晴れの日はANDANTE

私のライフワークである歌曲やオペラ、日々の練習やレッスンについて、気ままに綴っていきます。

声楽

『パミーナは違うんじゃない?』vol.31

7月には千葉でシューベルト4曲の演奏会と12月にはヘンデルのオペラアリア9曲のリサイタルが控えている。それでなくても昨日の演奏会でシューベルト【トゥーレの王】の課題が露呈した形となった。ここで今歌えなくなるような事になる訳にはいかない。暫くモーツァルトの勉強を再開する時期について見合わせる事も必要かも知れないと思った。もともとパミーナをどう歌って良いのか解らなかった上に今回余計に混乱してしまった感がある。期限付きの苦しみならば耐える事も可能だろうが、この件に関しては何処に出口があるのか見当すらつかない状況である。パミーナを勉強する気持ちはあるが、これ程までに根強い違和感、しかも自他共に根着いてしまっている認識を一体どうしたら自分自身克服出来るのだろうか。確かに、例え演奏会で歌う事が無くてもワーグナーの勉強を諦めないと決めた時も自分自身の気持ちに踏ん切りが付いて開き直る事が出来るまでに相当苦しんだ。
開き直る、という事は存外難しく厳しい事なんだと改めて認識した。こんな苦しみは期限付きにして貰いたいものだな、と改めて思い直した。演奏する人間の孤独な闘いのモノローグ(笑)

『パミーナは違うんじゃない?』vol.21

他人が聴いてもパミーナは違う、自分自身でもパミーナは違うのではないかと思いながら勉強する事は出来たとしてもわざわざ演奏会で歌う事が出来るだろうか。ウィーンで歌うなら構わないだろう。日本の認識とヨーロッパの認識が違うのは当然の事で、どちらが善し悪しの問題では決して無い。一番の問題は、自他共に違和感を持っているパミーナやスザンナなどを自分自身勉強して歌う事について心の整理がついていない、という事である。今日スザンナやデスピーナを歌ったソプラノの彼女、私がスザンナを歌ったとしても本当に全く違うスザンナにならざるを得ない。パミーナにしてもスザンナにしても、聴き手に例えどれ程の違和感を与えたとしても開き直って歌うだけの心の整理と気持ちの強さを持てないでいる、という事が一番辛く苦しい問題である。しかも、この問題に関しては誰も助けてくれない。自分一人で乗り越えるか、諦めるかしかない。今まで散々オペラの声質やレパートリーにはこだわり続けて来た。プロやアマ、自分自身にも厳しく考えて来た。だからこそウィーンでワーグナーをNOと言われて帰って来た時も本当に泣きながら考え、目標としていた演奏会本番を諦めても勉強すると苦汁の決断をした。続きを読む

『パミーナは違うんじゃない?』vol.11

昨日、ハリセン先生&谷岡先生のお教室演奏会が終わって打ち上げの時の事だった。ハリセン先生のお教室の方々はモーツァルトが好きな方々が多い。私が今年3月にウィーンへ行ってレッスンを受けて来た話をしていた。そこでウィーンの先生からモーツァルトの課題を沢山出された話になった。私自身こんなにモーツァルトの課題が多い事や勉強する役柄が多い事、また自分自身が考えていたレパートリーとは違う事が多い事など、やはりモーツァルト好きな方々に聞いて欲しいという気持ちもあった。2回ほど一緒にモーツァルトのオペラのアンサンブルを歌って下さった方もいたので、また来年一緒にアンサンブルをお願いしたいと思った。そこで私がウィーンでN先生からモーツァルト【魔笛】のパミーナを是非勉強するように指摘された話をした。中には今日の演奏会で初めて私の歌声を聞かれた方々も多かったのだが、皆さん口々に言われた事が、
『パミーナは(声が)違うんじゃないの?』
という事だった。自分自身、そうした指摘はされるだろう事は考えていたが、こうも皆さんに口を揃えて同じ事を言われると流石にやり切れない思いが強くなった。もちろん日本の認識とヨーロッパの認識がかなり違う事は書いた。続きを読む

移調の落とし穴vol.21

リサイタル本番の時には、歌い出しの音すら弾いてもらわなくてもよかった位に歌い込んでいたので声の響きの感覚としては高声用のキーが体に馴染んでいたので中声用のキーの響きにかなり違和感を感じた。歌い出しの和音を弾いて貰わないと歌い出す事すら困難だった。考えてみると確かに仕方が無いのかも知れない。【トゥーレの王】を中声用のキーに変えて練習し始めてからたった1ヶ月半しか経っていないのだ。4ヶ月集中して高声用のキーで練習していた事を考えると仕方が無いのかも知れない。しかも、7月には千葉でシューベルト歌曲4曲の演奏会本番があり、そこでも【トゥーレの王】を中声用で歌う事になっている。この演奏会で中声用【トゥーレの王】を歌った事で新たな課題が発覚したが、まだ2ヶ月あるので何とか修正して行かなければならない事は明らかになった。なかなか厳しい。
余談だが、演奏会を聴きに来て下さったお客様の中に一人だけ【トゥーレの王】とても感動して下さった方がいらっしゃった。彼はこう話された。『シューベルトはいつも死について考えていたのだと、あなたの歌を聴いてとても強く感じた。それがとても伝わって来た。』
私の歌声は、生よりもより死に近いのだろうか?

移調の落とし穴vol.11

昨日ハリセン先生&谷間先生のお教室演奏会だった。久しぶりの本番、ウィーンから帰って来てからは初めての本番だった。演奏会に出る事は急遽決まったので歌う曲はシューベルト【トゥーレの王】1曲のみ。一度リサイタルで歌っている曲なので暗譜も出来ているし、前日喘息発作で多少体調は良くなかったが、声の調子は悪くなかった。本番前に2時間スタジオでゆっくりストレッチと発声練習をして会場へ向かった。会場は以前2度程歌った事がある小規模な練習室で、響きは悪くない。余り声を出そうとしなくても充分に響く。リハーサルで私の番になり舞台へ上がった。伴奏の谷岡先生に、【トゥーレの王】は前奏が無いので最初の音が欲しいと話したら、歌い出しの1音だけ弾かれた。でもその歌い出しの音を聴いても歌い出せなかった。声を出す事に少し戸惑った私は谷岡先生に最初の歌い出しの和を和音で弾いて頂くようお願いした。歌ってみた時、かなり自分自身の声の響きに違和感を感じた。音程が下がりやすい。上手く音がはまらない。かなり焦った。焦るとブレスが続かなくなる。どんどんテンポが遅くなる。途中歌詞まで一語間違えそうになってしまったが、何とかリハーサルを終えた。続きを読む

移調楽譜作成vol.25

私と谷岡先生の間にしばしの沈黙が流れたのは言うまでも無い(石化)頼むよ〜谷岡先生〜(号泣)しかし谷岡先生は楽譜を見て、
『原調はEs-dur、それを低声用に転調したらC-dur、出来る出来る!たった2ページだし、勉強にもなるし!最初から高いお金払って移調楽譜を依頼するのも悪くないけど、せっかくハ長調なんだから自分で頑張ってみなさい。出来上がった楽譜をチェックする事は私にも出来るし、その上できちんとした綺麗な楽譜を作りたいなら改めて移調楽譜制作会社に見積もりして貰って作ってもらえばいいんだから。とにかくまずは自分で頑張って移調譜作ってごらんなさい♪』
・・・・・・・・・・・・・・・。実に楽しそ〜に軽やか〜に谷岡先生は私にそう言った。あの〜、私はピアノを習った事はありません。ピアノも弾けません。それでピアノ伴奏の移調楽譜自分で作るの???マジですかあああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜・・・・・?????というワケで自分で【Bist du bei mir】の移調楽譜を作る事になってしまった。楽譜が出来たら谷岡先生にチェックして頂く事になってしまった(自爆)嗚呼、どうしませう(誤爆)取り敢えず頑張ってみますとは言ってみたものの、内心かなり冷汗滝汗だった。出来るかいな〜???続きを読む

移調楽譜作成vol.15

前回の谷岡先生のレッスンである相談をした。
ウィーンでN先生からバッハ《アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳》からの歌曲【Bist du bei mir】のレッスンを受けた時に、N先生やM先生から、
『高声用よりも低声用のキーの方があなたの声に合っている』
とアドバイスされたのでウィーンから【Bist du bei mir】の楽譜をピースで購入して来たのだが、私が持っているヘンレ版とは歌詞が少し違った。そこで先日、青山のカワイに行って《アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳》の楽譜を探した。しかし原調版しか存在しないらしく、今度はバッハの歌曲集を探した。ペータース版もベーレンライター版も無く諦めかけていたら、ブレイトコプフ版にようやく【Bist du bei mir】が掲載されているのを見つけた。しかもバリトン用と書かれていたのだが、要するに低声用で私がウィーンから購入してきた楽譜と同じ調だった。しかしやはりヘンレ版と歌詞が違う。こだわった私は結局楽譜を購入しないで帰って来た。仕方が無いのでウィーンから購入して来た楽譜をコピーして歌詞だけ一言書き直して楽譜を使用しようと思ってヘンレ版の楽譜と見比べていたら、何ととんでもない事に気が付いてしまった。続きを読む

久しぶりの本番3

近日中に、ハリセン先生&谷岡先生のレッスン生のお教室演奏会がある。仕事で今月のシフト希望を〆切った後に聞いた話だったので出られないだろうと思っていたのだけれど偶然休日になったので歌わせて貰う事にした。ただし、歌う事を決めてから本番まで時間が無いので、1曲だけ歌う事にした。
ウィーンでレッスンを受けたシューベルト【トゥーレの王】を歌う。ウィーンから帰国してから谷岡先生のレッスンで、
『この曲は何も言う事は無いから、もし演奏会出られるならこの曲歌って欲しいな〜』
とリクエストされた(笑)ウィーン帰国後初の演奏会である。ウィーン帰国後、まだ私の歌をハリセン先生には聴いて頂いていない。何だかとても緊張している。例え1曲だけでもウィーンでの具体的な成果が表れる演奏会になる。きちんとウィーンでの成果が出せれば良いんだけれど、余り自信は無い(苦笑)それでも出来るだけ集中して取り組む事が出来ればいいな、と考えている。余り考え過ぎないで自然にウィーンでレッスンを受けた通りに歌う事が出来ればいいかな〜と思う。良い評価というよりも寧ろ、ウィーンで受けたレッスンを良い意味で演奏会で形に出来たら嬉しいな、と考えている。でも緊張するな(笑)続きを読む

ウィーンでの成果vol.45

久しぶりに歌ってとても優しい気持ちになる事が出来た。褒められたからでは無い。私自身がちゃんと歌を歌い続ける道程が見えたからだ。無論今だって自分がレオノーレやアガーテやワーグナーを歌える声などとは微塵も考えてはいない。でもそれ以上に、谷岡先生もウィーンのM先生も私の大切な人が、私自身にレオノーレもアガーテも例えワーグナーであっても歌う事を諦めないで頑張って歌い続けて欲しいと心から思ってくれているのだという事、どんなに不可能だと私が思った事であっても必ずしも不可能とは限らないかも知れない事、誰かが私自身の歌声を待っていてくれているのかも知れない、そう信じる事が出来るのならば例えワーグナーであっても私は頑張る事が出来るかも知れない、それがどんなに不可能な事だと思われる事であったとしても。何となくそんな気持ちになってしまった今日のレッスンだった。私の好きな曲を出来るだけ沢山楽しんで歌う事。M先生は何故私にそのように話して下さったのだろうか。私自身今は分からない。きっと、私がその本当の意味を心から知るまではもっともっと永く多くの時を経なければならない。それでも尚私は、歌に関してはとても幸せな人間だと感謝している。

ウィーンでの成果vol.35

レッスン終了後、谷岡先生と今後のレパートリーについてもお話した。谷岡先生は、
『声はね、これからも変わっていくのよ。日本で歌って行けばいいのよ。N先生は勉強するのはいいって言ったんだから、勉強して堂々とウィーンにレッスンに持って行けばいいのよ!』
と笑いながら仰っしゃって下さった。私がM先生からメールで御返事を頂いた内容をお話したら、黙って頷いていた。何だかもう、私がワーグナーを勉強出来ない確たる言い訳は何処にも存在しないのではないのか、そんな気持ちになってしまった。でも、それでも谷岡先生からレオノーレやアガーテやワーグナーの勉強に関しては注文が付いた。
『今は発声練習で、低音域→高音域の声の移行よりも、高音域→低音域の移行後の声の方がきちんと発声出来ている。それが最初からコンスタントに発声出来るようになってからワーグナーの勉強をした方がいいと思う』その通りだと得心した。無論私自身ウィーンから戻って来てから一日も早くワーグナーの勉強を始めたいなどと考えてはいない。ウィーンでN先生に出されたモーツァルトの課題、ツェルリーナ、ドンナ・エルヴィーラ、スザンナ、コンテッサ、イリア、パミーナを勉強した後の話だ。続きを読む

ウィーンでの成果vol.25

恐らく、ウィーンに行く前に行った初リサイタルの時のレッスンよりもかなり高度な要求をされていると思う。重要な事は、これをウィーン帰国後の一過性の現象に終わらせてはならないという事である。かなり厳しいがそれが今の私自身の一番大きな課題だと改めて得心した。果たして私にそれが可能だろうか?
2曲目【菩提樹】もほぼ同じ指摘を受けた。ドイツ語がかなり自然に近い形に近付いて歌えるようになった事で曲のフレーズが繋がりウィーン以前よりもよりはっきり丁寧に歌詞を聞き取る事が出来るようになったという事である。ただし、ウィーン以前には余り問題とは意識されなかった新たな課題が表面化した。高音域である。私が歌うドイツ歌曲は高声用を中声用に移調したり、もともとが男声用の曲を歌っている事が少なくない。本来中高音域のパワーが強い事もあり、特にウィーン帰国後の感じでは高音域だけが《出し過ぎ》に聞こえてしまう事が気になると谷岡先生から指摘された。やはり問題はいつでも発声だ。ウィーンでM先生も仰っしゃっていたが、歌い手にとって発声は永遠の課題なのだ。【菩提樹】に関しては、低音のポジションをもう少し高く取る事でかなり改善されると指摘された。続きを読む

ウィーンでの成果vol.15

今日は谷岡先生のレッスンだった。ウィーンから帰国して初めてドイツ歌曲のレッスンを受けた。前回は谷岡先生にウィーンでの御報告だけだった事、レパートリーの事で凹んだり悩んだりでドイツ歌曲を歌っていなかったのだが、自分自身の気持ちやスタンスにようやく整理がついてふっ切れたので谷岡先生のレッスンを受ける事が出来た。今日のレッスンは、ウィーンでレッスンを受けて来たシューベルト歌曲で7月に千葉の演奏会で歌う予定の4曲。シューベルト【野薔薇】【菩提樹】【トゥーレの王】【こびと】をレッスンして頂いた。まず発声から。体の力を抜く事以外は殆ど指摘は受けなかった(笑)発声練習のバリエーションとして谷岡先生がウィーンのN先生がレッスンしてくれた幾つかで歌ったが、谷岡先生はウィーンでかなり長い間N先生からレッスンを受けていたので、これから発声のバリエーションを増やして難易度を上げて行きましょうという話になった。低音は1点下のEから高音は3点Cまでかなり楽に出た。発声は私自身の思い込みだけでは無く確実にウィーンで得たものがあった事が解って少しホッとした(苦笑)すぐ曲に入った。まず【野薔薇】から歌ったが、ウィーンでB先生に習った通りに歌った。続きを読む

グローバル・スタンダードvol.35

確かにミルヒー先生もイタリアで【椿姫】のセミナー&レッスンを受けているし、イタリアで《トスティ記念コンサート》に出演して歌っている経験者である。今でも十二分に可愛らしいとはお世辞にも言えない私の声なんだが、ウィーンで《リリック・ソプラノ》と指摘された現実とはかなりの落差がある気がするのは私だけだろうか。
私自身すっかり困惑してしまった。どちらが正しいかとかそういう問題では無い。少なくとも、イタリア歌曲&イタリアオペラにしろ、ドイツ歌曲&ドイツオペラにしろ、恐らくどちらも間違った方向性に進んでいる訳ではなさそうなのにも拘わらず、この乖離現象が私自身理解不能な状態である。ミルヒー先生のあのまるで先が見えているかのような、
『あなたはもっと太くて恐い声が出るはず』
発言は、私も恐い(笑)しかし、本当にミルヒーの言う通り、今よりもっともっと太くて恐い声を私が出す事が出来るのだろうか?何よりも、私自身ミルヒーが指摘するような《太くて恐い声》を持っているのだろうか?ウィーンから帰って来たばかりの私にはどう理解して良いのやらさっぱり理解不能なんだけれど、取り敢えずミルヒーの言う方向でクレオパトラが歌えるなら素晴らしい事だ。続きを読む

グローバル・スタンダードvol.25

ウィーンでの発声レッスンから、ウィーン渡欧以前よりもかなり体が楽に使えるようなカンジがしていた。特に中低音域の踏ん張りが効くようになった気がした。高音域⇔低音域がもっともっとスムーズにレガートになれば申し分無いのだが、そんなに簡単には行かない(苦笑)それでも、以前に比べてかなり自由に体を使って歌えるようになったし、何よりミルヒー先生から、
『【セルセ】、かなりいいカンジになったわね〜!』
と言って頂けたので、ウィーンでのレパートリーの暗〜い悲し〜いハナシは半ば忘れそうになった(笑)【アルチーナ】も【セルセ】も、今の調子で勉強・練習して行くようにミルヒー先生から言われた。レッスン時間は既に1時間を超えていたのだが、ミルヒー先生が『もう1曲やろうか!』と言って下さったので、最後に【エジプトのジュリアス・シーザー】のクレオパトラの短いアリアをいつものように歌った。私は他に歌った3曲と余り変わらないようにウィーンでレッスンを受けた発声をなるべく出すよう心がけながら歌い出したのだが・・・たった2小節で歌を止められた。正直驚いた。ミルヒーは仰せになった。
『あなたはもっともっと太くて恐い声が出るはず。これはクレオパトラの曲なのよ』続きを読む

グローバル・スタンダードvol.15

先日、ウィーン帰国後初めてミルヒー先生のレッスンがあった。ちなみに諸事情からミルヒー先生は私がウィーンに行った事は御存知無い(笑)
ウィーン帰国後ヘンデルのリサイタルのために自己練習を再開した時、かなり発声が改善されたと自分自身認識出来るくらいだったので、これは年末のヘンデルのリサイタルも何とか行けるんじゃないだろうか???とかなり自分的にも頑張る気満々でミルヒーのレッスンに行った。「相変わらず月の半分が夜勤なんですうぅ〜(涙)」とか何とか言いながらも、発声練習開始。ミルヒー先生も少し驚いた様子で、
『いいじゃない、いいじゃない、夜勤で疲れてるのに随分いいわよ!』
との仰せだった。やっぱりウィーンの影響はデカいな〜♪とか考えてると、ミルヒーには珍しくハイCまで発声された。私は自己練習での発声練習は20〜30分の時間はかけるけど、余り高音域は出さない。逆に低音域中心に発声練習する。理由は声帯に余り負荷をかけないためだ。自己練習の時間は平均3〜4時間。高音域ばかり発声してたら声帯がもたない。珍しく超高音域まで発声されたのだがミルヒー先生は私の高音域のパワーに御不満らしく、私が「普段自分で練習する時はこんなに高音は出さない」続きを読む

M先生からのメール5

それから間もなくしてウィーンのM先生から先日の御返事が届いた。やはりM先生は大変お忙しいかったようで、かなりお疲れの中御返事を下さったのが分かった。

『(前略)私は、あなたの音楽と音楽を愛する心と姿勢に少なからず驚きました。結論として、誰でも、いつでも、何でも、興味のある時、したい時に好きな音楽に打ち込めば良いのだと思いました。もし手を付けてその段階で演奏が難しいと思われたらまたの機会まで待っていれば良く、演奏会に歌う事もどの曲を演奏する事も自由であるべきで誰にも指示されるべきでもなく、自身で判断し、大事な事、演奏を御自身が楽しめる事です。あなたは多くの演奏してみたい曲を持っているので、それを出来るだけ多く演奏して楽しまれる事をお勧めします。どうぞ多くの喜びがありますように。そして歌声で、お仕事で、いつでもどこでも人生を精一杯生きて歌って下さい。(後略)』

M先生からのメールを何度も何度も涙を流しながら読み返した。

頑張って勉強しなければ、また来年もウィーンに行かなければならない。私にはもうそれ程多くの時間は無いのだから。

決断vol.35

私は辛さや苦しみだけに囚われて《勇気》がなかった。強い心と勇気が無ければレオノーレもアガーテもワーグナーも勉強していく事は不可能だ。自分自身の声質とは違う曲を勉強して行くからには、自分の声を壊さないよう慎重に注意深くコントロールしながらバランスを維持していかなければならない。それだけの意志の強さと慎重さを持たなければ不可能だ。増して、私は声楽家の声質とレパートリーに関しては非常にシビアだ。特にプロでもアマでも、一旦演奏会で人前で歌っ曲に関しては非常に厳しく聴く。例を挙げれば、佐藤しのぶの【トスカ】や【蝶々婦人】などもっての他、有り得ない話だ。では尚更自分自身のレパートリーには厳しくあって然別。自分自身だけを特別扱いなど無知で無分別な事など許されない。ではやはり私自身の声質に合っていないレパートリーにはならない曲を演奏会本番で歌う事は出来ないという事なのだ。要は、それでも勉強していく覚悟があるかどうかなのである。M先生からの御返事を待つ事は止めにした。私自身の意志と覚悟が一番重要なのだから。そう決めてM先生と谷岡先生に、レオノーレもアガーテもワーグナーも例え演奏会本番で歌えなくても勉強する事をメールでお伝えした。続きを読む

決断vol.25

シューベルト【こびと】を歌う事以外は考えていなかった。ではどうしたら良いのか。発想を逆にしてみた。ではN先生に『No!』
と言われた【こびと】を歌うとする。しかし一つだけ希望もある。B先生のレッスンで実際に【こびと】を歌ってある程度は認めて貰う事が出来た。恐らく、N先生から
『No!』
と言われたレオノーレやアガーテやワーグナーを歌う勉強を始める決心をするのであれば、このシューベルト【こびと】は避けて通る事は出来ないだろう。この曲だけなら何とか演奏会本番に乗せる事が出来る。N先生には私が歌った【こびと】は聴いて頂いていないがB先生には実際にレッスンを受けている。しかし、このシューベルト【こびと】を歌うならば他のドラマティックなシューベルト歌曲【若い尼僧】【全能】【無限】【解消】などを含めレオノーレやアガーテやワーグナーを勉強して行く事になるだろう。ただし重要な事は《例え演奏会本番で歌う事が出来なくても勉強する》という但し書きが付くのだ。勉強したい、諦めたくない。そして何より谷岡先生が、
『あなたが諦めたり棄ててしまう事は、私は違うと思う』
と言って下さった。他でもない私にウィーンでの勉強を勧めて下さった方なのだ。続きを読む

決断vol.15

谷岡先生への御報告から何日か過ぎた。相変わらずヘンデルの練習はしていたが、ドイツ歌曲やドイツオペラの楽譜は開く気分になれず、録音や映像も観たり聴いたりしなかった。
今年7月に演奏会で歌う予定の千葉の仲間由紀江似のピアニストに連絡したら、5月初旬には楽譜を送って欲しいとの要請があった。余りのんびり呆けてもいられない。
しかしM先生からの御返事も来なかった。でも、ドイツ歌曲やドイツオペラから暫く離れてみてふと考えた。私が歌う事に関して、本当にM先生の御返事が必要なんだろうか。私がウィーンでレッスンを受けた時のシューベルト【こびと】に対するM先生の評価が無ければ私はドイツ歌曲やドイツオペラを歌う事が出来ないのだろうか。ただ私自身が、自分自身の拠り所とするためにM先生の評価を必要としているだけなのではないのだろうか。日毎に少しづつそう考えるようになった。
何故M先生の評価が必要なのだろうか。歌いたければ自分自身精一杯の努力を続ければ良いだけの話だ。一番の問題は《例え演奏会本番で歌う事が出来ない》それでも勉強して行くという強い《意思》と《覚悟》が自分自身にあるのかどうかという事なんだな、と薄々気付き始めていた。続きを読む

谷岡先生への御報告vol.45

谷岡先生と約2時間ウィーンでの事を御報告した。谷岡先生から、1曲でも良いから私がウィーンでレッスンを受けた曲を歌っていかないかと言われたのだが、既に大泣きした後の私は歌う状況では無かったので、お土産のワインとチョコレートをお渡ししてその日は帰って来た。せっかくのウィーンでの成果を楽しみにして下さっていた谷岡先生には本当に大変申し訳無いと思った。
帰り道、谷岡先生にウィーンでの事を話す事が出来たせいか少しづつ冷静に色々と考え始める事が出来た。
一つ気付いて驚いた事があった。私は帰国してからまだ一度もジェシー・ノーマンの録音も映像も聴いたり観たりしていなかった。こんなに長い間ノーマンの音楽や声から遠ざかった事は今までには無かった事だと思う。無論、ドイツ歌曲やドイツオペラの録音や映像も同じく聴いたり観たりしていなかった。今この迷っている自分からどうやったら抜け出せるのか皆目見当が付かなかった。諦めるにしろ続けるにしろ、結局は自分自身で決めて結論を出さなければならない事だけは確かなのだが、私はどちらにも動く事が出来なかった。ワーグナー、勉強したら絶対に演奏会で歌いたくなるんだろうなあぁ・・・・・そう考えるとやり切れなかった。続きを読む

谷岡先生への御報告vol.35

日本に帰国してからどうしたら良いのか解らず、ウィーンで通訳をして下さったM先生に「N先生からレオノーレもアガーテもワーグナーも全て、練習だけで本番は駄目だと言われてしまった。私がB先生の前でレッスンを受けた【こびと】の感想をお聴きしたい。ただ、この件についてはN先生には内緒にして欲しい」というメールをお送りした。M先生は丁度お仕事でイタリアにいたらしく、忙しいので落ち着いて改めて返事をくれる事とN先生には内緒にしてくださる旨の返信は頂いたのだが、実際の御返事はまだだった。その事も谷岡先生にお話した。
谷岡先生は少し黙って考えた後に静かに話し始められた。
『あなたの気持ちは良く解る。私もウィーンに留学してN先生にレッスンを受けていた時に自分自身レジェロのメゾソプラノと指摘されたので、物凄く自分のレパートリーにこだわった時期があった。でも私は自分のレパートリーにこだわり過ぎて却って遠回りをしてしまったので、あなたには色々な勉強をして欲しいと思う。確かにあなたが今そういう気持ちになれない事は良く解る。ウィーンでN先生やB先生やM先生から教えられた事を素直に受け止めて日本に帰って来てくれた事を私も本当に嬉しいと思っている』続きを読む

谷岡先生への御報告vol.25

谷岡先生に話した。「B先生からシューベルト【若い尼僧】はコメント付きで許可を頂く事は出来たがN先生からは許可が出なかった事、理由は【若い尼僧】はワーグナーなどを歌うドラマティックなソプラノが歌う曲だから。【こびと】もB先生のレッスンは受ける事が出来て許可を頂く事は出来たがN先生からは【こびと】のようなドラマティックな曲ではなくもっと小さくて美しい曲を歌う事を勧められた」 それを聞いた谷岡先生から少し驚きの様子が見えた。『N先生【若い尼僧】はダメって・・・?そうか、ワーグナーか・・・』
ここまで話したので全部話した。「ベートーベン【フィデリオ】のレオノーレもウェーバー【魔弾の射手】のアガーテも、ワーグナーの歌劇や楽劇は無理でもせめて【ヴェーゼンドンクの5つの歌】だけでも勉強したいと話したけどN先生からは全て『Only study, Concert No(勉強だけで本番は駄目)』と言われました」谷岡先生は黙って聞いていた。私は続けた。「もし勉強だけで演奏会本番で歌えないなら自分自身本当に勉強する必要があるのか、少なくとも今までワーグナーの勉強をしたくてドイツ歌曲を始めた。ワーグナー【ヴェーゼンドンクの5つの歌】は前の先生から一通りレッスンを受けている」続きを読む

谷岡先生への御報告vol.15

帰国してから約10日間は夜勤続きの勤務だった。友達にウィーンの事を色々聞かれて楽しかった事を沢山話した。流石にウィーンのチョコレートは大好評だった(笑)
夜勤の合間の休日に自己練習を再開した。取り敢えず暫くの間休んでいたヘンデルを早急に軌道に乗せなくてはならない。ヘンデルのリサイタルの日程もほぼ決まっている。こんな時、ドイツ系だけでなくイタリア系も勉強している事にとても感謝した。少なくとも今ドイツ歌曲やドイツオペラを観たり聴いたりする気持ちにはなれなかった。それでもウィーンから帰って来てヘンデルを練習してみて、明らかに発声が変わった事を実感した!これは、ヘンデルのリサイタル、何とかイケるかも知れない、そう思ったら何だか物凄く救われたような気がした。
帰国してから1週間程してからようやく谷岡先生とのスケジュールの調整が付いて、谷岡先生にウィーンでの御報告が出来る事になった。お土産のチョコレートとワインを持って谷岡先生のお宅に伺った。谷岡先生もウィーンでの事を大変楽しみにしていて下さったようだった。N先生やM先生が大変お元気だった事、コンチェルトハウスのB先生もとても素晴らしい先生だった事、レッスンの事全て話した。続きを読む

帰国5

成田行きの飛行機に乗ってからN先生のお話を少し落ち着いてから思い出そうとした。でも殆ど思い出せなかった。離陸。短かったウィーン滞在も終わった。飛行機から窓の外を眺める気にはならなかった。何とか少しでも思い出してメモに書き留めようとした時も、機内食を食べていても、ワインを飲んでいても、目の前のモニターの航路を眺めていても、自然に涙がこぼれ落ちていた。別に、もの凄く悲しくて思わず涙込み上げて来たという訳では無かった。不思議と悲しいとか辛いとか殆ど感じてはいなかったのだけれど、何をしていても涙だけがこぼれ落ちた。人間って、余り悲しいとか苦しいとか辛いとか思わなくても自然に涙がこぼれ落ちる時もあるんだな、くらいにしか思わなかった。とにかく少し疲れているのかも知れないと思って、成田に到着するまで薬を飲んで少し眠る事にしたのだけれど、余り眠れなかった。何だかウィーンに来る時とは随分違うな、でもそれについてあれこれ考える気にもならなかった。仕方が無いじゃないか、まさかN先生の前で無く訳にもいかなかったのだし。でも、2013年ワーグナーのメモリアル・イヤーはもう私には何の関係も無いんだな、と思ったら何ともやりきれない気持ちだった。続きを読む

レパートリーvol.35

N先生は、
『確かに勉強してはいけない曲はありませんが、あなたはもっと小さくて美しい曲を沢山勉強して歌った方が良い。レオノーレを勉強するのは構わないが、勉強だけでコンサートは駄目です。』
はっきり言われた。私はウェーバー【魔弾の射手】のアガーテはどうか尋ねたら、
『勉強だけで、コンサートは駄目です』
N先生から同じ回答が返って来た。ここまで来たらもう後には引けなかった。私は最後と思いN先生に、自分はもともとワーグナーの勉強をしたいと考えていた、ワーグナーのオペラや楽劇は無理でもせめて歌曲【ヴェーゼンドンクの5つの歌】を勉強して歌いたいと考えているという事を話した。N先生は、
『Only study, concert No(勉強だけで、コンサートは駄目です)』
同じ答えが返って来た。
それ以降N先生に教えて頂いた事や指摘された事は余りはっきり覚えていない事が多い。何だか急に周りの世界が硝子越しに見える他人事のような気がしていた。仕方が無いな・・・とは思ったし、ショックといえばショックだったのだけれど、それでもまるで想定外の事でも無かったし。幾つかN先生が話された事を思い出すのには少し時間が掛かった。確か、非常に有名な世界的な歌手の話だった。続きを読む

レパートリーvol.25

その他のモーツァルトのレパートリーについてN先生に尋ねた。今までモーツァルトのオペラでレッスンを受けた曲は、【フィガロの結婚】のケルビーノもあるし、今までは【魔笛】のパパゲーナや【コジ・ファン・トゥッテ】のフィオルデリージなどもミルヒー先生から勧められているし、更にドラベッラのアリアなどもリクエストに上がった事がある。私自身【ドン・ジョバンニ】では、以前はドンナ・エルヴィーラに興味があったが今は寧ろドンナ・アンナに興味がある。これらの事をN先生に話したら、N先生は驚いた後に少し厳しい表情で、
『フィオルデリージとドンナ・アンナはドラマティック、ドラベッラはメゾソプラノ、ケルビーノやデスピーナやパパゲーナやブロンデはスーブレッドだから、あなたが歌うべき役柄ではありません。』
とかなりはっきり《No!》と言われてしまった。レパートリーに関しては予想以上に厳密な選別がされているのだと実感せざるを得なかった。
それではモーツァルト以外で私が勉強するべきオペラの役は???N先生に続けて尋ねた。
『ロルツィングのオペラ、マスネの【マノン】、ベルリオーズ【ファウスト】のマルガレーテ、ただしグノー【ファウスト】は駄目』
との事だった。続きを読む

レパートリーvol.15

日本へ帰国の日のレッスンは、N先生との話し合いに決めた。だけど、このウィーン最後の日が私の人生の中でも非常に悲しい日となってしまった。
朝、N先生がペンションの前に車で迎えに来て下さった。N先生のオフィスに着くまでの間、N先生は私がお土産に差し上げたお蕎麦がとても美味しかった事、自分は日本酒も大好きである事など話して下さった。
オフィスに到着すると、出勤前のM先生が慌ただしいく準備されていたが、すぐいなくなってしまった。さあ、会話をどうしようか・・・(滝汗)でも黙り込んでも仕方が無いので、超ド下手な英語でN先生に話しかけた。以下、日本語で表記。
「今日はお話がしたいんです」と言うとN先生はグランドピアノの蓋に置いた手を止めて了承して下さった。
まず、私の声質について尋ねた。私は日本では先生方や音楽に詳しい方からはリリコ・スピントまたはスピントと言われている。それを話すとN先生はかなり驚いた様子で私に向かって、
『あなたはヨーロッパではリリック・ソプラノです!!!』
と答えられた。かなり日本と違う。実際はN先生と同じ評価の日本人もいるのかも知れ無い。ヨーロッパでは日本よりももう1〜2段は軽い声と評価されるかも知れ無いとは考えた。続きを読む

最終レッスンまでvol.25

でもこのコリンが詩を書いた時代、シューベルトが【こびと】を作曲した時代はどうだっただろうか。映画【アマデウス】でシカネーダーの劇団に沢山のこびとが出て来た。一体、何百回【アマデウス】を観たか分からないのに自分はモーツァルトの曲やドラマしか観てなかったんだな・・・・・と考えると、もの凄く自分が情けなくなった。本当に現代だからこそ、ザルツブルク音楽祭でトーマス・クヴァストホフが歌ったり、ジェシー・ノーマンやキャスリーン・バトルやグレース・バンブリーやサイモン・エステスが歌う訳で、やはり私達日本人にはかなり難しい問題なのだ。許し難いが、今は亡きシュワルツコップが公開レッスンで東洋人から金は貰っても1曲たりとも歌わせなかったというのは余り不自然な話ではないのかも知れない。今の自分は本当に恵まれているだけなのかも知れない、そう考えると何だか切なかった。B先生やN先生に誉めて貰えた事すら、素直に喜んではいられないような気持ちになった。シューベルト歌曲【こびと】は私自身の永遠の課題曲になってしまった。
凹んでばかりはいられない。明日のN先生の最終レッスンの事を考えなければならない。自分自身ウィーン最後のレッスンで一体何を勉強したいのか?続きを読む

最初レッスンまでvol.15

レッスン3日目の夜、本当ならウィーン楽友協会にコンサートを聴きに行く予定だったのだが、この3日間のレッスンの事を少し考えたかったのでペンションへ戻る事にした。夕食はペンションでとるので、帰り道でM先生オススメの焼きソーセージ屋さんで全種類の焼きソーセージを1本づつ買って、楽譜屋さんへ向かった。取り敢えずバッハ【シュメッリ歌曲集】の楽譜だけでも購入して帰りたかった。私が楽譜屋さんに入ると昨日楽譜を探してくれたお兄さんがちょこっと気にしていたが、余り誰かに頼らないで分からないなら分からないなりに自分自身できちんと探したかった。だが、日本の青山のカワイ楽器の3分の1くらいのスペースなのに楽譜の在庫数はかなりあった。今日は別に急がないのでゆっくり探す事にした。バッハ【シュメッリ歌曲集】の楽譜は見つかったのだが【アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳】の低声用が見つからない。原典版が高声なので難しいのかな?困ってあちこち探し回っていたら、店員さんでとっても美人のお姉さんが、
『Can I help you?』
と話しかけてくれた。う〜ん、ウィーンでもやはり美人さんに声をかけられるのは悪い気はしないな〜♪いやいや、そうじゃなくて、楽譜。続きを読む

レッスン3日目vol.105

B先生にお聞きしたかった事は聞けた。最後にB先生が、
『あなたのように、非常にきちんと勉強して来てくれる人とレッスン出来て、私もとても楽しかった』
と仰っしゃって下さった。私自身、3日間最後まで冷汗滝汗の連続だったのだが(苦笑)それでも、日本からわざわざドイツ語の発音を直されるだけでも構わないから!と単身コンチェルトハウスに乗り込んで来た私に、ドイツ語も含めて曲の解釈から表現まで丁寧に御指導して下さったB先生に言葉では言い表せない程感謝している。本当に何物にも変えられない貴重な宝物になった。何度も御礼を言ってコンチェルトハウスを後にした。それにしても、厳しいハードなレッスンだった。
M先生とシューベルト【こびと】について話した。この【こびと】という曲は目まぐるしい転調を繰り返している実にシューベルトらしい難曲なのだが、その転調の法則性は私には解らない。解釈にしてもB先生から指摘されたような解釈がある事すら知らない。日本のシューベルト歌曲やドイツ歌曲の本でも殆ど取り上げられている事は無く、楽曲解説があったとしても極めて短いか感想文程度にしか解説されていない。無論600曲はあるシューベルト歌曲全て網羅する事は不可能だろう。続きを読む

レッスン3日目vol.95

歌い終わった後でB先生が、
『この【こびと】の伴奏はベートーベンの交響曲第5に近い響きがある。だからシューベルトはいつもベートーベンの事が念頭にあったのではないでしょうか?』
と説明しながら【こびと】の後半の伴奏部分を弾いて下さった。恐らく、今B先生が御指摘されたような事は日本では学ぶ事は出来ない事かも知れない。
最後にB先生のシューベルト・スタンダード【野薔薇】をレッスンした。3日連チャン。最初は「こんな難易度の高い曲連日レッスンされるんなら一番最初に歌うんじゃなかったあぁ〜!」と後悔していたのだが、今では多分B先生がただ1曲だけこの【野薔薇】を3日間通してレッスンされたのには何かB先生の意図なりお考えなりがあるのだろうと思った。でもその理由をB先生に尋ねようとは思わなかった。まず私自身がこの短い3日間でシューベルト【野薔薇】と正面から向き合い取り組んだ事が自分自身にとって最も大切な事だったんじゃないかと何となく自然にそう得心した。シューベルト【野薔薇】を歌い終わってB先生が仰っしゃった。
『この3日間よく勉強しましたね。とても良くなりました。まだ完全ではありませんが、それはあなた自身が一番良く解っている事だと思います』続きを読む

レッスン3日目vol.85

飽くまで後出しジャンケン的な話だが、確かにこの詩をコリンが書いた時代に王妃とこびとが二人で船に乗るというシチュエーションは大概想像出来なかった。王妃とこびとが船に乗った理由???必然的な理由なり根拠なり・・・・・こびとは本当に自分自身の意思で王妃を殺したのか???これはもう日本人には、とゆ〜かオーストリア人やドイツ人以外にはアナザー・ワールドだな(超苦笑)アナリーゼとかそ〜ゆ〜次元を超えてる気がした。ど〜りで録音が少ないワケだ。要するにこんな難解極まりない曲を歌いたがる歌手は少ないという事か。当たり前だな(滝汗)そりゃ〜わざわざ日本からこんな曲レッスンしにウィーンに来る日本人がいれば、B先生もさぞ楽しかろ〜なあぁ〜・・・(自爆)私はこのシューベルト【こびと】のノーマンの録音をず〜〜〜っと7年間くらい聴いて来て、この曲のこびとの悲しみや憎しみを表現出来るようになりたいと考えていたのだが、いざレッスンで歌う直前に自分が考えていた事をまるでオモチャ箱をぶちまけるみたいにひっくり返されてしまったのでただ一人ボー然と考え込んでいたら、B先生が伴奏を開始した(爆死)ごるあぁ、歌えねぇ!!!この【こびと】に自分の解釈も表現も挟む余地は無い。続きを読む

レッスン3日目vol.75

それでもB先生はいつもながら、
『良く勉強して来ている』
と言って下さった。今後この【トゥーレの王】は中声用のキーで歌うよう勧められた。
そしてウィーンでB先生の最後のレッスン曲、シューベルト【こびと】実は昨日まで【こびと】のレッスンをB先生にお願いするかどうかかなり迷っていた。無論この【こびと】という曲がかなりの難曲である事、日本人はおろか名歌手やオーストリア人やドイツ人の録音ですらかなり希少である事、その曲を私が今本当にレッスンを受けるべきなのかどうか、今レッスンを受ける必然性が存在するのかどうか、直前まで自分自身判断する事が出来なかった。昨日のかなり厳しいレッスンでせめてこのドイツ歌曲の難曲【こびと】の中に存在する何か一つでもいいからシューベルトの生きていたこのウィーンから僅かでも見つけて日本に帰りたい、自分にはかなり分不相応な《欲》が出て来た。このコンチェルトハウスでシューベルトの専門家B先生の前で【こびと】を歌う事、実際にどれ程の御指導を頂けるのか余り余計な期待は出来ない。それでも是が非でもこの【こびと】のレッスンを受けたい、いや例えどのようなレッスンであっても受けて帰らなければならない。そう決めた。続きを読む

レッスン3日目vol.65

特にこの【トゥーレの王】に繰り返し出て来る3連符で何度も繰り返し止められた。どうやらこの3連符の捉らえ方を間違っていたようだ。B先生から繰り返し、
『もっと落ち着いてゆっくり3連符を取るように』
と指摘されるが中々出来ない。リズムの取り方も不安定。やはり楽典やソルフェージュを勉強していない事はこんなに痛いものか・・・・・と愕然とした。これは昨日の2日目のレッスンでB先生にも言われ、日本でも谷岡先生にも言われた事だが、シンプルなメロディの有節歌曲ほどドイツ歌曲の中でも難しい曲は無い。要するに、歌詞が大事で歌詞の表現が非常に重要だという事だ。そこでB先生からチェックが入った。
『まずこの詩を読んでみて下さい』
・・・・・・・・・・。
ドイツ語を話す事も出来ない日本人がオーストリア人のシューベルト歌曲の専門家の前でゲーテの古典の詩を朗読する。アナタ、やった事ありますか?幾ら最終レッスンとは言え私がドン引きどころか石になった事は説明の必要も無かろう。無論、リサイタル前にこの【トゥーレの王】のディクションはかなりやった。と言っても比較論は成り立たないのでどの程度かは私の与り知る所では無い。本場のレッスンって本当に厳しい、悲しくなった。続きを読む

レッスン3日目vol.55

日本に帰ってバッハのシュメッリ歌曲集の録音を探して購入して聴いて自分で選曲してから改めて谷岡先生やハリセン先生のレッスンで御相談して曲を決めようと考えている事をM先生に説明した。私の話を聴いたM先生が仰っしゃった。
『あなたぐらい歌えるんだったらもう歌手の録音を聴いて曲を覚えるのではなく、まず最初に楽譜を見て、楽譜を見ながらどんな曲なんだろう?って想像して自分で音楽を造って行く事、あなたぐらいの音楽性があったら絶対に出来るはず。それから歌手の録音を聴くべきじゃない?これからはそのようにして行ったら?』
と指摘された。痛い。はっきり言って、痛い。ウィーンに来てまさかそこまで要求される状況になるとは考えてはいなかったが、少なくとも日本であれウィーンであれ、いつかは指摘される事は覚悟してはいたのだけれど、仕事の忙しさと勉強するために抱えている曲数の多さからこの事の必要性やら重要性に関しては、頭の片隅に追いやって余り考えないように振り返らないようにしていた。が、M先生に指摘されてしまってはもう見ないフリは出来ない。全曲初見勉強は無理でもせめてバッハのシュメッリ歌曲集だけでも初見から勉強を始めなくてはならないだろう。続きを読む

レッスン3日目vol.45

ベートーベン【我汝を愛する】を通して歌い終わって、N先生が一言ドイツ語で、
『美しい』
と言って下さった。M先生も、
『やっぱ、あなた歌が上手いわ、充分聴かせて貰ったわ』
と仰っられた。このベートーベン【我汝を愛する】は、ハリセン先生も嫌がる名曲中の名曲で難曲中の難曲。私はこの曲を自分のレパートリーにしたいので、もっともっとビシバシ鍛え直されるつもりでかなり鼻息も荒かった。今回レッスンが受けられなかったら、次回ウィーンに来た時にレッスンを受けるつもりでいたのだが、かなり固まったとゆ〜か拍子抜けしたとゆ〜か・・・(滝汗)取り敢えずこのベートーベン【我汝を愛する】は私に合っている曲なんだろうか・・・という事で引き続き日本で勉強を続けてきちんと自分自身のレパートリーに出来そうだ。
これで3日間のN先生のレッスンは終了した。お礼を言うとM先生から、
『明日日本への帰国の飛行機がお昼だから、ウィーン国際空港まで車で送って行くけど、午前中にもしあなたが良ければもう1回レッスンする時間がある。私(M先生)は仕事でいないから通訳無しで少ないドイツ語と英語で何とかやってもらうしか無いけどどうする?』とお話があり、勿論是非お願いしたいと伝えた。続きを読む

レッスン3日目vol.35

指摘が飛んで来る(超凹)やはり楽典やソルフェージュを勉強していないという弊害はこういう所で表れるのだろうか。
更にベートーベンのマルツェリーネのアリアに関しては、16分音符の捉らえ方が長すぎると指摘された。特にPiu Mossoからはテンポが早くなり、しかもリサイタルで歌ったテンポの倍は早いかと思われるテンポがN先生から要求された。16分音符と16休符が繰り返された後に2点G音が10拍以上要求される。N先生から『ブレスが足りなくなる事を途中で怖がらないで歌ってごらんなさい』
と言われたが、私が「もう既に歌う前からブレスは絶対に続かない、無理だ!と不安におののきながら歌っています」と答えたら、N先生もM先生も高笑いされた。最後のPiu Mossoをリサイタルの倍の速さで歌ったら途中ドイツ語が続かないかと内心ヒヤヒヤしたが、N先生から、
『最後のフェルマータまでritしないように』
との御指示で何とか歌い切った。かなりヤバかったのだがN先生もM先生も『このマルツェリーネのアリアは、リサイタル本番に乗せただけあってきちんと音楽を作って歌えている。普通ここまでアップテンポの曲にドイツ語をきちんと乗せて歌う事はプロでも難しい。あなたの努力の跡がちゃんと見える』続きを読む

レッスン3日目vol.25

発声が終わってから、まずベートーベン【フィデリオ】からマルツェリーネのアリア。ベートーベン歌曲【我汝を愛する】よりも先にアリアのレッスンをお願いしたのには訳がある。谷岡先生が、『N先生はオペラのちょっとコケティッシュな役を教えるのがとてもお得意だから、楽しんでレッスンを受けて来てね』
と教えて頂いたから。楽しめるかどうかは別として、マルツェリーネのアリアは記念すべきドイツ・オペラ第一号なのだ。まず歌いだし、いつもの事だが音楽が停滞しているのが自分でも解る。どんどんテンポが遅れて行くのが解る。そこですかさずM先生から指摘される。
『2/4拍子を4拍で捉らえて数えてるんじゃないの?2拍で数えてごらんなさい。楽譜見てみて。ベートーベンはだからわざわざ2/4拍子と指定しているのよ!』
つくづく自分の学習能力の低さに呆れ果てる。レッスンももう3回目である。しかも一日2レッスン。いい加減同じ指摘を受け続けるのは如何なものか。M先生の仰せの通り楽典は楽譜を見て考えるものであるのなら、私は楽譜を半分も見る事が出来ていないだろう。また同じ指摘、
『ブレスをする事によって曲のフレーズを切らないように!』
これも3日間言われ続けた指摘内容だ。続きを読む

レッスン3日目vol.15

流石にウィーン国立歌劇場での低血糖がかなり辛かったので、朝は日本から持参したレトルトのご飯と梅と味噌汁を食べた。今日のレッスンは2つとも午後からだったので早めに朝食を摂れば問題無いかな、と(笑)午前中はペンションでゆっくり過ごしながら、明日はお昼の飛行機で日本に帰国するので多少荷物の整理をした。お土産のチョコレートやドレスをトランクにしまったり。レッスンの2時間前位にペンションを出てカフェに行き楽譜のチェックをした。今日レッスンで歌うのはいずれも難曲や大曲ばかり。しかもB先生にレッスンを受ける予定のシューベルト【こびと】は演奏会本番には乗せた事が無い。恐らく昨日のB先生の驚き様を見ても、楽しみにされているのかもと思うとかなり不安。今日は迷わずN先生&M先生のオフィスに到着(苦笑)早速レッスン。まず発声から。毎度の事なのだが発声に余計な力が入り過ぎている事を指摘される。特に前胸部から両肩に力が入り過ぎているため息の流れが止まっていると連日のように同じ指摘を受けている。自分で自分自身にウンザリする。それでも先生方の根気強い御指導に自分が投げやりになる訳にはいかない。でも自分自身で息を流すという事が良く分かっていない。続きを読む

更に厳しいレッスン2日目vol.65

M先生からも厳しい指摘が飛んで来た。
『もっと声の緊張感を持って!途中で歌を切らないで!歌がつまらなくなる!』
以前の私だったら、多分既に泣き出してレッスンを途中で放り投げてしまっていたと思う。でも今私はどんなにか不可能だと自分で思われる事であっても決して諦めたくない、諦められない、歌いたい、でも私が無駄に出来る時間などほんの少しも無い。
【菩提樹】を通して歌い、最後の部分でB先生から、
『最後のテキストのフレーズは、もっとゆっくり落ち着いて歌うように』と言われた。しかし、たった一つだけ非常に不思議な事があった。【菩提樹】の中間部のソプラノや女声にはかなり厳しい低音部には、ドイツ語や発声はおろか表現に関しても全くB先生のチェックや指摘が無かった。
全身の力を使い果たして2日目のレッスンがようやく終了した。全身汗だくでヘトヘトだったが、自分の欠点や不得意部分や今後の重要課題はかなり思い知らされた。今後もドイツ歌曲を歌い続けて行くならば、非常に厳しい練習を積まなければならない。無論、それは覚悟の上でウィーンまでレッスンに来ているのだ。非常に有り難い事だ。帰る支度をしていたら、B先生から思いもよらない言葉を頂いた。続きを読む

更に厳しいレッスン2日目vol.55

sの発音がきついのでもっと柔らかく発音する事、ウムラウトの口の開け方にかなり注意する事、なるべく口を縦に開け柔らかく発音するよう心掛けるよう詳細なチェックが入った。
これは私の考えだけれど、やはり一度演奏会本番で歌った曲は如何に勉強不足と言えどある程度は流れを持って歌っているのかも知れない、だから先生方の指摘も自然と細かい事になるのだろうか、と少しだけ思った。
曲の表現として、テキストのセンテンスに関しては、例え感嘆詞がついていてもレガートを忘れない事、,(カンマ)がついていたとしてもそれはブレスをしないで時間をきちんと取って言葉を分けて歌う事、厳しいチェックが増えた。この【セレナーデ】ではM先生も度々私の側に来て、
『そこはブレスするところじゃないでしょ!』
とペンで私の楽譜にチェックを入れられた。B先生やM先生の要求に何とか対応して追い付こうと頑張ったが中々出来ない。やはり勉強が足りない、テクニックが足りない。悔しい、でも今このウィーンのコンチェルトハウスの中まで来てレッスンをしている、日本でレッスンをしていた時にほざいていた卑屈な愚痴なんざ今ここで誰が言うもんか、例えアマチュアでもそれが心意気ってもんだ!!!続きを読む

更に厳しいレッスン2日目vol.45

あなたが仕事中、腹の立つ医者にカルテを投げつける気分で歌えばもっと良くなるわよ〜♪』
・・・・・・・・・・。図星。恐るべしM先生(滝汗)
午後からはB先生のシューベルトのレッスンがあるので一度ペンションへ戻って、午後再びコンチェルトハウスの前でM先生と待ち合わせる事になった。午前中のモーツァルトのレッスンだけでもかなりハードだったので流石に少し疲れた。午後のB先生のレッスンまで少し時間があるのでカフェでシューベルトの楽譜のチェックをしようかと考えたのだが、疲れて少しベッドに横になった。何だか疲れるあぁ、緊張しているせいかなあぁ、と考えていたら少しお腹が空いていた事に気が着いた。私は歌う前に食べると体が重くなって動かなくなるので普段歌う時は、リポDやらユンケルやらリゲインがメインディッシュになっているのだが、ウィーンに来て大誤算が一つ。リポDもユンケルもリゲインもウィーンには売っていないという現実(爆死)どうしよう、今から米なんか食べたらB先生のレッスンで声が出ないな〜・・・と困って冷蔵庫を開けたら、ウィーン渡欧直前に友人から頂いたホワイトデーのパウンドケーキがあった!時間も無かったのでそのケーキを3分の1程食べてレッスンに向かった。続きを読む

更に厳しいレッスン2日目vol.35

これが、これこそが《アナリーゼ》というものなんだ、自分は今まで楽譜を暗譜して歌う事に精一杯で、本当に楽譜の上っ面しか見て来なかったのだと改めて思い知らされた。それでもN先生とM先生に、シューベルトの【野薔薇】は少年が薔薇を手折る詩が当時は貴族が若い娘を使い棄てるみだらな内容と解釈されウィーン市の教育委員会がこの曲【野薔薇】を拒否したというエピソードを初リサイタル時に勉強していたので、自分は【菫】も女性だと思い込んでいた事を正直に話した。自分の勉強不足を改めて痛感した。
曲のレッスンに入った。歌い始めから自分でも感じる位に重い感じがした。ドイツ語をきちんと発音しようとする余りレガートさに欠けモーツァルト独特の軽やかさや美しさがどんどん失われて行く、増して声がやや太めで強めであるため益々歌い辛くなって行く。私がモーツァルトが苦手である最たる理由である。私はかなり辛そうに歌っていたらしくN先生が、
『子犬が歩くように』
と指摘された。イメージとして捉らえると少し楽になった。しかし、その少し楽になった所で矢次早にN先生からチェックが入った。
『第2センテンスからはテンポをもっと進めて、短調に転調した所でテンポを戻して、続きを読む

更に厳しいレッスン2日目vol.25

慌てて息切れしながらN先生のオフィスに到着。M先生に、
『良かったわね〜無事着いて』
と笑われた。N先生からは、
『昨日のホイリゲは楽しかったですか?』
と聞かれた。ホイリゲでかなりワインを飲んで、でも帰った後でちゃんとレッスンで習った事をノートに書き留めた事を話したら、すかさずN先生に、
『そのメモはきちんと読める字で書いてありましたか?』
と聞かれた。・・・・・。N先生の鋭い突っ込み(滝汗)後でM先生から聞いた話だが、私とM先生が二人だけでホイリゲに行って、仕事で置いてきぼりだったN先生はいたく不機嫌だったらしい・・・・・。早速発声練習に入った。まず高音域から。相変わらず体に力が入り声を出そうという癖がついてしまっているのか、中々息が流れない。体は力まないで息の流れに勢いをつけるために体を動かしながら発声練習した。この《体に余計な力を入れない》という作業にかなり時間が掛かった。日本でも、谷岡先生にもハリセン先生にもミルヒー先生にもいつも毎度レッスンの度毎に指摘される、
『声の響きを自分で掴んで流れを止めてしまっている。もっと声の響きを自分から離して』
と何度も指摘されたが、どうしてもその感覚を掴む事が出来ずに苦しんでいる。続きを読む

更に厳しいレッスン2日目vol.15

そういう訳で、褒められたり叱られたり喜んだり泣いたり驚いたりと忙しかったホイリゲから千鳥足で帰り、ペンションに戻ってから一応今日のレッスンで教えて頂いた事や言われた事などを出来る限り書き留めて、シャワーを浴びてすぐに気絶、意識不明(爆)
次の日ウィーン2日目も非常に健康的に朝7時半頃には目が醒めた。ホイリゲで牛肉の煮込み鹿肉のソースがけを頂きながら赤ワインのハーフデキャンタを3本空けたのだが、良く考えたら日本にでは夜勤以外はこの倍の量は日本酒やらワインやら飲んでいるので(自爆)特に二日酔いだの気分悪いとかは無くても当たり前でして(苦笑)昨日の夜は、流石に日本から《ウコンの力》を持ってくるべきだったかな〜(汗)と考えたのだが、長時間飛行機での長旅と初ウィーンでのレッスンの緊張と泣いたり喜んだりの興奮で、ちょっと酔っ払った気がしただけか・・・というカンジだった(溜息)
早速シャワーを浴びてからレッスンに行く準備をして昨日と同じ聖シュテファン教会前のカフェへ行き、コーヒーを飲みながら楽譜のチェックを行った。カフェの店員さんも「また来た!」みたいなカンジだったが少し慣れたのでよかった(笑)今度はLサイズのコーヒーを注文してみた。続きを読む

ホイリゲの夜vol.55

M先生にその事を話した。M先生は静かに答えて下さった。
『あなたがそこまでワーグナーを歌いたいなら、やってみるべき。もしあなたが望むなら、長年ドイツでワーグナーを歌って来た先生が、今はもう引退されているのだけれど、日本の逗子に住んでいらっしゃる方がいる。紹介しても良い』
そう仰っしゃって下さった。私は本当に大泣きしながらホイリゲでワインのデキャンタを3本空けていた。
そのうち、ホイリゲでアコーディオンの演奏が始まった。私はM先生に「オーストリア国歌お願いしたらダメですか〜?」と尋ねたら、M先生が、
『皆迷惑すると思うわよ〜(呆)』
と言われたので、諦めました(爆)すでに飲みっ放し&泣きっ放しの私は酔っ払っていた。M先生が、
『明日は朝10時からレッスンよ!大丈夫なの?もう帰るわよ!!!』
と、ホイリゲから引っばって来られた(凹)
それでも、M先生に沢山の話を聞いて頂き、沢山のアドバイスを頂き、美味しいワインと美味しい料理を頂き、美味しいチョコレートを御馳走になり、美しいドレスに出会い、明日のB先生のシューベルト【野薔薇】とN先生の大の苦手のモーツァルト歌曲のレッスンの事は彼方に忘れて、千鳥足でペンションに戻っりましたとさ♪

ホイリゲの夜vol.45

M先生いわく、ブラームス・コンクールに関してはまだ詳細は分からないのでM先生自身が一度偵察に行って来るとの事。次は、歌の話になった。私は今後日本に帰ったらまずウェーバー【魔弾の射手】エンヒェンを勉強した後に、ベートーベン【フィデリオ】レオノーレを勉強したい事をお話した。しかしM先生はからは、
『そんなに早く手をつけない方が良いのではないか?ヨーロッパの歌手は、皆ワンシーズン20回以上上演して歌うから、皆歌手達は非常にレパートリーを慎重に考える』
と言われた。私は、
「でも私は少なくともあらゆるオペラを始めレオノーレも、一年に1〜2回、しかもアリアくらいしか勉強して歌う事は有り得ない。だから、ベートーベンのレオノーレも、ワーグナーでも、可能であれば勉強して歌ってみたい」と話した。M先生は少し考えて答えて下さった。
『そこまで歌いたくて考えているなら、レオノーレでもワーグナーでもやってみるべき。先入観は持たない方が良い。こうあるべき、というものは何も無いのだから、勉強して歌ってみたらいい』私はウィーンに来て本当に少しでも希望が見えた事が嬉しくてたまらなかった。私の声は日本でこそリリコ・スピントやスピントと言われている。続きを読む

ホイリゲの夜vol.35

私が考える、音大などで専門教育を受けていない事の一番の問題は、楽典・ソルフェージュ・アナリーゼ・初見など基礎的な事が何一つ出来ない事である。それを私が説明したら、M先生が半分キレ気味に語り出した。
『あなたねぇ、今B先生やN先生から楽典もアナリーゼも習ってるでしょ???音大を買い被り過ぎなのよ!!!皆音大出てからの方が勉強してるのよ!!!私だってそうよ!!!あなたね〜、音大に変なコンプレックス持ってない?どうしつも気にするんなら看護師の仕事でお金貯めて3ヶ月くらい音大の夜学に通ってみたら?実体分かるから!あなたね、とっても歌が上手い、歌とテクニックは本当に別物で、あなたはテクニックより歌の方が遥かに勝っている。テクニックばかりで歌が無い歌手は沢山いる!バルトリとか!テクニックは磨いて行けば良い!高音だけでなく中音域が良く出るソプラノは珍しい、決して多くは無い。美しい声とテクニックだけ持ってる人は沢山いるけど、あなたは人の心に響く歌を持っているのよ!それはあなたの大きな素晴らしい才能なのよ!何が不満なの!!!』
M先生に叱られた。ワインを飲みながら、大粒の涙が零れた。M先生の仰っしゃる通りだった。言葉が出なかった。続きを読む

ホイリゲの夜vol.25

もし日本円で10万円とかだったら幾ら何でも買えない(滝涙)恐る恐るM先生にドレスの値段を聞いて貰ったら、
『350ユーロ』
日本円で約4万円。「買います!!!!!」とゆ〜事でウィーン製ハンドメイドのドレス一着お買い上げ決定(核爆)サイズはほぼピッタリだったので後はストラップの微調整だけして貰って明日受け取る事になった。M先生はしきりに、
『私の友達だからって何も買わなくても良かったのに・・・』
と仰っしゃっていたのだが、一目惚れ出来るドレスになんてそ〜そ〜お目にかかれるモノでは無い。増して日本で同じようなハンドメイドのドレス購入したら多分倍以上の金額になるだろう(汗)
次に、M先生オススメのチョコレート屋さんへGO!ウィーンに1件しか無いチョコレート屋さんでやはりハンドメイド、ウィーン市内のホテルや空港には一切売っていないらしい。私が日本のお土産にウィーンのチョコレートを買いたいと話したら連れて来て下さった。そのお店は日本のワンルームアパート位のスペースしかない本当に小さなお店だったのだけれど色んな種類のトリュフや綺麗なミニチョコレート、季節限定のマロンチョコレートなど沢山のチョコレートがあった。M先生が幾つか私に買って下さった。続きを読む

ホイリゲの夜vol.15

ようやくウィーン初日のレッスンが終わった。B先生にもN先生にもM先生にも指摘された事だが《ドイツリートは体の力を抜いて楽に、声の響きだけで歌う》という事。
本当はこの後夜はウィーン国立歌劇場に【ルチア】を観に行く予定だった。今日の朝散歩中にウィーン国立歌劇場にキャストの確認をしに行ったら・・・・・何とルチアがアンナ・ネトレプコ(超苦笑)だったのでM先生とN先生に相談した。
「あの〜・・・ネトレプコのルチア、観なきゃいけませんかねぇ・・・?」
そこでかなり固まってしまっていたM先生が、
『・・・・・いや、まあ、でもあなたオペラ観に行くの楽しむにしてたでしょう?』
私は、
「明日のファルスタッフに期待します〜♪」
するとM先生は高笑いしながら、
『そ〜ね〜、じゃあ今日はホイリゲに行きましょう!!!』
とゆ〜事で急遽ホイリゲに行く事になった♪ホイリゲに行く道行にM先生が力説していた。
『ネトレプコはさ、今超売れっ子だから何でもアリなのよ。ネトレプコの舞台なんて半分ストリップなのよ。アンタはストリッパーじゃなくて歌手だろ!!!と私は思っちゃうのよ。ど〜せ見るなら本物のストリップ観に行った方がよっぽどマシ!第一ネトレプコはルチアのキャラじゃ無い!』続きを読む
記事検索
楽天市場
アクセスカウンター

livedoor プロフィール
最新コメント
livedoor プロフィール
オリンピック応援パーク
livedoor × FLO:Q
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ