーンのM先生から私の今年のウィーンでのレッスンに関するメールは頂いていないが、私は今年、本当にウィーンにレッスンに行く事が出来るのだろうか???
大きな不安がよぎった。

谷岡先生のレッスンは、モーツァルト、シューベルト、シューマンの歌曲を6曲レッスンして終了。ドンナ・エルヴィーラのアリア3曲は時間切れで、次回レッスンとなった。
足取りも重く、帰宅した。
谷岡先生からウィーンのお土産を頂いた。まだ手を付けられないでいる。

谷岡先生のレッスンが終わってから、ウィーンのM先生にメールを送った。来月から燃料サーチャージが値上げになるので今月中にウィーン行きの航空券を購入するので、詳細が決まり次第ご連絡申し上げる事。
後は、ウィーンからM先生の連絡待ちとなった。
余りのショックに、次の日喘息発作を起こした。
もう、泣くしかなかった。
何でこんなトラブルばかり起きるのか。
自分の努力全部報われて欲しいなどとフザケた事は言わないにしても、ここまでアンラッキーばっかり続くって、一体ど〜ゆ〜事なんだ!!!!!
生きてるのが、嫌になった。心底、さっさと生まれ変わって新しい人生を生きる方が余程マシな人生を送れると真剣に考えた。
後に残された人間の事?????私の知った事か!!!!!
そう思いながらも、周囲の方々に何とか励まされて慰められて叱咤激励されて、とにかくウィーンのM先生のレスポンスを待つ事にした。
更に不眠症が酷くなり、食欲も無い。ハードな夜勤が続いて疲労困憊の中、一昨日は患者さんの急変があって15時間休憩無しの夜勤だったのに、例のバカ医者に無能呼ばわりされて、初めて病棟課長の前にボールペンを投げつけて、
「こんなんじゃ、やってられっか!!!」
と怒鳴って、泣いた。
もう、散々な日々だった。

待つ事6日目。
昨日から今日の夜勤は手術もあったけれど比較的落ち着いた静かな夜勤だった。
非常に疲れていたので、ギャラリーカフェでアイスコーヒーを一杯飲んで帰宅した。
帰宅して、一杯酒呑んで一眠りして目が覚めてから、PCを開けて横目でオールスターを見ながら病棟の後輩にメールしていたら、すぐにレスが返って来た。
てっきり今日一緒に夜勤した後輩からだと思ったら、ウィーンのM先生からの返信メール!!!!!
恐る恐る、メールを開いた。ウィーンのM先生から、

「メールありがとう。出張の為に返信が遅れました。では出発と帰国日が決定したら、お知らせください。お目にかかれるのが楽しみです。
暑い日がつづきます、お健やかにおすごしくださいますように」

と書かれていた。
本当に久し振りに心の底から、ホッとして思わず涙が流れた。
どんなに苦しくて多少自棄になっても、我慢して諦めなくて本当に良かった。
これでまた今年もウィーンでレッスンが受けられる。
ミューズは私を見放したワケではなかった。
改めて、励ましてくださった方々に、少しではあるがお礼を申し上げた。
余りにしんどい日々で、このブログを書く気にもなれなかった。
でも、運命がどれ程私に冷たくても、私の周り全ての人が敵では無いのだから、不貞腐れてばかりいないで我慢しなければならないだろう。短気は損気。

尤も、私の事を傷つけて乏しめてくれた人間は、別だがな。

取り敢えず、今日からは少し眠れそうな気がする。
連続夜勤が明けたら、ウィーン行きの航空券を購入しに行こうと考えている。
まだ少し胃は痛いけど、負けていられない♪
ウィーン行きまで、ファイト。

入手不可能な超貴重品

ラー油。
何処を探しても売っていな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!!!!!!!!
2ヵ月程前に、自宅近くのコンビニで桃屋「辛そうで辛くない少し辛いラー油」を3個見つけて購入してからそれ以降、何処を探しても見つからない、売っていない。
私の住んでいる沿線の駅を相当探したが、売れ切れ御免、入荷未定。
そこで、病棟課長、看護師仲間、看護助手さんに頼んで、何個でも買い取るからもし見つけたら購入してくださあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い・・・・・・・・・・、とゆ〜事で、よ〜やっとS&B「ぶっかけ!おかずラー油」が6個手に入った(滝涙)
今度、買って来てくれた看護助手さんに、スウィーツでもプレゼントするとしよう♪


千葉ヤンクミ一座の演奏会終了後、6月末〜今日まで、15日間のうち休日はたった1日、とゆ〜世にも残酷物語な勤務状況で、いい加減死にそうになっていた。
しかも、職場にトンでもない医者が生息している。
先日の夜勤、夜中ずうぅ〜〜〜〜〜っと2名の患者さんが夜間不穏・譫妄を起こしていて、歩いちゃいけないのに一人で車いすに乗ろうとする、一晩中車いすに座り大声で独語を喋り続ける、という状況で止む無く朝の6時頃に、その日当直だったトンでも無い医者に電話で報告したら、

「オレは明日も一日仕事しなきゃならねえぇんだよ!!!家に帰って酒飲んで寝てられねえぇんだよ!!!!!イチイチくだらない事で電話してくるんじゃね〜〜〜よ!!!!!!!!このバ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜カ!!!!!!!!!!」

と、罵られて逆ギレされて電話を切られた。
もう無言。そのトンでも無い医者のお陰で、病棟中が今大紛糾している。まあ、当然だわな。
タダでさえ休日も少なく忙しい連続夜勤続きなのに、疲れる仕事が余計にしんどいわ。阿呆が。


結局、疲労困憊を通り過ぎて、今月初めの休日は起き上がる事も出来ずに足も動かずに、オマケに天候悪いせいで喘息発作もず〜〜〜っとチョコチョコ続いて、1日完全オフ日にしてしまった。
貴重な練習時間なのに!!!9月にはウィーンでのレッスンがあるのに!!!!!嗚呼、悔しい。

そ〜ゆ〜訳で、明日(今日?)、よ〜やく休日レッスンが出来る。もう2週間以上も声を出していない事になってしまった。
ホント、凹む。練習出来ないのが一番辛いし悲しいし焦るし・・・・・。
まあ、練習出来ないからって勉強しないって訳にも行きませんがな。
兎に角、少しでもCD聴いたりDVD観たり、と少しづつ出来る範囲内で、勉強勉強♪
今年9月のウィーンでのレッスンのために、フリッツ・ヴンダーリヒのウィーナーリートのCDをやっとこさ見つけて購入したので、時間がある時には録音を聴いている。
ヴンダーリヒは、やっぱしいいなあぁ・・・・・。
それと、モーツァルトのオペラ・アリア。
「魔笛」パミーナのアリアは一度演奏会本番に乗せているのでそんなに焦らなくとも良いと思うのだが、一番の問題は「ドン・ジョバンニ」ドンナ・エルヴィーラのアリア3曲。
役柄も大物なだけに、どう歌おうかかなり悩んでいる。
私だったら、ドン・ジョバンニみたいな野郎は、絶対に追っかけたり探しまわったりしないよなあぁ〜〜〜〜〜・・・・・とか考える。
そ〜すると、自分の性格とドンナ・エルヴィーラのキャラクターとのギャップを大きく感じる。
ハテ・・・・・・・・・・ど〜やって歌おうか・・・・・・・・・・?????
取り敢えず、明日スタジオ3時間の予約が取れたので、一通り練習してみてからまた考える。

19日には、超久しぶりに谷岡先生のレッスンにお伺いする事になった!!!!!
その時に、まだレッスンして貰っていないシューベルト、シューマンの歌曲と、ウィーナーリートと、ドンナ・エルヴィーラのアリアのうち出来るだけレッスンして頂かないといけない。
今週は、勤務が細切れなので少し体力的に余裕がある・・・だろう・・・・・と考えているが(汗)

その他、今月28日に、これもまたミルヒー先生と一緒に演奏会を聴きに行く事になった。
ミルヒー先生が、その演奏会で弾くピアニストを紹介してくださるという事なので。
本当は、ミルヒー先生の演奏会を聴きたいのだけれど(苦笑)
でも、やっぱり最近は自分が歌う事ばっかりで、他人の演奏を聴く機会がめっきり減ってしまったので、丁度良いなあぁとは考えている。


今欲しいもの。
時間と、ラー油。

そろそろ寝よう。今日も暑い。

ハードロック&へヴィ・メタルとゲーム

ヤンクミ一座の演奏会が終わってから喘息発作の調子が今一つなのだが、何とか持ち直して先日よ〜やっと久し振りにドイツ・リートの練習を再開した。
今年9月にウィーンでレッスンを受ける予定の曲、バッハ、モーツァルト、シューベルトの歌曲、ウィーナーリート、モーツァルトのオペラアリアで約20曲。
そして今年12月に予定しているシューマンのリサイタルの歌曲9曲。
一度の練習3時間では、練習し切れない(滝涙)
それでもシューマンのリサイタル用歌曲9曲は、10月までには暗譜をしてしまわなければ間に合わないので、優先的に練習しなければならない。今から気合をいれて相当歌い込まなければならないのに、最悪の事態。
来月7月〜9月は、ウチの病院は夏休み期間で看護師が順番に夏休みを取る。そのためまたまた人手不足で勤務が苛酷になる。7月は当直10.5回。1ヵ月に21日間は、夜勤をする計算になる。
死ぬわ、こりゃ・・・・・・・・・・(爆死)


まあ別に死ぬなら死んでも良いのだが、延命処置はしないっちゅ〜ことで(笑)


先月、ウチの病棟に音楽関係者が手術のために入院していた。
セッション・ドラマーのお兄ちゃん。といっても、私よりも2歳だけ年上なだけなんだが(苦笑)
手術当日は私が夜勤で担当だったので、多少話すキッカケもあって、手術後落ち着いてから病室に行ったら何と「ドラム・マガジン」を読んでいた。そっから話が大いに盛り上がった(笑)
私は中学〜20歳代前半までは友人と元旦那の影響で、ハードロック、へヴィ・メタルを主に聴いていた。ラットやシンデレラのライブに行き、武道館のディープ・パープルのコンサートにも行った事がある。レインボーやホワイトスネイクやモトリー・クルーやオジー・オズボーンも大好きで、マニアックなトコロではW.A.S.Pも結構イケるクチで、ガンズ・アンド・ローゼスくらいまではかなり聴いていた。
で、そのセッション・ドラマーの患者さんと音楽(主にドラマー)の話に花が咲きまくった(爆)自宅の奥にしまい込んでいたハードロックやへヴィ・メタルのCDやビデオを探したら、3年余り聴いていなかったので全てカビが生えてしまっていたので、全部破棄(誤爆)日頃クラシック音楽のCDやDVD購入で貯めたHMVやAMAZONのポイントを使いまくり、ハードロック、へヴィ・メタルのCDとDVDを再購入しまくった(笑)
レインボー、オジー・オズボーン、ボン・ジョヴィ、モトリー・クルー、W.A.S.P、バッドランズのCDと、オジー・オズボーン、モトリー・クルー、シンデレラのDVDを購入して、専らハマっている。
聴いたり観たりしているともうとっても懐かしくて止まらない。
でも、中学生時代から10年位はずっと聴き続けていたハードロック、へヴィ・メタルである。勘を取り戻すのに時間は要らない(激爆)し、ドラマーの患者さんとも話が大いに盛り上がった。
ドラマーの患者さんには、私が今クラシック音楽の声楽の勉強をしている事をお話しした。非常に驚かれてしまった。

「なんでW.A.S.P聴きながら、オペラ歌うの??????????」

byセッションドラマー談(核爆)
まあぁねえぇ・・・・・・・・・・・・。確かに不思議な現象かも(核爆)ドラマーの患者さんにも相当に大爆笑された(超苦笑)
そして、一つ考え込んでしまったのだけれど、ヘンデルのクレオパトラのアリア「Non, disperar」のようなアップテンポの曲を歌う時の私の感覚は、ど〜もクラシック音楽だけでは無いよ〜な・・・・・(滝汗)
いやあぁ、まあぁ、これは余り深く考えないでおこう・・・・・・・・・・と・・・・・・・・・・思う・・・・・・・・・・・(沈黙)
ドラマーの患者さんは無事御退院されたのだが、機会があったらライブにお伺いする約束をした。
ちなみに私が好きなドラマーは、コージー・パウエルは手堅いトコロで、トミー・リーやランディ・カスティロ、マニアックなトコロではフランキー・バネリなど、手や足が10本づつはあるのではないかと思われるドラマーが大好き。スネアが重いドラマーが大好き♪
元旦那がギタリストなので、ギターも弾けないけどイケるクチである。ギブソンのレス・ポール・スタンダードの音が大好きで、フェンダーはストラトキャスターよりもテレキャスターの方が好きである。シングルコイルよりもハムバッカーの音の方が好き♪
ギタリストは、やっぱりオジー・オズボーン・バンドでデビューした日本人ハーフのジェイク・イー・リーが今でも大好き。ジェイクはサンディエゴ大学音楽院に入学後、ドロップアウトしてギタリストになった。結構、ハードロック、へヴィ・メタル関係は海外の音楽院入学者や卒業者もいる。
う〜ん、声楽が落ち着いたらそのうちギター習おうかな。

でも、クラシック音楽だけに凝り固まらないでいられると、こ〜ゆ〜出逢いもあるし、患者さんとも「音楽」として共通の話題があるとハードで辛い看護師の仕事も時に癒される事も多い。
ドラマーの患者さんが実際にドラムを叩いているCDを頂いた。聴いてみたら、これがまた丁寧で几帳面なドラミングをされていて、やっぱり音楽の演奏って、その人の性格や人間が本当に出るものなんだな、と実感させられた。客観的に人の演奏を聴くという事の大切さをしみじみと感じた。
頂いたCDは、今病棟中の看護師に回して、皆で聴いている(笑)
ヤンクミ一座の演奏会の前日に千葉入りする前に病院の外来受診した時に、ドラマーの患者さんからゲキを頂いた。
同じ演奏家としてジャンルを超えて、本番直前に励まして貰える事は、とってもとっても励みになるし嬉しい事である。


もう一つ、少しだけハマっている事がある。
先日、とある方とお知り合いになって、その方が激しくゲームがお好きとの話を伺って、長く中断していたゲームに少おぉ〜〜〜〜〜しだけ手を出している。
と言っても、私はスーパーファミコンの世代なので、今のゲームには殆ど興味が無い。
それに何と言っても、看護師の仕事をしながら声楽の勉強をして、その上ゲームにハマってしまったら「世界最強の引きこもり」が誕生するであろう・・・・・とゆ〜事で、もう随分以前にゲーム機は全て撤去してしまったのである。
現在は、携帯のアプリで「ロマンシング・サガ」と「ファイナル・ファンタジー4」を、時々気分転換にチビチビコソコソ細々とプレイしている。
ホントは「伝説のオウガバトル」「タクティクス・オウガ」もやりたいんだけど(涙)


まあ、たまには気分転換も良いかと(爆)
嗚呼、ウィーンのレッスンの勉強とシューマンのリサイタルの勉強しなくちゃ・・・・・・・・・・(溜息)


ポンちゃんのお言葉

ヤンクミ一座演奏会のため前日19日に1時間程軽く発声練習を終わらせて午後千葉入りした時は、梅雨は一体何処に消えたんだあぁ???と思う程の晴天で、千葉駅前には、管総理大臣と福島大臣が駅前演説を行っていた。当然、厳戒態勢。

ホテルにチェックインだけして、早々にヤンクミ宅に最後のピアノ合わせに向かった。体調のため、非常に声帯が充血していて炎症を起こしやすい状態で、そうそう目一杯の声は出せなかったので、ヤンクミとのピアノ合わせは本当に気になる箇所をピンポイントで合わせるだけに留めた。風邪では無い。それは去年の教訓と毎日の「せんねん灸タイム」で風邪対策は万全だった。が、体調とは自己管理だけではど〜にもならんモノもある。
ヤンクミ宅に到着して自分のコンディション状況を説明したらすぐに納得了解して頂けた♪とゆ〜事で、前回の演奏会会場での通し練習の時に気になった箇所と、今回初めて歌う1曲目「Non, disperar」だけを通して練習を行った。
「Non, disperar」は、ダ・カーポ部分で途中楽譜の正規の音よりも1オクターブ上げて歌う音を、楽譜通りにトリルだけ付けて歌う可能性を説明して、実際にその練習を行った。特に問題も無く、また自分の今のコンディションではテンポ的には多少ゆっくりめの方がしっかりブレスを取り易いので、コンディションの悪さから余り焦らないように気持ちを切り替えて、それをヤンクミにもお伝えした。今迄の練習よりもブレスを小まめに行う事により、きちんと声帯〜頭部を体全体で支えた低く深いポジションでの発声を心掛けた。これが、今の私としては大曲を歌っても極力声帯の負荷を減ずる方法であるからである。
フィギアスケートの高橋大輔選手と同じ。ミスした場合を十二分に想定した練習を繰り返し行う事。どのようなミスが考えられるのか、ブレスが切れやすい部分はどのフレーズか、もしブレスが持たなかったとしたらどのように立て直すのか。それらを入念に検討して事故の被害を最小限度に抑えるためには、ヤンクミの協力が勿論必要だが、何よりも自分自身がリスクを想定した練習を継続的に集中的に行わなければならない。当然ヤンクミにはブレスの箇所が増えるであろう事、そして頻回なブレスに構わずヤンクミ自身のペースでの切れない伴奏を行って頂く事で合意した。

ヤンクミとの最終ピアノ合わせが終了した後、幾つかの用事を済ませて千葉そごうでお粥を夕食にしたのは夜6時過ぎていた。その後ホテルへ戻り演奏会本番のための全身ケア。まずは「せんねん灸タイム」から。全身せんねん灸尽くし。全身のお灸が終了するまでに30分以上かかった。その後入浴。疲労を除いて出来る限り全身の代謝能力を上げなければならなかった。入浴に30分以上。その後、そこらの入院患者の4〜5倍はある内服薬を腹一杯に飲んで、演奏会当日朝の発声練習を行うスタジオに電話を掛けたのが夜10時。大変な事に、毎年使用しているスタジオに空きが無い!!!!!困って携帯で千葉市内のスタジオを検索、何とか午前中に予約を取る事が出来た。考え付く限りの準備を済ませてようやく寝ようと思ったら、夜11時を過ぎていた。


演奏会当日、朝5時。
呼吸困難とともに覚醒。外は薄明るかったが、今にも雨が降りそうな雲行き。
喘息発作とともに迎えた、演奏会当日。前日夜、こんな事もあろうかと思い普段の倍量のステロイドホルモン剤を内服して眠ったにも関わらず、この始末。だが凹んでいるヒマも諦めるような鷹揚さも私は持ち合わせてはいなかった。すぐに朝の内服薬を飲んで早速追加の「せんねん灸タイム」を施行。喘息の吸入薬をいつもの3倍はたいて、副作用が落ち着いた頃に再びうたた寝した。このためか、スタジオでの発声練習は時間的にギリになってしまった。例年なら演奏会本番会場入りしてから飲むユンケルやリポDを朝から飲みまくり。
例え、喘息の重積発作を起こして呼吸が止まったって、歌う前に敵前逃亡するぐらいなら、堂々と呼吸停止してやる!!!との心意気で、演奏会本番会場入り。早速ヤンクミに喘息発作の状態を報告した。最終通し練習の30分間のうち、私が練習可能な体力は半分の15分だけだった。
喘息発作の特徴は、上手く息を吐く事が出来ない。まるで強力なサポートストッキングで絞めつけられるような胸部不快症状が強い。上手く息を吐けないという事は即ち、上手く息を吸えないという事に繋がる。無論、4小節ものロングブレスはほぼ不可能。
恐らくは、1日分のステロイドホルモン剤を1度に内服して、4〜5日分の吸入薬の規定量を僅か3時間で吸入して、演奏会本番直前まで4〜5リットルの水分を摂取した。心拍数は100以上が5時間は続いた。
これは流石に、結構キっつかった。
会場入りしてからもずっと、どんなに呼吸が苦しくても黙って休んでいる訳にはいかない。そんな事をしていたら体が固まってしまう。楽屋入りしてからはずっと柔軟体操、ストレッチを続けた。この体力と精神力に関して言えば、看護師という職業柄、本当に自分は鍛えられていたと考えている。
期待に違わず色々と困難試練のオンパレード♪

午後2時、演奏会開始。
まずは2台8手のピアノ演奏から始まった。開場してから比較的余裕を持ってメイクを行った。
何しろ、クレオパトラなのでメイクが濃い(笑)アクセサリーも派手(爆)
しかも1曲目の「Non, disperar」では、ドレスを太腿ギリまで捲り上げて網タイツとハイヒールを見せながら踊りながら歌う、という私自身としては前代未聞の歌唱(超苦笑)
この喘息発作で息もロクに吸えない吐けない時だったが、出来る限り大きな変更はしたくなかった。

何故なら、今迄、去年のヘンデルのリサイタルも含めて、出来る事は総てやって来た。
私が出来る限りの最大限の練習はもう充分にやっている。
後は、自分自身のやる気と意思と貫き通す強さだけが自分自身を支え、私だけの「クレオパトラ」の演奏が出来るし、それしか私には残された方法は無かった。だから、迷う事は一つも無かった。
途中でブレスが切れようが、途中で呼吸停止しようが、私は私の「クレオパトラ」を5曲歌いきる。
そう考えていたら、ヤンクミからいつもの言葉が出て来た。

「さあ、楽しい音楽の時間にしましょう」

その言葉に押されて、総てを押し切って押しのけて、舞台に立つ事が出来た。
練習とは何も変えない、変えたくない。
自分にはきっと出来るはず。
そう信じて、ヤンクミに目で合図を送った。


歌い出し、全くブレスが足りない、持たない。但し、約1時間近く断続的に行っていたストレッチのお陰か、いつもの演奏会1曲目よりも体のポジションの重心を比較的下に取る事は出来ていた。最も顕著に表れていたのが、中高音域の音程。過去の演奏会では、緊張の余りにブレスが浅くなりブレス不足に陥る事が大半を占めていたのだが、今回は喘息発作による換気障害のためのブレス不足という事態を十分に予測し対処したのだろうと考えている。もう一つの要因は、2度のリサイタルの経験から長丁場に慣れた事、力配分のバランスが成長したというふうに考えている。
どんなに呼吸が苦しくて、いや、実際には大量の吸入薬で随分と呼吸困難は改善されてはいたのだけれど、やはり喘息発作を起こしていない時に比べて遥かに呼吸機能が低下している事には変わり無かったので、外した部分は幾つかはあったのだが、去年のヘンデルのリサイタルでも歌った2曲目以降「Tu la mia stella sei」から「Venere, bella」までは比較的、去年のリサイタル時よりも表現する意志を感じ取って貰う事の出来る歌唱が出来たと考えている。
アジリダを極力押さないで発声出来た事が、そして、緩急を付ける事が表現としてのテクニックに繋がると同時に、目いっぱいの力技で押して出す発声よりも遥かに体力的消耗を抑える事が出来るという事を実際に体感出来たという事が、一番の成果であったと考えている。
まず、声帯が炎症を起こしやすい体調であり、喘息発作による呼吸機能低下状態である事から、なるべくコンパクトにエコで、しかしミルヒー先生が「あなたの声」と指摘した、太くて深い発声を決して犠牲にせず疎かにせず、体の支えの不足による息漏れから来るブレス不足を、上手くフレーズ毎にコントロールするという一つの最悪のギリギリの選択肢として実際に演奏に活かす事が出来たという事は、一つの大きな成果だったと確信している。こうして実感した経験として、アジリダが多くてもそれが決して声帯疲労に即繋がるとは必ずしも言い切れないという新たな認識を持つに至った。
そして、余分な力の抜けたアジリダは、ちゃんと表現に繋げる事が出来る、という事も。

全身汗だくで4曲のクレオパトラのアリアを歌った。
もう、メイクは総て流れ落ちているのではないのかと思う程の、汗。
そして、ピアノに合わせた空調のため、1曲歌う毎に乾燥する喉。本来の打ち合わせでは、2曲に1度は水で喉の乾燥を緩和させる予定が、1曲毎に水を口に含んでいた。
でも、一番最後に残された、クレオパトラの一番ドラマティックなアリア「Se, pieta」
今回は、レチタティーヴォから歌う。この「Se, pieta」のレチタティーヴォの後半のピアニッシモで歌う部分の出だしのピアノ伴奏は、私がヤンクミに、

「もっと自由に音を増やして欲しい」

と、特注を出した部分でもある。しかも、非常に音程が取り辛い部分である。ゲネプロでも何度も何度もヤンクミと確認作業を行った。去年のヘンデルのリサイタルで歌ったアリアの練習の3〜4倍は自己練習を行った部分である。ヤンクミも、非常に工夫を凝らして技巧的にドラマティックに、しかし決して私が歌い辛く無いように配慮してくれていた。
それでも全身汗だらけで、喘息発作で、既にこの「Se, pieta」を歌う体力を何処から捻り出せば良いのだろうか、と正直苦笑せざるを得ないコンディションではあった。
でも、この「Se, pieta」は、私が尊敬して止まないレオンティン・プライスを手本として勉強し、その他のどの歌手の演奏も一切参考にはしなかった、今の私が歌う事の出来るドラマティックなアリアの限界である。この曲を歌わずして、クレオパトラを歌ったとは言えない曲である。
去年、風邪で喉を痛めながらも喉が千切れてもいいから最後まで歌わせて欲しいと舞台上で祈った、シューベルト「こびと」と同じように、舞台上で祈った。ヤンクミは、私に十分な祈りの時間を与えてくれた。

結果、神様はギリギリ耐え得る声帯を私に用意して下さった。
静かに左手を高く振りかざして、観客の顔は全く見る事無く天だけを見据えて歌う事が出来た。
流石に喘息発作を起こしての5曲目、しかも自分自身の限界のドラマティックなアリア。音程が崩壊しそうになるのを、一つ一つ丁寧にギリの段階で持ち堪え、一歩づつ一歩づつ、私自身のクレオパトラを歌った。
ヤンクミの伴奏は、凄かった。完全と言える程に私のブレスを読んでくれていた。
恐らく、ヤンクミ程私のブレスを的確に読んでくれるピアニストは、稀であると思う。


私のクレオパトラを一時休止とする事が出来る。ヤンクミのピアノ無しには出来ない演奏だったと、深く深く心から感謝している。
全身汗だくで、メイクもほぼ落ちてしまっていて、絶世の美女クレオパトラも何処へやら(笑)
歌い終わってホッとして、腹が減って疲労困憊で、喘息発作も丁度良く(???)落ち着きを見せた。
演奏会は2台8手のエルガー「威風堂々」で幕を下ろした。
ヤンクミ一座、15周年記念コンサート、度重なる会員の不測の事態により、元の会員数の半分近くまで減少し、来年は活動を一時休止する。それでも、初期メンバーから私のような途中参加メンバーまで、皆で15周年記念という意気込みが確かに存在した。モーツァルトが得意だった病院長の奥様がラフマニノフに挑戦し去年の雪辱を果たし、フランス・エスプリのショパン@仲間由紀江であるヤンクミがガーシュインをパンツルックで演奏し、音大には行っていないにも拘わらずモーツァルト「2台のためのピアノのためのソナタ」の1stピアノを弾いたピアニストは、今私の新しい挑戦のための大きな勇気を提供してくれた。今年、多々の事情により参加出来ない方々も聴きに来てくださって、本当に小さいけれど充実した、次のステップに繋がるヤンクミ一座の演奏会になったと思う。
皆会員は、家庭の主婦で、夫の面倒と子供の世話と仕事と、舅の介護をしながらの勉強、練習、参加である。途中メンバーが入れ替わる事があったとしても、15年間継続するという事は並み大抵の事では無いと考えている。私が参加したのは15年の内の僅か半分に過ぎないが、それでもこのヤンクミ一座が私自身の成長の大いなる手助けをしてくださった事には何等変わりが無い。
改めて心から感謝の意を申し上げたい。


演奏会が終了してからドレスを着替える間も無く記念撮影、会場の片づけに入った。
私がパイプ椅子を畳んで片づけていると、数名のオバサマ方々から声を掛けられた。
「毎年、素敵な歌声を有難う」
「今年は参加されないのかと思っていましたんですけれど、パンフレットの最後にお名前があったので嬉しかったです」
「有難うございます。これからもまた歌を聴かせてください」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
まさか、まさか私のファンがいたとは、思ってもみなかった(爆)
本当に驚いた。4年前私がヤンクミ一座に復帰した時から、聴いて下さっているようだった。
皆様、上品な御婦人方だった・・・・・(滝汗)
ヤンクミに後日、お目障りな私の太腿を見せてしまい大変恐縮です、とお伝え下さるようお願いした(爆死)


演奏会が終了して東京に直帰の私を、ヤンクミと、ヤンクミの旦那様通称「ポンちゃん」がわざわざ千葉駅まで車で送ってくださった。私は9月末からウィーンでのレッスンが決定しているので、後日行われる打ち上げ会には出席出来ない。なので、ポンちゃんのお勧めで、私がウィーンのレッスンから帰国したら、ヤンクミ、ポンちゃん、私の3人で改めて飲み会を開きましょうという話しになった。もうすぐ千葉駅に到着、というトコロで車を運転中のポンちゃんに私はいっこ質問をした。

(私)「ポンちゃん、いっこ聴きたいんですけど、私、クレオパトラに見えましたか?」

と尋ねると、ポンちゃんはこっくりと頷いて、

(ポンちゃん)「完璧です」

と、答えられた。
男性から「完璧なクレオパトラ」と言われて、嬉しく無い女性はいないのでは???と思うのは、私一人だけだろうか。無論、お世辞も入ってのプラスアルファは当然であろうが、少なくとも容姿では無く、音楽や歌声であってこその「私のクレオパトラ」なのである。
ポンちゃんの一言だけで、このヤンクミ一座の演奏会は十分だったと、今だからこそ思う事が出来る。
ちなみに、演奏会には約30〜40名の方が聴きに来てくださっていたのだが、今回最も最も重要である演奏会のアンケートを書き置きして下さった方は、たったの3名しかいなかった!!!!!
ヤンクミに後日、出来る限りのアンケート回収をお願い申し上げた(気絶)



電車に乗っていた私を待ち受けていたのは、次の新しい挑戦とウィーンでのレッスンの事だった。
既に、ヤンクミ一座演奏会の感慨に耽っている余裕は、カケラも存在しなかった。
何故なら、自宅に到着する少し手前の駅での電車待ちの時間に私は泣きながらヤンクミに電話していたからである。
一昨日夜中に帰宅してから、昨日は夜勤入り。
今日は、夜勤中朝5時に喘息発作がまたも勃発。天気は演奏会当日と同じ様な、曇り空。
そして、明日もまた夜勤。
取り敢えず今の目標は、今年9月のウィーンでのレッスンに、生きて行く事かな♪
今は、ポンちゃんオススメ「麦とホップ」堪能中。出演は田村正和と「仲間由紀江」♪

ラストスパート

ヤンクミ一座演奏会まで、大詰め。
ヤンクミも何とか解熱して体調は回復したとの事。ホッ。

1週間の禁酒期間開始当日から、いきなり喘息発作が勃発して久し振りに死にかけた。結局吸入薬の薬量を倍増されて、副腎皮質ステロイドホルモン剤の内服が開始されてしまった。
まあ、演奏会に穴を空ける訳にはいかんし、喘息発作が改善しないとどのみち歌えないので仕方が無い。
兎に角、薬漬けの毎日なのだが、今年は「せんねん灸」のお陰様で、喉の方は疲労の割には、元気♪
今日も午前中色々な雑用を済ませてから、スタジオで3時間練習。と言っても、もう本番直前なのでがっつり3時間歌うような事は無く、どっちかって〜と、ブラブラしながらチェックの必要なレチタティーヴォや、アリアの1曲目「Non, disperar」を細かく丁寧にお浚いした程度。休憩時間の方が長いくらいのペースで練習をおこなった。
基本的に、私の場合演奏会本番前は纏めて休日を取るので、演奏会本番前後の勤務は大抵が連続夜勤(死)
休日初日よりも、休日2日目の方が蓄積していた疲労が出やすく、何だか体調が悪くてスッキリしないカンジが強いのだが、これは仕方が無いしいい加減慣れて来た。

午後3時間のスタジオ練習が終わってから、予約していた美容院に行ってカット&カラー♪
今日は、指名している訳ではないんだけれど、いつも私を担当してくれる美容師さんがいなかったのだけれど、オーナーの美容師さん(おばちゃん)が担当してくれたのだが・・・・・。何と、去年12月のヘンデル・リサイタルの時のヘアスタイルよりも、今回の方が髪型もヘアカラーも、私の超イメージ通り〜〜〜(はぁと)これくらいバッチリとヘアスタイルがドンピシャだと、演奏会本番への気合いも入るというもの(爆)
明日、ヤンクミが見たら、ビックリするかな〜(笑)

全体的なクレオパトラの歌唱については、5曲中4曲が去年の12月にリサイタルで演奏しているだけあって、全体的には安定している。
一番の問題は、やはり1曲目「Non, disperar」をどこまで丁寧に表情豊かにアリアの内容を考えながら、最後のアリア「Se, pieta」と大きく顕著なコントラストを付ける事の出来る歌唱が出来るか、という事である。
それと、5曲全曲で40分弱歌うので、相当な体力が必要である。躍動感溢れるアリアであり、しかも体の柔軟性が無いと総て声帯に負荷が掛かってしまい、喉を壊してしまうので、全身汗だくで歌う程に全身の筋肉から骨格から全て総動員で歌う事になる。
体力勝負。まるで、我慢大会の様相を呈している。
嗚呼、年とったなあぁ・・・・・と身に染みる(凹)

取り敢えず、荷物の準備は総て出来あがったので、明日は朝イチ病院を受診してからスタジオで発声練習を行って、千葉へ向かう。
毎年の事だけれども、自分が今迄勉強した事を演奏会本番のステージで出せるように、準備を整えている。
楽しいクレオパトラ、妖艶なクレオパトラ、怒りのクレオパトラ、悲しみのクレオパトラ、愛のクレオパトラ。
たった5曲のアリアではあるけれども、自分がこれら全てのクレオパトラになって、聴いている人にそう伝わったら、嬉しいなと思う。
今回は、

「右手にエジプトの旗、左手にローマの旗を掲げた、闘いの女神、女王クレオパトラ」

って雰囲気で♪



この2〜3日、ほんっと〜に心の底から実感したとゆ〜か身に染みた事がある。

「余りにも狭すぎる我執の世界の硬化した偏執的思考に凝り固まったイイ年の大人が、上から目線で偉そうに大威張りで、常識のカケラも無い暴言をアカの他人に押しつける、そんな激馬鹿、大大大っ嫌い」

ホント、ウンザリ。社会の迷惑。存在価値無し。一言で言うと、

「ウザい」

ですわ。マジで。
このブログ読んで、気付いてくんないもんかな。
そんで、二度と私と関わり合いにならないで欲しい。
どっか消えてくれえぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・(エコー)


さて、明日は頑張ろう!!!
早く、冷たいビールが呑みたいっっっ!!!!!




熱を出して寝込んでしまったヤンクミ


早速の喘息発作シーズン到来(怒)
一昨年、昨年に比べて新しい吸入薬の登場で喘息発作の頻度は激減したものの、やはり昨日・今日のような気候は最悪の喘息日和。
昨日、今日とかかりつけの近所の呼吸器内科で治療を受ける。
今日は、クリニックで治療が終わってから、スタジオで3時間練習。
クレオパトラのアリア5曲、ヤンクミ一座の演奏会までもうカウントダウンに入ってしまったので、多少体調が悪かろ〜が、1分たりとも時間は無駄には出来ない。
風邪をひいたり喉を痛めている訳ではないので、声を出す分にはそれ程問題は無いのだが、喘息発作のためか治療を行った後であっても、多少呼吸機能が低下しているようで、ロングブレスが持たない。
特にクレオパトラのアリアは、4小節以上のロングブレスは多いし、2点F・G・Aという5線の上の比較的高音域が多い。
幾ら喘息発作の治療後の練習でも、流石にしんどかった。
最悪、演奏会本番前には、副腎皮質ホルモン(ステロイドホルモン)の投与も視野に入れなければならないだろうと、真剣に考えている。

このヤンクミ一座の演奏会が終わったら、休む間も無く9月のウィーンでのレッスン曲の練習と勉強、12月のシューマン歌曲リサイタルの勉強を即座に開始しなければならない。
ウィーンでのレッスンは、バッハ、シューベルト、シューマン、ブラームスの歌曲、ウィーン歌曲、モーツァルト「ドン・ジョバンニ」のドンナ・エルヴィーラのアリア、「魔笛」のパミーナのアリアの勉強と、非常に沢山の曲の勉強を行わなければならない。
だからこ今回ヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラのアリア5曲を歌ったら、暫くの間はイタリアオペラの勉強から離れる事になってしまうので、今回クレオパトラをきっちり歌って、自分のレパートリーとして確立したいトコロ。
そのため、多少体調が悪かろうが、喘息発作が出ようが、去年のように風邪で喉を痛めながらもシューベルト「こびと」を最後まで歌い切ったように、今年も意地でも頑張り続けなければならない。


幸い、先日のヤンクミとのゲネプロである程度通して歌ったが、悪くは無かった。
強いて言えば、今回新曲の「Non, disperar」の音程が所々不十分なトコロがあった事、レチタティーヴォの声の響きや息の流れが若干力が入り過ぎている事など、気になる点も多かった。
そして、何よりも時間切れで、ゲネプロ中に途中で演奏を中断されてしまったのが、エラいショックだった。
せめてゲネプロだけは通して歌いたかったのだけど・・・・・(滝涙)
それでも、まずまずの出来だったので良しとした。
但し、クレオパトラのオペラアリアはどれも大曲であり、非常に体力を消耗する。ゲネプロ当日は2時間半電車に揺られて来たので、同一体位で座りっ放しのため、ゲネプロの前は体が固まってしまっていた。
こんな状態では、クレオパトラのアリア5曲は歌えない。体全体の柔軟性が非常に要求される発声や音域の広さや高音域から低音域まで、あらゆる事に対処しなければ歌えないアリアである。
千葉に到着してからも、約30分くらいずっとストレッチを行っていた。
演奏会本番当日は、連休も取ったし多少疲労は取れているはずなので、兎に角クレオパトラのアリア5曲きっちり歌えるだけの十分な発声練習とストレッチが最重要課題である事は、どうやら間違いがなさそうである。


最近、発声練習に、ヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」のコルネーリアのアリアを使用している。私は、音域は広く出るのだが、低音域の響きが若干弱い。それに、低音域から徐々に発声練習を行って行く方が声の響きが当てやすい、という傾向にあるためである。
コルネーリアは、声域としてはコントラルトであるので、日本でもウィーンでも演奏会で歌うとなると却下されるであろうが、苦手な低音域を鍛えるためにこれ程までに適したテキストは無い!!!と私は考えている。
コルネーリアのアリア「Non, ha che piu temere」を最初に軽く発声練習として歌っている。
勿論、ウィーンのレッスンには持って行きません(爆)
それから、クレオパトラのアリアは全曲ミルヒー先生からレッスンを受けているので、ウィーンのM先生やN先生にはクレオパトラは持って行かないが、その代わりセストのアリア「Cara, speme」をウィーンのN先生とM先生のレッスンに持って行く事を想定して、自己練習を開始した。譜読みの目途がついて通して歌えるようになったら、谷岡先生のレッスンを受ける予定である。
ウィーンでは、私の声ならセストは結構イケるのではないか???と考えている。
まず、自分自身のセストの歌唱を掴むまで、歌い込まなくてはならない。しかし、クレオパトラを勉強して歌った事により、セストに対する分析やイマジネーションも充分に私自身の中に蓄積されているので、これを大いに活用しないテは無い(笑)

過去、友人と認めた人物に勧めたセストのアリアだったが、私の先生に非常に不敬で失礼無礼千万極まりない態度を取った挙句に、私が貸したCDを返却しないで、私が手紙を書いて返却を求めても無視するという、人間としては最低の部類の人種に、わざわざセストのような心もアリアも美しい曲を歌う資格があるとは、太陽が西から昇っても考えられない。
ど〜せ、こういう人間はロクな死に方をしないだろうから、放置。


昨日、某ピアノブログの記事をヤンクミにメールでお知らせした。
私自身読んで、本当に呆れかえって言葉も無かった。
しかし、もう30年以上ずっとずっと真面目に真剣にピアノと向き合い、ピアノを演奏し続け、病気や困難を乗り越えながら、連弾サークルを15年以上継続し、ピアノ教室で子供に教え続けている、ずっとずっと長い間ピアノと真正面から向き合って来た、ヤンクミのようなピアニストは、こんなブログを読んで大いに怒るべきだと私は考えて、ヤンクミにお知らせメールを送った。
今日の朝、ヤンクミからメールが返信されて来た。

「怒るというよりは、気分が悪くなって熱が出ました。この人は、一体ピアノを何だと思っているのかわかりませんね。自分の事はしっかり棚上げして他人をとやかく言いたがるなんて気分が悪いです。私はもうこの人の考え方には幻滅しました。無視します。
早く立ち直り、熱を下げますね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ヤンクミの気分を悪くさせ、熱まで上げさせるブログの文章。
私の性格よりも、余程性質が悪い(爆死)
ヤンクミが早く回復するように、お詫びのメールを送った。


さて、今日はもう寝る。

「beau」と「joli」

先日、日本歌曲の演奏会にお招き頂いて、聴きに行って来た。
夜勤の手術患者さんが約2時間の手術で殆ど痛みも無く、非常に落ち着いた夜勤だったので助かった(爆)

私は日本歌曲を習った事が無い。理由としては、今迄レッスンを受けて来た先生方々から日本歌曲勉強の許可を貰っていなかった事、イタリア歌曲・イタリアオペラとドイツ歌曲・ドイツオペラだけで手一杯である事、日本人が日本歌曲を歌ってきちんとした「日本語」に聴こえない事ほど恥ずかしいものは無いと自分自身考えているのでどうしても手が出無い事、等々。
要するに、私にとって日本歌曲とは非常に難しいジャンルの一つである。

但し、先日の日本歌曲の演奏会を聴いて、多くの発見があったことを非常に喜んでいる。
まず、今迄の私自身だったら聴いた事の無い、まして現代曲の日本歌曲だったら、飽きてしまって演奏会終了まで集中して聴いている事が出来なかったであろう事。今回は、演奏会にお招き頂いたという理由もあるのだが、自分自身、聴き手としての幅も広がって来たのかな、とちょっと嬉しくなった。
そして、1曲も知っている曲が無かった事により、全くの先入観無しで聴く事が出来た。
これは、音楽を聴く側としては非常に楽しい事であった。

全部で8人の歌手の方々が歌われた。
夜勤明けで休養時間が少なかったが相当集中して聴いた。
まず強く感じた事が、やはり日本語がちゃんと聴き取れるかどうか、という点。これに関しては大きな差が付いていたいたように考える。
無論、発声の問題とも大部分リンクしている問題である。1名ソプラノ歌手が、日本歌曲2曲丸々オペラアリアのような大声量で歌っていた。勿論そのような日本歌曲なのかも知れないのだが、聴いている方は非常に疲れたし、飽きてくる。
発声に力が入り過ぎると、言語が疎かになって来る傾向性は否定できないというのが、客観的に感じた事である。この事に関しては、日本歌曲だけでなくイタリア歌曲やドイツ歌曲に関しても自分自身に当てはまる事なので、聴いていて相当に自戒の念を抱いた。
技術的には、歌曲の大きなポイントとしては、緩急を駆使して詩や言葉を丁寧に「語る」事が歌曲としては最低限度の御約束なのだと、観客席に座って聴いていて改めて思い知らされた。
努めて端正な歌唱を心掛ける事、詩の内容や情景の解釈や分析に対する思い入れだけでなく、イマジネーションの豊かさが要求され、且つ日本語として聴き手に理解されなければいけないのだという事を強く認識させられた。

日本歌曲というと、どうしても綺麗な日本人的軽めのソプラノで儚げに、などという相当に阿呆な先入観を持ってしまっていたのだが、それが非常に恥ずかしい間違いであった事を、思い知らされた。
最後に歌ったベテランのソプラノ歌手の方は、日本人としては非常に豊かな声であり、決して声を出すのでは無く響きの上に端正な日本語を乗せた、非常に美しい歌唱であった事が印象に残っている。
思わず、私にも日本歌曲歌えるかなあぁ・・・・・、と思わせてくれた歌唱であった(苦笑)

基本的に、私には日本歌曲は向かないかも知れない、とも感じた。
楽譜通りの譜読みを厳密に行えるか、という点は非常に難しい点である。無論、日本歌曲専門の先生にレッスンを受けなければならないだろうが、日本歌曲の勉強を始めるのであれば、相当にイタリア歌曲・イタリアオペラやドイツ歌曲・ドイツオペラとは切り離して切り替える覚悟が必要であろう。
日本歌曲、イタリア歌曲、ドイツ歌曲、全て発声や歌唱法自体が違う。当然の事である。それを前提にして勉強し歌わなければならないのは至極当然の事であるが、発声や歌唱の切り替えに相当な年月や時間を要するだろうとも考えた。
発声、言語、表現、その国の歴史などを十二分に踏まえた作曲家や国民性の違いが顕著であるため、全く違う勉強を行わなければならないのが、当然である。
今以上に、複数の先生にレッスンを受けるのも、明らかである。

私は現在、日本とウィーンで合計6人の先生に師事している。
良くアマチュアでは、複数の先生に師事すると矛盾した指摘を受け混乱の原因になるとか、明確な言語での指導では無く抽象的且つ感性的な指摘で理解するのが困難、という意見が存在する。
しかし、それは本当に適切な認識であろうか??????????
複数のジャンルの曲を歌うのであれば、その違いを最も明確に認識・自覚した勉強方法が必要不可欠である。専門性という事を自己のレベルまで乏める事は、謙虚さを欠いた認識不足による尊大で不遜な単なる「勘違い」であろう。
並行してレッスンを受けている先生方の指摘を自己が熟慮していない事、何よりも複数の先生から指摘された内容を自分の都合の良い解釈で歪曲した結果、それを「矛盾」という誤認にすり替えている可能性は大きい。
複数のジャンルの曲の専門性を注意深く丁寧に分析・理解・認識しながら、多くの指導内容に適応して行こうと言う意欲と努力と謙虚さがなければ、勉強する資格は無いと私は考える。
自分の好きな曲を好きなように適当に歌っていれば良いだけの事である。
自分自身の声帯や肉体はレッスンを受けてる先生とは全く別個の個体なのであるから、発声や歌唱法の指導が抽象的に感じられるのは、至極当然の事である。
「あなたの体のこの筋肉とこの骨をこう動かしたら、このような声が出ますよ」
なんて指導、訊いた事が無い(呆)

重要な事は、自分自身と先生とは飽くまでも別個の個体という認識から、自分自身の声や歌を通して先生に指導された内容をどこまでも主体的に把握し、自分自身の声や歌を先生から受けた指導に最も近づくような鍛錬と練習を意欲的に継続する事である。
複数または多くの先生から並行し継続的にレッスンを受けて勉強するという「適応能力」とは、自らの努力でしか獲得される事は無いが、真摯に謙虚に探究を継続して行く事で十分に獲得可能な「技術的能力」であるという事が言えると私は考えている。

最後に、日本歌曲に招いて下さった方はとても美しい声をされていた。
ヤンクミが以前私に話してくれた事がある。

「フランス語で、綺麗と美しいでは言葉が違うんですよ。フランス語で綺麗は《joli》、美しいは《beau》というんだけど、あなたの声は《beau》の方が大きいと思うの」

前のブログで、ベートーベンの映画に関しても書いたが、先日の日本歌曲の演奏会を聴きに行ってから益々この「綺麗」と「美しい」の認識の違いについて思いを強く持つに至った。
日本では多分に混同されてしまっている「綺麗」と「美しい」という概念や感性を、もう一度一から磨き直さなければならないという事を非常に危機感を持って認識させられた。
ちなみに、私を日本歌曲の演奏会に招いて下さった方の歌声は、私にとっては《beau》として心に響いた事がとても印象的で、感動的だった。
やっぱり、生演奏はいいなあぁ・・・・・と思った。

明日は、ヤンクミ一座のゲネプロであ〜る♪

忘却

ブログを書く事を、すっかり忘れていた。
つ〜か、ブログにアクセスする事すら、最近は激減していた(苦笑)


5月末、やや遅めのゴールデンウィーク代わりの4連休。
久しぶりに腐る程寝て、ゆっくり練習が出来た。
酒も随分多量に呑めた(笑)
疲労が軽くなると、練習しても声帯の疲労度合いや、声量が全然違う!!!!!

1日、千葉のヤンクミの自宅へ伺って、2度目のピアノ合わせを行った。
今回は、私の方から積極的に伴奏についての注文を行った。
テンポ。兎に角、私の歌うテンポやリズムを落ち着いて聴いて頂く事をお願いした。
ヤンクミは非常にピアノを弾ける方なので、楽譜からその音形でリズムやテンポを読み取るらしい。
私は、特にオペラはビジュアルから入る事、それからクレオパトラに関しては既に自分自身の歌唱が定着しつつある事などから、最近はピアニストに合わせるという考え方をしなくなった。
そういう訳で、今回のヤンクミとのピアノ合わせは、気になる箇所、主にレチタティーヴォを中心に集中的に繰り返しピアノ合わせを行った。
こればっかりは、ヤンクミに理解して頂き、私の歌唱に慣れて頂く以外に他は無い。
私の方から、実際には楽譜にある音符でもレチタティーヴォに合わせ辛い音は弾かないでもらったり、逆に実際の楽譜に書かれている和音よりも、自由に音を付け加えてもらったりと、非常に沢山の提案をヤンクミに行った。
それがまた、バロックの面白さ、醍醐味だとも考えているからである。
結果「Se pieta」のレチタティーヴォは非常にカッコ良い〜〜〜!!!と思える出来具合いになった(激爆)
でも、ヤンクミ自身が、私のクレオパトラに対する解釈や理解、思い入れや気合いなどを非常に良く認識してくれているので、殆ど問題は無いと考えている。
後は、演奏会本番までの体調管理に、尽きる。
取り敢えず、今月のゲネプロまで再び自己練習に励む事で、経過は順調♪


今年のウィーン行きの日程が、ほぼ固まってきた。
9月末頃になる予定。
先日、ウィーンのM先生とメールで日程の調整を行った。
最近はユーロも多少安いので、先日多少ユーロにチェンジを行ってきた。
100ユーロ札が結構あると、何だか妙にリッチな気分になれた(爆)
但し、喜んでばかりもいられない。
今年のウィーンでのレッスンは、かなりハードなものになりそうだ。
いや、相当ハードなレッスンになる事、ほぼ確定。
それもこれも、新しく始めた事によるもの。
今後も非常に厳しい状況が続く。
ひょっとしたら、レッスンを受ける先生を新たに探さなければならない可能性も、出てきた。
今の所、非常に困難が大きいけれど、先生方とも相談しながらより良い方向性に持って行けるようにしなければならない。
今月のヤンクミとの演奏会が終わったら、早速ウィーンでのレッスン曲と、今年末リサイタルのシューマンの練習に取り掛からなければならない。
シューマンも、確実にウィーンへのレッスンに持って行く。


ヤンクミとも、シューマンを一度がっつり一緒に演奏する事を話した。
ヤンクミは、私の「歌で表現する」という心意気を、一番最初に見つけてくれたピアニストである。
彼女自身、非常に大きな困難や苦労を抱えて乗り越えながら、ピアノを弾き続けている。
これからも、一緒に演奏活動を続けて行こうと考えている。
私の大切なパートナーである。
ウィーンで、ヤンクミに恥ずかしくないように、きっちりレッスンを受けて、自分自身に出来る限りのシューマンを演奏出来るようになって、ヤンクミと一緒に演奏出来るようになりたい。


親父の借金問題は、弁護士さんが非常に優秀、有能な方で、協議の方向性としては決して悪く無い。
今の所は。
職場のシングルマザー後輩も、今の所順調で、後は出産する病院を早めに決めて外来フォロー出来るようにする事で、落ち着いている。子育てに関しては、子供のいる他の看護師にお願いしている(笑)
今度、日本橋の水天宮に行って、お守りでも購入して来ようと考えている。
私は、今年自分用に学業成就のお守りを購入した。
職場の友人に、東京大神宮で、縁結びのお守りと幸運お守りを頂いた(笑)
縁結びのお守りは今の所まだ効力は発揮されていないようだが、お守りって結構心強いものである。
青森の親友が、親父の住民票移動や戸籍関連の書類で色々と協力してくれたので、東京大神宮の縁結びのお守りを今度送ってあげようと、考えている(爆)


今年は、風邪をひかずに喉を万全な状態にして、演奏会に臨みたいと考えている。
新しい目標達成のためには、もう少しの間、歌っていたいと考えている。

シングルマザーと、ベートーベンと、家柄の日々

ブログを書く気にもならん程、忙殺された12日間だった。


まず、10日前の夜勤で相談を受けた。
病棟の後輩看護師が僅か20歳代前半で、

「私、絶対に産みます!!!」

と、夜勤で相談を受けた直後に、高らかにシングルマザー宣言をされた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)
それからが大変だった。
まだ週数が浅いので、力仕事をなるべくさせないようにフォロー、両親に報告するように助言と、病棟課長への報告のタイミングと、夜間の救急診療のフォロー体制。友人の助産師に早速メールで連絡した。
兎に角、無事出産出来るまで絶対にフォローしなければならない。人間一人の命に係る問題である。
この件に関して、約1週間拘束状態だった。

その間に、月1回の日勤で、リーダー業務と、委員会と、後輩指導と、新人歓迎会を、1日でこなす。
先輩鬼看護師が不在だと、職場が弛む。只管、檄を飛ばす。
次の日の2件の手術の全準備を行わなければならなく、約1ヵ月振りの日勤業務で勘を取り戻すのに、必死。
新年度の医療事故安全対策委員会で、看護部長と看護課長のバトルにウンザリする。
そして、久々の日勤で昼夜逆転傾向の疲労困憊の中新人歓迎会で、上司や後輩や医師のフォローに走る。
整形外科の手術を中心に受け持つ病棟なので、私は後輩看護師だけでなく、リハビリテーション科の理学療法士や作業療法士にも、恐れられている。

私の場合は殊更、ナメられるよりは、恐れられている方が、適正である。


この間、ネットでとある映画を見つけた。
「Copiying Beethoven」
邦題「敬愛なるベートーベン」
2006年に全国公開された映画らしい。全く知らなかった。
以前、演奏会に来てくれた看護師の友人が私の歌を聴いて、ベートーベンに関する映画を観た事を思い出した事を話して貰った事がある。友人は「資質」という事を強調して話していた。それからベートーヴェンに関する映画を探し続けていた。
最もこの「敬愛するベートーベン」が友人の観た映画かどうかは、結局、今では確認の余地は無いのだが。

この映画に登場する写譜師の女性アンナ・ホルツは実在しない人物だという事だが、映画としては非常に素晴らしい作品であると本当に感動した。
まず、ベートーベンという人物像。
モーツァルト「アマデウス」並みに、ベートーベンという人物に関してほぼ装飾無く肉薄しているのではないか、と思わせる程の迫力ある表現。主演のエド・ハリスも素晴らしい演技でベートーベンを熱演している。
ベートーベン晩年の時期で、交響曲第9「合唱付き」の初演と、弦楽四重奏「大フーガ」誕生に深く関わる映画である。
写譜工房のシュレンマーが「Beast!」と恐れる程の激しいベートーベンの気性と、甥のカールを盲目的に溺愛し、病魔、特に難聴に苦しみ肺水腫やリュウマチや痛風を抱えながらも作曲に埋没しているベートーベン。
勿論、架空の女性写譜師アンナ・ホルツにも決して甘い顔や言動は見せない。
しかし、アンナ・ホルツの写譜師や作曲家としての才能を認識した途端に、自らの過ちを認め跪き、女性や人間としてでは無く、飽くまでも音楽家として、束縛し傾倒して行くベートーベンとアンナ・ホルツ。
飽くまでもその集約された人生と物語が「音楽」を中心として決してブレる事が無いという点が、私にとって「アマデウス」よりも、ベートーベンとこの映画をより遥かに身近にリアルに感じさせる。

特に私が非常に気に入っている、ベートーベンの台詞。
「私に謝るだと???謝るくらいなら挑みかかれ!!!卑屈な人間は嫌いだ!!!!!」
「神と私は完璧に理解しあえる。同じ穴の熊だ。唸って引っ掻き合う。背中合わせで寝れば誰も近付かん」
「孤独が私の宗教だ」
「音楽は空気の振動だが、神の息吹だ。魂に語りかける。神の言葉だ。音楽家は最も神に近い存在だ。神の声を聴く。意志を読み取る。神を讃える子供達を生み出す。それが音楽家だ。でなければ音楽家は必要無い」
「私は音の無い世界に生きてる訳じゃ無い。頭には音が満ちている。湧き上がる音を書くのが唯一の安らぎだ。その代償として、神は私の聴覚を奪ってしまった。だが聴く喜びを禁じられても私の音楽こそ神の声だ」
「分からなければ美意識を鍛えろ。醜くても内蔵を抉るような音楽だ。腹の底から神に近付くのだ。ここに神が宿る。頭や心じゃない。腹の底に神の存在を感じる。腸はとぐろを巻いて天に向かい頭脳より冴えわたる。糞に塗れるから天国に行ける」
「私は新しい言葉で神を語りたい」
「終らん。流れるのだ。始めも終わりも考えるな。君の恋人の作る橋と違って曲は生きものだ。まるで、形を変える雲や潮の満ち引きと同じだ」
「一つ死んで、次が生まれる」
「無音が鍵だ。音符と音符の闇の沈黙だよ。沈黙が深まると、魂が歌い出す」
「芸術家は自分を信じる。君の橋は陸地を繋ぐだけだ。私の橋は人の魂を繋ぐ。神は私に大声で《創れ》と叫ばれる。だから難聴に。君も視力を失えば人を批判する権利を持てる」
「どう感じる?悲しみか、怒りか、憎しみか。私を殺したければ、作り直せ!」
「ベートーベンは一人でいい」
「このまま去っても私から解放されんぞ」
「この作品(大フーガ)が私の橋だ。未来の音楽への架け橋だ。その橋を渡れば、君は解放される」

ベートーベンは本当に病人だったのだと、思う。
病んでいる人間だからこそ、体も心も真に病んでいる人間だからこそ、吐露出来る言葉があると思う。病んでいる人間でなければ言えない言葉があると思う。それは、病というものが人間の本質の一部であるからこそ、より真実に近いという現実が存在するのが「人生」なのだと思う。
それは、私は自分自身の職業上、より誰よりも強く感じている事の一つであると、自覚しなければならない使命を持っているのだと、認識している。
「美しさ」とは、「綺麗さ」では無いのだと。
「美しさ」と「綺麗さ」とは、決して同義語とは言えないのではないのか、と。
歴史に残る美とは、綺麗さだけでは済まされないのだと。
しかし、過去の歴史の現場を観る術を持たない人間にとって、残された宝の一つが「音楽」であるのだと、この映画を観て本当に心から、感謝した。
私自身が、ベートーベンの音楽に関わる事の出来る人間である事が出来て、何よりも神に感謝している。

この映画の評に関しては、指揮者の佐渡裕氏が、
「この映画を観て、益々この曲が恋しくなった。ベートーベンを驚かせるような「第9」の演奏!いつかやってみたい。それが僕の目指すところ」
と書かれていた。
ベートーベンの自宅アパートの隣に住む老婆が、アンナ・ホルツに、何故引っ越さないのかと尋ねられて、
「引っ越す???ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーベンの隣に住んで、誰よりも早く作品を聴けるのよ。初演前に聴けばウィーン中が嫉妬するわ。交響曲第7番の時から住んでいるの。名曲だわ。じきに新しい交響曲が誕生ね」
と言って、ベートーベン交響曲第7番の一部を口ずさむシーンがある。
私が、去年ウィーンに行った時にウィーンの街中を散歩した時に、ベートーベンの像が多く、しかも最もカッコ良かったのを不思議に思ったのを覚えている。ベートーベンは、癇癪持ちの変人で難聴になってからは近隣の住人と頻繁にトラブルを起こし、何百回もの引っ越しを繰り返したという逸話もある。
しかし、そのようなベートーベンが如何にウィーン市民に愛されていたのか、実際にウィーンに行き、そしてこの映画を観て本当に身に染みてようやく理解する事が出来た。
交響曲第9「合唱付き」の初演のシーンは、何度観ても涙が流れる。
もし、タイムスリップ出来るならば、その場に居たかったと心から思えるような映像。
いや、その歴史的場面に立つことが出来ない事が解っているからこそ、このような素晴らしい映画に謙虚に感動を覚える。


この映画を観て、去年ウィーンでN先生にレッスンを受けた、ベートーベン「Ich liebe dich」の事を思い出した。
私の声は、何度も言うが、決して「美声」では無い。しかしウィーンのN先生は私のベートーベン「Ich liebe dich」を聴いて、
「Schön」
と、一言言って下さった。
それだけで、もう十分なのだとも、思う。
私はこの映画「Copiying Beethoven」の、実在しない写譜師アンナ・ホルツと同じような存在である。
私はベートーベンの歌を歌うが、コピイストである。
何故なら、オリジナルは、飽くまでも「作曲家自身」であるからである。
でも、その「コピーする」という行為を自分自身の声で行うという機会を与えられた事を、心より光栄に思う。


今日は久しぶりの2連休。
ここの所、休むヒマも殆ど無くて、連続夜勤の間の休日も殆ど練習にならなかった。
夜勤明けで、弁護士とのやり取りや、親父の入院費用や借金の管理や、寝ないで都内まで楽譜の購入に出掛ける事も多かった。
お陰で、歯が痛い。最近、珍しく真面目に歯医者に通っている。
今日は、オフ日にした。
去年のように、喉を痛めて、ヤンクミに迷惑は掛けたくない。


最後の「家柄」に関しては、まだ問題の真っ最中なので、何れ改めて、後日。



落ち着いてクレオパトラの練習

ゴールデンウィーク中、6日連続夜勤(3連当直)だったので、今日までの3連休がワタシのゴールデンウィークなのである。


今日は、午後3時までゆっくり寝て、午後5時からスタジオ練習。
昨日、谷岡先生とのレッスンで、新しく始める事に関して大方の荒筋が出来たので、今日の練習はゆっくりクレオパトラ。今回初めて歌う1曲目「Non, disperar」の練習を丁寧に入念に行った。
ヤンクミのピアノ伴奏のテンポを合わせるために、メトロノームでテンポ♪84〜88まで少しづつ微調整を行いながらアリアを歌い続けた。
このアリア「Non, disperar」は、歌いながら非常に体が動く、というか動かさざるを得ない。しかも軽やかに歌われなければならず、但しミルヒー先生のオーダー通りに声や体の支えを抜いて歌う事は絶対に出来ないので、早めのテンポで音楽自体を前に進めると同時に可能な限り軽めの発声を行って行く事が最重要課題である。
結局、メトロノーム♪86でテンポ設定する事に決めた。
ダンスに近い状態でかなり体を動かすので、場合によっては扇子を使用する事も念頭に置いている。その方が動きに気を取られずに体の動きと発声のバランスを取りやすいかも知れない、と考えた。これは、真央ちゃんのエキシビションのスケーティングを観てアイディアを頂いた(笑)
クレオパトラがトロメーオをからかっている情景をうたでも演技でも、きちんと表現出来なければならない。
但し、ダンスに近い体の動きで軽快に歌うとなると、一番の問題はブレス箇所の変更を余儀なくされる部分が発生してしまうという問題である。
これに関しては、上手く調整を行って行く事が非常に重要である。
グラインドボーンの映像のダニエル・ド・ニース程までのダンスなど踊らないが、体全身でトロメーオをからかい嘲笑うと言う事にチャレンジしてみたい。
とゆ〜事で、本日3時間のスタジオ練習の内の半分の時間をこの「Non, disperar」の練習に費やした。
練習終了後にヤンクミに、このアリアのテンポ86のオーダーをメールで知らせて御了承頂いた。

残りの時間、まずは「Se, pieta」のレチタティーヴォの練習。声量的には大分バランスが取れて来たのだが、フォルテ〜スフォルツァンドまでの部分、余り感情的になってしまうと、中低音域の音程が崩れてしまう。
ドラマティックに歌われなければならないアリア程、中低音〜低音域に鋭く深い発声が必要不可欠であるというのが、私の持論である。
特に、ソプラノは。
という事で、中低音域は、多少、休符以上の「間」を取りながら、落ち着いて歌う事を心掛けた。感情的になり冷静さを失い力任せに歌ってしまわないように、細心の慎重さが最重要課題である。


最後、少し余った時間で、昨日谷岡先生のレッスンで、

「何か、違う」

と指摘されたシューマン「ミニヨン」の練習を行った。
やはり、最大の失敗は、クリスティーネ・シェーファーの録音を長く聴いて勉強してしまった点にあるのだと、相当に反省した。レジェロ〜スープレッドのシェーファーの歌唱は、発声的には私の参考や勉強にはならない。自分自身の発声で曲の練習を始めるという事を、谷岡先生のレッスンに持って行く前段階でもっともっと早く行わなければならなかった。
昨日谷岡先生のレッスンで歌ったシューマン「レクイエム」を想定しながら「ミニヨン」を、ゆっくりと発声、特に自分の声の太さや深さや響きのアタックをフレーズ毎に確認しながら、ゆっくり短時間だけ練習を行なった。地道に練習を続けて行けば、リサイタル本番までには何とか調整出来ると考えている。


買い物をして帰宅して、今日もヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」のDVDを観ている。

最近は、グラインドボーンの映像よりも、コペンハーゲンの映像を観る事が増えた。
理由としては、インガー・ダム・イェンセンのクレオパトラの方がダニエル・ド・ニースよりも私にとっては発声的にも演技的にも、学ぶ事が近くて多い、という事がある。
それと、やはりセスト役に関しては、テューバ・セミングセンの方が圧倒的に歌唱がハイレベルであるという事。
シーザー役のアンドレアス・ショルも非常に素晴らしいカウンター・テナーである。
コルネーリア役は、やはりカーディフ優勝経験のあるパトリシア・バードンの方が非常に素晴らしいので大変捨て難いのだが、コペンハーゲンのランディ・シュテーネも多少音程ではパトリシア・バードンに及ばないが、声は素晴らしいコントラルトである。
ただ、コペンハーゲンとグラインドボーンの映像の大きな相違点としては、シーザーとセストの関係性が挙げられる。
グラインドボーンでは飽くまでシーザーとセストはローマでの政敵としての関係性を随所に表わしているのだが、コペンハーゲンではシーザーはポンペイウスの首が運ばれて来た時点で、シーザーがポンペイウスの代わりにセストの父親的な要素が多少見えて来る演出となっている。

政治的因果関係と謀略と陰謀の国際ドラマ支持派のワタシとしては、コペンハーゲンの映像はちょっと良心的過ぎるような気もしなくは無い(爆)
しかし、コペンハーゲンの歌手も皆素晴らしいので、暫くの間ヤンクミ一座の演奏会本番までは、コペンハーゲンの映像を中心に鑑賞して行こうと考えている。
コペンハーゲンの、アキッラ、ニレーノも素晴らしい歌手揃いである。
グラインドボーン程のコミカルな要素には多少欠けているとも言えるが、私自身、「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラ役を全幕通して歌う訳では無いので、臨機応変に映像や録音を選択して行く事が最も望ましい勉強方法であろう事はまず間違いが無いだろう。



明日からまた悪夢の6日連続夜勤。
そして、その合間を縫って、動き始めた「新しく始めた事」のための、残りの30曲分の楽譜をコピーして谷岡先生とウィーンの先生方々に造らなくてはいけない。
まだ、シューマンの本も放りっ放しである。
リサイタル用の原稿、シューマン歌曲の歌詞対訳や楽曲解説も、まだ手付かずである。
嗚呼、やる事が山ほどある・・・・・・・・・・・・・・・・・(滝涙)

人生最大の難関。

今日は、つ〜か、昨日は「母の日」でしたわね。
ギャラリーカフェのプロデューサーに、赤とピンクのカーネーションのミニブーケをプレゼント。最近、本当に励まして頂いて元気付けて下さった事が、沢山あったから。
そして、今日は谷岡先生のレッスンだった。いつも真摯にレッスンして下さり、相談に乗ってくださり、某自己中な私の紹介人物の相手も嫌な顔一つ見せずに対応してくださり・・・、そして一児の母でもあるので、谷岡先生の好きな色のカーネーションのミニブーケをレッスン時にプレゼント。
私の母親になんざ、花なんかやらない。花が勿体無い。7年も前に数百万の借金残して失踪した母親なんざ人間とも親とも思わないし、やる花なんざ無い。さっさとくたばれ下衆野郎。今度生きて会ったら私が引導渡してやる。死に損ないが、生きてる事自体が税金の無駄無駄♪花の命の方が、余程尊く美しい。


今日は、久し振りの谷岡先生のレッスン。
まずは、先日私が不覚にも安易に紹介してしまった声楽勉強希望者が、たった2回のレッスンだけでトンズラこいた事のお詫びと謝罪から始めさせて頂いた。谷岡先生自体は「気にしていない」と仰ってくださったのだが、私自身は腸が煮えくりかえる程怒っている。勿論、その無礼千万な恩知らず外道とは、今後一切友人関係を断った。当然だ。私の大切な恩師に、何て事してくれやがったんだ。そのうち見てろ。ロクな死に方しやしないから、覚えていやがれ!!!
と、文句と愚痴と謝罪も、谷岡先生が程々に聞いて下さった。


まずは、今後始める新しい事のための、新しい楽譜をお渡しした。約50曲分の、新曲の楽譜。
全てクリアケースに種別毎に分類して、今後のレッスンで谷岡先生が楽譜を探すのに困らないように。
本当に、楽譜や録音を集めるだけでも一苦労ものだったが、これでようやく新しい事を谷岡先生やウィーンの先生方々と始められる準備を一歩を踏み出せた。
まだ、30曲程楽譜が揃っていないのだが、それも今年中には何とか揃う目途が付いている。
大変なのは現代曲だが、それも然程多くは無いので、谷岡先生にも今後の楽譜や音源の確保についての目途の説明を行い、御納得頂いた。
兎に角私の場合新しい勉強を始めるには、楽譜と音源の確保は必須である。
今後大変な事は目に見えている。
しかし、今日、谷岡先生の御意見を伺ったら、矢鱈と到達目標が高い、いや、高すぎる(滝汗)これには相当に戸惑った。ちょっと自分自身の判断では不可能としか考えられない。
しかし、躊躇し戸惑っているのは私一人だけで、谷岡先生もウィーンのM先生もギャラリーカフェのプロデューサーも看護師親友達も、誰もが「可能」と考えている。
困ったものだが、私一人だけの意見がその他の多数の人々と真逆という事は、即ち、私の判断能力が何らかの客観的で冷静な方向性を見失っている可能性を否定出来ない。
とゆ〜事で、さんざっぱら酒瓶を空にしつつも、ここは素直に皆様の御意見を伺い従って見る事も非常に大切な事なのではないかと、超珍しく考えてみたりもする。
取り敢えず、新しいレッスンは、2ヵ月後に新しい楽譜が届いて、6月のヤンクミ一座の演奏会が終了した後に開始するという事で、谷岡先生と御相談出来た。


本日のレッスンは、今年12月のシューマンのリサイタルから3曲「ミニヨン」「レクイエム」「全ての人にまさって」
昨日も今日も、スタジオ練習で一等力を入れて練習していった、のだが・・・・・・・・・・(汗)
まず1曲目の「ミニヨン」を歌ってみてからの、谷岡先生の御指摘。

「何か、違う。シューベルトのミニヨンとは全然違うのよ。ドイツリートだからと言って、声を細めに造り過ぎていないかしら???シューマンの曲は、もっと大人の声楽家の声が必要というか豊かな声が必要なので、もっとオペラアリアを歌うようにしっかりと声を響かせて歌って。シューベルトのミニヨンは、あれは鼻歌と同じようなものだから」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
成程、私は鼻歌はOKなのだ(誤爆)
別段、細めの声の太さに調整してはいなかったのだが、何しろモーツァルト「魔笛」パミーナのアリアを基準にドイツリートの発声を最近行う事が多かった。
理由は、ミルヒー先生のクレオパトラのアリアときちんとした明確な「区別」を音楽的若しくは発声的に音楽的分類をしなければならないという必要性を自分自身強く感じていたからだ。
しかし、これは作曲家の特性という必要不可欠な要素を考慮していないかった私自身の怠慢及び判断ミス及び勉強不足である、としか言いようが無い。「ミニヨン」に関しては練習に更に時間を頂くよう谷岡先生にお願い申し上げた。

2曲目、本当は「レクイエム」をレッスンして頂こうかと考えていたのだが、「ミニヨン」の事を考えて、先に「女の愛と生涯」から「全ての人にまさって」を歌う事にした。理由としては、この「全ての人にまさって」はジェシー・ノーマンの録音以外は参考に勉強していないため、声の調整が太めであるだろう事が容易に想像出来たからである。案の定、テンポが多少遅いために重く聴こえてしまう、と谷岡先生に指摘された。
但し、声質としては「ミニヨン」よりも適当であり、もう少し明るい発声であったほうが良いとの御指摘だった。ノーマンの歌唱のテンポに合わせて勉強していたため、実際の歌唱の理想的なテンポよりも若干遅い、という事だった。しかし、この「女の愛と生涯」は、レジェロからヘルデンまで、多くの女声が歌っているため、ノーマン以外の誰の録音を勉強するべきか非常に困り果てていたのだが、谷岡先生のお勧めはクリスタ・ルートヴィヒだったので、今度はルートヴィヒの録音を勉強しようと考えている。
基本的には、今後メトロノームを使用して早めのテンポに調整しながらも、緩急をつけた歌唱技術とりタルダンドのタイミングを再考するようにとの御指摘が成された。
細かい歌詞の意味合いや表現の方法については、全体的な曲のテンポ調整後、という事になった。これについては、少しだけ、残念(苦笑)

最後は「レクイエム」日本ではまず殆ど歌われているのを聞いた事すら無い。先日、偶然にも私の尊敬し憧れるサラ・コノリーの録音を発見して速攻購入した。
「レクイエム」に関しては、谷岡先生から殆ど指摘を受ける事が無かった。強いて言えば、ピアノ伴奏に合わせて歌うのが初めてだっただけに、最初はちょっと迷ってしまって声量が控えめになってしまったのだが、中盤以降は私本来の声質で歌っていたと谷岡先生が御判断下さったので、今後はこの「レクイエム」の歌唱を基準に他のシューマンの歌曲、「ミニヨン」「全ての人にまさって」を初めとして練習していくようにとのアドバイスを頂いた。但し、シューマン指定のテンポ63♪では、やはり結構停滞しがちなテンポであるので、実際に聴いている側としては、もう少し前に進むようなテンポの歌唱を目指すべきであろうという、谷岡先生の御指摘だった。
でもこれは、本当に嬉しかった。


私には、1歳年下の妹がいた。
僅か30歳の若さで、夫と小学生の娘を残して、自殺してしまった。
真冬の12月、八甲田山付近の湖の側で妹の車と衣服が見つかった。
遺体が発見されたのは、年の明けた3月中旬だった。
正視出来ない程の、遺体だったとの事だった。
3ヵ月以上も、冬の八甲田山の冷たい湖の氷の下に埋もれていた、妹。
私は、何も一つも、助けてやる事が出来なかった。
高校生時代から、本当に苦労に苦労を重ねて来た妹。折角、結婚して子供も生まれたのに。誰の助けも得られないまま、自殺という選択肢しか選ぶ事の出来なかった妹。
だから、私は、自殺を否定する人間は、絶対に許さない。自殺を選ぶしか無い程に追い詰められた人間の苦しみや悲しみや絶望を、
「自殺は良く無い事です。命を大切にしましょう」
などど、腐った綺麗事・戯言を垂れ流す偽善者なんか、大っ嫌いだ。そんな連中こそ、死んでしまえ!!!
本当なら、私が代りに死んでやるべきだったと、10年以上経った今でも、その気持ちは全く揺るがない。
私は、声楽の勉強を始めてもう10年になる。
本当は、ワーグナーの「ヴェーゼンドンクの5つの歌」の第1曲「天使」を、妹のために歌いたかったのだけれど、去年ウィーンでのレッスンで、N先生から、ワーグナーは全て、

「Only study, Concert No!」

と言われてしまった。
今後もN先生の元でレッスンを受け続けて行くと自分自身決めた以上、この教えを破る事は考えていない。
でも、私は声楽の勉強を始めてから、死んでしまった妹のために、まだただの1曲も歌っていない。
でもせめて少しはマトモに歌えるようになってリサイタルを開く事が出来るようになったのだから、今年12月シューマンのリサイタルで歌うこの「レクイエム」は、不遇にも苦労に苦労を重ねた上に、冷たい氷の下に3ヵ月もの長い間埋もれていた、本当に悲しい妹のために、歌いたいと思っていた。
だから、今回のレッスンでこのシューマン「レクイエム」を、谷岡先生に認めて頂けた事は、ここ数年本当に苦しい出来事ばかり続いていた私にとって、本当に希望の持てるレッスンだった。
これでようやく亡くなった妹の為に、妹の魂を慰める事の出来るかもしれない曲を歌える事が出来て、とっても嬉しかった。「レクイエム」は、ソロでソプラノが歌える曲もそれ程多くは無い。
これから頑張れると思うと、少しホッとした。


暫くの間、6月のヤンクミ一座の演奏会が終了するまではクレオパトラ漬けだが、少しづつシューマンの練習も行っていかなければならない。


それにしても、新しく始めた事、どうしよう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(自爆)

表現するという事

ここの所、ブログを更新する気力も失せる程、凹む事が続いた。スタジオ練習後もパソコンは開くが、全く文章を書きたい気持ちにならなかった。
親父の件を始めとして、もういい加減これ以上は打ち止め終了にして頂きたい、とも思うのだが、存外これだけ不幸な出来事が重なるって事は、この不幸を総て処理しさえすれば、長生きは免れるかも知れんと考えると、多少頑張って立ち向かって見る気にもなろうというものだ。
幸い、話しを聴いてくれる友人が多いのでガス抜きには本当に御協力頂いているのだが、問題の根本的解決は結局、自分自身一人にしか出来ないのだからして。


最近のスタジオ練習メニューは、6月ヤンクミ一座で歌うクレオパトラのレチタティーヴォとアリアを5曲と、12月のシューマンのリサイタルの曲11曲である。約3時間。クレオパトラは比較的きっちり歌い込むけれど、シューマンンは兎に角11曲通して歌っている。リサイタル本番の流れを掴まないといけない。歌い出しの曲、苦手な曲、比較的歌い易い曲など、多少マズい箇所があっても途中で立て直すポイントなどを予めきちんと把握しておく事が、リサイタルでは非常に重要になって来る。

クレオパトラに関しては、今後はヤンクミとのピアノ合わせが一番重要だと考えている。何しろ、一度はリサイタルで歌っている曲なので一人で練習するよりも、ヤンクミとの伴奏に慣れる事が最重要課題だろう。

逆に、シューマンはまず自分自身まだ11曲全体の流れを掴みきれていない。これは、非常にマズい。
ここの所の悲惨な状況に振り回されて、シューマンの曲が体に入って行って無い。譜読みはまずまず出来ているが、歌唱レベルで考えてみると、ヘンデルのリサイタルよりも早くに準備を行って来たのに出来はヘンデルの時よりも遥かに遅滞を来たしてしる。
録音に関して言えば、アメリンクやシェーファーの録音を聞いても自分自身の発声や表現の志向性の参考には全くならないので、既に録音は聞いていない。


閑話休題。
最近、ちょっと好きな人がいる。
と言っても、若い頃のように付き合いたいとか結婚(再婚!)を目指すとか、そ〜ゆ〜気持ちはあんまし無い。
どちらかというと、たまに会えたりメールしたり、という距離感が非常に気に入っている。
相手も、私の気持ちは知らない。(筈である)
別に、告白しようという気も、無い。
兎に角、今のこの状況が私自身にとってはベストなのである。

ところが、つい先日、偶然親しい人から、彼の過去の出来事を聞いてしまった。これが少々マズかった。
今の距離感に、疑問を持ってしまった。
前進では無く、後退方向に向いてしまった。
好きな気持ちは全く変わっていない。とゆ〜か、寧ろ、好きな気持ちは強くなっているよ〜な気がする。
言葉に表わすと、

「私の出る幕では無い」

というカンジ。但し、急に態度を変えたり距離を離したりメールしなくなる、などという大人気無い行動を起こす年齢は、当の昔に過ぎ去ってしまったので(爆死)、現状的には何等変わらない。
ただ、相手の厚意は、ちょっと辛い。
先日、暑い真昼間、アイスクリームを持って来てくれた。ちょっと勿体無くて食べられなかったけど、溶けちゃうし(自爆)
そ〜言えば、ホワイトデーに貰ったマカロン10個、頑張って2週間かけて自分一人で全部食べた。余り甘い物は食べないんだけど。酒のツマミにならんので。
とても、切なくなった。


そ〜ゆ〜事を考えていたら、1つの曲を思い出した。
シューマンの連作歌曲「女の愛と生涯」から第2曲「Er, der Herrlichste von allen」
楽譜は随分前に購入して、6〜7年前にはこの曲の楽譜だけドイツ語訳と発音記号を書き込んで指示記号をチェックして、何時でも譜読み出来る状態にしてあった。ジェシー・ノーマンの録音を聴いて、どうしてもこの第2曲「全ての人にまさって」を歌ってみたかったからだった。
でも、当然の如く、難し過ぎる。余りにも難し過ぎた。5年位前に演奏会でシューマンの「献呈」を歌った時にもこの「全ての人にまさって」を歌う事は出来なかった。
今年のシューマンのリサイタルの選曲にも、挙げていなかった。
それ位、この曲から離れていた。でも、最近この一連の出来事があってからノーマンの録音を再び聴き始めた。
ここの所、もう1週間位、ヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」のDVDを観た後に、必ずシューマンの「全ての人にまさって」のノーマンの録音を聴いていた。
聴き続けているうちに、涙が止まらなくなってしまった。
ノーマンの歌唱を聴きながら、酒の空瓶だけが増えて行く・・・・・(誤爆)
ノーマンの歌唱を聴いて行くうちに、段々ドンドン、自分も歌いたくなってしまった。
今なら、今の自分だったら、この難曲を何とか歌う事が出来るんじゃないだろうか???
シューマンのこの曲を、自分の気持ちと合わせて歌に表わしてみたい、シューマンのこの曲に対する愛情や想いを決して壊さないよう、そっと自分の思いをこの曲に乗せて、歌う事が出来るならばどんなに嬉しいだろう!!!!!そう思ったらもう気持ちは止められ無い(苦笑)

今日スタジオ練習に行って、3時間シューマンの曲を歌った。リサイタルの11曲と、「女の愛と生涯」の「全ての人にまさって」を歌ってみた。
本当なら「女の愛と生涯」全曲通して勉強してからこの曲を歌うのが、ものの順序というものだろうという事はきちんと解っている。
でも、今この「全ての人にまさって」を歌わなかったら、いつ歌うというんだ!!!!!と思った。初めてこの曲を通して歌ってみた。
歌えるかも知れない。今なら。
本当は、明日の谷岡先生のレッスンにこの「全ての人にまさって」を持って行って相談してからにしようと思っていたのだが、考えが変った。
12月、シューマンのリサイタルの曲を差し替える事に、決めた。
2曲外して、この「全ての人にまさって」を歌う事に決めた。
ピアニストのY先生にも、楽譜と録音をお送りしなおさなくてはならない。


でも、今の私が一番表現したいものを、一番歌いたい曲を歌うべきだと思う。
自分の本当の心には、逆らう事は出来ない。
自分自身の心に嘘をつく事は、私には出来ない。
だから、本当にとても難しい、高い歌唱技術特に表現力を求められる曲だけれども、挑戦するのは今しか無い。
この「全ての人にまさって」という曲を、きちんと表現して歌いたい。
でも、きっと大変。何しろ今日は、練習で歌っている最中に涙が出て来てしまった。リサイタルで泣きながら歌う訳にはいかない。いや、例え涙が流れてもきちんと歌えなければならない。
スタジオでこの曲を練習して歌いながら、楽譜を見ていて本当に多くの事を考えた。
この言葉が何故この音なのか。
指示記号はピアノだけど、私ならピアニッシモで歌いたい。
「選択」という歌詞は、削除的な選択肢では無く「光の射す場所を目指す」ように。
「涙」という歌詞よりも「至福」という歌詞をどのように美しく歌うか???
シューマンは、クララと子供達を残して先に自らが死を迎える事をまるで知っていたのではないのだろうか???と考えてしまうような曲。
それとも、シューマン自身の心をクララに向けて、この曲が作曲されたのだろうか???
本当に、シューマンは天才なんだな、と心から思った。


私は自分が歌う曲を選ぶ時には、必ずと言って良い程、自分がこう表現したい、という「意志」が在る。
そうでなければ、歌う事がとっても難しい。
演奏会で、先生に選曲して頂く曲は圧倒的に、少ない。今までも数える位しか無い。
作曲家と、詩人と、自分の表現したい事を、丹念に洗い出して掘り下げて統合して行く。この作業が大好きなのだ。
無論、自分がどれだけ表現出来たのか、という事を客観的に評価するために、聴き手に聞いたりアンケートを書いて頂いたりもする。それは、今後の自分自身の歌唱の成長に必要不可欠な事だからだ。
当然、ブログには、頑張った事や努力した事や苦労した事を、書いている。
しかし、演奏会でそれを言葉で言う演奏者は、存在しないだろう(笑)
頑張りや努力や苦労は、言葉で語るものでは無いし、演奏に表れるものでも無い、と私は考えている。
自分自身が、本当に頑張って努力して苦労したものは、その歌唱や演奏に、美しさや心を動かすエモーショナルな要素として表在して行くのだと、私は確信している。

頑張りも努力も苦労もしない演奏者に、美しい響きや心を動かす何かが現れる演奏が出来るなんて、太陽が西から昇って東に沈んでも、思えない。
増して、聴き手の反応を自己研鑽よりも先行的に優先するような事態は、作曲家を疎かにする行為であり、言ってみれば「本末転倒」であるというのが、私の持論である。

天才であればまた違うのかと今迄考えていたが、恐らくそれは誤認である。
私の大好きなアインシュタインの言葉。

「わたしは天才ではありません。ただ、人より長くひとつのこととつき合ってきただけです」



明日の谷岡先生のレッスン、頑張って行こう♪

ヤンクミ一座、始動。

一昨日、約1年振りにヤンクミとのピアノ合わせに行って来た。
何しろ、片道約3時間弱時間がかかるので、非常に疲れた。ピアノ合わせの時間の3倍以上の時間、電車やらバスやらに揺られている。流石に電車の中で、寝た。


ヤンクミ宅に到着したら、大正浪漫風の和装姿で出迎えられた。和装のヘンデル、結構イケてるかも(笑)
ヤンクミ宅に到着して一息付いて、早速ピアノ合わせを行った。
まずは、楽譜の確認から。
今回、ヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」クレオパトラのアリア5曲に関しては、楽譜だけヤンクミに送って、録音は敢えて送らなかった。いつもなら音源も一緒に送るのだが、今回特に私が歌うクレオパトラに関しては、多くの録音の歌手の歌唱とは非常に大きく異なるクレオパトラだからである。
私の歌唱法や発声が特殊だという意味では無く、寧ろ、ミルヒー先生のオーダー通りの発声と私の解釈・分析したクレオパトラが、他のクレオパトラを歌っている歌手達とは、大きく異なる、という事である。
なので、今回特にミルヒー先生からは、

「ピアニストには予め、普通のクレオパトラの歌い方とは全く違う歌い方をするという事を、ちゃんと前もって言っておいた方が良いと思うから」

と指摘されていた。
まあ、ヤンクミの場合はその点に関しては余り大きく心配はしていなかったのだけれど。
楽譜の確認、テンポ、ブレスの箇所、ダ・カーポの装飾音、実際のべーレンライターの楽譜には指示記号が無くても私の歌い方について若干の補足を説明した。特に、レチタティーヴォに関しては、センテンス毎に内容が変わる度に、実際の休符よりも若干の「間」を取る。それが非常にオペラとしての「演技」を演奏者に意識付ける、または聴き手に感じ取って貰う効果的な方法だと、私自身考えたからである。


今回は初回のピアノ合わせという事もあり、まずは全体的な擦り合わせを行う所から始めた。
ヤンクミの伴奏と私の歌唱の最も大きな相違点は、ヘンデルのオーケストレーションのテンポであった。曲によって異なったが、ヤンクミの伴奏のテンポと私の歌唱のテンポが、曲によってほぼ真逆だった(苦笑)

「Non, disperar」「Tu la mia stella, sei」は全体的にヤンクミの伴奏のテンポが緩やかに捉えられており、「V'adoro pupille」「Venere bella」はヤンクミの伴奏のテンポが早めに捉えられていた。
これに関しては、私からヤンクミに、アリアの内容や場面の光景要素について若干の補足を行った。
「Non, disperar」は、トロメーオを嘲笑いからかいながら歌われるアリアである事、「Tu la mia stella, sei」は、クレオパトラがセストに対して、自分の代わりにトロメーオを殺しちゃってくれたら儲けもの、というような内容のアリアである事、これらの事から、軽めのダンスを踊りながら歌えるテンポやリズムで演奏したいという希望をヤンクミに伝えた。
「V'adoro pupille」は、クレオパトラがシーザーを誘惑してモノにしようという場面で、カーペットに包まれて魅惑的な香りとともにシーザーの前に登場するので、極めて落ち着いたテンポで、飽くまでも全体的な音楽としてメゾピアノ〜ピアニッシモの音量で演奏したい事、「Venere bella」は一見非常に音楽の流れが動的な音型になっているように思われるが、このアリアは実際のオペラの上演場面構成としてクレオパトラが入浴しながら肢体を磨きあげながら歌われている事が多いので、アジリダの場面も含めて音楽が停滞しない程度の落ち着いたテンポで歌いたい事を説明した。
ヤンクミ自身、音源が無い状態でアリアの楽譜だけ見て伴奏の練習をしていた時には、実際にどの程度のテンポで伴奏されるべきなのか非常に迷った、とのコメントを貰った。
勿論、私はヤンクミに、ヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」のオペラの粗筋や楽曲解説や歌詞対訳を送ったのだが、ヤンクミ自身が今迄耳にした事のあるクレオパトラの歌唱や声質も含めて、やはり私の歌唱は結構想定外だったようである。
しかし、私自身の歌唱とは非常に掛け離れた音源をヤンクミに事前にお渡しするよりなら、実際のピアノ合わせの時間を増やしたり回数を増やしたりする方が、遥かに効果的であると私が判断した。
「Se, pieta」に関しては、特にレチタティーヴォに関して細かい打ち合わせを行った。レチタティーヴォの流れとして、前回のブログにも書いたが、センテンス毎に、メゾピアノ〜台詞の喋りの強調〜メゾフォルテ〜フォルテ〜フォルティッシモ〜スフォルツァンド〜ピアニッシモの流れで歌う事。
フォルテ以上の強さを以って歌う箇所のピアノ伴奏は、ヘンデルというよりも寧ろベートーベン程の力強さを以って伴奏して欲しいという、例外的な希望もお話しした(笑)アリアに関しては、非常に重厚に歌うし声量もセーブしない予定なので、ごく自然な流れで歌った。この「Se, pieta」に関しては、私自身とヤンクミの見解が割と自然に一致していたように考えられる。


ヤンクミから非常に面白い、というか貴重な御意見を頂く事が出来た。
ヤンクミが殊更お気に召して頂けたのが「V'adoro pupille」だった。しかも、ヤンクミ曰く、

「非常に、とっても女性らしい女らしい、妖艶なクレオパトラ。女性の武器を使ってシーザーを誘惑しようとするクレオパトラが見えてくる歌唱だと感じた。他のクレオパトラって、もっとコロコロあっさり歌ってる歌手が多いと思うけど。とてもしっとりとしたクレオパトラだと思う」

との事(核爆)
流石にここまで褒められると、相当に恥ずかしいしドン引き状態だったが(激爆)


ただ、私自身、クレオパトラを「絶世の美女」とは考えていないし、美しいクレオパトラを歌うつもりも毛頭無い。私はどちらかというと、化粧を剥いだクレオパトラは実はトンでも無い不細工だったかも知れない、とさえ考えている。
以前、某テレビでクレオパトラの特集が放映されているのを観たが、クレオパトラは幼い頃から、当時のエジプトの図書館に通い多くの書物を読み漁り、特にメイクや香水に関する研究を熱心に行っていたという史実があるのだそうだ。
シーザーやアントニウスを迎え入れる時、部屋中に薔薇の花弁を敷き詰めたという逸話もある。
これは、イチ女の意見だが、ほんっと〜に絶世の美女だったら、分厚い化粧するか?????スッピンで勝負しないか?????(爆死)クレオパトラのスッピンの素顔を見た事のある人間の記述って、存在するのだろうか?????(猛爆)
兎に角、私のクレオパトラ考察は隅に置いといたとしても、ヤンクミに、私のクレオパトラの意図を超えて歌唱でクレオパトラの美しさが伝わったのだとしたら、これはまさに「瓢箪から駒」である(苦笑)


ヤンクミから御感想を頂いた。

「去年よりも更に表現力が向上した。バロックをきちんとしっかり勉強する事によって、ここまで表現力がしっかりと身に付くのかと驚いた。でも、やっぱりバロックは音楽の基本だと思う」

との事だった。
私自身、殊更表現力に拘っているという訳でも無い。確かにクレオパトラを自分自身の表現で歌うという事は私にとって非常に重要な要素である事には変わりは無い。
しかし、一番重要な事は、ヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」というオペラに対する愛情、熱意、クレオパトラを始めとして、クレオパトラだけでは無くその他の全ての登場人物に関する分析、解釈。そして、今私が所有している4種類のCD全曲盤と3種類のDVD映像を暇さえあれば観たり聴いたりする事。その演奏の違いを実際に感じ取って、その中から自分の演奏や歌唱に非常に有効であると思われる要素を、セレクトして行く事。
総て「攻め」の要素がプラスに働いただけの事なのかも知れない、と考えている。


そもそもこの「エジプトのジュリアス・シーザー」という物語は、何が発端だったのか?

何故、シーザーはエジプトに来たのか?ポンペイウスを追って。
何故ポンペイウスはエジプトに来たのか?ローマで、シーザーvs元老院との戦いに敗れて、過去にプトレマイオス王(トロメーオの父王)の戴冠を行った事により、シーザーとの戦いの援軍を乞うため。
トロメーオは何故ポンペイウスを殺したのか?シーザーに着く方が政治的に有利とアキッラに唆されて。
クレオパトラは、弟であり夫である色恋にしか興味の無い幼い暴君トロメーオと仲が悪く、父親程の年上のシーザーを政治的後ろ盾にする事によりエジプトの王権獲得の希望と、幼稚な年下夫トロメーオにウンザリしていた所にシーザーの大人の男の魅力を見出す。
息子セストよりも年下の暴君トロメーオに夫ポンペイウスを殺されたコルネーリアは怒り狂い、自分よりも年下の暴君に父を殺されたセストは復讐を求めて、侍女リディアに化けたクレオパトラの策略に乗る。ローマでは政敵であるシーザーと相対し、同盟を組むはずだったエジプトのトロメーオの裏切りに合い、ポンペイウスを謀殺され孤立したコルネーリアとセストの心境とは、どのようなものであったのか???
コルネーリアの美しさにしか興味の無いアキッラは、暴君トロメーオにウンザリしながらもシーザー暗殺にも加担する。
恐らく役柄や従者としての位置関係や服装から、エジプトの神官レベルの従者であると私が推測するニレーノは、クレオパトラがシーザーの援助とローマの後ろ盾を得る事により、プトレマイオス朝の存続実現のために陰ながら暗躍している黒子。
執拗なトロメーオとアキッラの追求に合い、亡き夫ポンペイウスよりも身分が低いと考えているエジプト人男に翻弄され続けるコルネーリアは、徐々に正気を失っていく。
シーザーの政治的後ろ盾と愛情を得たクレオパトラと、クレオパトラからもコルネーリアからも愛情を得られないトロメーオの、血縁者一族同士の、エジプト王権を奪い合う愛憎と骨肉の争い。
一度はエジプト軍に敗走を喫したシーザーの、奇跡的生還。
コルネーリアをトロメーオに横取りされそうになり、怒りトロメーオを裏切ってクレオパトラに付いたアキッラの戦死。
父親ポンペイウスの復讐を果たしたセスト。
トロメーオの死によって、エジプトの王権を手にしたクレオパトラ。
シーザーの政治的後ろ盾と愛情を得るために、エジプトをローマの属州に乏しめたクレオパトラ。
エジプトをローマの属州とし、クレオパトラという愛人を得た、シーザー。


私が歌いたいのは、シーザーとクレオパトラのプライベートなラブストーリーでは無い。
政治的背景と同族の因縁と謀略と欲望に渦巻く、総大な歴史スペクタクルの中の一人の人間としてのクレオパトラを、歌いたい。特に、クレオパトラとトロメーオの、掴みあい髪の毛をむしり合い地べたを這いずり回る程の同族の骨肉の狂気の愛憎劇なんて、これ程までに素晴らしいシチュエーションは無いとすら感じる位に興味をそそられる。歌うのが楽しくって仕方が無い(笑)


シーザーがブルータスを始めとする部下に暗殺されてもクレオパトラは生き、アントニウスの愛人となり、ローマのアウグスティヌス帝の怒りを買い、闘いの最中、毒蛇に自らの腕を噛ませて自殺するクレオパトラの未来を、ヘンデルは、音楽としては描く事は無くとも見通しながら、このオペラを一個の珠玉の作品として書き上げた。
オペラを量産し続けながら、その忙殺されつつあった作曲家人生の中でも、多くの愛情を注ぎつつ。
ヘンデルの音楽は、憎しみと狂気であっても、まさに美しい天上の音楽である。

これ程までに、劇的なオペラが存在するのだろうか???と、本当に考えている。


先日、湯島天神で学業成就のお札とお守りを購入して来た!!!
音楽の、学業成就♪


さて、次のヤンクミとのピアノ合わせまで、勉強勉強♪

まともな練習

6日連続夜勤(3連続当直)×3クール終了と、親父の借金弁護士依頼問題の、相当な過労の蓄積により、本日17時にようやく覚醒。体がダルくて重くて、動きゃしない。

スタジオ練習は、19時〜22時。幸い、今日は近所のスタジオ。
ゆっくり起きて、まずはミルヒー先生のお誕生日プレゼントのブーケを注文・発送するために、花屋さんへ行った。薔薇入りの淡いピンク色でコーディネイトしたブーケを注文。無事、ミルヒー先生のお誕生日には到着予定。


で、スタジオに向かった。
流石に体が超ダルダル&超重いので、発声練習では殆ど声も響かない。当然だ。
クレオパトラのアリア5曲歌っているうちに何とか発声を調整出来れば、と考えて、発声練習は早々に切り上げた。
明日の、ヤンクミとの初ピアノ合わせで、まずまずの調子で合わせる事が出来れば、大体の方向性が調整出来て擦り合わせが出来れば、後は6月までヤンクミとの調整を入念に行う事で、お互い練習して行く事が出来る。
そ〜ゆ〜意味では、ヤンクミに対しては殆ど心配していない。何しろ、もう10年近くの付き合いにもなるし、私の歌の良き理解者の一人である。
何よりも、私が曲をどう表現したいか、曲をどう歌いたいのかを察知し感じ取る能力に関して言えば、ヤンクミは非常に卓越した感性を持っていると、私は確信している。


今日は、クレオパトラのアリア5曲を通して練習。
「Non, disperar」はまだ慣れていないせいか、どうしても上下のポジションが上手く取れない事が多い。しかも、もっとレガートに柔らかく軽快に歌いたいのだが、下手をすると、ミルヒー先生曰く「抜いて」歌ってしまいがちなので、注意深く出来るだけ今のうちはしっかり声を出して歌う事を心掛ける。今一つ音程が不安定な部分もあるので、今後演奏会本番までの一番の課題になるのはこの曲である。
「Tu la mia stella sei」は、去年のヘンデル・リサイタルで非常に苦労した曲だっただけあって、今回は非常に自然に歌えていると考えている。但しこの曲は、符点のリズムをかなり硬めにきっちりと取って歌わないとピアノ伴奏とずれてしまう箇所が幾つもあるので、リズムを正確に歌い込む必要性はまだまだ非常に大きい。
「V'adoro pupille」に関しては、去年のヘンデル・リサイタルの時よりも大幅に歌唱を変える事にした。まず曲全体をメゾピアノ〜ピアニッシモで歌う事に決めた。これはミルヒー先生には相談していない。自分の判断で歌唱を変える事を決めた。幾ら尊大で策略家で不遜な女王クレオパトラであっても、このアリアだけは非常に美しく歌われなければならない。去年のヘンデル・リサイタルではこの事に関する入念な解釈・分析・配慮がなされていなかったまま、リサイタルで歌ってしまった。これを、どうしても変えていかなければならない。演奏会本番までの間でどこまで出来るのかは不透明だが、後2ヵ月弱、出来る限りの努力をしてみる所存である。
「Venere bella」に関しては、レチタティーヴォも含んだ全体的な歌唱としては、去年のリサイタルでも比較的相性の良かった曲なので、今度の演奏会でもこの流れで曲全体のフォルムを整えてクレオパトラらしく丁寧に歌って行く事で良いと考えている。但し、この曲の後半のアジリダの音程が非常に複雑なので、音程、特に半音の高低に非常に慎重に注意深く練習を入念に続けて行く必要性が高い。特に5線の上の音で、若干音程が低く聴こえる事が多い。これは非常に避けたい。アジリダはロングブレスだし非常に楽な事とは決して言えないのだが、このような非常に難易度の高いフレーズを丁寧に練習して、一歩一歩実力や技術力を向上させていく練習を自分自身に課して行って行く事、これが私にとっての歌う楽しみ、醍醐味でもあるのだから。
「Se pieta」に関しては、今回新しくレチタティーヴォを付加える事にした。これがまた非常に歌唱力・表現力が必要なレチタティーヴォ。何度も何度もDVDを観て、只管考え続けていた。バランスの取り方。感情的になって歌う、又は感情移入のみで歌ってしまうと、全く平坦で面白みが無く聴こえてしまい非常につまらないレチタティーヴォになってしまう。これを避けるためにも、クレオパトラの歌詞のセンテンス毎に、テンポや強弱を細かく駆使しなければならない。基本的にレチタティーヴォのバランスとしては、メゾピアノ&レガート-台詞の強調-メゾフォルテ-フォルテ-フォルティッシモ-スフォルツァンド-ピアニッシモ&レガート、という構成にした。この歌唱を演奏会本番までに徹底的に練習して確実にこなせるようにならなければならない。でなければ、このアリアが、活きてこないと私自身が分析・解釈しているからだ。今後の練習に非常に力を入れなければならない。アリアに関しては、余り続けて頻回に練習し過ぎてしまうと、声帯にかかる疲労や負荷は計り知れないので一度だけ通して歌ったが、恐らくこのまま下手に弄り回さない方が良いと判断したので、サラッと終らせた。


今日は、とっても疲れていて体力的にも厳しい3時間スタジオ練習だったけど、あっという間に3時間が過ぎてしまった。久しぶりにマトモに声を出して歌ったので、多少の声帯疲労もあるのだけれど、ここ最近では一番精神的に充実した練習だった。
こういうふうに、自分で納得できるくらい歌う事が出来ると、何よりも精神的に心理的に、非常に安定する。歌う事によって多少疲れたとしても、今の私にとっては、歌う事以外の生活状況が、酷く理不尽で受け入れ難い状況ばかりが続いているので、歌う事による多少の疲れなんか、ちっとも苦にならない。


今日は久しぶりにマトモに歌えて、本当に嬉しかった。
明日の、ヤンクミとのピアノ合わせのため、もうそろそろ休む。
今日は、ぐっすり眠れそうだ。


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