晴れの日はANDANTE

私のライフワークである歌曲やオペラ、日々の練習やレッスンについて、気ままに綴っていきます。

クラシック音楽

ゆく年、来る年。

今年は、
他人様に例えると正味5年分の人生を1年でやってのけたカンジ。

転居2回。
勤務病院の変更。
ウィーンでのシューベルト歌曲の演奏会。
妹の再婚。
生れて初めて合唱団のヴォイス・トレーナーをする。


ハッキリ言ってかなり疲労困憊。
特に、ウィーンでの演奏会に関しては、実名検索を掛けるとまだ引っ掛かるので・・・・・
早く消去して欲しい・・・・・(超苦笑)


疲れてな〜んにもやる気が起きないくらい・・・・・なら宜しいのだけど、
残念ながらやらなきゃアカン事ばっかで、
今年後半は声楽の勉強に割く時間がエラく減ってしまった(怒)
それでも、
流石に1年でこれだけのイベントがあると、

「燃え尽き症候群」

状態だな(超苦笑)


ところがどっこい・・・・・・・・・・
来年もゆっくりノンビリ声楽の勉強に平穏に勤しむ、
などとゆ〜呑気な事はちっとも期待出来ない・・・・・らしい・・・・・

来年は、
コンクール年。
今日、大晦日の朝から10曲程コンクールで歌う曲を選曲するために、
Youtubeを徘徊、
楽譜をコピーしていつでも歌唱練習に入れるように、
いつもの如く楽譜を総てチェックし、
一通り録音を聴いて譜読みしたら、
も〜こんな時間(呆)

取り敢えず、
明日は新年早々、
通して歌えるように譜読み、
時間があれば新しい楽譜を購入しに近くの楽器屋さんへ・・・・・行けるか・・・・・?????
無理ぽ。

ピアニストY先生に御不幸があったため、
来年2月に予定していたリサイタルは中止&延期。
それはちょっと残念なのだが、
別に声楽で生計立ててるワケでも無いので別に構わない。


一番の問題は、
何でいつの間にコンクール目指す事になったのか、
最近良く思いだせ無くなって来た(死)

アルチューハイマーか・・・・・・・・・・


久し振りに突然ですが・・・

明日からウィーンに行きます。
今回は、レッスンと演奏会。
1週間の予定。
日本とも少しの間、おさらば〜( ^^) _旦~~
あ〜、スッキリんこ\(^-^)/

声帯

本日、3ヶ月振りの教授のレッスン。
昨日は、地震直後にも拘わらずコンサートがあり、友人を誘って訪れた。
教授も大変喜んで下さった。
ソリストだったプロのソプラノ、メゾ・ソプラノ、テノール、バリトン歌手の中で唯一友人も含めて私もドン引きしたのが、メゾ・ソプラノ歌手。先日まで海外で歌っていたらしいが、あまりに聞くに堪えない発声だったので、本日教授にメゾ・ソプラノ歌手のソリストについて尋ねた。体調が悪かったのかと思いきや、ところがどっこい、
「ただの練習不足ですね。プロは言い訳になりません。もうクビ」
と教授の一言。教授、厳し〜〜〜・・・^^;

今日は歯科の治療中ですぐにインプラント出来ないのでブリッジでのレッスンとなった。が、教授からは、
「ブリッジか本当の歯かわかりませんね」
という程、ブリッジの出来が良かったらしい。歯科医師は、口は超最悪に悪いがどうやら腕は確からしい(超苦笑)

今日は3ヶ月振りのレッスンだったのだが、教授の呼吸法レッスンだけはずっと続けて自己練習を行なっていたので、呼吸法のレッスンを以前のメニューである程度受けて見ても、以前と比較しても呼吸法としては3ヵ月前にレッスンを受けていた時とほぼ変化無し、という事で今日の呼吸法は3ヶ月前のレッスンよりも難易度がアップした。呼吸訓練も、8分や16分のマルカート呼吸の連続になり、十数回同じ呼吸を行なうだけでも途中で呼吸が崩れる程に難易度がアップした。それでも前回レッスンよりも格段に呼吸法練習の難易度がアップしたので、教授からは、
「ご自分で練習する時には、特に基礎練習と応用練習を重点的に。曲も1ページ位ずつ進めて行って、飽くまでも一辺に全部を練習しないように」
との事だった。
今日は地震の影響もあってか、私以外のレッスンが総てキャンセルになってしまったせいもあり、教授もかなりゆっくり余裕でレッスンしてくださった。いつもよりも多いバリエーションでの呼吸練習で、室内暖房無しでも汗をかくほどの呼吸法レッスン。それでも、教授の呼吸法レッスンの効果があってか、本当は今月知人の非公開の演奏会で、ヘンデルのオペラ・アリアで1曲コントラルトの役のアリアを歌う予定だった。それ位、中低音域が非常に響くようになり声量もアップしたのだ。残念ながら地震の影響でその演奏会は中止になってしまったが、機会があれば是非歌いたいと考えている。
今日の呼吸練習の他に、私以外の生徒さんのレッスンがドタキャンになってしまったためか、教授はいつもの呼吸法レッスンの他に今日は少し曲も歌ってみましょう、という事になった。そこで呼吸法レッスンの他に発声練習も加わった。その発声練習の時に、教授から思いもよらない言葉を頂いた。ド真ん中Cの下の音域の発声練習の時の事だった。教授曰く、

「あなたは非常に低い音域まで声が出ている。私にもこの低音は出せない。私よりも低い音域が出ている。私が今迄何十年も沢山の生徒を外国人も含めてレッスン見てきましたが、ソプラノでここまで低い音域の声が出る生徒は生れて初めてです。これは相当に長い声帯をお持ちであるという事。声帯というのは身体の楽器であり、私達人間は造る事が出来ません。持って生まれた楽器なので変えようが無い。それでこんなに貴重な楽器をお持ちであるという事は本当に恵まれた事です。あなたの今後が非常に楽しみです!!!!!」

と仰られて、超ビックリ。嬉しいやら恥ずかしいやらで、何と御返事申し上げて良いのか正直困った(激爆)ただただ、ありがとうございます、そう言って頂けたのは初めてです、嬉しいです、の繰り返し(猛爆)でも、私がソプラノである事は、音域では無く声の音色で決定されるべき事と教授が仰ったので、やはり私は基本的にはソプラノである。ただ、ウィーンのレッスンでウィーンのN先生にも、

「随分低い音程まで声が出ますね」

と指摘されていた。それを教授に御説明申し上げたら非常に納得されていた。
これを何とか良い方向性で活かす事の出来るようなレパートリー作りを心掛けたい。
教授は、来年ヨーロッパに演奏会に行かれる御予定があるとの事で、

「来年、是非御一緒にヨーロッパに行けたらいいですねえぇ〜」

と仰せだった。もう、ただただビックリ・・・・・(ア然)
まあ、荷物持ちくらいは喜んで〜\(^-^)/だけど、そんな風に教授に言って頂けるとは思っても考えても見なかったので、今日は思わず口から心臓が飛び出しそ〜なレッスンだった。

昨日の演奏会は一緒に行った友人達も非常に喜んでくれた。特にソリストのテノール歌手が大人気で、友人もとっても素晴らしいと言って演奏会を楽しんでくれていたので、演奏会にお声をかけて下さった御礼にゴディバの新製品チョコをお土産にお持ちした。
酒よりも甘いものがお好きだという事(酒は飲めないならしい・・・)なので、丁度良い少し遅れたバレンタインデーのプレゼントにもなって、良かった。

最後に、友人で声楽のレッスンを始めて1年に満たない若いテノール君が、今のレッスンに行き詰っていて歌う事が辛くなっていて、いっそ個人レッスンよりも合唱団もいいかも・・・と言っていたので、教授の合唱団の入団資格についてお尋ねしたら、初心者でも全く構わないので自分に適したと感じる合唱団に来られるといいです、と丁寧な御返事を頂戴した。勿論、声楽のレッスン初めは迷う事も行き詰る事も多いだろうけれど、私も友人のソプラノさんも、若いテノール君に声楽を諦めてしまって欲しく無い!!!という気持ちが強かったので、これで少しでも選択肢が増えて声楽を続ける契機になってくれたら嬉しいなあぁ・・・と考えている。

それにしても、自分の声帯がそんなに長いとは、誰も考えない・・・・・(^_^;)
指摘されて、超ビックリ〜〜〜〜〜・・・・・(滝汗)
まあ、非常に嬉しい事には間違いない・・・・・・・・・・(照)
でも、声帯が長くて、今後どんな事が楽しみなのだろうか・・・・・・・・・・(謎)

しつこいストーカーのリモートホスト

私のブログ記事、
{傲慢、慢心、不愉快且つ有り得ない「自称プロ声楽家」の暴言}
に某個人サイトの、私のプライベート・メッセージ・ページからこのサイトにアクセスしている輩が存在する。
他者のサイトのプライベート・メッセージ・ページを悪用してこのブログにアクセスするなんざ、下衆畜生の恥知らずのやる事。
調べた結果判明した事が幾つかある。

長野県高森町CATVのリモートホスト。
詳細は伏せておくが、長野県民、最悪な輩存在するようだ♪

このサイトはアクセス履歴がちゃんと残される。

大概にしておいた方がいい。
長野県民の印象が最低になるだけだ(失笑)

「学ぶ」と「真似る」の履き違い

私は、自分で歌う曲の勉強や練習を行なう時には、なるべく多くの歌手の録音や映像を聴いたり観たりする。
理由は沢山ある。スタンダードな演奏、オリジナルな独創性を含む演奏、歌手によって異なる解釈、表現、声量、装飾音、外国語の発音、ブレスの位置、声質の選択。
基本的に自分が大好きな歌手や尊敬する歌手の録音を聴いたり映像を観たりするが、それだけでは無い。自分がレパートリーとしたいと考えているオペラは、数種類のCDやDVDを揃える。最近はYoutubeもかなり便利になっているので、大いに参考にする。少しでも多くの歌手の歌唱を聴いたり観たりして、参考、勉強にする事を心掛けている。

例え、名歌手でも、アマチュアでも、持っている声は全く違うものであるし、皆様々な師に教わっている。名演奏家が必ずしもそのまた上の名演奏家に師事している、有名演奏家に師事している、とは限らない。
そして、名演奏家や名歌手の演奏を参考にしたり勉強にしたりすれば、必ずその人も同じ様な名演奏家になる訳でも無い。
逆の言い方をすれば、名演奏家や名歌手、自分が師事している先生の演奏や歌唱を勉強すれば「真似」になるとは限らない、という事も充分に言えるという事になる。
そして、他人と違う演奏、他人と違う歌唱、他人と違う発声が即オリジナル、新しい素晴らしいものかというと、それもかなり怪しいと考えざるを得ない。

大体にして、クラシック音楽の特性の一つは「再現藝術」であるという事が挙げられる。
まず、自分の師事した先生から再現の手法を習得する。当然、演奏形態は師事した先生に似て近い事はあって然るべきかも知れない。
そして、自分が素晴らしい、美しいと感動した演奏家や歌手を参考に、自分が演奏する、歌う曲を勉強する。自ずと影響を受ける事は当然有り得る事である。
その中で敢えて違う部分を個々に探すとすれば、個人個人の持つ身体機能、声楽で言えば体格、骨格、身長、体重、声帯の太さや長さ、肺活量などの予備能力などが考えられる。
当然、師事している先生のレッスンを受ければその先生の癖なり習慣なりも同時に習得する可能性も高い。それは、自分自身が好んで聴いたり観たりする歌手や演奏家についても同じ事が言える可能性は高い。
それは、別に間違った事では無いだろうと私は考えている。
同じ先生にレッスンを受けている生徒の演奏の傾向性が類似するのは以上の視点からも無理からぬ事であると考えられる。それに、好きな演奏家や歌手の趣向に似てしまうという事も、上記の観点からも無理の無い事であると考えている。
逆に、全く影響を受けないというのは、非常に感性が鈍い若しくは鈍感である、という見方も可能である。

非常に重要な事は、師事している先生の何を何処を真似るのか学ぶのか、自分が尊敬する或いは好きな演奏家や歌手の何を何処を真似るのか学ぶのか、である。師事している先生、または自分自身が好きな演奏家や歌手を参考に勉強する時に、どのような事を参考に勉強したり学ぶのか、自分と違っている部分はどのような所なのかという事を、冷静に綿密に客観的に分析しながら学ぶ必要性は高い。ただ自分の耳に聞こえて来た事を自分の思い込みで真似ているだけでは、それは学習能力に疑問を持たざるを得ない。

人間が音楽を演奏する際に一番初めに使う身体器官は、まず「耳」である。まず音楽を聴く事。
そして、演奏する為には楽譜を見る事、それは「目」であると私は考えている。
その両方をフル活動し曲を演奏するための勉強や練習をして、その各身体器官の動きを「脳」が記憶して「筋肉」や「骨格」の動きを細部に渡りチェックする。それを繰り返して機能させる事により、演奏や歌唱手段を体自身が習得して行くと私は考えている。
そうでなければ、再現藝術にはなり得ないのではないのか、と私は考えている。

耳コピー、という事を言う人間がいる。耳コピーとは飽くまで耳だけを通じて脳に刻み込まれる現象であり、身体の各機関の稼働が連動しているという事になり得ないと私は考えている。つまり、耳コピーという脳の感覚だけで演奏したり歌っている演奏が、再現芸術であるクラシック音楽の演奏に適うものなのか、甚だ疑問に思わざるを得ない。耳コピーした自分の演奏や歌唱を自分自身の演奏や歌唱と思い込むのは誤認である可能性が非常に高いと言わざるを得ない。しかし「耳」で慎重に注意深く聴き取る事から何を得られるか、何を得ようとするのかは、その個人の感性や資質と言える事が出来ると私は考えている。それが、継続した学習内容の分析、習得、実践、評価、考察、再検討の繰り返しによる緻密な連続した技能習得能力なのではないだろうか。
耳だけで聴いた曲を、詳細な身体機能の運動分析による嗜好性と反発と軌道修正と弱点克服無しに、習得したと思い込む事は、単なる誤認であると言わざるを得ない。
では、耳から入る音楽無しに演奏技術や能力の習得を他者との比較論で位置付けし、自分自身への他者からの高評価を目的とするのは、単なる「奢り」であると私は考えている。

「個性」と「やりたい放題」は全くの別物である。他人との演奏や歌唱との違いを強調する事により自分の特殊性を主張するのは傲慢であると私は考える。自分の師事している先生と似ているのは真似、似ていないのがオリジナルという安易な発想は、己の思考機能を退化させるだけの怠惰に過ぎないというのが私の考えである。
その最たる理由が、クラシック音楽とは「再現芸術」だからであるというのが私の基本的姿勢である。
オリジナルとは個別性の最たるものであるが、クラシック音楽に於けるオリジナリティーは、他でも無い作曲者である。オリジナリティーと、比較論としての優劣とは全く別世界にカテゴライズされるべきものであり、同者を同次元で取り扱う事自体、無知に等しいと考えられる。演奏や歌唱を耳からのイメージに捕われる以前にまず演奏者や歌い手は、楽譜という確固たる資料を自分自身の「目」によって確認し、継続・連続した鍛錬や修練による身体機能や知覚機能の誤認や修正のチェック機能を適切に行なってこそ、初めて「自分自身の演奏」という特色が表現、表出されるものではないのかと私は考えている。

幾ら名演奏家や名歌手に、自分の演奏や歌唱を似せようとしたところで似る筈が無い。もともと与えられている「楽器」自体が違うのだから。似ていると誤認している自分自身の耳や感性を常に疑って見る検証する能力を培う努力を怠るべきでは無いと考えている。
それとほぼ同意義で、師事している先生と演奏や歌唱が似ている事は、個人の持つ資質や嗜好性などの特性との関連性は然程高く無いと私は考えている。似る理由があるとすれば、資質や嗜好性よりもそれは個人の持つ「楽器」の特性の類似点により多く依拠するものであると推察出来る。

これと類似した例として、「特定の歌手の演奏や録音を聴き続けると、その演奏者や歌手の癖がついてしまう」という事を平気で言う人間がいる。しかし、単なる耳コピーだけで、その個人特有の「癖」とやらが個人の身体機能に習得されてしまうという言い草は、運動機能や身体機能上、余りにも無理があり過ぎると言わざるを得ない。物真似は癖も含めて物真似だからこそ全くの他人と類似するのであって、自分の都合の悪い、師事している先生からレッスンで警告を受けた事を、過去の演奏家の単なる悪い「癖」として認識しようとするのは余りにも傲慢である。
第一、過去のどのような名演奏家も名歌手も、

「私の真似をして歌えば確実に世界的スターになれますよ」

なんて言った演奏家が存在したのだろうか。
それは過去の演奏家や名歌手や師事している先生の「癖」が自分に移ったなどという馬鹿げた話では無く、寧ろ自分の安易な「耳」に頼っただけの怠慢な学習態度の演奏・歌唱により身体機能や知識や技術の習得や鍛錬を怠った怠慢な演奏によって「自分自身の悪い癖」が露呈しただけの話ではないのか、と考えるのが私は妥当ではないかと考えている。
大体にして、演奏家や歌手や先生に対して、失礼極まりない(超苦笑)

いずれにしろ、比較論だけでしか自分自身の演奏や歌唱を評価出来ないとは何とも貧しい感性のように想う。
名歌手であろうが、師事している先生であろうが、自分の演奏の特性は自分自身の要因に起因するものであるという事を、肝に銘じておく必要性は高い。
大体にして、耳からインスタントに安易に入って来た演奏を、充分な分析や解釈や鍛錬無しに習得出来る再現芸術などあるだろうか。


私は、虚栄的な人間は、嫌いだ。

パニック状態だったシューマン・リサイタル

シューマン・リサイタルが終了してから少し日が開いてしまった。
リサイタルのための休日後の連続夜勤、職場のゴタゴタ、去年末からの疲労とストレス爆発!!!とでも言おうか、ブログの閲覧すら最近は気が進まなかった。
休日には2〜3時間の自己練習は行なっているが、レッスンは年末〜来年2月くらいまで入れられるかどうか分からない状況なので、取り敢えずシューマンのリサイタルについてだけはここに記録しておく必要性がある。

事件は、シューマン・リサイタル前日の最後のピアノ合わせでいきなり突然勃発した。
前半5曲のピアノ合わせは非常に順調だったのだが、一休みして後半5曲のピアノ合わせ開始、7曲目「歌手の慰め」の途中から急に歌詞が出て来なくなってしまい、演奏が止まってしまった。
シューマン・リサイタルの為に選曲を済ませたのは約2年くらい前。練習やレッスンを始めたのは約1年前。今年9月〜10月のウィーンでのレッスンから帰国したらもう細かい部分の表現と暗譜の確認作業だけだった。実際問題は無かった。ウィーン帰国後のY先生とのピアノ合わせでは、表現を重点的に行なっていた。
それが本番前日に、いきなり歌詞が出て来ない、約8小節。
しかも「歌手の慰め」1曲歌詞が出て来なくなった途端に、次に歌う2曲「胡桃の木」「女の愛と生涯〜全ての人にまさって」の途中の歌詞まで出て来なくなってしまった!!!流石の緊急事態に私も動揺を隠せなかった。ピアノ合わせすればする程、ドンドン混乱して行った。同じフレーズを何度も何度も繰り返しピアノ合わせし直しを行なった。私は青くなるばかり。ピアニストY先生は別段気にされていらっしゃらなかったようだが、私の方は慌ててしまい、いつもより少し早めにピアノ合わせを切り上げてた。このまま歌い続けていても混乱するだけだし、歌う事よりももう一度歌詞の暗譜をし直さなければならない。まだ24時間ある。リサイタルで歌うシューマン歌曲10曲、総て暗譜での歌詞の見直し作業をカフェで行なった。
その日の夜は、3〜4時間程しか眠れなかった。


リサイタル当日は、会場入りギリに目が覚めた。ほぼ朝方から眠った。
シューマン歌曲の歌詞の暗譜は、地道に行なったためか10曲中9曲は何とかイケる。細かい冠詞等は間違える可能性はゼロでは無かったが、やはり問題は7曲目「歌手の慰め」の歌詞の途中が出て来ない時と、出て来る時と非常に記憶にバラつきがある。
流石にこれではマズい。リサイタルで演奏を中断なんて、冗談じゃない。
だが、譜面台を置いて楽譜を見ながら歌う事もしたくない。
いつも演奏会やリサイタルで一番の懸念は声の事なのに、今回は声の問題は今までの演奏会よりも遥かに心配が少ない。
その代わりにこのような問題では、余計に精神的に参ってしまった。
それでも歌わなければならない。逃げる訳にはいかない。
心の中で、被害の無い程度の地震や台風などの天変地異を願いまくった。
が、そんな事をしている余裕も無かったので、本番前のリハーサルでは、いつもは一度は全て全曲通して歌うのだが、今回に限っては不安材料の多い曲を集中的に繰り返しピアノ合わせを行なった。
つまり、リサイタル本番直前リハでは歌っていない曲も約半数あった、という事になる。
兎に角、異例尽くしのリサイタル本番だった。
その割に、声に関する不安は一切無い、というこれもまた今までとは全く違った本番だった。

リサイタル開始。
お客様は今までより多少多い。これは緊張要因とは関連はそれ程大きくは無い。寧ろ、歌詞が出て来なくなるのではないか???という不安ばかりを抱えてリサイタルに立った。MCの笑顔が引き攣っていないかなどと考える余地すら存在しない。
1曲目「乙女の憂鬱」は、いつも通りこれは御約束で緊張して声は出無かったが、2曲目「憂鬱」からはかなり取り戻した。これは、ウィーンのN先生に感謝以外の何ものでも有り得ないだろう。
3曲目いきなり曲調が変る「あなたの声」では、私自身の演奏の切り替えの良い影響が、聴き手の御客様の表情に顕著に表れた。これは後日ピアニストのY先生も非常に驚かれていた事項なのだが、やはりこれはウィーンでのレッスンでの先生方の功績の偉大さだと考える。
4曲目「ミニヨン」は大曲。非常に体力も声帯も酷使する。途中、歌詞の2番と3番がドイツ語が一言入れ代わってしまったが演奏を止めるような状況では無かった。高音域はきちんと当たっていた事、ウィーンでのレッスン通りのブレスで歌えた事は何とかクリアできたが、問題はやはり有節歌曲のバリエーションの多彩さ、という点に於いて極度の緊張感やストレスフルな状況では足りない、と言わざるを得ない。
尤も、プロともなれば完璧にクリア出来て当然の項目なのであろうが。

前半最後の5曲目「レクイエム」これは、ウィーンでのレッスン通り、ピアノ合わせ通り、自分の考えていた通りに歌う事が出来た。
亡くなった妹の為に、ちゃんと歌う事が出来たと思う。今私が出来る表現、技術、総て出す事が出来た。上を目指せばキリが無いが今後はこの曲に関しては、もっともっと高いレベルを目指して行く事が出来る。
妹が、助けてくれたのかも知れない。
北海道の妹からも、
「姉ちゃん、思いっきり歌ってあげてください。私も聴いてみたい」
と前日メールがあった。これに、心から励まされた。


ここで15分間の休憩。
ピアニストのY先生に、思い切ってお話しした。
「7曲目の、歌手の慰め、は譜面台に楽譜を置く事に決めました。音楽はちゃんと体に入っている。だから楽譜を見て歌う事は無いと思うけれど、最悪の事態、途中で歌詞が出て来ない部分はもう分かっているので、MCの原稿と一緒に楽譜を譜面台に置く事にします」
と話すと、Y先生は快く了承してくださった。それどころか、Y先生御自身が演奏会で曲を忘れてしまった時の事を話して下さった。
メシアンのピアノ曲だったらしい。同じフレーズをフォルテ・ノーマル・ピアニッシモと3度繰り返し、それでも思い出せなかったので、いきなりコーダに飛んだ、との事だった。
この話しを聴かせて頂いて、どれだけ私の心が軽くなった事か・・・・・・・・・・。
Y先生ですら、そんな事があるんだ・・・と思ったら、何故か1曲の楽譜を持ってステージに立つ事が出来た。


後半5曲開始。
6曲目「私の美しい星」は、もともとピアニストY先生からも問題無しとのお墨付きを頂いていたのでかなりレガートにたっぷりと歌った。但しこれは私の悪い癖で、歌える曲に関しては声を押して発声してしまいがちになってしまうという注意事項が出てしまった。が、この曲はかなり落ち着いて歌う事が出来た。
問題の7曲目「歌手の慰め」これは、少し離れた所にMC用原稿と一緒に譜面台に置いておいた。結局、一番歌詞が出て来ない、忘れてしまう事の多かったフレーズの出だしを一度チラ見しただけで、済んだ。歌唱自体は、楽譜が近くに在るという安心感のためか、非常に伸びやかな歌唱が出来た・・・と考えている(超苦笑)
8曲目「胡桃の木」はこの流れに乗ってきちんと歌詞も出て来たが、歌詞に対する神経を集中し続けてきたためか若干体力的疲労が出て来たらしい。いつものテンポよりも遅れ気味になってきたのが、この「胡桃の木」からだった。
9曲目「女の愛と生涯〜全ての人にまさって」も、声は出ていたし音程も悪く無かったが、今までのピアノ合わせでのテンポやリズムから微妙に遅くなりずれていた。何とか、ピアニストY先生が合わせて下さったという状況だった。ただ、歌詞はきちんと出て来た。
「胡桃の木」「女の愛と生涯〜全ての人にまさって」は、前日のピアノ合わせで歌詞が出て来なかった部分に関しての修正はきちんと行なう事が出来たが、歌詞に集中する余り、本来出来ていた筈のテンポやリズムに大きな影響が出てしまった。
最後10曲目「献呈」幸か不幸か分からないが、もう7年前から勉強して来て2度程演奏会本番に乗せている曲だからこそ何とか歌いきる事が出来たが、総ての力を使い果たしてしまったせいか、いつもの30%程のエネルギーでしか歌う事が出来なかった。これは本当に残念な事だった。

しかし、何とか大きな事故も無く、シューマン・リサイタル10曲歌い終わった。


今回も例に漏れずにアンケートを取った。アンケートを書いて下さった方がいつもより多かったので、今回はアンケートを何十回も見直した。
今回私が歌ったシューマン歌曲は、ウィーンでのレッスンでN先生がシューマンの解説書(ドイツ語)を見ながらレッスンして下さったというくらい、マイナーな曲が多かった。日本ではシューマン歌曲は余程ドイツリートが好きな人でなければ、特にクラシック音楽を普段から聴く習慣の無い方々には非常に退屈であるかもしれない事は十二分に承知していた。しかも、日本人は耳に聞き覚えのある曲の方により反応を示し易い事は、千葉のヤンクミの15年継続している演奏会で毎年アンケートを取っている結果を見れば、一目了然である。
ただ、私が今回、日本でも殆ど知られていないシューマン歌曲のリサイタルを行なって、アンケートを分析して一つだけ分かった事がある。
例え、名曲ではなくても、良く知られた曲ではなくても、いや、殆ど知られていない曲であっても、歌い手の声と曲が合っていれば、声と曲の調和、バランスが良好に保持されている曲であれば、聴き手の印象に強く残る可能性は決して低くは無い、という事である。
これは、今回このシューマン歌曲のリサイタルを演奏した事の中で、最も大きな収穫だった。


リサイタル前日に、いきなりたった1曲の数フレーズの歌詞が出て来なくなってしまった事。
この原因、要因について相当な日数と時間を費やして考え続けた。
結論は幾つか出た。
まず、今の私自身の持てる実力に於いてシューマン歌曲10曲のリサイタルは、無理があった事。それは、まずドイツリートというジャンルというよりも寧ろ、シューマンという作曲者の特性に存在すると考えている。
子供の頃から多くの本の中で育ったシューマン。無論、シューマンに限った事では無い事は重々承知であるが、シューマンが作曲した歌曲の詩人の詩に関しては、ただ単にドイツ語の歌が歌える、ドイツ語が話せる、ドイツ語が分かる、ではNGであり、ドイツ文学の素養教養といった類の知識や勉強が必要不可欠なのであるという事。これが私が、シューマン歌曲の歌詞が頭に入っていても体に入っていても、リサイタルの結果としてこのような事態を招いてしまった事の最大の要因となったであろう事は、恐らく否めない。
ウィーンでのN先生のレッスンを受けられても尚、私がシューマンのリサイタルを行なうには全く非常に多くの不足ばかりが跡に残されてしまった、その結果それを認識していなかったために2年も前からシューマンのリサイタル用歌曲の選曲及び練習を行なって来て、しかもウィーンでのN先生のレッスンで全てシューマンのリサイタル用歌曲10曲レッスンを受けてN先生より許可を頂いたにも拘わらず、リサイタル本番で前代未聞の、例え1曲でも楽譜を譜面台に置く、という醜態を生む結果となってしまった。
反省に反省を重ねたとしても、自分を恥じる事には未だ何等変わりが無い。


先日、ピアニストのY先生と、リサイタルの打ち上げ&クリスマス会&忘年会を、日を改めて乾杯した。
その時、ピアニストのY先生が一つ、非常に重要な事を仰っていた。

「楽譜を見ながら演奏する場合と、暗譜で演奏する場合はね、使っている脳の部分が違うのよ。だから、暗譜で演奏するなら最初から暗譜で演奏するための(脳)の場所を使わなければいけないの。だから、練習方法も全然違うのよ」

成程、それは知らなかった。今後は、例え新曲でも何十曲でも、総て「暗譜」のための練習をしなければならない。今これから暫くは、このための知識を得る手段を考え勉強しなくてはならない。


それと、これはマジ驚いた事なのだが、シューマン・リサイタルのアンケートでお客様が選んで下さった曲と、ピアニストのY先生の評価が比較的良かった曲が、全然違った!!!という事(爆)これは少し笑ってしまった。


今は、新しい選曲に取りかかっている。

「プロフェッショナル」と「アマチュア」の違い

今年10月、ウィーンのレッスンから帰国してから、ウィーンのM先生から新しい声楽の先生を御紹介して頂いた。理由は、私が来年のウィーンでの演奏会で歌う、という事になったからである。お決めになったのは、ウィーンで主にシューベルト歌曲のレッスンを受けている、B先生。B先生が、今年私がウィーンのレッスンに持って行ったシューベルト歌曲6曲の中から2曲選曲されて、来年のウィーンでの演奏会で私に歌って貰おう、という事になった。
但し、条件が一つ。


「ドイツ語の発音をきっちり修正して来る事」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
これまた無理難題が出たものだ、と思い、最初この来年のウィーンでの演奏会の話を直接私にしてくださったウィーンのM先生には、即答でお断り申し上げた。理由はM先生からも、

「ウィーンでの演奏会は、今あなたがウィーンでレッスンを受けている先生方も演奏するし、他にもウィーンの音楽院などで優秀な成績の演奏家が出演する。日本のアマチュアの発表会のレベルとは違うのよ」

という発言もあったからだ。
あの、私はアマチュアである。音高にも音大にも専門学校にも行っていない。日本国内のアマチュアのコンクールすら出た事が無い。
ウィーンでレッスンを受けさせて頂いたのは、まだ2度目。
私はM先生に、「それなら尚更私はアマチュアだし、何よりもまず自分自身の声楽的レベルを全く把握していない。もう2〜3年勉強してからもう一度検討するべきだと思うので、今回は演奏会に出るべきでは無いと考える」とはっきり申し上げた。
ここで私の意見に頑張って反論したのが、ウィーンの音楽院を首席で卒業した現在大学院生のピアニストEさん。

「私は、あなたと一緒に演奏会をやってみたいと思う。あなたは音楽の造り方が良い、面白い。私だって幾ら(ウィーンで)学校に行っていても、他の演奏者は自分の先生とかだし、私だって、ペーペーだけど、でも周りの質の高い演奏をする人達に、一緒に引っ張って行って貰う事で、必ず大きく成長すると思う。また、そうでなきゃ成長するチャンスもなかなか無い。あなたなら、それが出来ると思う」

と、まるで25歳とは思えないような意志の強さとしっかりとした自分自身の考えを持っているEさん。私は少し涙ぐみながら考えた。私は、音楽の勉強としても、看護師の仕事としても、脳出血で倒れた親父の入院管理や借金の管理の面でも、今ギリギリ一杯状態でウィーンにレッスンに来ている。
果たして、来年自分に可能だろうか・・・・・・・・・・。それが大きな不安だった。
日本に帰国する前日の夜、M先生とピアニストEさんと私との3人で、アウグスティーナ・ケラーで飲み会を開いた時に、M先生とEさんからのアドバイスも含めて、来年ウィーンでの演奏会を目指してみる、という事で一応の決心をして帰国して来た。


日本に帰国して徹底的にドイツ語の発音を修正するのであれば、少なくともネイティブのオーストリア人またはドイツ人の先生、若しくは留学経験の長い声楽の先生が必要であることは絶対である。
ウィーンのM先生も探してくださるとの事だったがM先生ばかりを頼ってもいられないので、私自身も以前ピアニストの先生から教えて頂いたゲーテ・インスティトゥートや、谷岡先生から教えて頂いた日欧文化協会などを虱潰しに当たってみたが、結局ネイティブの先生など、何のツテも無い私が見つけるのは困難極まりないというよりも、不可能に近かった。
そこで、ウィーンのM先生にメールを送った。「今こちらでドイツ語に堪能な、出来ればネイティブの先生を探していますが、見つからない、現状は非常に厳しいです。このままでは来年ウィーンの演奏会に出る事はかなり難しいでしょう」と。
そこで、丁度ウィーンのM先生が来日されるという事で、一通のメールがM先生より届いた。
その内容が、来年ウィーンでの演奏会を歌うために新しくM先生が探してくださった先生の御紹介だった。

某大学の名誉教授。

これは、後日M先生が来日時にレッスン後一緒に食事をさせて頂いた時に伺った話だったのだが、もともとM先生が私に紹介する事を考えていた先生がいらっしゃったそうだが、レッスン料が高額であること(1レッスン¥35000!)、最近のお弟子さんの質を見ると余り良く無いとの事で、私の先生を新しく探して下さったとの事だった。



この某大学の名誉教授のレッスン、呼吸法だけで2時間びっちりぎっちり。ボイスレコーダーを用意して来るように要請されたので、てっきり自分の発声や歌唱を録音するものかと思ったら、トンでも大間違い(爆)ボイスレコーダーには、スーハースーハー、ハーフーハーフー、スッスッスッ、などの呼吸法バリエーションが1レッスン7〜8種類録音される。
胸郭を広げながら胸郭を決して動かさず、腹部の呼吸筋と舌と軟口蓋と下顎の動きを連動させ、声帯は歌うポジションの位置から絶対に動かさない。
これを毎回、1レッスン2時間。
まだレッスンを受けて3回目だが、既にシューマン・リサイタルのピアニストのY先生からは、

「あなた、随分中低音域の発声が良くなったわねえぇ・・・」

と感心されてしまった。某大学の名誉教授は私とのレッスンでシューマンのリサイタルが近日である事を話すと、

「リサイタル本番までに、ピアニストの方にあなたの発声が良くなった、と言って頂けるのが目標です!」

と仰っていた(爆)
それって、私の目標でしょうか・・・・・・・・・・?????ですよねえぇ・・・・・・・・・・(爆死)
とゆ〜事で、たった3回のレッスンで一応の初期目標に近づく事が出来た。
勿論は、私が音高や音大や専門学校に行っていない事も、外国語を話せない事も、全て御説明してあるし、今現状ほぼ夜勤の看護師の生活で、練習やレッスンにはある程度の体力的な限界がある事も御説明申し上げた。
それでも、某大学の名誉教授(今後は教授と呼ばせて頂く)は、非常にハイペースで、私がクリア出来たレッスンに関してはボイスレコーダーを使用して自宅で声を出せない時に練習するようにと、どんどん先にレッスン内容が難しくなって行く。一切、手は緩めない。教授のレッスンが2時間終了した後は、ヘトヘトのフラフラである。
しかし、今迄2〜3時間スタジオで曲の自己練習をやっていた時や、ピアニストのY先生とのピアノ合わせでがっつり1時間半シューマン歌曲歌いっ放しだった時には声帯疲労を強く感じたのだが、教授のレッスンを受けるようになってからは、声帯の疲労度はほぼ半減したといっても過言ではない。
その代わり、遠心疲労が物凄いけれど(苦笑)
これで、何とかシューマン・リサイタルや、来年のウィーンでの演奏会に向かって行けそうな気がして来た。
実際、ウィーンのM先生が教授とメールでコンタクトを取った時に、教授が私のレッスン内容を詳細に書いてくださったとの事。長年勉強しているだけあって、飲み込みが早い、と仰られていたらしい。それだけでも本当に有難い事だが、やはりレッスン内容が高度化して行くに連れて、出来ない事も多くなって来た。
それでも、今は何とか石にしがみついてでも教授のレッスンに付いて行こうと、決心している。


その教授が前回のレッスンの時に、こんな事を仰られた。

「プロとアマの違いは、お金を貰うか貰わないか、ではないんですよ。まずアマはね、自分が楽しんで聴く人が苦しむのがアマなんですよ。それから、プロは、自分が苦しんでお客様を楽しませるのがプロなんですよ。石川遼でもそうですけどね、我々は(彼のプレーを)あそこしか見てませんけど、彼は物凄い苦労していますよ」


私は、看護師というライセンスで収入を得ている。つまり看護のプロフェッショナルとして仕事をして収入を得ている。だから、クラシック音楽といえど収入を得る以上、プロとしての技術、自覚なぞあって然るべきであるのは言うまでも無い事なので、声楽に於いてもそのように分類し考えて来た。
教授の言葉は、非常に良い意味で私の固定観念の転換を図って下さったと感謝申し上げている。
成程、と。

但し、私は自分自身はアマチュアとしての認識を持っている。
大切な事は、プロとアマの区別なり基準なりを何処までも主体的に把握し、アマとして自分が目指すべき事は何か、不足している事は何か、やるべきでは無いプロの真似事は何か、自分自身の中に明確に厳格に基準を作る事によって、教授の仰る「プロとアマの違い」をより高く目指して日々練習勉強を続けて行く事にある。
適切な分析と認識と判断によって「プロとアマ」の明確な区別を知っておく事は非常に重要な事であると私は考えている。
でなければ、来年のウィーンでの演奏会の話しを、何の考えも無しに慎重さに欠けた無謀さだけで二つ返事でオーケーしていたに違いない。それは私にとっては、恥ずべき行為に等しい。
何がチャンスであり、それがどのようなチャンスであり、自分にとって不可避な条件を考えるためには、このような冷静な分析と判断能力が求められて、当然至極である。


ちなみに、プロであろうが、アマであろうが、自分の出来得る限りの勉強や努力や練習や鍛錬を継続的に行なう事は、演奏家として至極当然の事で、殊更取り挙げる程の事とは言えない。それが出来ないなら、上達やレベルアップなぞ有り得ないからである。
プロとアマの基準を、気にする若しくは都合の良い解釈をする事と、プロとアマの基準を明確に分析し認識した上で自分がどのような演奏を目指し、目標にして行くのか。
演奏家に問われているのは、正にその事であるという事が、教授の言葉の中に含まれていると私は認識している。
「プロとアマ」の基準を{気にする}事と、{プロとアマ」の基準を{主体的に分析、把握、認識}する事は大きく違う。気分の問題と、自己分析を混同するなど論外、笑止千万である。

M先生に、とても良い先生を紹介して頂けたと、感謝している。

持つべきものは「親友」

最近、不必要にややこしい面倒臭い問題が出て来たので、ここの所連日千葉のピアニスト、ヤンクミに電話&メールで連絡を取っていた。

ヤンクミは、ショパンとドビュッシーをこよなく愛している。
ラフマニノフには、音大時代にとても悲しい想いでがあったらしい。
シューマンは、最近新しく取り組み始めて、リベンジを果たしている。
15年も、ピアノのサークルの主催を続けている。相当にマニアックな選曲を好む所が、私と気が合う(爆)
ヤンクミとのお付き合いはもう14年くらいになる。
まだ私が声楽習い始めの、超下手ッぴーで、箸にも棒にも引っ掛からなかった時から私の声を聴き続けている、どの声楽の先生よりも私を長い間見て来ている、言わば私の声楽人生の「生き証人」でもある(笑)

最近は御家族の体調が思わしく無く、入退院を繰り返されていてとっても大変だとの事で、今迄15年続いて来たサークルの定期演奏会も来年は一回休養する。
それでも、ヤンクミ自身でリサイタルを開いたり、ホームコンサートを計画したり、外部のセミナーに参加してみたり、ピアノ教室で生徒さんをステップに出したりと、結構毎日を一生懸命頑張って生きている、ちょっとたくましいヤンクミである。


ヤンクミには、この所私が不必要に大袈裟にイチャモンを付けられていた案件に関して、相談に乗って貰っていた。まず、該当するブログのトピックやコメントや私の反応レスなど、詳細に。
ヤンクミの判断は、

「このような幼稚な見解でしか御自分の主張をかけないような人達なら、早く切り替えて次の演奏会の準備をした方がいいと思うわ」

との事だった・・・・・・・・・・(汗)
嗚呼、何だ、それでいいのか。
ヤンクミは、やはりネットという世界でも結構不愉快な思いをした事があったとの事だった。
今回ヤンクミが、私のネット上でのトラブルを見て、私にも配慮すべき部分はあったにせよ、元々の元凶は他に存在する、と判断したとの事。
もしヤンクミが私と同じ立場だったら、ヤンクミ自身も私とほぼ似たような考え方や感じ方をする可能性が高い、との客観的評価を得た。

「だから、あなたには、今はもうシューマンのリサイタルを目指して、体調に充分に気を付けて頑張って欲しい」

と。ネット上だけの文章のバーチャル世界では、昨日の友は今日の敵。これは、本当にヤンクミの名言!!!
今度また、ウェッジウッドのワイルド・ストロベリーに似あう紅茶を探して行かないと行けないなあぁ(笑)


親友だからといって理にそぐわない相槌打って何でも迎合するのでは無く、客観的データや状況証拠(今回はブログの文章)から、偏見と悪意の無い可能な限りの客観的評価。
これが出来るヤンクミ。
私にとって、音楽も含めて本当に頼りになる、音楽的に尊敬する、そして仲間として一緒に長く音楽を作って行く事が出来る。
このような「親友」に出逢わせて頂いた事に、本当に感謝している。
ここ2〜3日の電話やメールで、本当に心が楽になった。


三輪明宏氏が携帯サイトでいつも言っている。

「親友なんて、一生に1人か2人いればそれで十分。そんなに沢山いるはずがない。自分の都合の良い話を聞いてくれる人と、親友は違います」

との事。
音楽の親友がいて、本当に嬉しい。
ヤンクミに、大感謝



傲慢、慢心、不愉快且つ有り得ない「自称プロ声楽家」の暴言

先日、某ブログで、トンでもない暴言を吐いた、上っ面だけ上品ぶってクラシック声楽のプロ、らしき人間のブログの言い草を見て、思わずア然とした。


「何だか、いかにも情熱的に演技しながら歌うのは恥ずかしくて出来ない。もう一人の私が、ぷぷぷって笑ってる」
「感覚っていうか、目に見える上っ面でなくても伝わるって信じたい」
「ナルシストも多い業界の、こんなに表現しているビバ自分」


プロでありながら、聴き手から入場料を徴収して、よくもまあこんな暴言を公衆の面前で吐けたものだと、呆れを通り越して、憤慨の極み。
プロでも自由気ままに歌ってりゃ、ここまで世の中を見下す権利でもあると思ってんのか???
いかにも自分はクールに歌うけどちゃんと人に伝わるプロとしての歌唱はしますよ的な、高飛車で傲慢で横暴極まり無い。
表現力には長けていないが、歌う事に対する精一杯の情熱を全てこの一言で片づけるような人間が日本のクラシック音楽の声楽のプロ、というなら私は日本のクラシック音楽の声楽界を、軽蔑する。
日本では、歌いたくも無くなる。
よくもまあ、人間として恥ずかしくも無く、クラシック音楽に対してこのような暴言を吐く事が出来るものだ。
声楽家としてよりも、プロとしてよりも、何よりも芸術家としての神経を疑う。
気違いか、コイツは。

歴史の中の多くの詩人が、本当に真に美しい詩を造り上げた中から、偉大な作曲家が自身の才の限りを尽くして造り上げた、曲の数々。
それらの素晴らしい美しい、心から歌いたいと切望する名曲を、ある人は憧れて歌い、ある人は自身の人生に擬えて歌い、ある人は愛や贖罪のために、歌う。
その精一杯のあらん限りの演奏を、

「ぷぷぷ」
「上っ面の表現」
「ナルシストのビバ自分」

演奏者として以前に、人間として、絶対に、有り得ない。許せない。
この言い草。
おいこら、てめぇ、一体何様のつもりだ!!!!!いい気になるのも大概にしておけ。
例え私がアマチュアと言えども、鼻高々にナメてかかるなら、こっちは絶対に飽くまでも容赦しない。
音楽そのものを舐めているとしか、私には評価出来ない。
しかも、私がレッスンを受けている先生方に関して、

「幾ら有名な教授にレッスン受けているからって、そんなのどう感じようが、自由だしいぃ・・・」

をい、この人生落後者野郎。
人生もう一回生れ直してやり直して来い。
こんな人間だけは、例えどんな演奏者で綺麗な声だと言われていても、私は絶対に信用しない!!!!!

音楽を、人間を、皮肉って馬鹿にする人間なんか、見たくも聴きたくもない。
消えてしまえ。


本当に、腸が煮えくりかえる数日間だった。
嗚呼、不愉快。
ウィーンの先生方に、聞かせてやりたいわ。
マジで。
今後は、日本人のプロの声楽家、とやらの演奏会は厳選に厳選を重ねてセレクトする必要性を腹の底から痛感せざるを得なくなったわな。
このブログ、千葉のヤンクミも読んで、

「気分が悪くなりました」

との事。
やはり、ヤンクミは感性としては非常に信頼出来る。


このブログでゲロって、マジすっきり〜した♪

一番嬉しかった、ウィーンのレッスン5日目vol.2

N先生のレッスン後、私の滞在するアパートでピアニストEさんに、たぬき蕎麦を作って食べて頂いて、それからちょっとしたハプニングがあったのだけれど、何とかB先生のレッスンに間に合った。

昨日の日曜日1日開いてのB先生のレッスン。まず、先週のおさらい「Du bist die Ruh」から。指摘・修正される事はもう決まっている。ウムラウトの発音。それと、所々下腹部から下の支えを発声で指摘されたが、これは一度通してB先生からOKが出た。
次に「Fischerweise」この曲は、初日のレッスンでボロボロだったのでこの曲もB先生のレッスンの度に歌っているが、苦手な曲なりにもようやく慣れて来たという所か。この曲も指摘・修正される事はもう決まっている。中低音域できちんと下腹部から下の支えで発声する事、自由な漁師なので伸び伸び歌う事、ウムラウトの発音と幾つかのドイツ語を丁寧に発音する事。それでもB先生から「大分良くなった」と言って頂けた。それでもこの「Fischerweise」に関してはまだまだ私に苦手意識があるので、もっともっと勉強・練習を継続してきちんと演奏会本番に乗せられるレベルになりたいという意識を強く持っている。こういう曲を丁寧に表現力豊かにきちんとしたドイツ語で歌う事が出来るようになる事が、シューベルト歌曲の勉強では非常に基礎的な重要な勉強だと、私は考えている。

次に、一昨日からの続き「Dem Unendlichen」をレッスンするとの事。今日は先にてっきり新曲だと思っていたのだが。昨日のピアニストEさんとの合わせ練習で、この曲のレチタティーヴォのリズムとテンポの合わせを行なったので、ピアニストEさんが伴奏をされるのかと思いきや、B先生がピアノの前に座られる。他の曲は、ピアニストEさんにも弾いて頂いているのだが。
レチタティーヴォの細かいテンポのチェックから。ドイツ語の歌詞でも重要な言葉は相当にマルカートに歌われるように指摘された。ちなみに、これはシューベルトの楽譜にマルカートの指示は無い。いつも通り御約束にウムラウトと幾つかのドイツ語の発音を修正されながら2〜3度通して歌って、B先生からOKが出た。でも、折角昨日ピアニストEさんと伴奏合わせをしたのに、B先生の伴奏で歌ってこの曲は本日終了。

B先生から、
「他にレッスンしていない曲はあるか?」
と尋ねられたので、去年のウィーンでの初めてのレッスン前におこなった初リサイタルで歌った、ゲーテ詩の「An den Mond」をレッスン曲に出した。本当は「Die Forelle」にしようかとも考えたのだが、止めた(苦笑)このゲーテ詩の「An den Mond」は、ドイツ語の詩の朗読CDを購入した中にも入っていたので、去年のドイツリート&ドイツオペラのリサイタル前にかなりドイツ語の詩のディクションを気合いを入れて行なった曲でもある。去年のウィーンでのレッスンは正味3日間だけだったのでB先生のレッスン曲からは漏れたのだけれど、この曲が何故かとても気に入っていた事、シューベルトのこのような小さな有節歌曲をきっちりと表現力豊かに歌えるようになる事が非常に大切な勉強だと私が強く考えているので(FischerweiseやWiegenliedなども含めて)この曲を是非B先生のレッスンを受けたかった。
最初一通り通して歌って、御約束のウムラウトの発音を修正された後に、テキストのディクションを行なった。ただこの曲は、流石にドイツ語の詩の朗読CDを聞きながらテキストの朗読の勉強をしただけあって、然程ドイツ語の修正は少なくて済んだ(ウムラウトの発音は別だけど)
その後再度歌のレッスンに戻る。今度はピアニストEさんが伴奏をして、B先生は譜面台斜め45度の位置、約50CMの距離でがっつりレッスン。歌詞を自分が考えている以上にもっともっとはっきり発音して歌う事、音符の動くフレーズや装飾音符のフレーズは柔らかく発声する事、同じドイツ語の歌詞が続く時、そしてこの曲は有節歌曲なので必ずコントラストを明確にして歌う事等々を指摘されたが、これも2〜3度通して歌ってB先生からOKが出た。

明日は、ウィーン滞在のB先生の最後のレッスン。明日はM先生もレッスンにいらっしゃる予定。そこでB先生から、
「明日は今日までやったレッスン曲を全て通して、コンサート形式で歌いましょう。Mさんにコンサートを聴かせるつもりで」
との仰せ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)
マジですか?????(核爆)
大きく不安に駆られる(死)

帰り際、一つどうしても気になる事があったので、ピアニストのEさんにお願いして一つB先生に質問して貰った。それは、今回B先生にレッスンを受けた「Dem Unendlichen」を自分のレパートリーとして日本の演奏会で歌っても良いかどうか、という事。
これは去年B先生にレッスンを受けたシューベルトのバラード「Der Zwerg」と同じ意味合いがある。要するに、殆どドイツ・リート歌手の録音も少ないし、歌っている歌手が揃ってドラマティックな歌手またはワーグナーを歌うようなヘルデン歌手なので、これをウィーンでリリコの私がきちんと自信を持ってレパートリーとして歌う事が出来るかどうかは、B先生の御判断にお任せする事にしている。
去年のウィーンでのレッスン帰国直前に、B先生ともN先生とも、私のレパートリーに関しての御相談をしたが、相当に厳しい御意見が返って来た事に起因する。このウィーンでのレパートリーに関しては、極めてデリケートな問題であると言わなければならない。
ピアニストのEさんがB先生に「このDem Unendlichenをレパートリーとして日本の演奏会で歌っても良いですか?と彼女が聞いています」と質問して貰ったら、B先生から、

「勿論OKだ!とても良く歌えているし、あなたに合っている曲だ!!!」

との返答を戴いた!!!!!!!!!!!
これは、流石に涙が零れ落ちそうになった。
7年間、諦めずに勉強してあたため続けて来て、本当に良かった。
ジェシー・ノーマンのこの曲の録音を初めて聴いた時から、いつかこの曲を自分のレパートリーに出来るように、演奏会本番で歌えるようにと、ひたすら諦めずに自分の気持ちを大切に持ち続けて来た事が今、本当に報われた。これでまた、ジェシー・ノーマンに1歩、いや、半歩近づく事が出来たかもしれないと思えるだけで本当に幸せだった。
谷岡先生、ハリセン先生、ウィーンで私のマネジメントをして下さっているM先生、そして何よりも私のような人間のレッスンを2度も受け入れて下さっているB先生、皆さんのお力によるものだと思う。
私一人だけの努力なんて、本当にちっぽけなものだ。
どんなに褒められる事よりも、このジェシー・ノーマンがレパートリーとする曲と同じ曲を自分自身がレパートリーとして歌う事を、このウィーンで認めて頂く事が出来た事が何よりも嬉しい。
私の歌う事の目標は、ジェシー・ノーマンのような美しい歌唱が出来るようになる事が一番なのだから。
感無量。
今日のB先生のレッスンが終わって御挨拶して帰ろうとした時に、B先生が「Dem Unendlichen」のメロディを鼻歌で歌っていた。ピアニストEさん曰く、
「B先生、この曲相当気に入ってますよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(笑)

帰りに、ピアニストEさんと一緒にウィーンの路面電車に初めて乗って帰った。私はひたすら嬉しい、嬉しいの連発で、時々万歳しながら道を歩いていた(苦笑)
ピアニストEさんも、
「Dem Unendlichenはあなたに合っている曲だと思う。気持ちが前に向いてちゃんと歌えている。私もこの曲の伴奏をしてみたい」
と言って下さった。明日は、ピアニストのEさんの伴奏でこの曲を歌ってみたいなあぁ、と思いながら帰宅した。

今日は、ウィーン国立歌劇場でチャイコフスキー「スペードの女王」を立ち観する事にした。
ドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」は観られなかったが「スペードの女王」のキャストを見たら、ワーグナーも歌うアンゲラ・デノケがリーザ役で出演する!!!
ワーグナー歌手の生の声を聴く事の出来るチャンス!!!これは、非常にラッキーな誤算だった。「スペードの女王」非常に楽しみだ。
オペラの感想は、また後日。

軌道修正、ウィーンのレッスン5日目vol.1

今日は午後1時からN先生のレッスン。シューマン歌曲。今日も通訳のソプラノYさんがレッスンに通訳に来るとの事だったが、もう気にならなくなった。別にYさんに好印象を持ったとかそういう事では無く、自分自身のペースを取り戻した、という事。昨日の夜、ウィーン楽友協会にツィンマン指揮ブラームス交響曲第1番とブラームスピアノ協奏曲第1番のコンサートを観に行った。余りにも素晴らしい美しい演奏会だったので、楽友協会で非常にに大きなパワーとエネルギーを頂いたような感じ。美しい音楽というものは、本当に魂の栄養になるものである。

シューマン歌曲「Requiem」から。N先生から「Requiemとはどういう曲ですか?」と尋ねられた。私は、
「死者の魂を慰めるためのミサ曲です」
とお答えした。N先生から、その通りです、との御答が返ってきた。亡くなった妹の為に歌う曲だ。間違える筈も無い(苦笑)
発声も、大分体全体の力を抜く事が早く出来るようになって来たのか、時々体の力の抜き具合が足りない事と口を縦に下に開く事を指摘はされたが、スムーズに進んだ。
シューマン「Requiem」は、前回のレッスンは相当に酷かったとは言え2回目のレッスンである事と、昨日ピアノ合わせとテキストのディクションを行なった事で、レッスンでの歌唱の流れとしては悪く無かった。相変わらずウムラウトの発音と、フレージングをもっともっと大きく取る事と、曲の中間部分の速度をもっともっと前に進める事を指摘されたけれど、あっさり終了(誤爆)N先生、ちょっとあっさり進み過ぎでないですか???と疑問に思うくらいにすぐレッスンが終わってしまった。

次の曲は、N先生的には私の12月のシューマン・リサイタルの曲順通りにレッスンするおつもりの様子だったけれど、私とピアニストEさんの強い希望(爆)で、シューマン「Widmung」のレッスンを見て頂いた。でもこの「Widmung」も指摘された事は意外と少なかった。中間部の曲調がレガートに変化するメロディでは、いきなりテンポをゆっくりにするのでは無く飽くまでもインテンポで歌う事を強調された。多くの有名歌手がこのフレーズを相当なLangsamで歌っているのだが、N先生の指摘は大きく違うものだった。
「ピアノ伴奏で、きちんと音楽がレガートに聴こえるような曲の造りになっているのに、わざわざテンポをゆっくりにする必要性が無い。音楽はゆったりと聴こえるように既にシューマンが造り上げているのだから、そこはインテンポで歌われるべきだ」
とのN先生の御指摘。確かに、仰る通り。楽譜に書いていない事をわざわざ歌手のモノマネをしてまでやる必要性は無い。クラシック音楽という再現芸術は本来そのように在るべきなのだろうと改めて実感させられた。
フレージングを長めに取る事は必用だが、ブレスはしっかりきちんと取るようにブレス箇所を増やしブレスの位置の確認を行う。インテンポできっちりと歌う代わりに、楽譜にritの指示があるフレーズは、充分にたっぷりとritを行なうようにとの御指摘。その他はドイツ語の発音を若干修正されて、この曲も終了。余りに早すぎないか???名曲だよ????と、些か不審に思う(爆)

今度はN先生の御希望で「女の愛と生涯」から「Er der Herrlichste von allen」をレッスンする事になった。もう、この曲はリサイタルの最後に歌う予定で、昨日もピアニストEさんとピアノ合わせ練習してないんだけど・・・(汗)あっちゃ〜・・・。
この曲は、まずN先生から「どのようなテンポで歌いますか?」と尋ねられた。谷岡先生とのレッスンで、ジェシー・ノーマンのように少しゆったりめのテンポで歌った時に、
「この曲だけならいいんだけれど、女の愛と生涯という全曲を考えたら、今のテンポは少しゆっくり過ぎる」
と指摘された事があるので、谷岡先生のレッスンでは慣れないながらも務めて早めのテンポで歌うようにしていたので、N先生にも、
「私は少しゆったりめのテンポで歌っていたんですけど、この女の愛と生涯という曲全体から考えると、私の歌うテンポでは少し遅すぎて他の曲がもっともっと緩やかなテンポで歌わなければならなくなるという事だったので、少し早めのテンポで歌うように心掛けています」
とお答えした。それに対してN先生も同じ御意見だったので、早速歌唱に入る。自分にしては少し早めのテンポで歌う。
音符が動くフレーズもきちんとインテンポで歌う事、楽譜にritと書かれている箇所以外は全てインテンポで歌う事、幾つかドイツ語の発音を修正された。
しかし、この曲で最もN先生から一番に指摘された事は、
「もっと気持ちを前に、ドキドキしながら、恋をしているそのもので歌って下さい。あなたの歌い方では、普通過ぎる!!!」
と仰りながら、N先生ご自身で歌詞を読み始めた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)
「Er! der Herrlichste von allen! wie so milde! wie so gut!!! Holde Lippen! klares Auge! heller Sinn! und fester Mut!!!」
と・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ア然)N先生、若過ぎ(爆死)私はN先生を見て大爆笑だったのだけれど、「20年位前の事を思い出して頑張って歌ってみます・・・」とだけお答えした。するとN先生が、
「僕もほんの少し前の事だけど、ちゃんと思い出しながら歌っているよ♪」
との事(無言)これも、もう一度一通り通して歌って、N先生からまずまずのOKが出た。マジですか???これ、すんげえ難曲ですよ???と思いつつ、次の曲へ。
しかし、ピアニストEさん、この「女の愛と生涯」は一度全曲通して伴奏を弾いているとの事で、ブレスの位置からritのタイミングから何から何まで、私が何もお願いしなくても、完璧。本当に25歳とは、思えない。

次は、予定通り昨日ピアニストEさんと合わせた「Nussbaum」取り敢えず一通り通して歌って、N先生から「もっと自然に穏やかに。ピアノと歌がデュエットで歌うように。少し歌に力が入ってしまっているように思う」と指摘された。歌のメロディは穏やかで繰り返しが多いけれど、ピアノ伴奏はとても動きがある。歌詞のためか歌のリズムが多少不規則なためもっと正確にリズムを取るように指摘された。ウムラウトの発声はもう、どの曲でも繰り返し修正、これは仕方が無い。兎に角、ritと書かれている箇所以外はきっちりとインテンポで歌う事を何度も指摘される。これがシューマンの音楽の御約束という事なのだろうか。この曲で一つとても重要な事をN先生から御指摘頂いた。3ページ目最後の方の歌詞、
「flustem von Braut'gam und nachstem Jahr というのはどういう意味だと思いますか?」
と尋ねられた。私は素直に歌詞の和訳通り、来年の事と、花婿からの囁きと・・・と答えた所、N先生から、
「これは、来年赤ちゃんが出来ますよ、という意味です」
と教えて頂いた。これにはかなり驚いた。しかし、私が購入したディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウ著「シューマンの歌曲をたどって」にも確かに、この曲「Nussbaum」は、ロベルト・シューマンがクララとの結婚をクララの父ヴィークとの裁判で争っている間に書かれた曲で演奏旅行中のクララに宛てた書簡に一緒に添えられて「そっと、きみ自身のように素直に、歌ってみてください」とクララへの手紙に書かれていた、という記述があったので、私が、
「つまり、この曲はクララとの結婚前に既に作曲されていた曲なので、ロベルトがクララに、来年自分達が結婚して赤ちゃんが生まれる、という事をクララに伝えたという事ですか?」
質問したら、N先生から、そういう事です、と答えられた。この時代は結婚したら1年後には普通に女性は子供を産んで、家庭を守るのが当たり前の時代だった、だから、この歌詞、このフレーズはとても大切に歌って欲しいとN先生から教えられた。
やはり、こういう事はウィーンでなければ勉強出来なかっただろうなあぁ・・・と実感する。

今日のN先生のレッスンは、ここまで。
今日のレッスンは結構難しい曲のレッスンの割に、至極スムーズに進んだ。勿論、まだまだ勉強して改善して修正していかなければならない部分は沢山あるが、今の私の勉強の方向性としては継続して頑張って行くように、という事なのだろうと考えた。
N先生に「シューマン、行けそうでしょうか?」と尋ねたら、「大丈夫でしょう」という事だった。これは、今年のシューマン・リサイタルに大きな弾みになるN先生からの一言だった。何とか、行けそうなシューマン歌曲。

これから、ピアニストEさんとお昼を食べてからすぐにB先生のレッスンに向かう。



立て直し、ウィーンのレッスン3日目vol.2

すぐにB先生のオフィスへ、ピアニストEさんと二人で向かった。私は非常にストレスが蓄積していたので余り喋らなかった。第一、ピアニストEさんのルームメイトの事をあれこれ私が言っても始まらない。Eさんには責任の無い事だし、Eさんは精一杯ピアノ伴奏をしてくれている。

B先生のオフィスに到着。早速レッスン開始。
まずは、昨日レッスンを受けたシューベルト歌曲「Du bist die Ruh」のおさらいから。
B先生のレッスンは、B先生と私とピアニストのEさんの3人だけなので、本当に何も気に病む事も無く何の気兼ねも無く歌う事が出来る。さっきのN先生のレッスンでのストレスMAX状態の反動か、非常に調子がいい(激爆)声も響くし前向きに歌える。本当に心からリラックスして歌う事が出来た。多少のストレスはあって当然だし、全くストレスの無い人間はいないが、ストレスフルというのは非常に宜しく無い状態なのだな、と実感。
「Du bist die Ruh」も、ウムラウトの修正は当然の如く指摘されたけれども、曲そのものとしては、昨日B先生からレッスンを受けた事はかなり実行出来ていたと思う。そのため、この「Du bist die Ruh」のおさらいは、一通り通して終了。でも、恐らく来週の月曜日のレッスンでも繰り返しレッスンして歌う事になりそうだ。B先生はどうやら私がこの曲を歌う事に感心を示して下さっている御様子。私としても、この曲を中声用で勉強して来た事で音域的にも非常に歌う事が楽だし、B先生のレッスン通りに歌うなら、いつでも日本の演奏会に乗せられそうだと感じた。
この曲は、ピアニストEさんの伴奏。相変わらず、B先生は譜面台の真正面約50cmの近距離でがっつり構えている・・・・・(滝汗)

本日の1曲目はシューベルト歌曲「Thekla」から。
昨日B先生のレッスン終了後に本日のレッスン曲を尋ねられた時に2曲「Thekla」「Dem unendlichen」の2曲の楽譜をお見せした時にB先生からニヤリと笑って「Ja!ja!ja!ja!ja!」と歓声にも似た声が挙がった(苦笑)これは、B先生がかなり驚いている、若しくは、臨戦態勢(超苦笑)しかも、全く目だけは笑っていない笑顔で、「簡単な曲では無いね」と一言。
今日もこの「Thekla」のレッスンを開始する前にB先生から、
「どこでこの曲を見つけたのか?」
と質問された。キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ^^;
やっぱり、絶対にB先生から聞かれると思っていた。こんな余りにも超マイナーな曲、私が考えただけでも恐らくオーストリア人でも、ドイツリート専門歌手でもそうそう歌わないだろう・・・・・(笑)B先生のこの質問からも、如何にこの曲が珍しい曲か頷けるというものだ。
私がピアニストEさんにお願いして「ビルギッテ・ファスベンダーのCDで見つけました」とB先生に伝えて貰った。B先生は何度か頷いていらっしゃった。
但しこの「Thekla」に関しては、日本で私が見つけたファスベンダーの録音以外は何も見つける事が出来なかった。シューベルト歌曲に関する本にも曲の解説を見つける事は出来なかったし、増して日本人で歌っている歌手などいない。CDも輸入版のため日本語訳は無し。自分でドイツ語の辞書で調べて大体の大雑把な歌詞の流れは掴めたものの、一体どんな内容のテキストなのか全く解らない。
唯一の手掛かりは、Peters版の楽譜の「Thekla」の副題にドイツ語で「Eine Geisterstimme」と書かれている事、そして詩はSehillerの作であるという事。私がこの曲に惹かれた最大の理由は、副題。日本語に直訳すれば「ある魂の声」である。
私は、どうしても、このような曲に魅かれる傾向がある。

B先生から歌い始める前に一言テキストについてのコメントを頂いた!!!!!
「ヴァィシュタインの魂とその娘のティークラとの対話のテキストによる曲だという事を良く頭に入れて歌うように」
と、ピアニストEさんから。そしてEさんが楽譜を指して、「moll部分が幽霊の部分で、durの部分がティークラさんの部分です」と、教えて下さった。
ようやくこの曲の概要が掴めて来た。要するに、亡くなった魂のヴァィシュタインと、生きている娘ティークラとの対話の曲、という事なのだろう。mollとdurが同じメロディで繰り返されるのである種の対話的要素のある曲だという事だけは理解出来た。
やはり、こういうレッスンはウィーンでなければ受けられない。本当に貴重な経験、貴重なレッスン。
これで私のやる気は倍増!!!!!!!!!!
まず、テキストの朗読から始まった。この「Thekla」のレッスンに関しては曲の細部の修正は行なわれずに、まず通して歌った。B先生的に、私がこの曲をどの程度勉強して来てどのように歌うのかに、関心がおありだったのだろうと考えた。
修正された事は、ウムラウトの発音、幾つかのドイツ語の発音、ピアノ伴奏に合わせた声の強弱の付け方と、GeisterとTheklaのパートのコントラストを付ける事。
B先生から「悪く無い」とのお言葉。これは非常に驚いた(驚愕)このような非常に珍しい曲をテキストの内容も充分な勉強が出来ずにそれでも出来る限りの僅かな練習で、B先生から「悪く無い」という事は、今後きちんとテキストの勉強を行い、曲に対する理解を深めて行く事が出来れば、充分に私自身のレパートリーになり得る、私のシューベルト歌曲の歌唱にはまだまだ伸び代がある、という事にも受け取れる。
この曲に関しては、B先生の最終レッスンでテキストに関しての文献など、幾つかお聞きして帰国しなければならないと決意した。


本日2曲目「Dem Unendlichen」のレッスン。
この曲も結構マイナーな曲である。私が7年程前に、ジェシー・ノーマンのCDを購入した中に入っていた曲。数年前にワルトラウト・マイアーが来日公演でドイツ・リートのリサイタルを行なった時のビデオ映像を持っているが、その時マイアーも歌っていた。が、それ以外の録音は見つけられなかった。ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウならば録音を行っているだろうけれど、女声の録音はこれくらいだった。
シューベルト歌曲の中では非常に珍しい、かなりドラマティックなレチタティーヴォから始まり、流れるような壮大なメロディーへと移って行く。ドイツ・リートというよりも寧ろ、オペラ・アリアに近い。日本で一度だけ谷岡先生にレッスンして頂いた時にも、「この曲ってどういう風に造られたのかしら?オペラ・アリアなのかカンタータなのか、そんな感じの曲よね」と仰っていた。
この「Dem Unendlichen」に関しては、まず「Geistliche Lieder」と記されている。そして、日本のシューベルト歌曲に関する本に若干の説明書きはあったものの、テキストの詳細は一切記されていない。
ただ、7年前にジェシー・ノーマンの録音を聴いてから、ずっとず〜っとず〜〜っと、この曲を歌えるようになる事を目標にして来た。谷岡先生とハリセン先生にレッスンを受ける以前のドイツ・リートの先生にも一度だけレッスンを受けた事がある。
しかし、やはりシューベルトの歌曲でこれだけドラマティックなオペラ・アリアのような、しかも非常に難しいレチタティーヴォがある曲をそうそう簡単に演奏会本番に乗せられるような歌唱力は私には無かった。
去年初めてウィーンでB先生にレッスンを受けて、「来年こそはこの曲のレッスンをB先生に受けたい!!!」と強く願っていた曲でもある。このような曲は、やはりB先生にレッスンをして頂きたかった。念願が叶った。
最初のレチタティーヴォは正確なリズム、それもかなり細部に渡ってリズムやテンポの修正をされた。
それと、私自身ず〜〜〜っとジェシー・ノーマンの歌唱を参考に勉強、練習して来たのだけれど、B先生からは私が考えていた以上に、大切な歌詞を強調して、相当なマルカート、アクセントを付けて歌うように指摘を受けた。レチタテーィヴォで私が考えていた以上に、多めにタップリとブレスを取り、決して歌い急がないように自由に歌わせて頂く事が出来た。
私自身、自分に出来得る限りドラマティックに歌った。遠慮無し!!!まるで、ヘンデル歌劇「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラのアリア並みに、自分の持てる全ての声で歌った、という感じ。
アリア部分は、ドイツ語の母音をかなり長めに取る事、8分音符のリズムを若干修正された事、フレーズの流れに遅れないように歌い出しをインテンポでしっかりと入る事、ウムラウトの修正は指摘されたが、これもB先生から一言、「悪く無い」と言って頂けた!!!!!!!!!!これには流石に心の中で、ガッツポーズ\(^o^)/

7年間、ひたすらジェシー・ノーマンを目標にして諦めずにこの曲に取り組み続けて来て、本当に良かった。
ピアニストのEさんに、B先生に「7年前からこの曲のレッスンをきちんと受けたいと思い続けて来て、今日レッスンを受けられて本当に嬉しい」とお伝えしてほしいとお願いした。EさんがB先生に伝えてくれると、B先生も喜んで下さった。
これからも、諦めずに地道にジェシー・ノーマンを目標に、色々な曲に取り組んで行きたい。
諦めない事って、本当に大切な事なんだな、と実感する事が出来た。本当に充実した幸福なレッスンだった。
流石にこの2曲は非常にマイナーな曲のためか、B先生が全て伴奏された。
しかし、やはりB先生は凄い。流石にシューベルト歌曲の専門家の中の専門家。
私がレッスンに持って来た曲は全てきちんと伴奏される。弾き損じ、無し。私はレッスン時に楽譜のコピーをB先生にお渡しするが、レッスンが終わると楽譜は全て返される。
シューベルトの名曲なら当然の事であろうが、今日レッスンした「Thekla」「Dem Umendlichen」などの曲もきちんと知り尽くされていらっしゃる。
日本でこのようなレッスンは、望んでも不可能だろうと考える。


今年、B先生のお土産に、ウィーンの人にも好まれそうな日本のブランドの上品なお菓子を!!!と思い、上野・風月堂のゴーフルを差し上げたのだけれど、B先生が「とても美味しいお菓子だった」と仰ってくださった!!!流石、上野の老舗、風月堂〜〜〜♪


今日の最初のN先生のレッスンでの極度のストレス状態と、B先生のレッスンでの目一杯限界以上の歌唱とで、レッスンが終って帰宅した時には食事を取る事も出来ない程疲労困憊だった。
本当なら、今日はウィーン国立歌劇場でドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」のプレミエを立ち観に行く予定でいた。グルべローヴァの生の声を聴いてみたいと思っていたのだが、止めた。
こんなに疲れきっていたのでは明日のレッスンに差し支える。
明日は日曜日だが、午前中にN先生のレッスン、午後からはピアニストEさんとのピアノ合わせを予定している。疲労のため声に支障を来すのは御免だ。
私は、ウィーンにオペラ鑑賞に来た訳では無い。
レッスンを受けに来たのだから。
オペラは時間があれば別の演目を観る事にした。
レッスンから帰宅してから一眠りしてしまった。目が覚めたら、夜10時を過ぎていた。
軽く食事をしながら、今日のレッスン日記を書いて、早々に休んだ。
今回、まだ一度も外のレストランで食事していないし、酒を飲みにも行けていない。
ちょっと寂しいが、今年のウィーンでのレッスンは去年に比べて格段にハードだという事と思い、休養を心掛ける事にした。

甘かった、ウィーンのレッスン3日目vo.1

本日午後1時からN先生のレッスン。引き続きシューマン歌曲。ピアニストEさんとN先生のオフィスの前で待ち合わせた。すると、ピアニストEさんからあるお知らせがあった。
「今日は、私の、声楽の勉強をしているルームメイトが通訳がてら聞きに来る事になった。N先生の門下生なので、発声や声楽の事に関する通訳は彼女の方がいいだろうと、N先生からの要請があったので。但し、この事はM先生には内緒でお願いします」
との事。まあ、N先生がそう言ったのならいいけど・・・と思いつつ、待ち合わせ。
すると若干サイズ大きめの関西弁の若い女性登場(笑)Yさんとしておく。
しかし、その後にもう一人若い女性が来た。は???と思っていたら、その若い女性も、先日ウィーンに留学して来たソプラノ歌手だという。
何だよ!!!今日は、公開レッスンかあぁ??????????聞いてねえぇ!!!!!!!!!!
と、ゆ〜事らしい(溜息)
それなら、事前に、せめて前日に一言報告が欲しかった。私は、自分のレッスンを、同じアマチュアならまだしも、音大で勉強して留学に来てるような連中に聞かせなきゃならない筋合いも義理も、全く無い。そんな事は、留学生同士でやればいいじゃないか・・・・・・・・・・(不満)
大体にして、親に勉強の金出して貰ってる分際で、アマチュアのレッスンなんかアテにするんじゃあね〜よ。音大出てて若くて下手に出れば、誰でも何でも許して貰えると思ってやがるのか???思い上がるのもいい加減にしろ!!!!!この甘ったれ連中が!!!!!
差し出された厚意を有難く受け取る事と、厚意にかこつけてちゃっかり土足で入り込む事の区別も付かない青臭いガキの分際で。ど〜せレッスン聴講するなら、プロのレッスンを金払って聴講しやがれ。アマチュアのレッスンならN先生の御厚意で、ダダ観出来るっていうそのミエミエの、アマチュアを見下す下世話な根性が全く気に入らない。何もいらないから、帰ってくれ!!!!!!!!!!!(呪)
とは思ったが、ここでお断りする訳にもいかず、兎に角皆でN先生のオフィスの中へ。

オフィスに入ると、にこやかなN先生登場。
早速私は発声練習から始まる。
非っ常〜〜〜〜〜に、ストレスフル。プレッシャーならまだ撥ね退けられるのだけれど、こう酷いストレスはホントにマジで、想定外。
余計な緊張ばかりが体中を走る。幾ら力を抜こうと思っても、余計に力が入るばっかり。特に高音域になると声が詰まってしまったように、出無い。同じバリエーションの発声を繰り返し繰り返しやり直しされるが、ある一定の音域になると、パタリと声が出無くなってしまう。多分、2点Gくらいから上。
N先生は「出来るはずだ!」と何度も仰るが、繰り返しているうちにどんどん私の表情が困惑してきた。溜息も出て来た。声帯に余計な負荷がかかる気がしてしまい、余計に声が出無くなる。
発声練習の最後、ようやく2点Aくらいが掠って届いた。いつもなら寝起きの発声練習だけでも3点Cまでは発声出来るのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(頭痛)
N先生は頷かれていたけれど、私は心の中では、
「もういい加減にしてくれ」
状態だった。にこやかに満面の笑顔でN先生のドイツ語を訳してくれるのはいいが、通訳に集中するのでは無く途中で自分の話をしだす事もある。通訳に来たんなら通訳に集中しやがれ!!!!!このKY野郎・・・・・。
もう一人の若い留学生は何度も頷きながらN先生の話を聞いている。お前、聴講料払ってんのか?????
一体、誰のレッスンで、誰がレッスン料払ってると思ってやがるんだあぁ!!!!!!!!!!(激怒)

シューマン歌曲1曲目「Mignon」から。
歌い出しの小節の歌詞は、問いかけの台詞なので問いかけるように歌うように、と指摘される。有節歌曲なので、3度ともこの問いかけの歌い方で歌い始めるように、とN先生より。歌い直しするとN先生から「もっとはっきりとしっかり声を出してうたうように」と指摘された。
本来なら、何も言わずに先生に指摘されたようにやってみようと試みるのだが、今日の私はストレスフルで非常に機嫌が悪い!そこでN先生に、
「ここの小節には楽譜にpの指示がありますが?」
と、珍しく反抗してみせた。N先生は「幾らpと言っても、きちんと聞こえないような声ではダメだ。小さな声で歌うのではなく、問いかけるように歌う事で充分出来る」との御指摘。仰せの通り。溜息が出る。
ドイツ語の発音は上のポジションで口を開き過ぎないように発音する事、そしていつものウムラウトの発音の修正。ドイツ語の母音は長めに取る事、繰り返されるドイツ語の歌詞は違いを分かるようにコントラストをつけて、高音域は下で支えて頭の上のポジションを高く取る事。多少細かいテンポを数か所修正され、曲の最後はpでゆっくり問いかけるように充分ブレスとritを取るように指摘された。N先生から、「もっとオペラアリアのように歌う事」との事。
私はひたすら他は無視して、ピアニストEさんに「伴奏付きで歌う事に慣れていないので、ごめんなさい」と謝り続けた。

2曲目「Requiem」
最悪。この最低のシチュエーションの中で、私にとってこんなにも大切な曲をレッスンしなければならないなんざ、不本意極まりない。どんどんイライラして来て溜息が増える。表情もどんどん険しくなる。気がつくと、N先生の顔を見ないで下ばかり向いているようになっていた。笑顔は既に、無い。
おいこら、そこの外野2人、いい加減空気読め!!!!!!!!!!(激怒)
この曲もピアノ伴奏に慣れていない事を、ピアニストEさんに予めお断りしておいた。ピアニストEさんは、殆ど喋らずに伴奏に集中している。この外野達とEさんの違いは、一体何なんだ?????
歌い出しのテンポからもう少し前に進んで歌うように、と指摘された。ブレスの箇所をもう少し増やしてもっともっとレガートに歌うように、と。
私は最初は、2ページ目辺りからテンポアップして曲に動きをつけて行きたかったのだけれど、N先生から3ページ目の頭辺りからもっともっと早く前に進んで歌うように、との修正を受けた。テンポを速く前に進める代わりに4小節フレーズを繋げて歌うように、と。
曲の歌詞「darein die schone Engelshalfe singt」は徐々にritしてピア二ッシモに歌いたかったのだけれど、N先生からは「Erstes Tempo」まではしっかりfで歌うようにとの修正をされた。もっと体を開いてたっぷりの声量で広げて歌うように、と。
この曲は、亡くなった妹のために私が選んで歌う曲だ。
今日は本当にストレスMax状態で、表情も硬い、溜息も多い、声も硬くて全く伸びない、イライラする。この状況の中でレッスンを受けなければならない事に本当に腹が立って悔しくて仕方が無かった。
私がほぼ仏頂面になり顔が引き攣ってきた時、N先生が、
「今日のレッスンはここまでにしましょう。次のレッスンはまたRequiemからやりましょう」
という事になった。

私の横で、空気の読めない通訳兼ソプラノのYさんが、
「Requiem、とってもいい曲ですねえぇ〜〜〜!!!」
と何度も繰り返していた。
私は無言で「だったらアンタが歌えよ!!!歌手だろ???」と心の中でぶつくさ捨て台詞を吐いて、無視・無言で次のB先生のレッスンに行く準備を始めた。
ピアニストEさんも、ルームメイトとお喋りするでも無く素早く準備してくださったので、助かった。
やっと苦痛なレッスンから解放された。
幾らN先生の教えを少しでも受けたい、という気持ちは分からなくも無いが、これだけの思いをしてようやくウィーンにレッスンに来ている私にとっては、たまったモンじゃない。
ピアニストEさんとの約束なので、どんなに腹が立ってもM先生には内緒にしておく。
明日の日曜日の午前中にN先生と2人のレッスンがあるのだが、そのレッスンに通訳兼のYさんがまた来るとの事。もう好きにしてくれよ・・・・・(呆)と思いながらも、明日はピアニストEさんに今日のように御迷惑を掛ける事も無いだろうと、それだけは多少ストレス緩和傾向。

大体にして、全てのドイツ語を理解出来なくても、N先生はスコットランド人なので英語も美しい発音で聴きとり易いし、奥様の影響で日本語も少し話してくださる。
その他、ジェスチャーも交えればレッスンとしてはちゃんと成立する。去年がそうだった。
私は自分のレッスンに完全に集中したい。
今回の事は「注意力散漫」では無い。それは私の看護師という職業上、有り得ない。
但し、看護師は、一度に非常に多くの患者さんに多くの注意を払わなくてはならない。手術患者さんと、重症患者さんと、末期患者さんと、認知症で不穏行動の患者さんと、全て一度に注意力を適切なバランスで「分散」するという作業が中枢神経反射的反応になっている。それは職業病とも言えるので、仕方が無い。
こういう所で裏目に出るのは、不本意不愉快極まりないが、仕方が無い。
あわよくば便乗という根性で、日本のアマチュアのオバサンのレッスンなんざわざわざ聞きにくるんじゃね〜よ、このタコ連中!!!!!(怒)
最後に、いきなり現れた留学生のソプラノは、私にレッスン聴講のお礼の言葉一つ無かった。当たり前だと思っているのか。やはり、アマチュアは何処でも相当下に見られている現実。反面教師〜♪くらいのノリだ。だったら二度と私のレッスンは見に来るな。全く呆れて、本当に親の顔を見て見たいもんだ。ロクな躾や教育がされていない事位、容易に察しが付くわな(呆)


ピアニストEさんと、急いでコンチェルトハウスに向かった。
今日のB先生のレッスンは、今回のウィーンでのレッスンの、最大の山場だ!!!!!

ウィーンのレッスン2日目vol.2

夜19時からB先生のシューベルト歌曲のレッスン。
ちょっと張り切ってデジカメ撮影に周り過ぎたかな???とも思ったけれど、日本での連続夜勤に比べたら、全然平気。

まずは昨日のおさらい「Fischerweise」から。
昨日に比べたら多少疲労も取れたし、今日は昼間にN先生のレッスンを先に受けてシューマン歌曲3曲目一杯歌って来たので、発声も充分に出来たので、昨日に比べれば苦手な曲とは言え、日本で練習している時の少し不調、くらいのコンディションにはなれた。でも、相変わらずウムラウトは修正の嵐。まだまだだけれども、昨日に比べたら大分良くなったと、B先生より。今年は、毎日この「Fischerweise」を歌うのだろ〜か・・・???と思ったら、最初のレッスン曲の選択を間違えてしまったよ〜な気分に、若干鬱気味(自爆)

本日は1曲目。まず「Du bist die Ruh」
この曲、日本にいる時に谷岡先生のレッスン時から中声用でレッスンを受けた。音域に関しては見事にビンゴ〜♪
まず、いつものよ〜に静かにピアニッシモでロングブレスに最大限の注意を払いながら歌った途端に、B先生からストップ!!!を喰らう。B先生から大きな声で、
「下の支えが足りない!!!」
と・・・・・。ブレスの箇所はカンマ通りとの指摘は無かったけれども、フレーズを大きく取って繋げて歌うように指摘されたけれど、一番大きく修正されたのは下腹部〜下肢のしっかりとした支えによる深く豊かな響きの声を求められた。まるでメゾソプラノかコントラルト並みの深い声。日本でシューベルト歌曲のレッスンを受けた時にこんな声を要求された事は恐らく、無い。
まるで、ヘンデル歌劇「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラ並みの深い発声。
これで本当にこの「Du bist die Ruh」という曲に聴こえるのか?????と思うくらいだった。
日本とウィーンとの、大きな違いを実感させられる。
私がこの曲の録音で持ってるCDが、バーバラ・ボニー(死)
仕方が無い。本当に、音取りのためだけだから構わないと思ってボニーの録音を聴いていたのだが、このような事態になるという事は私自身の認識が甘い!!!という事。
今後は、本当に購入する録音に関して歌手のセレクトを厳密に行う必要性を痛感した。耳から録音技術を駆使して調整された「綺麗さ」で自分の耳を慣れさせる事から、何としても脱却する必要性を認識せざるを得ない。本当なら、録音を聞かずに自分で譜読み、音取り出来ればそれに越した事は無いけれど、日本にいる間の連続夜勤では、その時間も体力も、無い。ならば、方法論から変える必要性がある。
でも、これはこれで良しとしようと考えた。逆に、自分の間違った認識を改めるために今このウィーンのレッスンに来ているのだと。例え誰の録音を聴いたとしても、ちゃんと自分自身の声、発声で、自分自身の音楽を美しく創り上げて行くために、今自分はこの場に立っているのだと考える事にした。
ドイツ語の発音では、子音で終わる言葉と母音で始まる言葉のフレーズをレガートに繋げて歌うという指摘を数か所に渡って繰り返し指摘された。
歌詞の内容、ドイツ語の言葉の意味によって、声量を落としてピアニッシモに聴かせようとするのではなく逆に音楽をレガートに繋げて創る事によって緩やかな表現に聴こえるように歌う、というテクニックの方向に向かうように何度も何か所も指摘された。
フレーズの繋がりとレガートを最も重要視されたが、ブレス箇所の細かい指摘は殆ど無かった。日本でレッスンを受けていた時は、カンマから次のカンマまでは出来ればノンブレスで歌う、等の指摘が多く私自身もそのような事に留意して発声から注意して練習して来た。
声量に関しても、ピアノ伴奏に合わせた声量ではあったが、決して控えめにならないように、逆に私自身が考えていた何倍もたっぷりと大きな声量で豊かに歌うようにB先生から何度も指摘・修正を受けた。
コントラストは必要だけれど、それは声量を絞るという意味では決して有り得ない。飽くまでも「音楽的に」
ロングブレスが必要なフレーズは、声量を絞らずにフレーズを前に進めるように、という指摘だった。
B先生の御指摘通り歌ってもちゃんと「Du bist die Ruh」に聴こえるのだから、本当に不思議だ。
これでは余りに声が大き過ぎやしないか???と心配しているのは、ど〜やら私一人だけらしい(苦笑)
B先生はこの「Du bist die Ruh」に関してはかなりの力が入っていた。一通り通してレッスンした後は、ピアニストEさんが伴奏を行った。
B先生が譜面台の真正面に立っている。その距離、50cm足らず。物凄い迫力。B先生、近過ぎ(自爆)

本日2曲目「Wiegenlied」
まず最初の1小節で止められる。B先生から大きな声で、
「テンポが遅すぎる!!!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
B先生、今年はスパルタ度500%増。気合い入り過ぎでないかなあぁ・・・・・?????
ドン引きしながらストップ。矢継ぎ早にB先生から指摘が飛んで来る。Schlafeの2回繰り返される歌詞は、2回とも違うアクセントとコントラストを明確にして歌われる事。「ざじずぜぞ」の発音が弱い事。冠詞の発音は余り長く発音しないけれどもはっきりと聞こえるように(違う意味の言葉に聴こえる事多し!)
そして、子守唄だからと言って決してピアニッシモで声量を絞って歌うのでは無く、飽くまでもレガートに豊かに膨らませて「音楽的」に子守唄に聴こえるように歌われなければならない、とB先生より。
有節歌曲にバリエーションが必須項目である事は、昨日の「Fischerweise」で既に指摘済みの事項。B先生曰く、
「小さな声で子供を寝かしつけるのでは無く、豊かな声で子供に語りかける」のが「Wiegenlied」なのだ。
という事。
相変わらず、日本で慎重に指摘されたブレス箇所には殆ど触れられず、フレーズの繋がりをレガートに歌う事が重視された。特に音符の動くフレーズのレガートな発声に指摘が集中する。レガートにフレーズを丁寧に繋げながら、はっきりとドイツ語を発音し、尚且つウムラウトの発音に最大の神経を使う。
恐るべし、シューベルトの名曲・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)
この曲も、最後はピアニストEさんの伴奏で歌って、譜面台左斜め45度の角度の位置に約50cm程の距離でB先生ががっぷり構えて凝視されながらのレッスン、1時間が終了した・・・・・(爆死)

ヘろへろになりながら、本日のレッスン終了。
B先生から「明日は何の曲を歌うのか?」と聞かれて、2曲の楽譜をお渡しした。
はい、今回のB先生のシューベルト歌曲のレッスンの、メイン・イベント〜♪
「Thekla」「Dem Unendlichen」
この2曲の楽譜をB先生にお渡しした時、B先生がニヤリと笑いながら、
「Ja,ja,ja,ja,ja!!!!!」
と、Jaを5回連発。このB先生のJa!の連発は、要注意(核爆)
去年のB先生のレッスンの最終日に、シューベルト「Der Konig in Thule(トゥーレの王)」と「Der Zwerg(こびと)」を持って行った時は、B先生の連続Ja!は3回だったと記憶している。
今回は、Ja!が5回。しかも、ニヤリと顔は笑っているが、目は全く笑っていない(大汗)
楽譜を見たB先生が何度も頷きながら、
「確かに、簡単な曲ではないね」
と仰った・・・・・・・・・・と、ピアニストEさんの直訳(笑)

とゆ〜ワケで、明日は大変な事になりそう・・・・・(無言)


帰りに、ピアニストのEさんとカールスプラッツまで歩いて来た。
私が、日曜日にウィーン楽友協会のコンサートに行くつもりで、今日B先生のレッスン前に楽友協会のチケット販売場所をウロウロ探していた事を話したら、親切にチケット売り場を案内して下さった(涙)
ツィンマン指揮の「ブラ1」と、ピアコン1番を聴きに行く予定。
明日は、ウィーン国立歌劇場に、グルベローヴァのドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」のプレミエを立ち観鑑賞予定。恐らく、立ち観でも相当の混雑が予測されるので、今日は早めに休むつもり。
ピアニストEさんも、毎日私のレッスンに良く付き合って下さる。1回の伴奏で、10ユーロお礼を差し上げているが、通訳も兼ねてくださっているので本当に有難い限りである。それでもピアニストEさんは、
「自分もとても勉強になっている。音楽の造り方が、いいと思う」
と何度も言って下さった。本当かなあぁ・・・・・とイマイチ不思議だが、ここは素直に喜ぶ事にした。
普段、日本では超捻くれ曲がった根性で日々生活しているので、せめてウィーンにいる時くらいは素直な心で♪

カールスプラッツ駅で別れて、私はゆっくり歩いて帰った。
帰り道20分程、プラプラ歩きながら考えた事。
「明日のレッスン、ど〜しよ〜・・・・・」
夕食は、白ワインと、スモークサーモンと、スライスハムと、ブルーチーズ。
帰宅後、ほぼ気絶状態でソファで眠った。

ウィーンのレッスン2日目vol.1

本日13時から、N先生のシューマン歌曲のレッスン開始。今年12月に予定しているシューマン・メモリアルのリサイタル用歌曲9曲を全部、ウィーン滞在中にレッスンするとのN先生のお達し。しかも、昨日のレッスン終了後に、ピアニストのEさんの御都合を踏まえて、今日のシューマンのレッスン曲をピアニストEさんとN先生がピックアップしていたのにも拘わらず、N先生が、私のリサイタルでの歌う曲順にレッスンをすると仰り始めた。これにはピアニストEさん、N先生が解らないように、日本語で大ブーイング!!!!!
「昨日やるって言った曲と、違うじゃん!!!!!!!!!!」ByピアニストEさん。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(苦笑)

シューマン歌曲のレッスン開始。
「Madchen Schwermut」から。
8分の3のリズムを再確認。飽くまで8分の3のリズムでレガートに繋げて歌う事。
Seh(ゼー)の発音が非常に弱く聞こえるとの事で、日本語の「ぜ」とほぼ同じ発音で良いとN先生より指摘される。普段、日本語で「ざじずぜぞ」の発音のつく単語なんて、確かに余り多くは無いように思う。
音符が動く音型やフレーズは上昇音型でも下降音型でも、兎に角レガートに修正される。これは、難しい事なのだろうか?それとも単に私が苦手、または不得意なだけなのだろうか、分からなくなって来る。
ウムラウトはどの発音でもほぼ100%の確率で、修正される。これはもう、仕方が無い。
諦めて、当然の事と考えるしか、無い。
逆に、ウムラウトの正確な発音を習う為にウィーンにレッスンに来ている、と発想の転換を余儀なくされた。
シューマン歌曲は、ロングブレスというか、ロングフレーズというか、そのような歌曲が非常に多いのだけれど、基本的に4小節ブレスに修正される事は多くは無いけれど、カンニングブレスを行ったとしてもフレーズの切れ目が絶対に分からないようなテクニックを要求される(実際、要求されている)その代わり、ブレスを取れる箇所では相当にきっちりとブレスをたっぷりと取る事も指摘された。
主な理由としては、シューマン歌曲は、必要不可欠なブレスの後に沢山のritが存在する。これをクリアして尚且つ充分なブレスを以ってritを保ち、尚且つクレッシェンド〜ディミネンドのコントラストを明確に保持するためには、当然の必要不可欠なテクニックとなる。

「Melancholie」へ。
シューマン歌曲であっても、オペラアリア並みにドラマティックに歌い表現するようにN先生から修正が入る。
たった1音2拍でf(フォルテ)とp(ピアノ)を歌い分けなければならない。そのコントラストを何度か歌い直し修正。
幾らドラマティックに歌うとは言っても、歌詞の内容から静かで平穏なレガートとのコントラストを多く要求される曲。
こういう曲を歌っていていつも思い出すのが、映画「クララ・シューマン〜愛の協奏曲」でのロベルト・シューマンの人物像である。激しさと静けさ。これがシューマンの個別的な特徴、言うなれば「シューマン節」として確実に表現出来てこそ、のロベルト・シューマンなのだろう。
1か所、繰り返される歌詞で、私の解釈とN先生の指摘が異なる部分があった。
Schmerzを2度繰り返すのだけれど、私は1回目の方を強調して歌ったがN先生の指摘は2回目のSchmerzの方を強く強調するように指摘される。詩人ギーベルの文脈としては、Schmerzの繰り返しの前のフレーズでWundeの繰り返しがあり、その音型は繰り返される2回目の言葉の方が音として強調される作りになっているので、そのシューマンの作った音楽に忠実に、という事なのだと考えた。
ついつい憂鬱さを強調しようと考えて、レガートにピアノで歌おうとしていたのだが、私の声でも最後のフレーズは例えfの指示が無くてもマルカート気味に歌うように、とN先生から修正される。
録音を歌ってるのは、クリスティーネ・シェーファー。スーブレッドの真似事は、やはり良く無い影響しか齎さないのだと、強く実感した。
ピアニストEさんからも「声量の強弱よりも、音楽的対比を」と指摘を受けた。

本日最後の曲「Ihre Stimme」
この曲は緩やかなレガートで通して歌われる曲。主にフレーズを大きく流れるように取るように何度も何度もどの個所でも指摘され修正を受ける。自分自身としては、もう目一杯レガートに歌っているつもりでも、まだまだ相当に不足、という事である。N先生は指摘・修正の手を決して緩めない。N先生の要求通りのレガートさに限り無く近づくまで、何度も何度も繰り返しフレーズを歌う。
そして、このようなレガートで優しいイメージの曲は、私は声量を抑えめにして歌う「癖」が身についてしまったらしく、これはかなり修正・指摘の的となった。N先生から、喜びや情熱を表わす歌詞は、決してpで歌い表わすのでは無く、深く温かい声の響きが必要であると、耳にタコが出来る程要求された。

ピアニストEさんも、本当に25歳か?????と思う程の指摘をされる。
やはり、伊達にウィーンで7年間勉強して主席卒業をして来た訳では無いのだと実感させられた。
こんな、本業看護師の、日本のオバサンのアマチュア相手に、これ程の音楽性を要求して来る辺りは、日本の同じ位の年齢のピアニストとは比べ物にならないのでは、と思われた。
N先生から、途中、前奏・間奏・後奏の部分で多少の指摘は受けていたものの、私が歌うと日本からのメールを見てから非常に良く弾かれているな、と感じた。
シューマン歌曲9曲、この短期間ではかなり大変だったろうと思う。本当に、有難いと感じた。

シューマン歌曲レッスンの1日目としては、N先生、意外にアッサリ終ったんじゃあないかなあぁ・・・(不解)とも思ったが、まあいい。多分、これからN先生の本領発揮、パワー全開になるだろう。
それに、これからコンチェルトハウスでB先生のシューベルト歌曲のレッスンもある事なので、余り飛ばされても後が持たない(爆)


流石に、ピアニストEさんは明日のレッスン曲の予定の相談をN先生とはしなかった。
多分、私のプログラム通りにレッスンするだろうから、N先生に聞いても無駄だろうとの事(超苦笑)
「スコットランド人なのに、そ〜ゆ〜トコロはオーストリア人みたいなんだから!!!」
と、ピアニストEさん談(笑)


B先生のレッスンは今日は夜19時から。一度ピアニストEさんと別れて、ウィーン中心部を北海道の妹の御希望の写真をデジカメで撮りながら、少し散歩した。
結構歩き回って疲れたけれど、少しだけ観光っぽいカンジを満喫してから、少し早めにコンチェルトハウスに向かった。






ウィーンのレッスン1日目vol.1

去年なら朝7時には目が覚めて、市立公園を少し散歩した後でそのまま楽譜を持ってカフェでコーヒーを飲みながらレッスン曲のチェックをしていたのに・・・・・。
今年は、日頃の連続夜勤の蓄積疲労からなのか、朝7時に目は覚めるのだが体が動かない。従って、レッスンのギリまでベットでウダウダしていた。勿論、昨日の迷子騒動もあったのだとは思うが。

9月30日、14時からコンチェルトハウスのB先生のシューベルト歌曲のレッスンが入った。10分前にはコンチェルトハウス前で待ち合わせ。
今回のウィーンでのレッスンで特筆するべきは、若いピアニストと一緒にレッスンを行うという事。
本当なら、本日2つめのレッスン、N先生とM先生のレッスンで初顔合わせとなるはずだったのが、ピアニストのEさんもB先生のレッスンを聴講したいという事で、お見えになった。
疲労が酷くて喉の調子は最悪。朝にちょっとアパートで声を出して見たら、声が掠れていた。でも、ここで頑張って張り切って声を張り上げてた所で、ど〜しょ〜も無い。レッスンはまだ6日間も続くのだから。コンチェルトハウスの前で待ち合わせたM先生とピアニストEさんに、正直に今日の喉の調子は最悪である事を話した。M先生は、
「調子の悪い時に無理して押して声を出さない方がいいわよ」
と仰って下さったので、遠慮無く軽めの発声で歌う事に努めた。そして、この喉の調子の悪い時に比較的得意とまでは言わないが歌い込んでしまいがちな曲を選曲すると、後に響くし辛くなるばかりだと踏んだので、今日は敢えてウィーンにレッスンに持ってきたシューベルト歌曲の中でも一番不得意で苦手な「Fischerwise」を選択した。この曲は中低音域も多いので、無理して声を出そうと張り上げたりさえしなければ、ある意味高音域を出さなければならないような曲よりも声帯の負担が軽いだろうと考えたからだ。
日本人ピアニストEさんは、まだ25歳で、日本の公立高校の音楽科を経てウィーンに留学して今は大学院生だという。とてもお若かったが、ハキハキしたカンジの方。

約1年半振りのB先生は、全くお変わり無く陽気なウィーンのジェントルマンだった。今回の御土産は、B先生と奥様が甘いもの好きという事で、日本の代表的なお上品なお菓子、これならウィーンの方にも好まれるのではと思い散々悩んで選んだ「風月堂ゴーフル」♪
御挨拶も程々に、早速シューベルト歌曲のレッスン開始。
案の定、全く声は響かないしブレスも続かない。しかし、なるべく押さない、押さない、と頭の中で念じつつ丁寧に楽譜を読み歌う事だけを心掛ける。変則的な有節歌曲のため演奏時間もちょっと長め。一度歌い終わってから早速B先生から矢継ぎ早にドイツ語での指摘が大きな声で話される。
「テキストの読み方が足りない。ウムラウトの発音が違う。最初はもっとゆっくりのテンポから練習するように。明るく楽しく陽気な漁師の歌なのでもっと曲に表情を付けて。ドイツ語はもっとレガートな発音で母音を長めに取る事。」
そして、テキストの朗読から再開始。テキストを読む時もきちんと漁師を演じながら読むように指摘された。これを数回繰り返して行った。その後、再度歌唱に戻る。
こういう所で難曲はボロが出る。練習不足はテキメンに表れる。ウィーンにレッスンに来る大分以前から今年の自分の練習不足は嫌という程認識していた。
だからこそ、ここで凹んでイジケてはいられない。私はウィーンのレッスンに完成品を持って来たワケでは無い。一からのレッスンに来たのだ。それで余りにも不足過ぎだからレッスンを断られるならば、それはそれで仕方が無いのだ。
私は、日本で出来る限りの事は、やって来たのだから。
何度かドイツ語の発音を修正されながら歌い続けて、B先生から更なる指摘が飛ぶ。
「ドイツ語の歌詞の言葉の内容によって音色を変えなければならない。有節歌曲はバリエーションが必要である。音符の動くフレーズは音程が下がらないように音程を高めに取る事を心掛ける事。ピアノ伴奏に留意して特にピアノ伴奏の和音と半音でハモる音はきっちりと合わせるように。テキストがちゃんと頭や体に入っていないと音楽の表現まで行きつかない。ドイツ語の語尾まできちんと聴こえるように発音する事」
兎に角、多くの事を一度に指摘される。しかし、もしB先生がこれらの指摘が私にとって不可能な指摘なら、敢えてここまで多くの指摘はしないだろう、そうポジティブに考える事にした。何しろ、これからまだまだレッスンは続く予定なのだから。
何度か歌って行き、B先生から、
「これから良くなって行くだろう」
と何とかお許し頂けた。私がホッと胸を撫で下ろしていると、M先生が今日の私の状態を説明して下さった。日本での仕事の疲労と長旅で喉の調子が良く無い、という事。するとB先生が、
「去年、あなたは随分大きな声で歌っていたのにどうしたのかと思ったら、調子が悪かったのか!!!」
と(笑)言い訳にはならないけれど、この6日間のレッスン中に何とかいつもの調子に近い状態にだけでも持って行く事が出来たらと思った。

レッスンが終了して、今後のレッスン予定の話し合いを行った。最初の予定ではB先生のレッスンは3回程という事だったのだが、ウィーン滞在中に後4回レッスンをして下さるとの事。B先生のレッスンは計5回となった。これはちょっと想定外だったが、レッスン予定の曲を多めに持って来ておいた事はラッキーだった。最初は3回のレッスンなら6曲と考えていたのだが合計10曲レッスン予定の曲を準備だけはしておいた。無論、練習不足ではあったが、何とか楽譜を読みこめている曲から順番にレッスンに挙げて行ければ良い。去年のリサイタル本番に乗せて歌ったシューベルト歌曲でまだB先生にレッスンを受けていない曲もある。取り敢えず、次の日のレッスン曲を決めてB先生のオフィスを後にした。

M先生は、
「こんなに調子が悪いのだったら、先に少し発声練習をしてくれば良かった。御免なさいね」
と仰って下さった。大変有難かったが、これが今の自分の実力なのだから、体調管理も含めて当然の状況と考えていたので、それ程凹んではいなかった。却ってM先生に気を使って頂いて申し訳無いくらいだった。それに、聴講に来ていたピアニストにも私の最悪の状況をまず聴いて頂けて良かったと考えた。これでもまだ私と一緒にレッスンを受けて頂けるのならそれは大変有難い事だし、逆に今日の調子の悪さで私とのレッスンを中止するのもアリな事だと考えたからだ。これはピアニストの自由。私もピアニストのEさんに、
「調子が悪いとこんな状態ですから、一緒にレッスンして頂くのは却って申し訳ないと思っている」
と正直にお伝えしたが、ピアニストは然程問題にしていないようだった。逆に、私が声帯の調子が最悪の状態でレッスンに持ってきた曲の中で一番苦手な曲を歌った、という事に大変驚かれていた様子だった。M先生もピアニストのEさんも、
「普通調子悪い時に苦手な曲は持って来ない。どちらかと言えば、得意な曲を持ってくる。それはスゴいと思う」
と一様に驚いていた。でも、私にしてみれば、比較的歌い込んでいる曲は折角ウィーンでのレッスンでみて頂くのなら、調子の良い時にこそ歌いたいというのが正直な心情だったから(苦笑)
今日歌った「Fischerwise」は「Die Forelle」と同じくらい苦手な歌曲。
魚を食べるのは大好物なのだが、歌うのは苦手。


コンチェルトハウスを出てゆっくり歩いて、少し時間をおいてからN先生とM先生のオフィスで今日2回目のレッスンを行う。
まだまだ、これから。始まったばかり。

ウィーンレッスン日記「ウィーン到着!!!」

9月29日、朝3時間半睡眠でヘロへロになりながら重いスーツケースを引き摺りながら、駅までの登り坂を汗だくになって駅に到着。
本当なら始発電車で行きたかったけれども、始発に乗り遅れてしまたっけれども成田エキスプレスには充分間に合う時間だった。

成田空港に着いてセキュリティを通って、免税店でウィンドーショッピングをした後に、先にトイレに行こうと思ってバックの中身をハンカチを探していたら、携帯電話とMDプレーヤーが無い事に気がついた。急いでインフォーメーションにお願いして、セキュリティに連絡して貰ったら、スタッフが出国審査の場所まで持って来てくださった。私の携帯電話のストラップは、非常に特徴的♪阪神タイガースの黒と黄色のスワロフスキービーズを使って手作りしているので、超目立つ。すぐに見つかって良かった。

成田空港、南ウイングのオーストリア航空のゲート近くの寿司屋で朝飯を食べていて(呑んでいて)、少し落ち着いて、友人や先生や友達に行って来ま〜すメールを送って、時間にはオーストリア航空に搭乗して、一路ウィーンへ向かった。

ランチを持って来てくれた、オーストリア人(多分)のキャビンアテンダントの女性がドリンクを配りに回っていた。私はドイツ語で「赤ワイン」と頼んだら、その綺麗なキャビンアテンダントさんが、

「CoKe?」

と聴いてきた。
私は子供ぢゃあねええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!
と心の中で絶叫、内心穏やかでは無かったのだけれど、隣の席に座っていた若いヨーロッパ人(国は不明)が、キャビンアテンダントさんに小声で、
「ワイン」
と言ってくださった。
その他、私は窓際の席だったので、トイレに行こうと思って席を経ったら、彼も一緒に席を立ってしかも私に先にトイレを勧めて下さるという、ジェントルマンっぷり〜\(◎o◎)/
惚れた♪
でも、オーストリア空港のランチが、シーフードかチキンだったのだけれど、魚好きの私がシーフードを頼んだら、ちょっぴしのエビとイカの入った焼きソバが出て来た。余りのショックで、チキンにすれば良かったと後悔先に立たず。フツ〜、シーフードって言ったら、焼き魚とかムニエルじゃあないのか?????

とゆ〜事でウィーンに到着したのが1時間も早かった。
私はN先生とM先生がお迎えに来てくださるのを待っている最中に、自分の携帯を海外仕様にセッティングしていたら、先生方が迎えに来てくださった。御土産の日本酒と御蕎麦と茶蕎麦とお醤油を差し上げた。やはり、ウィーンでは日本食は非常に高価のようである。先生方も大変喜んでくださった。

アパートに案内された。去年は聖シュテファンの目と鼻の先だったのだが、今年はかールス・プラッツまで歩いて約20分程かかる所にアパートがある。とても綺麗なアパートだった。
荷持を運んで、M先生にウィーン滞在中にかかる費用をお支払いして、先生と別れた。

まず、ウィーン国立歌劇場まで一人で行った。ほぼ一本道だから分かりやすい。カールスプラッツ駅まで歩いて約20分。そこから右にまっすぐ行くと、レッスン会場になるB先生のオフィスがある、コンチェルトハウスもある。ウィーン国立歌劇場で演目を見たら、ドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」のプレミエが数日後にある。これを是非観て見たいと思った。グルべローヴァを生で聴くのも初めてだし。その他は、チャイコフスキー「スペードの女王」だったが、やはりイタリアオペラを久し振りに観たいと考えた。


帰り道、スーパーに寄って買い物をした。M先生が野菜やおにぎりを持って来てくださったので、少し自分で料理して食べようと思って、調味料やハムなどを購入した。朝も、ウィーン市内中心部から少し離れているので、毎日カフェで過ごすのではなく、スープなどを購入して少し自炊しなければならいだろうと考え、ノンビリ買い物していたら、外は既に真っ暗!!!!!
ケルントナー通りから真っ直ぐカールスプラッツを過ぎて真っ直ぐ進んで行くだけだから、と思いアパートへの道を真っ直ぐ進んでいったのだが、これは大きな誤算だった。
初めて来た場所や土地は、明るい昼の景色と暗い夜の景色とが、かなり違うものなのだという事に今更気がついた。あちこちぐるぐる1時間程歩き回ったけれども結局見つからず、疲れ果てて困り果てて、M先生に電話で連絡した。M先生とM先生の御友達の御協力を得て、やっとの事でアパートを発見したのが夜8時過ぎ(凹)

この日は、シャワーを浴びて、M先生が持って来て下さった野菜炒めとおにぎりとワインで夕食を取り、この日記を書いてすぐ、気絶(爆死)
長旅と迷子で、疲労困憊。ワインも殆ど呑めなかった。

明日は、コンチェルトハウスのB先生のレッスンが午後2時から。
今年ウィーンでの初レッスン。

zzzzz

回心

先日、3連続当直の次の日の休日近所の市民センターの音楽室が空いていたのにも拘わらず、練習を中止した。
理由は、

このままの疲労困憊状態では、ウィーンのレッスンで声が出無い。

という事。
これでは、元も子も無い。
今の自分の体調でウィーンにレッスンに行った場合、自分の考えるどの程度の歌唱が出来るか、自分の勉強した歌唱や表現をどの程度出して歌う事が出来るか?????
どう考えても30%程度だろうと考えた。
まず、声帯そのものに負荷をかけていなくともこれだけ身体的に疲労困憊であれば、声帯も不調極まりない。
練習していても、声が掠れる事があった。

元々演奏会やリサイタルなど、本番は好きでは無い。
声楽の勉強や練習やレッスンがとっても楽しくて、このような生活を送っている。
実際問題、自分自身の成長や進歩や上達などを実感出来るのは、私の場合その殆どが練習やレッスンである。
演奏会やリサイタルなどの本番は、結果でしかない。
努力の結果。
どんなに努力したからといって、どんなに勉強や練習をしたからといって、必ず結果に表れるとは限らない。寧ろ結果に表れたらラッキーな方であると考えなければならいだろうと思う。
努力が全て評価されたら、世の中苦労する人間も報われない人間も存在しないだろうと思う。
しかし、練習や勉強すらしない人間に結果など表れる筈も無い、とも考える。
努力せずとも結果が表れるのは、天才か、評価されたと妄想する勘違い野郎、だと私は認識している。
だから、練習や勉強に否定的な人間のみすぼらしい言い訳で「娯楽」を語る輩を見ていると、非常に不愉快極まりない。最も、そのような言を弄した人間の戯言なぞ気にかける価値も無いが。

プライド=自尊心というものは、周囲に対して持つものでは無く寧ろ自分自身に対して持つものである、というのが私のスタンスである。
結局、ブログであろうが音楽の近親者に対してであろうが、自分自身のやるべき事を怠り逃避した結果は幾ら言い訳したとしても、還ってくるのは全て自分自身に、なのだから。
怠惰の言い訳を文章化してブログで公表する事を「自己主張」と正当化している人間とは、誠に御目出度いものであるなと実感出来る。このブログという世界。
まあ、ブログ活用法は個人の自由なので口出しする筋も無いのだろうが、人間性の本性と品性や品格が隗間見える面白い観察ツールではあると発見出来た。
私はそのような人間にはなりたくないし、そのような人間も決して尊敬しないし、同じ次元にも住みたく無い。真っ平御免。


取り敢えず、練習に関しては自分自身に御約束を一つ作った。
3連続当直の次の休日は、必ず丸一日オフ日とする事。
自分一人で練習、勉強する分にはどのような無茶苦茶をしようと自己満足で構わないだろう。
けれど、私のウィーンでのレッスンには、多くの方々が御尽力くださり、手間を惜しまず、最大限私の意向を尊重して御協力くださっている。
自分自身一人の下らない自己満足の簡単な話では済まされない。
そして何より、声楽の勉強や練習やレッスンを音楽の本場ウィーンで出来るという大きな幸運と喜びを、出来る限り長く大切にして行きたいと考えている。
連続夜勤の後の1日の休日でそれが少しでも改善されるのであれば、練習や勉強やレッスン出来ない悔しさや不愉快さや苛立ちや怒りや理不尽さや不公平感を、少し耐えてみなければならないとも考えた。
実際1日練習を中止して、料理をして看護師の後輩に御馳走したり、声楽の勉強をしている事を何故か知っていた患者さんが貸してくださった元オペラ歌手の手記などを一気に読み終えて、本当に充実・充電出来たおかげで一昨日の練習は3時間久し振りに大いに集中出来たと考えている。
今までウィーンのレッスンで歌うシューベルト歌曲を絞り込めないでいたのだが、ようやく7曲まで搾り込めた。シューベルト歌曲のレッスンはウィーンでは恐らく3レッスンとなる予定。1レッスン2曲としても最低6曲を用意しなければならないのだが、出来る限りレッスンを受ける曲の可能性を広く持つ事によって、そのレッスン時に最適な指導を受けられるようにしたい。
何しろ、ウィーンには最高でも年に1度しか行けないのだから。

頑張りすぎて、疲れ果てて、辛くて、苦しくて。
でもそれで空回りしたとしても、それを私は後悔は絶対にしない。
私の最も大切な生き方は、

紆余曲折を怠らない。

という事だからである。
私にとって一番大切な事は、悩まず苦しまず程々の努力で楽しみ程々の結果と評価を得てそれに自己満足する事では、決して有り得ない。紆余曲折に自分自身気がついた時に、自分自身の能力と判断力と冷静さと強い意志を以って方向の軌道修正を自力で行える事、なのである。
私は悩まず苦しまず楽しみに逃避し自己憐憫に浸るという考えを、良しとするようには生れついていない。
また私の声楽の先生に、そのような事を良しとする先生もまた存在しない。
音楽に誠実である、という事は私にとってそのまま先生方にも自分自身にも、そして何よりもこの後世に今私が勉強し歌っている曲が遺され生き続けている事を見ている多くの偉大な作曲家に向けての尊敬と誠意であるように自分自身そのように存在したいと、心から想う。


怠惰な者は、今現在生存しない過去の作曲者に対してその最も愚かな妄言を吐いている。
現代に生きる作曲者の作品を演奏するなら、今の現実を生き音楽を創りあげ表現している生きた作曲者の意志に対してそのような妄言は、音楽そのものに対する、また作曲者である人間に対する「冒涜」以外の何物でも有り得ない、と私は考えている。


自分自身の心の中で自分自身に言い訳するのならまだしも、ブログで自分自身の怠惰と怠慢を公言する愚者の非を、嗤う。


休養して、また練習&勉強♪

熱を出して寝込んでしまったヤンクミ


早速の喘息発作シーズン到来(怒)
一昨年、昨年に比べて新しい吸入薬の登場で喘息発作の頻度は激減したものの、やはり昨日・今日のような気候は最悪の喘息日和。
昨日、今日とかかりつけの近所の呼吸器内科で治療を受ける。
今日は、クリニックで治療が終わってから、スタジオで3時間練習。
クレオパトラのアリア5曲、ヤンクミ一座の演奏会までもうカウントダウンに入ってしまったので、多少体調が悪かろ〜が、1分たりとも時間は無駄には出来ない。
風邪をひいたり喉を痛めている訳ではないので、声を出す分にはそれ程問題は無いのだが、喘息発作のためか治療を行った後であっても、多少呼吸機能が低下しているようで、ロングブレスが持たない。
特にクレオパトラのアリアは、4小節以上のロングブレスは多いし、2点F・G・Aという5線の上の比較的高音域が多い。
幾ら喘息発作の治療後の練習でも、流石にしんどかった。
最悪、演奏会本番前には、副腎皮質ホルモン(ステロイドホルモン)の投与も視野に入れなければならないだろうと、真剣に考えている。

このヤンクミ一座の演奏会が終わったら、休む間も無く9月のウィーンでのレッスン曲の練習と勉強、12月のシューマン歌曲リサイタルの勉強を即座に開始しなければならない。
ウィーンでのレッスンは、バッハ、シューベルト、シューマン、ブラームスの歌曲、ウィーン歌曲、モーツァルト「ドン・ジョバンニ」のドンナ・エルヴィーラのアリア、「魔笛」のパミーナのアリアの勉強と、非常に沢山の曲の勉強を行わなければならない。
だからこ今回ヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」のクレオパトラのアリア5曲を歌ったら、暫くの間はイタリアオペラの勉強から離れる事になってしまうので、今回クレオパトラをきっちり歌って、自分のレパートリーとして確立したいトコロ。
そのため、多少体調が悪かろうが、喘息発作が出ようが、去年のように風邪で喉を痛めながらもシューベルト「こびと」を最後まで歌い切ったように、今年も意地でも頑張り続けなければならない。


幸い、先日のヤンクミとのゲネプロである程度通して歌ったが、悪くは無かった。
強いて言えば、今回新曲の「Non, disperar」の音程が所々不十分なトコロがあった事、レチタティーヴォの声の響きや息の流れが若干力が入り過ぎている事など、気になる点も多かった。
そして、何よりも時間切れで、ゲネプロ中に途中で演奏を中断されてしまったのが、エラいショックだった。
せめてゲネプロだけは通して歌いたかったのだけど・・・・・(滝涙)
それでも、まずまずの出来だったので良しとした。
但し、クレオパトラのオペラアリアはどれも大曲であり、非常に体力を消耗する。ゲネプロ当日は2時間半電車に揺られて来たので、同一体位で座りっ放しのため、ゲネプロの前は体が固まってしまっていた。
こんな状態では、クレオパトラのアリア5曲は歌えない。体全体の柔軟性が非常に要求される発声や音域の広さや高音域から低音域まで、あらゆる事に対処しなければ歌えないアリアである。
千葉に到着してからも、約30分くらいずっとストレッチを行っていた。
演奏会本番当日は、連休も取ったし多少疲労は取れているはずなので、兎に角クレオパトラのアリア5曲きっちり歌えるだけの十分な発声練習とストレッチが最重要課題である事は、どうやら間違いがなさそうである。


最近、発声練習に、ヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」のコルネーリアのアリアを使用している。私は、音域は広く出るのだが、低音域の響きが若干弱い。それに、低音域から徐々に発声練習を行って行く方が声の響きが当てやすい、という傾向にあるためである。
コルネーリアは、声域としてはコントラルトであるので、日本でもウィーンでも演奏会で歌うとなると却下されるであろうが、苦手な低音域を鍛えるためにこれ程までに適したテキストは無い!!!と私は考えている。
コルネーリアのアリア「Non, ha che piu temere」を最初に軽く発声練習として歌っている。
勿論、ウィーンのレッスンには持って行きません(爆)
それから、クレオパトラのアリアは全曲ミルヒー先生からレッスンを受けているので、ウィーンのM先生やN先生にはクレオパトラは持って行かないが、その代わりセストのアリア「Cara, speme」をウィーンのN先生とM先生のレッスンに持って行く事を想定して、自己練習を開始した。譜読みの目途がついて通して歌えるようになったら、谷岡先生のレッスンを受ける予定である。
ウィーンでは、私の声ならセストは結構イケるのではないか???と考えている。
まず、自分自身のセストの歌唱を掴むまで、歌い込まなくてはならない。しかし、クレオパトラを勉強して歌った事により、セストに対する分析やイマジネーションも充分に私自身の中に蓄積されているので、これを大いに活用しないテは無い(笑)

過去、友人と認めた人物に勧めたセストのアリアだったが、私の先生に非常に不敬で失礼無礼千万極まりない態度を取った挙句に、私が貸したCDを返却しないで、私が手紙を書いて返却を求めても無視するという、人間としては最低の部類の人種に、わざわざセストのような心もアリアも美しい曲を歌う資格があるとは、太陽が西から昇っても考えられない。
ど〜せ、こういう人間はロクな死に方をしないだろうから、放置。


昨日、某ピアノブログの記事をヤンクミにメールでお知らせした。
私自身読んで、本当に呆れかえって言葉も無かった。
しかし、もう30年以上ずっとずっと真面目に真剣にピアノと向き合い、ピアノを演奏し続け、病気や困難を乗り越えながら、連弾サークルを15年以上継続し、ピアノ教室で子供に教え続けている、ずっとずっと長い間ピアノと真正面から向き合って来た、ヤンクミのようなピアニストは、こんなブログを読んで大いに怒るべきだと私は考えて、ヤンクミにお知らせメールを送った。
今日の朝、ヤンクミからメールが返信されて来た。

「怒るというよりは、気分が悪くなって熱が出ました。この人は、一体ピアノを何だと思っているのかわかりませんね。自分の事はしっかり棚上げして他人をとやかく言いたがるなんて気分が悪いです。私はもうこの人の考え方には幻滅しました。無視します。
早く立ち直り、熱を下げますね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ヤンクミの気分を悪くさせ、熱まで上げさせるブログの文章。
私の性格よりも、余程性質が悪い(爆死)
ヤンクミが早く回復するように、お詫びのメールを送った。


さて、今日はもう寝る。

シングルマザーと、ベートーベンと、家柄の日々

ブログを書く気にもならん程、忙殺された12日間だった。


まず、10日前の夜勤で相談を受けた。
病棟の後輩看護師が僅か20歳代前半で、

「私、絶対に産みます!!!」

と、夜勤で相談を受けた直後に、高らかにシングルマザー宣言をされた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)
それからが大変だった。
まだ週数が浅いので、力仕事をなるべくさせないようにフォロー、両親に報告するように助言と、病棟課長への報告のタイミングと、夜間の救急診療のフォロー体制。友人の助産師に早速メールで連絡した。
兎に角、無事出産出来るまで絶対にフォローしなければならない。人間一人の命に係る問題である。
この件に関して、約1週間拘束状態だった。

その間に、月1回の日勤で、リーダー業務と、委員会と、後輩指導と、新人歓迎会を、1日でこなす。
先輩鬼看護師が不在だと、職場が弛む。只管、檄を飛ばす。
次の日の2件の手術の全準備を行わなければならなく、約1ヵ月振りの日勤業務で勘を取り戻すのに、必死。
新年度の医療事故安全対策委員会で、看護部長と看護課長のバトルにウンザリする。
そして、久々の日勤で昼夜逆転傾向の疲労困憊の中新人歓迎会で、上司や後輩や医師のフォローに走る。
整形外科の手術を中心に受け持つ病棟なので、私は後輩看護師だけでなく、リハビリテーション科の理学療法士や作業療法士にも、恐れられている。

私の場合は殊更、ナメられるよりは、恐れられている方が、適正である。


この間、ネットでとある映画を見つけた。
「Copiying Beethoven」
邦題「敬愛なるベートーベン」
2006年に全国公開された映画らしい。全く知らなかった。
以前、演奏会に来てくれた看護師の友人が私の歌を聴いて、ベートーベンに関する映画を観た事を思い出した事を話して貰った事がある。友人は「資質」という事を強調して話していた。それからベートーヴェンに関する映画を探し続けていた。
最もこの「敬愛するベートーベン」が友人の観た映画かどうかは、結局、今では確認の余地は無いのだが。

この映画に登場する写譜師の女性アンナ・ホルツは実在しない人物だという事だが、映画としては非常に素晴らしい作品であると本当に感動した。
まず、ベートーベンという人物像。
モーツァルト「アマデウス」並みに、ベートーベンという人物に関してほぼ装飾無く肉薄しているのではないか、と思わせる程の迫力ある表現。主演のエド・ハリスも素晴らしい演技でベートーベンを熱演している。
ベートーベン晩年の時期で、交響曲第9「合唱付き」の初演と、弦楽四重奏「大フーガ」誕生に深く関わる映画である。
写譜工房のシュレンマーが「Beast!」と恐れる程の激しいベートーベンの気性と、甥のカールを盲目的に溺愛し、病魔、特に難聴に苦しみ肺水腫やリュウマチや痛風を抱えながらも作曲に埋没しているベートーベン。
勿論、架空の女性写譜師アンナ・ホルツにも決して甘い顔や言動は見せない。
しかし、アンナ・ホルツの写譜師や作曲家としての才能を認識した途端に、自らの過ちを認め跪き、女性や人間としてでは無く、飽くまでも音楽家として、束縛し傾倒して行くベートーベンとアンナ・ホルツ。
飽くまでもその集約された人生と物語が「音楽」を中心として決してブレる事が無いという点が、私にとって「アマデウス」よりも、ベートーベンとこの映画をより遥かに身近にリアルに感じさせる。

特に私が非常に気に入っている、ベートーベンの台詞。
「私に謝るだと???謝るくらいなら挑みかかれ!!!卑屈な人間は嫌いだ!!!!!」
「神と私は完璧に理解しあえる。同じ穴の熊だ。唸って引っ掻き合う。背中合わせで寝れば誰も近付かん」
「孤独が私の宗教だ」
「音楽は空気の振動だが、神の息吹だ。魂に語りかける。神の言葉だ。音楽家は最も神に近い存在だ。神の声を聴く。意志を読み取る。神を讃える子供達を生み出す。それが音楽家だ。でなければ音楽家は必要無い」
「私は音の無い世界に生きてる訳じゃ無い。頭には音が満ちている。湧き上がる音を書くのが唯一の安らぎだ。その代償として、神は私の聴覚を奪ってしまった。だが聴く喜びを禁じられても私の音楽こそ神の声だ」
「分からなければ美意識を鍛えろ。醜くても内蔵を抉るような音楽だ。腹の底から神に近付くのだ。ここに神が宿る。頭や心じゃない。腹の底に神の存在を感じる。腸はとぐろを巻いて天に向かい頭脳より冴えわたる。糞に塗れるから天国に行ける」
「私は新しい言葉で神を語りたい」
「終らん。流れるのだ。始めも終わりも考えるな。君の恋人の作る橋と違って曲は生きものだ。まるで、形を変える雲や潮の満ち引きと同じだ」
「一つ死んで、次が生まれる」
「無音が鍵だ。音符と音符の闇の沈黙だよ。沈黙が深まると、魂が歌い出す」
「芸術家は自分を信じる。君の橋は陸地を繋ぐだけだ。私の橋は人の魂を繋ぐ。神は私に大声で《創れ》と叫ばれる。だから難聴に。君も視力を失えば人を批判する権利を持てる」
「どう感じる?悲しみか、怒りか、憎しみか。私を殺したければ、作り直せ!」
「ベートーベンは一人でいい」
「このまま去っても私から解放されんぞ」
「この作品(大フーガ)が私の橋だ。未来の音楽への架け橋だ。その橋を渡れば、君は解放される」

ベートーベンは本当に病人だったのだと、思う。
病んでいる人間だからこそ、体も心も真に病んでいる人間だからこそ、吐露出来る言葉があると思う。病んでいる人間でなければ言えない言葉があると思う。それは、病というものが人間の本質の一部であるからこそ、より真実に近いという現実が存在するのが「人生」なのだと思う。
それは、私は自分自身の職業上、より誰よりも強く感じている事の一つであると、自覚しなければならない使命を持っているのだと、認識している。
「美しさ」とは、「綺麗さ」では無いのだと。
「美しさ」と「綺麗さ」とは、決して同義語とは言えないのではないのか、と。
歴史に残る美とは、綺麗さだけでは済まされないのだと。
しかし、過去の歴史の現場を観る術を持たない人間にとって、残された宝の一つが「音楽」であるのだと、この映画を観て本当に心から、感謝した。
私自身が、ベートーベンの音楽に関わる事の出来る人間である事が出来て、何よりも神に感謝している。

この映画の評に関しては、指揮者の佐渡裕氏が、
「この映画を観て、益々この曲が恋しくなった。ベートーベンを驚かせるような「第9」の演奏!いつかやってみたい。それが僕の目指すところ」
と書かれていた。
ベートーベンの自宅アパートの隣に住む老婆が、アンナ・ホルツに、何故引っ越さないのかと尋ねられて、
「引っ越す???ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーベンの隣に住んで、誰よりも早く作品を聴けるのよ。初演前に聴けばウィーン中が嫉妬するわ。交響曲第7番の時から住んでいるの。名曲だわ。じきに新しい交響曲が誕生ね」
と言って、ベートーベン交響曲第7番の一部を口ずさむシーンがある。
私が、去年ウィーンに行った時にウィーンの街中を散歩した時に、ベートーベンの像が多く、しかも最もカッコ良かったのを不思議に思ったのを覚えている。ベートーベンは、癇癪持ちの変人で難聴になってからは近隣の住人と頻繁にトラブルを起こし、何百回もの引っ越しを繰り返したという逸話もある。
しかし、そのようなベートーベンが如何にウィーン市民に愛されていたのか、実際にウィーンに行き、そしてこの映画を観て本当に身に染みてようやく理解する事が出来た。
交響曲第9「合唱付き」の初演のシーンは、何度観ても涙が流れる。
もし、タイムスリップ出来るならば、その場に居たかったと心から思えるような映像。
いや、その歴史的場面に立つことが出来ない事が解っているからこそ、このような素晴らしい映画に謙虚に感動を覚える。


この映画を観て、去年ウィーンでN先生にレッスンを受けた、ベートーベン「Ich liebe dich」の事を思い出した。
私の声は、何度も言うが、決して「美声」では無い。しかしウィーンのN先生は私のベートーベン「Ich liebe dich」を聴いて、
「Schön」
と、一言言って下さった。
それだけで、もう十分なのだとも、思う。
私はこの映画「Copiying Beethoven」の、実在しない写譜師アンナ・ホルツと同じような存在である。
私はベートーベンの歌を歌うが、コピイストである。
何故なら、オリジナルは、飽くまでも「作曲家自身」であるからである。
でも、その「コピーする」という行為を自分自身の声で行うという機会を与えられた事を、心より光栄に思う。


今日は久しぶりの2連休。
ここの所、休むヒマも殆ど無くて、連続夜勤の間の休日も殆ど練習にならなかった。
夜勤明けで、弁護士とのやり取りや、親父の入院費用や借金の管理や、寝ないで都内まで楽譜の購入に出掛ける事も多かった。
お陰で、歯が痛い。最近、珍しく真面目に歯医者に通っている。
今日は、オフ日にした。
去年のように、喉を痛めて、ヤンクミに迷惑は掛けたくない。


最後の「家柄」に関しては、まだ問題の真っ最中なので、何れ改めて、後日。



神様がくれた才能

今日、久しぶりに喘息発作を起こした。リサイタル直前という事で相当慎重になっていたのだが、流石に仕事の蓄積疲労と天候が重なると、キッつい。
病院で治療した後に、近くの本屋で「のだめカンタービレ」23巻を購入して帰宅。雑誌で読んでいたのだが、帰宅してもう一度読み直し。

夕方、何気にテレビをつけたら、辻井伸行の特集をやっていた。子供の頃の映像から、ヴァン・クライバーンコンクールで優勝してアメリカ・デビューするまで。
はっきり言って、今までは辻井伸行に興味が無かった。私はただの普通の人間なので、天才に対して共感するのは不可能だ。音楽というカテゴリーはあっても共感する部分の無い人間には興味は持てない。残念ながら、私は賞や経歴やハンディキャップに飛びつく性格では無いので。今までも度々テレビで特集されたり雑誌などは出回っていたが、CDを購入してまで聴くつもりは毛頭無かった。
でも、今日偶然テレビをつけた時は、今までとは全く違い、辻井伸行の特集に見入っていた。全くの全盲状態で生まれて来て、玩具のピアノで「ジングルベル」のメロディーを弾き、ピアノを習い始め、数々のコンクールに入賞し、ヴァン・クライバーン・コンクールで優勝するまで。
もし、2ヵ月前の私だったら辻井伸行の特集は見なかっただろうと確信する。
最近偶然お知り合いになれた方が、同じ状況である方だった。でも、私と同じ歌を勉強して歌われていて、一生懸命レッスンを受けてコンクールなども頑張って目指されていた。
間近に辻井伸行と同じような境遇の方がいるという事で、どれだけ今迄自分自身の視界が狭く閉鎖的であったのかを目の当たりに見せつけられた。誰でも無い私自身が一番、他人を表面的に判断して先入観を持って色眼鏡で見ているのではないのか?そう実感した。
しかし、確かにそれは良くない事ではあるが、それ以上に私は自分自身で確認・信頼しないものを鵜呑みにする事の方が遥かに避けるべき事と考えている。
情報過多の中で、まず自分自身の判断や認識の無いものは、それが幾ら社会的評価を得ているものであっても盲目的信頼は妄想に値する。

では、私にとって大切な事とは何か?それは、自分の認識に誤りがあると理解したら即座に改める、という事である。だから、今日の辻井伸行の特集は本当に心が洗われるような思いで見る事が出来た。本当に素晴らしいピアニストなんだなあぁ、と素直に思う事が出来た。今後、彼がバッハの平均律を弾くような事があれば、是非聴いてみたいと思っている。

辻井伸行の特集を見て一番強く感じた事は、目が見えない人だからこそ、目が見える人には「実は見えていないもの」、見えないからこそ感じ取る事の出来る何かがあるのかも知れないと思った。当たり前のように見えているからこそ何の疑問も持たずに、自らの目に入ったものを何の疑問も持たずに鵜呑みにしてしまうという「愚」を、見直さなくてはならないだろう。目が見えない事で生活の不便は多くあるだろうが、美しい音楽を奏でる障害は目が見える人間とどれ程の大差が存在するだろうか。否、である。

この事に気づかせて貰えた出逢いを、心から神様に感謝している。
辻井伸行という素晴らしい音楽に気付く契機を与えてくれた、彼女にも感謝している。

人間はちゃんと誰もが神様から大きなプレゼントを貰っているのだ。気付かない人もいるだろうが。

「のだめカンタービレ」23巻、最後にリュカがのだめに言った言葉、

「おじいちゃんが、僕の才能は神様がくれたんだから、ちゃんと世のため人のために使いなさいって言ってたよ」

と描かれている。
私も、そんな気持ちを彼女に伝えられるようにヘンデルを歌えたらいいなあぁ、と思う。

歌と同じくらい美しいもの

今日、フィギアスケートのグランプリ・ファイナル出場選手が全て決まった。

今、真央ちゃんは、どうしているのだろう。

フィギアスケートは、声楽にとても良く似ている。
全体の流れ、演技や演奏を包括的に把握し、自分が得意または可能な技を織り交ぜて一つの純度と精度の高度な技術を演技・演奏する。自分の最も得意とする技や技術を最大限に活かす事の出来る「音楽」を厳選して演技に臨む。ジャンプやスパイラルやステップ、超高音や超低音やアジリダや20拍ものロングブレスなど、自分自身の持てる可能な限りのテクニックを駆使する。調子が悪い時には、ジャンプのコンビネーションの組み合わせを変えたり、ブレスの箇所を変更したり増減したり、カデンツァのバリエーションを変更したり最高音を下げたり、瞬時の的確な判断能力によってミスを最小限に止める技術が非常に重要である。音楽に効果的な衣装を選択したり、自分の好きな色やポテンシャルを高める色を厳選する。音楽に自分自身の持てる全ての技術で感情や感性を表現する。高度なテクニックだけでは人間の感情を表現しきれず、感情的表現だけでは美しい芸術とはなり得ない。技術だけでは不十分極まりなく、年齢は然る事ながら、身体的・精神的成長によって表現能力を成長させる事の出来る可能性を内包している。無論、声楽とフィギアスケートでは、その年齢的範疇に乖離は存在するのだが。

そして、最も類似している点は、自分自身に最も厳しい試練を課し自ら苛酷な鍛錬に耐える事でしか、結果を導き出す事が難しいという事である。


もう一つ、とても声楽に似ているものがある。
魔法は、声楽に歌に、とても良く似ている。美しい呪文は美しい言葉で聖なる力を与えられる。呪いの呪文は恐ろしい言葉により心や体や命に致命的な苦痛や打撃、時には死を与える。言葉を操るという点では、魔法と歌は非常に似ている点が大きい。美しい言葉は善き力を与える呪文に、恐怖の言葉は呪いや死を与える呪文に変わる。言葉の威力という点、それらが与え得る美や感情という範疇に於いて、歌と魔法はとても近い存在であると、私は考えている。
私は、映画「ハリー・ポッター」シリーズが大好き。DVDも、「不死鳥の騎士団」までは全て持っている。でも、最新作はまだ観ていない。劇場には観に行かない。だって、酒呑みながら観る事が出来ないし、重要な場面を即座にリピート出来ないからだ(爆)
ハリー・ポッターは試練の連続だが、絶対に決して「英雄ポッター物語」では無い。そして、いつも「死」と向き合い、「死」を背負いながら物語は展開する。私の最も愛する、最も得意とする、最も身近な、最も必要な、そして人間から決して絶対に永遠に切り離す事の出来ない「死」。「死」があるからこそ生は輝き、正義も感情も愛も裏切りも屈辱も名誉も謙遜も隠匿も、人間にとって大いなる財産となる。これら全てに立ち向かい打ち勝つなんざ、ハリー・ポッターでも不可能だろう。最も大切で必要で人間自身が最も逃げてはならない事は、あらゆる苦難や逆境や不幸や危機を、乗り越える事でも無く、逃げる事でも無く、挑む事でも無く、逆らう事でも無く、たった一つだけ「向き合う」事だけだと、私は考えている。


それが出来ない人間を「臆病者」と私は呼んでいる。


その為には、フィギアスケートでも魔法の呪文でも声楽でも、観察・分析・対策・計画・立案・実行・評価etc・・・・・そして繰り返し。

いつの世も、どのような分野も、「美」の実現は非常に手間暇がかかる(苦笑)

で、真央ちゃんは今どうしているのだろう???
人間である以上、天才にも試練は必要なのだろうか(苦笑)
問題は、真央ちゃん自身が、何と戦い何と向き合い何を目指しているのか、という事ではないのだろうか。
結果や成績の如何で応援したり支持したり、そういう美的感覚の欠片も存在しない嗜好性は尊敬するに値しない。
真央ちゃんが、例えどのような形であれ、戻って来る事をいつまでも待ち続けたいと思う。
本当の味方とか、愛情とか、信頼とか、憧れとか、期待とか、そういう気長なカンジでいいんじゃないかな、と思う(笑)

モーツァルト、はっきり言ってヘンですよ!

昨日で今月4日連続夜勤×2回の超ハードワークが一旦落ち着いた。病棟課長、拷問か?早期退職勧告か?(爆)

一昨日の夜勤は、新入院の患者さんが何人かいたのだが、私のチームに一人の某大学准教授の男性の方が、発熱で入院されて来ていた。インフルエンザでは無いとゆ〜事だった。ただ、結構インテリジェンスの高い患者さんは、若い看護師がドン引きする、または苦手とする(笑)別に私も得意ではナイけど、そ〜ゆ〜患者さんはボロが出る前に、丁寧な対応を心掛けなるべく早めに病室を離れる(爆死)医療の専門知識はあっても、インテリジェンスが低いと、看護師は結構ナメられるしバカにされる。これは治療上非常にやりにくい。また、そのような患者さんは大概個室で気楽に静かに過ごしたがる。

某大学准教授の患者さんは、熱が高かったので24時間点滴を行っていたので、夜中に2回点滴を新しいものに繋ぎ変えなければならなかった。夜中の0時頃、私が真っ暗な病室に新しい次の点滴を持って、ペンライトでこっそり抜き足差し足忍び足で病室に入った。患者さんを起こさないよ〜につま先歩きをしながらペンライトで点滴台を照らそうと思ったその時・・・・・・・・・・。
点滴台の傍のテーブルに、見慣れたモノ発見・・・・・(驚愕)
白地に赤のビニール袋。私も何枚も持っているビニール袋。これは・・・もしや・・・カワイ楽器のビニール袋・・・・・?????
と、そのテーブルの上に、これも見慣れたブルーの本。このブルーは、もしや・・・・・。と思い、ペンライトでテーブルの上を照らした。そこには、見慣れたブルーのドイツ製高級楽譜♪
ベーレンライター社、バッハ、クリスマス・オラトリオの、横長の楽譜。横長の楽譜、という事は、即ちオルガン譜?????
と思ったが、患者さんが寝てる側で楽譜をコッソリ開くワケにはいかない(猛爆)とゆ〜事で、疑惑を持ちながらも病室から退散。
休憩時間2時間も、気になって眠れなかった(爆死)

次の朝、起床時間より少し早めに、大学准教授の患者さんの病室に検温に行った(超苦笑)熱を測ったり血圧を測ったりしながら、勇気を出して質問!!!!!

(私)「あの〜・・・、一つ質問しても宜しいでしょうか???」
(患者さん)「どうぞ???」
(私)「あの〜・・・、テーブルの上のベーレンライターのバッハのクリスマス・オラトリオの楽譜なんですけど・・・・・、何か演奏されていらっしゃるんですか???」
(患者さん)「!!!お詳しいですね〜!!!」

とゆ〜事で、よくよくお話を伺ったら、芸大の声楽科を卒業したテノールの方で、その後ドイツに留学して宗教音楽&教会音楽を勉強されて、現在某大学で指揮とオルガンを演奏されていらっしゃるという事だった。ど〜りでベーレンライターだし・・・・・・(核爆)
特に、この時期はミサ曲関連の演奏会が多く、はっきり言って入院している場合では無いらしい。しかも、今休んでいると、大学での書類関係の仕事が溜まりまくるそうだ(苦笑)先日、日本では珍しいハイドンのミサ曲を演奏されたとの事。バッハはかなり難しいので、私も2曲くらいしか歌った事が無い事など、朝も早く5時半から、クラシック音楽談義(核爆)
その大学准教授の先生が仰っていた事。私が、日本人はモーツァルトが好きな人多いですよね〜と話すと・・・、

「あのね!!!モーツァルト、はっきり言ってヘンですよ!!!私が教会音楽や宗教音楽を勉強していて、モーツァルトの初期のミサ曲なんて、何でこんなトンでも無い曲作ったんだあぁ???という曲が実に多いです!!!しかも、モーツァルトのアマデウスっていう映画知ってます???モーツァルトって、あの映画はちょっとエゲツ無いですけど、ほぼあの映画に近い人物なんですよ!!!ああいう下品な人間だったっていう証拠は、手紙や書簡に非常に多く残されているんです!!!モーツァルト、絶対ヘンですよ!!!!!」
力説する先生に私は、
「私、モーツァルトすっごい苦手なんですよおぉ〜〜〜〜〜!!!!!日本人ってモーツァルト大好きだから、ホント肩身狭いんですよねえぇ〜〜〜・・・。お話伺えて、ホント良かったですうぅ〜〜〜(滝涙)」

朝イチ、モーツァルトの人間性について大いに語る、高熱の大学准教の先生約1名・・・・・・・・・・(笑)

こ〜ゆ〜シチュエーションがあると、このクソ忙しい看護師とゆ〜仕事も、案外悪く無いかも♪と思える。
殆ど休めなかったけど、結構楽しい夜勤だったなあぁ♪

「選曲」という「英断」

この「選曲」というテーマも、私自身のブログはさて置き他のクラシック音楽関連の特に演奏者のサイトでも、ゲロが出る程扱われ過ぎていてちっとも面白くも糞も無い話題なんだけど、幾つかの記事を読んでいて流石に呆れるとゆ〜か常識が無いとゆ〜か演奏者の主体性が無いクセこいて聴き手に媚売ってるとゆ〜か。まず第一に自分自身日本では歴史も知識も認識も知名度も浅いクラシック音楽というマイナーな音楽を演奏し、尚且つそのマイナーな分野を自分自身が厚かましくも教師と称して技術を切り売りして生活の収入を得ているという自覚も認識も謙虚さも覚悟も、相変わらず無いんだなあぁ・・・・・(呆)といういささかゲロ吐きそうなくらい食傷気味なのでこのお題で書いた。
演奏会や発表会の選曲は、金を取らないならフリーでOKだし金を取るなら金を払ってくれる聴き手の方々に配慮して然るべきで金を払ったのに知らない曲ばかりだと批判されたくないのなら日本が知ってる日本人曰く有名な名曲をプログラムすれば良いしそのような教育を生徒を持って授業料を取っている先生とやらがそのような指導をきちんとすれば良いだけの話である。無論、誰も知らないマイナーな曲を演奏したいなら聴き手の評価を期待したりアテにしたりなぞ決してしないような教育も必要不可欠で、そのような決意と決断力を育てるのは日本のクラシック音楽の教育には不必要だとでも思っているのだろうか???と、最近のブログを読むと相当に呆れ果ててしまう。聴き手が普段は自分自身の生活圏とは掛け離れたクラシック音楽の演奏会、オケなり弦楽なり金管なりピアノや歌なり、そこでいきなり聴いた事も無いしかもクラシック音楽に無縁な人間が「音」を脳で判別する限度を遥かに超えた曲を演奏して拒否反応を示す事を、ただ単に高尚な埋もれた名曲を演奏する自己満足と比較批判するという馬鹿げた慣例が未だに存在する事が不思議でならない。
私は今まで自分が歌う事に際して金を貰った事は一度も無いし、今後も自分自身が歌う事で金を貰う事は私が生きている限り生涯あり得ない。これは私自身の決定事項であり決して覆さない。ちなみに今年の12月のヘンデルのリサイタルでは、主催のギャラリーカフェのプロデューサーや以前私の歌を聴きに来てくれた友人から「お金を払って貰っても良いのではないか?入場料として高額でなければ良いと思う」とアドバイスは頂いたが、丁重にお断り申し上げた。
理由としては、自分自身のプロフィールに先生方のお名前を載せていない、要するに日本の先生もウィーンの先生も含めて自分の経歴としてアピールする気が無い事、集客意欲が無い事、つまり例え一桁のお客様人数であっても全然OKな演奏会であり続けたい事、例えマイナーな退屈な曲であっても日本人が好きな曲であっても聴き手の意思とは無関係に自分自身が歌いたい曲だけを歌い続けたい事、他人の評価とは別として自分自身の「声」が金を貰える「歌」だとはおふざけにも思えない事、納税処理がウザい事、そして一番は「自分の声や歌で金を貰わなくとも生活出来る稼ぎがある事」である。

日本では「イケてない」クラシック音楽を演奏するクセに金をせしめてその上誰も知りもしない曲を演奏するのに疎い聴き手に自分の耳に心地よい評価を期待するって、音楽の神様に地獄に落とされるかも〜とか思わないのかな???かなり不思議で仕方がない。じゃあ、日本では殆ど演奏されない曲を自分で本場の海外に行って演奏してそれなりの評価を貰えるのかい???と問えばそうでない人間の方が殆どではないのか???

もうちょっと聴き手に配慮するか金を貰う事に謙虚になるか、どっちか片方でもいいから少しは頭をお使いになっては如何じゃあないの???という演奏者が余りにも多すぎる、吐く程多すぎる。ブログを読んでいても気分不快著名。

何が何でも埋もれた名曲を演奏したいなら、聴き手の評価だの身入りは無視しても演奏して然るべきだろうが。大体にして、モーツァルトだのベートーベンだのシューベルトだの、その当時の作曲家の生活をちゃんと音楽大学で勉強して来たのかい???そんなの音大に行ってない私だって知ってるわ(爆)作曲家に対する演奏家の意志なり精神なり、時代は違ってもクラシック音楽の演奏者を自称するのであれば受け継ぐ事を目指したりはしないものなのだろうかいな???

不遜も傲慢も強欲も、大概にして戴きたいものだ。
クラシック音楽の演奏者としてどのような選曲をするべきか、そして自分自身の選曲にどれ程の意志の強さと意思決定の自己責任が重大なのかを、教師なら自らの身を以って教え諭すのが、そして自らも生徒から学ぶ姿勢が必要不可欠なのではないのか。そう考える人っていないの???

もう、マジでゲロが出そう♪お腹一杯御馳走様(爆死)

訃報

今、夜勤から帰宅した所。
今日夜勤の休憩中にネットで知ったのだが、ヒルデガルド・ベーレンスが先月日本で亡くなっていたというのだ。
動脈瘤破裂、都内の病院で、72歳の生涯だった。
ベーレンスと言えば、カラヤン、ベーム、レヴァインなど共演、METやウィーンやその他世界の主要なオペラハウスで活躍した、ヘルデン・ソプラノだった。
私も、METのワーグナー「ニーベルングの指環」のDVDを持っていて、ベーレンスはブリュンヒルデを歌っていた。

去年、ハリセン先生と谷岡先生の勧めで草津国際音楽アカデミーのベーレンスのマスター・クラスを1日だけ聴講しに草津まで行った。ベーレンスはとても穏やかで、丁寧に受講生に指導されていた。とてもお元気だった。

私は、去年の今頃ウィーンでのレッスンを谷岡先生から持ちかけられていた。音楽に関しては高校どころか専門学校も大学も行っていない私は、幾らクラシック音楽、声楽曲やオペラが好きで勉強したい気持ちがあっても海外でのレッスンには難色を示していた。日本語以外は話せない、学歴も知識も勉強する時間も余裕も無い。ウィーンでのシューベルト歌曲のレッスンを勧められてはいたが、かなり気遅れというか怖かった。その時にハリセン先生と谷岡先生が、草津国際音楽アカデミーの事を教えて下さり、尚且つハリセン先生が聴講を勧めて下さった。私自身いつも時間に余裕が無い人間だったのだが、METでワーグナー「ニーベルングの指環」でノーマンと共演し、しかも私の憧れの役ブリュンヒルデを歌った偉大なソプラノ歌手が、ヨーロッパから遠く離れた東洋の島国日本に後進の指導に来ているのだ。ウィーンで外国人が日本人にどのようなレッスンをして貰えるのかを確認するという目的もあり、夜勤明けで電車を乗り継いで草津に向かった。到着したのは夜中近く、次の日早くにベーレンスの公開レッスン会場に向かった。

今、私が一番強く想う事は、もしも去年ハリセン先生や谷岡先生に草津行きを勧められながらも日程調整が付かない事を理由に草津行きを諦めていたら、ベーレンスに逢う事は生涯不可能だった、という事である。ここから導き出される答えは、一つ。私は去年ベーレンスに逢いに行かなければならなかった、という必然的結果論である。私が、去年、たった一日、レッスンを受ける訳でも無く、それでも私は去年たった一日でもベーレンスに逢いに行かなければならなかったのである。もしも去年私が、夜勤を理由に草津に行く事を逃したら、私は永久にベーレンスには逢う事が出来なかった、という事になる。それはまず確実に間違いが無い事である。

去年、たった一日、レッスンを受ける訳でも無いのにベーレンスのマスタークラスを聴講しに行った事には、必ず何某かの重要かつ重大な意義があるのだろうと考えている。一番悔しくて腹の立つ事は、その意味なり意義なりを私自身が理解出来ていない事、見えていない事である。きっときっと、必ず何かしらの意味なり意義なりは存在するのだろう。一番悔しくて腹の立つ事は、自分自身そのベーレンスとの出会いを、客観的に把握していない所である。
「意味はある。ただそれがどういう意味なのかを考えろ」

今は亡き、三原順の言葉である。

本当に間近でベーレンスにお会い出来ただけに、この訃報にはかなりショックだった。クラシック音楽界で72歳は、若い方なのではないだろうか。
何だか、もの凄く悲しい気分になった。
もっと長生きして、日本に教えに来て欲しかったのに。 
合掌。

マリア・カラス的最期

先月末から連続夜勤、しかも今、長年放置プレイだったホームページ再開のために自宅にいる時はほぼパソコンと格闘中♪不眠だから脳味噌はフル回転で薬を飲んでも眠気は余り無いのだが、何しろ体が超ダルダル・・・。目が覚めても体が動かない・・・。本当はぐっすりスッキリ熟睡出来れば疲労も取れるのだろ〜が、目だけが覚めて脳味噌だけは勝手に働くのだから仕方が無い。もういっその事、永遠の眠りに就けたらいいのになあぁ・・・と思う今日この頃。永遠の眠りに就けたら、超ダルダルで疲労困憊しきった体を引き摺り起して活動する事も無いのになあぁ・・・くすん(滝涙)
今月は15日の夜勤をこなしながら、年末に行うヘンデル・オペラアリアのリサイタルの準備がもう本格的に始まっている。ギャラリーカフェに申し込みを正式に行ったのでギャラリーカフェのお知らせに掲載されてしまった。それとここの所連日ピアノ伴奏をしてくださるオクレール先生とメールでピアノ合わせの日程調整中。私がほぼ夜勤で連絡が取りづらい状況なので、お手数をかけてしまっている。
昨日は夜勤明けで帰宅してからホームページの作成をほぼ終わらせた。幾ら凝って作っても放置プレイになってしまっても仕方が無いので、今回は至ってシンプルにした。サーバーの申し込み、BBSやブログのアップ、FTPアップデータの準備など、かな〜り昔にホームページを作成した時の事を思い出しながら何とか作業を進めた(苦笑)後は歌に関する細かい情報を順次アップしていくだけまで済ませた。ブログのリンクなど何人かの方にお願い申し上げたら、少しづつ良い御返事を頂けたので、ホームページ再開は何とか順調に漕ぎ付けている。
でも、今日も疲労困憊で動くのがやっとなんだけど、リサイタル準備や来年のウィーンでのレッスンの準備が心配でロクに休む気分には到底なれないので、午後からスタジオ練習3時間、ギャラリーカフェで楽譜作りをしなければならない。10月に入ったら、ウィーンの先生方とも連絡を取り合って来年ウィーンに行く日程調整に入らなければならないだろう。
まあ、喉だけは壊さないようにしなければならない。ぶっ倒れて息絶えた時はその時考えよう(爆)
最近、永遠の眠りに就けたら楽なのになあぁ〜・・・と思うようになって思い出したのが、マリア・カラスの最期。パリの自宅アパートで50歳代でひっそりと静かに息を引き取った。歴史的な世紀の歌姫の代名詞とはかけ離れた死だと多くの音楽雑誌や本に書かれていた。
でも、私はとても素晴らしい死だと思う。私も是非是非見倣いたいものだと思う。でも50歳代はちょっと長生きし過ぎかも(笑)
私は看護師をしているので、人間の死の場面に非常に多く接して来た。本なんかで語られるマリア・カラスの死よりも現実にすぐ自分の目の前に日常的に死が存在する。現実的かつ日常的な死を身近に見ていて今非常に強く感じる事は、死ぬ時は人間何一つ持って死に赴く事は出来ない、という事である。だから、静かにひっそりと死に赴くという事がとても人間の死へのプロセスとしてとても自然に近いフォルムに思える。多くの近親者に囲まれながら悲嘆に暮れる死も、それはそれでアリなのだと思うし人の好き好きなんだろうと思うが、死の静寂から掛け離れているよに感じてしまう。
眠い人に眠る事が必要なように、空腹な人に食事が必要なように、命が尽き果てかけている人には、死が必要なのだと思う。自分に死が必要な時に、感情的な喧騒の死はイヤだな・・・と思う。せめて死ぬ時くらいは静かにのんびり死にたいな〜・・・と思う。だから、マリア・カラスの最期に非常に憧憬を感じてしまう。大体にして、死なない人間も不死身の人間も、存在しないんだし。

と、そろそろスタジオに行く準備しなくては。今日は疲労が強いので軽くモーツァルトの譜読みぐらいにしておく予定。年末のヘンデルのリサイタルからウィーンへ行くまで、喉を壊しているヒマは無い。

クララ・シューマン〜愛の協奏曲vol.25

電話はヤンクミからだった。私は映画を観た後落ち着いて考えられなくて渋谷で呑んでいた。その時早速ヤンクミから電話が来た。ただ単に私自身の勉強不足と言ってしまえばそれだけの事だろう。しかし、これから私が歌う予定のロベルト・シューマンの歌曲は全て宝石の如く美しく、眼の前のスクリーンに写っているロベルト・シューマンは麻薬中毒で狂って暴れもがき苦しみ治療の末死んで行く。私はただの努力凡人なので想像も付かない世界だが、モーツァルトも含めてこれが天才というものなのだろうか。映画を観てかなり体力的精神的に消耗が激しかった。かなり疲労困憊だったが、ヤンクミから電話を貰えて本当に多少なりとも正気を取り戻したカンジがした(苦笑)以前ヤンクミが私に、
『音大の頃はシューマンが嫌いだった。自分の最も嫌な部分を見せつけられているようでシューマンの曲は弾けなかった』と言っていた。ヤンクミの言葉を思い出した時、これはかなりシビアな問題で生易しい事では無いと実感した。例え映画であっても、それだけ大変な作品であったと思うし俳優も大変な実力派だったのだろう。だからこそ尚の事、あれだけ真に迫ったロベルト・シューマンであったのだろうと思う。

続きを読む

クララ・シューマン〜愛の協奏曲vol.15

という訳で昨日はミルヒー先生のレッスンが終わった後に渋谷Bunkamuraに【クララ・シューマン〜愛の協奏曲】の映画を観に行った。来年はロベルト・シューマンのメモリアルイヤーであり、私自身来年はロベルト・シューマンのドイツ歌曲のリサイタルを計画している。ロベルト・シューマンの歌曲も既に9曲選曲を終え楽譜も造り終え、後は譜読み&暗譜だけである。クララ・シューマンに関してはその当時稀な女流ピアニストで作曲家で大変な美女である事くらいは知っていたがクララの曲は知らなかったし、今回の映画も映画を楽しむためというよりは来年歌うロベルト・シューマンの歌曲に対する理解や知識や認識を深める事が第一の目的だった。ミルヒー先生のレッスン終了後急ぎ渋谷Bunkamuraに向かった。ロビーに到着してすぐパンフレットを購入しようと思ったら、何とクララ・シューマンの歌曲集CDが販売してあったので勿論衝動買い(爆)楽譜はウィーンで購入しても良いし♪買い物後にロビーでビールを呑んで開場を待ち、ル・シネマの一番後ろのど真ん中の席をゲット!して映画に臨んだ。映画の詳細は映画を観に行って頂くかDVDが発売されたら観て頂ければ良いと思うので割愛する。非常に驚きショックを受けた。

続きを読む

のだめカンタービレ22巻vol.25

のだめが精一杯逃げまくっている気持ちも何だか良く解る気がする(笑)逃げたくもなる、というか(超苦笑)成し遂げた事の大きさでは無く寧ろ自分自身の一番望んでいた事をいかに達成出来るかなのだ。私自身、ウィーンから帰って来てウィーンでワーグナーを否定され日本ではパミーナを否定され、ひねくれ、不貞腐れ、怒り、拒否し、ぶつかりまくっていた一時期が本当に思い出される。決してのだめと同じでは無いのだが、その頃の自分自身と不思議とオーバーラップする。必死であがいて逃げ惑うというか、そんな姿。見る人から見れば、大変愚かで周囲に存在するだけでウザいのだろう。それに気付けなかった自分自身が一番愚かなんだろうが、それでもウィーンから帰って来た私自身を待っていたものとかなり近いのだと感じる部分はある。勿論、決して良い事では無いのだが今にして思えば仕方の無い事で避ける事の出来ない事だったのだと自分でも思えるようになって来た。
演奏する者にとって、音楽を学び演奏し前に進むという事に於いては避けて通る事が出来ない事なのかも知れない。のだめも私自身も〔もうちゃんとやったもん・・・・・・ちゃんと正面から向き合ったもん だからもういいでしょ〕と思う。

続きを読む

のだめカンタービレ22巻vol.15

今月から四柱推命学上、空亡(天中殺)期間に入ったので、精神的に脱力感が強くてイマイチ何事にもやる気が起こらない。後2ヶ月は続くので多少は力を抜いて過ごさないと8年後まで命が持たない(笑)
昨日はギャラリーカフェの社長から勧められたケーズデンキに行ってパソコンを購入。4万円も値引きして貰った♪かなり使わなさそ〜なEモバイルとか加入させられたけど、後はウチの電話回線を光にしてもらえば終了。来月は携帯電話を買い替えるだけ。
ケーズデンキに行った後にスタジオを予約していたので、3時間練習。最近ようやく喉の調子も戻り気味で、3時間かなり真剣に歌っても多少の声帯疲労はあるものの痛みは無くなった。昨日は主にヘンデルの【エジプトのジュリアス・シーザー】のクレオパトラを重点的に練習した。発声もミルヒー先生の指導に近い形で歌えるようになって来たし、喉の調子も良いので高音域も練習出来た。クレオパトラは5曲のうち2曲は以前演奏会本番に乗せているので、後は歌い込んで自分自身のクレオパトラ像を造り上げて行ければ良いと思う。テクニックやイメージにこだわらず、しかし丁寧に歌う事。それが今回のヘンデル・リサイタルの目標。ようやく落ち着いて歌っている。


続きを読む

【路上のソリスト】5

先日、喉が回復せずにレッスンも練習も出来ずにブログも休止していた時、とにかく声を出す事や歌う事以外で何か出来る事をやろうと考えて以前から気になっていた映画【路上のソリスト】を観に行った。もっと早く観に行けば隣の駅の映画館で上映していたのだけど、今はもう日比谷シャンテでしか上映していなかったので、休日なのに珍しく早起きして日比谷まで出掛けた。(笑)
この映画、解説では「統合失調症のチェリストと新聞記者との心の交流etc」と書いてあったのだが、そんな生やさしい映画とは思えなかった。実話だという事だった。恐らく日本でこのような映画は創れないだろうと思う。この映画は、プロアマ問わずどの楽器かも問わずとにかく演奏者には観て欲しいと強く感じた。しいて言えば、ベートーベンの交響曲がとても美しく効果的に使われていると感じた。それ以外は・・・・・人間の音楽を奏でる事に対する欲求というか執着というか、演奏する人間にとっての音楽っていうのは、心の一部というか命の一部というか、音楽を演奏する人間と演奏しない人間との大きな隔たりというか乖離というか、違いをかなり具体的な映像というツールで実感する事が出来たというか、かなり私としては衝撃的だった。

続きを読む

ポンちゃん5

《ポンちゃん》
それは長年私のピアニストをしてくれている千葉のピアニスト・ヤンくみの旦那様の事である。通称ポンちゃん。ヤンくみが、彼が狸に似ているという事で付けたあだ名らしい(笑)ポンちゃんは、クラシック音楽とはほぼ無縁の生活をされていたらしいのだが、ヤンくみと十数年前に御結婚されてからは、自宅の2台のヤマハのグランドピアノの健康管理に気を配り、毎年演奏会には会場準備やカメラマンとして御活躍あそばされているという大変頼もしいご主人である。お酒が大好きで、私も何度かヤンくみ御夫妻と飲みに行った事がある、明るくて優しくて無邪気なご主人である。まだ私が千葉の病院で勤務していた20歳台後半の頃、もの凄い下手くそで到底ウィーンに勉強に行くなぞ考えられなかった頃からヤンくみのサークルで歌っているのだが、確かヤンくみのサークルに参加して2度目くらいの演奏会の時だったと思う。ポンちゃんが千葉での演奏会でヤンくみに私の歌を聴いてボソッと話したらしい。
『彼女の歌には彼女の人間性が出てるね〜』
これが良い意味の言葉であるとヤンくみから聞いた時にかなり驚いた。それ以来妹が死んで歌から離れていた私はポンちゃんのこの言葉に励まされて来た。

続きを読む
記事検索
楽天市場
アクセスカウンター

livedoor プロフィール
最新コメント
livedoor プロフィール
オリンピック応援パーク
livedoor × FLO:Q
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ